74、災禍、再禍、再再禍
更新が遅れて申し訳ないです。
「この街が、滅ぶぞ……」
オレのゾッとしない言葉に、誰しもが否定の言葉を投げかけようとして、それでも否定できずに出かけた言葉が宙に舞う。
「何とか、ならないのか?」
バレッタの言葉に、誰も答えを返せない。
オレの魔力ももう、少ない。
後十分で回復できる量などたかが知れている。大規模な魔法で殲滅、などは出来そうに無い。
「オレらは消耗しすぎた……多少力にはなれるが、オレらだけで処理するってのは無理だ」
非情にも現実を告げると、バレッタは黙って俯いてしまう。
どうすればいい?
千の大軍。進路を逸らすこともなく、こちらに向かってくる。
どうやって対処すればいいんだ……
「そうか……笛の音に惹かれて来るなら、もう一度別の場所で吹けば、進路をそらせるかもしれない」
名案と思い、ギルタールの残した笛を拾い上げる。
だが、笛はオレの手中に収まることなく、バラけてしまった。
「師匠!?」
「ま、待て! 壊したのはオレじゃない! ……ギルタールのやつ……吹いた後に、割りやがったな……」
焦って言い訳を募るが、事実として角笛がオレが拾い上げた程度で割れるはずが無い。
つまり、オレが拾う前に既に割れていた。たとえやつが死にかけであろうと、大きくもない細工笛を握力で割るぐらい造作ないはずだ。
奴は、この状況をオレたちに打開させるつもりが無いのだ。
そのための道を片っ端から潰している。
ギルタールの絶妙な強かさに舌を巻くしかない。
他に、何か手は無いか? 千の魔物の軍勢を回避する方法…………
頭蓋が発熱しているかと錯覚するほどに思考をまわす。
探せ、探せ、探せ。
何か、あるはずだ。
解決方法の存在しない問題など在るわけが無い。
ただ、思いつかないだけだ。
答えは存在する。そう、存在するはずだ。
「どうやって……あいつらを、逸らす……?」
逆に、こちらが移動するのはどうだ?
敵がこの街を目指しているのであれば、オレたちがそこからどけばいい。
いや、どいてどうする?
蹂躙された街に戻って、「また一からやろう」と笑いあうのか?
そんなことを民衆が是とするだろうか。
「……あいつらから、逃げるには……」
ぶつくさと呟きながら、答えを求め続けるが、すぐに思考の袋小路に行き当たってしまう。
くそっ……何か、無いのかッ……
眩暈がし始め、耳鳴りと吐き気が襲い始めたところで、ふとバレッタが声を漏らした。
「もし、避けられないなら、戦うしかないんじゃないか?」
「……戦う? お前、それは……」
可能性として考えなかったわけじゃない。
ただ、すぐに放棄した可能性なのだ。
「どれだけの被害が出ると思ってる? この街は要塞都市だ何だと言っても、町全域を囲う外壁はぶっちゃけざるだ。ラグランジェを南北に割っている要塞本体はそりゃ巨大な石の壁なわけだから、魔物の進行を妨げられると思うが。でも、もし要塞の南側……南町に逃げ込んで魔物を撃退するとなると、北町は棄てなきゃならない。それができると思うか?」
無理だ。
人間に、今持つ財産を全て投げ捨てろ、などという命令を下せば、それこそ別のクーデターが起こる。
それに、反人間意識の強い獣人たちがそうそう全ての人間を南町に受け入れるとは思えない。
「じゃあ、どうするんだよ!」
「それを、今考えてるんだよ!」
声を荒げるバレッタに、大きな声で応じてしまう。
分かっている。急かされずとも、事の重大さも、解決方法が他に見当たらないことも。
分かったその上でもがいている。
被害を限りなく減らし、リスクを極限まで低減させる正解を求めて。
それがオレのやり方だ。
「……時間が無い。決断するとしよう」
国王がタイムリミットを告げる。
そうだ。敵の到着は10分後。もしかしたら、もっと早いかもしれない。
悠長に考えている暇など無い。
ちらりと国王がこちらを一瞥する。
「……犠牲が零であれば、それほど嬉しいことは無い」
国王は理想を語る。
「だが、現実はそうも行かぬ。より、犠牲が少なくなるような、案を迅速に実行せねばならぬ」
国王は現実を語る。
なら、考えうる妥協案は……
「……ギルタールが今回の首謀で、国を乗っ取ろうとしていたと祭り上げてひとまずクーデターを鎮圧。その後、戦える人間と獣人を北町の外壁に総動員して、魔物を迎撃。非戦闘員は、城壁の南側に避難……ってところですかね」
自分でも納得の行かないままに、国王の言う妥協案を告げる。
獣人の説得や、戦力の確保など各種の手配を手際よく行う必要があるが、それは国王に任せるしかない。
彼はオレの答えに、やや悲しそうに頷いた。
「……そうだ。それが、恐らく今打つべき最善手であろう」
違う。他に方法があるはずだ。
そう、言いたい。
けれども、オレの持てる駒では、これが最善手としかいえない。
全てを救うための答えは出してくれないのに、オレの脳は最善手はこれしかないという結論だけはしっかりと出した。
「……ファルッド。近衛騎士団を集め、すぐにクーデター鎮圧をせよ。私が直々にギルタールを連れ、民衆に真実を知らしめる」
「はっ」
「その後、魔物襲来の報せを出し、迅速に撃退任務に就け。良いな?」
国王に確認に、ファルッドは確かに頷き、廊下を駿馬の如く駆けていった。
「さてと。我々も向かおう」
そう言うと、国王は軽々とギルタールを持ち上げる。
体長が3メートル近くはありそうな筋骨隆々の男を持ち上げるあたり、やはり国王様も獣人としての血が流れているのだろう。
国王のすぐ脇にはラインさんが控え、その後をバレッタ、凛、ソフィア、オレの順に続く。
「大丈夫? ゆーくん」
こちらを覗く彼女の目には不安と心配が色濃く顕れている。
軽く手を振り、問題の無い旨を伝えると、彼女は微妙な笑みを返して、そのまま前に向き直った。
恐らく、今のオレは酷い顔をしているのだろう。
疲労や怪我のせいだけではない。
自分が満足のいく答えを出せなかったことに苛立っているのか、落胆しているのか、絶望しているのかは分からない。
だが、ただぐらぐらと足下が揺らぐ感覚だけがオレに「それでよかったのか」と問いかける。
もし救えるのであれば、全てを掬いたい。
否、掬わなければならない。
それは、オレが親友の死を受けて立てた誓いだ。
なら、何をもって「救える」とする。
誰であれば、救わなくても構わない?
それは、オレが決めてよいものなのか?
無実に、無邪気に、生を謳歌する民衆を全て、この不条理から掬いたいと願うのは傲慢か?
そんな自問自答はオレを揺らす。
ただでさえ濃い霧が、さらに深くなる。
辛うじて出ていた日明かりでさえ、その姿が雲に隠れていく。
「お兄さん?」
ぼんやりとしていたオレを、ソフィアの澄んだ声が現実に引き戻す。
気付けば、城砦の廊下は終わり、城の中腹と思しきところに来ていた。
どうやら、ここで演説を行い、民衆に真実を曝すらしい。
「あまりぼーっとしてると危ないですよ?」
そう言うと、ソフィアはオレの手をしっかりと握る。
「ぶつかったり転んだりしたら大変ですからね」
「あ、ああ」
まただ。
温かい手が残酷にオレを繋ぎとめる。
優しさが、向けられる好意が、オレに凄惨な現実を突きつける。
このまま、霧にまぎれてしまえればどれだけ楽だろうか。
だが、彼女たちはそれを許さない。
楔が、音を鳴らして、哂う。
「――――皆、聞いて欲しいッ!!」
国王の、岩をも割らんとする轟声が城に木霊した。
どうやら拡声器らしき魔法道具があるらしく、町全体に声が聞こえているようだ。
「……此度の獣人による武装蜂起、それは――――」
粛々と、ただし起伏を込めて伝える。
「――――南部連合首長、ギルタール・ゲッコーの首謀によるものであったッ!」
バルコニーからせり出すような形で、ギルタールのボロボロの身体を民衆に突きつける。
オレのいる位置からでは角度で見えないが、きっと多くの民衆がその姿に悲鳴を上げているだろう。
「私は彼奴に打倒され、何一つ自由を許されることなく、監禁されていた」
一言一言、かみ締めるように告げる国王の拳は、強く握られている。
彼への恨みが深いのだろうと勘ぐるも、どういうわけか国王の顔は悲壮に満ち溢れていた。
「今回、我が娘バレッタと、その師である人間、そして娘の友人たちによって、私は救い出されたッ!」
獣人であるバレッタと、人間であるオレが手を取り合い助け合ったことを強調する。
獣人、人間間の不和を少しでも減らすためだ。
「だが、ギルタールは気を失う前に、千にも及ぶ魔物の軍勢を呼び寄せたッ! もうじき、このラグランジェを襲うだろう!」
全員の耳に、これから起こるであろう災害の存在を告げる。
それは悲劇の宣告であり、当然民衆は耳を疑うだろう。そして、ありえないと受け入れないはずだ。
「信じられないかもしれないが、これは事実だ!! 今、この国は存亡をかけた災害に見舞われようとしている! しかし、今こそ、手を取り合うときではないか!? 人間と獣人、その垣根を超え、この国の一人として!家族と友人を守る一人の戦士として! 共に背中を預け、戦うときではないのかッ!!!?」
溝を無くせとは言わない。
無条件に相手を愛せとは言えない。
ただ、国の危機を前に、背を預けあい、手を取り合う。
今こそ、そのときなのだと国王は力説する。
「武器をとり、理不尽な暴力を蹴散らせッ! ラグランジェの誇り有る民の一員としてッ!!」
民衆を扇動する言葉を最後に、国王は演説を締めくくる。
その圧倒的なまでの迫力と、見る者を惹きつける気迫は、まさに圧巻。
彼はやはり一国の王なのであると再確認させられる。
「……ふぅ。あぁ、緊張した……」
項垂れてバレッタに慰められる国王を見て、どちらが本当の姿なのか困惑する。
まあ、両方彼の本当の姿なのだろう。
父親としての顔、国王としての顔。
見事に住み分けと両立が出来ている。
「後は、軍と民衆に任せて撃退すりゃ終わりか……」
騒動の終結は目と鼻の先に見えている。
千の魔物に対しても、計画と作戦を練り、大多数で防衛に専念すれば勝利条件は満たせるはずだ。だが、それはあくまで獣人と共闘した場合のみに限る。
問題は、本当に獣人が協力をしてくれるか、だ。
獣人からしてみれば、城壁の南側に逃げてしまえば立てこもることが出来るため、わざわざ危地に飛び込む必要などありはしない。もし自分の利益だけを考えるのであれば、南北を通じる門を閉じ、魔物が北町を蹂躙し尽くして去っていくのを待てばいい。
人間と獣人の間の溝。
その体現者であり権化たる存在がギルタール・ゲッコーという男だ。
既に血まみれの身体で床に背を預ける男は、その深い怨恨と厭悪を共生する人間に向けていた。
いや、奴はそもそも共生しているなどと考えていなかったのかもしれない。突然やってきて自分たちに不快な思いをさせる羽虫程度にしか思っていなくても違和感は無い。
そんな男が生まれる環境で、幾ばくの獣人が協力してくれるというのか。
「ご報告しますッ!」
正装をした兵士が現われる。
顔には喜色が窺われ、悪い報せではないようだ。ただ、兵士は一人ではなく隣にはどこかで見たことのある獣人の姿があった。青い鬣が特徴的な狼の獣人だ。
「報告は二つ! 一つ、南部の獣人の協力を仰ぐことが出来ました!」
それは、オレの心配を杞憂だと笑う報せだ。
「一つ、クーデターに主立って関与していた者たちの身柄を拘束致しました! 首謀者を失い、クーデターの勢いは急速に減衰しています!」
どうやら、オレの思っていた以上に良心的な獣人は多かったらしい。
いや、それにしても少しばかし順調すぎじゃないか?
たとえ多数派がクーデターに関わっていないとしても、あの演説からすぐに協力に賛同するものか?
だが、オレ以外の者は特に疑問を思うでもなく、ゴルドラ国王に至っては驚きと感動をその相貌に色濃く宿している。
「おお! おぬしは、ヴルフェロイ殿!」
国王が声に喜色を交えて、目の前の青い狼の獣人に声をかけた。
ヴルフェロイ? はて、どこかで聞いたような……
「お久しぶりでございます、陛下。我らが誇り、ラグランジェ要塞の危急と聞きつけ、このサイ・ヴルフェロイ、微力ながらも参上いたした次第でございます」
一瞬だけこちらをちらりと見やるも、すぐに国王に向き直った。
サイ・ヴルフェロイ……こいつ……どこかで……
「南部連合の副首長だな」
オレの困惑を察したのか、バレッタ王子が耳元で教えてくれる。
南部連合の副首長……
ってことは、まず間違いなくギルタールの腹心なはずだが……
「……なぁ、何でこんな早く協力をとりつけられたんだ?」
オレの質問に兵士は再び笑顔を浮かべ、大きな声で告げた。
「南部連合副首長、サイ・ヴルフェロイ様はじめ、南部連合の幹部の皆様が他の獣人らにお声かけ下さったからです!」
「つまりは、南部連合のお偉いさんが獣人たちに協力するよう呼びかけた、と」
「はい! やはり、ヴルフェロイ様はお優しいお方です!」
南部連合の首長らに強い憧憬を抱いているのか、ギルタールの醜態も忘れて恍惚そうな表情を浮べる若い兵士。
サイはそれを見て、いやいやと手を振った。
「ワタシは何もしていません。ただ、南部連合の皆様にご協力を仰いだだけです。……ギルタール様の件は、ひどく残念です。同じ南部連合の副首長として、首長たる彼を止められなかった。自らの無能さに忸怩たる思いを隠せません」
そういうと彼は国王陛下に謝罪の意を示すべく、膝を床につけて深く頭を下げた。
「気にするな。……ギルタールは昔からそういうやつなのだ」
国王は、過ぎたことだと言わんばかりにサイに恩赦を与える。
目の前の光景を見て大きな違和感を覚えるが、口には出さない。ただ、サイ・ヴルフェロイという獣人の瞳の奥の光がゾッとするような輝きを帯びていると感じるのは、勘違いではないはずだ。
「もう行ってよいぞ」
ゴルドラ国王の一声に敬礼を返すと、兵士とサイは踵を返して駆けていった。
南部連合が人間を助ける?
その状況にオレは首を傾げる。
今回のクーデターは南部連合によって引き起こされたものじゃないのか? いや、正確には南部連合の幹部たちか……
南部連合は人間に対して好感を抱いていないはずだ。だから、ギルタールを首魁に立て、連合ぐるみで今回のクーデターを企てた。それはあのサイ・ヴルフェロイであろうと例外ではないはず。
それが今回の事件の筋書きのはずだ。
だが、実際はギルタールが倒され、クーデターは一瞬で鎮圧。サイ・ヴルフェロイという副首長の男が人間に協力的な姿勢を示している。しかも、まるでギルタールを止めるべきであったかのように振舞って。
もしかして、今回の一件はギルタールの独断専行だった?
他の南部連合の連中がクーデターに反対していたとしたらこの状況にも納得がいく。
だが、それでも矛盾は残る。
昨日のオレや凛が巻き込まれた暴動もどき。
あの時ギルタールが演説をしていた竜車には他にも南部連合の幹部と思しき男が複数いた。
思い出せ……ギルタールの最も近くにいた男を……
「国王様、一つ窺いたいことが。サイ・ヴルフェロイって、犬人族ですよね?」
「ああ、正確には彼は狼人族だが……」
やはりか。
ギルタールが人間に対する憎悪を煽る演説をしていたとき、確かに犬っぽい男が奴に同調していた。はっきりと視認はしていないが、まず間違いなくあれがサイ・ヴルフェロイだ。そして、民衆を焚きつけていた。そのせいでオレたちは暴行をされそうになり、辛くも逃げおおせたのだ。
だから、前提としてサイという男が親人間派だとは到底思えない。
なら、どうして協力を……
「まさか…………」
一つの仮説に行き当たりぞっとする。
「ん、どうしたんだ?」
バレッタが既に緊張の解けた表情でこちらを覗き込む。
だが、彼女のその素朴な表情に対して、オレの顔は酷く青ざめていただろう。
「いや、まさか、そんなリスクを……」
もし。もし、オレの予想が正しければ、それは絶望とこの上ない災禍を意味する。否、最低の災禍という意味ではこの下が無いと言うべきだろう。
「どうしたんだって!」
じれたバレッタが詰問する。
オレは乾いた唇を舐めて、声を絞り出した。
「もし、サイ・ヴルフェロイが、ギルタール以上の外道なら……」
今しがた見た狼男の底冷えするような目を、思い出す。
あの目は、決して、人間との友好など求めていない。
「人間に共闘を持ちかけて、魔物との戦闘中に――――」
――――裏切る。
ぽかん、と全員が口をあけて固まる。
オレだってありえないと思いたい。そんな下衆な考え。
国の危機さえも利用して、憎む相手を一掃するなど。
だが、人間への深い憎悪を見た今なら分かる。
可能性として十分にありえる。
「ま、待って。どういうこと?」
凛が詳しい説明を求める。
だが、彼女も既に分かっているはずだ。
「魔物の軍勢が北から攻めてきてるんだろ? なら、戦える人間を全部北の外壁に集めるはずだ。そこで、人間に協力をする振りをして、後ろから刺すなり町の外に締め出すなりすればいい。そうすりゃ、戦闘に借り出された人間は全滅。残ったのは非戦闘員の人間が少々だけ」
後は煮るなり焼くなり好きに出来る。
人間の主要戦力をほとんど削ぎ、かつ大量の人質を入手できる。
これほど濡れ手に粟な状況も無い。
残った人間全てを奴隷にすることも可能だろう。
つまりは、獣人だけが勝利し、人間が滅び行く結末が待っているわけだ。
「ま、待て。流石にそのようなこと……」
国王のためらいにオレは苦言を呈する。
「無い、といえますか? ギルタールの凶行を見たでしょう? 南部連合の奴らは今、ギルタールを失って自棄になっているはずです。そこで、サイとかいう男が一見の妙案を思いつく。そりゃ、中身を吟味なんてせずに実行に移すでしょうね」
あいつは、ギルタールを止める気なんてさらさら無かった。ギルタールが負けた今でさえ、国家の転覆を狼視眈々と狙っている。
嘆かわしげに額を壁に打ち付ける国王を一瞥して、すぐに目を瞑る。
まずい、まずい、まずい……ッ!
焦燥感に焦がれ、手が震える。
サイ・ヴルフェロイという男がこの案を思いついていないことを願うが、それはあまりに楽観的すぎる。わざわざこの場まで出向いてきて、国王の反応を窺ったのだ、奴は。そして、国王の好感触な反応を得て確信しただろう。まだ、勝ちの目があると。
オレが賭けるまでもなく、既にこの町の人間の命運は賭け卓上に載せられている。
そして、人間の敗北はそのままオレの敗北に繋がる。
周りが敵だらけ、孤立したこの環境で、まんまと逃げおおせることが出来るか?
転移魔法陣で、一旦退くか? 退いてどうする? バレッタやラインさん、国王を見捨てるのか?
当然、彼女らはここを離れようとしないはずだ。
それに、大量の人間の命が失われてからでは、ラグランジェの再興は不可能だ。完全に獣人のものになるだろう。いや、違う。南部連合の所有物になる。
オレが全てを救うには、結局、魔物の軍勢と南部連合を何とかするしかない。魔物の軍勢を倒すためには南部連合を含む獣人の協力が不可欠。だがその南部連合は裏切りが確定した敵……
考えろ。何か、何かあるはずだ。オレには考えるしか能がないんだろ? だったら、思考をまわせ。全ての可能性を探れ。最適解を導き出せ。考えろ――――
自らを煽り、思考を回す。
状況が、オレの首を真綿で締め付けるかのように、ゆっくりとオレを殺しに来る。
詰みの二文字が脳内を過ぎり、オレは頭を振った。
今まで忘却していた疲労が突如として押し寄せる。身体の感覚を徐々に鈍らせていき、手足がだるさを主張する。身体が鉛のようになりつつある。
諦観が脳を閉めようとする最中、思考がつながっていく。
一本のか細い糸が天上から垂れてくる。
身を預けるにはあまりに細く、脆い蜘蛛の糸だ。
だが、この地獄から抜け出すにはその糸に縋るしかない。
国王、バレッタ、ラインさん、凛、ソフィア、漏れなく全員が色濃い絶望を貌に刻む。
「……なぁ、一つ案があるんだが」
「ゆーくん……!」
途端、凛が希望と安堵に充ちた表情をしこちらを見つめる。
その期待の眼差しはまぶしく、余計にオレの身体の感覚を鈍らせた。
「成功するかは、賭けでしかない」
いつものことだ。
いつも、ギリギリの賭けに出るしかない。
さいころの出目が悪ければゲームオーバー。
どれだけ願おうとその事実だけは変わらない。
だから、オレは思い切って提案する。
「サイ・ヴルフェロイに、作戦を延々と遂行させよう」
その提案に、誰もが首をかしげ、オレは自らを鼓舞するために、不敵に口の端をゆがめた。
なんというか、絶望成分が足りない感じがしてます。
もう少し主人公が酷い目に遭うような展開を書きたいんですが、心が痛くてつい手を緩めてしまいますね。




