神と会ウも
第壱章 神と会うも
カーテンの隙間から漏れる春の麗らかな朝の日差しを顔に浴びて目覚めた俺、鶴賀啓都は今日から学校へ――ん? ……時を刻むカラクリが長針は5を、短針は8を指していらっしゃる………。
――8時25分。
「ち、遅刻だっ!」
クソッ! あと15分。何で2年生初日から遅れにゃならんのだ。
どんな時でも初めてというのは重要だと昔から決まっているというのに。
とにかく支度だ。歯を磨きながら顔を洗い、制服を着ながら朝食を食べた。
玄関を出るころには季節を間違えるほどの汗をかいていたが、長篠の合戦の騎馬隊も斯くやという走りで神代高校に。
あと1分、残り100m。
間に合うぞ、とスピードをグンと上げたところ何かに躓いて――
「――いッっっ痛ッ 折れたなこれ、絶対折れたっ」
というのは嘘だが、その時何に躓いたのかなんて一瞥する暇すらなかった。
それをしようと目を向ける直前に――
――キ~ンコ~ンカン~コ~ン
……えらく間延びしたお馴染みの音が聞こえてきて、更に慌てる羽目になったのだから。
やっとのことで事前に割り振られていた教室の前に辿り着いた俺だが――さて、どうやって入ったものか、教室に。
第一声については考えがある。それは次の3パターンだ。
パターン1
「オッス! オラ、鶴賀啓都ってんだ。ヨロシクな!」
――違うな。絶対に却下だ。平凡な高校生(自称)のどこに如意棒とキントウンがあるというのだ。
パターン2
「………(無言で教室に入る)」
――ダメだな。この場は良いとしても今後の学校生活に支障をきたす。ただでさえ友人の少ない自分だ。これ以上評判を下げてぼっちになるわけにはいかない
パターン3
「すみません。遅れました」
――結局これが無難だな。大体無難ってことは普通ってことだ。普通がいかに大切かは身をもって知っている。
――これで行こう。
この結論に至るまで10分もかけた。
それなりの成果を信じよう。
引き戸に手をかけ、一呼吸置いて――
――ガララッ!
「すいません。遅れました」
渾身のセリフを披露したのだが、
「ハーイ、何か先生に質問ある人」
などと言って無視しやがった。生徒はこっちに注目してくれてんのに(ちらほら嫌そうな顔する奴もいるが)、この腐れ教師めと思ったがしかし、早合点はいけないのでワンモア。
「すいません。遅れました」
「――あーあ、つまんないわ」
女教師のゲンナリ顔は露骨すぎて俺のガラスのハートにも多少くるものがあったが、舐められまいと、
「……と、言いますと?」
「鶴賀啓都だっけ?あなたが10分も考え抜いた第一声に期待していたのに、典型の挨拶をしてきたということよ」
「……何故そんなことを言われなきゃいけないんですか、桜庭梨乃先生」
「今年もよろしくね、鶴賀くん」
「さっき『だっけ?』とか言ってたのに『今年も』、なんて矛盾してるとは思いませんか?」
別に覚えていて欲しいワケではないが。
「はいはい、そんなことより空いてる席に着いて、でないと時間が――」
――桜庭先生、もとい桜庭が言い終えないうちにさっきの間延びしたチャイムが鳴った。
すると、クラス全員が帰り支度をし始めたではないか。
俺、まだドアの前なんだケド。
「なんで帰ろうとしてんの?」
答えは――そんな日はやってこない、のだ。
「そんなにツラきゃ引っ越せば?」とこの話を聞いた奴は言うだろう。
――だが、生憎俺は頑固者でな。そんな負け犬みたいなことやるかっつうの。
と、カッコイイことを言っちゃいるが、だからといって、もう剣術を憎んでいないというわけではない。
そんな忌々しい剣術をご教授してくれやがったのが、両親である鶴賀強一と鶴賀凛だ。両親ともにそれっぽい名前してるだろ? 名前どおりの最強一家だったよ。
俺はその遺伝子が組み合わさったサラブレットというわけだ。
そのせいか、今思い返せば血反吐を吐くような練習量だったな。実際、反吐は吐いたが……。
おっと、話が逸れたな。
なぜそこで桜庭梨乃が出てくるのか、というとだな。
――いたんだよ。姉弟子として。
両親は小学二年の頃親父が病死、母さんが行方不明ってことになってる。
とはいっても、母さんの方は急に長期間家を空けることがあったから実際のところはどうなのか分からない。
だから、女々しいとは自分でも思うが、当時を思い出してしまう唯一の引き金である桜庭梨乃に会うと、ああいった言い合いになっちまうんだよ。
ま、当の本人はそれを知ってか知らずか、面白がってる節があるケド。
ちなみに、今は剣術はやっちゃいねえが素振りは日課として続けている。
そのうち俺の美しい筋肉と剣捌きを見せてやるよ。
久しぶりに鬱ッたわ。
というわけで――我ながらお粗末な話題転換だ――クラスの奴とロクに顔も合わせられず、ただただ疲れるばかりだった俺が門を出ると、こちらをチラチラ見てくる女子生徒がいた。
そして――おっ、なんかこっちに来たぞ。そして俺の前で立ち止まった。その女子生徒――きれいな長い髪をサイドテールにし、目は大きく、顔だけ見るなら人形のようだ。しかし! 胸部に携えた自己主張しすぎな、二つのふくらみが重みで揺れているところが紛れもなく人間であることを教えてくれている――はよく見るまでもなく大いにカワイイな。
「よく見るまでもなく大いにカワイイな」
「エッッッ! うぅッと、あの、あのッ、えっと、アリガトウございますッ!?」
しまったーーーッ、うっかり心の声が!
その女子生徒かつ美少女も律儀にお礼を言って、赤色とはこうあるべきと言えるくらいの赤面を披露している有り様だ。
コレは……ダメだ、収集不能だ。
相手からのフォローは望めない。とりあえず何か話さねば――
「何か用かな? 美しょ、じゃなくて……誰だっけ?」
「あ! ええと、私、同じクラスの風見ヱリカと申します」
えらく丁寧だな。
「俺は――」
「鶴賀啓都さん、ですよね?」
「ああ、そっか、さっきのやり取り聞いてたもんな」
「いいえ、お名前は以前から知っております。それにしてもさっきのやり取り、とても仲が良さそうで羨ましく思っていましたの」
ま、名前は知っていてもおかしくないか。俺、有名人だし………悪い意味で、だけど。
――それはそうと、あれを羨ましく? そう思うなら精神科に連れて行きたいところだが、それは不愉快極まりないので、
「……」
沈黙、沈黙、沈黙。俺の沈黙攻撃――何やってるんだか――にとうとう彼女、風見さんが耐えかねて、
「きょ、きょ今日は挨拶にま、参っただけです、の」
ものすごいテンパってる。
「その、あの、えっと自己紹介の時姿が見えなかったので――あら? どうなさったんですか、その右手。血が出ていますよ?」
「さっき転んだ時に、ちょっとな」
「ちょっと待っていてください。今、絆創膏を」
「えっ! いや、いいよ」
「いけません。応急処置は大切ですよ!」
結構鬼気迫る感じだ。そんなに傷の手当てがしたいのだろうか。
――そんなナイチンゲールな風見さんは俺の右手を自分の、豊満なそれに近づけて……絆創膏を貼ってくれた。
……いや、別に変な期待はしてないからな。胸に当たれば、とか考えてないんだからね!
「あの、あまり見つめないでください。子どもがデキてしまいます」
ヤバイ、いつの間にか見つめてしまっていたらしい――胸を。
ああ、いくら恥ずかしいからってそんなに身を捩ってはイケマセンよ。胸がえらいことになってます。
「いや、こっちこそ悪かったな。……ッて、そんなことで、子どもはデキないかんね!」
誰ッ、そんな間違った性教育したの! ッてかなんでそんなの信じてるわけ!
「そうなのですか? でもお祖父様が……」
肉親なら納得だわ!
けど、お祖父様! なんてこと教えてんだよ!?
「では、何をしたらデキるのですか?」
直球ストレート! 剛速球だよ!
「それは………どこかで調べろ! 学び舎に通う我らが使命、『分からないことがあったら調べる』に従うんだ」
「ハッ、ハイ」
と、元気の良い返事と敬礼が返ってきた。
よしッ振り逃げ成功!
「では、解散!」「それではまた、サヨウナラ」とずれた挨拶を交わして別れた。
とまぁ、幸福感と青春迸るアブナイ渇望と妙な達成感を一度に味わう、二度とないであろう経験をした俺は家路についた。