73、終わり無き演目
お久しぶりです。書き溜めてはいたものの改稿を重ねておりました。今回、ようやく一段落つきますね。
ドクン、とやけにうるさい心臓の一音がオレの鼓膜を叩いた。
思い出したかのように鳴り出したその音は、オレを安心させるように、定期的にリズムを刻む。
それは幼い頃に、母親が泣きじゃくる自分をあやして背中を叩いてくれたことを想起させた。
「がっはっ! げほっ、げほっ! げっほ!!」
無意識に咳き込み、喉の奥に溜まった血反吐を吐き出す。
反射的に治癒魔法を発動し、自分の体にかけ始めたところで、ようやく意識が判然としてきた。
酷い頭痛と倦怠感の中で、徐々に意識が取り戻されていく。
「ゆー、くん……」
「お兄さん……」
霞む視界の中で二人の少女が、心配と絶望の入り混じった顔でこちらを見つめている。
「……悪い、凛、ソフィア。ちと、気を失ってたらしい」
薄く笑って謝る。掠れた声ながらも、しっかりと伝わっただろう。
寸隙無く、二人が飛びついてきて思わず咳き込む。
「ぐはっ! ちょ、待て! 内蔵とか筋肉がやばいことになってて、あばらあたりにひびが入ってんだ! 抱きつかれると、痛たたたたた!!」
激痛ゆえ、目の端に涙を溜めるオレを放置して二人は抱きつくのをやめない。
「ゆーくん、ゆーくぅん……ひっく、えぐっ……よかったぁ……」
「ぐすっ、ひっく」
大号泣する二人の少女を前に、オレは両の手も動かせず、ただ神妙な顔を浮べるしかない。
「悪かったな。心配かけて」
「……いいよ。いい! ゆーくんが、今こうやっていてくれるならわたしはそれでいいから!!」
震えた声でオレの生還に歓喜する二人を見れば、オレもひた謝るしかない。
「いや、ほんと悪かった」
相当に心配をかけたらしい。
ただただなき続ける二人をなだめ続け、ようやく少し落ち着きを取り戻す。
「心臓が止まってたときはどうしようかと思いました……」
「げっ。マジで?」
「ホントだよ。もう、ソフィアちゃんから聞いたときは、死んじゃうかと思った……」
実際、心肺停止状態など臨死しているようなものだ。
自分が、死の瀬戸際にあったことにゾッとしつつも、生きていることに感謝する。
「じゃあ、二人が助けてくれたのか? 治癒魔法も無いのにどうやって……」
確か、あのメンツで治癒魔法を使えるのはいないはずだ。
それに、あたりを見れば治癒魔法が使えそうな者もいない。
「……あー、えっと、それはね?」
言いづらそうに目を逸らし、頬に朱を差した凛。
その赤は徐々に色を濃くし、気付けば顔が林檎に並ぶほどに真っ赤になっている。
「リンさんが、お兄さんにキスをして助けたんです!」
ソフィアが鼻息荒く、熱弁する。
「すごいですよね! そんなの物語の中でしか見たことありません!」
「凛、どういうことだ?」
「え、い、い、いや、あ、あの、え、あう……」
しどろもどろすぎんだろ……
真っ赤になって目をグルグルと回す凛に苦笑を漏らす。
「心肺蘇生してくれたのか?」
「うぇ!? あ、ひゃい……」
ここまでこいつがうろたえるのも珍しい。
「まあ、助かった。人工呼吸だろ? ソフィアの言ったキスってのは」
ソフィアおよび凛の反応から彼女がオレに施した処置を推測する。
「う、うん……ご、ごめんね、勝手に……」
しゅんと眉尻を下げる彼女にオレは笑った。
どうやら、間違っていないらしい。
「いや、むしろ、こっちが申し訳ないまである。オレなんぞにわざわざ口をつけるとか、嫌だったろ?」
少なくとも、オレが女子だったらオレと唇を重ねたいとは思わん。
いや、逆にそう思う奴がいたらナルシスト過ぎるとは思うが……
「そ、そんなことないよ!」
勢いのあまり立ち上がって宣言する凛にオレはぽかんと口を開く。
自分の発言を思い返して恥ずかしくなったのか、凛は「うにゅー」と珍妙な声を発しながら声を潜めた。
「その、わたしは、むしろ、えっと……嬉しいぐらい、だから」
消え入りそうな声で言う凛の声は、判然としない。
だから、彼女が言ったであろう言葉を推測することを放棄し、オレは話題を換えた。
「まあ、何はともあれ、感謝する。……それで、ギルタールはどうなった? バレッタ王子にラインさん、それに国王は?」
「ギルタールは、今倒れてて、ラインさんと国王様は気絶してる。バレッタちゃんがあっちで見てるよ」
「バレッタ、ちゃん?」
「あ、違う違う! バレッタ君だ……えへへ」
にへら、と浮べた笑みは何かを誤魔化す表情だ。
だが、まあ重要なことではないのだろうと、重い腰を上げる。
「……とりあえず、みんなのところへ向かおう。治療も必要だろうしな」
身体を起こしたオレを、二人がいたわしげに見てくる。
「ああ、もう治癒魔法で大体治したから、オレは大丈夫だ」
「ほ、ほんと?」
「本当だっての。むしろ、お前らは大丈夫か?」
「私たちは大丈夫ですけど……」
まだ疑う二人にやや粗暴に「行くぞ」と声をかける。
そのまま彼女らを引き連れて、オレはバレッタ王子の下へと向かう。体に治癒魔法をかけながらゆっくりと進むが、その道のりの長さに嫌な汗が垂れる。ざっと数十メートル吹き飛ばされて、生きていたことに感謝するべきだろう。
「大丈夫か? バレッタ王子」
倒れ伏すラインさんの側で膝を抱えて座るバレッタ王子に声をかける。
髪は乱れ、いつも着ていたローブもボロボロに切り裂かれていた。彼の肌が露になり、その華奢な身体には小さな切り傷も刻まれている。満身創痍、その一言が相応しいと言わざるを得ない痛ましい姿だ。
そして、うつぶせに倒れるギルタールの姿を認める。
どうやら、オレに一撃を食わせてくたばったか、バレッタ王子たちがしとめたらしい。
オレの姿を見たバレッタ王子は、ほっと安堵するのも束の間、罰の悪そうに目を背けた。
「どうした?」
「あ、いや、その……ごめん」
突然の謝罪に首を傾げるも、すぐに得心に至る。
恐らく、オレを危険に巻き込み、怪我をさせてしまったことを後悔しているのだろう。
彼の元に近づき、ラインさんの治療を始める。
オレの接近に何を驚いたのか、彼が引きつった表情で肩を跳ねさせるが、オレがラインさんに治癒魔法をかけ始めると、ほっと息を漏らした。
「騙すつもりは、無かったんだ」
「いや、まあ……流石に、驚きはしたけど。予想できてなかったオレも問題だったしな」
本来、この作戦はギルタールとの戦闘などはせず、地下にいるはずの国王を救出するところまでで終わりだった。だが、バレッタ王子がつかまされた偽の情報により、オレたちはギルタールと死闘を繰り広げる羽目になったわけだ。
それは仕方が無い。
「そんなことない! その、幻滅、したか?」
不安げに問うバレッタ王子。
オレは、笑って首を振る。
「いや、特に幻滅する要素は無いと思うが……こんな状況でよくやったと思うよ。お前は」
そう言って頭に手を伸ばす。
再び驚きに身体を強張らせるが、オレが頭をなでてやると、バレッタ王子はそれに従った。
「……師匠の手は、温かいな」
「そうか?平熱は36度ジャストで人より低めぐらいなんだが」
「なんだよ、それ」
そう言うとバレッタ王子は笑った。
無邪気な表情だ。
「でも、改めて謝っとく。ごめん。おれが女だって黙ってて……」
「いや、だから気にすんなって言ってんだろ」
そう、こいつが何も気にする必要は無い。今回の一件はお互いの利益を考え………………ん?
「……すまん。バレッタ王子。もう一度言ってくれ」
「ごめん、黙ってて……」
「何を黙ってたって?」
「俺が、女だってこと……」
「えっ、お前女だったのか?」
「……」
「……」
…………
「ええっ!?」
オレの口から絶叫にも等しい驚愕の声が漏れる。
いや、だって、えぇ!?
今しがたの会話を思い返し、得心する。
そうか……騙しただの何のって全部、こいつが女だったことを言ってたのか……てっきりオレは今回の作戦のことかと……
ようやく理解に至るも、そんな前ぶりとかフラグが何も無かったことに悪態をつく。いや、普通男子の振りをしてる女子ってこう、一目で分かりやすいものじゃないの? 明らかに女子っぽい素振りしてるとか、ボディタッチに反応するとか……こいつ、一切そういうの無かったじゃん……伏線も無いとか現実ってクソだな!
そこまで考えて、そういや一度もフードを脱いだことが無いな、とか体の線がまったく見えないローブ着てたな、とか凛がついさっき「バレッタちゃん」って呼んでたな、とか様々な記憶が蘇ってくる。いや、でも、そんなんで気づくわけ無いだろ!
オレのそんな反応にバレッタ王子は唖然とした表情を浮べている。
「ま、まさか、師匠……気付いて、無かった?」
「全く」
「う、うわぁあああああ!!」
今度はバレッタ王子が羞恥にのた打ち回った。
「お、落ち着け!そういうこともあるって!」
「き、気付いてると思ったから、しっかり自分の口で打ち明けて、謝ろうと思ったのにぃ! な、何で気付いて無いんだよ!?」
「んなこと言われても困るわ! だって、お前自分のこと『おれ』って呼んでるし!ラインさんもなんか王子みたいに扱ってるし!」
「それは、ラインにも女だってことがばれないようにしてくれって頼んでたからだよ!」
「じゃあ、気付かなくても仕方ないだろうが!?」
「でも、だって、おれの今の格好見てくれよ! 長い髪だってローブで隠れてないし、身体だって……」
そう言いかけて、彼……もとい彼女は、自分が何を言おうとしたかに気付き顔を一瞬で真っ赤にさせた。
「こ、こっち見ないでくれ!」
「いや、どっちだよ!?」
「だって、隠してた長髪とか、体型とかだって見えちゃってるし……」
「……すまん。正直言って、それを見ても男子だとしか思わなかった」
オレの言葉に絶句するバレッタ王子。
いや、王女か?
だが、すぐに凛に思い切り叩かれ、オレは情けない声を上げた。
ぎゃーぎゃーと騒いでいると、治癒魔法をかけていた左手が掴まれる。見れば、ラインさんが意識を取り戻している。
「あ、ラインさん」
「……………気付いてしまわれましたか」
目を醒ましたことにほっと息をつくと、彼女はいつものように無表情に告げた。
「バレッタ様の秘密に気付かれたからには、ただでは帰せません」
「え、ラインさん!?」
急いで左手を振り払おうとするが、彼女の握力の前にはびくともしない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話し合えば分かる!」
嫌な汗がじんわりと額を伝い、うろたえるオレの左手がぱっと放される。
「まあ、冗談でございますが」
「ラインさぁああああん!!」
真顔で冗談言うなよ! 分かりづらいよ!!
ラインさんに口止めとして殺されるんじゃねーかぐらいに思っていたオレは、バクバクと鳴る心臓を押さえるのに必死だった。
「申し訳ありません……皆様の緊張を少しでも解こうと思ったのですが……」
「それにしてはオレの心臓に悪いドッキリだったけどね!?」
「……何はともあれ、本当に、有難うございます」
そう言うと、ラインさんはその場に膝をつき、そして頭を額につけた。
唐突な謝意に、気の利いた答えも返せない。
「皆様には、バレッタ様がお世話になるだけでなく、この国の危機もお救い頂きました。なんと、お礼を申し上げてよろしいのやら……当然、私は一介の従者に過ぎません。ですから、これはこの国を代表して、などと大層なものではございません」
流々と、しかし切々と語る彼女の言葉にオレは耳を傾ける。
「このラグランジェの一員として、深くお礼を申し上げさせていただいていると、ご理解ください」
その言葉にバレッタ王子も続いた。
「師匠。それにリンさん、そしてソフィア。本当に、ありがとう」
こちらは年相応に、けれども誠意を持って頭を下げる。
謙遜を述べようとして憚られる。彼らの感謝の念、そして真摯な思いに謙遜で答えるのはただただ無礼に過ぎない。
ってか、そうか……バレッタ王子、もといバレッタ王女は女の子だったのか……
「……なんか、思い返すとバレッタ王子……もといバレッタ王女のことを、男として雑に扱ってた気がする……」
仮にも一国の王女を男のように扱うとか、これ処刑されても文句言えなさそう。
「いや、その方が俺としては気が楽だったから全然いいんだ。それに、何だかんだ言って師匠は優しかったし」
照れ気味に話す彼女の表情は、なるほど言われて見れば少女のものだ。
いや、でも、男だって言われたら男だと思うじゃん?
そんな風に自己正当化をしていると、バレッタ王女が言った。
「それで、その、バレッタ王女って一々言うのは面倒だろ?」
「いや、別に」
「だから、バレッタでいいよ」
「いや、だから……」
「面倒でございますよね?」
「はい、面倒です! バレッタって呼ばせてください!!」
ラインさんの一言で簡単に従容してしまう情けなさ。
いや、だってこの人恐いし。一回、投げられたことあるし。
「んで、とりあえず、国王陛下も治療をしないと……」
逃げるように国王の下へ向かい、彼に治癒魔法をかける。
そのまま自分のステータスを表示して、息を呑む。
十一優斗 17歳男
HP198/350 MP1290/68220
膂力43 体力62 耐久37 敏捷92 魔力21720 賢性???
スキル
持ち物 賢者の加護 ??? 隠密4.0 魔法構築力7.9
魔力感知4.4 魔法構築効率5.9 MP回復速度4.6 多重展開4.0 術法1.4
煽動2.4 鍛冶2.3 悪運
MPが尽きかけている。
恐らく、国王の治療を終えれば、ほとんどすっからかんになるだろう。
どれだけギリギリの状況に自分があったかに気付き、今になって恐怖が背筋を這い上がる。
オレのMPはかなり量があるはずだが、これからもMPが無尽蔵にあるとは思わないほうがいいだろう。
国王の治療を終え、残りMPが800を切ったところで、オレは『魔力感知』がごく僅かな魔力の動きを感じる。
それはギルタールから発されていた。
まさかと奴の身体を見ると、ふとギルタールの身体の違和感に気付く。
右手が、不自然に口元に置いてある。
先ほどと、体勢が違う……?
まさか――――
「みんな、気をつけろ! ギルタールにまだ意識があるッ!!」
オレの声に、跳ねるように構えをとる面々。
凛の身体能力を以ってすれば、ここまで弱ったギルタールなら問題は無いと信じたい、が……
彼女だけに頼るのは恐い。
そう思い、『持ち物』から、『直剣ハクア』を取り出す。
魔法使いであるオレにとって近接武器たる剣は、最終手段だ。オレの腕前では、さすがの業物も無いよりはあったほうがマシ、という程度のお守りに過ぎない。
MPがさっさと回復してくれないとまずいぞ……もう一戦とか洒落にならねぇ。
「ひゅう……ひゅう……」
耳を立てると、ギルタールの喉から空気が空回りする音が聞こえる。
彼の胸に空いた穴を見るに、どうやら肺をやられたらしい。
身体中の傷に、肺の損傷。まず動ける身体じゃないはずだ……
カラン、と彼の右手から何かが落ちる。
それは、濃い蒼紫色をしており、湾曲した角のようなものだ。
いや、違う……
「笛……?」
奴の手からこぼれた小さな角笛を見てオレは首を傾げるしかない。
奴は笛を吹いていた? オレの耳には何も聞こえなかったが……
他の誰かが聞いていないかと見渡すも、誰も聞こえていないらしい。
そして、そのままギルタールからは規則的な呼吸音だけが聞こえる。
「おい、ギルタール!!」
だが、オレの声にも返事はただの呼吸音だけだ。
……どうやら、意識を失ったらしい。
奴の行動から考えられる様々な状況を推測していく。
だが、情報が少なさ過ぎて中々答えを得られそうに無い。
奴が笛を吹いた理由から考えるか?
アプローチを変え、思考をまわす。
奴が、笛を吹いたのは何故か。
それは、自分の利になるからだ。
では、ギルタールにとっての利とは何か。
それは、人間が敗北し、蹂躙され、獣人が勝利することだ。
助けを呼んだ?
仲間にしか聞こえない笛の音だった?
そんなものが存在し得るのか?
いや、その疑問は意味を為さないだろう。
オレの現代知識で存在の有無について答えを出すのは危険だ。
仲間を呼んだとしたらどうすれば……
ひた回る思考を他所に、沈んだままの答えはその姿を現してはくれない。
そうやって考えあぐねていると、すぐにガチャガチャと鎧が揺れる音が廊下の奥から聞こえてくる。
「やっぱり仲間を呼んだのか……!」
「どうする? ゆーくん」
「参ったな……後ろは瓦礫で埋まってるし、この一本道じゃ、隠れる場所も無いぞ……」
魔力も心もとない。こちらは相当消耗している。
獣人相手に戦えるのか……?
不安を表情に出すことなく、ソフィアとバレッタにできるだけ後ろに下がっているように指示を出す。
手の中の直剣をしまい、『持ち物』から銃を取り出す。
二丁あるうちのハンドガンタイプのほうだ。
一発撃つのにも40~50ほどMPが必要なため、あまり多用はできない。
撃てて20発ってところか。
治癒魔法の分も残しておくことを考えれば、撃てる弾数はもっと少ない。
想定以上に追い詰められている状況だ。
本来であれば、もう少し少ない手でギルタールに詰みを突きつけられるはずだったのだが。想定外の「出費」が嵩んでしまった。
「な、何だこれはッ!」
走ってきた獣人の二人組。鎧に身をまとう彼らが兵士であることは一目瞭然。その片方が惨状を見て声を上げた。
すぐに倒れ伏すギルタールに気付きその表情を剣呑なものに変える。
「貴様らッ! 何者だ!」
こちらを見咎め、警戒も露に怒声を飛ばす二名の獣人。
その視線は弛みなくこちらを見据え、否、睨みつけていた。
「通りすがりの一般人なんで、見逃してくれるとありがたいんだが」
「おのれッ……」
臨戦態勢に入ってしまった獣人を見て、オレはため息を漏らす。
凛もラインさんも戦闘の準備は出来ている。
一触即発。
触れれば発火するその状況で、馴染みない低い声が状況を割った。
「――――剣を収めよ、ファルッド」
「こ、国王様!?」
低い声の主は、他ならぬゴルドラ国王。
意識を取り戻したようだ。
上体を辛うじて起こし、獣人の兵士にもう一度声をかける。
「し、しかし、この者たちは……」
「聞こえなかったのか? この国を救ってくれた者たちに剣を向けることが許されると思っているのか、ファルッド!」
温厚そうな国王とは思えぬ、一喝。
ファルッドと呼ばれた獣人は、急いで剣をしまい直立不動でその場に立ち、敬意を示す。
どういうことだ? こいつらはギルタールの私兵じゃないのか?
オレの疑問を置き去りに、バレッタが国王に駆け寄った。
「父さん!」
意識を取り戻した国王にバレッタが飛びつく。
「おお、おお! バレッタ! 無事だったか! クーデターが起きたとき、お主だけがおらぬで、本当に心配したぞぉ!」
先ほどまで王としての威厳を見せていたかと思えば、娘の前ではでれでれと情けない。
見ていて面白い人だ。
「……家族水入らずのとこ申し訳ないんですけど、ちょっとご説明いただいても?」
オレの声に、国王はこちらに視線を向けた。
「トイチ殿! ……状況を察するに、お主が私を、そしてバレッタを助けてくれたのだな?」
「あー、まあ、成り行きで」
実際、成り行きなのでなんとも言いがたい。
苦笑交じりに頬をかくオレを、ゴルドラ国王はなんともいえない優しい笑顔を浮べて言った。
「本当に、ありがとう。これは、この国の国王としての礼であるとともに、この子の父親として、そして私一個人としての礼だ」
そう言って、彼は頭を下げる。
一国の王が頭を下げたことに、オレ、バレッタ、そして獣人の兵士が顔を青ざめさせるが、ゴルドラ国王はそんなことも気にせずに、笑みを浮べた。
「さてと。ファルッド。これで分かったな。近衛隊長ともあろうお前が、剣を向ける相手を間違えるな」
「も、申し訳ありません……国王様、ご無事で嬉しく思います」
そう言うとファルッドは恭しく頭を下げた。
彼の隣にいた獣人もそれに続いた。
「えっと、近衛隊長ってことは、この国の兵士の隊長……つまりは、国王様の味方ってことでいいんですよね?」
「ああ……先ほどは剣を向けてすまなかった。国王様が倒れ伏していたので、てっきりギルタールの仲間かと思ってな……すまない」
そう言うと近衛隊長は深く頭を下げた。
「いや、謝らないでください。オレも、あなたのこと、ギルタールの仲間だと思ってたんで。お互い様です」
「そうか……それは、かたじけない」
「ファルッド。お主は、何故ここに来たのだ? ギルタールの奴がここに近づけさせるとは思えんが……」
「そ、そうでした! なにやら、上階の方で轟音が鳴り響いたのを聞きつけまして……詰め所から急いで参ったのです」
「轟音……?」
そう首をかしげてゴルドラ国王が後ろを振り向くと、そこには瓦礫の山が。
あっ。
「お、王の間が……」
「国王様、これには深い理由がありまして。そう、やむをえないことだったんです。目的達成のための必要な犠牲、コラテラルダメージなんです!」
国王は、オレの言い訳を聞くと、左様か、と平静を取り戻したように見せかけるが、その実、冷や汗を垂らしており、割とショックがでかいらしい。
後で怒られないかな、大丈夫だよね?
国王がそのまま自分の背後に倒れていたギルタールに視線を向ける。
「っ……ギルタール……!! トイチ殿が、倒したのか?」
「……いや、倒したのはオレじゃないです」
オレは気絶していただけだ。倒したのは残っていた凛たちだ。
「……まあ、ギルタールもぶっ倒して、国王を助けられたから、これで本当の本当にミッションクリアか」
何か引っかかるものを覚えつつもとりあえずは納得する。
国王が直々に兵を率いて動けば、クーデターも沈静化されるはずだ。
加えて、首謀者たるギルタールが討伐されたのがでかい。獣人側の気勢は大幅にそがれる。
「た、大変です!」
だが、そのまま全てが上手くいくほど、物事は甘くは出来ていなかった。
再び兵士が走ってくる。
兵士は軽装で、連絡係だと一目で分かる。
そいつは倒れ伏すギルタールを見て一瞬怯み、そのまま逃げ去ろうとする。
だが、
「ワシの名を以って、命ずる。状況を報告せよ」
国王の命令を受ければ流石に、そのまま背を向けてとんずらというわけにはいかない。連絡係は渋々国王の前に戻り、頬を引きつらせながら報告をした。
「ご、ご報告します……ラグランジェの北側の草原から、大量の魔物が到来していることが確認されました。その数は目測1000……」
「千!?」
複数の驚愕の声が重なる。
「は、はい……徒党を組んだかのように一直線にこちらを目指しており、10分以内に到達する見込みです……」
「何ということだ……」
国王が嘆かわしげに額に手を当てる。
総勢1000の魔物……
想像をするだけでもゾッとする。
それは視界を埋め尽くすほどの大軍だ。
圧倒的な物量の前に、圧殺をされる未来だけが鮮明に思い浮かぶ。
「……なんで急にそんな……」
そんな量の魔物など、自然発生で訪れるものじゃない。しかも、全員がこちらに向けて進軍してくるなど、魔物の行動ルーチンとしてありえない。だから、自然発生としては間違いなくおかしい。
オレたちがこの街に来たときだってそうだ。どうして魔物がこの街を大群で目指していた。こんな巨大な要塞に、わざわざ。明らかに自然的な営みじゃない。
……待てよ。自然発生じゃ、ない?
「まさか、こいつ……!」
ギルタールの横に落ちている笛を拾い上げる。
「どうしたの、ゆーくん?」
推測だ。ああ、推測に過ぎない。
だが、もし、だ。
もし、この笛が魔物を大量に呼び寄せる代物だとしたら。
あいつが最後の力を振り絞って残してった置き土産は。
「誰か、この笛が何か知らないか? 例えば、魔物を引き寄せられるとか……」
震える声でそう問うも、全員が首を振る。
だが、ゴルドラ国王だけは何かを考えるようにして、言葉を零した。
「そういえば、先日、トイチ殿が魔物の群れを撃退したとき……ギルタールは魔物の襲撃を予め分かっていたかのような素振りを見せていた。もし、その笛が本当に魔物を引き寄せるものであれば……」
国王はその先の言葉を言わなかった。
彼の情報を聞いて絶望する。
オレの推測に間違いが無いことに。
そして、ギルタールが残していった、最低最悪の置き土産に。
「くそっ……」
オレの吐き出すような悪態に、全員がその表情を強張らせる。
「街が……滅ぶぞ……!」
絞るように出した声は弱弱しく、けれども鮮烈にその場の皆の耳朶を揺らした。
一段落ついたので次行きましょう。




