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99、望まぬ来訪者の報せ

「いやー、まさかフォンズがだーりんに負けて奴隷首輪つけられてるとはねー……ぷっ、あははははは!!!」


「笑うな! 君も似たようなものだろう!」


「アタシは自分の意思でこうなったからいいんだってば!」


「それを言えば僕……私だって!」


 目の前で舌戦を繰り広げる二人をげんなりした表情で眺めながら、オレは凍りかけの思考をひた回して現状を鑑みる。

 我が家に六将軍の一人、フォンズ・ヘルブロウが現れた。

 一言で表せば事態はシンプルだ。


 何でこう入れ替わり立ち代りオレの家には来訪者が途絶えないのか……

 内心で苦言を漏らしながらも、目の前の光景、フォンズの来訪は夢ではないと絶望する。

 オレが諜報として使おうとしていた二人が鉢合わせた。


 やばくない、これ?


「とりあえず二人とも命令。相互に隷属状態から相手を解放するの禁止」


「ふむ、賢明な判断だな」


「だーりん、さっすが、目ざとい!」


「お褒めに預かり光栄だよッ!!」


 ヤケクソ気味に叫ぶ。


 くっそ、オレの計画だと二人を相互に監視させて、二人から別々に情報を得ることで情報の信頼度を高めるはずだったのに……! 何だよこれ!


「フォンズ、何でお前来たんだよ!?」


 思わず心の声が漏れてしまい、フォンズがやや傷ついたような表情を浮かべる。


「な、何か怒らせてしまっただろうか」


「そりゃ、急に来たらこうなるだろうが!」


 オレの計画的な意味で!


「すまない……予め連絡を入れておこうとは思ったんだが、君に繋がらなかったもので……」


「あ……?」


 オレとフォンズの連絡手段は、魔法道具の指輪だ。つけている二人の間の遠距離通信を可能にする便利なものだが……


 当然つけていなければ通信はできない。

 そして、その指輪は一昨日風呂に入るときに外してからずっと『持ち物』に眠っている。


「…………」


 自らのミスに気づき、思わず机に突っ伏す。


「ど、どうした?」


 フォンズがあわてた様子でこちらを気遣う。どうにもこいつは話してみれば人間味を感じる。それが演技なのか素なのかは分からないが、少なくとも露骨な悪意は感じない。


 よく分からないやつだ。


「いや、痛恨のミスってこういうのを言うんだろうなぁ、と」


 目の前に揃ってしまった二人を見ながら力なく笑う。

 シエルが状況を飲み込めない様子でこちらを窺っているのを見て、オレは落ち着きを取り戻す。


「悪い、シエル。今日はもう帰ってくれないか?」


「え、あの……はい……」


「悪いな」


 理由を聞かせないまま、シエルを家に帰す。

 彼女をこのごたごたに巻き込むのは酷というものだ。これはオレの問題、彼女を巻き込んでしまうわけにはいかない。


「……なーるほどねぇ、そかそか、だーりんはフォンズを手下にしてたのかー」


「手下になったわけではない。大体、君の話はまだ聞いていないぞ。何故ユートとともにいる?」


「あ、聞きたい? アタシとだーりんの、馴・れ・初・め!」


「……大体、そのだーりん、とかいう気色の悪い呼び方は何だ」


「き、気色悪いって何さ! そんなこと言ったら、フォンズだっていつも気持ち悪いじゃん!」


「は、はぁ!? 君、いくらなんでも言っていいことと、悪いことが……!!」


「はい、二人とも黙る!」


 隷属が効いているため、二人ともぴたりと言葉を止める。


「はー…………」


 深いため息を吐いて思考を整理する。


「まず、お互いがオレの隷属下にあるということは秘密だ。この三人以外の誰にも知られてはならない。いいな?」


 二人が無言のままうなずく。


「それから、分かっていると思うが基本的に二人にはオレの利になるように動いてもらう」


「……それは、魔族を裏切れということか?」


 フォンズが分かりきった質問を投げかけてくる。


 彼自身、オレにその気が無いことは分かっているはずだ。だから、これはアルティ、そしてオレへの牽制だ。


「いや、その気は無い。オレは人間だ。だが、魔族と敵対する人間であるつもりは無い」


 その答えに、アルティとフォンズが互いの表情を盗み見る。

 なるほど、六将軍と言えど一枚岩ではないらしい。


「オレが敵対するのはオレに敵対する奴だけだ」


「……何とも反復的だな」


「向こうが手を出そうとしていないのに、こちらから手を出しても仕方が無い」


 明確な悪意と害意を持ってこちらに接する相手以外と無闇に敵対することは好ましいことではない。融和、友好を実現できるのであればそれに越したことは無いのだ。

 目の前の二人がその良い例だろう。


 まあ、この関係を友好と呼ぶのはいささか贔屓目に過ぎるが。


「魔族側が人間であるオレに情報を横流しした時点でそれを裏切りとみなすなら、お前ら二人は立派な裏切り者だろうけどな」


 オレの言葉にフォンズは肩を竦め、アルティはニヤニヤと笑っている。


「っつうわけで、見解の一致が得られたところで本題だ。フォンズ、流石に近くに寄ったからってだけの理由で来たわけじゃないだろ?」


「ふむ、察しが良いな。流石は勇者」


 軽口を叩きながらも、フォンズの目は真剣そのものだ。


「4日後、六将軍がこの街を襲う」


「っ…………確かか?」


 その言葉に込められた意味は、彼の発言の真偽を諮ること。そして、「六将軍」が誰を指すのかを暗に問うものだ。


「安心しろ、私や、ここのちんちくりんではない」


「もやしに言われたくないんですけどー!」


「……で、誰なんだ?」


 あのアルティも静まり返る。ゴクリとつばを飲んだ音が自分のものだったかは分からない。

 緊張と不安に抱かれながら、フォンズは躊躇うようにしてその名を言った。


「『剛王』」


 諦めたようにフォンズが漏らす。

 その後は一息だった。


「『剛王』ガリバルディ・ソリッド。生物として、地上最強の男だ」


 彼の宣告に、確かに滅亡の響きを感じた。

 口の中でかみ締めるように名前を反復する。


 ああ、分かっている。知らない名前じゃない。


 それどころか、つい先ほど、絶望とともに聞いていた話だ。

 あまりの突然さに実感がわかずにいると、アルティが「あちゃー」と額に掌を当てた。


「うわぁ、ガリバルディのおっさんかぁ……この街も終わりかなぁ……」


「お前な……」


 ややげんなりとした視線を向けると、アルティはあわてて取り繕った。


「ああ、いやいや! ガリバルディのおっさんは、脳筋だけど、悪逆非道ってわけじゃないから! 多分、適当に暴れて帰ってくれるかもしれないし! ね、フォンズ!」


 あわててフォンズに振ると、フォンズは苦い顔で曖昧に首を振った。


「どうだろうな……少なくとも奴は今回のリスチェリカ攻略にいつにないやる気を見せている……勇者と戦えるのが楽しみで仕方ないらしい」


 ちらと頭を凛の姿が過ぎる。


「相当な戦闘狂って聞いてるんだが」


「戦闘狂か……まあ、間違ってはいない。どうにも奴は理性というものが足りないようでな……相手が戦士であるなら、喜んで戦うだろう。加えて奴の戦い方であればこの街も無事では済まないだろうな」


「はぁ、厄介だ……」


 その手の戦闘狂のたちの悪さは、身を以て体感している。主にリアなんとかさんのせいで。


「……ユート、すまないが我々は奴との戦いに協力することはできない」


 端から可能性にも入れていなかったことを念押しされ、オレは逆に驚く。


「当たり前だろ。それをされたらお前らを諜報として雇った意味が無い。ってか、そもそもお前らはいいのか? 六将軍同士仲間だろ?」


「仲間……? なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれないが……」


 フォンズが困惑と驚きの表情を浮かべ、アルティにいたっては「ないない」と顔の前で手を振っている。


「安心しろ。私個人として奴に対する思い入れは何も無い」


「うん、アタシも無いよ! どかーんとやっちゃって! むしろ、ガリバルディのおっさんが負けてる姿見てみたいかも! あはははは!!」


 こいつらに仲間意識みたいなのは無いのか?


 改めて魔族……というか六将軍たちの異常性に嫌な汗をかきながらも、ひとまずは安心する。

 そんなオレの様子を知ってか知らずか、アルティが続けた。


「というか、そもそもの話として、ガリバルディのおっさんと戦ったら、アタシたちも無事じゃすまないんだよねー! だから、なんていうの? 自らの命を守るために致し方なし?」


 けらけらと笑いながら軽く言ってみせるが、その目には真剣の色が宿っている。


「そんなに強いのか……とりあえずはブラント団長に報告だな……」


「ほう? 君は魔族に敵対をしないのではないのか?」


 フォンズが意地悪く問うて来る。


「言っただろ、オレに敵対しないのならば敵対はしない。だが、ガリバルディがオレの住んでるこの街をぶっ壊そうってんなら、十分に敵だ。正当防衛、集団的自衛権ってやつよ」


「……なるほど。ぶれないな、君は」


 フォンズの感心を鼻で笑うようにして返し、騎士団寮へと向かう準備をする。


「フォンズ、ガリバルディ以外の戦力は?」


「ガリバルディに一任されているから、私も分からない」


「けど、多分あのおっさんなら、連れてきても小規模な軍隊を連れてくるぐらいじゃないかな?」


「随分と余裕だな?」


「そりゃそうよ! だって、あのおっさんが大暴れしたら敵味方関係なく吹き飛ばしちゃうんだもん!」


 ますます危険だ……災害だな、もう。


「ああ、そうだ。フォンズ、特に予定が無いならうちにいてくれ」


「それはまたどうして?」


「こいつを見張っててくれ」


「アタシそんな落ち着きの無い子じゃないってば!!」


「でも、オレが騎士団寮まで行くって言ったら後からこっそり付いてきたろ?」


「うん」


 悪気も無くうなずくアルティにアイアンクローを決めると、フォンズにもう一度念を押す。


「頼んだ。付いてくるなよ?」


「…………君も大変だな」


 彼の憐憫の視線を承諾と受け取って、オレは軽く身支度を整えると騎士団寮へと急いだ。


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