83、『王樹』
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
朝もやの中、軽く手を振る。
見送りはソフィアとその両親。見送られるのはオレと凛だ。早朝も早朝ということで、村はまだ眠りから醒めていかのように静寂に満たされている。
「リンさん。あの、本当に、ありがとうございました」
「ううん。こちらこそ、ありがとね」
などと凛とソフィアが言葉を交わしている。
女子たちの会話に混じる気も無いのでオレはカルカラさんと別れを語る。
「……本当に、お気をつけて」
「ええ。ま、何とかなりますよ。これでも生存能力は高いほうなんで」
無駄に生き延びてしまっている、というのが正しい表現かもしれないが。
そんなオレの自嘲混じりの言葉を受けて、カルカラさんは苦笑を返した。
ソフィアが一通り凛との別れを告げ、こちらに向き直る。その目に宿るのは不安。けれどもその不安を出すまいとする健気な努力が、彼女の胸の前で強く握られた両拳に表れていた。
「……無事でいてください」
「頼まれなくてもそのつもりだ」
軽口を垂れるとソフィアは真面目な顔のまま頷く。
それで別れの言葉は十分だ。
「行ってらっしゃい」
「ああ。行ってきます」
そのやりとりが妙にむずがゆい。
一瞬の沈黙を経て、ソフィアに背を向けて歩き出す。
これで、一つ。オレの中の物語が幕を閉じる。
ソフィアとエルナ。二人の少女と出会い紡がれた物語は、その終止符を打たれた。長かったと言えばそうかもしれない。けれども駆け抜けるかのように怒涛に過ぎた日々はどの一場面を切り取っても色濃く、鮮明の脳裏に蘇る。
もう、振り返らない。
次に彼女を見るときは振り返ってではない。
真正面から堂々と。
……きっと、オレの罪を雪いでから。
そんなことを考えながら、オレは朝もやの中をひたすらに歩いた。
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朝もやが晴れるころ、オレの目の前には一本の巨木。
天を衝く塔にも似た『王樹』は厳然としてその存在感を主張していた。その相も変わらない埒外名大きさにため息を漏らすと追随するように凛が呟いた。
「ついに、来たね……」
その声は達成感と不安が入り混じり、やや上ずっている。
彼女の額が汗ばんでいるのは、決して森林を歩いてきたことだけが理由ではないだろう。
「ああ……ここまで、長かった」
思えば色々なことがあった。
本当に、色々なことが。
数々の記憶が体感を持って蘇り、胸中に様々な感情の火種を呼び起こした。
そんな感情を誤魔化すように、オレは凛に声をかける。
「……本当に、ダンジョンの中まで付いてくるのか?」
「とーぜんっ!」
少しでも迷いを見せれば置いていこうと考えていたオレの目論見を嘲笑うような即答。既に彼女は覚悟を決めていた。これ以上は何を言っても無駄なようだ。
その思い切りの良さは、見習わなければならないかもしれないな。
内心でそう思いながら目の前にぽっかりと空いた穴を見る。
樹に不自然に空いた穴は、巨人の口のようにこちらが入るのを待ち受けている。
覗き見ても薄暗く、情報を得ることはできない。
ここが入口ってことかしらね。
「よし、行こう。第二のダンジョン。『王樹』へ」
決意を口に出し、オレたちは薄暗い中へと足を踏み入れた。
狭い通路だ。
壁も天井も当然、樹の一部であり、土の大地を踏みしめる。恐らく今オレたちの頭上をところ狭しと走っているのはこの大地の木の根だろう。一本一本が柱のように隙間無く張り巡らされている。
だが、十歩も進まないうちに通路は終わりを告げた。
視界に広がるのは開けた空間。円筒形の空間は土の地面を底に、木の天井を蓋として閉じている。
そうか……『王樹』の内部か……それにしても、樹の中がここまで空洞になっていたとは。
あの巨大な樹木がハリボテ同然で、中に部屋が広がっていることに驚嘆する。
ふと、光が差し込まないこの環境でどうしてあたりが見えるのか疑問を覚えるが、その疑問は一瞬で氷解した。
「苔が、発光してるのか……」
壁や床に繁茂する苔が淡い光を出しているのだ。
目を焼くような光ではないが、部屋全体を薄明かりで照らすだけの光量はある。
「なんだか、幻想的だね……」
「ああ、そうだな……」
得てして危険な場所というのはどうしてこんなにも美しいのだろうか。
やはり自然的な美しさは、自然の峻厳さとともにあるのかもしれない。どこまでも過酷な環境だからこそ、調和のとれた鮮烈な美しさが風景として現れる。
そんなことを一人考えて見渡していると、奥に妙な突起が見える。
「何だ、あれ……」
「んーっと……階段、じゃない?」
なるほど、確かに言われてみれば階段だ。
樹の内周に沿ってらせん状に階段が続いている。階段の向かう先は上だ。
「とりあえず、上るか」
「そうだね。何もなさそうだし」
この階に何も無さそうなことを確認して階段のある部屋の奥に進む。足音が空間に木霊し、何とも奇妙な感覚がする。
だが、数歩踏み出すと同時に、嫌な起動音が鼓膜を叩いた。
何度も聞いたことがある音に、トラウマが掻き毟られる。
「……魔法陣ッ!?」
凛の声とともに、床から無機質な光が発する。
「凛! 下がれ!!」
後ろに飛びのき魔法陣の光から出る。
今回のダンジョンは案外何とかなるかもと思った己のうかつさを呪う。
そんなわけ無いだろうが! 冷静に考えろ! ダンジョンだぞここは!!
弱者を無慈悲に飲み込み、強者の油断を狡猾に刈り取る、このくそったれな機構。慢心も油断も何一つ許されない。
何を間違えても、たどり着く先は死のみだ。
咄嗟の判断で光の環から脱出する。凛と互いに視線を交わすが双方に何も異常は見受けられない。
「……さてと、一体何をしてくる?」
冷静さを失わないために虚空に挑発を投げかける。
光は数秒で収まり、影を生んだ。
その影の正体をオレは知っている。
「……ゴブリン、か」
目の前には軽装をしたゴブリンが4体。
こちらを見咎め既に臨戦態勢に入っている。
上へと続く階段。
魔物を吐き出す魔法陣。
そして言い伝え。
――――王樹は、訪問者の力を試す。
その意味が繋がる。
「おいおい……まさか、このダンジョン、各階層で魔物を狩るタイプじゃないだろうな……!」
目の前で凛がゴブリンを素手で圧殺するのを見届けながら、自分の予想が正しくないことを願う。
そんな淡い願いは、2階層の魔法陣の光と現われた魔物の唸り声に、打ち砕かれた。
「『蒼斬』!!」
目の前に現われた樹の化け物――――トレントをなで斬りにする。
打撃のあまり効かない奴らも身体を切られてしまえばその活動を停止する。
これで9階層目だ。
ここまで全ての階で魔法陣から魔物が出現している。
オレの予想は間違っていないようだ。
「この樹は、魔物との連戦を勝ち抜いたやつだけが頂上にたどり着けるってことか……」
力を試す、ってのはこういうことか。
直球ストレートの意味過ぎて、反応に困るまである。
ここまで来るのに約30分。
各層ごとに隠し通路などが無いかを軽く見ているのでどうしても時間がかかってしまった。
多くの敵は凛が素手や自前の短剣で処理していたが、トレントのような相性の悪い敵などはオレが処理をしている。
「きっと、かなりの連戦になるはずだ。小まめに休憩をとるのと、魔力やスタミナの消費を抑えるようにしよう」
「そうだね……それにしても、これ何階まであるんだろ」
あれだけ動き回って息一つ乱れていない凛の姿に呆れ交じりの視線を向けながら、概算をしていく。
「分からん。ただ、外から見て『王樹』が消失点まで伸びていたことからも5、600メートルぐらいの高さはあると見ていいかもな。一層あたりが約5メートルとして……」
大体100階層ぐらいか。
凛が露骨に嫌な表情を浮べるが、オレだって嫌だよ! まだ10分の1も上ってないとか絶望感あるよ!
リスチェリカのダンジョンもそうだが、何でこうダンジョンを作る奴らって無駄に階層を増やしたがるのかね! いっそのこと10階立てとかにすればいいじゃん! 駅から徒歩5分とかなら十分優良物件だよ!?
よく分からない憤りをダンジョンにぶつけながらも階段を上る。
すでに作業となりつつあるダンジョン攻略にやや不安を覚えるが、今の自分にはどうしようもない。順調であることを素直に祝える性格ならば良かったのだが、生憎オレは順調すぎると恐れるタイプなんでね。
「10階層到着……ようやく十分の一か?」
その達成度も100層だと仮定した場合だ。もしかしたらまだ全体の1%しか上っていないかもしれない。もし1000層とかあったら製作者訴えてやる。
「ここ……なんだか他の階と違う?」
「何だ、これ……岩?」
今までの部屋は何も無い殺風景な空間だった。せいぜい蔦や竹の短い雑草程度しかなかった。
だが、ここは違う。
まず目に付くのは転がる岩石の数々。まるで適当に放り投げたかのように無造作に置いてある大小さまざまの岩石は、今までの部屋とは趣が異なり何とも不気味だ。
自然的な風景と呼ぶにはいささかミスマッチすぎる。
「オレの予想だと、岩場での戦闘が得意な魔物が出現すると思うわけだが……」
流石にここまで不自然な環境を偶然と片付けることは出来ない。誰かが意図を持ってこの状況を作り出したと考えるべきだろう。
凛に警戒を促しながら、魔法陣に足を踏み入れる。
外敵の侵入を感知し、魔法陣が起動した。
すぐに無機質な閃光が目を焼き、一つの影が現われる。
現われた影にため息が漏れた。ソレは無骨な巨体を揺らし、眼下にオレたちを睥睨する。
いや、コイツに眼があるのかも分からないが。
「……ゴーレム」
オレに名を呼ばれ喜ぶように、岩石の巨人はその岩拳を地面にたたきつけた。
ゴーレム。その名は有名だろう。岩や鉄の堅牢な身体を持ち、その質量が繰り出す攻撃は目の前の異物全てを粉砕する。その堅強な身体は矢を弾き、剣をへし折り、生半可な魔法も寄せ付けない。動きが遅いのが弱点だが、敵の攻撃を避ける必要が無い以上、機敏な動きは必要ない。敵が攻撃に疲れたところを軽く叩き潰せばゲームセットだ。
ゴーレムが足下に落ちている岩石を拾い上げる。
その動作の意味するところは一瞬で理解し得た。
「ああ……このための岩石かよ……!」
「――――守れ、『ディバインシールド』!!」
ほぼ無詠唱で凛が結界を発動する。
目の前に光の膜が張られるとともに、ゴーレムが緩慢な動きで岩石を掌から放った。
轟ッ、と風切音を上げ、岩石が結界にぶち当たってそのまま粉砕四散した。緩慢な動きからは予想できないその攻撃力に冷や汗が垂れる。
「凛、大丈夫か?」
「う、うん……ちょっとやばかったけど、大丈夫……」
ゴーレムの攻撃が連続できたら結界が割れるか……
相手の攻撃力とこちらの防御力を鑑みて、迅速に作戦を立てる。
「相手の動き自体は遅い! 動き回ってかく乱するぞ!」
とりあえずは敵の攻撃を避け続ける。
あんなもん、一発でも喰らったら即ゲームオーバーだ!
凛が大地を蹴り飛ばし、ゴーレムの足元に肉薄する。
「ッ――――」
短い息を吐くとともにゴーレムの足に回し蹴りを放つ。ただでさえ常識離れした筋力に加え、回転の加速度が加わることでその撃力は岩石程度であれば簡単に打ち砕ける威力に昇華している。
ドゴン、と一人の少女の蹴りが生み出したとは思えない轟音を上げながら、彼女の痩脚が岩石の巨人を撃つ。もし対象がただの岩石であれば耐えることすらままならず、一瞬で砕けたことだろう。
しかし、
「痛ッ……!」
凛が蹴りを放った脚を庇いながら後退する。
対するゴーレムは大してダメージがあった様子も見せず、今までと変わらない様子で棒立ちしている。ゴーレムの脚部は多少岩が欠けた程度の損壊で、機能を失うにはまるで足りない。
「なんつう固さだ……」
見た目はそのまま岩石が巨人の形を象っているだけだが、その硬度は見た目にそぐわない。恐らく鋼鉄以上。下手をすればダイヤモンドやアダマンタイトにも匹敵するかもしれない。
ゴーレムから距離をとりうずくまる凛に叫ぶ。
「凛! 大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫! それより、ゆーくん! 余所見しないでッ!!」
凛の焦燥を含んだ声に弾かれるようにしてゴーレムを向き直る。見れば、奴がすでにこちらに標的を定めて手を振り上げていた。
大丈夫。このリーチならば敵の腕は届かない。手に岩も握られていない。空振りに終わるはずだ。まずは凛の治療を――――
「守れ、『ディバインシールド』ォ!!」
喉を引き絞るような凛の詠唱。
凛が叫び終えると同時に巨人がその腕を振り下ろし、オレの目の前で何かが弾けた。
四散する岩石の破片が部屋の壁や天井にぶつかり甲高い声を上げる。乱反射した岩の欠片の一つが結界をまくってオレの頬を切った。
頬をたれる一筋の紅い血液に背筋が粟立つのを感じる。
何が、何が起きた……?
今起きた現象を理解するために、舞い上がる土ぼこりの中で巨人を睨みつける。
そうして違和感を覚え、その答えに行き着く。
「まさか……こいつ……自分の手を……!?」
眼前の巨人の右手が失われていた。
奴は落ちている岩を投げる代わりに、自らの右手を投げたのだ。
そうだ。奴は全身が岩石で構成されている。さすればその手を投げればそれは十二分に必殺の武器となり得る。
油断していた。
油断など無いと思っていたのに、それでもまだ油断が残っていた。
まさか自分の体の一部を切り離して投げるなんて思わなかった……! 完全に油断だ……!
もし凛の結界が遅れていたらオレは今頃飛び散る岩石に混じる肉塊となっていただろう。自分の成り得た姿を想像して吐き気がこみ上げる。
巨人がふらり、と向きを変え凛を見下す。
未だに凛は右足を庇って動いている。
まずい……あの距離はゴーレムの直接攻撃のリーチ内だッ!
「凛ッ! くそっ! 『蒼斬』ッ!!」
巨人の体躯を掘削すべく、水のレーザーを放つ。
金属同士を擦り合わせるような耳障りな音に鼓膜をやられながらも、そのままの勢いで『蒼斬』でゴーレムを袈裟切りにする。超高圧の水によりゴーレムはその巨体を無造作に切断され、上半身が地面にずれ落ちる。
そうなるはずだった。
「なっ……嘘、だろ?」
だが、現実。今目の前で立つ巨人には浅い切り傷が刻まれただけだ。
『蒼斬』で切れないのかよッ……!!
オレの存在など気にかけずに巨人が左手を構えた。逃げ切れない少女をそのまま押しつぶさんとする。凛が勇者補正で耐久力があろうと、あの攻撃を受ければひとたまりも無い。
「節約とか言ってる場合じゃねぇな!!」
魔力を練る。
「――――全てを拒絶して――――」
『蒼斬』で切れないなら。
「――――削り断てッ!『蒼斬《絶》』」
腕から煌く水閃がほとばしり、岩の巨人の肩を貫いた。
『蒼斬《絶》』は『蒼斬』に土魔法で作った金属片を加えたものだ。ダイヤモンドカッターに含まれる研磨剤の要領で、尖った金属片を高圧水レーザーに加えることで対象を「抉りとる」能力を高めている。
金属を激しく打ち付けあうような耳障りな高音に絶えながら、オレはそのまま奴の身体を斜めに切り裂く。
「まだだッ!!」
そのまま掌を返すようにして切り裂いてずれる巨体をさらに流し切る。初撃で、胸部から上がずれ、二太刀目で左腕が削がれ、最後の一撃で両膝から下を失う。そこまでバラされてしまえばいかな質量を持つ巨体といえどその身体を維持することなど出来ない。
巨人は、なすすべもなく文字通り崩れ落ちた。
砂埃が舞い、視界が覆われる。
静かになった戦場で、ただ自分と凛の息遣いだけが聞こえる。
風魔法で砂埃をかき消すと、崩れた岩石群――――ゴーレムの残骸が横たわっていた。
その双眸に宿っていた機械的な淡光はすでに消え、虚ろな空間が広がっている。覗き込もうとも戦意は感じられないし、死んだ振りをするほど狡猾な目をしているわけではない。
目の前の敵が完全に戦闘不能になったことを確認して、オレは思わずその場にへたり込んだ。
危なかった。ちょっとどころじゃなくヒヤリとさせられた。
挙動の遅いゴーレムであれば苦戦もしないだろうと高をくくっていたのが不味かった。やはりここはどう足掻こうともダンジョンなのだ。そして、このダンジョンはリスチェリカのそれよりも明確にこちらを殺そうとする意思を持っている。オレたちの力不足に遠慮なくつけこみ、その命を散らせようとしてくるだろう。
「大丈夫か、凛」
「うん……あ、ありがと」
「いや、こっちこそ助かった。正直やばかった」
凛に礼を告げ、彼女の足に治癒魔法をかける。
「大丈夫だって! 節約しなきゃいけないんでしょ?」
「アホか。お前の機動力が無くなったら困るのはオレだ」
実際、凛が機動力を失えばオレもこいつも動けない状態に陥る。そうなれば全方位から敵に囲まれてしまうリスクも上がる。そうならないようリスクマネジメントに努める必要性は理解しているつもりだ。
「よし。脚、動かせるか?」
治療を終え凛に問うと、彼女は軽く足を回したり、ステップを踏んだりしている。
「ばっちり! ありがと!」
「そりゃよかった」
チラリ、とMPを確認する。
MP64800/72190
10層をクリアするのに使ったMPは7000強……100層まであるとすると単純に70000のMPが必要になる。数値だけを見れば優に足りそうな気もするが、それは違う。このMP消費はあくまで1~10層をクリアするのに必要だったMPだ。それに、5階層まではほとんど魔法を使わずに突破している。また、ここから先の階層がまさかこれまでと同じ難易度ということはありえまい。より強力な魔物が配置されているはずだ。
つまり、このままのペースで行けばまず間違いなくMPは不足する。
やはり休憩を入れるべきか……
「凛。11階層に行く前に少し休もう」
「わたしはまだまだ大丈夫だよ?」
凛の体力を心配しての提案だと思ったらしい。
「いや、お互いに少し消耗してるはずだ。別に焦っているわけじゃない。10層ごとに休息をとるのは必要だ」
「ん、分かった」
オレの説明を受けると反論するでもなく素直に首肯を返した。こういうところは非常に物分りがよくやりやすい。
上へ上る階段の側に腰を落ち着け、水筒で喉を潤す。凛にも軽食と水筒を渡すと、オレはすぐ近くの壁に向かった。コンコン、と拳で軽く壁を叩くも帰ってくるのは重い音だ。少なくとも壁の中が空洞になっているわけではない。
「『疾風尖槍』」
鋭く尖らせた風の槍を放つも、ギィンと甲高い音を上げるばかりで壁に穴が穿たれることはない。それどころかかすり傷一つついていないのだから驚愕するしかない。
「『ファイアレイ』」
白熱の閃光で樹壁を焦がそうとする。
ありえない熱量をまとった焔が一直線に伸び、一点を目指して突き刺さる。
しかし、その結果は他愛ないものだった。
「……表面が軽く焦げ付いただけ……それも」
『ファイアレイ』のあたった部分を軽く布でこするとすぐに黒い焦げは削げ落ち、先ほどまでとまるで変わらぬ樹壁が顔を出した。
傷も付かず、燃えない樹か。
まさに『王樹』の名に相応しい剛堅な材と褒め称えるべきか。はたまたショートカットを許されないことを嘆くべきか。
……後者に軍配が上がりそうだ。
「ゆーくん……休憩するって言ったのに魔法使ってるし」
呆れ混じりの凛の言葉に、
「全回復するまでこの層にいるからいいんだっての」
などといった子供じみた返答をしたのだった。




