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7、勇者君と王女様

まだ弱い

4、勇者君と王女様


 それからオレは、訓練の合間を縫って魔法の強化をし続けた。いや、訓練の最中ですら隠れて魔法を鍛え上げた。

 図書館の本にも書いてあったのだが、魔法は当人のイメージが重要らしく、元からそういった妄想想像の類が大得意なオレには、魔法と言う分野が最適と言っても過言では無かった。

 

 魔法の勉強をきっかけに、毎日のようにオレは図書館に通い続けた。様々な知識をむさぼるためだ。

 一通り魔法の書を読み終えたオレは、この世界の地理や歴史、風習、数学、経済、政治など多種多様なトピックを読み漁り、知識を備えた。

 ついには司書代理の例のばーさんから、図書館の合鍵まで借りる始末。まさに本の虫といった様相だ。四六時中本にかじりついていることもままある。


 そして、何より自分で驚いているのが、読んだ本の内容を全て暗記しているということだ。速読に加え、この記憶能力。これがオレが与えられたチート能力で間違いないだろう。元の世界でも、記憶力は良いほうだったが、この世界でさらに磨きがかかっている。それこそ人外と呼べるほどに。


「優斗はいつも図書館に行ってるね」


 剣術の訓練中、春樹が声をかけてくる。


「まあな、色々と読んでると面白いぜ。文化の違いとか」


 そう返事をしながら、訓練用の剣を春樹に振る。

 春樹もそれを受け止めつつ答えた。

 小気味の良い金属音とともに、飛び交う言葉がリズムを刻む。


「僕も、行ってみようかなぁ……」


 独り言に近い調子で述べられた春樹の言葉にオレは、


「いいんじゃないか? まあ、本が好きな奴なら楽しいと思う」


 と適当な相槌を打つ。

 キーン、キーンと剣が打ちあわされる音が耳を叩く。

 最初は重いと感じていた剣も、こう毎日振るっていると慣れてくるのだから不思議なものだ。やはり、人間の順応能力というものは計り知れない。


「本は好きだよ。ラノベばっかり読んでた気もするけど」


 春樹はそう言いつつ、毒の無い笑みを浮べる。

 答えるようにオレも苦笑を浮べた。


「生憎だな。オレも似たようなもんだ」


「今度、案内してよ」


「オフコース。まあ、ただの図書館だからアトラクション性には欠いてるがな」


 春樹は俗に言うオタクだったらしく、サブカル全般が趣味のオレとは非常に話が合う。先日などは、話が盛り上がりすぎて訓練に遅刻してしまったほどだ。そのときは、あいもかわらず周囲から嘲笑を受けたものだが。

 苦い記憶を振り払うようにして春樹に鉄の塊を振り下ろす。

 ガキィン! と今日一番の音が鳴った。


「じゃあ、今日にでも行くか?」


「今日は……」


 そう言うと春樹は手に持った剣をだらんと下に下げた。

 その様子を見てオレも構えを解く。


「今日は、ダメだ……ごめん……」


 急に春樹の顔が曇る。


「…………また、あいつらか?」


 オレの問いかけに春樹は一瞬だけ逡巡した様子を見せたがコクリと頷いた。


「……うん。一緒に街に行こうって……」


 『あいつら』とは、春樹によく絡んでくるチャラ男三人組だ。

 名前は、東条、柏木、入山だったはず。リーダー格の東条を筆頭に、ことあるごとに春樹に絡んでは嫌がらせをしている。


 まあ、完全にイジメだな。異世界でもあるのかよイジメ。イジメ、ダメ絶対。

 彼らは街に春樹を連れ出して「ほら、訓練だ」とか言ってニヤニヤしながら荷物持ちをさせている。

 その精神の醜悪さたるや、筆舌に尽くしがたい。


「イヤなら、イヤって言えよ?」


「うん。でも、なんか断るのも悪いし……」


 オレの厳しい声音にも春樹の歯切れは悪い。


「いや、お前なぁ……それ、完全にいじめられてるからな?」


「それは……ううん、でも……やっぱり断れないよ……」


「オレから言おうか? もしかしたら――――」


「ううん、大丈夫だから! ぼくは楽しいから! 優斗は何も心配しなくていいよ!」


 そう言いながら笑顔を作る春樹。

 バカやろう……作り笑いするならもうちょい上手くやれよ……


 ここ一週間ほどで春樹とはかなり距離を縮められたと思う。

 それゆえ、彼の性格も分かってきた。


 春樹は優しすぎる性格から、絡んでくる東条たちを邪険に扱うことができない。春樹は聡明だ。当然、自分はイジメられていると気付いている。それにも関わらず春樹は彼らと一緒にいようとする。それも、「彼らに悪いから」というあくまでイジメっ子たち本位の論理でだ。東条たちもそれに付け込んで粘着質に嫌がらせをしている。


 胸糞が悪い。


 だが、オレが言っても何か変わるわけでもない。ただ見ていることしかできない自分の無力さにも辟易しては歯噛みする。


「そこまでっ! 今日の訓練は終わりだっ!」


「「ありがとうございましたー」」


 団長の終了の声に続き、いつものように少年少女の間延びした声が響く。その騒音とも呼ぶべき輪唱が、オレの仄暗い思考を断った。流石に50人ほどもいるとなると訓練後の騒がしさもひとしおだ。

 だがその喧騒に混じることなく、オレと春樹は気配を消して訓練場を後にする。これもいつも通りだ。

 気配を消すことを繰り返しすぎたせいで、つい昨日、スキル『隠密』を取得してしまった。こんな方法でスキルが手に入るとは思わなかったよ! なんか世知辛いこの世界!


「かーがーわくーん! 遊ぼうぜー!」


「ちょ、お前、言い方!」


「ぎゃはははは!」


 頭の悪そうな声が春樹を呼び止める。

 東条だ。後ろでは入江と柏木も汚い笑い声を上げている。 


「じゃあ、僕行くね」


 そう言いながら春樹は小さく手を振った。

 オレは何かを言おうとして、でも何も言うことが見当たらなかった。

 だから、


「…………ああ。ホントに、何かあったら必ずオレを頼れよ? できることは少ないが、相談ぐらいには乗れるし、一緒になって頭を悩ますことぐらいはできるはずだ」


 なんていう、昔どこかで聞いたような常套句(テンプレ)に頼ってしまう。


「……うん。ありがとう」


 オレのそんなくだらない文句にも、春樹は心の底から嬉しそうに笑ったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……さてと。オレもいつもどおり魔法の訓練をしますか」


 口にすることで無理矢理に感情と思考を切り替える。

 考えてもどうしようもないことは考えるだけ無駄だ。

 そう思い直して目の前の現状を把握する。

 否、思い直さなければ気付かなくていいことにまで気付いてしまいそうだった。


 初めて無詠唱の魔法を使った日から約一週間。現在のオレのステータスは、魔力に関してはあの頃と比べ物のならないレベルにまでなっていた。


十一優斗 男 17歳

HP30/30 MP230/230

膂力10 体力5 耐久10 敏捷20 魔力160 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密1.0


 魔力とMPはよく伸びているが、膂力とか体力がお察しだな。これ、日常生活で支障出るレベルじゃない? 大丈夫?


 まったくもって気味の悪いことに、相変わらず???の中身が明かされることは無い。そして、スキル『賢者の加護』の効果も全くの不明。団長に聞いてもさっぱり、図書館の本にもそれらしい記述は一切無しだ。つまり、プラススキルかマイナススキルかも分からないのだ。何だこのクソスキル。


 ちなみに、スキル『持ち物(インベントリ)』は、その名の通りアイテムを別空間に保管しておける能力だ。冒険者などで持っている人はちらほらいるらしいが、比較的レア度の高いスキルらしい。少なくとも、勇者勢の中で持っているのはオレだけだった。これはあれかい。神様が「お前には荷物持ちが相応しい」って言ってるのかい? ヘイ、ファッキンゴッド!


 などと会ったこともない神様に唾を吐いていると、いつもオレが魔法の訓練に使っている場所にたどりつく。


 騎士団寮宿舎棟の裏手にある広場。ここは背後に宿舎、前方には森があり、完全に他所からは死角となっているためまず見つからない。オレが何故こんな場所を見つけたかというと、たまたま迷っていたら辿りついてしまったのだ。なんというか、怪我の功名というか。


 とりあえず、無詠唱で魔法が使えるということは皆には隠してある。大ぴらに言うようなことでもないし、それが原因で目を付けられても面倒だからだ。それに、筆頭勇者に祭り上げられて魔族との戦争に駆り出されるとかまっぴらごめんだ。無力だって思われてれば、戦争に駆り出されずに済むだろうし。オレは死に急ぎたくない。


「じゃ、訓練始めますか」


 オレはいつも通り魔力を練り始める。魔力を練るという表現が正しいのかは分からないが、実際オレの感覚からするとそれが程近いのだから仕方が無い。


 手のひらの中に、火、水、土、風をイメージして魔法を構築していく。


 この世界の魔法は主に6つの属性に分かれており、火、水、土、風の基本4属性に光と闇を加えた6つを基本に様々な魔法が存在している。他にも一応、様々な属性があるらしいが、あまりに使用できるものが少ないため衰退してしまったそうだ。


 現在オレは、光と闇を除いた4属性全てを同じレベルで操ることができる。


 勇者たちの中でも4属性の魔法を使えるのは、数名ほどで、大抵は1~2属性しか使えないものが多い。加えて、4属性とも同じ程度まで使える者は皆無で、大抵は、1~2つの属性に得手不得手が偏っていた。某イケメン君は当然のように全属性使ってたけどな。


 そして、無詠唱のオレだからこそできることがあった。

 これだけは、誰にも真似できない。


「『火兎(フレイムラビット)』」


 そう呟いて、オレは兎の形をした火の玉を生成する。赤い兎を手から放つと、それはまるで本物の兎のように地面を飛びはね、やがて消える。兎の踏んだ跡が黒く燻って煙を上げている。


 これは、オリジナル魔法だ。


 基本的に魔法は、誰かが開発した既存のものを詠唱によって発現するという形だが、無詠唱の場合、魔法の威力、性質、形、色など様々な要素を自由に弄ることができる。

 つまり、どこぞのゲームのうたい文句みたいに「組み合わせは無限大!君だけのオリジナル魔法!」みたいなことができるってわけだ。うわ、すっごいクソゲー臭。

 ん? 無詠唱なのになんで魔法名を言う必要があったかって? その方がかっこいいからに決まってるだろ。オレの中の中二な心が疼きだして止まらない。


 そんなこんなでオレは魔力とMPを鍛えるとともに、使えそうな魔法の開発もしている。

 図書館で得た大量の魔法の知識に、オレが元から持っている現代科学の知識を融合すれば、魔法の構築や創造はそこまで難しくは無い。

 むしろ、逆に既存の魔法を詠唱で発現することができない。

 詠唱をしても、魔力がそれについていかないというかなんというか。表現しづらいが、おそらくオレの特性に合わないんだろう。だから、魔法訓練の最中は詠唱に合わせて、自分で似たような魔法を構築して上手く誤魔化している。周りと全く同じように作るのって結構難しいんだよなぁ。


 そんな思考を片手間に繰りつつも、順調に魔法の鍛錬は進み、火や水、風に土が現れては消えていく。

 突然に無から現れ、無へと消えていく。

 その現実ではありえないような物体の挙動が、魔法と言う存在そのものの異常性、埒外さを物語っている。


 魔法を使い始めてから間もなく、急激に体がだるくなるのを感じる。


「うぐ……MP切れた……」


 MP切れを起こしたオレは地面へと崩れ落ちる。

 MPが最低1以上あるときは、問題なく活動できるんだが、0になると急に体から力が抜ける。これは一体どういう理屈なんだろうか。突き詰めてみるのも面白いかもしれない。

 

 背中を地面に向け、仰向けに空を眺める。

 雲ひとつ無い快晴だ。小さな風が頬をなで、前髪を揺らす。

 漂う草木の香りは異世界でも何も変わらない。


 この一週間で分かったことはまだある。


 かねてからの疑問だった、MPと魔力の違いだ。

 どうやら魔力は、魔法の構築能力や威力、MPの回復力などに関係しているらしく、魔力が上がった今の方が複雑であったり、威力の高い魔法を構築しやすくなっている。MPは純粋に魔法を使ったときに消費されるスタミナのようなものとして考えていいだろう。


 つまり、一流の魔法使いたるにはMPと魔力の両方が必要なのだ。まあ、MPについてはオレ以外のやつは見えてないようなので決め付けることもできないが。


「中々MP回復しねーなぁ……」


 気だるい体を地面に預けながらぼやく。


 MPの回復は存外遅く、現状最大値まで回復するのに一晩かかる。寝ると回復速度が格段に上がるらしく、それゆえ、オレは時間を計算して寝る直前にちょうどMPが0になるようにして寝ている。残して寝るのはなんかもったいないじゃん? なんかソシャゲのスタミナみたいな概念になってきたな……

 微妙に嫌な生活感が顔を覗かせそうになったところで、頭を振ってどうしようもない思考を追い払う。


 そんな風に回復待ちの時間を怠惰に過ごしていると、しばらくして、


「……よっし、MP1になった」


 よっ、と勢いをつけて起き上がる。

 さてと、どうせ寝る直前まで魔法は使えないだろうし少し散歩にでも行きますかね。

 くぁあ、と小さく欠伸を漏らしながら、オレは騎士団寮内に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ん、なんだあれ?」


 騎士団寮周りを散策していると、やけに勇者たち(この表現が正しいかは分からないが、オレたちは全員『勇者』という扱いらしい)がざわめいていた。

 その妙な興奮と、好奇の混じった高揚に訝る。


「どうしたんだ?」


 たまたま近くにいるやつに話を聞く。


「ん? ああ、なんだ。十一か。いや、龍ヶ城が決闘申し込まれたんだってさ!」


「決闘……?」


 誰に?

 声に出したわけでもないのに、興奮した様子でそいつは言葉を続ける。


「そ。お相手は、なんとリアヴェルト王国の第四王女! リア・アストレア様だとよ!」


 んん?


「……王女が、龍ヶ城に決闘? 王女を賭けて、じゃなくてか?」


 当然とも取れるオレの疑問に、さらに興奮した様子でまくし立てる。


「俺も最初はそうだと思ったんだけど、どうやら王女と龍ヶ城の戦いらしい!」


「なんだそれ」


「分からん! これからやるらしいぜ!」


 まあ、どうせ暇だ。行ってみるか。

 MPも残っていないオレはいい暇つぶしになるだろうと訓練場に足を向けた。


 訓練場の入り口は野次馬たちでごったがえしていた。

ええい、入口をふさぐな! 「走らないでくださーい! なのは完売でーす!」みたいなふいんき(何故か変換できない)を感じる。

 え、混雑しすぎじゃない? 映画館のトイレかよ。


 そんなことを考えているとようやく人ごみの隙間から訓練場の中を窺い見ることができた。


「では、双方剣を構えて」


 ちょうどいいタイミングらしく、ブラント団長の音頭でまさに決闘が始まろうとしていた。

 渦中の御仁、絶世の美男子である龍ヶ城輝政は、困り顔で頬をかいている。その一挙手一投足に女子たちが黄色い悲鳴を上げて喜んでいる。彼は一体何ーズなんですかね。


 相対するリア王女は、その腰まで伸びる金髪をたなびかせながら、龍ヶ城を見据えていた。その構えに隙は感じられず、剣術の嗜みがあることが素人目にもうかがえる。


 その光景、状況自体がまず異常だが、それ以上に役者も異常だ。


 美丈夫たる龍ヶ城輝政は言うまでも無く、リア王女もそのつり目がちの目つきを含めて、オレの知る中では最高レベルの美女だった。目鼻立ちはくっきりとし、西洋人さながらの鋭い美しさを持ちながらも、まだあどけなさを残している。

 身長は170ばかりだろうか、スタイルもよくその佇まいからは王女の風格をかもし出している。意図せずしてみるものを魅了する。

 龍ヶ城と並ぶとなるほど、大変画になる。街中で見かけたら、多くの男性を振り向かせる美貌と背格好。肌は白く、玉のお肌とはよく言ったものだ。

 だが目つきは鋭く、近寄りがたい剣呑な雰囲気も感じる。少なくともオレだったら近づきたいとは思わないね。まあ、そんな心配も全く要らないだろうが。


 脇では王国騎士団の面々が、不安そうな顔で不測の事態に備えている。全力で止めようとしたけど、止めることができなかったから何とかして危険だけは避けたい、という彼らの心が読めた。わーい、僕も読心術ができるようになったよー、カリスマメンタリストでも目指そうかしら。

 そんな益体ない思考は、鋭い声に遮られた。


「始めッ!」


 決闘の開始を告げる団長の声が響くとともに、リア王女が一瞬で龍ヶ城に距離を詰める。


 縮地――――――――――――


 その言葉が頭を過ぎる。

 それほどに速く、速く、速く、そして、真っ直ぐな突進。


「っ――――」


 龍ヶ城は一瞬驚きに顔を歪めるも、すぐに体勢を立て直し王女の剣を受ける。

 そんな龍ヶ城に息をつかせる暇も無く、リア王女は怒涛の剣撃を繰り出す。

 あまりに洗練された、鮮やかで、それでいて激しい剣技に流石の龍ヶ城も冷や汗をにじませている。一見、龍ヶ城の劣勢だ。


 まだ、決闘開始から数秒しか経っていない。


 だというのに、先ほどまで騒いでいた観客もシンと静まり、剣のぶつかり合う、否、奏でる音に耳を傾けている。はや既に、皆がその決闘に心を奪われていた。

 おいおい……剣の嗜みがあるってレベルじゃねーぞ……完全に龍ヶ城を押している。龍ヶ城のあのチートステータスを鑑みるに、この腕前は異常だ。

 龍ヶ城はブラント団長にも及ぶほどのチートステータスの持ち主だ。だが、あの王女様がそんなステータスを持っているとは思えない。


 つまりは、技量。


 完全な技術でジャイアントキリングを達成しようとしている。


 さすがの龍ヶ城も王女の力を理解したのか、難しい顔に小さく笑みを浮べた。


「……少々、見くびっていたようです王女様。ご無礼のほど、ご容赦ください。……僕も敬意を払って、全力でお相手させていただきます」


 そう言うと龍ヶ城は、防戦から一転、自らも攻撃をし始める。


 龍ヶ城とリア王女の互いの間を飛び交う斬撃。


 右肩に入ったと思うとありえない動きでそれをいなし、相手の腹を狙う。

 下段からの切り上げかと思えば、剣先を途中でずらしてそのまま横薙ぎにする。

 剣どうしの散らす火花に誰もが言葉を失い、固唾を呑んで勝負の行く末を見守っている。


 目で追うことすら許されない剣撃の応酬。


 剣舞という、演技がある。

 剣を用い、その体躯のしなやかさと剣の輝きを以って観衆を魅了する芸術だ。

 目の前の美しいとも呼べる光景は、そんな芸術を彷彿とさせた。


 ……だが、今目の前で行われているものはそんな生ぬるいものではない。


 全ての装飾を取り除き、全ての無駄を省き、全ての世界を置き去りにした絶対的強者たちのみの奏でる剣の協奏曲。

 これを真の芸術と呼ばずして、一体何を芸術と呼べば良いのか。

 耳に届く甲高い音は、心に深く詠嘆の思いを起こさせる。それほどの響く剣の音が、深く深くオレたちの心を刻み付けた。


 オレに剣の嗜みはない。 


 けれども、本能的に、その芸術を、少しでも長く見続けていたいと、聞き続けていたいと、そう、思った。


――――だが、そんな演奏会は長くは続かなかった。


「はぁ……その程度ですの?」


 呆れたような口調。

 完璧だった演奏に、雑音が混じる。


 その雑音を漏らしたのは、他でもない演奏者(リア王女)だ。


「なっ……」


 龍ヶ城が驚きに息を呑んだ次の瞬間。

 キィン、というひときわ高い音とともに、


 ――――龍ヶ城輝政の剣は宙を舞っていた。


 先ほどまでの剣の音が嘘だったかのように場は静まり返る。

 ヒュルヒュルと、宙に待った剣が空気を切る音だけが木霊している。


 場の誰もが、何が起こったのかを理解していなかった。

 

 意識を急激に現実に引き戻された感覚に、体が付いていかない。




 いくばくの時間が経っただろうか。

 永延のような瞬間を経て、飛んだ龍ヶ城の剣が再び甲高い音を出して地面に叩きつけられる。


 剣は数回跳ねた後、今は仕事を終えたと言わんばかりに地面に倒れ伏した。

 もちろん、その剣が戦意を示すことも、音を奏でることもない。


 それは、決闘の終幕を意味していた。


「――――わたくしの勝ちですわね」


 龍ヶ城の首元にリア王女の剣が突きつけられる。

 リア王女の顔は勝利を誇るでもなく、相手を見下すでもなく――――


 ただただ、残念そうだった。


 いともあっけなく、最優の勇者、龍ヶ城輝政の敗北が決した。



「……いや、参りました。お強いですね王女様。僕はまだまだだな……」


 そう笑いながら龍ヶ城はリア王女に握手を迫る。普通に言ったら嫌味に聞こえそうなセリフも、イケメンが言うと本当の賞賛に聞こえるのだからこの世界は不公平だ。

 女子であれば嬉々としてその手をとり、もしかしたら「今日はわたし手洗えない!」などとのたまいかねないシチュエーションだ。


 だが、


「申し訳ありません。握手は対等と認め合った方としかするつもりはありませんので」


 そう言うとリア王女は剣をブラント団長に渡し、龍ヶ城と握手をすることなく足早に去っていった。


 彼女の靴の音が完全に聞こえなくなり、呆気にとられていた聴衆が我に返る。


「な、何よ、彼女!」


 最初に耳に飛び込んできたのは、女子の罵声だった。

 野次馬の女子が声を荒げる。


「輝政君に向かって何なのあの態度!」


 周りの女子たちも口を揃えて、リア王女のことを責め立てる。いや、ホントに君らアイドルのおっかけかよ。おい龍ヶ城。お前のファンが暴走してるぞ、何とかしてやれ。

 リア王女への非難は徐々に勢いを増していく。それこそ、龍ヶ城の敗北など忘れてしまったかのようだ。


 もし、リア王女がこれを意図してあの態度をとったのだとしたら……


「いや、考えすぎか」


 王女だから傲慢。特に違和感のある設定ではない。

 そこに無理に意味を見出す価値も無い。


 にしても、王女様めちゃくちゃ強かったな。チートの塊たる龍ヶ城を打ち倒すとは。ってか、なんで王女があんなに強いの? この国あれかな、世紀末だったりするのかな。


 ま、何はともあれ面白いもんが見れた。この世界にもあれぐらいの強者がいるのか。やはり、鍛錬していない段階だと、あのレベルには勝てないようだ。


 第四王女リア様ねぇ……おっかなそうだし、近づかないようにしておこう。


 にしても、


「なんであいつら決闘してたんだ……?」


 その理由をそう遠くないうちに身をもって知るのだということは、まだ知り得ないのだった。

戦闘シーンが長く書けないです

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