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79、離別と再開

三ヶ月ぶりです。ごめんなさい以外の感情が無いです。


「では、こちらに」


「…………ああ」


 墓守の案内を受け、オレは腕の中に抱きかかえた一人の少女の遺骸を寝台にそっと横たえる。

 『持ちインベントリ』の中で時間経過の影響を受けることなく眠っていた彼女は、死んだ直後、否、もしかしたら生前とまるで変わらないほどの血色の良さだ。胸元の痛ましい引っかき傷も彼女の服で隠されている。


 けれども、確実にその魂は失われている。


 二度と開かれることの無いまぶた。

 二度と言葉を紡ぐことの無い唇。

 二度と温かみを取り戻すことの無い小さな掌。


 それらはどれもオレに「失敗」の二文字を糾え、自責と自嘲がこみ上げる。


「……最後のお別れを」


 墓守に促されるがままにエルナの体裁を整え、身体に白布をかける。

 彼女の癖のある赤毛が跳ねることは、もうない。


「エルナ……悪かったな、雑な運び方して」


 オレの口から漏れるのは、核心を得ない他愛ない言葉。

 既に届かない言葉をそれでもなお吐くことに違和感を覚えながらも、オレの口はそんなことを紡ぐしかない。口の中で言葉を転がしながら本当に話すべきことを探していく。


「……お前の母さん、本当に女王様だったんだな」


 現国王ゴルドラ・ジモンの妻、レストーザ。彼女が、恐らくエルナの母親だ。ギルタールの反応から、レストーザが奴隷に落ちてから子供を産んでいることは分かっている。

 同じ猫人族の血を引き、バレッタとエルナがよく似ていること。また、レストーザが奴隷になったのが10年ちょっと前。その後すぐに子を孕み出産したとしたら、エルナの年齢が10歳前後であることと符合する。

 エルナが言っていた。


 ――――あたしのお母さんは女王様なんでございます!


 それは、事実だった。

 彼女の言葉を話半分に聞いていたことに歯噛みしつつも、エルナの母親も恐らくもう亡くなっている可能性が高いだろうと思う。

 不条理さに憤りを覚え、思わず息を吐く。けれど、息に混じってオレの中のわだかまりが吐き出されることは無かった。


「……ごめんな、頼りなくて」


 エルナは、ついぞオレのことを信じることが出来なかったのだ。


 違う。


 オレが、彼女の信頼に足る人物になりえなかったのだ。

 だから、卑劣な奴隷商の甘言に誘われるがままに、凶行に及んでしまった。そのことを酷く後悔する。


「……ごめんな、救ってやれなくて」


 もっと他に方法があったのではないか。

 そんなことはエルナが死んでから何度も考えた。

 繰り返し循環する思考の中に沈みながらも考え続けた。


「……ごめんな」


 ただ、謝罪だけが口からこぼれる。

 彼女の頬に触れる。


 冷たい。


 そして、固い。


 既に生命としてのアイデンティティを失ってしまった亡骸を撫で、オレは自分の手が震えていることに初めて気付いた。


「…………ソフィアは、心配するな。だから……」


 だから。


「……お前の母さんの生まれた土地で、ゆっくり眠ってくれ」


 吐き気と頭痛をこらえながら、オレは最後の別れを告げる。

 目線だけで墓守に永訣の言葉が終わったことを伝える。

 墓守は一礼すると、呪文を唱えて黙祷を捧げた。


「……では、これよりご遺体を聖火で焼かせていただきます。……神の国に、迎えられんことを」


「っ…………」


 目の前で、エルナが焼却炉に入れられていく。


 酷く緩慢に、寝台が焼却炉に入っていく。


 ギィ、と嫌な音を立てて扉が閉められていく。ゆっくりと、オレとソフィアの間を隔てる。


 そのまま彼女の顔が見えなくなると同時に、金属製の扉は完全に閉じきった。


 ストン、と膝の力が抜ける。


 その場にうずくまるオレに、墓守はただ黙ってくれている。

 今はそれが、ありがたい。


 空に立ち上る灰色の煤煙。

 鼻を焦がすかすかな臭い。

 パチパチと耳朶を煽る火の音。


 そのどれもが感傷を呼び起こす。

 ぼんやりと、その景色を眺め、耳を澄ましていた。

 とりとめもない考えが浮かんでは消え、消えては浮かんだ。だが、そのどれもが記憶に引っかかることなく網の目をすり抜けていく。


 幾ばくの時間を経て、火が消え、焼却炉の戸が開けられる。

 熱風が頬をなでた。


「……ご遺灰は、ご希望の通り、こちらで埋葬させていただきます」


「よろしく、お願いします」


 辛うじて声を振り絞ると、オレはよろめきながらも立ち上がった。

 涙は出ていない。出て、いない。

 火葬場を出ると、ポツ、ポツと、手の平に雫が垂れる。

 何かと空を見れば曇天。


「雨か……」


 徐々に強くなる雨脚を見守りながら、オレは濡れるのもかまわずに立ち尽くしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なあ、もう行くのか? もうちょっとゆっくりしてってくれよ師匠……」


「お前には大体の基本は教えた。あとは自主鍛錬あるのみだ」


「うぅ……分かったけどさぁ……」


 渋るバレッタの頭を無造作になでる。

 オレは荷物の最終チェックを行いながら、竜車に腰を下ろした。


「まー、ゆーくんは師匠としては放任主義だからね。バレッタちゃんもあまり期待しないほうがいいよ?」


「確かに、最初の指導以外ほとんど教えてくれてないしな……」


「一応目の前にその師匠本人がいるんだから、君たちもうちょっと言葉は慎もうね?」


 オレのげんなりとした対応にも、二人は仲が良さそうに笑うばかりで手ごたえが無い。

 どうにもあの暴動から二人の距離が急接近して、仲良くなっているようだ。何か、友情が芽生えるようなことがあったのかもしれない。


「凛。もしバレッタといたいなら置いていくぞ。転移魔法陣もあるからいつでもリスチェリカに帰れるし」


「それはダメ! ゆーくんと離れるから!」


 お前はオレの保護者か……

 いや、むしろオレがこいつの保護者だな……

 呆れる視線を送りながらもオレは笑う。


「ま、今生の別れって訳じゃないんだ。暇があれば顔を見せにくるさ」


 もう一度、弟子の頭を撫でて別れを告げる。


「……師匠、おれ、きっと偉大な魔法使いになる」


 バレッタは自らの決意をはなむけに贈る。


「大切なもの全部まとめて守れるような、魔法使いに」


「…………ああ、応援してる」


 オレの返事を受けてバレッタは目を見開く。

 だが、すぐに満面の笑みを浮べて、「ああ!」と力強く頷いた。

 彼女の純粋な真っ直ぐさがうらやましい。


「この度は本当に有難うございました」


 機会を窺って、ラインさんも頭を深く下げる。


「あまりかしこまらないでくださいって。偶々上手くいったところがでかいんで」


 実際、今回の件は運が良かったことも幸いしているのだから、お礼を重ねられるとどうにも恐縮してしまう。そんな風に感じるのはオレが小市民故なのかもしれないが。

 そんな風に様々なお礼やらなんやらをされているとどうにも出立のタイミングを見失う。


 だから、


「……んじゃ、もう行くわ。ありがとな」


 そうやってやや強引に流れを断ち切ると、竜車に乗り込む。

 フローラ大森林のデックポート集落。そこに向かう便だ。

 竜車の車体や、それを曳く小竜も森林地帯に適したものになっている。


「……気をつけて」


 凛とソフィアが乗り込むのを見届けて、バレッタが最後の言葉を述べる。


「おう」


 その言葉を合図と受け取ったのか、竜車の御者が小竜を鞭打つ音が響いた。

 ややもないうちにガラガラと懐かしい車輪の音が耳を叩く。

 凛は未だに手を振っており、ソフィアは手を振ってよいのかどうか迷いながら視線だけは後ろに向けている。

 ちらり、と見やれば巨大な灰色の壁が視界を埋め尽くす。

 あの壁を超えるのにやけに苦労してしまった、などと苦笑を漏らしながら、最後にバレッタたちを一瞥した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ゆーくぅん……」


 竜者を走らせてややあって。凛が甘えるような声を上げる。

 こいつがこういう声を出すときは総じてロクでもないことなのだが……


「何だ。もしどうしようもないことなら聞かないが」


「つまんない」


「ほらきたどうしようもない」


「だって、ゆーくん、ずーっと考え事してるんだもん!」


 ラグランジェを出てからもう3時間ほどだろうか。

 あたりの景色は既に鬱蒼とした木々に囲まれ、非常に薄暗い。

 徐々に背丈のある木が増え始め、今では自然の天蓋がオレたちを覆っている。


「オレは考え無しな人間にはなりたくないからな」


「そういうことじゃなくて!」


「…………」


 オレと凛がしょうもない与太話をしているといつもなら混じってくるソフィアが、今日は静かだ。


「どうした? ソフィア」


「……え? あ、お、お兄さん。すみません、ぼーっとしてました……」


 ばつが悪そうに眉尻を下げる彼女にオレは気にするなと手を振る。


「何か、気になることでもあるのか」


「あ、いえ、その……」


「?」


「……帰って、来たんだなぁ……って、思ってしまって……」


 帰ってきた。


 奴隷として連れ去られた彼女がその言葉を語る意味は重い。それは、オレらが簡単に天秤に乗せる事すら許されない。


「……良かったな。お前の村までもうちょっとだ」


「っ……」


 一瞬泣きそうな顔になるもぐっとこらえるソフィア。


「こ、これも、お兄さんたちのお陰です……なんとお礼を言えばいいのか……」


「あー、そういうのいいって。……そんなことより前にさ。素直に、喜んだらいいんじゃないか?」


「…………」


 オレの言葉を受け、無言のままにソフィアが胸に飛び込んでくる。そのままオレの胸に顔を押し付ける。

 すぐに静かなすすり泣く声と、嗚咽が聞こえてくる。

 だが、ソフィアは決してその顔をオレに見せようとしない。


 その意味は分かる。


 凛がソフィアの背中を撫で、優しい表情を見せる。

 ガラガラと、竜車の歯車が回る音は途切れなく響いている。

 けれども耳を叩くその律音は、少しだけ心地よく聞こえた。


 そのままソフィアが泣き止むまで待つと、くぅくぅという可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 どうやら、寝てしまったらしい。

 オレは胸の中のソフィアを、そっと竜車に横たえると、一息をついた。


「ゆーくん、ソフィアちゃん。良かったね」


「ああ、そうだな。だが――――」


 本当は、ここにエルナもいるはずだった――――


 そう言おうとして憚られる。

 凛は首を傾げた後に、オレが何を言いたいか察したのか悲しげに眉尻を下げた。


「ゆーくんは、悪くないよ」


「……いや、オレは……」


 彼女の励ましは届くことは無い。

 オレの至らなさで彼女を救うことが出来なかった。

 それは揺るがない事実だ。


「……とりあえず、今は無事にソフィアを送り届けることだけを考えよう」


「うん、そうだね」


 凛はそう言うと、明るい笑顔を浮べた。

 釣られるように、オレも小さく笑みを浮べる。

 それは、何とかして今の空気を晴らそうとする痛ましい努力に過ぎない。

 ふと仰ぎ見ると、木漏れ日が点々とオレらを照らしていた。




 揺れで目を覚ます。

 いつの間にやら、眠ってしまっていたらしい。

 竜車の車輪の規則的な音が止まっていた。


 御者の男の到着の一言を受けて、オレは長旅で凝った肩を伸ばした。

 ラグランジェから竜車に丸一日ほど揺られた末に、目的地にたどり着く。

 木々から漏れる日差しがチラチラと顔を煽り、そのたびにまぶしさに目を窄める。植物の匂いが心地よく鼻腔をくすぐり、思わず深呼吸をしたくなるのも理解できる。


「ここが、目的地……?」


「ああ……フローラ大森林の中心集落。『デックポート大集落』だ」


 10m程度じゃ済まない大木が何十本と聳え立っている森だ。地面は比較的開いているものの、道も整備されておらず、視界はすぐに木々で遮られてしまう。集落と言う割りには、地上に建造物がほとんど見られない。


 だが、その理由は上を見上げればすぐに分かる。


「……すげぇな」


 樹上に築かれた数々の建造物に、オレは感嘆の息を漏らす。

 そう、地上におかれるべき家屋や宿屋などは全て大木の幹の枝の上に乗っていた。

 端的に言うのであればツリーハウスだが、その規模や数はその語の呼び起こすイメージを遥かに凌駕する。それぞれの木はつり橋でつながれており、巨大なネットワークを形成している。一切地上に降りることなく樹上での生活が可能なようだ。

 その生活形態こそが地上に道が無い理由だと一人納得する。


「にしても、危険じゃないのか?あんな高所で生活してて……」


 目測で地上から20メートルはある。落下すればひとたまりも無さそうだ。


「ああ、それなら大丈夫ですよ。つり橋の下や、建物の下には安全網が張ってあるので、そうそう落下したりはしません」


 御者の説明を受け、目を凝らすと確かにところどころに網が見えた。


「それに、獣人や亜人は身体能力が高い者が多いので、落ちてもあまり怪我をしないんですよ」


 20メートルの高さから落下して怪我しないとか獣人やべぇ。

 オレとかまず間違いなくミンチなんだけど……

 あ、でも勇者諸君なら割と大丈夫そうな気がしてきた。あいつら耐久力お化けだし。


 獣人の身体構造の違いにうなっていると、御者が一礼をする。


「では、私はこれで失礼します」


「あー、いえ、ありがとうございました。送っていただいて」


「いえいえ。国王様のお達しですし、それに、個人的な感謝もありますから」


「? どこかで会いましたっけ?」


「黒猫の仮宿で、武装した獣人たちに襲われたとき、助けて頂いたので」


「……あー、すみません。ちょっと覚えてないです」


 正確には覚えていないのではなく、一度も認識していなかったのだが。もし一度でも見ていれば記憶にとどまっていないわけが無い。運悪く意識の外側にいたのだろう。


「あなたがいなければどうなっていたか……本当に感謝していますよ」


「あー、いや、別に大したことしてないんで……」


 やたらと誉めそやす御者の男に、覚えていないオレは頬をかくしかない。


「もし何かありましたら、お申し付けください。まだ数日はここに滞在しますので」


 そう言うと男は元気に手を振って去っていった。


「いい人だったね」


「まあ、な」


 曖昧な返事を返しながら、オレはこれからどうすべきかを考える。


 まずは、冒険者ギルドか。

 そこでとりあえず、ソフィアの集落に関する情報を集めるか……

 背中で眠りこけているソフィアを一瞥してこれからの行動を確認する。


 流石に、もうおかしなことは起きてくれるなよ?


 そんなことを考えながら、木に巻きつくようにこしらえられた螺旋階段を上り、冒険者ギルドのツリーハウスへと向かう。

 木組みの家は、無骨ながらも木ならではの温かみがある。

 そんなことを考えながら冒険者ギルドに足を踏み入れると、


「おうおう、毛も生えそろって無いようなガキが何しにきたんだぁ?」


「それに、こいつ人間じゃねぇか。珍しいな、おいぃ」


 ここでも絡まれるのかよ!

 ソフィアを背負ってるからローブかぶれないし、まあ流石に毎回はやらんだろうと思ってたらこれだよ! なんなんだよ! もういいよこのイベント! 流石にワンパターン過ぎて飽きたよ!


 項垂れながらも穏便に済ませようと言葉を選ぶ。


「えーっと、その、争うつもりは無いので道開けてくれません?」


「お、しかも家族連れか?」


「おいおい、ここは家族で遊びに来る場所じゃねぇぞ」


「ぎゃはははは」


 また妙な勘違いを……


「わ、わたし、もしかしてゆーくんの奥さんだと思われてる? きゃー!」


 妙な勘違いをしている奴が増えた……


 めんどくさい奴が一人増えた状況にまたも頭痛がキリキリとし始めるのをこらえる。

 ってか、どう見たってソフィアだけ狐人族なんだから血繋がってないだろ。こいつら、状態異常:盲目にでもかかってんの?


 そこでふとこの場を穏便に済ませそうな事実を思い出す。


「……あ、そうだ。オレ、南部連合幹部の一員なんで」


 フローラ大森林では南部連合の幹部というだけで色々融通が利くことを思い出し、自分の立場を笠に着る。


「は……?」


 心の底から何を言っているのか分からないという顔を浮べる獣人の男に、オレは『持ち物』から南部連合の徽章を取り出した。出発前にもらったものだ。


「ほい、これ証拠」


 どこぞの水戸黄門ばりに紋所を見せるオレに、獣人たち二人が口をパクパクさせる。


「は、はぁ!? ふざけんな、偽者に決まってらぁ!」


「何で人間が南部連合に入れるんだよ!」


「聞いてないのか? ラグランジェ要塞で一騒動あったって」


 オレの一言に獣人二人はあるわけが無いと首を振るが、ギルドの受付嬢が遠慮がちに告げた。


「た、確かに情報が入ってきています。南部連合の体制が改革され、幹部十名のうち一人に人間族の男性がなられたと……」


 どうやら既に情報が入ってきているらしい。助かった。


「んな、まさか!」


「こんなのが!?」


 こんなので悪かったなチンピラども。

 笑みを浮べる裏で失礼極まりない反応にカチンと来るも、すぐに冷静になる。


「ってわけで、申し訳ないんですけど通してください」


 初めて武力無しで物事を解決できたことに感動を覚えながらも、オレは受付嬢の下へ進む。


 やはり、言葉を尽くせば分かってもらえるんだ!


 などと、権力を振りかざしたことを棚に上げて感動に一人むせび泣く。

 そのままの勢いで受付譲に笑顔で挨拶をする。第一印象大事。


「ひっ……」


 何で受付さんまで怯えてるんですか。


「ちょっとお聞きしたいことが二つほどあるんですけど」


 人に怯えられたり侮られたり蔑まれたりすることに一日の長があるオレは、受付のそんな態度を無視して本題を進める。


「まず、狐人族の集落って今どこにあるか分かります?」


 やや心に傷を負いながらも、必要な情報をたずねる。

 狐人族は一定の期間で移住を繰り返す。さすれば、ソフィアが連れ去られてから現在までに移動している可能性が高い。


 だから、ここから動く前に、彼らの場所を知る必要がある。


「狐人族……ですか……」


 受付のお姉さんはその獣耳をピョコピョコと動かすと、オレが背負うソフィアをちらりと一瞥した。


「ええ。知り合いの狐人族の人からこの子を預かってたんですけど、お返しすることになって」


 オレの言葉はまあ嘘八百だが、受付嬢は得心がいったのかその怪訝な表情を解した。


「ああ、なるほど。……少々、お待ちください」


 受付嬢が奥に消える。

 資料でも探しているのだろうか。

 凛と他愛ない会話で時間を潰しているとややあって受付嬢が帰ってくる。


「お待たせいたしました。申し訳ありませんが、今、狐人族の方々がどこにいらっしゃるかは分かりませんでした……」


「そうですか……」


 んー、聞けば分かると思っていたオレの考えが足りなかったか。

 まあ、流石に冒険者ギルドで全ての情報を賄おうとするほうが浅慮だな。


「最後に集落が確認された場所は分かっているのですが、今もそこにいらっしゃるかは……」


「それ、どこですか?」


「フローラ大森林の南奥、『王樹』のあたりだそうです」


「オウジュ……?」


 聞いたことが無い。

 首を傾げるオレに、受付嬢が続けた。


「フローラ大森林の奥にある天を衝く巨木のことです」


「それって……」


『王樹』。王の樹と書いて『王樹』。

 書物から得た情報が間違っていなければ、恐らくその巨木『王樹』が指すもの。

 それは、オレの「当初」の目的地だ。


 オレの今回の旅路の目的。


「――――ダンジョン」


 オレの二つ目の質問は、思わぬ形で回答を得られた。

 『王樹』の内部こそがオレが目指しているダンジョンになっている。だから、フローラ大森林にある天を衝く大木がオレの目的地で相違ない。


 そのことを二つ目の質問としてたずねようとした矢先、こうして情報が得られたわけだ。

 つまり、ソフィアの件、そしてオレの本来の目的であるダンジョンの探索。

 この双方の目的地が『王樹』という一箇所に集まっている。


 偶然か因果か。


「そこにはどうやっていけば?」


「ここから南に向かってまっすぐですね。人間の足ですと……おおよそ三日ほどではないでしょうか?」


 人間の足。要するにオレらが無理なく歩いて三日ということか。


 一月半ほどかかった旅路も、目的地を目前に佳境に差し掛かっている。

 ダンジョンに潜り、世界が滅び行くという文言の真相を知る。

 その目的のためにオレはここまで来たんだ。

 道中に大なり小なり様々な事件に巻き込まれたが、それは本筋ではない。

 大丈夫だ。道を間違えてはいない。


 その確信を得て、安堵に息を漏らす。


「狐人族の集落とダンジョン。両方がある可能性があるなら、目的地はそこで決まりだな」


 オレの言葉を受けて凛が頷く。

 目指すは、『王樹』。

 天を衝き、世界を見下ろす、大樹の下へ。


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