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#76 ダンジョンマスターとお仕事

 朝起きてみると、昨日本を読み過ぎたせいなのか少々頭が重い。

 視線を横に向けると、フィーネはミニチュアサイズのベッドの中で布団にくるまり、幸せそうな寝顔を見せている。この様子だと、もうしばらくは起きないだろう。


 今日は、昨日かまってやれなかった分も含めて遊んでやりたいところだ。フィーネが起きる前に、ある程度の仕事を終わらせてしまうとしよう。


 まずは、昨日読んだ書籍の内容を元にネームドモンスターを作れるか試してみるとしようか。

 どれだけの効果があるかは分からないが、ダンジョンコアの機能外でネームドモンスターを作れるという可能性は、非常に魅力的だ。


「アーマイゼ、少し頼みたいことがあるんだが、手は空いているか? 忙しいようならあとでも――」

『ダン様! 何か御用でしょうか? たとえどんな内容でも必ず果たして見せましょう!』

「もう大丈夫なのか? では、工房で作っている装備に関してなんだが、少し手を加えようと思ってな」


 アーマイゼへと念話を送ってみると、数秒も経たないうちに反応が返ってきた。この時間だと、配下のアントたちの作業を割り振っている時間のはずだったのだが……


 最近、アーマイゼのやる気が普段よりもさらに増しているように感じる。フォルミーカの話によると、新しくダンジョンに加わったフェアリーマッシュにライバル意識のようなものを持っているらしい。

 直接フェアリーマッシュと彼女が会話するようなことは無いのだが、フェアリーマッシュに3階層を任せたことが要因となっているようだ。

 3階層の樹海にキノコで作られた俺を模した思われる像が置かれているのを発見して、アントレディアたちに巨大な俺の像を作らせようとしたりと、たまに暴走気味になることはあるのだが――まあ、やる気があるのはまあいいことだろう。

 仕事量が増えると同時にミスの数もほんの少し増えてはいるようだが、そこはフォルミーカがそつなくフォローしているため今のところ問題はない。アーマイゼにつき合わされ、だらける時間が減ったフォルミーカは不満そうではあったが……


 何はともあれ、今はアントレディアに装備させる武具の話だ。

 武具類を作っている工房のアントレディアたちに直接頼んでもいいのだが、全体を統括する彼女を通しておいた方が細かい調整は楽だろう。

 さっそく、昨日手に入れた情報とアントレディアに持たせる装備にいろいろと手を加える案を伝えていく。


『ネームドモンスターの作り方ですか……確かに、コアに依存せずにネームドモンスターになれるのならば、今まで以上にダンジョンの強化は進みそうですね』

「そうだな。武具を作る際の手間は増えるが、それだけの価値はあるはずだ。まずは実験用に、ある程度生産してみたい。シュミットに伝えておいてもらえるか?」

『分かりました、ではシュミットに伝えておきましょう。結果が出次第、報告させていただきます』

「ああ、よろしく頼む」


 現在、ダンジョン内で生産している装備は、見た目を度外視してその性能と生産効率だけを考えた量産品だ。武骨な見た目の剣や槍などもいいものなのだが、ほぼすべて同じような見た目なので、アントレディアに持たせた場合はどうしても同じような見た目になってしまう。

 ネームドモンスターになるための条件によっては、区別がつかないというのは致命的な問題になってしまうだろう。装備等に手を加え、見た目の区別がつくようにする必要がある。

 同時に、アントたちに名前を付け、それを他のアントに知らせるという案も試してみたい。数万匹を超えるアントすべてに名前を付け、それを全体で共有するのは難しいが、数体程度なら何とかなるはずだ。


 こちらで名前を付けるのはそこまで手間も負担も無い。だが、武具に関しては装飾を施したりなど、手を加えればそれだけ手間がかかってしまうため、生産効率は落ちてしまう。

 ショップで交換できる装備品には見た目が華美なものなどもあるのだが、一から生産する場合と比べると数倍のコストが必要になるのでさすがに見送りたい。


「それと、フェアリーマッシュの件だが……」

『キノコ! またあのキノコたちですか! 私たちだけでは力不足なのですか!?』

「いや、そうじゃなくて、もう少し仲良くしてもいいんじゃないか? もう同じダンジョンの仲間なんだから――」

『負けません! 新参者には絶対に負けませんよ! ダン様の側近になるのは私たちですから!』


 ……話がかみ合っていない。どうやらアーマイゼにはフェアリーマッシュの話は禁句であったようだ。

 アーマイゼを隣に置かないのは、彼女の巨体と女王蟻としての特性が問題なのであって、能力が不足しているなどの理由ではない。むしろ、彼女がいなければダンジョンの運営はうまくいかないだろう。

 念話で簡単に連絡が取れることもあって、既に側近と言ってもいい関係だと思っていたのだが、まだアーマイゼは満足していなかったようである。


『……ご主人、アーマイゼがすごく興奮しているようだけど、何を言ったのかな?』

「フォルミーカか、フェアリーマッシュたちともう少し仲良くして欲しいと伝えるつもりだったんだが……」


 興奮するアーマイゼとの念話が途切れると、入れ替わりでフォルミーカから念話が届く。

 面倒なことになったと不満そうな彼女に、先ほどのアーマイゼとの会話の内容を伝えると、納得したように軽くため息をついた。


『なるほどねー。この調子だと、しばらくは何を言ってもダメそうだね。面倒だけど、アーマイゼはこっちで頃合いを見て宥めておくよ』

「よろしく頼む。それにしても、まさかここまでとは思わなかったな」

『アーマイゼの心配も分からなくはないんだけどね。今まではフィーネちゃんたち妖精の力を借りることはあっても、ダンジョンの運営に関わるのはご主人と私たちだけだったからね』

「なるほどな……」


 確かに、ダンジョンの運営のほぼ全てはアントの力で行われている。ダンジョンの拡張にも、侵入者との戦いにも、道具類の生産すらもアントたちがいなければ満足に行えないだろう。

 一部、ダンジョンの拡張を手伝ってくれるモグラたちも存在してはいるが、ダンジョン内のモンスターのほぼ全てはジャイアントアントで占められている。


 そこに突然フェアリーマッシュが現れ、3階層の樹海を任されるようになってしまった。

 1階層での戦いでも、フェアリーマッシュの胞子を試験的に使用するようになっている。相手によってムラは大きいものの、戦闘時の補助として役に立っているという報告も来ている。

 徐々にフェアリーマッシュの影響力が強まる中、アーマイゼは自分たちの役目が取られてしまうのではと気が気ではないのかもしれない。


『アーマイゼは11階層を一度フェアリーマッシュに支配されちゃったのも気にしてたからね。ご主人に見放されないかって心配するアーマイゼを宥めるのは大変だったよ』

「あれは仕方ないんじゃないか? 品種改良したフェアリーマッシュが意思を持って動きだすなんて、誰も考えすらしなかった。それに侵入者の反応も目立った異常も無い状態で気付く方が難しいだろう」

『そうなんだけどね。まあ、まだ彼らが仲間になってからたったの1ヶ月程度だからね。すぐに仲良くというのも難しいと思うよ』


 ふむ、アーマイゼには彼女なりの心配の理由があったようだ。

 たとえどんな事態になろうとも、俺がアントたちを見放すようなことは無い。仲間としても、ダンジョンを運営するための要因としても、既に切っても切れない関係なのだ。

 一度そのことをじっくりと話し合うべきだろう。フェアリーマッシュとじっくり話させるのもいいかもしれない。逆効果になる可能性もあるため、そう簡単にはいかないかもしれないが……


『さてご主人、アーマイゼはまだダメそうだし、何か用事があったなら代わりに私が聞くよ?』

「手間取らせてすまないな。まずは――」


 改めてフォルミーカへと今回の用件を伝えていく。


 ……ふと思ったのだが、これでアーマイゼに任せた仕事をフォルミーカが果たしてしまえば、さらに問題がこじれてしまったりするのではないだろうか? このままアーマイゼの暴走が進めば、いつかダンジョンの運営にも支障が出てしまう可能性もある。


「もう伝えておいてなんだが、アーマイゼの仕事を奪ってしまっても大丈夫なのか?」

『うーん……たぶん落ち込みはするだろうけど、お灸をすえたと思えばちょうどいいんじゃないかな? それに、いつかは私たちだけじゃ手が回らなくなる時が来る。その時のための準備も必要だろうからね』

「……確かにそうだな。そろそろ他のクイーンアントも必要になり始める頃だろう」

『アーマイゼはまだまだ頑張れるって言ってるけど、やっぱり無理は禁物だよ。疲れればミスも増えるし、何より私がごろごろできる時間も減ってるからね』


 野生のジャイアントアントは、一体の女王がその全てを統括し、新しく生まれた女王候補は外に出て新しい巣を作る。稀に複数の女王が存在する巣もあるのだが、ほとんどの場合巣に生息する女王は一体のみだ。

 さらには土地や周辺から手に入る食料の問題もあるため、無制限に巣が大きくなるということは無い。必ずどこかで巣の成長はストップすることになる。しかし、ダンジョンではその心配はない。


 ダンジョンコアがある限り巣の外で食料を手に入れる必要は無く、巣を作る領域もほぼ無限に近い大きさの領域を用意することができる。急にダンジョンを運営するためのコストが増えない限りは、これからもずっとその規模を拡大していくことになるだろう。

 当然、巣が大きくなればそこに生息するアントの数も増え、それだけ指示を出す女王の負担は増加していく。

 広範囲に散らばるアントたちに遠距離から指示が出せるのは、クイーンアントやジェネラルアントなどの最上位に当たるアントのみだ。となれば、シュバルツの配下に数体のジェネラルがいるように、アーマイゼの下位にも数体のクイーンアントを用意する必要が出てくるだろう。


『これでご主人からの用件は終わりかな?』

「それともう一つ、今日は夕方まではフィーネや他の妖精に付き合うつもりだ。今日の報告は夜にまとめて頼む」

『はいはーい。ご主人は今日は半日お休みなんだね。私ももう少しお休みが欲しいかなー』

「ぐっ……」


 フォルミーカの言葉がぐさりと胸に刺さる。

 完全に俺を信奉しているようなアーマイゼとは違い、フォルミーカはどちらかというと同じダンジョンに住む協力者に近い関係である。上下関係を守ってこちらを立ててくれてはいるのだが、時折こうして胸に刺さるような言葉が出てくるのだ。


 ダンジョンの保有する領域の拡張に関しては、既に今日の分は追加のキューブを用意している。

 他にも、ダンジョンの状態の確認などの細かい作業もフィーネが起きてくる前に済ませてしまう予定だ。

 決して仕事を放りだして、ただ遊びほうけているわけではない。……ないのだが、フォルミーカの言う通り半日休むことは間違いない。

 フォルミーカもそこまで本気で思っているわけではないようなのだが、正論なだけにやはり胸に来るものがある。


 フォルミーカたちは数万を超えるアントを指揮しなければいけないため、そう簡単に休むことはできない。睡眠時以外は不定期に入ってくる連絡を年中無休で捌くことになる。配下のアントたちも現場で起こった問題に対応してはいるが、何かあれば必ず女王に連絡が入る。

 そのため、アーマイゼやフォルミーカが休憩できるのは全ての仕事を捌き終えて、何か問題が起こったり次の仕事が入ってくるまでの間とブラック企業も真っ青な働きっぷりである。

 野生のモンスターの場合は休日など存在しようが無いのだが、それでも彼女たちを差し置いてトップであるダンジョンマスターが休むというのは何とも示しが付かない話ではある。


「……わかった、できるだけ休憩が長く取れるように善処しよう」

『さすがご主人、話が分かるね。じゃあさっそくお仕事に取り掛かるとしようかな』

「ああ、アーマイゼにもよろしく頼むぞ」

『うん、任せておいてよ。そろそろアーマイゼも落ち着いたころかな?』

「じゃあこっちもそろそろ仕事に取り掛かるとしよう」


 フォルミーカとの念話を終え、ダンジョンの状態のチェックへと移る。

 アーマイゼとも相談する必要はあるが、近いうちに新しいクイーンアントを用意したりなど、彼女たちの負担を軽減する方法を考える必要があるだろう。

 それともう少し、フィーネが起きるまでのもう少しの間、なるべく多くの仕事を終わらせてしまおう。

 ――せめて、アントたちにちゃんと仕事をしていると胸を張って言えるくらいにはしておきたいものだ。

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