98、予期せぬ来訪
凛ともリアとも疎遠になり、うちに毎日のように遊びに来るシエルと、居候のアルティが唯一、もとい唯二の話相手となっていた。
結局あれから騎士団寮には一度も行っていない。
ブラント団長に報告しなければいけないことも多くあるだろうが、どうにも足が進まない。それが益体の無い理由であることは他でもないこのオレが重々承知している。しかし、冷徹に正解を導き出す思考とは裏腹に、オレの足は騎士団寮の方を向いてはくれなかった。
「てかさ、だーりんはあれだよね、根本的に性格がひん曲がってるよね」
「性悪でどうもすみませんね」
「んー、別に悪ってわけじゃないんだけど、何と言うか素直じゃない感じ? あは」
シエルが「そんなことないですよ!」とフォローをしてくれるが、アルティはそれに冷たい視線を送るだけだ。どうにもこいつらはソリが合わない……というか、アルティが一方的にシエルを目の敵にしている。
「なぁ、アルティ。お前、その態度もう少し何とかならないのか?」
「嫌いなことを偽って好きな振りするほうがダメだと思うけどねー」
「……そもそも、何でそんなにシエルのことを嫌う?」
「んー、言ってもいいけど……だーりんは分かんないだろうし」
「はぁ?」
オレとシエルと二人して首を傾げるも、アルティは仕方無さそうに笑った。
「それでも聞きたいなら、教えてあげるけど?」
「……いや、流石に本人の前で話すことでもないしな、また機会があれば聞く」
シエルが悲しそうに表情を歪めるのを見て良心が咎める。
「で、話の続きだ。六将軍のアイリーン・ブラックスノウってのはどんな人物なんだ?」
現在オレはアルティから魔族の情報を仕入れている。
この数日の間に、魔族の生活形態や、文化、軍備規模など様々な情報を得られている。全てを信用するのは危険だが、有用な情報と見て間違いないだろう。
「んー……アイリーン姉はね、一言で言ったら天才かな?」
「……あいつもそんなこと言ってたな」
「あいつ?」
「あー、いや、忘れてくれ」
思わず口を滑らせてしまったことを適当に誤魔化す。
こいつにはまだフォンズがオレの隷属下にあることを伝えていない。二人が結託して反逆を起こそうとすることを防ぐためだ。
オレの失言を大して気にするでもなくアルティは楽しそうに続けた。
「アイリーン姉はね、すごいよ? なんたって、頭がいいんだってば!」
「そりゃ、天才って呼ばれてるみたいだしな」
オレの同意にアルティは目を輝かせる。
「そう! そうなの! いやー、アイリーン姉はたっくさんのものを発明して、いっつもアタシたちを驚かせてくれるし、ホントに尊敬してるんだってば!」
アルティがいつもより饒舌に語る。どうやら、本当に好意と敬意を抱いている相手らしい。
「学者なのか?」
「学者……うーん……本人は、趣味でやってるって言ってたかなぁ……でも、実際、国の食べ物事情を改善するような計画とかも考えてるし、政治家? いや、でも魔法使うし、戦争の指揮とかもとってるしなぁ……」
どうやら、『災媛の魔女』の名は伊達ではないらしい。
アルティ自信、アイリーンをどのように分類するか考えあぐねるほど、多才なのだ。彼女の話から推察するに、相当の切れ者だ。できれば敵対したくない相手と言えるだろう。
「じゃあ、ガリバルディ・ソリッドってのは?」
名前ぐらいしか知らない六将軍の一人だ。
「んー……でかいおっちゃんかな?」
でかいおっちゃん……
頭の中で恰幅のいいスーツ姿の親父がガハハと笑う姿が想起される。
「いや、ほんとでかいよ? アタシの3、4倍あるんじゃないかな?」
「いやでかいな、おい!?」
アルティの身長はせいぜいが130cmやそこら。その4倍というと、5mは超えていることになる。巨人と呼んでも差し支えの無いサイズだ。
「そんなに大きい人がいるんですね……」
「アンタは黙ってて」
「ひぅ……」
相槌を入れたシエルがすげなく撃沈し、オレはあわてて彼女を慰める。
「お前、だから、少しぐらい隠せよ! これは命令!」
「…………はーい。以後気をつけまーす」
人の行動を束縛するような命令はあまりしたくなかったのでこれまではしていなかったが、流石にこれは目に余る。
シエルに茶菓子を持ってくるように頼んで席を外させてから、オレは話を続ける。
「で、ガリバルディってのは強いのか?」
「強いよ、生物としても戦士としてもほぼ無敵」
アルティの最高の賛辞とも呼べる言葉を聞いてぞっとする。
「えーっとね、まず攻撃が効かないでしょ?」
「は……?」
「いや、あいつめっちゃくちゃ硬いんだよね。アタシが全力で攻撃してもかすり傷がつくかどうかぐらい」
…………六将軍の攻撃を以てしてその程度のダメージしか負わないとか、化け物かよ……
「後、腕っ節がすっごい強いから、一発食らったらやばいかなぁ……あ、この前三階建ての建物投げてた! あれは、笑ったなぁ! あははは!!」
その風景を思い出したのか、げらげらと笑い出す。
いや、笑い事じゃないだろその火力……
紙装甲のオレならまだしも、龍ヶ城ですら即死するレベルじゃないのかそれ……
改めて認識する六将軍の埒外さに自らの自信がへし折れていく。
フォンズやアルティと善戦したことから、六将軍とも対等に渡り合えるのではないかという傲慢が生まれていた。だが、それは間違いだ。
話を聞けば聞くほどどうして六将軍が魔族の最強兵器たりえるのか分かる。
「あ、あとあと、戦闘狂だから、強いやつ見かけるとすぐ喧嘩吹っかけて、相手を粉々にしてるかも! アタシも一回吹っかけられそうになったから、全力で逃げちゃった!」
「マジで災害みたいなやつじゃねぇか……」
強いやつを見かけるとすぐに喧嘩を吹っかける、と聞いて金髪の女性を思い出すが、頭をふってすぐに思考から追い出す。流石にあいつもそこまで天災みたいな存在ではない。
「でも、アホだから言いくるめちゃえば割と何とかなるかもね。アタシは絶対に戦いたくないけど」
「……なんか、お前の話を聞くと、人間だと根本的に六将軍に勝てないんじゃないかと思うんだが……」
「んー……今のままじゃ厳しいんじゃない? 勇者だと輝政君と、だーりんは見込みあるけど」
「は? オレ?」
龍ヶ城ならまだしも、今までの話でオレのどこに可能性を見出したのか。
こいつはオレがフォンズに搦め手で辛勝したことなど知らないし、何なら何もできずにこいつに拉致られそうになっていたのだ。
「龍ヶ城輝政は、単純に六将軍に届く才能を持ってるし、それにだーりんは死なない才能があるから」
「死なない才能って何だよ……」
褒められてるのか良く分からない言葉に微妙な表情を浮かべるオレを見てからからと笑う。
「いやいや、その才能って中々得られるもんじゃないよ? 生き物なら、みんな多かれ少なかれ持ってるはずなのにねー……人間にも魔族にも死に急ぐような奴、いっぱいいるじゃん?」
言わんとしていることは分かる。好き好んで戦場に赴くような奴も存在していることは知っている。だが、それが生き残る才能とあまり繋がらない。
「ま、これはアタシの直感みたいなもんだから、あんまり気にしないでいいって! あはは!」
追求を許さないかのようにアルティは笑った。
「まあ、とりあえずは、褒め言葉として受け取っておく。ちなみに、フォンズの評価ってどうなんだ?」
以前に軽く聞いたときは散散な評価だったが。
「うーん、なよなよしてて弱そう」
「辛らつだな……」
「……全くだ」
広間の入り口から同意する男の声が聞こえる。
横にはオロオロするシエルの姿も認められ、オレは目の前に立つ男の姿を見て、思わず目を逸らした。一瞬のうちに思考がトップギアで回り始め、今しがた起きた出来事を理解しようとするが、どう足掻いても一瞬で答えが出てしまう。
そしてその答えは全く、そう全くオレの望んでいない正答だ。
「どうした、ユート? 随分と間抜けな顔をしているな」
「待て、いや、ちょっと待て……オレに、落ち着く時間をくれ……」
深呼吸をして、大きな声で叩きつける。
「…………人違いです!!」
困惑した表情のフォンズ・ベルブロウ本人を見やって、オレは口の端をひくつかせた。




