68、動乱の幕開け
更新遅れて申し訳ありませんでした!
宿屋でのひと時は快適そのものだ。
妙なちんぴらに絡まれることも無ければ、王女に決闘をしかけられることも、幽霊に呪い殺されることも、ドラゴンと戦うことも無い。ましてや、獣人の暴動に巻き込まれることも。
至って平和に時間は流れている。
流れているべきなんだが……
「ソフィアちゃん! ちょっと、いくらなんでも図々しいんじゃないかな!?」
「いいじゃないですか別に。減るものじゃないですし」
甲高い声を上げる凛に、勝ち誇った笑みを浮べるソフィア。
問題は二人の位置だ。凛はオレの右腕をとり、ソフィアにいたってはオレの膝の上に座っている。先ほどから尻尾が首元をくすぐって非常にこそばゆいのだが、彼女らの他愛なくも苛烈な口論にそんな茶々を入れる間隙は無さそうだ。
「なぁ、お前ら……ベッドが四つあって、何で寝る場所で喧嘩になるんだ……? もし不満があるならオレだけ別の部屋で寝るけど」
「それはダメ!」
「それは許されません」
「どうしてなの……」
彼女らの争う理由はいたってシンプル。誰がオレと同じベッドで寝るか、だ。
いや、冷静に考えて4人部屋だから、ベッドが4つあるので足りないわけが無いのだが。ソフィアが、夜中にオレのベッドにもぐりこむようになったことから再び論争が勃発。彼女らの間でしょうもない火花が散らされることになったわけだ。
実にしょうもない。
つい先ほどまで、獣人たちの悪意に中てられていたというのに、それを忘れたかのごとく火花を散らす。
否、忘れたいのだろう。
くだらないやりとりを繰り返して、他愛ない諍いに興じることで、自分の中に引っかかる他人の悪意を取り除いてしまいたい。そんな願望が彼女らをより一層、幼稚にしている。だからこそ、場違いなほどに彼女たちはくだらない会話を繰り広げる。
「……お前ら、さっさと寝ろよ」
そう言い放つとオレは早々にソファに寝そべりそのまま彼女らに背を向ける。
背中になにやら不満げな視線が刺さるのを感じるが、オレはそれにだんまりを決め込む。悪いが、オレはそこまで器用には生きられない。向けられた悪意は胸中でゆっくりと消化するしかない。
やがてため息とともに蠢く音が聞こえ、明かりが消される。そのまま吐息だけが室内に満つ。
閉じたまぶたの裏で、バレッタ王子の言葉が蘇る。
『何も、出来なかった』
そう、彼は自嘲気味に笑った。
『もう、何も失わないために』
そう、彼は決意を固めた。
彼の姿は酷くダブる。誰に、とは言うまでもないだろう。
ただ違う点があるとすれば、彼は今前に進んでいる。着実に、過去を受け、未来を目指し、今に生きている。彼の語る言葉の中に、過去への執着はあまり感じない。
対するオレはどうだ?
問うまでも無い事実に、自己嫌悪が沸きあがる。
「何で、そんな風に生きられるんだよ……」
オレは器用には生きられない。
そんな今更のことを確認して、いつものように、深い眠りへと落ちていった。
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意識の水底から再び目覚める。
まどろみの中で徐々に意識が覚醒していき、手、足、耳、鼻、目とその感覚を取り戻す。
くぁ。
小さく漏らした欠伸をきっかけにようやく頭が回り始める。
いつも通りの朝だ。何も違いは無い。
無いはずだ。
既に陽はその全身を現し、朝もやに霞む街並みを等しく照らす。
朝の空気を入れようと、窓を開けたところで、ふと違和感が意識に浮かび上がる。
「…………んー?」
その違和感はかすか過ぎて、手繰り寄せようともすぐに霧散してしまった。
まぁ、寝ボケているのだろう。
極めて簡潔にそう結論付け、背を伸ばす。
深く息を吸い、朝の空気を取り入れると同時に、
爆音が耳を劈いた。
突如の轟音に凛とソフィアが跳ね起きる。
ぼやけていた思考が晴れて行き、警鐘が鳴り始める。
「ゆーくん……どーしたの……?」
眠そうな凛が緊張感も無く尋ねる。
「分からない。突然、爆発音が……」
震えるオレの声を遮るようにして、再び轟音が宿を揺らした。
窓から身を乗り出してあたりを見渡すと、はるか遠くに霧が不可解に蠢いているのが見える。
違う……霧じゃない……?
「煙……」
いつから身を乗り出していたのか凛が答えを告げる。
遠くに見える朝もやだと思っていたもの。それは立ち上る煙だ。
「それに、さっきの爆音……」
得られた情報から、何かしらの事件が起こっていることを察する。
「荷物をまとめておいてくれ。とりあえずは下に下りてブラウンのおっさんに話を聞いてみる」
ブラウン・ソルム。この宿屋の宿主だ。彼であれば何か既に情報を得ているかもしれない。
そう言い残してオレは支度もしこそこに階段を駆け下りた。
黒ネコミミのおっさんを探すのに苦労するかと思ったが、どうやらオレらと同じく混乱する客からの質問攻めに遭っているようですぐに発見できた。
「おい、ブラウンのおっさん!」
「あ、お前は例のクソガキ……もとい、冒険者じゃねぇか」
オレがネコミミを散々ディスったのを引きずっているのが、彼の本心が垣間見えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「どういう状況だ?」
どうやら、他の客たちも同じ事を口々に聞いているらしく、辟易した表情を見せる。だが、すぐに彼は残念そうに首を振った。
「分からねぇ。おれもあんたらと一緒に爆発音を聞いて慌ててロビーに集まったくちだ。まるで情報は入ってねぇ……」
そうこう話していると、正面玄関の扉が勢い良く開け放たれた。
「お客さん、悪いが今は新規での客の受け入れは……」
ブラウンのおっさんの言葉に、飛び込んできた男性は激しく頭を振った。
「違う! 大変なんだ!!」
焦りを隠さない様子に、不安が伝播する。
「何があったんだ?」
「獣人が北町の城壁周辺で暴れてる!! あいつら! 街を片っ端からぶっ壊してまわってやがる!」
その言葉に、動揺が広がる。
誰もがその情報の真偽を確かめようと、隣にいる同士で話し合っている。
「規模は?」
「く、詳しくは……俺も、襲われそうになったところを運よく逃げてきただけだから……でも、1人2人じゃ無かったぜ……もっと多くだ」
「理由は分かるか?」
「そ、それも分からない……」
規模。理由が不明……
「城壁周辺なら、国が動くはずだ。何故、動かない」
オレの度重なる問いにも男はただ汗を垂らして首を振るばかりだ。
なるほど……情報はほぼ無いと。
ここでこの男が虚言をのたまっていると考えることもできるが、それであればあまりに情報が少なさ過ぎる。とても虚言を通そうとする態度とは思えない。情報の僅少さが、かえって真実味を増している。
先ほどの爆音や立ち上る煙の理由付けとしては申し分ないだろう。
獣人による暴動。
理由は分からないが、昨日の虎男の演説を見るに、恐らく人間に対する鬱屈した感情の爆発。
だが、きっかけは何だ? 昨日の暴動未遂?
いや、だとしたら昨日のうちに暴動が行われていなければならないはずだ。翌日までその熱を持ち越せるとは思えない。だから、きっかけは別。
それに、国は何をやっている。獣人と人間のいざこざなど起こることは予想できるはずだ。何故、鎮圧に動かない。
人畜無害そうなバレッタ王子の父親を思い出して、オレはまさかと思う。
同じ獣人だから手心を加えている……?
そうなのか……? だから、暴動も見てみぬ振りをしている?
だとしたら、暴動はいつ終わる……? 彼らの気が収まるまで? それはいつだ……
ここまで暴動が波及するとなるとそれはまずい。なんとしても凛とソフィアを守らなければ――――
めぐるましく回る思考ゆえに、ダンッと音を立てて再び扉が開かれた意味に、オレは気付かない。
「――――全員」
低い声が響き、喧騒が静まり返った。
「その場に膝を付け。手は頭の後ろに組め。妙なマネはするなよ。この距離なら、低俗な人間など、一瞬で殺せる」
正面玄関から堂々と入ってきた三人の獣人。
誰もが、その唐突かつ予期できない来訪にぽかんとだらしなく口を開ける。
だが、入ってきた獣人たちが冗談を飛ばしているようには見えず、その獰猛な瞳には殺気が宿っている。
「二度は言わないぞ」
しわがれた声で告げられた投降の勧告に、オレたち人間は、為すすべも無くその場に膝をつくしかなかった。
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「お前たちはそこで構わない」
犬顔の獣人が、手に持った短剣で指図を出す。
指図されたブラウン・ソルムは妻とともに大人しくソファに座った。だが、彼の顔は焦燥と困惑に彩られており、この状況がけして彼の望んだものではないことが窺える。
そして、人間たちにはことごとく床に膝を付かせ、何もしないように他の二人の獣人が見張っている。
「なぁ、あんたらは……」
「誰が口を開いていいと言った?」
オレが上げた声に、犬男がかすれた声を返す。冷徹で獰猛、そして殺意のある声だ。
「もし次声を上げたら、お前を殺す。お前らにはその程度の価値しかないことを知れ」
交渉の余地は無し、と。
……さて、はて。どうしたものか。
先ほどの轟音騒ぎでほとんど全ての客がロビーに集まってしまっていた。だからこそ、彼らの奇襲によって一網打尽に人質となってしまったのだ。
オレが把握している中で、上に残っているのは凛とソフィアだ。
出来れば彼女たちにはそのままでいてもらいたいのだが……
祈るようにして、現状を打開する方策を考える。
くっそ……三人が絶妙な位置にいるのが厄介だ……
決して一箇所に固まらず、絶え間なく動くことでオレらの一挙手一投足を観察している。うかつなマネはできそうにない。
無詠唱ならば不意討ちで倒せるかもしれないが、この狭い室内だ。もし外せば、その時点でゲームオーバーと見て良いだろう。獣人の身体能力と反射神経であれば、一瞬で距離を詰めるなど造作もない。
そう、彼らは本当に後一歩でオレたちを殺すことが出来る。
目の前の獣人たちが自分の首に牙をかけている錯覚に陥り、その妄想を振り払う。
全方向の魔法は、威力の調整が難しい。周囲のほかの人質をも巻き込んでしまいかねないし、だからと言って威力を下げれば、あいつらに有効なダメージを与えられない。
だから、単発で威力のある魔法を、三方向に同時に撃つのが次善策。
だが、残念なことにそれも難しい。オレは背中に目が無い。1人は必ず背後にいる状況で、動き回る的を狙うのは非常に厄介だ。
奴らの注意を一方向に集められれば……いや、せめて奴らが歩き回るのをやめれば……
だが、会話で相手の気を引くお得意の戦法も既に封じられてしまっている。
そこまで考えて状況の異常さに気付く。
あまりに手際が洗練されすぎている。
恐らく、城壁付近で起きていたという暴動の一部だろうが、それにしては犬男の指示や行動が効率的すぎる。まるで綿密な計画を立て訓練をしていたかのように、迅速かつ隙の無い行動。その裏に潜むのは何だ。一体、何が関係している――――
いや……この考察は後だな。
まず、あいつらの注意を逸らす方法……オレが言葉を発さずに、かつほとんど動かずに……
あたりを見渡そうとして、犬人族の男に睨まれる。
ダメだ、あまり周囲を観察することも許されない。
オレの視界の中にあり、かつ利用できそうなもの……
一つ、妙案を思いつく。
突拍子も無いようだが、有効な手立てになり得る。
……他人を巻き込んでしまうため、あまりやりたくは無い。
だが、妙手だ。
奴らの注意を一気に背ける。
恐らく全てを隈なく警戒する奴らの意識の外側にあるため、最も油断を誘えるはずだ。
奴らの思考をかき乱し、注意を逸らさせ、意識をこちらから外す。
上手くいけば、全てを解決できる。凛もソフィアも、一向に帰らないオレを心配して降りてくるまでにそうかからない。
だから。
――――悪いな。
「――――『風撃』」
口ごもる程度に呟き、使い慣れた風魔法を発現させる。
圧縮された空気の塊が放たれ、その分厚いどてっぱらに重い一撃を喰らわせる。
だが、その相手は犬男でも、武装する残り二人の獣人でもない。
この部屋にいるもう1人の獣人。
「ぐはっ!」
ブラウン・ソルムが上げた悲鳴に、三人の獣人がその驚異的な反射を持って意識を向ける。人間の挙措には注意を向けていた彼らも、同じ獣人の大男にはまるで警戒をしていなかったらしい。そしていつでも臨戦できるように足を止めて構える。
そう、大男に意識を向け、無防備に構えをとってしまう。
「『疾風尖槍』!!」
一瞬で背後の獣人の位置を確認し、三方向に『疾風尖槍』を放つ。
本来の状態であれば回避など造作も無かった彼らも、意識が別の方向に向いている状況では話が違った。
一瞬の反射の遅滞が、致命傷へといたる。
三本の鋭い槍が、彼らの身体をいとも容易く貫通し、そのまま宿の壁を突き破り霧散する。
べちゃ、べちゃ、と血溜まりに倒れ付す音が二回連続して聞こえ、オレは即座に背後に飛びのいた。
受身もとれずに地面に倒れこむ。揺れる視界の中、今までオレが立っていた場所に犬人族の男がその短剣をつき立てていた。
背筋を嫌な汗が流れるのを感じるとともに、どさり、とようやくくず折れる音が聞こえる。
最後の力を振り絞った犬人族の男は、そのまま床に頬をこすりつけた。
「……急所は、外れてることを願う」
槍を放った張本人の言葉を受け、ようやく人質の人間たちは安堵のため息を漏らした。
「悪かったな、おっさん」
「ホントふざけんじゃねぇ……とどやしてやりたいところだが、状況が状況だ。恨んじゃいねぇよ」
ブラウンは本当に苦々しい苦笑を漏らし、気にするなと手を振った。
オレは周囲の賛辞や感謝を受けつつも、対応もそこそこに二階に上る。
逸る足を宥め、自室の扉を開ける。
「お兄さん! な、何があったんですか!?」
ソフィアの不安そうな顔を見てほっと安心する。
凛がソフィアを抱きかかえている。
「良かった……二人とも無事か……」
肩の重荷が降りたかのように、胸中の焦燥や不安が消えていく。
沸きあがる安堵に身を預けていると、再び凛からの追究がある。
「下で、何か騒ぎがあったから部屋で様子を見てたんだけど……」
「ああ、それで正解だ。……ついさっき、武装した獣人たちが宿を占拠した」
「え!?」
オレの説明に凛が驚愕にその顔を彩る。
ソフィアも声も無く口を開け、驚きを示している。
「一応は撃退したが、またいつ襲いに来るか分からない……どうやら、獣人たちがこの街で暴動を起こしているらしい」
詳しいことはオレも分からない、と告げると凛もソフィアもなんともいえない表情を浮べた。
「それで、どうするの?」
脳内にふつふつと沸きあがる疑問の数々を端に追いやり、凛が問う。
「今外に出ても暴動に出くわす可能性が高い……とりあえずは、暴動が収まるまで宿屋で待機するべきだろうな……」
「そう、ですね。お兄さんがいるなら、この宿は安全でしょうし……」
ソフィアの全幅の信頼と期待に、曖昧な反応を返す。
にしても、あいつらは何でこの宿を襲ってきたんだ……?
獣人たちの口ぶりから見るに、人間に対して悪感情を抱いていることは確実だ。だから、人間の多くいる宿屋を襲った? 安直過ぎる気もするが、妥当な線な気はする。
「―――――」
オレの思考を邪魔するような声が、床下から響く。
下が、騒がしい?
先ほどまでの安堵による喧騒とは違う、何か剣呑な騒がしさだ。
また、武装した獣人の襲撃か……!
「二人はここにいてくれ。少し、様子を見てくる」
「う、うん……気をつけてね」
「ああ」
再び二人を部屋に残し、オレは階段を下る。
「放せよ! お前らに用は無いんだって!」
「あなたたち!! バレッタ様にそのような真似を! 放しなさい!」
「うるせぇ! そんなこと言ってられる状況じゃねぇんだ! 獣人に襲われたばっかなんだからな! あんたらも拘束させてもらう!」
「暴れるなッ!」
罵声や悲鳴が上がり、人間の男たちが二人の獣人を拘束している。
「おいおいおい! 何やってんだ!」
オレが慌てて近寄ると、人間たちが血走った目でこちらを見た。
先ほどまで人質だったとは思えない。否、人質だったからこそ、その反動でその目は爛々と輝いている。それは、決して見ていて心地の良い輝きではない。
「おう、あんた! また獣人が来やがったんでな! 取り押さえたってわけよ!」
「さっきみたいに魔法でズバーンとやってくれや!」
捕らえられた二人を見てオレは思わず驚愕の息を漏らす。
人間たちに拘束されている獣人は、見紛うことも無い。
バレッタ王子と付き人のラインさんだったからだ。
「さっきの奴らみたいに風穴開けちまってくれ!」
その憎悪に満ちた声を受けて、バレッタ王子が喉の奥で小さく悲鳴を上げる。
どうやら、角度的にオレの姿が見えていないらしい。
「ち、ちがっ! わた……おれたちは、師匠に会いに来たんだ!」
「ここに、トイチユート様がいらっしゃるはずです!」
二人の抗弁に人間たちは吐き捨てた。
「ああ? なんだそりゃ。そんな変な名前の奴がいるわけねぇだろ! 適当並べやがって」
殺気だった宿の客たちが唾を飛ばしながら大声を張り上げる。
その光景はオレの背筋をぞっとさせるには十分で、人間と獣人の溝の深さが窺えた。
「変な名前で悪かったな」
「いっ!?」
オレが取り囲む人を掻き分け二人に寄る。
「この二人はオレの知り合いだ。もし乱暴するようなら、あんたらの風通しもよくしてやるから覚悟しとけ」
周囲の人間に、二人に手を出すなと釘を刺す。
オレの魔法の威力を目の当たりにした者たちは、さっと血の気を引かせ、後ずさった。
「大丈夫か。バレッタ王子、それにラインさん」
「……師匠っ……」
ようやく解放された安堵からか、目じりに涙を浮べるバレッタ王子。
ラインさんもほっとした様子でメイド服についた埃を払っている。
「い、一体この宿で何があったんだ……?」
他の人間を責めることなく、状況を先に問う彼の姿に感心しつつも、オレは簡潔に状況を説明した。
「武装した獣人に襲撃された。だからあいつらも殺気立ってるんだ」
見れば、バレッタ王子たちを拘束していた者たちは顔を背けている。ちらちらとこちらを窺う目には、未だに疑心が残っている。
「そうだったのか……だから……」
見ればバレッタ王子の手が震えている。
急に悪意と害意を向けられたことへの恐怖。
当たり前だ。何の気構えも無く、わけも分からないうちに悪意を向けられれば、誰だって萎縮するし恐怖する。理解の及ばないうちに、自分に向けられる憎悪に背筋を凍らせる。
「安心しろ。大丈夫だ」
だから、ソフィアにしてやるのと同じように、バレッタ王子の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
一瞬、驚きに肩を跳ねさせたバレッタ王子も、ようやく気持ちの整理がついてきたのか、されるがままになる。
「あっ……」
オレが手を放すと、バレッタ王子がなにやら切なげな声を上げる。だが。それに構ってもいられない。
「それで二人は何をしにここに来たんだ? 外は暴動でやばいんじゃないのか?」
「そ、そうなんだ! 師匠に、頼みがある!」
そう言うとバレッタ王子はその場に膝をついて頭を下げた。
それはこの世界で言う懇願のポーズ。
屈辱的とみなされるそのポーズを、彼は何の迷いもなくとってみせた。
王族の彼が、それをする意味が分からないわけではない。
「頼む……父さんを……」
彼は、言葉につまりながら、懇願する。
父さんを、助けてくれ――――
疑心と憤怒が入り混じる喧騒の中で、その言葉はやけに鮮烈にオレの鼓膜を焼いた。
ラグランジェ編の本筋に入っていきます。




