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92、次なる演目

 目の前に輝く魔方陣。

 これに入れば、久しぶりの我が家だ。

 今の我が家はただの魔方陣置き場になってしまっているため、何か深い思い入れがあるわけではない。だが、そうはいっても、安息の地、よく見知った場所に帰れるというのはそれだけで緊張の糸を解きほぐす。


「忘れ物はないな」


 冗談めかすように言うと、隣に立つ凛が笑いながらうなずいた。


「万事おっけーであります、隊長!」


「よし。じゃあ、帰ろうぜ、リスチェリカに」


 リスチェリカが自分の中で帰る場所に変わっていたことに、いまさらながら旅の長さを実感する。

色々なことがあった旅路。

 そのすべてが良い思い出とは言いがたい。むしろ、悪い思い出の方が心に残っている。

 だが、当初の目的を無事に終えることはできた。


 終幕だ。

 頭の中で踏ん切りをつけ、光る魔方陣に足を踏み入れる。

 いつもどおり、意識が途切れる。

 あらゆる感覚が強制的に剥ぎ取られ、宙に浮いたような感覚だけが残る。だが、その感覚は錯覚だ。一瞬のうちに、平衡感覚が戻り、ぼんやりとした視界が開けていく。

 目の前に広がるのは何の変哲も無い、無機質な地下室。

 手入れが行き届いており、埃っぽさは感じない。


 どん、と後ろから凛に押されて思わずよろける。

 どうやら未だに転移に慣れないらしく、バランスを崩したようだ。


「……帰ってきたんだな」


 小さくつぶやいた声には、誰も答えない。

 だが、肯定は確かにこの場所から返ってきた。

 他でもない、リスチェリカにあるオレの家の地下室だ。

 旅愁と安堵、そして形容しがたい様々な感情がせめぎあう思考に蓋をする。


「……終わったんだな、旅が」


 その一言を聞き届けて満足したように、魔方陣はその光を失った。


「よし、とりあえず、さっさと地上に出ちまおうぜ」


 凛に呼びかけ、そのまま地下室の扉に手をかける。そのままガチャガチャとやるも開かない。

 地下室は内側からも開かないようにしっかりと鍵がかかっていた。

 ああ、そういや鍵かけてたっけ。


 『持ち物』から鍵を取り出して扉を開ける。


「ひっ…………え……」


 扉のすぐ向こうから声が聞こえる。

 怯えた調子ながらも、清流が流れるような声だ。だが、その正体はすぐに分かる。

 久しぶりに見る白い髪は相も変わらず雪が降るようだ。

 色々な思いがこみ上げてくる。

 それら全部をまとめて押しやると、オレは言うべき言葉を告げた。


「……ただいま、シエル」


「…………」


 目を開けたまま固まるシエルを見て思わず笑ってしまう。


「どうした、幽霊でも見たような顔して」


「ユ、ユ、ユ、ユートさん!?」


「『ユ』が三個ほど多い気がするが、みんな大嫌い優斗さんだ」


「ユートさん!!」


 勢いよくシエルが飛び込んでくる。

 あまりの勢いの強さに倒れかけるも、何とか踏みとどまって彼女の頭を撫でた。


「お帰りなさい……! 私、心配で……!!」


「悪かったな、心配かけて。でも、この通りピンピンしてるから」


 オレが笑いながら言うと、シエルは鼻をすすりながら小さく「はい……」とうなずいた。オレの胸元に顔を押し付けたままなのでなんともむずがゆいが。

 そんなオレたちの様子を凛がジト目で眺めている。


「……凛、何でそんなこの世のゴミを見るような目で見てるんだ? いくらオレがゴミとは言え、さすがにもう少し隠すべきだと思うぞ」


「そうじゃないよ!?」


 凛の心底不満そうな様子を放置して、とりあえずはシエルを体から離す。


「まあ、ここじゃ何だ。上で話そうぜ。お茶でももらえるか?」


 そのまま騎士団寮に直行しようかと思っていたのだが、シエルがいるのなら少し彼女と話してからでもいいだろう。オレの意図は凛にも伝わったのか、自然な笑みを浮かべて彼女は頷いた。


「あ、はい!」


 シエルがトタトタと階段を駆け上ろうとして、不安そうにこちらを振り向く。


「すぐ行くって」


 笑いながら彼女の後を追う。

 足取りは軽い。


 見慣れたダイニングに到着する。座席数は余裕で三人が座れる程度の数はある。


「今、淹れますね」


 シエルは慣れた手つきでお茶を淹れていく。

 食器がどこにあるのかも把握しているようで、この家に長い間いることが分かる。


「シエル、家の面倒見てくれてありがとな」


「えっ……あ、いえ……その、私、これぐらいしかできませんし……」


 もしお役に立てたのなら、とシエルは遠慮気味に笑った。

 実際、少し歩いてみて家の中に目立った汚れや埃は無く、しっかりと管理されていたことが人目で分かる。


「なあ、さすがに大変じゃなかったか? こんなに大きい家の管理を一人で……」


 頼んだ身で言うのもなんとも勝手な物言いだ。

 だが、彼女は大して迷うでもなくあっけなく答えた。


「えっと、そんなに物が置いてない家でしたので……毎日、学校の帰りに寄って掃除していれば……」


 毎日……どうやらオレの頼みを律儀に聞いて、全力で達成しようとしてくれていたらしい。


「……悪いな」


「いえ、そんなこと……!」


 彼女には苦労をかけてしまったらしい。


「オレのできる範囲なら何かお礼をしたいんだけど」


 流石にここまでしてくれて何の御礼も無し、というのは人として不足しているだろう。幸いに金銭に余裕はあるし、あまり使いたくはないが勇者という立場を利用すれば色々と融通を利かせられるかもしれない。

 だが、シエルはティーポットをテーブルに置くとあわてて手を振った。


「そ、そんな! お礼だなんて……」


 わたわたと手を振り遠慮をする彼女に、それでもオレはお礼を押し付ける。


「いや、流石に何も無しってわけには……」


「そ、そうですか……うーん……」


 困ったような表情を浮かべるシエルは、ややあってから何かを思いついたようにその眉根を崩した。だが、すぐに自嘲げな笑みを取り戻してしまう。


「……今、何か思いついただろ」


「えっ……! な、何で分かったんですか?」


「いや、あからさますぎるだろ……」


 オレの苦笑にシエルは恥ずかしげにうつむくと、言った。


「で、でも、こんな不躾な要求……私なんかがしたら……」


「言ってみろ。言うだけタダだぞ?」


「……本当にいいんですか?」


「はよ言いなさい」


 じれったいシエルの背中を押す。

 彼女は消え入りそうな声でとつとつとその要求内容を告げた。


「えっと……その、もし、できればでいいんですけど……これからも、この家のお世話をさせて、いただけないでしょうか……あ! もちろん、できればでいいんです……!」


 まるで一世一代の告白をするかのように告げられた「お礼」の内容にオレも、傍観していた凛さえも首を傾げた。


「えーっと……今のがシエルが欲しいお礼……?」


「は、はい……ダメ、でしょうか……ダメですよね……」


 眉尻を下げすぐに目じりに涙をため始める彼女にオレはあわてて手を振った。


「いやいやいや! 全然構わないけど! ってか、シエルこそそんなのがお礼でいいのか? むしろオレが頼みたいまであるんだが……」


「はい! やらせてください!」


 ん? 今何でもするって……


 言ってないな。


 まあ、とりあえずシエルがそれでいいのであれば構わないか。


「まあ、何か困ったこととかあったら言ってくれ。オレの可能な範囲で全力で支援する」


「あ、ありがとうございます……」


 シエルが頬を赤く染めて俯く。


 話題が落ち着いたのを確認して、お茶をすする。

 うむ、やはり美味い。やけどをしない程度の絶妙な温度、渋みの無い茶葉の香り。それらすべてが身にしみる。思えばこうして落ち着いてティータイムなどに洒落込めるのも久しぶりな気がする。


 などと、平穏な日常を得たことに感涙咽んでいると、一つ大切なことを思い出す。


「ああ、そうだ。シエル、オレの出した宿題、どうなった?」


 宿題。


 それは、旅に出る前に彼女に課したものだ。彼女は大商家の娘。商人の端くれとしてやっていくために、オレは彼女に宿題を出した。

 内容はいたってシンプル。とあるオフィスで彼女の家で仕入れた備品を使ってもらう契約をもぎとってくること。要するに営業回りってわけだ。

 一度、オレが同伴して営業をしたときは惨々たる結果だった。


「あ、えっと! 宿題、できました!」


 あまり期待しないで聞いてみると、彼女からは色よい返事が返ってくる。

 シエルが笑みを浮かべながら言った。


「あの、色々と、そのユートさんが仰ってくださった通りにしたら、契約してくれました! 全部、ユートさんのおかげです」


 シエルにしては珍しくやや興奮気味にまくし立てる。


「そんなことない。お前の手柄だ。もっと誇っていい」


「い、いえ、そんな! 全部、全部、ユートさんのおかげなんです……!」


 オレの賛辞もシエルは固辞として受け取らずに、ただただオレのおかげだと繰り返す。その自信の無さは見ていて苦笑が漏れるが、これ以上は押してもどうにもならないと思い、話を終える。


「何はともあれ、お疲れ様」


 シエルに労いの言葉をかけるとふと別のところから理不尽な視線を感じる。


「…………」


「どうした凛?」


「なんか、さっきからわたし、蚊帳の外なんだけど……」


「お前、蚊帳の外なんて難しい言葉よく知ってたな。えらいぞ」


「わーい、ってゆーくんわたしのこと馬鹿にしすぎだよね!?」


 そ、そんなことは無いぞ。

 視線を凛から逸らしながらも、オレはお茶をすする。


「よし、一段落したし、騎士団寮に帰還報告しようぜ」


「……露骨に話逸らしたよね」


「でも、お前だって龍ヶ城たちに帰ってきたこと言わなきゃいけないだろ?」


「それは、そう、だけど……」


 凛の表情が曇る。

 当然だろう。彼女は龍ヶ城を置いていく形で、無理やりオレの旅についてきたのだ。どの面を下げて彼らに会えばいいのか、という不安な思いが胸中を占めているはずだ。

 オレもブラント団長に何を報告するか考えなければならない。


「ま、龍ヶ城たちにはオレが無理やり連れて行ったことにすりゃいいだろ」


「そんなこと……」


 ダメだ、そう言いたいのだろうが彼女の中の不安はそれを躊躇わせてしまう。

 すべてオレのせいにすればきっと龍ヶ城たちは納得し、すべてが丸く収まるだろう。オレも別にいまさらあいつらの評価が下がろうと何も痛くも痒くも無い。さすれば、この手段をとらない理由は無い。


「っつーわけだ。シエル、悪いがオレたちは一旦、騎士団寮に顔出してくる」


「は、はい。その……行ってらっしゃい」


 消え入りそうな声でシエルが見送ってくれる。


「おう。ほら、行くぞ、凛」


「……うん」


 見慣れた我が家とシエルの視線を背中において、オレは遠くに見える巨大な王城に向かって歩みを進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 数十分ほど歩いて騎士団寮に到着する。

 目の前に聳え立つ大きな建造物は、それが城だといわれても何の違和感も無い。だが、すぐ真横に見上げるだけでは上が見えないような巨大な王城が存在すれば騎士団寮の存在も霞んでしまうのだから、この世界の建築物スケールはおかしい。

 騎士団寮の入り口には門番と思しき近衛兵が二名立っている。

 オレたちを一瞬だけ見定めるような視線を向けるが、オレたちの風貌から勇者と判断したのか軽く会釈をして通してくれた。


 警備ざる過ぎないか……


 まあ、王城ならともかく、騎士団の寮に犯罪者や戦敵が来ることも無いのだろう。もしそんな状況であればそれは国の治安や情勢を憂うべきだ。


「オレはまずブラント団長に挨拶に行くけど、凛は先に龍ヶ城たちのところに行ってるか?」


「……そう、だね。うん。先に輝政君たちと話してる」


 不安そうな凛を見てオレまで不安になるが、こればかりはどうしようもない。もし彼女がもう少し後先のことを考える性格であれば、このような厄介な状況にはならなかったかもしれないが、その仮定は意味を為さない。


 凛と別れ、一人団長室へ向かう

 思えば旅に出る直前も同じ道を同じように通って団長へ話を伺いに行っていた気がする。

 何度か見た団長室の扉。木製の戸には、しっかりと近衛騎士団団長室の文字が刻まれている。


「……誰だ?」


 軽いノック音に対して、低く威厳ある声が返ってきた。


「十一優斗です。織村凛とともに、旅から帰還しました」


「ユウトか! 入りなさい!」


 突然ブラント団長の声量が増す。だが、そこには咎めるような調子は無く、喜色の色が強いように感じる。


 戸を開ける。


「……お久しぶりです、ブラント団長」


 最後に見たときと何ら変わりの無い団長の姿にほっとする。

 それは向こうも同じらしく、オレの顔を見たブラント団長は小さく息をついた。


「無事で何よりだ。帰ってきたのはいつだ?」


「つい先ほど。まずは団長に挨拶を、と思いまして」


「そうか……確か、フローラ大森林だったな?」


 旅の目的地を漠然と聞いてくる。

 だが、その目を見れば彼がオレの旅自慢を聞きたいわけではないことが容易に読み取れた。


「ええ。そこのダンジョンに潜ってきました」


「……今ここに君が立っているということは……踏破、したのだな?」


 彼の目を見たままうなずく。

 ブラント団長はオレの目を覗き込みながら、何かを見定めようとしているのか沈黙に口を閉ざした。そのまま人差し指をトン、トンと規則正しく机にたたく。


 ややあって、ブラント団長は声を小さくして言った。


「最下層には何が?」


 正確には樹を上って行ったため最上層というべきだが、ここではどちらでもいいだろう。


「やはり世界の危機を告げるような碑文がありました。ダンジョンの持ち主は、ファルド・ゲッコー、大罪人と呼ばれた男です」


 オレも声を潜めて言うと、ブラント団長は瞑目し、長い息を吐いた。


「そうか……報告感謝する。君も疲れているだろうし、これ以上はまた後日聞くことにしよう。分かっているとは思うが、君もそのことは軽々しく口外しないようにしてくれ」


「ええ、分かっています」


「……ああ、そうだ」


 ブラント団長が重々しい口調を一転させ、思い出したように告げる。


「君は先ほど織村凛と帰ってきたと言っていたが」


「ええ、言いましたね?」


「彼女からは既に帰還の報告を受けている」


 半笑いでブラント団長が告げる。


「……は?」


 …………どういうことだ? オレより先に凛がブラント団長に挨拶したのか?


 もしかしたら、オレが団長室に行くよりも先に道中で出会ったのかもしれない。うーむ、そこまで時差は無いはずなんだがなぁ……


 まあ、どちらでも構わないか。


 とりあえずは、龍ヶ城たちに会わないように今日は帰るとしよう。

 そう思い、一礼して団長室を後にする。


 勇者たちがいそうな場所を避ながら帰ろうとすると、曲がり角で誰かにぶつかってしまう。


「いってぇ……誰だよ……廊下は走るなって小学校で習うだろうが……」


 盛大に転倒し、小言を漏らしながらぶつかってきた人物を見上げる。


「凛……?」


 そこにいたのはつい先ほど別れた織村凛。

 だが決定的に違うのは、その目元。


「おい、凛!!」


 オレを見て一瞬だけ迷った表情を見せた凛は、そのまま騎士団寮の出口の方へと逃げていく。

 ぶつかって謝らなかったことに普段のオレならげきおこだっただろうが、生憎と彼女の目じりにたまった大粒の涙がそれを妨げた。


「何で、泣いてたんだ、アイツ……」


 なんとなく予想はつきながらも、埃を払って立ち上がる。オレは少しだけ視線を左右にうろつかせた後に、凛の来たほうに歩いていく。

 すぐにワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。それはむさくるしい兵士どもの声ではなく、もっと若い男女の声だ。


 ああ、くそ、楽しそうだなこのリア充ども。


 勝手に内心で未だ見えない先にいるだろう者たちをディスりながら、足早に進んでいく。


 ホントは帰るつもりだったんだがな……


 気の迷い、という奴だろうか。


「……よぉ、勇者共。オレが一人楽しく旅行してる間に元気してたか?」


 食堂で雑談していたのは勇者の諸君。

 突然のオレの登場でぴたりと会話が止む。

 オレの場の制圧力すげえな、おい。オレ一人いるとリア充の声が消せるのか。人型ノイズキャンセラー十一優斗絶賛発売中!


「君は……!!」


 まずフリーズから回復したのは美丈夫、龍ヶ城輝政。今日も憎たらしいほど清清しく爽やかでイケメンだ。


 だが、その表情は彼のものとは思えないほど微妙なもので、プラスともマイナスともとれない。彼にしては珍しいあいまいなものだ。それほどオレの存在が嫌なのだろうか。


 両隣には十六夜穂香、熊野剛毅の両名。それに筆頭勇者や数名のほかの勇者が集まっている。一人見たことの無い奴がいるが、まあこちらの世界でできたあいつらの友達なのだろう。仲良きことは美しきかな、生憎オレはそこには混じれないし、混じりたいとも思わないけどな。


「アナタ……よくも凛を無理やり連れ出して、ここに顔を出せたわね……!!」


 十六夜が顔を真っ赤に染めて激昂する。

 やはり、そういうことになってるのか。


「悪かったな、ま、適当に理由つけて連れ出せばこっちのもんだからな」


 流れに乗って、そういうことにしておく。

 まあ、これで多少は凛も戻りやすくなるだろう。

 だが、そこでふと気づく。


 ……待てよ? 何で凛が無理やり連れ出されたことになってるのに、あいつは泣きながら走り去っていったんだ? もしこいつらが凛を被害者だと思っているのなら、温かく迎え入れてくれるはずだ。なのに、凛のあの表情に浮かぶ絶望は完全にこいつらに拒絶されていたためのものだった。


「まあ、でもアナタ、凛に振られたみたいだけど」


 十六夜が心の底から馬鹿にするようにその切れ目を細めてあざ笑った。当然、嘲笑の対象はオレなのだがその意味がよく分からない。


「振られた……? 何、そういうことになってんの?」


「だって、そうでしょう? 現に、凛はアナタに連れ出されてからすぐに帰ってきたし」


「すぐに……? 凛はさっき帰ってきたばっかだろ?」


 待て、こいつは何を言っているんだ。

 噛み合わない会話にこめかみがズキズキと痛む錯覚を覚える。

 だが十六夜はこちらの言葉を理解できないというように肩をすくめて、隣に座っていた一人の少女を抱きかかえた。


「何を言っているの? 凛なら、アナタが旅に出て数日後から、ずっとここにいるわ。――――ね、凛?」


「うん、そうだね! いやー、穂華ちゃんとは長い付き合いだからね!」


 十六夜の隣にいる見知らぬ少女が、無邪気な笑みを浮かべた。十六夜の隣にいるオレの知らない童顔の少女を、織村凛だと、彼女の友人たる彼女はのたまう。



 …………ああ、確かにそうだった。



 凛は、やはりオレの旅にはついていけないと途中で引き返したんだった。


 だから、オレは凛とレグザスにも行っていないし、ラグランジェで国を救ってもいない。ましてやダンジョンの最下層まで行っていたなんてありえない。

 何で凛と一緒に旅していたなんて勘違いをしていたんだろうか。

 自らの驕り高ぶった記憶違いに恥ずかしさがこみ上げてくる。


 あいつが龍ヶ城たちを捨ててオレを選んだ? 妄想幻想甚だしい。そこまでの価値がオレにあるわけがない――――――



 じゃあ、さっき見た凛の涙は何だ。



 旅の最中に見せたあいつの笑顔は。


 ソフィアと楽しげに話していたあいつの姿は。


 ダンジョンで凛を抱きしめた感触は。


「うっ……」


 猛烈な吐き気。


 喉から手を突っ込まれて胃を直接かき回されるような不快感。嫌悪感。どうしようもないもどかしさ。眩暈、頭痛、平衡感覚の喪失。


 違う。違う、違う、違う、違う!


「違うッ!」


「何が違うの?」


 織村凛がオレに問う。


 違う。


「――――お前は、誰だ。何で、凛に、成り代わってるッ!!」


 吐き気と違和感をすべて吐き出したような叫びを少女にぶつける。

 眼前の見知らぬ少女が、ニヤリと笑った。


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