95、不和の爆発
「ユート、アナタ、本気ですの?」
リアの驚いた表情が見える。口調はこちらを咎めるような表現を多分に含み、今回の契約成立をあまり快く思っていないことが窺える。
「伊達や酔狂で魔族と契約なんかすると思うか?」
ちらりとアルティの方を一瞥すると、笑いながらひらひらと手を振っている。
リアがため息を漏らす。
彼女が何を言うべきか考えあぐねていると、今度は龍ヶ城が声を上げた。
「……僕はやはり反対だ。君のやっていることは、人類への裏切りだ。魔族と契約するなんて……」
まるで悪魔と契約を結んだ人間を哀れむかのように龍ヶ城はその端正な顔を歪めた。そこには心の底から嘆く思いが横たわっているだけでなく、こちらを理解できないという不可解さも顔を覗かせていた。
「別に、オレは魔族側に付こうってわけじゃ無い。むしろ、魔族側の動向をこいつに漏らしてもらえると考えれば、人間にとって利になる契約なわけだ」
「それは、そうかもしれないけど……」
オレの言っていることに決して嘘はない。嘘ではないが、オレがアルティから得た情報を人間たちに横流しするとは限らない。
オレはこの戦争ではどちら側にもつかない。
仮に人類の側に立って戦うことがあるとしたら、それは単にオレのためであり、他の何物のためでもない。
「まあ、契約しちまったもんは仕方ない。諦めろ、龍ヶ城」
「…………」
不満げな様子の龍ヶ城を視界から外したところで、カチャカチャと鎧の足音が聞こえてきた。
「何事だ!?」
鬼気迫る形相で声を荒げたのは王国騎士団団長、ブラント・ヴァルヘイン。彫りの深い顔に色濃い驚愕を写している。後ろには数名の騎士が同様の表情を浮かべて控えていた。
「あちゃー……じゃ、めんどうにならないように、アタシは消えるね! またあとでね、だーりん!」
そう言い終えると、アルティはありえない跳躍を見せ、一人の騎士の背中を足蹴にすると、廊下の奥へと消えていった。
「今のは魔族ッ!? お前たちは追え! ただし、深追いだけはするな!」
ブラント団長が的確な指示を飛ばし、後ろに控えていた兵士たちにアルティを追わせる。彼自身、本気でしとめられるとは思っていないようだが。
ブラント団長が、崩壊した食堂、傷ついた龍ヶ城、そしてオレとリアを見て深くため息をつく。
「いやー、災難でした」
「……君たちが無事で何よりだ」
オレの軽口にもブラント団長が決まりきった文句を返すと、てきぱきと指示を出し始める。勇者たちに安否を確認し、気絶した十六夜を医務室に運ぶように言った。
「話は龍ヶ城が一番理解してると思うんで、こいつから聞いてください」
そういうとオレはさっさと食堂を後にしようとする。理由は明白。傷つき遁走した凛を追うためだ。
だが、それを許さない者が二人。
「お待ちなさい」
「十一君にも状況説明に残って欲しい」
リアと龍ヶ城だ。龍ヶ城が残って欲しい理由は分かるが、リアについてはよく分からない。疑問の意味を込めて彼女に視線を投げかけると、リアは満面の笑みを浮かべて言った。
「アナタには少しばかり言いたいことがありますので」
「……それって、暴力は伴いませんよね?」
震える声で返すも、リアの笑顔は微動だにしない。
リアと龍ヶ城二人が決してオレを逃がさないという意思を見せているというは非常に面倒くさい。強行突破で逃げるすべは無い。
だから、搦め手を講じる。
「……後でいいか? 今は、凛を追いたい」
「君は……」
龍ヶ城がはっとした様子で何かを考えあぐむ。視線を少しばかりさまよわせると、こちらをまっすぐと見据えて言った。
「……いや、僕たちよりも、君の方が適任だろうね。彼女を、凛をよろしく頼むよ」
「よろしくされる謂れは無いがな」
龍ヶ城に返答をし、今度はリアの説得にかかる。
「リア」
「許しませんわ」
リアが真顔で即答する。
だが、すぐに彼女は呆れたように笑った。
「……と、言いたいところですけれど。リンに何かあったのでしょう? すぐに彼女を追いなさい」
オレの中でリア王女陛下の株価が急上昇しつつあると、釘を刺すようにさらりと彼女は付け加えた。
「後でたっぷりと時間をとって話を聞いていただきますので」
「じゃあ、行ってきます!!」
聞かなかったことにして、さっさと逃げ出す。
ブラント団長の諦めたようなため息を置き去りにして、食堂を飛び出した。
凛の居場所に心当たりがあるといえば嘘になる。
だが、この異世界において彼女の縁ある場所など数が限られている。傷心の彼女が、騎士団寮から離れようとして無意識に足を向ける場所といえばあそこの可能性が高い。
「やっぱりか……」
王都の中心部から十数分ほど。見慣れた我が家の門の前に、一人の少女が背を預けてうずくまっていた。
彼女の表情は一目見て翳り、その瞳は空ろなままに何も映してはいない。膝を抱え、何をするでもなくただ虚空を見つめる様は、恋破れた乙女か、はたまた会社を首になったサラリーマンだ。
まあ、その程度の傷心で済めばまだマシなのだろうが。
どう一声をかけるべきか迷いながらも、憂鬱に囚われた凛に近寄っていく。
オレの手が届くほど近くに来てようやくオレの存在に気づいたのか、彼女は驚きに肩を跳ねさせた。
「……なんだ、ゆーくんか」
「その言い方は酷いな」
「……ゆーくんだって、いつもわたしのことそういう風に言うじゃん」
正論を返されてしまい返す言葉も無い。次に出す言葉に迷ったオレはとりあえず、彼女の隣に腰をつけて同じように門戸に背を預けた。
「元気か?」
「……うん」
「とてもそうには見えないがな」
「……じゃあ、何で聞いたの?」
凛らしからぬ装飾の無い声が淡々と流れ出る。音程を全て失った歌謡の如く、ただただ文字列として提示される言葉には実感がこもっていない。
「人の家の前で座り込まれると、オレがDVしてるんじゃないかって近所の皆様に白い目で見られるから遠慮して欲しいんだが」
「うん、ごめん……他のところ、行くね」
そう呟いてうつむきながら立ち上がる彼女の反応に驚き、慌てて手を引き止める。
暖簾の腕押しだな。まるで手ごたえが無い。
「……だから、家の中入れ。上手く淹れる自信は無いが、茶ぐらいは出してやる」
シエルももう自宅に帰っただろう。気兼ねなく過ごせる。
彼女がようやく顔を上げ、こちらを見る。
「……ゆーくん」
「ああ」
彼女の声に、耳を傾ける。
「……わたし、……誰だか、分かる?」
声が、震えている。
気丈に涙を堪える彼女の顔には、限界の文字が深く刻まれている。頬は痙攣し、肩は小刻みに震える。不安で、どうしようもないほど一人きりで、一縷の希望に縋らんと問う。
だから、オレは堂々と答える。
「織村凛。猫かぶっててテンション高くてうざい女の子」
「なに、それっ……ひどく、ない――――」
震える声は、掠れていき、ついぞ言葉とならない。
彼女が再び視線を地面に落とす。震える喉に左手を当て、もう片方の手で口を覆う。
ツー、と感情の雫が彼女の頬を伝った。
「ゆー、くん……」
「ああ」
「ゆーくん……!」
「……ああ」
「あ、あああ……わぁああああ!!」
決壊し、感情があふれ出す。
凛が大粒の涙をぼろぼろと零しながら、オレの胸に飛び込んでくる。
今までに彼女が見せたどの涙とも違う。
理不尽さに、もどかしさに、どうしようもなく行き場を失った感情の爆発。それが雫となって彼女の目から零れ落ちていく。
オレにはそれを受け止めることも出来ないし、せき止めることも出来ない。
彼女の背中を摩るべく手を回そうとして、オレはそのまま手の行き場を失う。オレに、その資格はあるのだろうか。旅に彼女を同行させ、今回の件の一端を招いてしまったオレに。
そんなオレに、彼女を激励する資格が。
だから、ただ感情の叫びを聞いて待ち続ける。
待ち続けるしかなかった。
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「……落ち着いたか?」
そんなに長くはないだろう時間を経て、ようやく落ち着いた凛に声をかける。
未だにしゃっくりに近い痙攣を繰り返しており、彼女の目元は泣きはらしたあとがくっきりと残っていた。
「……少し」
彼女はほんの少しだけ口の端を笑みに緩めた。
受け答えをする余裕は取り戻せたようだ。
「とりあえず、中に入れよ。お茶ぐらいは出す」
「……でも」
「いいから」
渋る凛の背を押して、無理やり家へと入らせる。
彼女の背を押すオレの両の手だって、今このときの自分の行動が正しいか分かっていない。
凛とともに迷うような足取りでダイニングへ向かう。そのまま凛には席につかせ、オレは数分のうちにキッチンでお茶を用意すると、ダイニングに戻った。
凛はオレの家の彼女の定位置とも言える座席に座り、ぼーっと机を見つめていた。
「そんなに見つめて、うちの机に面白いものでもあるか?」
「……ゆーくんは、変わらないね」
曖昧で定義しがたい表情を浮かべた凛がそう呟く。
そうだ。オレは変わらない。オレの根本にあるもの、今のオレを構成するものなど簡単には覆らない。
薄っぺらい同情や哀れみの言葉など、今の彼女に吐くことは出来ない。オレにさえ、それぐらいの分別はつく。
彼女と龍ヶ城たちが築き上げてきた「今までどおり」が壊されてしまった。一度崩れてしまった当然が取り戻されるには長い時間が必要だろう。だからこそ、オレは、オレだけは今までどおりでいる必要がある。
言葉を選ぶ。話題の選出に時間がかかる。無言がわだかまる。お茶の湯気が揺れる。お茶をすする音が聞こえる。食器が打ち鳴らされる音が聞こえる。お茶が熱い。あまり美味しくない。何を話すべきか迷う。凛と目が合う。
そんな益体の無い過程を打ち破ったのは、凛の方だった。
「わたし、穂華ちゃんたちに本物だって信じてもらえなかったとき、死にたくなった」
ゾッとしない言葉を凛は淡々と話す。
「ううん、今も多分、死にたいぐらい怖くて、死にたいぐらい悲しい」
「死」という言葉を今の若者は簡単に使う、などという言葉の表面だけをさらった戒めには何の意味も無い。恐らく、彼女は本当の意味で「死」を考えるほどの絶望を得た。そして、その絶望は何よりも彼女の根幹を否定するものだ。
「ゆーくんには言ったよね。わたしが、猫かぶってる話」
「ああ……」
織村凛は猫をかぶり、上位グループに、社会に上手く溶け込めるように立ち回っている。だから、他人が不快にならないように精神を削りながら気を遣い、場を和ませるために道化を演じる。それが彼女だ。そして、彼女がこれまで築き上げてきた仮面だ。
彼女は、それを用いて龍ヶ城たち筆頭勇者の中で立ち回ってきた。
「穂華ちゃんたちに、本物だって気づかれなくて、わたしがいるはず場所に偽物が居座ってるの見て、思っちゃったんだよね」
「ああ、仕方なかったのかも、って」
彼女の言葉に、一瞬だけ思考が止まった。
すぐに再回転し始める思考も、彼女の言葉を理解するのに手間取る。
そんなオレの困惑を目ざとく読み取ったのか、凛は眉尻を下げて笑った。
「結局、あそこにいるのって、わたしじゃなくてもよかったんじゃないかなって」
「それは……」
「そうじゃないって、ゆーくんは言える?」
彼女の一直線な問いに、オレは無言を返すことしかできなかった。
凛の言いたいことは分かる。
仮面をかぶって接してきた自分が、本当に彼らの居場所にとって不可欠だったのか。本当の姿を見せずに、仮面をかぶって偽ってきた自分にその資格があるのか。
「あそこにいるのは、別にわたしじゃなくてもいいんだよ。当然だよね。自分の身を守るために取り入っただけの人間がいなくなったところで、何も変わらない。別の誰かがわたしのいた枠に入ってそれでいつもどおり」
彼女は机の上で両の掌を合わせると、そのまま口元に持っていった。
「…………」
「ゆーくんって、こういうときに嘘つくの下手だよね」
「オレほど嘘つきな男もそうそういないけどな」
「本当の嘘つきはこういうとき、『そんなことないよ』って甘い言葉を吐くんだよ?」
凛が無邪気な子供のように笑う。
だが、その笑みからは生気が感じられず、どこまでも虚しくオレの心を抉った。
どうして、こんなにも辛そうに笑うのだろう。
どうして、彼女の辛い表情が、こんなにもオレの心を抉るのだろう。
「……やっぱ、ゆーくんって優しいのか優しくないのかよく分かんないや」
「世界優しい人選手権でもあればベスト8ぐらいにはなるんじゃないか?」
「すぐそういう軽口たたく」
凛がお茶をすする。
特に言うことが無いオレも、同じタイミングでお茶を啜った。
「これから、どうしよっかな」
「どうする、ってのは?」
彼女の言葉は将来を語る希望に満ちているわけではない。悲観的に未来を嘆くわけでもない。ただただ、諦観し、無気力に今後の予定を問うようなものだ。
「……わたし、勇者やめようかな」
「お前、本気で言ってるのか?」
「だって、居づらいし」
こともなげに言ってみせる凛の考えは、オレも一度は抱いたものだ。だから、かたくなに否定することは出来ないが、結局オレは生じるデメリットを考えて勇者に残ることを決めた。その際にも一悶着あったわけだが……
「なんかね、穂華ちゃんたちもわたしにすごい気を遣っちゃうと思うんだよね」
「いや、そりゃそうかもしれないが、だからってお前……」
「今さら他のグループに入る度胸も無いし。それに、そもそもの話、わたしの能力的に筆頭勇者から外してくれないと思うんだよね」
それは彼女や龍ヶ城たちの意思と関係の無い、国の方針というやつだ。
オレのことは手に余るため放置しているのだろうが、凛のことを主戦力から手放すわけが無い。だから、彼女が勇者である限り否が応でも龍ヶ城たちと顔を付きあわせてやっていかなくちゃならないはずだ。
そのことが、凛や筆頭勇者たちにとってどれだけ気まずいことか、想像に難くは無い。
「だから、いっそ勇者やめちゃおうかなって」
「やめられると思ってるのか?」
「旅に出ます、って言って帰ってこなければ大丈夫じゃない? 今回の旅みたいに突然出て、もう二度と帰って来なければ、わざわざ探しにも来ないと思う」
「それでいいのか?」
問い詰めるようになってしまった自分の言葉に瞬間、反省をする。
だが、しまったと思ったときにはすでに遅かった。
「…………………いい、わけ、ないじゃん」
凛の肩が震え、椅子から乱暴に立ち上がった。
「いいわけないじゃん!! イヤに決まってるッ! 折角手に入れた居場所なのに!」
不安定な感情の中で決壊した堰は、もう彼女の思いの奔流をとどめることは出来ない。
「愛想よく笑って、愛らしくおどけて、仮面を貼り付けて、努力して努力して努力して、手に入れた場所なのにッ!! 一人で旅に出てどうするの!? わたしなんかにこの世界で生きていくことができるの!? できるわけない!」
それは彼女の自己評価の低さから来る自己嫌悪と自己罵倒。そして、彼女が笑みを貼り付ける裏で如何な思いでいたのか、その片鱗が見え隠れする。
「どこかで思ってたんだ! ゆーくんと一緒に旅に出ても、結局は輝政君たちが何だかんだで許してくれて、何だかんだでまた元の居場所にいられるって! 勝手に、そう、思ってたッ!」
それは彼女の中にあった、驕り。
彼女は自分の仮面を過信していた。
自らの自己評価の低さと矛盾するような過信。
だが、よく考えればそこに矛盾など存在しない。
彼女は本当の自分自身に自信が無いからこそ、仮面をかぶった織村凛という無邪気な少女の存在を過信してしまったのだ。
「バカだよね……ホント、バカ……」
「いや、でもあの件はお前に非は無いだろ? だから……」
「そういう問題じゃないって、ゆーくんはよく分かってるはずだよ!」
オレの煮え切らないフォローも彼女は一刀両断した。
ああ、そうだ。偽物を見抜けなかった十六夜たちは当然、凛に対して気後れするだろう。それは当然のように彼女らの間に溝を生み、微妙な関係を作り出す。
その溝が悪感情から来るものであれば埋めることも容易い。
だが、溝の原因は純然たる罪悪感。一度築かれた絆が崩壊して出来た亀裂だ。
それを埋めることの難しさは明らか。ましてや、凛と十六夜たちの間の絆は元々からして不安定なものだ。修復はさらに難しい。
「ここが異世界じゃなかったら、どれだけ良かっただろうね!! いくらでも逃げ道があった! 学校なら別のクラスにでも友達を作ればいいし、部活だってありえた! そもそも転校することだってできる!」
だが、こと異世界という環境ではオレたちのコミュニティは非常に閉鎖的だ。
旅をしたり自由に動いているオレはまだしも、龍ヶ城たちの接点ある人間はリスチェリカ王国の極々一部に限られる。王国側も意図してのことだろうが、それにしても逃げ場が無い。
「…………なら、さ。向き合ってみたらどうだ?」
「……え」
逃げられないのであれば、立ち向かうしかない。
「今まで猫かぶって龍ヶ城たちと向き合ってたんだろ? オレに見せてるようなウザい部分とか全部、あいつらにぶつけてみればいいんじゃないか?」
元の絆が原因で溝が生まれた。そしてその修復は難しい。
なら、新しい絆を作ってしまえばいい。
そしてその絆は以前のものよりも「本物」で、安定したものだ。
そうすれば、凛が勇者の中にいづらい状況も改善されるはずだ。
「…………」
オレの提案に凛が俯く。
だが、すぐに顔を上げる。
彼女の決意を聞くべく、オレは耳を傾けた。
「……無理に、決まってるじゃん」
「…………は?」
空気の漏れるような音が口から零れ、凛の冷たい目を視界にとらえた。
「それができたら、わたしは今、こんなことになってないよッ!! それができないから言ってるんじゃない! そんな無責任なこと言わないでよ!! っていうか、そんなこと言うならゆーくんだって、もっと向き合ったら!?」
彼女の感情任せな言葉にドクンと心臓が跳ねる。
体が芯から熱くなっていく感覚を覚えながらも、凛に尋ねる。
「何と、向き合うんだよ」
声は震えていた。
「周りの人とだよ! ゆーくん、わたしのことだって見てるようで全然見てないし。ほかの人もそう。ソフィアちゃんに、バレッタちゃん、リアさん、シエルちゃん、輝政君に穂華ちゃん、色んな人とぜんっぜん向き合ってない!!」
「そ、そんなこと!」
「あるよ! じゃあ、今ここで言うね! わたしはゆーくんのことが好き! 異性として男の人として大好き! もっと一緒にいたい! 色んなこともしてみたい! 大好き!!」
彼女の唐突過ぎる告白に驚き、どう聞き逃そうかと――――
「ほら、そうやって逃げるんだ」
心の底から呆れるような凛の声に心がささくれ立つ。
「……逃げてない」
「逃げてる」
「逃げてない!!」
「逃げてるよッ!」
「逃げてないって言ってるだろ!?」
冷静な思考を置き去りにして、自分の声がまるで遠くから聞こえるかのように聞こえる。だが、その声音は大きく荒立っていた。
「香川君が死んだからだよね、ゆーくんがそうなってるの」
「なっ……アイツは関係ないッ!」
春樹の名を出されて余計に思考がごちゃごちゃと意味の無いものに成り果てていく。
「関係あるよ。香川君が死んだから、もう何も失いたくないって自分の周囲の人間から目を背けてるんでしょ? わたし、それぐらい分かるから。分かってたから」
「お前、それ以上言ったら……!!」
椅子を後ろに蹴飛ばして凛に詰め寄る。
彼女の肩を力強く掴む。
凛の顔が恐怖と不安にゆがんだ。
ふと昔の光景がフラッシュバックした。
ダンジョンでの惨劇があった後、病室から飛び出したときにも彼女の肩をこうして強く掴んでいた。そして、彼女とともに向かった先で、ブラント団長から春樹の死を告げられたのだ。
違う、オレは……違わない、けど、逃げてるんじゃない……!
どこかで分かっていたことを凛に指摘され、バラバラになってしまった思考の欠片は簡単には組み合わさっていかない。
そのまま手の力が抜け、何の目的も無く彼女の肩から離した手は宙ぶらりんになった。
「…………ごめん、ゆーくん。言い過ぎた」
「…………いや、オレも、そのカッとなった」
珍しく激昂してしまったことにお互いが申し訳なさを感じる。だが、胸中にわだかまる濁った思いはまったく消えてはくれず、むしろその淀みを増していった。
凛が部屋から出て行こうとする。
「どこ行くんだ」
辛うじて搾り出した声は形式的で、何の意味もこもってはいない。
「……穂華ちゃんたちのところに戻る」
「お前……」
「これからも、猫をかぶり続けて、穂華ちゃんたちと一緒にいることにしたから」
それはオレの提案の却下を意味していた。
当然と言えば当然だろう。
オレの言葉にもはや何の重みも無いのだから。
凛が出ていく間際にぽつりと漏らした。
「……わたしはね。ゆーくんに一言、『ここにいればいい』って。言ってくれれば、それで良かったんだ」
バタン、と扉の閉まる音が聞こえる。
先ほどまでの喧騒が嘘だったかのような静寂が、やけに耳を不安にさせる。
彼女の突きつけた正答。
オレにはその答えを吐くことなんてできなかった。
蹴倒した椅子を起こして、再び座る。
その行動に意味など無い。
ただ、立っていられなかったから座った。それだけだ。
先ほどまで凛がいた場所には未だにカップが残されている。
自分の茶を啜る。
「……もう、冷めてるな」
ぐちゃぐちゃとした頭の中で分かったことは、冷め切った茶の渋みだけだった。
ずっと書きたかったシーンを書けて満足です。




