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62、要塞都市流の歓迎


 ガラガラ、と一定のリズムを刻んでいた車輪の音がやむ。

 長旅で凝り固まった体をほぐしつつ、オレたちは軋む竜車を降りた。


「うお……」


 感嘆が思わず口から漏れる。

 無理も無いだろう。


 目の前に聳え立つのは灰色の壁。それが左右の消失点まで広がり、圧倒的な存在感を主張する。

 まるでここがこの世界の端であるかのような錯覚さえ覚える壁の高さと長さに驚きを隠せない。それは凛とソフィアも同じらしく、二人とも同じような表情で口をぽかんと開けている。


「要塞都市ラグランジェ……」


 思わず呟いて、ようやく目的地に到着した実感が沸く。

 あの壁が、一つの要塞であることにオレは未だに驚嘆が収まらない。

 リスチェリカなどにも防壁はあった。

 だが、まるで規模が違う。


 そして同時にもう一つの感慨も押し寄せる。

 これでオレの長旅も半分以上が終わった。ここから、フローラ大森林に向かい、ダンジョンを攻略するだけだ。


 思えば、出発時は一人旅だったというのに今では3人だ。

 ……正確には最初から2人だったような気もするが、そこはノーカンで。


 そして、眼前に伸びる壁の手前には少し小さな壁が円弧状に貼られている。

 ところどころから覗き窓が見え、壁の上には投石器などの兵器も見られることから実質これが城下街……もとい要塞下街の外壁となっているのだろう。

 エルヴィンの話によると要塞である壁を隔てて、今オレらがいる北側に人間が、南側に獣人・亜人が居を構えているらしい。恐らく、この小さめの壁が北側の街をぐるりと覆う形で走っている。

 ……小さいといっても上から落ちたら無事では済まないぐらいの高さはあるのだが。


「んー? 竜車で街の中に入れないの?」


 凛が当然のような疑問を上げる。

 そう、竜車が止まったのに街の外壁を見ることができると言うことは、オレらは外で待機していることになる。

 だが、その理由は目の間に続く列を見れば明らかだ。


「街に入るための門が一つしか無いんだ。だから、オレらが入ろうとしても順番待ちで手続きやらをしなければならなない。オレらは絶賛、列に並んで順番を待っている最中ってわけだ」


 どうやらオレら以外の行商や冒険者の一団も同じタイミングで街から出入りしているらしく、そこそこにごった返している。


 門の数を増やすか、受付の数を増やせばいいのに……

 レグザス側の手際の悪さに悪態をつくも、納得できる部分もある。

 いわば北側は元々、戦敵だった人間が多くやってくる場所だ。そうなれば入口を減らし、手続きをより煩雑にするのは防衛上必要であることは想像に難くない。

 だが、ぶっちゃけオレらは戦争など知ったこっちゃ無いわけで。

 待たされる身としては、戦争をしていた昔の人たちを恨めばいいのか、今のラグランジェの体制を恨めばいいのか分からない。


「中々、進みませんね……」


 ソフィアが跳ねながらどうにかして列の最前列のほうの覗き見ようとしている。

 その様子は大変可愛らしいのだが、ちょくちょくオレの顔に狐の尻尾が当たってるの気付いて無いんだろうなぁ、この子。


「ふぇっくしょい!」


 オレがくしゃみをしたことに合わせた、わけではないだろうが、何やら前方のほうが騒がしくなってくる。

 と同時に外壁の上にちらほらと兵士の姿が垣間見えるようになる。誰もがてんやわんやで駆け回っている様子からも、明らかに何かがあったことが窺える。


 そして、ついに怒号が響いた。


「おい、ふざけんな! さっさと門の中に入れろッ!!」


 それに対して門にいる兵士が何か返答をしているようだが、その声までは届かない。

 またトラブルとかやめて欲しいんだけど……

 既にげんなりとしたオレの表情とは裏腹に、空気はさらに険悪になっていく。

 凛とソフィアを竜車の中に戻るように促し、オレは一人興味本位で近寄っていく。


「待てよ! 入れないってどういうことだッ!? 何があるんだ!! おい!」


「申し訳ありませんが、緊急事態につき門を閉めさせて頂きます」


 どうやら先頭にいる冒険者の一行がやっかんでいるらしい。

 対する兵士は門を閉めるの一点張りだ。


「どうしたんですか?」


 オレが歩み寄って状況を確認しようとする。


「聞いてくれ! この門番が急に門を閉めるとか言い出しやがって……」


 冒険者の男がさらに不満を垂れそうになったところで、大きな鐘の音が耳をたたいた。その音は甘美な響きとは程遠く、無骨で聞くものを煽りたてる音だ。

 それを聞いた門番は血相を変えて門の向こうへと帰っていく。


「お、おい!」


 オレが状況を飲み込めずにいる間に、頭上からガラガラと音が聞こえ、鎖のすれる音が反響した。


「なっ……」


 上から巨大な木の門が下りてくる。

 10秒と経たないうちに門は閉められ、一切街に入ることは出来なくなった。


「ふざけんな! おい! 開けろよ! 手続き終わっただろ!?」


 冒険者の男がドンドンと門を叩くが、びくともしない。

 それもそうだろう。この大きさの門など壁も同然だ。どれだけ膂力のあるものがたたこうとも、それを動かすことは不可能だ。


「一体、どうしたんだ……?」


 いくらなんでも急過ぎる。

 これだけ人がいるのに、突然門を閉めるなんて……

 仮にも一国が行う対応にしては杜撰すぎないか?


「おい、来るぞッ!!」


 その声が届いたのはオレの頭上から。すなわち、壁の上の兵士たちからだ。

 急いでソフィアや凛のいる竜車に駆け戻ろうとして、オレは地平線の彼方に何かを見た。


「……なんだ? 土煙……?」


 もくもくと立ち上がる茶色の瘴気はまず間違いなく舞う土ぼこりだ。

 だが問題はそこではない。

 重要なのは……


「あの土煙、近づいて……」


 土煙の接近。それが意味するものは何か。


「魔物の大群の襲来……!?」


 それ以外には考えられない。

 まさかこのご時勢に人間が徒党を組んでこんな守りガッチガチな要塞を狙うとも考えにくい。

 さすれば敵襲は魔物によるもの。その数は地平線を埋め尽くすほどの数。

 もうもうと立ち上る土煙は姿を持たない壁のようにして刻一刻と迫ってくる。


 急に門を閉めやがったのはこれが原因か……!!


「くっそ、せめて中には入れろよ!!」


 外部の人間の命よりも、中の者たちを確実に守ることを選んだようだ。

 くそが! 背後にこんだけ壁が続いてると逃げ場なんてねえじゃねえか!

 前方には魔物の群れ、後方には巨大な壁の挟み撃ちだ。


 また絶体絶命なのかよ……!


 幾度と無く訪れた命の危機は、されど何度経験しようとも慣れることは無い。

 思考を繰りながら竜車に駆け寄ると、既に凛とソフィアは外に出ていた。


「二人とも! 魔物の大群だ! 数は分からんが10や20じゃ無さそうだ!」


 二人とも不安そうな表情を浮べるが凛は、すぐに冷静な表情を取り戻す。


「大丈夫、今回もわたしが結界で進路をずらせば……」


「いや、恐らくダメだ! バイソンボアのときとは状況が違う! あいつらはこの町を狙ってる!」


 バイソンボアはただ逃亡していただけだ。だから、目の前に障害物があれば避けて通るだろう。

 だがあの魔物たちは違う。この街を狙って進軍しているはずだ。それ以外の理由で、遠くからでも見えるようなこんな馬鹿でかい壁に突撃してくるとは思えない。

 だから、結界で足止めしようとも、そこで待機するか迂回してこの街に到達するはずだ。そうなれば、オレらはいずれにせよ挟み撃ちで圧殺される。


「となると、ここであいつらを撃退するか殲滅するしか無いわけだが……」


「ど、どうするんですか?」


 ソフィアが不安げに問いかけてくる。

 大丈夫だ、あの程度なら恐らく大半は殲滅できる。

 だが、問題は……


「色々面倒事に巻き込まれそうなんだよなぁ……」


 もしあれを撃退するような高位な魔法使いがいれば是が非でも欲しいという輩は少なくないはずだ。特にこのような僻地ではリスチェリカ王国の威光をちらつかせて回避するのも難しくなる。それに大魔法は地形を変えかねない。それでお咎めを受けたらたまったものじゃない。

 色々なリスクが脳内を過ぎる。

 だが、現状撃退するしか方策が無いのは事実だ。


「よし、行って来る」


「え、ゆ、ゆーくん!? 大丈夫なの!?」


「MPが足りれば、多分……」


 そこまで大型の魔法は使ったことが無い。

 だから、規模を大きくするとどの程度MPを消費するか分からないのだ。

 ステータスを確認する。


十一優斗 17歳男

HP320/320 MP49800/49800

膂力40 体力56 耐久37 敏捷88 魔力17720 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密3.9 魔法構築力7.7

魔力感知4.1 魔法構築効率5.7 MP回復速度4.2 多重展開4.0 術法1.1

煽動1.2 鍛冶2.3



 恐らく大丈夫なはずだ。


「もってくれよ……」


 そう願いながら、凛とソフィアに手を振る。


「ま、待って! わたしもついていく!」


「ダメだ。取りこぼした際に危険過ぎる。オレ一人なら『空踏(ストライド)』で逃げられるが、他の奴を抱えながらは無理だ」


 バランスがとれない。


「で、でも……」


「だから、お前にはソフィアを頼みたい」


「え……?」


「オレが前線で安心して魔法ぶっ放せるように、お前がソフィアを守ってくれ」


「ゆーくん……」


 凛が逡巡を見せる。

 オレから寄せられる期待と信頼に、こたえるべきなのか。それとも、オレの側にいるべきなのか。

 だが凛であれば、オレの知る織村凛であれば答えは明白だ。


「分かった……ここで待ってる。ゆーくん、大丈夫なんだよね?」


 最後の確認、オレはためらいなく頷く。


「ああ。勝率はほぼ百パーだ」


「ほぼなんだ……」


「何事にも誤算はつきものだっての」


「ゆーくんって変なとこ正直だよね……」


 そう言って凛が小さく笑った。

 未だ不安そうなソフィアの頭をなでて安心させる。


「大丈夫だから、ここで少し待っててくれ」


「あの、私…………待ってます……だから……ぶ、無事に、帰ってきてください」


 勇気を振り絞って言ったのだろう、手が震えている。


「ああ、行って来る」


 何、ちょっとした害虫駆除みたいなもんだ。

 そう自分に言い聞かせて、震える足を無理矢理に押さえつけて駆け出した。


 幾ばくも駆けないうちに竜車が小さくなり、土煙との距離が縮まる。


「さぁて、ちらほら見えてきたがやっぱ随分いやがるな……」


 いち、に、さん……と数えていたら日が暮れるどころか、次の朝が来てしまいそうだ。

 だから、まとめて処理する。

 もっとも撃ち漏らしが少なく奴らを効率的に殲滅できる魔法は何だ?


 答えは既に出ている。


「さてと、お前らには、少し沼で水浴びでもしてもらおうかね――――」


 体中の魔力を寄せ集め、練る。高度に、大量の魔力を引き出す。

 確実に奴らの進行を止められる手段。そして、可能な限り目立たない魔法。

 莫大な魔力があふれ出そうになるのを必死にとどめ、処理し、変換していく。

 沸きあがるのは奔流たる魔力、それが吐き気にも似た感覚で溜められていく。


「底見えぬ悪魔の口に沈め――――『大鬼沼(フォール・ヴァイス)』」


 最大まで溜めた魔力が解放され、魔法が発現する。

 だが、いくらあたりを見渡そうともこれといった変化は見られない。その魔力があたりを焦がすことも、的を切り裂くことも無い。


 それもそのはずだ。

 魔法によって変えられたのは地面。

 途端、先ほどまで鳴っていた魔物たちの進軍する音がぴたりとやむ。

 代わりに聞こえるのは雄たけびや鳴き声。

 土煙が収まっていき、目の前に予想したとおりの光景が広がる。

 一面の沼、沼、沼。そしてそこにゆっくりと沈んでいく魔物たちの姿。多種多様の魔物が、底の無い沼に足をとられ、ゆっくりと沈んでいく。

 土魔法『大鬼沼(フォール・ヴァイス)』は『フォール・イーター』を大きくしたものだ。広さはもちろんのこと深さも段違いにした。


 そして、その分食う魔力も尋常ではない。


「うわ……」


 ステータスを表示して驚愕する。


十一優斗 17歳男

MP 2870/49800


 45000強も使ったのか……


 いくら初めて行使した魔法で使い勝手が分からなかったとはいえ、ほぼ全てのMPを吐き出してしまっていた。やはり、草原一帯を沼にするレベルの魔法は消費MPが尋常では無いようだ。


「この手の大規模な魔法はそうそう使えないな……」


 初めて自分の魔力量に限界を感じる。

 やはり、もっと上げなければならないだろう。そして魔法をさらに洗練させなければならない。

 そうしなければ、オレの目指すものに届かない。


 目の前で沈んでいく魔物と、晴れていく土煙を見やりながら一人考える。


「よし……とりあえず、撃ち漏らしも無さそうだし、凛たちのところに戻るか……」


 大量にMPを消費してけだるい体を引きずりながら、オレは凛たちの下へと足を動かす。

 背後では、もう既に魔物たちの怨嗟の声は聞こえなくなっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ゆーくん! 大丈夫!?」


「お兄さん! 大丈夫ですか!」


 二人して一斉に心配の声をかけられるが、いかんせん疲れた体に女子の甲高い声は響く。

 なんとかな、と簡単に状況を説明すると、ようやく二人は肩を撫で下ろした。

 最近、ソフィアも凛みたいになってきてるな……え、凛が二人とかオレ絶対嫌なんだけど。


 オレが、少し休みたいと竜車に乗り込もうとしたところで、


「そこの君」


 と呼び止められる。

 面倒な表情を隠すこともせずに振り返ると、そこには二人組の兵士がいた。

 姿から見るにラグランジェの兵士で間違いないだろう。両方獣人だ。


「先ほどの魔物の大群を撃退したのは君で間違いないか」


 確かめるような口調だが、その裏には疑心が隠れている。実際にこんな小童が大魔法を使えるなどと信じられない、といったところか。

 恐らく、オレが魔法を使ったところを望遠鏡か何かで見られていたのだろう。あの魔法ならバレずに逃げ切れると思ったんだが、そこまで甘くは無かったようだ。

 ここですべき対応は……


「だったら何ですか? ……旅人見捨てて門を閉めるような酷い対応をする街があったようなんでね。仕方なく魔法で対処させてもらっただけですよ」


 隠すことも無く毒を吐くオレに兵士はピクリと眉を跳ねさせた。


「き、貴様……!」


「おい、待て! この人は城に連れて行かなきゃならないんだ!」


 片方の怒りをもう片方が諌める。

 くそ、ダメか。怒りに身を任せて雑に殴ってきたりしたら、そのままやられた振りをしてやり過ごそうとしたんだが……片方が冷静だったせいで、本当に城に招聘されてしまう。


「……お怒りはごもっともだ。だが、こちらの事情も分かって欲しい。いたずらに国民を傷つけるわけにはいかなかったんだ」


「重々承知してますよ。だから、そっちの事情を汲んだ上で、こっちはこっちの事情を申し上げたまでです」


 あくまで挑発的な態度を崩さないオレにまたも獣人の兵士がキレそうになるが、オレと対話するもう1人の兵士はいたって冷静だった。

 下っ端にこういう兵士がいるということは、この国も中々悪い国じゃ無いのかもしれない。まあ、先ほどの旅人を締め出した対応はクソと評せざるを得ないが。


「……とりあえず、君たちには城まで同行願いたい」


「拒否権は、無いようですね」


 オレの確認に兵士はコクリと頷く。

 まあ、あれだけの魔法を使ったんだ。それも致し方あるまい。


「じゃ、ついていきますよ」


「ゆーくん、大丈夫?」


「ああ、即死刑、なんてことは無いはずだ。……けど、一応警戒はしておいてくれ。何があるかまでは分からない」


 さてはて、いったい全体どんな難癖を押し付けられるのやら。


 王という存在に良い思いでの無いオレは、城にいるらしい王族らを想像して、今から辟易するのであった。


歓迎(締め出し)

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