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89、雷光の如く

1年ぶり……


「反撃開始だ」


 黒雲が立ちこめ、突風と豪雨の中でオレは凛に笑みを浮べる。


「ゆー、くん……!」


 手の中に雷を纏い、天上の黒雲に向かって放つ。黒雲がオレの放った雷に反応してうめき声を上げるかのごとく、稲光を走らせた。

 そして、エネルギー渦巻く黒雲の中から、そのまま雷を引き抜く。


「お前が風を操るってんなら、こっちは雷を操ろうじゃねえの。――――顕現せよ、韋駄天の剣、『天叢雲剣(アメノムラクモ)』」


 黒雲より引き抜いたのは魔力で象った、雷の剣。青白く発光し、隙あらば四方に飛び散ろうと、表面か

ら稲光が飛び出している。暴れ馬のような電荷たちを魔力で必死に押さえつけ、剣の形に押し留める。


「凛、代われ」


「え、ゆーくん!?」


 凛を脇に突き飛ばし、正面からフォンズの『ホロウズ・エアト』を受ける。


「はぁッ!!」


 振るった『天叢雲剣(アメノムラクモ)』は、そのまま『ホロウズ・エアト』を貫き、かき消した。


「なっ……!?」


 『ホロウズ・エアト』の効果は「分解」。『アリアルーパ』や『嵐玉』が風に巻き込んで対象を抉り削る魔法であるのに対し、『ホロウズ・エアト』はもっと根源的な意味で対象を分解するのだろう。

 そして、結界さえも分解したことから、恐らく構築物を魔素レベルにまで解きほぐす。だが、その対象が常に光速に近い速度で走る電子、すなわち雷電だとしたら。雷光は実体を持たず、電子は結合を持たない。いわば、すでに単独な微小単位に落ち着いているものと、エネルギーからなる概念だ。

 だから、『ホロウズ・エアト』は魔力で無理矢理集められただけの、この問題児たちを分解することなど出来ないはずだ。


「はは、は、はははは……まさか、まさか、ここまで……!」


「雨が降りしきる今このときを、待ってたんだよ」


 先ほどの目くらまし扱いされた『水流弾(アクアシュート)』『火兎(フレイムラビット)』はただ単に、雲の発生を助けるためのものだ。元々フローラ大森林は湿潤だ。少しばかり蒸気を加えてやれば、簡単に大気中の水蒸気が飽和する。


 後は、耐えている間にひたすら空に冷気を送り続けて積乱雲の発生を待つ。


「ああ、ギリギリだった。もし凛の魔力があと少し足りなかったら。もしお前の魔法の威力があと少し高かったら。オレたちは文字通り、バラされてただろうな」


 待ち望んだ、黒雲。空からは強い雨が降り注ぐ。


「くそっ。だから、本当はやりたくなかったんだ。こんな不確定な作戦」


 リスクが高すぎた。

 場を整えるのに時間がかかりすぎだし、そもそもオレの望んだ環境が確実に来ることさえ曖昧だった。加えて、敵の魔法も不透明。『天叢雲剣(アメノムラクモ)』が効くという算段すら無かった。そもそも、この魔法だって試作段階だ。オレ一人の力ではここまでの魔法を発現させられないから、黒雲を発生させて、そこから雷を引っ張り出すという荒業に出ている。成功する可能性は五分五分だったし、最悪発現すらしなかった可能性もある。


「……だから、お前を確実に倒す方法は思いつかなかった、って言ったんだ」


 フォンズは初めて起伏に飛んだ表情を見せている。驚きと喜びの入り混じるその様子は何とも不気味だ。


 この状況で何を喜ぶ? 何故笑う?

 まだ、何かあるってのか?


「凛。悪かったな、賭けに付き合わせて」


「ううん……」


 魔力が尽きたのか、ぐったりとした様子で座り込んでいる。


「後は、任せろ」


 それだけ言うと、目の前の男に全神経を集中させる。


「『アトモスクーパー』」


「『天叢雲剣(アメノムラクモ)』」


 お互いの剣を振るう。こちらも相手も、全ての距離がその間合いだ。空気も電流もその形や大きさなどいくらでも変えることが出来る。

 ともに魔法の剣。片方は風、片方は雷。相反する属性の剣同士は、ぶつかり合うべく思えた。


 だが、すでに戦いは終わっている。


「っ!?」


 オレの『天叢雲剣(アメノムラクモ)』に触れた『アトモスクーパー』が一瞬で青白く発光し、消える。

 自らの魔法が一瞬で解かれたことに、フォンズが目を見張る。だが、次の手を一瞬で繰り出してきた。


「『アトムズシールド』!」


「はッ!」


 フォンズの用意した、謹製の風盾。『蒼斬』すら防ぐ堅固な壁は、しかし雷神の剣を防げない。


「がぁっ!?」


 一瞬で空気の盾を切り捨てた『天叢雲剣(アメノムラクモ)』が直撃し、フォンズの全身が火花を放ちながら発光する。


「が、あ――――――――」


 悲鳴すらも雷の走る音にかき消される。

 目を刺すような閃光と耳を掻き毟る電気音が数秒続く。まばゆく輝く魔族の男は、しかし苦悶に表情をゆがめる。

 それだけで、人体に絶大な損傷を与えるには十分だ。

 黒焦げになった痩躯の男が、片膝をつく。だが、倒れない。

 メガネのフレームが溶け、そのまま地面に落下した。

 終わりを確信していたオレは焦りを吐き出した。


「雷が直撃して、死なねぇのか……!」


 かけていたメガネが導体になってジッパー効果を起こしたのか? それとも、ただ単に耐久力が高いのか……

 くそっ、相手の運がいいのか、こっちの運が悪いのか……!!


「か、はっ……!」


 フォンズが煤の混じった呼気を吐き出す。同時に、彼の口から黒い血が飛び出してきた。

 内臓を痛めたらしい。明らかに効いている。

 自らの振るった剣が、確実に敵にダメージを与えた実感を得る。


「何故、だ……どうして、私の、魔法がことごとく……」


 焦点のずれた視線をこちらに向ける。

 その目には純粋な疑問。そして、表情を彩るのは驚愕と苦悶だ。


「お前の魔法は風。つまり、空気を操っている。だからだよ」


 雷は空気中の分子をイオン化して通り道とする。イオン化された分子は当然元の気体分子とは性質が異なるし、様々な反応を引き起こす。もし、奴がイオン化していない状態の気体分子を操っているとすれば、イオン化したものは奴の操作の対象外。風魔法では操れないから、自然と崩壊する。


 奴が風を使って構造をばらすなら、オレは雷を使って構造を変える。


「……ま、時間があればじっくり説明してやってもいいが、生憎と予定が詰まってるんだ」


 正直、魔力残量は心もとない。恐らく後、十数秒も『天叢雲剣(アメノムラクモ)』を維持していれば切れるだろう。それだけ燃費の悪い魔法なのだ。

 そして、当然、人体に雷が当たればその結果は明白。


「じゃあな、フォンズ・ヘルブロウ。アンタなら分かると思うが、次は、心臓が止まるか、神経が焼き切れるか、血液が沸騰するはずだ」


 目の前の魔族に、戦闘の終結を宣告する。


「待て――――」


「唸れ、『天叢雲剣(アメノムラクモ)』ォ!!」


 『天叢雲剣(アメノムラクモ)』を頭上から真っ直ぐ振り下ろす。

 轟声を上げながら、雷が一瞬で男の身体を白い閃光で塗りつぶす。四方に火花が散り、草木を焦がしては降りしきる雨に消されている。

 空は黒く、視界は白い。

 雨音、千鳥の鳴き声、雨音、それが意味の無いノイズの如く繰り返される。

 だが、それらの繰り返しは10回にも及ばず息を潜めた。

 耳の奥に残る、千鳥の鳴き声の残滓。それを洗い流すかのような雨音が、鼓膜をたたき続ける。

 前髪から、雫が鼻に落ちた。

 『天叢雲剣(アメノムラクモ)』が霧散し、四方に電流が飛び散る。


「っはぁ! はぁ!!」


 息を止めていたことに気付き、肺が酸素を求めてうめき声を上げる。手足が痺れ、全身を気だるさが襲う。MPが完全に底を突いたのだ。

 膝を付き、両の手をぬかるんだ地面に付けた。

 豪雨の中だというのに、身体は火照り、じんわりと嫌な汗が雨に混じっては額を伝う。


「だいじょうぶ?」


 か細い凛の声が、確かに雨音に混じって聞こえる。

 すぐに地面に座り込む彼女の姿を見つけ、這うようにして彼女の元へ向かった。


「ああ、何とか、な」


 全身の気だるさに耐えながら、口の端を歪める。

 見れば、凛の体は泥だらけだ。この暴風雨の中ではそれも当然だろう。

 お互いに一目見ても疲労困憊、満身創痍。ダンジョンの最終戦から引き続いての六将軍との戦い。これで疲弊しない方がおかしい。


「ダメだ……ちょっと、無理をしすぎた……」


 体中の魔力を使い切った感覚。これまでのMP切れとはわけが違う。数値ではすでにゼロになっているのに、それからさらに僅かに体内に残っていた残りカスまで使い切ったような感触だ。


「かんっぜんにガス欠だな……」


 ちらり、とフォンズのほうを見やるも、黒焦げになった男は地面にうつぶせに倒れたまま起き上がる気配はない。

 恐らく、死んだはずだ。


「いや、これで生きててもらったら困る……」


 もしやつが立ち上がればそのときはオレたちの敗北だ。無様に逃げ回るしかない。

 頬を大粒のしずくがたたく。勝利を得たオレたちへの賛辞に感じなくもない。

 だが、勝利を得たという実感はいつまでも湧いてこない。


「本当に、終わったのか?」


 目の前で黒焦げになって倒れ付すフォンズ。指先1つ動くことはない。

 だが、戦争の均衡をひっくり返すような存在が、こんなにもあっさりと倒されるのか?

 オレの魔法はその域まで達した。そう考えていいのか?

 何か、引っかかる。余裕の勝利だったわけじゃない。明らかに敵が手を抜いていたようにも見えない。だが、やつの言葉、表情、魔法。そのすべてが思考の中で小骨の如く引っかかる。


 考えすぎか。

 そう、断じてしまえば楽になれる。


「っ!?」


 雨音の中に混じる雑音。それは雨が大地を踏みしめる音ではなく、確かに人の足音だ。

 驚愕に目を見開くも音源を見やって脱力した。


「……驚かせるなよ」


「ふん。無防備な今の貴様なら内臓を掻き出すぐらい、造作無いと思ったのだがな」


「元気そうだな。ギルタール」


 開口一番皮肉を飛ばしあう。その相手は凶虎ギルタール・ゲッコー。

 しかし、獰猛の二文字が似合う奴の姿は満身創痍で、頬からは血の混じった雨雫が流れ落ちている。眼光に鋭さは無く、身体が限界に近いことが窺える。

 好都合だ。オレも今はMPが切れており、回復していない。この状況で健常たる奴と相見えれば、オレの負け筋は濃厚だった。


「少しばかり、血を流しすぎた……貴様らの肉を食って補ってもいいが……」


 舌なめずりをするギルタールに凛はオレを庇うようにして前に出た。


「あいにく、人の肉はあまり旨くないのでな」


 そういうと、ギルタールは完全に戦意を収めた。

 凛はそんな奴の様子に警戒をしながらも、争う気が無いと分かってほっと肩を撫で下ろす。


「なあ、ギルタール。あの魔族の男は何だ? お前との間に一体何があった?」


 元はと言えば、ギルタールが空から降ってきたことを端にして始まったこの戦い。あの男が何の目的でこのフローラ大森林に訪れ、ギルタールを襲ったのか。こいつのほうが詳しいはずだ。


「貴様たちに話す義理は無い」


 だが、オレの質問をギルタールはすげなく拒絶する。


「……と、言いたいところだが、おれも阿呆ではない。この件については南部連合の末席たる貴様にも話しておこう」


 何ともオレが南部連合に名前を連ねていることが未だに不満らしい。ずいぶんと皮肉ったらしく言ってくれたものだ。


「我々南部連合は、魔族から同盟を持ちかけられていた」


「同盟……?」


「ああ、魔族と南部連合……すなわち魔族と獣人の戦争同盟」


 戦争……そして、その相手は当然、


「人間、か……」


 北に拠点を置く魔族、南に拠点を置く獣人。彼らが手を取り合えば、自ずとその間に挟まれた人間は挟撃を受けることになる。その戦略的価値は莫大だろう。


「だが、おれは断った」


「なっ……何でだ?」


 ギルタールという男であれば、そのような話を持ちかけられれば一も二も無く飛びつくはずだ。それだけ彼の人間への憎悪は大きい。


「いくつか理由はあるが、一番大きなものは利点の無さだ」


「利点……?」


 この脳筋からそんな言葉が出るなんて……

 目の前の男に損得勘定という概念があったことに驚愕しながらも、話を聞く。


「おれは別に、世界をすべて獣人の支配下に置こうというわけではない。ただ、おれたちの領土に人間たちが土足で踏み入り、我が物顔でうろちょろしているのが気に食わないだけだ」


「つまりは、人間たちが出て行けばいいと?」


「ああ。奴らはあまつさえ、我が領土から同胞を奪っていく。奴隷としてな。盗人猛々しい、人畜生共を追い出し、再訪しないようにできればそれでよい」


 なるほどね。つまり、この前の暴動も元々は獣人の物だったラグランジェを取り返そうとしただけってことか。

 だから、こいつから言わせれば混血も許されざる存在。それが何であろうと人間の影がちらつくものはすべて排除すべき外敵ってことか。

 行き過ぎた排他主義者。それがこの男の本質か。


「だが、奴らは違う。人間を蹂躙し、世界を征服し、我が物にしようとしている」


 奴ら。魔族のことだ。


「それでは、今の人間がやっていることと何も変わらない。あんな人畜生に落ちるなど、例えこの腸を抉り出されようが御免だ」


 なるほどね。理屈はよく分かった。

 それに納得し、賛同できるかはまた別の問題だが。


「で、同盟の交渉は決裂した、と」


「ああ、すげなく断ったらあの男……」


 忌々しげに舌打ちをもらす。


「あろうことか、おれを奴隷化しようとした」


「お前を、奴隷化……?」


 魔族にも奴隷を扱う技術が存在するのか?

 いや、おかしなことではない。現にあの男が見せた魔法の錬度を見れば、その程度の技術であれば確立されていても何ら違和感は無い。


「こいつだ」


 ギルタールが何かを放ってくる。

 急に投げられてオレがあたふたしながらもかろうじて受け取ると、それは皮で出来た輪。


「いや、首輪か……?」


 よく見れば、首輪についているメタルプレートに名前が刻まれている。


「フォンズ・ヘルブ――――なっ!?」


 口に出して読もうとした瞬間、刻まれている文字が書き換わった。


「トイチ、ユウト……なんでオレの名前が……」


「何でも、その首輪を付けた相手を奴隷に出来るそうだ。当然抵抗したが、その結果がこれだ」


 そういうとギルタールは上着を脱いだ。

 四肢に計6つの風穴。腹部と大腿部に大きな切り傷。左肩が抉られ、右腕にいたってはありえない方向にゆがんでいた。


「この程度の傷なら、少し待てば治るが……あの男といいお前といい、魔導士は苦手だ」


 最高の冗談を言ったかのようにギルタールが笑う。

 彼の傷にゾッとしたものを覚える。もしかしたら、オレがああなっていた可能性だってあるのだ。そして、もしなっていたら、まず間違いなく死んでいた。

 改めて震える手で手元の首輪を見やる。

 以前、プレートに刻まれたオレの名前は変わらずそこにある。


「凛、ちょっと持ってくれないか?」


「う、うん」


 凛に渡す。

 すると、プレートに刻まれた文字が変わる。


「オリムラリン……か」


 再び凛に首輪を返してもらうと、オレの名前が表示される。

 やっぱりか。

 おそらくは、このプレートに書かれているのがこの首輪の持ち主、すなわち奴隷の主になるんだ。本来、奴隷化技術は奴隷職人の立会いの下、直接奴隷紋を奴隷の体に刻むことで成立している。その際には何かしらの形で主とのリンクを形成しなければならない。仕組みは詳しく分からないが、おそらく奴隷職人がオレらの魔力か何かを使ってリンクさせているのだろう。

 この首輪はその過程を、もっと簡潔に終わらせている。

 最後に触った人と、首輪を付けられた人の間にリンクを形成する。文字に起こすとただそれだけだが、事実、これがあれば奴隷職人という存在が必要なくなるという点を鑑みても、恐ろしい技術の結晶だ。

 こんな物が市場に出回れば、それこそ世界中で奴隷を勝手に作ろうとする奴が出てくる。


「魔族は、こんなもんまで発明してるのかよ……」


 魔族の他種族との交友は聞かない。だから、流通は免れているのかもしれない。

 ん? そういや、何でオレがギルタールから受け取った時点で、ギルタールじゃなくてあの魔族の名前が残ってたんだ? 最後に持っていた奴の名前になるなら、ギルタールの名前が刻まれるはずだが……

 いや、そうか。もしかしたら。


「なあ、ギルタール。お前、魔力いくつだ?」


「それはおれへの当て付けか? ……ふん、おれは純血だからな。魔力など持たぬ」


 やっぱりか。

 獣人の血の濃い奴らは、魔力をあまり持たないと聞く。この首輪が持ち主の魔力を感知して動くのだとしたらそのつじつまもあう。


 にしても一体誰だよ、こんな物開発した奴は……


「ゆーくん? 何で、笑ってるの?」


「え? あ、いや。何でもない」


 知的好奇心から笑みが零れてしまった。だが、オレの手のひらの中にあるコイツはまず間違いなく倫理的にアウトな代物だ。こんなもんは恒久的に封印するのが一番いい――――


「―――――ぁ」


 雨がほとんど上がり、風の音が聞こえる。

 その風に混じるのは、小さなうめき声。


 声だ。


 聞こえないはずの声が、聞こえないはずの場所から聞こえる。その事実に思考が凍った。


「……………………………嘘、だろ……?」


 先ほどまでフォンズが倒れ付していた地面。そこに、もう寝ている男の姿は無い。

 そこにいるのは、全身を黒炭に変えながらも、両の足で立つ化け物が一人。


「ひゅう……ひゅう……」


 フォンズの口から、空気が漏れるような音が聞こえる。

 何で生きてんだあいつ!? あれだけ攻撃を受けて、心肺停止していないほうがおかしいだろ!!


「まさか、おい。嘘だろ!?」


 思い当たった、思い当たってしまった1つの仮説に絶望を覚える。

 ありえないと叫びたい。

 だが、同時にこの世界ならありえると、そう納得してしまう。


「あいつ、心肺機能を、自分の風魔法で補ってるのかッ……!?」


 いや、そんなことできるわけがない。できていいはずがない!


 ……普通なら。


 だが、目の前の男は普通じゃない。

 魔族の中の切り札。六将軍の一人なのだから。

 今、オレのMPは回復したものの100程度。しょっぱい魔法程度しか打てない。対する敵のMP残量は未知数。あんな真似が出来ているんだ。まだまだ残っている可能性は高い。

 まさか、魔法使いとの戦いでMP切れで困ることになるとは思わなかった。

 そんな後悔も、目の前の恐怖を前にしては意味を為さない。


「ひゅう……ひゅう……『まさか、ここまで追い詰められるとは思わなかった』」


「……喋った!? いや、違う……口が動いてない……?」


「『どうして僕が君に声を伝えられるか、聡明な君なら分かるだろう?』」


「……風魔法で、直接空気を振動させてるのか……」


「『正解だ』」


 ここまでうれしくない正解もそうそう無い。

 埒外だ。規格外だ。論外だ。問題外だ。想定外だ。


「…………ギルタール、お前、戦えるか?」


「1合が限度だな」


 ここで見栄を張らずにしっかりと事実を告げてくるあたり、こいつも今の状況が芳しくないことは分かっているようだ。


「凛は?」


「わたしは、何とか、動けはするけど……」


 正直、オレも彼女もへろへろだ。疲弊などというレベルをとうに超している。


「あーあ、もうちょいこまめにセーブしとくんだったな……」


 なんとまあ、現実という世界はこうも上手くいかないものか。


「正面切って戦ってもあいつに勝てるわけが無い」


 だから、オレたちがあいつに勝てる可能性がある方法はただひとつ。それはオレの掌の中にある。


「隙を見て、あいつにこの首輪を付ける」


 付けられればオレたちの勝ち。付けられなければオレたちの負けだ。


 いつもどおりだ。

 負けたら死亡のデスゲーム。

 勝つか負けるかはさいの目次第。


 さあ、最後の一踏ん張りをしようか。


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