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85、最上層に這う者【前編】

お久しぶりです。


 99階層を無事に終えて一晩が明けた。


 一日あたりに三階層のペースで進んできたため、九十層からここまで体感時間で三日ほどかかっている。正確な時間は日が全く出ていないので分からないが、体内時計を信じるしかない。出てきた魔物は多種多様。かなり苦戦させられたものの、九尾のときのような死の危険に直面するほどの難敵は表れなかった。やはり、10層ごとの中ボスの難易度がはるか高く設定されているようだ。


 『持ち物(インベントリ)』の中身を見て重いため息をつく。残念なことに、食料はもって後4日ほどしか残っていない。焦りが背中を駆け回る。

 だが、次は第100層。高い確率でここが最後の層になると思っていいだろう。よほど性格の悪い製作者でなければきれいな数字になるように作るはずだ。この世界も十進法を扱っている以上、100という数字はほどよく切りのいい数字だ。


「……準備は万全だな?」


 凛に問いつつ、自分でもMPやHP、『持ち物』などを確認していく。


 問題はない。問題はない、はずだ。


「気を引き締めろよ」


 油断を断つ。慢心を削ぎ落とし、雑念を払う。

 最上層に何が待ち受けているか、予想すら付かない。


 一歩。樹の階段を上る。


 これまでと同じ階段のはずなのに、やたらと一段一段が高い。否、自分の足取りが重くなっているのだ。心拍数の上昇。嫌な汗。そのすべてが上に待ち受ける存在を、本能的に恐怖していることを知らせる。

 虫の知らせ、とそう言ってしまえばそこまでだ。だが、確かな脅威が存在することが確信できた。

 それは凛も同じらしく、普段の軽口は鳴りを潜め、ただ黙々とオレの後に続く。

 カツ、カツと階段を踏みしめて行くも、次の階は中々現われない。酷く長い。

 一瞬、心理的なものかと思うもそうではない。そもそも、階段の段数が多いのだ。樹の内側をぐるりと一周するように段差が置かれ、螺旋階段としての姿をはっきりと呈する。

 凛と会話をすることもなく、無言で階段を上っていく。


 長い階段は、予定通りに、けれども唐突に終わりを告げた。

 上りきった先、目の前に広がる空間にオレはゾクリと寒気を催した。


 まず目に入るのは煌きだ。

 煌々と輝く、数多の水晶がオレたちを出迎えてくれている。人の拳ほどのものから、抱えきれないような巨大なものまで大きさも様々。色もとりどりで、床、天井、壁を埋め尽くさんどだ。樹皮と水晶が占める面積を聞かれれば、間違いなく後者のほうが大きい。


 思わず足を踏み入れ、上を見上げる。

 頭上には、一際大きく光る赤い水晶。


 いつしかの記憶がフラッシュバックする。


 いや、いつしか、などという漠然としたものじゃない。今もなお鮮明な記憶として、まぶたの裏に焼き付けられている光景だ。


 一人の友人。崩れ行く水晶。理不尽に叫ぶ自分の声――――


 眩暈を覚えて思わず立ちくらむ。


「だ、大丈夫!? ゆーくん!」


 凛が支えようとするがオレはそれを手だけで制した。


 ……この空間は、嫌なことを想起させる。オレに、罪を突きつける。


 天井を見上げて、赤い水晶を睨みつける。

 ちかちかとする視界の真中で、違和感に目が留まる。

 天井を彩る水晶。


 その一つが動いた。


 まさか、そんなわけがない……

 そう否定するオレを嘲笑うかのようにして、カラ、カラと頭上から小さな水晶が落ちてきた。


「下がれッ!!」


 叫ぶと同時に飛びのく。

 オレたちが地を蹴る音を掻き消す轟音とともに水晶が落下した。水晶が数多く砕ける甲高い音が聞こえ、粉塵と晶片が舞う。宝石商が見れば絶叫するような大惨事だろうが、オレたちにそれを気にかける余裕は無かった。


 未だに続く断続的な水晶の音と、むせるような粉塵の中で確かに蠢く存在を見る。


 そして確信する。


 先ほど感じていた得体の知れない恐怖が、この存在によるものだと。


「おいおい……随分と、成金趣味な奴だな……」


 軽口を叩くオレを見て、天井に張り付く巨大な水晶――――もとい、水晶を纏う巨大な蠍は、自慢の鋏を鳴らしてせせら笑った。


 鋏だけでもオレよりでかいその巨躯は圧巻だ。加えて、鋏はもちろんのこと身体のあちらこちらに水晶を生やしており、背中には巨大な赤い水晶が乗っかっている。いや、もしかしたら直接身体から生えているのかもしれない。

 一目で、それらの水晶が罠であり装甲なのだと察する。水晶に釣られた人間を貪り、外敵の攻撃から堅固な水晶で身を守る。アレはそういう生物だ。


「ちっ……攻撃の通らなさそうな相手だな……」


 そんな悪態を付くオレに、前振りなく蠍がその豪腕を振るって威嚇した。


「『空踏(ストライド)』! 『蒼斬(アオギリ)』」


 空中へと跳び、そのまま『蒼斬』で蠍の身体を無造作に撫でつける。しかし結果は予想通り。敵の身体に大した傷をつけることなく終わってしまう。


 だが、この手の相手ならばセオリーはある。関節が柔らかかったり、内部からの攻撃に弱いなどの弱点が必ずあるはずだ。そこを付けば、勝てない相手ではないはず。


 冷静になれ、と自分に言い聞かせる。

 鼓動は嫌というほどに高鳴り、緊張に足が震えている。

 それは目の前の異常な存在に対する恐怖、ここが最後の層かも知れないという期待、水晶の空間が思い起こさせる自戒、それら全てによるものだ。


「とりあえずは、硬度を確認する――――」


 水晶であれば点の圧力に弱いはずだ。つまり最も貫通力がある魔法を放てば通る可能性は高い。今オレの手持ちの魔法の中で最も貫通性能に優れているのは『蒼斬(アオギリ)蒼穿槍(ヴァッセント)》』だ。確認にMPを5000も使うのはややリスクが高い気もするが、これによって今後の戦い方が左右される。

 そんなオレの思考を断つように、蠍が口から大量の水晶を吐き出した。確かな初速度を持って射出されたそれは機関銃そのものだ。


「ゆーくん! こっち!」


 凛が結界を張り、頭上から降り注ぐ色とりどりの水晶雨を凌ぐ。急いで凛の下に駆け寄ると、結界を煌く礫が乱打した。


 今度はこちらの手番だ。


「見極めさせてもらう! ――――『蒼斬アオギリ蒼穿槍(ヴァッセント)》』!」


 音速に比肩する速度で放たれた剛槍が、蠍の甲殻に直撃する。鐘を鳴らしたかのような振動とともに、衝撃に堪えきれずに水晶蠍が地面に落下する。

 刹那のうちに爆音と衝撃が訪れ、天井から先ほど以上の大量の水晶が落下してくる。耳がいかれそうな割れ音、目が眩みそうな水晶の光の乱反射から身を庇いながら敵を睨みつける。


「おいおい……こりゃあ……」


 目の前の光景に絶句する。


 カチン、カチンという鋏を叩き合わせる音が絶望を誘った。

 背中の水晶はオレの最高火力の攻撃を受けてなお、その姿を以前と変わらず留めていた。


「水晶の破壊は不可能そうだな……」


 軽々しく呟くも、それは水晶部分には攻撃が通らないという絶望的な事実に他ならない。身体の大部分を水晶に覆われている以上、奴のほとんどの部分に攻撃が通らないということだ。攻撃箇所を絞らなければならない。


 再び蠍が口を開く。

 口内に魔力が溜まっていくのを確認する。


「ちっ! させるかよ! 『蒼斬《絶》』!!」


 口の中めがけて金属片を含んだ水のレーザーを放つとほぼ同時に蠍も白い線を吐いた。


「なっ……!」


 二つの線が衝突し、『蒼斬』がみるみる凍って(・・・)いく。


「凛! 跳べッ!」


 横に跳躍することで回避する。白い線が完全に『蒼斬』を飲み込み、オレと凛が立っていた場所を通り過ぎた。そのまま勢いを留めることなく樹壁にあたると、樹壁をも青白く凍らせた。

 宙に浮いていた『蒼斬』が重力を思い出したかのように落下し、砕け散る。その破片の一つが足下まで滑ってきた。


 凛が拾い上げて首を傾げる。


「ねぇ、ゆーくん! これ……!」


 凛が驚いた様子でオレに氷を手渡してくる。

 そしてオレも同じ驚きに声を上げた。


「冷たく、ない……?」


 掌に乗っている凍った『蒼斬』の欠片は常温だ。手の中で握っていても水が溶け出すこともなく、手が濡れることは無い。

 その事実に一つの仮説を思い浮かべる。


「まさか、凍ったんじゃなくて……結晶化、したのか?」


 温度低下に伴い凍りになったのではなく、「水晶」に変換された。本来、水の結晶と言えば、水が凝固した氷を指すのが普通だ。だが掌の中にある物体は明らかに氷ではない。恐らく、水晶。つまりは、敵の口から吐かれた何かが、「水」を「水晶」に変換したのだ。


 だが、そんなことがありえるのか?

 水の組成は当然H2Oだ。対して水晶の主な構成要素はケイ素やアルミニウム、コバルトおよびその酸化物。加えて水は分子の集合であるのに対し、水晶は共有結合によって生じた結晶だ。水とはそもそも原子・分子レベルから構造が違う。


「ゆーくん! また来る!!」


 敵は当然悠長な思考など許してくれない。


「水が水晶化されるなら……これならどうだ! 『ファイアレイ』ッ!」


 白の熱線を放ち再び敵の攻撃を向かい打つ。

 炎は空気中の分子が熱運動を行い、エネルギーを放出する際に観察される「現象」だ。物質で無い以上、水晶化は出来ない。

 オレの予想通り、『ファイアレイ』と敵の『水晶化線』は相殺した。だが、蠍の口から『ファイアレイ』と衝突した位置まで水晶の道が生成され、すぐに重力に従って落下した。


 そこからオレは敵の『水晶化線』の埒外さに気がつく。


「まさか、そこまで水晶化しちまうのか……!」


「どういうこと!?」


「あいつのビーム! あれには絶対に当たるな! できれば近づくのもまずい!」


 何も無いはずの場所で水晶が形成された。その理由は明確だ。

正確にはそこには何も無かったわけではない。


 空気。


 あの『水晶化線』は空気をも水晶に変換する。恐らくは、魔素レベルまで分解して原子を再構築するような魔法だ。そんなものをかすりでもしたらひとたまりも無いのは明らか。かすらずとも、結晶化した空気を吸おうものなら肺に傷が付く可能性が十分にある。


 こちらの最大火力を防ぎうる鎧と、こちらの防御をやすやすと貫く砲。


 その双方を備えた目の前の強敵に嫌な汗が湧き出る。

 だが、焦る必要は無い。


「凛。足の関節と、体内への攻撃を狙っていく! アシスト頼む!」


「分かった!」


 99階層も共に戦っていればお互いの動き方も把握できる。


「『空踏(ストライド)』!」


 宙に跳び、蠍の周りを跳ぶ。

 蠍はその巨大な尻尾を左右に振るいながら、こちらを視認するべく身体を回す。当然、小回りが利くのはこちらだ。


「縫い付けて! 『ディバインソー』!!」


 オレが注意を逸らした隙に、凛が結界で出来た針と糸で蠍の足を絡めとる。

 蠍が回りきれずにバランスを崩す。


「『蒼斬《絶》』!!」


 関節を狙い、『蒼斬』を放つ。けたたましい金きり声をあげ、水線が蠍の黒い脚を狙う。

 果物を切ったような手ごたえとともに、蠍の足が一本、宙を舞った。脚を失いバランスをとれなくなった蠍は大きな体躯を地面にたたきつけた。

 オレは歓声を上げたくなる感情を思い切り押さえつけ、続けて連撃を狙う。


「まだだッ!」


 再び『蒼斬』でバランスを崩した蠍に追撃を加える。のた打ち回る蠍の足だけを狙うのは困難で、『蒼斬』と水晶が激突する甲高い轟音が鳴り響く。だが、続けて『蒼斬』を放ち続ける。

 ザクッ、と裁断音が聞こえ、再び蠍の脚が一本地に転がった。


 蠍の脚は全部で六本。すでに二本が失われ、奴の機動力はほとんど奪ったに等しい。王手だ。


「凛ッ! 避けろ!」


 自らを束縛している凛の処理を最優先に考えたのか、蠍が『水晶化線』を凛に向けて放つ。

 凛は勇者の俊敏さを活かしてどうにかそれを交わす。だが、蠍は諦めない。


「こっちを忘れんな! 『ファイアレイ』!」


 熱線が蠍に伸びるも、蠍は巨大な尾を大きく振るい魔法をかき消した。尻尾についた巨大な水晶が炎を浴びて赤熱する。


「ほんっと、防御性能たけぇなこいつ!」


 機動力を奪いながらも、のたうちまわる目の前の要塞をまるで崩せないことに苛立ちを漏らしながらも、戦い方を模索する。

 関節に攻撃は効いているんだ。なら、他の部位でも水晶が無い部分は攻撃が通るはず。

問題は、胴体部分に継ぎ目が見当たらないことか……

どうにも主たる生命維持器官を抱えている胴体部分に継ぎ目は見当たらない。もしかしたら水晶で継ぎ目を隠しているのかもしれない。


「……っと!」


 長考するオレを咎めるように、蠍が口から水晶を発射する。空へ逃げてそれを回避。反撃に『ファイアレイ』を放つも、やはり効いている様子は無い。


「口の中に直接魔法をぶち込めるか……?」


 どれだけ強固な外骨格で囲われていようと、中身まで固いわけが無い。そして、口は外部と繋がる重要な入口だ。その中に魔法でもぶち込んでやれば、中から相手を倒すことが出来る。


 だが、それも難しいかもしれない。


「守れ、『ディバインシールド』!」


 凛が張った結界に蠍の出した『水晶化線』が当たる。

 結界までは水晶化できないのか線は四散し、周囲の物質という物質を手当たり次第に水晶化している。空気中に結晶の屑が舞い、キラキラとした輝きを見せる。


「あいつが口を開けるのは、水晶を発射するときか、『水晶化線』を出すときだけ……」


 前者は、放たれる水晶の密度ゆえに攻撃が通らない。

 後者は、魔法をぶち込もうとしても水晶化されてしまう。


「おいおい……詰んでんじゃないだろうな、これ……」


 焦りを抑えるためにわざと口に漏らすが、それが凛の不安を誘ってしまう。


「どうしよう……」


 火力不足をどうにか補うにはどうすりゃいい。あいつの装甲を突き破る術は?

 いや、違う。あいつの防御をかいくぐる術は……


 そこまで考えて、ふと一つの案に思い当たる。


 火力不足。一瞬で赤熱した水晶。蠍。


 そうか。そうだ……もしかしたら、いけるかもしれない。

 勝利への道しるべがようやく霧の中から現われる。だが、そんなオレの高揚を気遣うことも無く、蠍が地を蹴り、跳躍した。そのまま蠍は壁へ張りつく。


「は……? 何で!?」


 足二本も切り落としただろ!? あの巨体を支えることは愚か、俊敏な動きなどもってのほかのはずだ。

 蠍が部屋の内周を俊敏に這う姿を見て絶望する。と同時に不可解な現象に理由を問いかけた。

 目に留まったのは、切り落としたはずの足の部分にある「輝き」。それは今この場に数多く存在している「輝き」と同類のものだ。


 ただそれだけで、最悪の事実を認識する。


「水晶の義足を作ったってのか!?」


 オレの驚愕を笑うかのように鋏を揺らす蠍。その身体にはしっかりと六本の足が生えている。正確には四本の足と、二本の水晶の義足だが。


 蠍が鋏で壁を叩く。


 振動が部屋中に伝わり、足下を取られる。

 だが、蠍の意図はそこには無かった。


 落下音。破砕音。落下音――――


 恐る恐る天井を見上げる。


「あの野郎ッ!!」


「うそ、うそうそ! ちょ、ちょっと待って!?」


 また、蠍はオレたちに絶望を告げる。



「くそっ、オレたちを生き埋めにするつもりか!!」


 音を立てて。輝く天井が、落ちてくる。


 それは拮抗状態の崩壊を告げる鐘の音だった。


ダンジョン探索かなりカットしてしまいましたが、流石に100層も200層もやるのアレなのでね・・・?

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