#78 妖精と休日 後編
今年最後の更新です!
お菓子の花畑を離れ、フィーネや他の妖精と共に森の中を進んでいく。
妖精たちがぶら下げる植物のツルで編まれた籠の中には、花畑から持ってきたお菓子が山盛りになっている。色とりどりのお菓子が詰め込まれた籠は少し重たそうだが、それを手に持つ妖精は楽しそうだ。
花畑から続く森の木々が徐々にまばらになり、代わりに地面を青々とした草の絨毯が覆い始める。
視界が開けたその先には緑に覆われた小さな丘があり、フィーネたちは真っ直ぐそちらへと飛んでいく。どうやら目的地はあの丘であるらしい。
「着いたよ! ここはね――」
予想通り到着したのは小高い丘の上に広がる草原だった。丘の上では背の低い草が生い茂っている。ぽかぽかと暖かいので、ここで眠るのは気持ちよさそうだ。
登ってきた道は緩やかな坂道であったが、フィーネの説明によると反対側はやや急な坂道になっているらしい。その急な坂道を利用して、葉っぱのソリで坂道を滑って遊んだりしているそうだ。
さっそく丘の反対側へと回る。
視界の先に坂道が見え始めると、妖精たちは我先にと飛び出していった。彼女たちは坂道の隅に生えている植物の葉っぱをちぎると、思い思いに坂道を滑り始める。
彼女たちが使っているソリを見てみると、表は何の変哲もない普通の葉っぱなのだが、裏面はかなりツルツルとしている。これのおかげでスムーズに滑ることができるようだ。
残念ながら葉っぱは手のひら程度の大きさなので、さすがにこれに乗って滑るわけにもいかないだろう。
「ダーン! こっちこっちー!」
「ん? フィーネは滑らないのか?」
妖精たちがソリで遊ぶ様子を眺めてたのだが、後ろの方からフィーネがこちらを呼ぶ声が聞こえる。
見れば少し離れたところでフィーネが手を振っていた。何があるのかは分からないが、とりあえず向かってみるとしよう。
「フィーネ、何か用があるのか?」
「うん! この向こうにいいものがあるんだよ!」
「いいもの? いったい何が――」
ニコニコ顔のフィーネに案内されながら草原を進むと、そこにあったのは巨大な葉を付けた植物だった。
見た目は先ほど妖精たちがソリ代わりに使っていた植物が大きくなったもの。葉の裏がツルツルとしているのも同じである。
「これならダンも一緒に遊べるよ! アタシと一緒に滑ろう!」
「そうだな、じゃあさっそく使わせてもらうとしようか」
フィーネが見せたかったものはこれらしい。
確かに、これならば俺でもソリ代わりに使うことはできそうだ。
さっそく葉っぱの中から良さそうなものを選び、茎と繋がった部分をちぎる。
その大きさとは裏腹に、葉を引っ張ってみると簡単に茎から離れた。大きさや特性を考えると、これもまた品種改良で作られた植物なのだろう。
妖精たちは品種改良をダンジョンの強化だけではなく、彼女たちの生活にもうまく取り入れているようだ。
先ほどの坂に戻ると、坂を滑る妖精たちの楽しそうな声が聞こえている。
空いている場所を見つけ、坂道の上に立つと、頭の上に乗ったフィーネが楽しそうに号令を飛ばす。
「しゅっぱーつ!」
「よし……いくぞ!」
フィーネの号令と共に葉っぱのソリに乗ると、坂道の上を徐々に加速しながら滑っていく。
葉っぱが破れてしまったりしないかと少し心配だったが、思ったより頑丈なようでそんな様子もない。
坂道を下っていくうちに徐々にソリのスピードが増し、頬を撫でる風がなかなか気持ちいい。頭上ではフィーネが楽しそうな叫び声をあげていた。
「ふう、結構楽しかったな」
「さあ、もう一回だよ! はやくはやく!」
「よし、じゃあ坂の上まで走るぞ!」
坂道の下まで滑り降りると、葉っぱのソリから立ち上がる。
もう一度と言うフィーネに急かされ坂道を登っていくと、さっきまでソリで滑っていたはずの妖精たちが待ち構えていた。どうやら彼女たちも一緒に滑りたいらしい。
頭の上にはフィーネを、さらに両肩にも妖精を乗せ、一緒に坂道を滑り下りていく。
「それ!」
「「「きゃー!」」」
楽し気な妖精たちの声を聴きながら坂道を下りたのはいいのだが、坂の上を振り返れば大量の妖精たちが列を作り、自分たちの順番が来るのを待っている。
……これは何度も往復する必要がありそうだな。
フィーネにも交代してもらい、妖精たちを乗せて何度も坂道を滑っていく。
妖精たちが楽しそうにしているのはいいのだが、一度一緒に滑った妖精やあとから丘にやってきた妖精たちも列の後ろへと並び、何度も坂道を駆け上がることになったので少し疲れてしまった……
「じゃあこれで最後だぞ」
「うん! じゃあしゅっぱーつ!」
「「「「しゅっぱーつ!」」」」
これ以上はさすがにキリが無いので、妖精たちを説得して次で最後ということにしてもらう。
最後ということで、頭や肩、膝の上などに乗せられるだけ妖精が乗り込んでいる。少々危ないような気もするのだが、妖精は空を飛べるので万が一落ちても大丈夫とのことだ。
たくさんの妖精を乗せ、緑の坂道を滑っていく。
風を感じながら滑り下りていくと――小さな段差があったようで、そこに乗り上げたソリが空を飛ぶ。
「うわ!?」
「「「「ひゃー!」」」」
驚きの声を漏らす俺とは裏腹に、妖精たちは楽しそうだ。
勢いよく飛び上がった後は、少しの浮遊感と共にソリごと地面へ落ち、腰に軽く衝撃が走る。
着地と同時に一緒に滑っていた妖精たちが前に投げ出されるが、何かに衝突するということもなかったようだ。怪我も無いようで空中で浮かんだあとはお互いに顔を見合わせてけらけらと笑っていた。
「ダン! 大丈夫!?」
「ああ、地面が柔らかかったおかげで何ともなかったよ。ちょっと驚いたけどな――」
急いでこちらへと引き返してきたフィーネが心配そうにするが、特に怪我をしたということもない。
地面は柔らかな草で覆われており、その下も土だったのが良かったのだろう。少し腰を打ったのと、宙に浮いた際に驚いたくらいだ。
とはいえ、あまり心配させるのも良くないだろう。念のために持ってきていたポーチから世界樹の樹液の入ったビンを取り出すと、蓋を開けて中身を飲み干す。
ほんのりとした甘みを感じる液体を飲み干すと、僅かに残っていた腰の痛みも消えていく。ダンジョン産のため世界樹本来の効果よりも弱く、さらに樹液自体もかなり薄めたものなのだが、それでもこれくらいの痛みなら簡単に消せるようだ。
ビンをしまってフィーネへと笑い返してやると、ほっと息を吐いていた。
例え骨が折れたりしても、今のダンジョンならば回復手段もいくつも存在しているため、すぐに治すことも不可能ではない。痛い思いをすることにはなるのでできれば避けたいところだが――
「みんな怪我が無くて良かったね! ちょっとびっくりしたけど……」
「そうだな、フィーネたちにも何もなくて良かったよ」
「じゃあ気を取り直して! 次は泉の方に行こう!」
泉――つまりは妖精の泉のことだろう。
フィーネのために森を用意する際に、妖精と名が付いていたために追加してみたのだが、泉の存在を知ったフロレーテから感謝された覚えがある。どうやらその名前だけではなく、実際に妖精に対して何かしらの恩恵があるものだったようだ。
その時は他の用事もあって聞きそびれてしまったのだが、一体どんな効果があるのだろうか?
丘を下り、森の奥で目にしたのは、美しい泉だった。透き通った水をたたえた泉のあちこちからはこんこんと水が湧き出ている。
水面からはぼんやりとした白い光があふれ出し、辺りの木々を幻想的に浮かび上がらせている。
「ふふーん! 前に来た時とはかなり変わってるでしょ!」
「――ああ、そうだな」
前にフィーネと共に来た時には綺麗ではあったが、何の変哲もない泉だったはずだ。水は驚くほど透き通ってはいたのだが、このように光を放つこともなかった。
妖精が増えたためか、それとも森が活力を得たためなのか――なんにせよ、かつてフィーネと来た時とは別物と言っていいほどの変化を遂げていた。
妖精たちが泉の水面を飛び回ると、彼女たちが通り過ぎた場所に光の跡が残り、徐々に宙へと消えていく。
水面からは透明な水晶のようなものが何本も突き出し、そこからも輝きを放っていた。
泉に近づいてみると、水の中にもいくつかの小さな結晶があるようだ。泉の光を反射して、キラキラと輝いている。
「フィーネ、あの木は何だ?」
俺が指さしたのは泉の中央から伸びる木。泉の中からただ一本生えたそれは、枝の先にいくつかのほんのりピンク色に色づいた蕾を付けている。
泉と同じようにぼんやりと光を放っていることを考えると、普通の植物ではなさそうだ。周囲にも同じ種類の木は生えていない。
「あれはね――あっ、ダン! 見て、花が咲くよ!」
フィーネが説明をしようとした時だった。枝の先に付いている蕾の一つが、内側から光を放ち始める。
さらに、泉の周囲にいた妖精たちが蕾の様子に気が付き、次第に騒がしくなり始める。
フィーネも途中で説明をやめ、じっと蕾を見つめている。いったい何が起こるのだろうか?
光を放っている蕾がほころび、徐々に花が開き始める。
蕾が膨らむにつれ、その隙間から漏れ出る光は強くなっているのだが、強い光にもかかわらず眩しくは感じない不思議で優しい光だった。
花が開くと、中から小さな光の玉が現れる。それと同時に周囲の妖精から歓声が上がる。
ふわふわ宙を浮かび、時折チカチカと瞬くその光の玉を、周りで見ていた妖精のうちの一人が大事そうに抱えるとどこかへと飛び去っていった。
「ダン! やったよ! すごいね!」
興奮した様子のフィーネなのだが、何が起こったのだろうか?泉の周囲を囲む妖精たちも、まるで熱に浮かされたようなような様子で喜び合っている。
彼女たちの様子を見る限り、何かいいことが起こったのは間違いないのだろうが――
「なあフィーネ、一体何があったんだ?」
「子供だよ! 新しい妖精の子供が生まれたんだよ!」
「子供?」
「うん!」
満面の笑みで答えるフィーネ。どうやらあの小さな光は妖精の子供だったようだ。
つまり、これが妖精の増え方なのだろう。妖精の見た目が少女のものばかりだったので、どう増えているのかは分からなかったのだが、まさか花の中から生まれるとは――何とも不思議な生態である。
フィーネによると、あの妖精の子供がこのダンジョンで生まれた最初の子供だそうだ。成長するにはここから数年必要になるらしいが、何はともあれ、新しい仲間が増えたのは素晴らしいことだ。
今日はフィーネと遊ぶことにして良かった――
それからしばらく、妖精の泉の周辺では妖精たちの賑やかな声が響いていた。
という訳で、今年最後の更新でした。
連載を始めてから4か月と少し、いつの間にやら100話を超えているので驚きですね!
始めた当初はここまで続けられるのか疑問でしたが、何とかやってこれました…
来年も本作「アリの巣ダンジョンへようこそ!」をよろしくお願いします!
皆さまよいお年を!