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96、共同生活のはじまり


 凛が出ていった扉に目をやっては逸らし、口に紅茶を運ぶ所作を繰り返す。

 その行為に何の意味も無いことは百も承知だ。しかし、追いかける気概も無いオレには今この場で静寂に耽る以外、何をしろというのか。


 この世界では比較的高価な砂糖を入れているにも関わらず、お茶は苦い。

 凛とこうして正面を切って口論をしたのは初めてだろうか。

 毎度毎度どちらかが何かを諦めていたため、そもそもぶつかり合うことが無かった。

 もしかしたら、凛は言いたいことを全て飲み込んでこれまで過ごしてきたのかもしれない。


 ……今のオレにそれを知る術は存在しないが。


 広間の扉を見ても、一向に開く気配は無い。


 何度目になるか分からないため息をつくと、正面玄関の呼び鈴が鳴らされた。

 家のどこにいても聞こえる音に肩が跳ねる。


「まさか、凛か?」


 やや足早に広間を出て玄関へと向かう。

 内側から扉を開けると、そこにはすでに見知った笑顔だ。


「やーやー、なんだかお取り込み中だったみたいだからさー、ほら、良妻は空気を読むべきかなってっ!」


「……その気遣いがあるなら、最後まで放っておいてくれたら良かったんだけどな」


 アルティ・フレン。先ほど契約をした六将軍の少女だ。


 顔にニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべている。

 両の手を背中で組むと、彼女はオレをしたから覗き込んだ。


「そこまで露骨に落胆されるとヘコむなぁ」


「別に、落胆はしてねぇよ」


「一瞬、織村凛だと思ったでしょ?」


 図星を指され何も言葉を返せない。

 これ以上は墓穴になると悟り、オレは話題を転換した。


「で、何しに来たんだ?」


「今日の分の魔力を頂こうかなぁ、と」


 やはりそうか。


 契約はすでに今から効力を持っている。なれば、今日の魔力回収も存在するわけだ。

 目の前の少女に何を期待していたわけでもないが、究極したビジネスライクな関係に思わず笑みがこぼれる。


「かまわないが、どうやって三割渡すんだ?」


「えーっとね、それは……これっ!」


 彼女はマントの中を弄ると鈍く光を放つ、紫色の石を取り出した。石の大きさは彼女の頭の大きさと同じぐらい。どこに隠していたのかと訝るが、すぐに意味が無い問いと思考から振り払う。

 宝石のように研磨されているわけでもない。それにも関わらず光を反射し、妖しく光っている。違う? この光は反射じゃない。石自体が光源になっている?


「それは?」


「これはね、【魔蔵石】って言って、魔力を溜めることができる石なんだ」


「【魔蔵石】……嘘だろ? そのでかいブツがか?」


 【魔蔵石】のことは知っている。比較的有名な鉱物で、人々の日常生活に多く使われている。冷蔵庫や照明、空調機など様々な「機械」的な機構の動力はこの魔蔵石に蓄えた魔力を動力としている。

 つまり、人々が生きる上で必須のものだ。だから、珍しいものではない。

 それが拳大以下のサイズであれば。


「産出される魔蔵石の大きさはせいぜい掌に収まる程度。大きいものでも拳大を超えないぐらいのはずだ。それが、そのサイズって……」


 巨大な金剛石を突然突きつけられたような衝撃に近い。

 少なくとも、オレの読んだ文献において、このサイズの魔蔵石は存在しない。


「アタシたち魔族の住んでる地域は魔素濃度が濃いからねー。これぐらいの魔蔵石も結構出るよ?」


 こともなげに言ってみせるアルティにオレは苦笑を漏らすしかない。


「……なおさら人間は魔族との戦争をやめて交易を開くべきな気がしてきたな……」


「うーん、ま、それは言っても仕方ないかなー!」


 あははー、と無邪気に笑うアルティはどうでもよさそうだ。


「じゃ、それに魔力を入れて渡せばいいんだな?」


「うん。よろしく!」


「分かった」


 準備のために息を吸う。

 そうしてオレはアルティに言った。


「命令だ。お前の今ある魔力を全部これに注ぎ込め」


「え……」


 オレの命令が意外だったのか一瞬呆けた顔を浮かべるアルティ。

 だが、すぐに魔蔵石が光り出した。

 スキル【魔力感知】が、アルティから魔蔵石に魔力が流れていることを確認する。

 ものの十数秒のうちにアルティが全魔力を石に注ぎ終え、そのまま床にへたり込んだ。


「い、いきなり何するのぉ!」


「コントラクトが効いてるのかと、魔蔵石が本物かの確認をさせてもらった。悪いな」


 アルティから魔蔵石を奪い取り、MPのちょうど全量の三分の一を魔蔵石に注ぎ込む。

 オレの莫大な魔力を受け取って強い輝きを放った魔蔵石は、割れることなく最後までオレの魔力を受け続けた。

 一分もかからずに魔力の移動が終わる。

 最初に見たときよりも鈍い光が強まり、鮮やかな色合いを見せている。

 ちらりとステータスを確認する。


十一優斗 17歳/男

HP440/440 MP53050/86200

膂力54 体力83 耐39 敏捷119 魔力32410 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密4.1 魔法構築力8.4

魔力感知5.8 魔法構築効率7.8 MP回復速度5.9 多重展開5.0 術法1.6

煽動2.4 鍛冶2.3 悪運 魔力操作3.6 慧眼



 先ほどのアルティとの戦闘で消費した魔力と今しがた渡した魔力でざっと30000程度が持っていかれている。手痛いと言われれば手痛いが、かつてはMP50000程度で戦っていたことを考えれば、大技を使わなければ十分と言える。

 未だに床に座り込んで不満げにこちらを見上げるアルティに小さな罪悪感を覚え、オレはため息をついた。


「……悪かったな」


「だーりんってばひどいなぁ!」


「その言い方は気味が悪いからやめろ……」


 腕を振って抗議するアルティに苦言を呈する。


「……だーりんは、やっぱり魔族が信用できない?」


 ややためらいを含んで告げられたアルティの言葉に、オレは即座に首を振った。


「いや」


「なら――――」


「オレは初対面の奴全員を信用していないだけだ。それが魔族であろうと人間であろうと」


 ……初対面で無い相手ですら、オレは信用できていないのかもしれないけどな。


 自虐的な呟きが脳内で反芻され、嫌な思い出が蘇りそうになってかぶりを振った。


「何度も言うが、オレはお前や魔族に敵意を抱いていない」


 指を立ててアルティに説明する。未だ彼女は不満そうだ。


「だが、お前や魔族がオレに敵意を抱いていないとは限らない」


 オレに敵対の意思が無くとも相手にその意思があれば、お互い平和に言葉を交わして手を繋ぐなど不可能だ。リアとの決闘騒動やフォンズとの戦闘はまさにそのいい例だ。


「お前の言うようにオレは弱い。それに臆病であることも自覚してる。その上でオレが生き抜くには全てに疑り深くなるしかない」


 全面の好意には必ず裏があり、全幅の信頼には必ず魂胆がある。今のアルティとの利害の一致による契約関係は楽な方だ。利害にまつわる事柄だけを考えて相手を品定めすればいいのだから。


 むしろ面倒なのは――――


「いや、よそう」


「?」


 オレは回りたがる思考を止めて、アルティに手を貸して立ち上がらせた。


「ま、今ので一応信用させてもらった。お前にはコントラクトが効いてるし、少なくとも貴重な魔力源であるオレをどうこうする気は今は無いってことはな」


「うわぁ……また含みの多い言い方して……」


「これでも素直に言ってる分、オレにしちゃ親切だぜ?」


 アルティは「たはは」という笑みを漏らすと、そのままダイニングの椅子に座った。


「……何やってるんだ」


 言外に「帰らないのか」と視線を送ると、アルティはまたいやらしい笑みを浮かべた。


「いやー、だって一回お城に戻るのも面倒だしさー」


「城?」


「ん? あ、そっか、知らないのか。えっとね、アタシたち魔族の本拠地はここの北にある北方大陸にあるんだけど。その最北端にあるのが『イデアール城』。アタシたち魔族軍の本拠地なのですよ!」


 鼻息荒く自慢げに語るアルティに呆れ顔を返しつつ、質問を重ねる。


「六将軍とか魔王様もそこにいるのか?」


「うーん……みんなわりと自分勝手だから、定例会のときと作戦会議のときぐらいしかいないかなぁ……あ、でも影親父はいつもいるかも。『王の城を守ることがワタシの使命だ』とか何とか」


「影親父?」


 なんとも言いがたいその表現にオレが首をかしげると、アルティが苦いものを噛み潰したような表情を見せた。


「アタシはアイツ嫌いかなー……なんかキモいし!」


「六将軍、なのか?」


「そ。六将軍の一人、ノルマンド。家名は知らないけど、結構いいとこの出なんじゃない? 魔王様ー魔王様ーっていっつもうるさいんだって」


「へぇ……」


 ノルマンド。初めて聞く名前だ。


「ほかにはどんな六将軍がいるんだ?」


「あ、聞いちゃう? それ聞いちゃうかー! どーしよっかなー! って、アタシ、誓約のせいで答えなきゃいけないんだけどねー」


 一人で延々と茶番を繰り広げると指折りを始めた。


「えっと、今言ったノルマンドでしょ? それに、アタシ。アイリーン姉さん、ガリバルディ、ザント、フォンズ……うん、これで全部」


「……」


 フォンズとアイリーンの名は知っている。前者は会ったこともあるし、何なら主従関係にあると言ってもいい。


 だが、ノルマンド、ザント、ガリバルディについてはまったく情報が無い。聞いたことすらない。そもそも人間側が何故ここまで六将軍の情報を掴めていない? 勇者であるオレたちでさえ、その名前すら伝えられていないというのは異常だ。


「なあ、そいつらは、強いのか?」


 当たり前のようなことを聞く。

 フォンズの魔法の錬度。そして先ほどのアルティの戦闘能力を見てなおこんなことを聞くのは馬鹿馬鹿しいかもしれない。


「うん、強いよ」


「……そうか」


 予想通りの返答に若干の落胆は隠せない。

 アルティをしてそう言わせしめるということは、ほかの六将軍はアルティと同格もしくはそれ以上ということになる。


「アタシなんて弱い方かなー。こう、一芸で入ったみたいなところあるから!」


「AO入試かよ……」


「えーおー?」


「いや、なんでもない。一芸ってのは、変形能力とかってことか?」


「そ、アタシの固有スキルは2つ!」


 彼女はそう言うと両手でピースを作る。それだと合計4つにならないか。


「動物とか魔物と会話ができる【動物会話】と、アタシが捕食した子の力を得られる【強食者】!」


 動物会話は以前も見せてもらった。その中身については特に疑問点も無い。

 だが、もう一つの能力はかなり突飛だ。


「捕食した子の力を得る?」


「そ、たとえば、アタシが食べた子が猛毒を使えたら、アタシもおんなじ毒が使えるようになるし、空を飛べる翼を持ってるならアタシも翼を生やして飛べるようになる」


「……随分とまあ埒外な能力だな」


 薄々感づいてはいたが、改めて彼女の説明を聞いてその異常さに冷や汗が垂れる。

 食した相手の能力を得る。それが意味する効果は絶大だ。

 どのような生物も長所短所がある。だが彼女はそれら全てを吸収し、長所のみを利用できるのだ。

 なるほど、彼女が弱肉強食の頂点に立つ存在であることは理解に難くない。


「あ、でも安心して。だーりんは食べても何にも得られそうにないから食べないよ!」


「そりゃ安心なこった!」


 言外にディスられている。


「ん? じゃあ、戦いの最中に魔物を召喚してたのは何だったんだ?」


 急にアルティの手に閃光を扱う魔物が出現したり、オレを丸呑みしたカバが突如現れたりと、明らかに召喚の類だ。今説明されたスキルでは説明が付かない。


「あー、あれはね、昔食べた子の中に、どこにいても仲間を瞬時に呼び出す能力を持った子がいたんだ。その子を食べたから、アタシも友達の魔獣とかを呼び出せるってわけ!」


 めちゃくちゃな能力を持った魔物がいたものだ。

 まあ、だがここは異世界。同類を呼び出すような魔法を使える魔物がいてもおかしくはない。

 ただ、それをアルティが身に着けてしまったというその一点だけが、異常性を帯びてしまうのではあるが。


「まあ、お前のことは大体分かった。他の六将軍の話も色々聞きたいんだが、誰が一番強いとかあるのか?」


「んー……みんな強さの方向が違うしなぁ……多分、戦士として最強なのはガリバルディのおっさんかな? 一番頭いいのはアイリーン姉さんだし、ザントは超怖いし……フォンズはなよなよしてていかにも弱っちいよね!! あははは!」


 フォンズェ……かわいそうに……


「まあ、でもフォンズからはだーりんと同じ臭いがするかなぁ……」


「何、オレたちが使ってる洗剤が一緒とかそういうオチ?」


「違う違う! なんだろ。戦士としては弱者も弱者。それこそ弱肉強食の最底辺にいるような感じなんだけど……」


 またまたさらっとディスられ傷心するも、すぐにアルティは珍しく真面目な顔で続けた。


「多分、生物としては一番強い部類なんじゃないかなぁ」


「……そりゃ、矛盾してないか」


 先ほども聞いたその彼女の賞賛、かどうかも分からないような言葉の真意を問う。


「いや、だーりんたちは、哀れな草食動物だけど、最終的には肉食動物すら踏みつけて生き抜く。これはアタシの確信。だから、キミらみたいなのは敵に回したくないんだよね」


 苦笑を浮かべると、この話はやめだと言わんばかりに席を立った。


「うん。この話はこれでお終い」


「左様で。お前、これからどうすんだ?」


「ん? ここに住むけど」


「……本気か? いや、正気か?」


「本気も本気、超絶本気! そしてそれなりに正気!」


「こっちからしたら遠慮したいんだが……」


「もう、遠慮しなくていいのにー!」


「むしろお前が遠慮しろ!」


 何だってオレがこいつをここに居させなきゃならんのだ……


「……悲しいかな、アタシには行く宛てが無いのです!」


「北方大陸に帰ればいいだろ。文字通り根城に帰ってどうぞ」


「あんな寒いとこにわざわざ戻るのやだ! 行って戻るだけで二週間はかかるもん!」


 やだやだ、と駄々をこねるアルティにげんなりとした視線を送る。


 だが、彼女が何気なく言った言葉をオレは聞き漏らさない。

 往復二週間。つまり、この少女は遥か遠くの魔族の地までたかだか一週間でたどり着けるということだ。それは裏を返せば、魔族の本拠地から一週間でリスチェリカまで攻め込んで来られるという意味でもある。

 無論、実際に一般の人間が竜車等で移動しようとすればその程度じゃ効かない。人間の最北端居住区がここから約一ヶ月ほどかかるのだから、下手すれば二ヶ月、ないしは三ヶ月かかるような距離のはずだ。それをたかだか一週間。


 もし六将軍が本気で人間を滅ぼすつもりなら、疾うにリスチェリカは滅んでいる。


「……なんつうか、魔族は本気で人間に勝つ気があるのか?」


「んー……少なくとも負けようとは思ってないんじゃない?」


 何か核心をぼかすような言葉を返され、これ以上は無駄だと悟り肩を竦める。

 恐らく、どういう聞き方をしてもはぐらかされるだろう。いかに絶対服従で縛ろうと、回答の自由度を完全にゼロにすることは出来ない。


「というわけで、寒々しい北方大陸なんかじゃなくて、ここにアタシたちだけの熱っつ熱つの愛の巣を作ろう!」


「何言ってんだこいつ……」


 だが、彼女も頑としてこの場を去る気は無いらしく、すでに徹底抗戦の構えを見せている。

 確かに、往復で二週間かかるのであればわざわざ北方大陸に戻るのはバカらしい。オレから毎日魔力を受け取る都合で、ここに泊まるのが合理的だ。


「はぁ……仕方ねぇな」


「いっしょに愛を育もうね!」


「育まないからな!?」


「あはははは!!」


 欠片も本気だと思っていない愛のささやきを一蹴して、彼女の滞在を許可する。

 なんとも災難な生活が始まりそうだ。


喧嘩別れしたヒロインを放置して別のヒロインにうつつを抜かす十一君。

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