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67、共通項

お気に入り数100超えました!ありがとうございます!


「はぁ!はぁ!」


「な、何なのもう……」


 オレは息も絶え絶えに、凛は不満を漏らし、ソフィアは俯いたまま地に腰をつけた。

 壁を隔て北側。南町の獣人たちから逃げ、ようやく北町に入ったところで安息を得る。どうやら壁の向こうまでは追ってこないようだ。


 ゾッとする。

 彼らの狂気に彩られた表情。

 誰よりも被害者のツラを被り、冷酷で冷徹でありながら、狂ってしまいそうなほどの熱気に中てられた。


 衆愚と、そう断じてしまえばいい。

 そう、割り切ってしまえばいい。

 だが、彼らに向けられた純然たる狂気にオレは背筋が薄ら寒くなるのを止められない。それは凛やソフィアも同じらしく、二人とも先ほどから何も言わない。


「まあ……何だ。元々この街じゃ種族差別があるんだ。その一部のいざこざに運悪く巻き込まれちまっただけだ。気にすんな」


 ソフィアの頭を撫で、凛にも珍しく優しく声をかける。

 彼女らは特に人の悪意というものに敏感だ。だから、きっとオレ以上に心に切り傷を付けられているはずだ。

 などと内心で自らの言葉の正当性を補強するも、その実は単純に自分の中の恐怖を振り払うための言葉に他ならない。


「……後、ソフィアは奴隷じゃないからな。安心しろ」


 無言。ソフィアは返事に迷う。


「…………私は、本当に、もう、奴隷じゃないんですか……?」


 彼女の目には、あの頃と同じ恐怖と困惑、そして疑心。

 皮肉にも同じ獣人の言葉が彼女を再び隷属の呪いへと招きいれたのだ。

 獣人を思い出して憎憎しさに舌打ちを漏らす。だが、何よりもオレが憤慨する要素。


「あいつら……くそっ……ソフィアをだしにしやがって……」


 吐き捨てるようなオレの言葉に凛が視線を彷徨わせた。


「ソフィアちゃんをだし、ってどういうこと?」


「あいつらにとっちゃソフィアが本当に奴隷かどうかなんてどうでもいいんだ。人間族がいたいけな獣人の少女を連れまわしている。その構図に適当な理由をくっつけて民衆の煽動に使ったんだろ。……本当に、反吐が出る」


 まだ人間族を叩くだけならば分からないでもない。

 だが、彼らは自らの利のために同じ獣人の仲間を利用したのだ。それによってもたらされる少女への被害などはまるで考えずに。


「あぁ! ホントに胸糞悪い!」


 叫びながらソフィアの頭をくしゃくしゃと撫でる。乱暴に撫でているように見えるが、恐らくソフィアもコレぐらいのほうが気が楽なはずだ。オレの目論見どおりソフィアもまだ迷いの残る表情をしながらも、とりあえずの笑みを浮べることに成功した。


 そんな風に、今しがた起きた事件に対してふつふつと沸きあがる不快感を吐き出していると、たったった、と駆ける足音が耳に届く。

 その音は軽快で、今のオレたちの鬱屈した気持ちとは対照的だ。

 続いて、「おーい!」という声が飛び、ようやく音のほうを見やれば、その正体は見知った人物だ。依然として、ボロキレのようなローブで全身を覆う王族の少年。その正体にオレは安堵からため息をついた。


「……なんだ、バレッタ王子か」


「何だとは何だ! 失礼だな!」


「悪い悪い……んで、急いでどうしたんだ」


 オレが力なく問うと、バレッタ王子は一瞬だけ首を傾げるも、すぐに目の輝きを取り戻して腰に手を当てた。


「聞きたいか?」


「いや、いい」


「何だよ!? 聞けよ!? いや、聞いてください!」


 刹那のうちに敬語を取り繕う彼の素直な姿に毒気を抜かれ、オレはため息をつきながらも続きを促した。


「あのな! 聞いて驚け? あ、いや実際に見てもらったほうがいいか……」


 彼は左手に握り締めていた『瘴渦水晶』を前に突き出した。


「行くぞ……」


 そう言うと、バレッタ王子は水晶に意識を集中させる。

 オレの『魔力感知』が魔力の動きを感知し、それが目の前のバレッタ王子の発したものだと察する。

 来し方も行く末も知らず、ただ漂うばかりの紫煙が水晶の中でほんの少しゆらめく。

 その後、紫煙はまるで風の力を受けたかのように左右上下にそのたなびく向きを変えた。


「……へぇ。宿題、無事に出来たみたいだな」


「ああ……まあな。言われたとおり、常に魔力の動きを意識しながらやってたら、急にできるようになったんだ」


 急に、ということは一つ壁を超えたということだろうか。

 詠唱を必要とする状態から、詠唱が無くとも魔力を操れるようになった。いわば、杖を手放して歩くことが出来るようになったわけだ。

 ここまでくれば、後は歩く練習を重ね走れるようになるは容易なはずだ。


「お疲れさん。まぁ、まさか達成できるとは思ってなかったがな」


「なっ……それは酷くないか、師匠!?」


 口調は驚愕と憤慨に彩られているがその表情は明るい。

 彼の嬉しそうな表情を見て、憂鬱だった自分の心がいくらか晴れているのに気付き、内心で彼に感謝の念を送る。気付けば凛も笑みを取り戻し、ソフィアも苦笑を浮べている。

 まあ、あんな胸糞悪いこと、さっさと忘れちまうのが吉か。

 決して忘れることのできない完全記憶能力を持つ故に、オレにはそれが不可能だ。だが、不可能だと分かっていても、忘れてしまおうと決意をして、ことを割り切る。


「さてと、ここまで来たら、もうほとんど教えることも無いんだが……」


「え、そうなのか?」


「ああ。もう理論はあらかた教えたし、魔力も操れるようになった。後は、魔法を発現するだけだ」


「そ、そうか……何か簡単だったな……」


 彼はあっけなく思っているようだが、この速度は恐らく異常だ。オレや凛は勇者としての補正があるが、彼は違う。彼にはそんな特別な加護は存在していない。

 だが、彼はこの短期間で無詠唱魔法の基礎をクリアしてみせた。

 それは驚異的であり、常軌を逸している。何故なら、この程度の努力で無詠唱が可能であれば、この世界にそもそも詠唱などという道具が必要ないからだ。誰でも無詠唱で魔法が扱えることにってしまう。

 だからこそ、彼は本当の本当に天才なのだ。

 天賦の才。もしかしたらそうした意味では、勇者に似たような存在なのかもしれない。

 などと、適当なことを思案する。


 ふと、興味本位で問いを飛ばした。


「なぁ、一つ聞きたいんだが」


「何だ?何でも聞いてくれ」


「お前が魔法で強くなりたい理由って何なんだ? もう、何も失いたくない、って言ってたが」


 いや、嘘だ。


 興味本位などで聞くはずが無い。

 深く切り込めば、きっと彼は嫌な思いをする。

 それを分かっていながら、なおオレは理由を知りたいと思った。

 彼がオレと同じ「理由」を持っているからだろうか。

 彼が魔法の才に恵まれているからだろうか。

 オレが問う理由までは分からない。

 ただ、決して興味本位などではないことだけは確かだ。


「……そう、だな。師匠には、話してもいいかもしれない」


 逡巡と決意。

 その間は非常に短く感じるが、決してそうではないだろう。

 恐らく彼は予めこのことを予期していた。そして、どうするべきかを既に決めていたのだ。

 だから、彼の決断にはオレと出会ってからの三日間の時間を要したといってもいい。

 彼の表情が変わる。今まで、嬉々として成長の報告をしていた少年の顔ではない。


「おれは、さ。すごい、母さん似なんだよ」


 唐突に脈絡無く語られ始める。

 だが、そこに口を挟むような真似はしない。


「いや、違うな。母さんに似てる、ってみんな言うんだ。実際はあんまり覚えてないんだけどな」


「覚えてない?」


 凛が問いを返す。

 バレッタ王子はコクリと頷くと続けた。


「……母さんは、」


「……母さんは……俺が、小さいころに――――」


 ――――死んだんだ。


 自嘲気味に笑って告げる。

 その答えに、オレらは何も返すことが出来ない。


「あの日、人間と獣人の交流を祝うパーティがあってさ。おれが5才の頃だ。色んな人が来てて、大騒ぎしてた」


 懐かしむように、一つ一つ思い出しながら語る。

 「あの日」と彼はそう称した。当然オレたちにはどの日か分からない。だが、彼の中ではすでに「あの日」を指すものが常識の域に達するほど、何度も何度も「あの日」の情景が思考に浮かんでいるのだろう。


「で、俺小さいから疲れちゃって、母さんと一緒に控え室に戻ったんだよ」


 だが、彼の表情から懐かしむ気持ちが消え、痛ましさが現われる。


「みんな外でパーティやってるから家の中に人なんていないはずなのに、なんか、部屋の外でガチャガチャ音がしてさ。すげえ不気味だったのを覚えてる」


 情景を構築する。

 静かな部屋。外に見える明かりと、微かに聞こえる喧騒。無人のはずの館で、何かの蠢く音が聞こえる。

 それは決して心地のよい音ではないはずだ。


「それで、母さんが急に真面目な顔になってさ、おれに『少しだけ静かにしててね』って言って、おれをクローゼットに隠したんだよ」


 漏れの無いように記憶を掘り返す様はどこか手馴れている。

 恐らく、彼も忘れられないのだ。


「すぐに大声を上げて男たちが入ってくる音がして。何がなんだかよく分かってなかったからクローゼットの隙間から覗いてたんだよ」


 バレッタ王子は少しだけ目を泳がせた。何か見つめる場所を探しているようで、けれども何も見つけられなかった彼は結局よく分からないところに視線を定めて続けた。


「そしたら目の前で母さんが殴られて、そのまま袋に詰められて、部屋の外に運ばれてったんだ」


 淡々と語る彼の拳は強く握られている。一つ一つ、鮮明な記憶が蘇るのだろう。

 そして、同時に感情も沸きあがる。


「おれ、分かんなくてさ。いや、ちがうな……おれ、怖かったんだよ」


 強く滲む後悔と自責の念。


「何もできなかった」


 自分を、責める。


「何も、何も、できなかった。兄さんたちは体つきもいいし、獣の血が濃いから、あんな男の一人や二人簡単にぼこぼこにできたはずなんだ。でも、おれは違う……おれは屈強な身体も無いし、誰かをねじ伏せる腕力も無い」


 おれは、無力なんだ。何も、持たないんだ。何も、出来ないんだ。


 そう、彼は懺悔のように呟いた。


「その後、南部連合の奴らが母さんを探したんだけど、結局行方不明のまま。……最終的には、死んだって結論付けられた」


「んな、勝手な……」


 オレのこぼした非難など、バレッタ王子はそれこそ何百回も繰り返してきたのだろう。


「……母さんさ。人間と猫人族のハーフだったんだよ。しかも庶民出身の。そんなやつが、ラグランジェの王族と結婚して居座ってるのが元々気に食わなかったんだろうな。南部連合の奴らは。だから、母さんをそのまま行方知れずってことにしておきたかったんだ」


 南部連合。先ほど見た虎人族の男を思い出して再び憤慨に駆られそうになる自分の衝動を必死に押さえつける。


「それから身体を鍛えようと色々試したけど、兄さんたちにはまるで敵わなかった。生まれ持った才能が違いすぎたんだ」


 天賦の才はあらゆる努力を跳ね返すほどの力を持ちうる。努力には決して覆せない差というものが存在するのだ。


「だから、おれは、他の方法で強くなることにしたんだ。膂力じゃ兄さんたちに勝てない。なら、魔法を使えばいい」


 そこで心が折れず、他の方法で強くなる道を選んだ彼を讃えるべきか。

 それとも、力に固執しすぎだとたしなめるべきか。

 恐らく、どちらの言葉をぶつけることも、彼の心を動かしはしないだろう。


「死に物狂いで魔法を勉強して、魔法を使えるようになった。……幸い、こっちの方の才能は人並みにあったみたいでさ」


 人並み、どころではない。

 彼の魔法のセンスを全て天賦の才だと思っていたがそれは違った。才に加え、圧倒的な努力が根底にあったのだ。彼の博識さや魔法への理解の深さからもそれは窺える。


「今度は、目の前で、何かを失わないように。もう、何もできないのは嫌なんだ……」


 言うだけなら簡単だ。だが、彼はそれを実現するための力を自らの手でもぎ取った。

 それは、誇るべきことなのではないだろうか。


 ……オレのように、彷徨い続け何も出来ていない者とは違う。


「そうか……悪かったな。いやなこと思い出させて」


 興味本位で聞いてしまったことを詫びるような体で謝罪を投げかける。

 だが、彼は気にするなと首を振った。


「大丈夫だぜ。それより、師匠には感謝してる。また一つ、これで強くなれる」


 彼の思わぬ強さにオレは不可解な念に囚われる。言われがたい、胸の奥で燻る様な感情。

 その感情に名前は付けられない。

 否、付けたくない。つけようと思わない。

 何故なら、その感情は酷くみっともないものだからだ。


「そうか。なら、良かったよ」


 オレの言葉を終止符に、会話が途絶える。誰もが次の言葉を発せずに待ち続けていた。

 だが、最初に声を発したのはこの中の誰でもなかった。


「バレッタ様!」


「あ、ライン。どうしたんだ?」


「どうしたんだ、じゃありません! 全く、少し目を離した隙にいなくなられて……! 昔からちっともお変わりになりません!」


 焦った様子のラインさんが口早にまくし立てた。対するバレッタ王子は涼しい顔だ。


「あ、トイチ様。これは失礼致しました。御見苦しいところを」


「ああ、構いません。ちょっと立ち話してただけなんで」


「そうだぞ。おれももう15なんだ。1人で街中を歩くくらいなんだって言うんだ」


「まだ15です。全く、暴漢にでも襲われたらどうなさるんですか……」


「そのときは魔法で何とかするから大丈夫だ!」


「大丈夫じゃありません! ……全く。こほん、トイチ様。ちょうど良いところに」


ラインさんの視線がこちらに向く。彼女の言葉に心当たりがなく、首をかしげているとラインさんは僅かに微笑んで続けた。


「バレッタ様をご指導いただき、誠にありがとうございます。ささやかなお礼ではございますが、私どもの城で晩餐会を予定しております。どうかご列席頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


「え、いやいや! そんなお気遣い無く! ほんと、お礼とかいいんで!」


急な返礼の申し出を、とっさに辞退する。

だが、この行為自体、全てが全て良心に基づくものではない。

 ここは金品等で返してもらうより、ツケとして貸しておくのがいいはずだ。

 「貸し」ている時間が長いほど相手の罪悪感は増し、借りのある相手に対する返報行動はよりよいものとなる。

 この獣人と人間の交流の要衝たるラグランジェの王家にコネを持っておくことは非常に利になり得る。


 あくまで打算的に物事を進める自分の思考と態度に蔑視と正当化をする。


「そんなこと言わないでくれ。おれも、何かお礼がしたいんだ」


「そう言われてもなぁ……」


 バレッタ王子の困ったような顔に、多少の罪悪感に苛まれる。

 だが、オレの態度は終始変わらない。


「……分かった。とりあえず、今は師匠に返せるものはおれにはないみたいだ」


 殊勝な態度で頷くバレッタ王子にオレは胸をなでおろす。


「だから、もし何か困ったことがあれば、何でも言って欲しい」


 だが、バレッタ王子は代わりにこちらの要求を何でも呑むことを提示した。


「おれに出来る範囲で、恩を返したい」


 そう言うと、バレッタ王子は犬歯を見せて笑う。


 その発言内容を吟味するよりも前に、鮮烈な既見感がオレの脳を焼いた。


 この笑顔どこかで――――


 脳を蘇る記憶の数々。

 それは、ごく最近のものだ。


 ――――あたしには、夢があるんです。


 そう、物悲しげに語った少女。


 ――――絶対に、お母さんに会うんです!


 そう、希望を込めて宣言した少女。


 ――――ユートさん!


 オレの名を呼ぶ、無邪気な彼女は既に屍となって、オレの『持ち物』に眠っている。


 エルナ。エルナ・アルケリク。

 レグザスで出会った奴隷の少女だ。そして、そのまますぐに永遠に分かれることとなった。ソフィアの親友であり、奴隷商に殺され、その未来を奪われた。

 怒りが頭の奥底を徐々に熱し始めるが、すぐに思考を整理して感情を凍らせる。


「エルナ……」


「……お兄さん?」


 オレが小さく小さく呟いた名前を聞き取れたのは、背中に乗っていたソフィアだけだ。彼女の不審げな表情を見るに、どうやら彼女自身はバレッタ王子の笑顔とエルナの笑顔がだぶっては見えないらしい。


 これは、オレの完全記憶能力のみがなせる業なのだろうか。

 だが、どれだけ二人の笑顔が似ていようとも、別人であることに疑いの余地は無い。

 よもや兄妹などということもありえまい。かたや奴隷。かたや王族なのだから。


「いや、なんでもない……バレッタ王子。基礎は教えたから、後はとりあえず1人でやってみろ。分からないことがあればあと数日は滞在しているからオレに聞いてくれ」


「分かった」


 南町でフローラ大森林への足を見つけようと思ったら、さっきみたいな暴動に巻き込まれたのだ。後、数日は足が見つからないと思っても問題は無いだろう。


「じゃあ、また」


 軽く手を振って彼らに背を向ける。


 さてと、今日は一日やたらと疲れた。


 さっさと宿に戻りますか……


さあ、一体誰と誰の共通項でしょう。

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