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60、事後処理、そして

お気に入りや評価ありがとうございます。コメントもお待ちしております。


「どうしてだ……!」


 オレの声はその勢いをとどめることなく、突き刺さる。

 凛に、ソフィアに、エルナに、そして何よりも自分自身に。


「何でだよッ!! 何でまた、オレは――――」


 取り零すんだ……!


 後悔と自責、そして撒き散らしそうになるほどの憤怒。

 そんな暗い感情の数々が頭を揺らし、胸を衝く。

 ただただ、腕の中に抱える――――否、腕の中に抱え切れなかった少女の遺骸を抱いて、涙なく慟哭する。


 その慟哭は懺悔にも近い。


「何でだよ……ッ! あれだけ考えてッ! 計画も練った! 二人を救おうとしたッ!! なのに、何でッ!?」


 掬えない――――


 思いはついぞ声にならない。

 膝を付くオレに痛ましげな視線を送る凛も何も言わない。

 ソフィアは黙ってオレの様子を窺っている。


 しかも、さっきのあの魔法は何だ。

 氷魔法『白銀色ノ罪人棺(フローズングレイヴ)』。

 そんな魔法、オレは考案したことが無い。

 だというのに、激情に支配されたオレの頭に降って沸いたのだ。あの魔法は、まるで今まで隠されていたものが隙間から漏れ出てきたかのように、ふとオレの中に立ち現われた。


 以前にも同じようなことはあった。

ロストドラゴンに殺されかけ、生死の狭間の極限状態に陥ったとき、オレの知らない火魔法『贖罪ノ緋槍(カサルティリオ)』がオレの記憶に現われた。

あの時以来、同じ魔法の発現には成功していない。


 あれは何だ。


 オレの中に一体何がある。


 ただでさえぐちゃぐちゃとした感情の中に、さらに恐怖が入り混じり、どうにも処理できなくなったところで、ソフィアがオレの裾を引いた。

 その行動にオレも凛も驚き半分、怯え半分の反応を示す。


 開いた口が紡ぐのは糾弾か謗りか。


「……エルナ、ちゃんは、死んじゃったんですか?」


 たどたどしい問い方。

 けれども、こちらの目を真っ直ぐと見て問う。

 その彼女の様子はオレの初めて見る姿だ。

 オレは、真摯に答えるしかない。


「……ああ。治癒魔法も全く効かないし、脈も無い……エルナは、死んだ」


 ――――すまない。


 その一言は言えなかった。

 言うべきだとは思っている。


 ――――オレのせいだ。


 そう言いたかった。


 でも、ソフィアの表情はそれを許さない。

 彼女は、泣きそうになりながらも引きつった笑みを浮べたのだから。


「エルナ、ちゃんは、私に、優しくして、くれました」


 思いを確かめるように言葉を紡ぐソフィアに黙って耳を傾ける。


「色々なことを、教えて、くれて。泣いている、ときは、いつも、励まして、くれました」


 ぽつりぽつりと、彼女の思いは続く。

 最後にエルナに裏切られたというのに、彼女の意思は何も変わらない。


「……エルナ、ちゃんは、私の、友達です。だから、――――ありがとう、ございます」


 ぺこり、とソフィアが小さく頭を下げる。


「何で……」


 震える声で再び理由を問う。

 けれども、問う相手は先ほどとは違う。


「何でお礼なんだよ!? エルナはッ! エルナは死んで――――」


 激情に駆られそこまで吐きかけてオレは口を噤んだ。

 震えるソフィアの肩がオレに言葉を吐き出すのをとどめさせる。


「それでも――――! エルナちゃんと、私を、助けようとして、くれました。……今だって、エルナちゃんのために、悲しんで、くれています……!」


 涙を零すまいと必死に耐えるソフィアを見て、オレは思わず歯軋りを漏らす。


 ……ああ、何をやってるんだオレは……


 自分の浅はかさ、そして未熟さに反吐を吐きたくなる。


 どうして気付けなかったんだ。

 友達を失ったソフィアが一番辛いに決まっているじゃないか。

 それでも、彼女は大切な友人と自分を救おうとしてくれたことに感謝の意を示した。


 彼女は強い。

 恐らくオレなんかよりも何倍も、強い。

 自分のエゴを貫き通せないからって不満を零して、勝手に現実に打ちひしがれて、あまつさえソフィアにまで当たってしまう。

 そんなオレよりも、目の前の少女は確実に強い心を持っていた。


 自分勝手で利己的で傲慢なオレのあり方を諌めるように、彼女は毅然としている。


 惨めだと、そう思ってしまう自分自身にさらに惨めさが増す。


 もっと、エルナのために何かしてやれなかったのか。


 もっと、エルナを救ういい方法があったのではないか。


 もっと、オレが上手くやるべきだったのではないか。


 もっと、オレが賢くて、何でもできるような力があれば良かったのではないか。


 もっと、もっと――――


 欲望は酷くオレの心を渇かせていく。

 そして、その考え方は何よりも傲慢だと、糾弾する自分自身がいる。


 でも、それでも――――


「……ソフィア。ありがとう」


 オレのお礼の意味が分からないといった様子のソフィアが小さく首を傾げる。


「……とりあえず。ソフィア、お前の奴隷紋を解除しに行こう」


「ゆ、ゆーくん? でも……」


 言外に無理だという凛に淡い笑みを浮べる。

 その笑みに、凛が肩を跳ねさせた。


「大丈夫だ。何とかする。その後、エルナをちゃんと、――――葬ろう」


 その一言を発するのに吐き気を催すが、オレは強引にそれをねじ伏せた。

 今すべきことは、ソフィアを解放し、彼女を守ることだ。

 それが何よりもエルナへの贖罪になる。

 そうだと信じなければ、オレは自分自身を殺してしまいそうだ。


「ゆーくん? 大丈夫?」


「オレは大丈夫だ。……オレは、大丈夫だ」


 繰り返す。


 凛の心配は無用だ。むしろ彼女の心配はソフィアに向けられるべきだ。

 オレには瑣末ほどの心配も向けられる価値は無い。

 そしてその権利も存在しない。


 あの日から。


 また、楔が一本。

 オレの胸に深く突き刺さった。


 とても重い楔だ。


 それこそ、春樹のそれと同じぐらいに。


 抱きかかえる少女の体は驚くぐらい軽いのに、楔だけがその重量を主張する。

 自分に相応しい皮肉に、オレは小さく鼻を鳴らした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「この子の奴隷紋を解除して欲しい」


 オレたちは昨日世話になった奴隷職人の下を訪れた。


「……一体何があったんですか? そもそもこの子はあなたの……」


 訝しげな視線を、オレの顔と腕に抱きかかえたエルナ、そしてソフィアに交互に向ける。


「詮索はするな。この子らは二人ともオレの奴隷だ。オレがガルデムの奴から買い取った。――――大きな対価を支払ったがな」


 それ以上は奴隷職人も何も聞かなかった。


「……分かりました。では、奴隷紋の解除代金は……今回は頂かないことにしておきます」


 そう言うと、奴隷職人はため息を漏らして、ソフィアを連れ立つ。

 オレと凛も当然のように、彼の後に続く。

 ちらり、と不満げな視線を向けてきたが、何も言うことはなかった。


「では、始めます」


 オレのときと同じような手順で、奴隷職人がソフィアの奴隷紋に術式を施す。

 そして、呪文を唱え始める。

 ものの一分と経たないうちに、紋の解除は終了する。


「……これで、彼女はもう奴隷ではありません」


 見れば、ソフィアの胸元から奴隷の証である奴隷紋が消えている。


「感謝する」


 奴隷職人には無理矢理直近で仕事を依頼したのだ。迷惑がかかっていないとは思わない。


「構いません。……奴隷職人ってのは、何かと人から恨まれますけど。これでも人の心は忘れないようにしたいと思っていますから」


 その彼の殊勝な態度に、オレは「そうか」とだけ返すとソフィアを連れて奴隷職人に背を向ける。


「……いい一日を」


 奴隷職人の放った一言は何の悪気も無いだろうが、オレには皮肉にしか聞こえなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 市街地からやや離れたところにある公園。


 その一角の岡の上で、オレたちは眠る少女に黙祷を捧げる。

 今、彼女の手は胸のところで合わせられ、周囲には花が供えられている。

 それらの花は凛やソフィアが集めたものだ。

 死ぬ間際に浮べた苦悶の表情は既に見受けられず、安らかに眠っているように思う。


 もしかしたら、それもオレの身勝手な希望なのかもしれないが。


 どこまでも自己嫌悪に陥りそうになり、拳を強く握り締める。

 ちらり、とソフィアの方を見やると、彼女は目の端に涙を溜めながらも泣くまいとしていた。

 友人に最後の別れを告げるためにこの場にいるのだ、決して泣き喚くためにいるのではないと、そう言わんばかりに。


 凛も複雑な表情でたたずむばかりだ。

 このときばかりはいつもの笑みも、軽口も息を潜めた。


「ソフィア。……エルナに別れを」


 竜車を手配した時間までもう一時間も残されていない。

 定刻どおりに出発するのであれば、すぐにでも竜車乗り場へ向かわなければならない。

 別れを急かす罪悪感を押し込め、ソフィアに告げる。


「はい……」


 ソフィアは逡巡するようにしながらも、横たわるエルナの手をとる。


「……私は、エルナちゃんと、友達で、良かったです……」


 とつとつと思いを吐露する。


「奴隷に、なって、辛くて、どうしようもなくて、苦しくて……そんなときに、エルナちゃんは、そばにいて、くれました」


 思い出をいつくしむように語る。

 まだ小さい子供だというのに、彼女は今はっきりと現実に向かい合っている。

 その強さを突きつけられて、オレは何故か自分が責められているような気がした。


「いろんなこと、教えてくれました。どれも全部、たからものです」


 言葉が途切れる。


 ソフィアの口が開いては閉じてを繰り返し、何かを伝えようと、何かを届けようともがく。


 けれども、それを告げてしまえば終わってしまうから。

 最後の言葉になってしまうから。

 だから、彼女はためらう。

 永い沈黙。ただし、その沈黙の意味はとても重い。


 凛がソフィアの肩に手を置く。

 それを受けたソフィアが覚悟を決めるようにして、エルナの手を強く握った。


「――――ありがとう、ございました」


 それが、彼女が友人に届けた、最後の言葉になった。

 たとえ、最期に裏切られようとも、友人であったことに変わりは無いと。彼女は、そう宣言したのだ。


「――――もう、いいな?」


 コクリ、と黙って頷くソフィア。


「凛。こいつと一緒に、先に公園の入口に行っといてくれ」


「ゆーくんは……ううん、分かった」


 何かを問いかけて途中で悟った凛が、承諾を示す。


「……お兄さん」


「ん?」


「エルナちゃんを、よろしく、お願いします」


 最後まで涙を零さず、ソフィアがオレに頭を下げる。


「……ああ。言われなくてもな。――――それが、オレの義務だ」


 その言葉を聞き届けると二人はしっかりとした足取りで去っていく。

 凛が去り際にエルナに「ごめんね……」と呟いたのは、きっとオレの耳にしか届いていないだろう。


 そして彼女らの背中に小さく謝罪を口にする。


「悪いな……騙すような形になるけど」


 無論、その謝罪は彼女らの耳には届かない。

 凛とソフィアが視界から消えるのを見届けて、オレはエルナに向き直る。

 膝を付き、彼女の髪をすく。


「……こんなことで許してもらえるとは思わないが」


 彼女を取り出したローブに包み、彼女の体を抱く。

 そしてオレはそのままエルナを、『持ち物(インベントリ)』にしまった。


「ある意味、冒涜だよな……死体を持ち歩こうなんて」


 誰にとは言わず独り呟く言葉には、返事など帰って来ない。

 凛たちはオレにエルナを埋葬するか火葬するかを期待していたはずだ。

 そしてオレが彼女たちを遠ざけたのは偏に、その光景を彼女たちに直接見せないためであると。


 だが、実際は違う。

 オレは彼女の遺骸を『持ち物(インベントリ)』にしまった。

 葬る、などと嘯いておきながら、未だに彼女をしっかりと葬っていないのだ。


「凛たちに知られたら、殺されそうだな……」


 自分のやっていることが倫理的に許されないだろうという客観的な判断はある。

 けれども、それ以上に彼女にせめても償いをしたいという思いが勝るのだ。


「出来れば、こいつの故郷の土に眠らせてやりたい……」


 こんな雑多な、自らが奴隷として過ごした街ではなく、彼女の母親が生まれたであろう地に眠らせてやりたい。


 そう願うのは傲慢だろうか。自分勝手だろうか。浅ましいだろうか。

 たとえ誰に謗られようとも、オレはこの判断を間違っているとは思わない。

 これこそが正しい決定で、オレの進むべき道だ。

 彼女は、死を以ってなおまだ自由になれていない。


 本当の意味で、彼女を自由にしなければ、オレの罪は雪がれない。


「だから、これでいいんだ……これで……」


 少女の体が宙ぶらりんな状態で自分にまとわりついている不快感に、胃の中がかき回されながらも、オレはエルナの眠っていた場所を見る。

 備えられた大量の花弁に見咎められているような気がして、オレはあわてて目を背けた。





「凛、ソフィア」


 声をかけると二人が振り向く。


「ゆーくん……その、終わったの?」


 それは彼女を葬ることを、ということだろう。


「……ああ、一応な」


 すると、凛は「そう……」と答えるだけでそれ以上は何も言わなかった。


「それで、ソフィア」


「は、はい」


「お前はもう奴隷じゃない。自由なわけだ」


 オレの語りに未だ話の核心をつかめていないソフィアが首をかしげた。

 と同時に狐の耳と尻尾もふわふわと揺れる。


「つまりオレたちに付いて来る必要も無い」


 ここで生活を立てるもよし、誰か他の者に保護してもらうも良し、自分で旅をするも良し。

 その選択に制限は無い。


「ただ、オレらはこれからフローラ大森林に向かう」


「フローラ、大森林……私の、おうちが、あります……」


 ソフィアが驚きを顔に浮べる。


「そうだ。だから、もし君が望むのであれば、君を家まで連れて行く」


「私の、おうち……」


 ソフィアが懐かしむように漏らす。


「…………一緒に、来るか?」


 幾ばくかの逡巡に狐耳が揺れる。

 その中にあるのは遠慮か、それとも猜疑心か。


「……行きます」


 だが、ソフィアの答えた声は存外しっかりとしていた。


「いいんだな? かなり遠いぞ?」


 ここから5日ほどかけて、『要塞都市ラグランジェ』に向かう。

 その後、移動手段を確保次第フローラ大森林赴く予定だ。


「大丈夫です。連れて行って、ください」


 強い意志が瞳に宿る。

 それは友人の死を乗り越えたからだろうか。


 いや、違う。

 友人の死を抱えているからこそだ。


「分かった。なら、そろそろ竜車の時間が来る。遅れないよう急ぐぞ。凛」


「うん、りょーかい。これからもよろしくね!ソフィアちゃんっ!」


 凛が急に元気を取り戻したかのようにソフィアに抱きつく。

 だが、彼女のこれは猫かぶりの一種だろう。

 まあ、こんな状況じゃそれが助かるのかもしれないが。


「リンさんは、少し、重いです……」


「お、重い!? え、体重が!? 嘘、わたし太ったかな……」


「そういう重いじゃないと思うんだけどな……」


 さらっと無意識で毒を吐くソフィアに苦笑を漏らしながら二人を急かす。

 ソフィアをメンバーに迎え入れて、オレの旅路はまだ続く。




 大切なものを失いながらも、着実に。


レグザス編完結。次回から『要塞都市ラグランジェ』編入ります。これがちょいと長くて大体20話分ぐらい使うかと。

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