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8、イジメ、ダメ絶対

イジメよくない。

5、イジメ、ダメ絶対


 決闘騒ぎから一週間ほどが過ぎた。


 龍ヶ城は敗北したにも関わらず、さらにその人気を増していた。どうやら、ちょっとした弱みもあった方がなお一層親しみを感じられるらしい。もうどう転んでもあいつの人気って下がること無いんじゃないかな。何これ好感度が下がらないギャルゲーとか面白くない。人生イージーモードすぎない? その理屈で行くとぼくの人生の難易度ナイトメアなんですけど。オレは弱みばかりだから、もっと好感度上がってもいいと思うなぁ!


 そんなことを考えつつ、オレは目の前から飛んでくる魔法をひょいひょいと避けていく。

 魔法の訓練は模擬戦を交えるようになり、現在オレは春樹とペアを組んで2対2の模擬戦を行っている。相手は件のイジメっ子三人組のうち二人、東条と柏木だ。二人の得意属性はそれぞれ火と風。あわせ技によりその火力は尋常でないレベルにまで高められている。

 いくらこの訓練場内が攻撃力緩衝の結界により、怪我をしにくくなっているとはいえ、まともに食らえば大火傷は免れないだろう。


「はっはっはっは! おいおいもっと逃げ回れよ! 走れ火よ、その業火で相対する害を打ち払え!『ファイアブラスト』!」


「吹け風よ、その全てをなぎ倒す奔流で全てを肯定し道を拓け。『ウィンドブラスト』!」


 東条と柏木の魔法により、大きな炎がオレと春樹めがけて放たれる。

 すんでのところで、横に跳ぶことでそれを避ける。


「ふ、吹け、風よ! その流れで、立ちふさがる霧を払え!『ウィンド』」


「え、えーっと、燃え上がれ炎、ファイヤー!」


 春樹の風魔法の詠唱に合わせてオレも火魔法を発現する。詠唱は、無詠唱がバレないよう適当に済ませた。


 オレの炎と春樹の風が合わさって東条たちに向かうが、その火力は東条たちのそれとは比べ物にならない弱さで、東条たちはそれを水魔法で簡単に消してみせる。


 春樹はどうやら、剣術も魔法も得意で無いらしく、その才能の無さはあのブラント団長ですら顔をしかめるほどだった。


 かくいうオレも、皆の前では魔法を手加減しているので春樹と同程度に扱われているが、むしろ、その方がいいだろう。人は、何か自分と同じレベルの者がいて安心できる。オレの実力を隠すことで、春樹に少しでも安心感を与えられるのなら御の字だ。


 なんて、どうしようもないことを考えているとひときわ大きな火の玉が飛んでくる。いつものように避けようとすると、


「うわぁ!」


 横で春樹が転ぶ。

 そのまま、圧倒的な熱量が春樹に直撃しそうになり、背筋が凍る。

 おいおい、これは流石に洒落にならねぇ!


「『水盾(セレンズシールド)』!」


 思わず春樹の目の前に水の盾を形成する。

 間一髪のところで、火球は水の盾にあたり蒸気を出して消え去っていった。

 まだ蒸気が立ち込める中、春樹に駆け寄る。


「大丈夫か、春樹っ!」


「う、うん……なんとか……」


「あぁ? 何で魔法が消えたんだ?」


 東条たちが無傷の春樹を見て首をかしげている。蒸気のお陰で、彼らにはオレが魔法で防いだ場面が見えなかったようだ。あいつらがバカでよかった……今だけはあいつらのバカさ加減に感謝してもしきれない。ありがとうバカ野郎。


「さあ、効果時間が切れたんじゃないか?」


 東条らに便乗してオレもすっとぼける。向こうはこちらが、無詠唱で魔法を使えることを知らない。だから、何故突然魔法が消えたのか分からないはずだ。


「優斗……今のって……」


「ん、どうした?何かあったか?」


 物言いたげにこちらを見つめる春樹に、笑顔を返す。


「……あの、優斗って――――」


「そこまでっ! 模擬戦終了! 怪我人はいないか?」


 ブラント団長の声が訓練場に響き渡り、春樹の声が遮られた。


「春樹、何か言いかけなかったか?」


「……ううん、なんでもない」


 そう言うと、春樹はいつもみたいに困ったような笑顔を浮べる。

 無事に今日も訓練を終えた。

 ……さて、さっさと退散するかね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから昼を経て、午後には座学。座学で習うことはもう知っていることばかりのため基本的に机の下でひそかに魔力を練るか、机に伏して寝るかしている。


 今日の内容は、この世界における天文学だった。


 この世界は天動説が主なる説としてとりあげられており、自転という概念は無い。オレらは、地動説が当然の世界で暮らしていたため、未だ天動説を信じている講師をバカにしている奴もいたが、オレは別にバカだとは思わない。

 そもそも、地球が自転をしているという事実だって、受け売りで得た知識に過ぎず、それを直接確認したわけではないのだ。だったら、なおさらこの世界のオレたちが今存在している天体が自転しているのか、そもそも惑星なのかも確かとは言えない。実際にオレたちの生活する大地の周りを、太陽や星々が回転している可能性だってゼロではないのだ。

 逆コペルニクス的転回といったところか。


 そんな他愛もないことを考えながら、教材の陰に隠すようにして自分のステータスをチェックする。


 十一優斗 男 17歳

 HP60/60 MP930/930

 膂力10 体力20 耐久15 敏捷40 魔力580 賢性???

 スキル

 持ち物 賢者の加護 ??? 隠密1.6 魔法構築力2.0 魔力感知1.3


 現在、オレは魔力のステータスだけで言えば、かのイケメン君こと龍ヶ城に勝るほどにまでなっている。昨日折あって彼のデータを見たが、魔力は400ほどまでしか伸びていなかった。これはもう既にイケメン君より強いんじゃないの、オレ!

 まあ、あいつは他の能力値も既に400ぐらいあるんだけどな! やっぱり勝てません、すみませんでした!


 加えて魔法関連のスキルも増え、魔法使いとしての半生が始められそうなほどだ。

 ちなみに、一般的な魔法使いの魔力は300前後。王宮に仕えたり、手錬れの魔法使いだと600~700前後らしく、1000を超えるものはまずいないそうだ。そんなものがいたら、百年に一人の逸材としてあがめたてられるらしい。

 つまり、オレの魔法力は既に熟練の魔法使いレベル。さらにこの成長率なら1000を超える日も近いだろう。


 やったねたえちゃん魔力が増えるよ。


 そんなこんなで何とか暇をつぶして乗り切った午後の座学が終わる。

 オレは春樹と一緒に街にでも行こうと呼びかけようと席を立つ。

 ところが、春樹のところには既に先客がいた。


「なあ、春樹君よぉ。おれと決闘しね?」


 例の茶髪のチャラ男、東条だ。


 もう一挙手一投足にチャラチャラという効果音が入りそうなぐらいにチャラい。なんなの、スターでもとったの? 無敵状態なの?


「え、で、でも僕、弱いし……」


 春樹の遠回しの却下にも東条は笑う。


「いやいやいや! 今日だって、おれらの魔法受けてもピンピンしてたじゃん。それに、弱いんだったら、なおさら鍛えねーとなぁ。訓練の一環だと思ってやろうぜ! いいじゃんよぉ、春樹くぅん!」


 そう言いながら下卑た笑みを浮べる。


 あの龍ヶ城と王女の伝説の決闘から、男子の勇者たちの間では決闘ごっこが流行っていた。もちろん危険が伴うので、必ず騎士団員二人以上の引率が必須とされたが、あの熱気に当てられた者たちが我も我もと、お遊びの決闘をするようになったのだ。

 最初は渋い顔をしていたブラント団長も、模擬戦の一環だとして割り切ってからは、特に止めることもなく静観している。


 そんな背景がありき。


 いつの間にか春樹を囲むようにして立っていたチャラ男三人組の双翼、柏木と入山もそれに相槌を打つ。


「俺たち春樹君が強くなるためにやってんだべ。ああ、なんて優しい俺たち!」


「ホントホント」


 三人がゲラゲラと笑う。あいつら……


「おい、いい加減に――――」


 オレが三人組を嗜めようとするが、それを見た春樹が先んじて言った。


「わ、分かった……受けるよ……」


 呆気にとられるオレを置き去りにして、春樹はその決闘を承諾した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、春樹! 何であんなの受けたんだよ!」


「ごめん……」


 違う、謝って欲しいんじゃない。


「でも、僕が弱いのは確かだし……少しでも強くなってみんなに追いつかないと……」


 これでも春樹は自分の能力の無さをただ嘆くのではなく、空いた時間に繰り返し剣の素振りを行ったり、詠唱の練習をしたりと少しでも皆に追いつこうと努力していた。


 だからこそ、なお一層それをバカにするあいつらをオレは許せない。


 あいつらの行為は春樹の努力を踏みにじり、嘲笑う行為だ。

 決闘を行ったところで、春樹が勝てるはずが無いと分かりきっているのに。


 だが、憤慨したところでオレの地位も春樹と同程度のもの。勇者たちのカーストでは最下部だ。オレにできることはなく、ただ見守っていることしかできない。


「それに、一回決闘すれば、東条君たちも諦めてくれるだろうし……」


 春樹はオレを安心させるように言葉をつむいだ。


「そんなの……!」


「僕、行くね。心配してくれてありがとう」


「おい!」


 春樹は一瞬、ニッコリと作り笑いを浮べた後、小走りに去って行った。


 無理にでも止めようと思えば止められた。


 だが、オレの足は動かない。口も言葉をつむごうとはしない。


 止めてどうする? オレに何ができる?


 あの三人組に喧嘩を売るのか?


 ……いや、ダメだ。それでは、何も根本的な解決にならない。仮にオレが魔法で奴らをのしたとしても、あいつらの、いや、勇者たちの春樹への扱いは変わらないだろう。

 あの三人組ほど露骨に嫌がらせをしてくる輩は少数派とは言え、だからといって他の面々がオレたちの味方かというと、そんなことはない。ただ野次馬を決め込んでいるだけだ。


「くそっ!」


 行き場の無い怒りに拳を壁に打ち付ける。

 理不尽なあいつらに。そして、何もすることができない自分自身に。


 そんな怒りにオレの腸は煮えくり返っているはずなのに、なぜか頭だけはいやに冷めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お互い怪我をしないように。では、双方剣を構えて」


 騎士が慣れた様子で前口上を垂れる。

 春樹と東条の決闘。オレはそれをすぐ横で見守っている。

 訓練場には、放課後(訓練や座学のあとなのでこう呼んでいる)だというのに、多くの人がいた。興味半分、面白半分、野次馬半分。半分×3とか、1.5倍増量キャンペーンだな。

 多くの面々が春樹の無様を笑いに来たのだろう。いや、もしかしたら単純に娯楽なのかもしれない。あの龍ヶ城と王女の決闘以来の賑わいではないだろうか。

 ちなみに、某イケメン君はこの場にいない。友人たちを引き連れて、城下街でショッピングとしゃれ込んでいるらしい。だから、苦言を呈する面々はここにはいない。くっそ、こんなときに。


「始めっ!」


 情けも容赦もなく騎士団員の掛け声が響く。


 東条は、大して剣を構えることもせず悠然とした調子で突っ立っている。何か食べているのか、口元はモゴモゴと動いていた。明らかに春樹のことを舐めている態度だ。


 春樹もそれを見て困った顔を浮かべている。

 一見お互いにどちらが先手をとるか考えあぐねている……ように見えた。


 だが、オレの『魔力感知』がアラートを鳴らした。


「春樹ッ! 下だッ!」


 春樹に声を飛ばす。

 春樹がとっさに後ろに飛びのいた瞬間、先ほどまで春樹が立っていた地面から岩石が突き出す。


「ちっ……外したか。ちょいちょーい、といっちゃーん! そーゆーのナシだって!」


 隠すでもなく東条が大きく舌打ちを漏らす。


 東条のやつ……ただ立っているように見えて、小声で魔法の詠唱をしてやがった。

 口元が動いていたのは詠唱だったのか! 魔力感知のスキルが無かったら気付かなかった。


「ま、いいか。ほらほら、ドンドン行くぜ! 『土よ土よ、その堅牢な―――』」


 詠唱が始まる。


 東条が土魔法で春樹を追い詰めていく。東条の得意魔法は火魔法だが、土魔法もかなり使える。

 土魔法で敵を追い込み、得意の火魔法で殲滅する。

 それが東条の戦い方だ。

 アホみたいな言動からは予想もできないような合理的な戦い方をする。


 春樹は、危なげなくその攻撃を避けていく。伊達に訓練で逃げ続けていたわけじゃない。回避能力については一日の長があると言っても過言ではないだろう。

 だが、そんな逃亡劇も長くは続かなかった。逃げるだけでは何も進まない。


「あーあ……あんま、避けんじゃねぇべ!」


 東条が別の魔法の詠唱を始める。あれは……火魔法か!


「『――――ブレイズボール』」


 長い詠唱の後、大きな炎球が春樹に向かって放たれる。


 それは同種の魔法『ファイアボール』とは比べ物にならないサイズで、春樹の全身を焦がさんと迫る。

 当の春樹は……!


「っ……!」


 土魔法の岩石に阻まれ逃げ場を失っていた。あれではいくら回避しようとしても当たる。


 おいおい、直撃コースじゃねーか! くっそ!


 審判の騎士が慌てて駆け寄るのとほぼ同時に、オレが魔法を発現させる。


「『水壁(セレンズウォール)』!!」


 そう唱えて、春樹の前に水の壁を発現させる。『水盾』の大きいバージョンだ。

 高濃度の水の壁により、東条の『ブレイズボール』はそのままジュッという音を立てて消えていった。あたりにいつぞやのように蒸気が立ち込め、視界が白いもやに覆われる。


 オレの魔法の威力や発現速度は、日々の訓練で強化されていた。彼ごときの魔法では決して越えられないレベルにまで。


「なっ……」


 一瞬にして現れた巨大な水の壁、そしてその魔法に自分の魔法が屈したという事実に、東条が驚いて目を見開く。


 やがて蒸気の霧が晴れ、視界が開ける。


「うそ……今のって……」


「香川がやったのか……?」


 ざわざわと野次馬たちにも動揺が広がる。


 当然だろう。端から見ると、春樹が自ら高位な魔法を行使したように見えたのだから。あの、魔法も剣術もできない春樹が。その事実は、野次馬たちをざわめかせるには十分だった。


 誰も魔法を使ったのがオレであることに気付いている者はいない。

 そのことにほっと息を漏らす。


「おい、香川。お前、いつの間にこんな魔法使えるようになったんだ?」


 東条が焦りとも、嘲りともとれるような微妙な表情で問う。


「え、ぼ、僕じゃない……」


 そう言うと春樹はチラリとこちらを見る。


「あぁ!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞ。お前じゃなかったら誰だってんだよ!!」


 苛立った様子で東条がまくし立てる。


 自分の思い描いていたものとは違った展開に、苛立ちを隠せないのだろう。


 オレは、どうするべきだ。


 この状況で「魔法を使ったのはオレです」と名乗りを上げるべきか? それとも、春樹が魔法を使ったことにしておくべきなのか?

 メリットとデメリットを秤にかけた際に有効なのはどっちだ……?


 そんな天秤を頭の中で揺らしていると、誰かが囁く。


 ――――春樹が魔法を使ったことにしておけば、あいつを見下すやつも減るんじゃないか?


 その声は、何故かどこかで聞いたことのある声をしていた。


 ――――あいつが実は強力な魔法を使えることにしてしまえばいい。そうすればあいつにちょっかいを出そうとする輩も減るし、オレの魔法の才も露見しない。


 これは、オレの、声、なのか? 思考? 脳内に、響く……


 ――――そうだ、ここはオレと春樹、互いのメリットのため黙秘すべきだ。


 そう他でもない、オレが結論付ける。


 だから、


「春樹! お前、訓練の成果出たじゃないか!」


 そうと決めると、オレは空虚しい言葉を吐いた。


「お前頑張ってたもんなぁ!」


 そう言いながら、春樹の方に笑顔を向ける。話を合わせてくれ、春樹。


 春樹も最初は戸惑っていたが、オレの意図をくみとったのか、眉尻を下げながらも笑って言った。


「う、うん……ありがとう……」


 そのセリフを聞いて、野次馬たちが再びどよめきだす。

「今の魔法見たこと無かったよね」「ああ、完全に防いでたしな」「実は香川君ってすごかったんじゃ……」などと、春樹のことを見直し始める声が上がる。いい流れだ。


「な、なんだよそれ……」


 東条はついに焦りを隠すことなく狼狽し始める。


「香川のくせに! ちっ……あーあ、白けちまった。もういいわ……終―わり。やめだやめ」


 そう言うと東条は手に持っていた剣を放り投げ、出口の方に向かっていってしまった。


「お、おい!」


 審判役の騎士が困惑しているが、東条はそれにヒラヒラと手を振るだけで振り向きもしない。


 おそらく、東条にとっては決闘も大した意味があったわけではないのだろう。

ただ春樹をいびるためにやったのだが、思いのほか場の空気が春樹側に傾いてしまったため、急に気が萎えたのだ。


「えーっと……決闘、終わりですかね?」


 春樹の困った調子の声に我に返った騎士が終了の合図を上げる。


「しょ、勝者……香川春樹!」


 会場がワーッ! と盛り上がる。

 いま、弱者による下克上が成ったのだ。

 観客のうち何人かが、春樹に声をかけて褒めたたえている。

 オレもそこに加わろうと春樹に歩み寄る。顔に笑みを貼り付けて。


 ああ、嬉しいさ。友達がこんな風に認められてるんだ。嬉しくないはずがない。


 ただ、当の本人たる春樹は周囲の熱狂から取り残されたように独り、困惑した顔を浮べていた。


 その日を境に、勇者たちによる表立った春樹イジメは息を潜めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いやー、春樹の勝利に乾杯!」


 そう笑いながらオレは手元のグラスを春樹に押し付けた。

 春樹も困ったように笑みを浮べながらそのグラスに自分のグラスを遠慮がちにぶつける。

 木のグラスどうしがぶつかり合い、カンという乾いた音が鳴る。

 勝ち鬨にはいささか淡白な音だが、まあ致し方あるまい。


「ねぇ、優斗。本当に良かったの?」


「ん? 何が?」


 オレは目の前に並べられている食事を口にほおばりながら答える。


「いや、だからさ……さっきの決闘の……」


 そう呟くと春樹は周りを見回す。

 昨日まではこちらを見向きもしなかった勇者諸君が、今ではこちらを興味深そうにチラチラと見やっている。


「何も問題無いだろ。お前は、自分の持ちうる手段を使ってあのイジメっ子を打倒した。ただそれだけだ」


 春樹の言葉の真意から目を背けつつオレは再び笑った。


 少しの間春樹は悩むように俯いていたが、やがて小さくため息を漏らして顔を上げる。


「そっか。うん、優斗がそれでいいなら僕はいいや。……ありがとう、かな」


「おいおい、オレは何もお礼を言われるようなことはしてねえよ」


 そんな風に騒いでいると、数人の勇者たちが食事の乗ったトレイを手に近づいてくるのが見えた。


「ねえ、わたしたちも一緒にいいかな?」


 女子が二人に男子が二人。

 うち一人はどこかで見た顔だ。


「どうも、織村さん」


 オレがそう呼びかけると、茶髪の少女、織村凛はにへらーと笑う。

 異世界に飛ばされてきた日に、オレを龍ヶ城たちのメンバーに誘ってくれた女子だ。

 そのコミュ力の高さは折り紙つき。今も他のお友達をつれていらっしゃることからもそれは窺える。


 オレなんて春樹しか友達いないんだけど。


「やっほー! お久しぶり! 元気だった?」


「まあ、皆さんに虐げられながらも雑草の如く元気に生きてますよ」


「あはは。相変わらず面白いね!」


 オレの毒にもからからと笑うその様は本当に人のよさがうかがえる。

 織村の後ろにいる他の勇者はそんなオレを見て苦い顔をしていた。


 あれ、オレが友達できない理由ってこれじゃね?


 そんな風に自分が友達ができない理由を見つけかけていると、


「あ、えっと……香川君、今日の決闘すごかったね」


 織村と一緒に来たもう一人の女子が春樹を見て言う。


「あ、あの……えっと、ありがとう……」


「え、えっと……あ、いえ、どういたしまして……」


 なんなのお前ら最初に「あ、えっと……」ってつけないと会話できないの? そういうプロトコルなの? 前置詞なの?


「そういうわけで! ここにいるみんなは香川くんに話を聞きたくてしょうがない人ばかりなのです! だから、一緒していいかな?」


 織村がまた笑みを浮べる。


 一瞬だけ謎の違和感が脳裏をちらついた。


「……?」


 だが、その意味を自分でつかむことが出来ないうちに春樹が話を進めた。


「え、えっと……僕はいいんだけど……」


 そうためらいながらチラチラとこちらを見てくる。


「こいつら全員、春樹のお客さんだろ? 邪魔者のオレはどっかに行ってるからお好きにどうぞ」


「ちょっと、優斗ぉ……」


 縋るような春樹の声にオレはバツが悪くなり目をそらす。


「わかったわかった……隣で静かにしてるから……」


 だが、オレがいることが気に喰わないのか織村を除く勇者諸君は苦い表情だ。


「お前ら、そんなにオレがいるのが嫌か……」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


「だって、ねぇ……」


「うん……」


 コソコソとオレのほうを見て話し合う三人。

 だがその三人を織村が止める。


「はい、陰口はそこまで!」


「本人の目の前で言う悪口は陰口とは言わないんじゃないですかね」


 いや、オレが既に日陰者だとするとオレの目の前は別に日の当たる場所でもなんでもないのか。さすれば、オレの目の前で悪口を言おうとそれは陰口になるわけだ。

 酷いよこんなの横暴だぁ!


「というわけで、はいはい、早く座って座って!」


「さらっとオレを無視して話進めるとか意外と辛らつだな」


 そう言いながらオレは彼らの着席を待つ。


 そのまま春樹と勇者たちが楽しそうに食事と雑談を繰り広げるのを、オレは冷めたご飯をほおばりながら眺め続けたのだった。

春樹のヒロイン力は世界一。

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