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82、霊力

十一君のチート魔法がまた一つ増えてしまう・・・


「んー、いい朝だ」


 森の澄んだ空気を吸い込んで、一気に吐き出す。

 まだ霞みがかかっているものの、何も見えないというほどではない。

 当たりの様子から日は既に昇っているようだが、いかんせん森の中は依然として薄暗い。


 そういえば、森の中ではマイナスイオンが豊富だからリフレッシュになるとか一時期話題になったけど、あれなんなんだろうな。そもそもマイナスイオンって何? 陰イオン? 塩化物イオンとか水酸化物イオンとかを吸うと、人って心身ともにリフレッシュできるの? すごい化学反応的に殺菌消毒されてそうなんだけど大丈夫かしら。


 などとくだらない思考はいつものように絶好調だ。


 ぼーっとあたりを眺めていると人影が目に入る。

 ソフィアの父親カルカラさんだ。見れば背中に薪を背負っている。


「おはようございます」


 オレの声にカルカラさんは丁寧にお辞儀をした。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「ええ、快眠ですよ」


「それは良かった」


 ふと彼の背中の薪に目を向けて驚きの声を漏らす。


「薪が浮いてる……?」


「ああ、これですか」


 カルカラさんは苦笑を漏らす。


「我々が『霊力』と呼んでいる力です。……先日、私がトイチさんを攻撃してしまったのも同じ『霊力』です」


 『霊力』……聞いたことの無い名前だ。

 だが、オレの『魔力感知』が彼の背後に渦巻く魔力を捉えている。だから、彼が『霊力』と呼ぶものは魔力により引き起こされる現象――――魔法だ。


「すごいな……こちらからは干渉できないのに、モノを掴むことが出来るのか」


 彼の背中と薪の間の隙間に手を入れるも、薪が地面にばら撒かれることは無い。


「狐人族に伝わる技なんです」


「なるほど」


 彼への返答は淡白だが、その内心では探究心と思考がグルグルと高速回転していた。


 どういった理屈で魔力を具象化しているのか。

 まず風魔法ではない。風魔法はどこまで行っても空気。ここまで安定した挙動は不可能だし、もし空気ならオレが手で気流を乱せばすぐにでも不安定になる。だが、オレがいくら虚空を掻こうと見えない力はびくともしない。


 魔力を直接固形化しているのか? 属性も与えずに?


 無属性魔法……なるほど、それは盲点だった。


「教えていただくことって、可能ですか?」


「『霊力』を、ですか……?」


「もし企業秘密ってんなら無理に聞き出したりはしませんけど」


「いえ、トイチさんであれば構いません。娘を救っていただいたご恩もありますし……」


 やや彼への貸しをちらつかせた形にはなってしまったが、知的好奇心には変えがたい。


「昼過ぎまで待っていただいてもよろしいですか? 色々と雑事がありまして……」


「ええ、構いませんよ」


 カルカラは一礼をして家の中に入っていく。

 『霊力』という名の、魔力の具象化。

 もしオレがこれを扱えるようになれば、目下の弱点である防御力の弱さが改善されるのではないだろうか。敵の攻撃をゼロ距離で受けることが出来るはずだ。


「面白くなってきた」


 一人興奮に息を漏らして、オレも彼の後を追って家に戻った。



「『霊力』は身体に流れている力を、意思によって具現化したものです」


 場所は集落のはずれにある開けた場所。脇ではソフィアと凛、それにフェノさんが座って談笑をしている。

 空には高く日が昇り、昼下がりの日差しが頬を照らす。


「まずは、その力を感じることが大切です」


 初心者にも分かりやすいように『霊力』の解説をしてくれる。

 彼の言う力とはまず間違いなく魔力のことだ。

 『魔力感知』のスキルを持つオレは、体内に循環する魔力を感じることは造作ない。


 はずなのだが。


「体内に流れている魔力も、カルカラさんが出してる魔力も分かるんですけど……どうやって魔力をそのまま形にするんだ……?」


 ためしに掌から魔力を放出するも、魔素となって霧散していくばかりで明確な形になりえない。

 火や風、水といった具体的な形であればイメージもし易い。

 だが『霊力』は具体的な形を持たない不可視の魔法だ。イメージもひったくれもなく、その発現に苦労する。


「ただ体内の力を出すだけではダメです。力に、明確な意思を持たせるのです」


 えぇ……よく分からないんだけど……

 明確な意思を持った魔力の発現?


「例えば、こんな風に」


 そう言うとカルカラさんは『霊力』を以ってして、離れたところからオレの右手を持ち上げた。

 確かに実在を感じる。右手が何かに触れられている感覚はあるし、そのまま押し返そうとすることも出来る。だが、左手で右手の下を掻こうとしても、何も触れることは出来ない。


 そうか……オレの右手に触れる面だけが実体を持っているのか。んで、他の部分はただの魔力として存在しているだけだから手で触れることは出来ない、と。


 大枠の仕組みをようやく理解するも、その埒外な魔力制御の難しさに嘆息する。

 何度も練習をして、魔力を出し続けるが一向に道端の石ころを持ち上げることすらできない。

 緻密などという枠組みを超えている。箸を使って針の穴に糸を通すようなものだ。

 そもそも、属性を与えないでどうすりゃ魔力を具象化できるんだ?魔力ってのはそもそも魔素だ。体内を循環する魔素をそう呼んでいるに過ぎない。魔素とは何だ?魔素はこの世界を構成する最小単位であるとされているものだ。加えてオレの解釈では、素粒子であるとともにエネルギーでもあると考えている。つまりは光のような物質と非物質の二重性を持っているわけだ。だが、その魔素は普遍かつ基本的な存在であるため、属性を与えることで人間が認識できる魔法へと変換される。他にも魔物という生物や様々な現象を生む。そうだ。オレの魔素や魔力に対する認識は間違っていない。だが、今オレがやろうとしていることは光をぶつけて物を動かそうと言っているのに他ならない。そんなことが現実的に可能なのか?第一――――


「つめたっ!?」


 思考の渦波に沈んでいたオレの意識が、頬に当てられた冷気によって引き戻される。

 思わず頬を触ると少しばかり濡れている。

 見れば、すぐ隣に水筒を持った凛が立っていた。


「ゆーくん、また難しいこと考え込んでたよ」


「あのなぁ……」


 不満げに彼女を見つめると、凛は笑って言った。


「お昼だって。一回休憩しよ?」


「……そうか。確かに、それがいいかもしれないな」


 根を詰めすぎていたのは否定できない。

 ややクールダウンも必要だろう。

 そう思いながら腰を落ち着ける。


「こ、これは……」


 目の前に広げられた木の皮の弁当を見て驚愕する。

 ま、まさか…・・・そんな、この世界にもあったなんて……


「ジャパニーズおにぎり!」


 思わず変な日本語が漏れ出てしまうのも致し方あるまい。

 何故なら、目の前に並んでいたそれは紛うことなき、白米で出来たおにぎりだったのだから。


 いや、確かにフローラ大森林は熱帯に近い気候で雨も多い。稲作が盛んなのは理解できる。だが、まさかおにぎりという文化がこちらにもあるとは……


「……食べないんですか?」


 ソフィアの不安そうな視線を受けて、オレは慌てておにぎりを口に運んだ。


「美味い……」


 ほんのり塩がきいており、中には野菜のおひたしが入っている。

 オレの一言を受けると、ソフィアは恥ずかしそうに笑った。


「これ、ソフィアが作ったんですよ」


「お、お母さん! 私、握っただけですから!」


「あら、中の具をどうするのかーとか、塩をどれくらいつければいいのかーとか。トイチさんの好みを色々と気にして作ってたじゃない」


「お母さん!!」


 母親からの援護射撃で思わぬダメージを受けたソフィアは顔を紅くして手を振っている。どうやら、不意討ちに弱いらしい。

 彼女らの笑い声に混じって、時折、鳥の声が聞こえる。空を流れる雲の速度はとても緩やかで、うららかな陽気がオレたちを包み込んでくれる。


 なんとものどかな一時だ。


「うーん……魔力を固める感覚……」


 どれだけ魔力の放出濃度を上げようと、それは結局魔力に過ぎない。空気がどれだけ濃くなろうと結局物を持ち上げるまでには至らないのだ。それこそ、空気を液体や固体にする必要がある。


 ……液体や、個体?


 他愛ない思考に現われた単語に思考の網がひっかかる。


 今までオレの中で魔力のイメージは触れることの出来ない気体だった。だが、もしこの密度を上げて液体や固体のように出来れば……


 目を瞑り、イメージを構築する。


 ただ濃度を上げるんじゃない。魔力を編みこみ、圧縮し、粘性を持たせる……


 水でも風でもない。ただの魔力だ。それを、圧縮していく。

 かちっ、と何かのピースが嵌る音がした。


「これで、どうだ……!」


 手元の石ころの周りに粘り気のある魔力を這わせる。

 両の手で水を救い上げるようにして、石を持ち上げていく。


 石が、左右に揺れながらも、確かに浮いていく。


 極限までの集中。全ての神経が自分の魔力と、目の前の石に注がれる。


 音が消え、周囲の世界が消えていく。


 そのまま、石を自分の掌の上まで持ってくる。

 緩慢だ。まだ使いこなせているとは言いがたい。


 だが、確かに魔力を使って、石を動かした。


 ぽとっ、と掌に小石が収まる。


「やった……」


 極度の集中から解放され思わずその場に背中を預ける。


 凛やソフィアの心配する声が遠く聞こえる。

 一息ついて、オレはそのまま口の端をゆがめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


十一優斗 17歳男

HP350 MP72190

膂力45 体力65 耐久37 敏捷96 魔力25720 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密4.0 魔法構築力8.0

魔力感知4.8 魔法構築効率6.1 MP回復速度4.8 多重展開4.0 術法1.4

煽動2.4 鍛冶2.3 悪運 魔力操作1.0


ステータスを確認すると、『魔力操作』なるスキルが追加されていた。

 恐らくこれが先の『霊力』に該当するものだろう。直接的な魔力の操作。これは、魔法を経由せずして魔力を用いることが出来る力だ。その応用性の高さは疑うまでも無い。


「まさか、こんなに早く習得するなんて……」


 カルカラさんが驚愕を零す。


「いや、まあ、実物を見せてもらって、どんなものか教えてまでもらったので」


「たとえそうだとしても、狐人族の者でも全員が習得できるわけではありません。それに、習得が早いものでも半年はかかります。それをたった数時間で……」


 ありえない、とカルカラさんはオレの習得速度をそう評した。


「……昔っから物覚えは良かったんで」


 要領のよさを褒められた記憶は少なくない。

 ただ、こちらの世界に来てからの化け物じみた物覚えのよさは、やはり勇者補正によるところが大きいのだろうが。


「一度、コツがつかめてしまえば、後は使っているうちに分かってくると思います」


「そうですか。ありがとうございます」


「私はほとんど何もしていませんよ。アナタの才能がすさまじかっただけです」


 べた褒めするカルカラさんにオレは頬を掻くしかない。

 理詰めでどういうものかを理解してしまえば、それを実行に移すのはそこまで難しい話ではないはずなのだが。どうにも過大評価されている気がする。


「私でもまだ使えないのに……」


 ソフィアがしょぼくれて肩を落とす。

 オレは軽く笑いながら言った。


「オレの方がお前の倍くらい年食ってるんだから、別に気にすることじゃない。経験の差ってやつよ」


 若造が何をほざくかと言われそうだが、ソフィアよりは年上なのだから嘘ではない。


「え、お兄さんって今おいくつなんですか?」


「ん? 17歳だけど?」


「……私、今13歳なんですけど……」


「え!? 嘘だろ!? 10歳いかないぐらいだと思ってた……」


 その言葉にソフィアは再び肩を落とす。

 女性の年齢はとりあえず若めに言っとけとは言うが、流石にこの状況では失言だったようだ。

 いや、でも、ねぇ……ソフィアの様子とか見てると10歳ぐらいかなーと思うじゃん?

 などというオレの内心での言い訳に、凛の軽い平手打ちを喰らいオレはのけぞってしまう。


「あ、いや、そのすまん……」


「……壁は、多そうです」


 目の前で悲壮に顔を彩るソフィアを見ながら、オレは情けない笑みを浮べるしかなかった。




 そんなこんなで昼下がりのゆったりとした時間は過ぎていく。


 特にすることもなく、ひたすらに『霊力』の訓練に時間を費やす。


 ステータスを確認しながら訓練すると、魔力消費の多さにげんなりとする。

 小石を持ち上げるのに魔力を800近く持っていかれるのだ。

 これは当然オレがまだこの魔法に慣れていないからであって、本来はもっと省エネルギーで使えるはずだ。そうでなければ、狐人族はオレに匹敵するほどのMPや魔力を有していることになる。そんなことはまずありえないと言っていい。


「あー、そうだ。聞きたいことが」


 オレが声を上げると、場の全員がこちらに目を向けた。4人の衆目を集め、やや緊張してしまうも詰まることなく質問を述べた。


「『王樹』の中にあるダンジョンについてなんですけど」


 オレの言葉にカルカラさんの表情が露骨に曇る。

 フェノさんも眉尻を下げ、あまり芳しい反応は返ってこない。


「……聖なる樹に何か御用ですか?」


「いや、『王樹』の中のダンジョンがどんなものか知りたいなーと。何でもいいんで。ほら、どんな魔物が出てくる、だとか。罠が多い、だとか」


 オレの言葉にカルカラさんは曇った表情のまま目を閉じた。

 そして一瞬の逡巡を経て、こちらを真っ直ぐと見つめて言った。


「……あそこに行くのは、やめておいたほうがいい」


「危険は重々承知してます」


「……若い日に名を上げようと逸る気持ちも、未知に飛び込もうとする探究心も分かります。トイチさんは恐らく後者でしょうか。……それでも、おやめなさい」


 それは大人としての助言。

 まだ年若い青二才を窘めようとしている。


「別に、功名心とか冒険心から行こうって言ってるわけじゃないんです。……理由は話せませんけど、ダンジョンの最奥部に用があるんです」


 この世界の行く末を占うような何かが眠っているかもしれない。

 とは言えそうに無い。

 そもそも世界が滅びるという文言の真偽を確かめるためにダンジョンに向かうのだから。


「……そう、ですか。私としては、恩人のトイチさんに危険を冒して欲しくは無かったのですが……」


 心の底から残念そうに息を吐く。

 だが、すぐに決心を決めたのか「お留めしても無駄でしょう」と話し始めてくれた。


「あの樹は、とても神聖なもので、私たちにとっては神の宿る神樹です」


 そう、彼は前置く。


「けれども、中が世間で言うダンジョンになっているのは事実。実際に、これまで多くの冒険者や調査隊たちが『王樹』の中に入っていきました」


 その結果は、


「誰も帰って来ませんでした。少なくとも私の知る限りでは」


 エルヴィンも言っていた。腕利きの冒険者たちが入って誰も帰って来なかったと。


「……あの樹は訪問者の力を試す、と伝え聞きます」


「力を……試す?」


 凛が復唱しながら首を傾げる。

 だが、その疑問にはオレも賛同だ。偏に力といっても様々な力が存在する。その文言は言い伝えらしさに溢れ、あまりに漠然としている。


「かつて、この地にいた罪人が神聖なる樹の中にダンジョンを作った、とも」


 真偽は確かではありませんが、とカルカラさんは付随した。


 罪人。


 そのゾッとしない響きには聞き覚えがある。

 『大罪人』カシュール・ドラン。彼はリスチェリカ近郊のダンジョン最奥部でオレに知識と混迷を与えた張本人だ。あいつのせいかお陰か、オレは今こうしてダンジョンをめぐって旅をするハメになっている。


 もし、このダンジョンも彼と同じ『大罪人』が作ったものだとしたら。


 高い確率でその最奥部には、鍵があるはずだ。


「それと、一度入ると入口が閉じてしまって、当分出られなくなるんです」


「そうなんですか?」


 閉じ込められるのか……


「でも、その周期がまちまちで、一時間で開くこともあれば、数日は開かないこともあります。……どちらにせよ、開いた入口から誰も出てきませんが」


 なるほどね。


 だが、周期がバラバラな理由はなんとなく予測がつく。

 恐らく、入った面々が全滅した時点で次の挑戦者が入れるようになるのだろう。

 つまり、入ってから入口が開くまでの時間が、挑戦者たちが内部で苦闘していた時間になる。


 だが、数日生き延びたやつがいるってことは、ダンジョンの攻略自体が長丁場になる可能性は高そうだな……

 一週間ぐらいは見ておいたほうが良さそうだ。


「じゃあ、明日朝一ぐらいでダンジョン行くか」


 コンビニ行ってくる、ぐらいの軽いノリで言っているが、その内容はかなりの重大発表だ。


「う、うん……わたしは、いいけど……」


 凛はそう言うとチラリとソフィアの方を見やる。


「あの、わ、私は……」


 言葉の先を続けないソフィアにオレは言葉の続きを待たずに声を飛ばした。


「ま、ってなわけでソフィアとは明日の朝でお別れだな」


「え……」


 ソフィアが意表をつかれたような声を出す。


 ……そんな意外なこと言ったか?


「とりあえずお前は故郷に帰ってこれたんだ。だったら、ここから先のオレの旅に付いてくる必要も無いし、オレが連れて行く必要も無いだろ?」


「ちょっと、ゆーくん!」


「何か間違ってるか?」


 少々淡白な言い方にはなってしまったが、事実は事実だ。

 そこに瑕疵も誤謬も矛盾も存在しない。


「いえ、間違っては、いないです……」


「まあ、別に今生の別れってわけじゃないしな。オレが生きてダンジョンから帰って来れたら顔ぐらいは出すっての」


「わ、わたしは……!!」


 ソフィアが何かを言いかけて言葉に詰まる。

 それを吐いてはいけないと、彼女の中で何かがせめぎ合っているのかもしれない。

 生憎、オレには彼女が紡ごうとする言葉の先は分からない。


「……です」


 だが、彼女は結局その言葉を告げることを選ぶ。


「……行って、欲しく、ないです」


 つっかえながら、ソフィアが声を出す。

 話す、というような流暢なものではない。胸中の様々な思いに詰まりながら、辛うじて言葉を搾り出している。


「お兄さんに、危ないところに、行って欲しく、ないです……!!」


 ソフィアの目の端に涙が溜まる。

 彼女は、その言葉を言うのにどれだけの覚悟を要したのだろうか。

 答えは彼女にしか分からない。だが、様々な感情が渦巻き、逡巡をしていた彼女の様子からその片鱗をうかがうことは出来る。


「別に、この村にいて欲しいなんて言いません。二度と、会えなくてもいいです。でも、死ぬようなことは、しないでほしいです……」


 それが傲慢なわがままであると他でもない彼女が一番理解しているのだろう。

 だからこそ彼女はその言葉を吐くのに逡巡とためらいを要した。


「……それでも、オレは行かなくちゃならない」


 それがオレの為すべきことで、オレの贖罪だからだ。

 春樹の死に報いることだけが、オレが今ここにいてよい存在理由だ。


「お兄さん……」


 自分の胸中の思いが伝わらなかったことに肩を落とすでもなく、ただ悲しそうな顔をする。


「……でも、死ぬ気も毛頭無い」


 オレの言葉にソフィアは呆気にとられた。


「必ず生きて戻ってくる。これでも悪運強い方だからな。死にかけてることはあっても死にはしないさ」


 ソフィアを突き放し損ねたことに罰の悪さを覚えながらも、とりあえずはそう言って笑った。

 彼女は、見開いた目を閉じると、小さく笑った。


「……そう、ですね。お兄さんはそういう人でした」


 仕方無さそうに、諦めたようにして、笑う。

 けれどもその笑みは決して後ろ暗いものじゃない。踏ん切りがついた人が浮べる、さわやかなものだ。

 そう信じないと後ろ髪を引かれてしまいそうだった。


「ま、そういうわけだ。だからさ、心配せずに待っててくれ」


 その言葉が意外だったのか、ソフィアは声ともつかないと息を漏らすと、


「はい」


 と目じりの涙を拭ったのだった。

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