76、彼の者の底
「人間の負傷者121人。人間の死者22人。獣人の負傷者37人。獣人の死者6人。これが、今回の戦いにおける犠牲者です」
暴動による死傷者はまた別に数えておりますが。
と補足をして、獣人の男が今回の犠牲を読み上げた。
王城の一室、会議室として設えられたこの場所には20人は囲めるであろう巨大なテーブルが一つ。そして、それを囲むようにして重鎮たちが鎮座している。
その表情は一見、誰しもが今回の犠牲を悼んでいるように見える。
まあ、内心の本音はどうか分からないが。
眼前に並ぶ南部連合の面々を見やり、一人で失笑を漏らす。
オレのすぐ右隣、テーブルの最も上座にあたる位置には、ゴルドラ・ジモン国王が座っている。そして、ゴルドラの対面。つまり、最も下座に座っているのは、南部連合首長ギルタール・ゲッコーだ。両手足には拘束具が付けられ、その姿は囚人に相違ない。
そして他の席を埋めるようにしてオレの側にこの国の家臣たちが。向かい合う側に、南部連合の幹部の面々が座っている。
「さて、もう一度この会議で話し合うべき内容を確認しておく」
国王が厳粛に告げる。
「一つ、此度の暴動の首謀者たるギルタール・ゲッコーの処分について。一つ、暴動ならびに魔物の襲来によって生じた被害の補償について。一つ、今後の南部連合と我が国のあり方について」
間違いないな、と問う国王に誰も異論を挟むものはいない。
オレの対面に座っているのは、サイ・ヴルフェロイ。狡猾な狼人族の男だ。
奴は、オレの予想通り魔物の襲来にかこつけて人間たちを大量虐殺しようと考えていた。獣人たちの指揮をとっていた獣人に、裏切りの指令を出していたらしい。
本人は、全く認めていないが。
「まずは、罪人ギルタール・ゲッコーの処分だが……」
国王の問いに、一人の大臣が手を挙げる。
「……今回の、ギルタール様……いえ、ギルタール・ゲッコーの所業は看過できるものではございません。国家の転覆を図り、国王様を監禁するだけではなく、あまつさえこの国を魔物に蹂躙される危機に曝した。決して許されて良いはずがない」
「ふん……滅びるのは害悪な北部のニンゲンたちだけだ」
「などと、反省の色も見えません」
大臣も獣人でありながらリベラルなのか、ギルタールに非情に手厳しい。
「他に、意見のあるものは?」
「……僭越ながら」
ややあって、目の前のサイが手を挙げた。
彼は、ぺろりと口の周りを一舐めするとこう告げた。
「確かに、今回、ギルタール殿のした行動は軽率で、国家を貶めうる可能性があったことは認めます」
滑らかに紡がれる言葉に、オレは耳を傾ける。
「……しかし、彼とてこの国を憂いてのこと。獣人たちが各地でニンゲンの奴隷になっていることは国王様もお耳に入れていらっしゃるはずです。ギルタール殿はそうした現状に酷く胸を痛めておりました。そうした、卑獣人の現状を少しでも打開したいと、やや早急ながらも果断な行動に踏み切ってしまったのです」
ギルタールは、あくまで極悪非道な人間族に対して抗議をするために已む無く立ち上がったのだと、そう主張する。
「……もし、国王様がこれから獣人と人間の本当の共存を望まれるのであれば、彼を極刑に処さず寛大な処置をなさることを提言いたします」
「ほう。何故だ?」
「今回の一件でギルタール殿を処刑すれば、人間たちの獣人への心象はより悪化し、差別は加速するでしょう。加えて、獣人たちもギルタール殿を処刑したことで、その反発心や憎しみは国王様に向かい、人間との共存を掲げる国王様の思いに耳を塞ぎかねません」
「…………ふむ」
「民衆というのは愚かなものです。国王陛下の深遠な思いを汲み取ることなど決してできず、目先の吸い甘いに一喜一憂いたします。どうかここは先見の明を働かせ、寛大なご処置を」
そう言うとサイは一礼をする。
……ほんっとに食えない男だな。
あくまでギルタールが悪かったかもしれない、ということで自分の地位や安全は確保しつつ、国王に「提言」という形で、ギルタールの死刑を躊躇わせる。
民衆や共存をとりわけ大切にしている国王には刺さる文言のはずだ。
ここで屁理屈を立て並べて、言いくるめることも出来ないではないが……
「……オレは、いいんじゃないかと思いますけどね」
熟考に俯く国王に声をかける。
「……今、なんと?」
「いや、ギルタールは確かに国家を転覆させようとした、どうしようもない極悪人ですけど、実際、南部連合の支柱で、獣人たちからの支持も厚い」
そう。問題はそこだ。
今回の暴動が解決されたところで、獣人と人間の間の溝はほとんど埋まっていない。
獣人が魔物から人間を守ってくれたことでプラス、獣人が人間に暴動を起こしたことでマイナス。二つあわせてプラマイゼロだ。
「だから、ギルタールを処刑するのは些かリスクが大きい」
オレがそんなことを言うとは思っていなかったのか、サイは一瞬だけ驚きに目を見開くも、すぐに好機を得たとばかりに追従した。
「ええ、ええ、そうでしょう! トイチ殿でしたかな? さすが、よく分かっていらっしゃる」
「いやぁ、それほどでも。ってわけで、ギルタールはこのままにしておいて、一つ提案があるんですけど」
「おぉ、一体どのような提案ですか?」
身を乗り出して聞いてくるサイにオレは軽く言い放つ。
「いや、南部連合の幹部組織、一新しません?」
「…………は?」
「今日の議題の一つに、南部連合の今後についてってありましたよね。だから、ギルタールは南部連合の副首長あたりにして、新しい首長を据える。んで、サイさん含めた幹部メンバーをガラリと入れ替えるってのはどうですか?」
最高の提案でしょ? と言わんばかりに笑みを浮べる。
「な、あ、な? あ、あなたは何を言って……!」
「いやぁ、オレはね。一目あなたを見たときから思ってたんですよ」
焦燥と驚きにうろたえるサイにオレは依然笑みをたたえる。
「……ギルタールより、あんたみたいなずる賢い奴のほうがよっぽど恐ろしい」
一瞬、何を言われたのか分からない様子のサイが口をパクパクと開閉させる。
「南部連合で一番恐れるべきは、恐らくあんただ。ギルタールは確かに旗頭としちゃ牽引力はあるけど、それだけだ。今回の暴動、計画自体を建てたのはあんたじゃないのか?」
暴動の迅速かつ効率的な達成。
あれを、ギルタールという感情的な剛男が計画できるとは思えない。
あの計画はもっと緻密で、繊細で、そして背中が蛇を這うように狡猾だ。
「何を、何を馬鹿なことを言っている!? 愚弄するのもいい加減にしろ!!! 大体、何の根拠があってそんなことを……ッ!!」
カラン、と机の上に砕けた角笛の破片を転がす。
既に残骸に等しく、角笛としての形は既に残っていない。
「なっ……一体……」
「これ、あんたならこれの使い方、知ってるんじゃないか?」
「は、はぁ!? し、知らない!」
「いや、あんたはこれを知っているはずだ。ギルタールに指示を出したのもあんただろ? だから、死にそうなときに魔物を呼び寄せるなんて機転が利いたんだ」
実際、魔物を呼んだのはギルタールで、裏切りの作戦を遂行したのはサイだ。連携もとれないのに、予め決めていたかのように円滑に作戦は進んでいた。何も対策をとらなければ、そのまま完遂していただろう。
「し、知らないと何度言えば分かるんだッ! 使い方も何もあるか!」
「これの使い方、あんたぐらいしか知らないと思うんだが」
「は、はぁ? そんなもの、私で無くとも子供にだって使える! 吹きさえすれば魔物が……」
自分が予想していなかったものを出され、動揺していたのだろう。
呟いてから自分の失言に気付く。
オレはニヤリと笑った。
「………………あんたは、どうしてこれが吹くものだと分かったんだ?」
机の上にあるものは残骸に過ぎない。
とても、一目で角笛だと分かるような代物ではない。
加えて魔物を呼ぶ角笛は有名なものではないのは国王やバレッタ王子らの言葉から確認済み。もしかしたら、これ一つしかない可能性まである。
「見れば分かる、が通用するようなもんじゃないよなぁ、これ」
いやらしい笑みを貼りつけながら、オレは手の中で残骸を転がす。
「加えて、だ。何故これが魔物を呼び出すための道具だと思った?」
「そ、それは、今、お前が、ギルタール殿が死に際に魔物を呼び寄せたのは私のせいだ、とか何とか言うから!!」
「………オレは、一言もこれが魔物を呼び出すのに使われたものだとは言ってないが?」
「なっ…………」
絶句するサイ。だが、オレはあえて彼の言葉の続きを待つ。
静寂と向けられる疑念の視線に耐えられなくなったサイがボロボロと言葉を零す。
「ち、違う! その角笛の使い方はギルタール殿が教えてくれたんだ! そう、そうだ! 私は教えてもらっただけだ!!」
ちらりとギルタールのほうを見るが、芳しい答えは返ってきそうに無い。
まあ、話す気は無いだろうな。
「あんたはあの笛がどんなものか知っていながら、放置していたわけか。魔物を呼ぶ笛、なんてどう考えたって悪用されるのは子供でも分かるよな? つまり、暴動や魔物の襲来を予測できる立場にありながら、何もしなかった」
「違う違う違う違う! ま、待て! わ、私は彼に何も聞かなかったことにしろと脅されていて……」
「なら何でギルタールはお前に笛のことを教えた? 聞かなかったことにしてほしいなら、最初から伝えないはずだ」
「そ、それは、彼の作戦の遂行に必要な……」
「じゃあ、お前は奴に脅されて致し方なく、今回の暴動に加担していたんだな?」
「あ、ああ。そうだ!」
「人間を獣人に裏切らせるよう指示を出したのも、ギルタールだな?」
「もちろん、そうだ」
徐々に責任がギルタールに移ってきたのを感じているのか、サイは落ち着きを取り戻し始める。
だが、それで終わるはずが無い。
「サイ……貴様ッ…………!!」
無論、剛毅たる虎は激昂し、失意と怒気の篭った視線をサイに向ける。
サイは「ひっ……」と情けない声を上げるのを聞きオレは最後のダメ押しに出た。
「っつうわけで、サイさん的には、ギルタールは極悪人だろ? なら、極刑で死刑でもいいよな?」
「えっ……あ、その……」
ギルタールの殺気を受け、これでもかと汗を流すサイは震えながら頷いた。
「そ、そうだ、な……」
「サイ・ヴルフェロイィイイイイ!!!」
ギルタールの咆哮が部屋に響く。
それは信じていた腹心に裏切られた失望、そして憤怒。
赤と黒の感情が込められた赫怒の咆哮は、犬人族の男を萎縮させる。
キーン、と耳鳴りがする耳を叩きながら、オレは笑って言った。
「ん、っつーわけで、サイさん。南部連合の幹部で暴動に加担していた人って他にもいる?」
「あ、ああ――――」
ポロポロとサイが情報を漏らしていく。
追い詰められた人間は、逃げ道を見つければ喜んで飛びつく。
それに列席するほかの幹部たちが憤慨して立ち上がり、サイにつかみかかろうとするも控えている兵士に取り押さえられる。
互いに互いを口汚く罵倒し、殴りかかり、物を投げる。
獣人同士の諍いはその身体能力が災いしてか、あたりを破壊し、自分自身に傷をつける。
いきり立った獣人全員の顔に水球をぶつけ、熱を冷ました。
「ってなわけで、国王様。今ので黒が誰かはっきりしたと思います。サイが上げた人物たちと……サイ自身を処刑するので問題無いかと」
「なっ……おい、どういうことだ!! 話が違う!!」
獰猛な犬歯を見せ、こちらを睨みつける狼男に肩をすくめる。
「オレは一言もあんたに恩赦を約束するとは言ってない。言ったろ? 一番恐いのはあんただ。なら、あんたを取り除くに限る」
加担すると見せかけて裏切る。そんなあくどい作戦を考えるような奴を今後も組織に置いておくのは恐ろしすぎる。
「そ、そんな……」
憎悪の篭った視線をこちらに向けると、すぐに国王の方に向き直り目に涙を溜めて懇願した。
「国王様! 騙されてはいけません! 彼はニンゲンです! 獣人たちの権利を奪い、そして全てをニンゲンたちの思うがままの世界にしようとしています! 彼こそが、この国の転覆を狙っているのですッ!」
その言葉には、サイの本性が表れていた。
人間への憎悪。
結局、彼を突き動かすものもそれなのだ。
「……ワシは、トイチユウト殿を信頼している」
「国王様ッ!!」
無情にも、嘆願は聞き入れられない。
「サイ・ヴルフェロイ。及び、他の南部連合幹部4名。ラグランジェの転覆を目論んだ主犯として、国王の名を以って極刑を宣告す! 牢に連れて行け!!」
指示を受け、兵士たちが数人がかりで一人を押さえつけ、拘束具をつける。
当然暴れるものの、ギルタール以外の獣人はそんなに武闘派ではないらしくすぐに拘束されてしまった。
「くそっ! くそがぁっ!! これだからニンゲンは!! 許さないッ! 許さないからナァッ!!」
怒声を浴びせ、獣人たちが出て行く。
サイ・ヴルフェロイも目に狂気と怒りに血走らせこちらを最後まで睨みつけていた。
バタン、と音を立てて扉が閉まり、再び静寂が場を満たす。
10人いた南部連合の面々も、今ではギルタールを含め5人だ。
「……」
無言の中でギルタールが唸る。
「どうしたギルタール。腹でも減ったのか?」
オレの挑発に、ギルタールは激昂もせず鼻を鳴らす。
「戯け。……同士だと、そう、思っていたのだがな」
その言葉は、今ここにはいないサイに向けてだろう。
「ま、そういうこともあるって」
「お前のせいで気付かされたがな」
「むしろ、オレのお陰と言って欲しいな。オレがいなきゃ、次の標的はお前だったかもしれないんだぞ?」
「どうだか」
そこで初めてギルタールが小さく笑う。つき物が落ちたかのように。
何だこいつ、こんな笑い方も出来るのか。
「……それで、結局おれの処分はどうするんだ? 見せしめに八つ裂きにするか?」
「いや、さっきも言ったけど、あんたには南部連合に残ってて欲しい」
「……それで、おれが副首長をやるとして、首長はどうするんだ」
「首長は――――ラグランジェの国王がやるってのはどうだ」
オレの提案に場がざわめく。
「今の南部連合は獣人たちだけの閉鎖されたコミュニティだ。だが、今回の一件で今後は人間側が上手く関わっていかなきゃいけないと気付いたはずだ」
そう。獣人だけの世界だったから、歪が増大され、本来顕現するはずのない憎悪が具象化されてしまった。
「だが、獣人組織の首長に人間を据えるとなると、猛反発どころじゃなくまた暴動が起きちまう。だから、共存に最も心を痛め、邁進しているラグランジェの国王たるゴルドラ様がいいんじゃないかと思ったんだけど」
どうかしら? と問う声に、提案を勘案する声はやまない。
悪い提案ではないはずだ。
トップが獣人であることは変わらない。ただ、それが人間の世界との境界に暮らす者なだけだ。どう足掻いたってラグランジェがある以上、人間と獣人が完全に分離して暮らすことなど出来ない。
「悪くないかもしれませんね」
一人の大臣の声を皮切りに次々に賛同の声が上がる。
南部連合の面々も最初は渋っていたものの大臣たちの説明を受け、賛同に傾き始める。
「どうですか、国王様」
「ワシは、構わないが……」
そこで、国王はギルタールを一瞥する。
「……ゴルドラが首長で、おれが副首長か……」
ギルタールが遠い目で何か物思いにふける。
彼の中で、こみ上げる思いがあるのだろうか。
それが嫌悪なのか、それとも違う何かなのか。オレには分からないが。
「……ふん。腰抜けが首長か」
「お前なぁ」
オレの呆れた声に、ギルタールは、はっきりと笑みを浮べた。
「副首長に寝首をかかれないように、気をつけるんだな」
それが、彼なりの激励であり賛同であったと気付くのにやや時間がかかってしまった。
ギルタールはそのまま続けた。
「……ゴルドラ。……………悪かったな」
「お前は、そういう奴だと知っている。……お前のことは、許さんがな」
そう言うと旧友二人は、愉快そうに鼻を鳴らした。
その輪に混じれないながらも、何とか話がまとまったことにほっと胸を撫で下ろす。
「んで、とりあえず副首長にギルタールを置くのはいいんだけど、また何かあると厄介だ。今しがた南部連合の幹部に大きく穴が空いてるよな?」
南部連合の筆頭の半数が処刑され、その数は減っている。
「だから、南部連合の中枢に国王の他にもラグランジェの大臣数名と、……人間側の代表を一人配置するべきだと思う」
オレの提案に再び場がざわめきだす。
「あくまで議事進行が多数決で行われるのであれば、人間本意の意思が南部連合の総意になることはない。だが、オブザーバーとして人間を置いておくのは次の暴動なんかを阻止するのに都合がいいはずだ」
「し、しかしそれは……」
南部連合の一人が苦言を呈する・
「ギルタールが暴動を起こした時点でお前ら全員連帯責任で即刻打ち首でもおかしくないんだぞ? 温情恩赦で妥協案を提案してるんだ。それを忘れるな」
だが、オレの厳しい一喝にすぐに声を失う。いや、まあ、国の政治にまったくかかわりの無い異種族の小童がこんなに幅を利かせているのはおかしいんだけども。そこはゴルドラ国王の人の甘さと、今回の暴動を収束させた立役者ってことで1つ。
「……確かに、南部連合に人間を加えることで、組織の風通しはよくなるやもしれんな」
国王の後押しを受け、オレは口の端を歪める。
「だが、一体誰が引き受ける?」
「まあ、北町から適当に有力者を引き抜けばいいんじゃないですか? 何だったら、選挙でもして決めればいい」
そんなオレの言葉に、全員が訝しげな視線を送った。
「あれ、何かおかしなこと言いました?」
「トイチ殿がやるのではないのか?」
「え、オレ?」
何でオレがやんの?
「此度の暴動の鎮圧にもっとも尽力し、かつ唯一の人間としてこの会議にも参加しておる。お互いの事情に精通し、客観的な判断を下せるものであればお主しかおらぬと思っておったが……」
「えぇ……いや、だってオレ、ずっとこの街にいるわけじゃないですし」
実際、リスチェリカに本拠を構えているし、各地を転々とすることも多いことが予想されるオレには、南部連合を監視するという役目は務められそうにない。
「では、こうしよう。南部連合の議席にトイチ殿の名を置く。だが、実際にその業務は、トイチ殿の代理が執り行う、と。これならば問題あるまい?」
「いや、だから――――」
国王の提案を固辞しようとするオレを遮るように賛同の声が上がる。
「そうですな。この国をお救いになったトイチ殿であれば、南部連合に名を連ねるに相応しい」
「確かに。ギルタール様の恩赦の嘆願もしていたし……」
大臣、南部連合幹部の双方から上がる賛成の声に、オレは頭を悩ます。
いやいやいや……なんでオレみたいな若造にやらせるんだよ。もっと適任がいるだろ……
「よし。であれば、国王の名を以って宣言する。南部連合の首長をラグランジェ国王。副首長を南部側から一名。また、ラグランジェから一人の人間を含む筆頭を四名。南部側から筆頭を四名。あわせて10名を南部連合幹部組織の構成員とする」
これまでの議論をまとめた国王の提案に、異議なしの声が上がる。
「さしああたって、首長は現国王たるワシ、ゴルドラ・ジモンが。副首長はギルタール・ゲッコーが、そして、代表の人間にはトイチユートが任に就く」
なんか勝手に決まってしまったんですけど……
オレの反論が挟みこむ余地など何処にもない。
「では、最後の議題。街の被害の補償について――――」
大臣がこの話はまとまったと言わんばかりに次の話題を提示したところで、オレは微妙な表情のまま固まるしか無かった。
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「なぁ、ギルタール」
「何だ。ニンゲンの男」
「その呼び方やめてくれない? 一応、十一優斗って名前があるんだけど」
オレの不満にも、鼻を鳴らして答えるだけのギルタールにため息を漏らす。
こいつ、本当に人間嫌いだな。
「一つ、聞きたいんだが」
国王や大臣たち、南部連合の面々が去りオレとギルタール、そして一部の兵士が残っただけの会議室でオレは問いを立てる。
無言で先を促すギルタールの目を見つめて、オレは問うた。
「バレッタの母親のことなんだが」
「……ああ、……あの娼婦か」
さらっと侮辱を漏らすギルタールを無視して、話を進める。
「……お前が、奴隷に落としたって聞いたけど」
バレッタが語ってくれたトラウマ。
目の前で母親が人攫いに遭い、自分は何も出来なかった。
だが、それは偶然でも何でもなく、人間と獣人の混血であったバレッタの母親を疎んだギルタールが仕組んだことだったと、バレッタが語ってくれた。
「……それが、どうした」
「いや。随分と回りくどい方法をとったな、と思って」
そう。もし仮にバレッタの母親が目障りなのであれば、それこそ暗殺でもすればいい。
人攫いに奴隷にさせるよりも確実で簡単な方法だ。
この獰猛で直線的な男がそれを思いつかなかったとは思えない。
「わざわざおれが殺すまでもないと考えただけだ」
「それ嘘だろ」
「……事実だ」
「今、一瞬視線が揺れたな。反応も遅かった。図星か」
オレのハッタリによる動揺を指摘するとギルタールは、露骨な舌打ちを漏らした。
こちらに殺気が篭った視線を向けると、脇に控える兵士たちに拘束を強められる。
忌々しげに兵士たちを一睨みするとこちらを向き直る。
「仮に、嘘だとして、貴様に何を話す必要がある」
「いんや、一応お前はオレに借りがあるわけじゃん? 実際、オレがいなきゃ処刑待ったなしだっただろうし。っつーわけで、少しぐらい恩に報いようとか思わない?」
両の掌を広げ、軽い調子で話すオレにギルタールはなおも苛立ちを隠さない。
「……ふん。思わんな」
「そりゃ、残念」
肩を竦めて、オレは人差し指を立てる。
「じゃあ、もう一つ質問だ。何故バレッタを殺さなかった?」
「……何を」
「オレが気を失っている間。身体能力お化けで結界も使える凛ならまだしも、バレッタを殺す機会なんてもんはいくらでもあったはずだ」
そう。全員が無事なことがおかしい。
ソフィアがオレの元に即座に駆け寄ってきたことから考えて、あの中で一番殺しやすいのはバレッタのはずだ。
なのに何故、奴はバレッタを殺さなかった。
「殺せなかっただけだ、とおれに言わせたいのか?」
「いや、別に。殺さなかった理由を言わせたい」
「ちっ……」
大きな舌打ちに続く唸り声。
完全にこちらに対して怒りを抱いている。それは、怒りを呼び起こす何かがあるという裏づけに他ならない。
「何か、殺さなかった理由があるなじゃないか? それこそ、バレッタの母親と同じように」
「同じなどではないッ!!」
初めて、ギルタールが声を荒げる。
その顔に見えるのは初めて見せる焦燥、そして苦悶。
負の感情に顔を歪ませるギルタールに驚きながらも、情報を引き出す。
「じゃあ、どう違うんだ?」
「違う、違うッ!」
ただ、駄々をこねるように「違う」を繰り返す。
「……レストーザは……レストーザは、ゴルドラと結婚などするべきではなかった……!」
レストーザ。バレッタの母親の名だ。
「娼婦」としてしか呼んでいなかったギルタールが初めてその名を呼んだ。彼の中でどのような心境の変化があったのだろうか。
いや、もしかしたら最初から変わっていないのかもしれない。
「ただの街娘で、しかも混血? ……そんな娘が、王族に嫁ぎなどすれば、どうなるかは火を見るより明らかだっただろうッ……」
ぐちゃぐちゃとした感情の中で、ギルタールが心の奥底の澱を吐き出していく。
それは彼が初めて見せる懺悔、そして告白。
「花屋であのまま花を売って暮らしていればよかった! ゴルドラに見初められようと、断っておればよかった!」
若かりししゴルドラがレストーザという少女に出会った。
それこそがそもそもの間違いだと糾弾する。
「あのまま殺されてしまうのであれば、奴隷にでも身を落とせばいいと思った! その後、おれが買い取って他所の国にでも逃がすつもりだったッ……!!」
レストーザが、ラグランジェからいなくなる。
それこそが国にとっても、彼女にとっても最善だったのだろう。
王の系譜に人の血が混じり、そしりを受けることも無く。
彼女自身が、謂れの無い非難に苦しみ喘ぎ、命を狙われることも無い。
それこそが最善だと、ギルタールは信じた。
「だというのに、ニンゲン共はッ! 攫ったレストーザを、どこにやったか分からないだとッ!? ふざけるなッ!!」
ニンゲンへの深い憎しみ。
その根源の一端に触れる。
奴隷への強い嫌悪感、人間への憎悪、敵愾心。
その根底にあるのは、騙され、裏切られたこと。
そして、恐らく、ギルタールが恋慕していただろう少女をうばわれたこと。
「いや、逃がすにしたっていくらでも方法はあっただろ?」
「無理やりに誘拐でもしなければ、あの頑固な女はここを去ろうとしなかった……!」
その頑固さや実直さは今のバレッタに通じるものがある。
「……クソッ。忌々しいバレッタめ……」
のどの奥を引き絞るような声で、見当違いな怨嗟をバレッタに見つける。
だが、それはバレッタにレストーザの面影を見るからに相違ない。
思い出すのだ。
自らが恋した相手が、友人のものになり、茨の道を進むことを。
救おうとした自分のせいで、その人が奴隷に身をやつしてしまったことを。
そして、彼の口ぶりから、恐らくレストーザはもう死んだ。
悔やむ。
自らの過ちを。
自らの後悔を。
そして、今の自分にはそれを哂うことしかできない。
「あまつさえ……」
そこまでいいかけてギルタールが口ごもる。
自分が色々と語りすぎたことに気付いたのだろう。
「あまつさえ、何だ?」
「……話が過ぎた。上手く乗せられたようだな、ニンゲン」
鬱陶しげにこちらを見ると、そのままオレから目を逸らした。
「だが、勘違いをするな。その事件があろうと無かろうと、おれはニンゲンを心の底から憎んでいる」
「左様で。ま、オレもお前がどんなお涙頂戴の過去を持ってようと、今回の件は許さないから安心してこれからの人生、猛省とともに生きていけ」
「ちっ。もういいだろう。おれを牢に連れて行け」
脇に控える兵士にギルタールが指示を出す。
いや、何でお前上から目線なの。
「あ、最後にもう一個いいか?」
去ろうとするギルタールを引き止める。
「……聞く必要も無い。早く連れて行け」
「バレッタの母親って、奴隷との間に子供を孕んだりした?」
オレを無視しようとしたギルタールが再びこちらを見て、目を見開いた。
明らかな驚愕の表情。
剛人たる虎男が、その双眸を見開き一切の挙動を止める。
「な、ぜ、それを……」
掠れた声で理由を問うギルタールにオレは肩を竦める。
「いや、聞いてみただけだ」
オレの返事に何か言いたげなギルタールを急かす様にして、兵士たちが彼を部屋から連れ出した。
会議室にはオレだけが残る。
紛糾した議論の後もまるで残さず、ただ静寂と孤独だけが室内に充ちる。
誰も見えないし、誰も見ていない。何も聞こえないし、誰も聞いていない。
「……はぁー……」
ため息に似ても似つかない長い息を吐いて、オレは椅子の背もたれに背を預ける。
「ここが、お前の故郷だったんだな……」
この場には誰もいないにも関わらず声をかける。
否、かける相手は一人だけいた。
「――――エルナ」
『持ち物』の中で眠る屍の少女に、そう声をかけた。
「悪役にも悲しい過去があったから許してあげてね」展開はあまり好きじゃないので「悪役にも悲しい過去があったけど許さない」展開にします。




