77、褒賞
お久しぶりです。今回は短めです。
「お帰り、ゆーくん」
「お帰りなさい」
凛とソフィアの労いに適当に返事を返すと、オレはそのままベッドに倒れこんだ。
「あー、疲れた」
事後処理の会議を終えたオレは、凝った肩をグルグルとまわす。
最後の、街門付近の復興に関する議題が最も長かった。誰がどれだけ金を出すのか、労働力はどうするか、などなど……利権やらなんやらの話し合いは退屈でひたすらに長い。
「で、お前は何で当然のようにここにいるんだ? バレッタ」
「中々いい宿だな、ここ」
「人の話聞いてる?」
何故オレが泊まっている宿に王女たるコイツがいるのか、甚だ疑問だが、そんなものを根を詰めて問うほどの気力も無い。
「……なあ、会議はどうなったんだ?」
目線を合わせずにバレッタが聞いてくる。あえて、オレの目を見ないのだろう。
彼女自身の表情を見られたくないのかもしれない。
「何とかまとまった。……サイ含めた南部連合の数名が処刑。ギルタールは恩赦で、お前の親父さんが南部連合の首長になった」
「……そう、か……ギルタールは、処刑されないか……」
背を向けた彼女の表情をうかがい知ることは出来ない。
ただ、決して単純ではない複雑な感情が渦巻いていることだけは分かる。
「まあ、これからは監視の目が強まるし、南部連合はそうおっかないことは出来ないはずだ」
だから、何だというのだろう。
彼女からしてみれば、母親の仇に等しいのだ。加えて、父親までもをその爪牙にかけられようとした。
散々自らを辱め、侮ってきた仇敵が赦された。
その事実に、今ここで彼女が声を荒げても何ら不思議は無い。
「……師匠」
だが、彼女は改めてこちらを向き直る。
野暮ったいローブはもうかぶっていない。あのボロキレのようなローブが、彼女の見栄や虚勢そのものだったのかもしれない。
彼女の編みこまれた濃翠の髪が揺れるのに対して、その瞳は決して揺らがずこちらを見据える。
「ありがとう」
「っ……」
声にならない声が漏れる。
オレは覚悟していたのだ。
今回の会議に参加しておきながら、どうしてギルタールを処刑することができなかったのかと糾弾されることを。
それは彼女からすれば当然の権利だ。
オレはバレッタの代弁者であると期待されていたはずだ。だから会議への参加を、オレ一人に託したのだ。
「改まって、お礼できてなかったからさ。あ、もちろん、これから色々と国からお礼は出るだろうけど、その……おれ個人としてお礼を言いたくて」
「いや、……いいのか、それで」
「……ああ。いいんだ、これで」
彼女の中で。
如何な心境の変化があったのか、オレに推し量るすべも無い。
ただ、彼女の表情は決して諦めたソレじゃない。
明確な決意と、永訣の意思を以って、彼女はその言葉を吐いた。
「そうか。……強いな、バレッタは」
心の底から彼女の強さに憧憬する。
もし、オレが彼女のように強い心の持ち主であったならば、どうなっていただろうか。
そんな詮無い疑問が沸くも、すぐにそれを振り払った。
「ね、ゆーくん」
タイミングを見計らい、静かにしていた凛が声を上げる。
「ん、どうした?」
「これからどうするの?」
彼女の問いの真意は、当然オレたちの今後の予定を問うものだ。
思えば、ラグランジェでの滞在期間は、当初予定していたよりも大幅に伸びている。
「ああ、フローラ大森林に行く手段を見つけなきゃいけないな」
「あー、それなら……」
バレッタがバツの悪そうに目を逸らす。
「何だ」
「いや、その、さ……実は、師匠の話を聞いてから、もうとっくに手配してるんだよな……」
「そりゃ、ありがたい」
歯切れの悪いバレッタの調子に首を傾げると、彼女は頭をかきながら言った。
「ホントは、師匠に会った翌日には出立準備が終わってたんだけど、その、おれが無理言って延期をしてもらってたというかなんというか」
「ほぉ」
「い、いや! だって、ほら! 折角、師匠になって魔法教えてもらえることになったのに、すぐに行っちゃったらイヤだろ!? ほ、本当なら今だってずっとラグランジェにいて色々教えて欲しいのに……」
しょぼくれる彼女に、オレも憤懣をぶつけるわけにもいかない。
「でも、これだけ散々お世話になってさ。師匠はおれのこと信じてくれてたのに、その、嘘ついててごめん……」
「なるほど、ね」
「うっ……」
オレの言葉に衝撃を受けたバレッタが肩を落とす。「そうだよな、やっぱり怒るよな……」などと独り言を漏らしている。
「まあ、別に怒ってないけどな」
「へ?」
素っ頓狂な声を漏らすバレッタに不敵な笑みを返す。
「オレの弟子はめんどくさい奴が多いから、別にそれぐらいは気にしない」
「めんどくさい奴ってわたしのこと!?」
「お、よく気付いたな」
「そんなぁ!」
凛がシクシクと嘘泣きを始め、ソフィアがそれを慰めるといういつもの構図を見やりながら笑う。
「ま、ってなわけで、もう慣れた」
オレの周りにまともな人間がいたことが無いからな。思い返せば、唯一真人間だったのって春樹ぐらいな気がする。
様々な思い出が蘇りそうになるのを必死に追いやって、笑う。
「……ふふっ」
バレッタが笑いを漏らす。
ただ、その笑みは自然で、漏れる声は少女のものだ。
「……ああ、師匠は優しいからな」
何かを納得した様子のバレッタにオレは眉をひそめる。
「脈絡無いけど大丈夫か? 後、オレを褒めても何も出んぞ」
「大丈夫。これで正しいから」
愉快そうに笑うバレッタを見て、オレも苦笑を漏らす。
その笑みに深い意味は無いかもしれない。
「ああ、そうだ。オレはもうここから去るけど、最後に試験するぞ」
「へ?」
突然の話にバレッタが口を開けたまま固まる。
「一応、オレの弟子として色々教えたわけだからな。その成果を見せてもらわなきゃ困る」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ! おれ、ぜんぜん無詠唱とか出来るようになってないんだけど!?」
「別に、無詠唱を見せろとは言ってねえよ。この数日で学んだことを全部ぶつけてくれりゃそれで」
「えぇ……めちゃくちゃ難しいこと言うな……」
そもそも最初から無詠唱が出来るとは思っていない。もしかしたら、ひょっとしたら、程度のものだ。だから、オレが教えたことをこいつがどうやって昇華させているか、見てみたい。
「ってなわけで、後で裏の広場に集合な」
「もう、ゆーくん! わたしに酷いこと言っておいて放置ってどーなの!?」
「どうした、凛? 何が不満なんだ?」
「不満だよ不満! 超絶ふ・ま・ん!」
ただ、こうやってわいわいと騒いでいることで、ようやく、事件の終幕を実感できたのであった。
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「トイチユウト殿が参上いたしましたッ!」
控える兵士の号令を受け、オレは紅い絨毯を踏みしめる。
一歩一歩と前へ進み、眼前の玉座を一瞥するとそのまま恭しく頭を垂れた。
脇に控えるのは兵士たちだけではない。
有力な富豪や大商人、識者、大臣など錚々たる面々が所狭しと並んでいる。
誰もがこちらに無遠慮な視線を投げかけ、オレの「素性」を見抜こうと目を皿にしているのが分かる。
「よくぞ参った」
国王の低く、けれども通る声を受け、オレは台本どおりに事を進める。
今回、オレが暴動を鎮圧した事後処理の一環として、オレは褒賞の授与式への参加を義務付けられた。これは、オレの意思関係なく強制参加だ。
国王の説明によると、単純にお礼をする目的が半分。もう半分は、政治的な意図だそうだ。
そこまで正直に言うのもどうかと思うが、納得はできる。
人間が獣人の国王を救ったとなると、これは両種族の歩み寄りに使えるいいプロパガンダになる。加えて、南部連合に相対する英雄を祭り上げられるわけだから、民衆を煽動しやすくもなるということだ。
「はっ。この度は、国王陛下に拝謁叶いましたこと、心より喜ばしく思っております」
「頭を上げよ」
言われるがままに頭を上げる。
「此度の一部の獣人による武装蜂起、及び国家転覆の危機からラグランジェを救った貴殿のはたらきを賞し、褒賞を与える」
「幸甚の至りでございます」
「汝に、本国ラグランジェの伯爵の称号と、永住権、および各種税の免責を与える」
「……ありがたく、頂戴致します」
今回の褒賞は破格と言っていい。
伯爵――――爵位の授与、そして永住権に税の免除。
ぶっちゃけ、そこらの人が手を伸ばしても届かないような褒美だ。
だが、これにはしっかりと理由がある。
まず伯爵号。これは単純にオレが貴族として幅を利かせるというわけではない。国王の下で認められた爵位を用い、南部連合の武装蜂起を治めた人間がいるという事実が重要なのだ。これは、次なる暴動を画策する獣人への牽制にもなるし、両種族の融和のきっかけにもなりえる。また、南部連合に身を置く人間として、恥じない肩書きが必要という名目もある。
加えて永住権や各種税の免責。
これは、単純にオレがラグランジェに住んでいつでも暴動を見張っているぞ、と圧力をかけるとともに、大商人たちに暴動に加担しないよう釘を刺す意味がある。
無論、実際にはオレはラグランジェに住んでいるわけも無いが、表面上は住んでいてもおかしくないわけで、牽制には十分な力を持ちえるだろう。
といったように、政治的意図も含んだお礼なわけではあるが、些か爵位などもらったところでオレの身にはあまる。
が、裏で国王様に、
「頼む! 頼むからもらってくれぇ……」
と、情けなく頼み込まれたら流石にオレも無碍には出来ない。
いや、一応娘がいる前であんな情けない声を出すなよ……
「そして、もし貴殿が苦難に相見えたとき、我がゴルドラ・ジモンの名の下に、援助を尽力すると誓おう」
これはオレがお願いした報酬だ。
オレが困ったときに、国を挙げて助けてくれるという。
オレ自身、命がけで国を救ったわけだから、その対価に同等のものを頂きたいというのが建前。その本音は、後ろ盾の確保だ。
オレの勇者としての身柄はリアヴェルト王国の所有するところとなっているが、実際オレの態度は非協力的だ。もし向こうが強引な手段でオレを与させようとすれば、そのときはこの国に逃げてきて、全力で守ってもらう、ということだ。
加えて、ダンジョンの最下層にあった大罪人カシュール・ドランの遺書。世界を壊滅させるような天災を匂わせるその文言に備え、各国に対策をお願いできる状況を整えておきたいという意味もあった。
まあ、こっちは他のダンジョンで情報を集めてみないことにはなんとも言えず、杞憂に終わりそうだが。
「この国を救った英雄に拍手を」
国王の声を受け、控えているおっさんたちが手を鳴らす。
だが、まあそのご尊顔の何たる不満そうな。
絶対、オレが褒賞を受けるのを快く思ってないんだよなぁ……
それもそのはず。オレのような若造が誉めそやされて、自分よりも高い身分を与えられて面白いわけが無い。きっとつまらない思いに鼻白んでいることだろう。
そんな彼らの目が笑っていない笑顔をうけて、オレは満面の笑みをたたえながら深く一礼を返した。
次回、ラグランジェ編完結。




