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6、友人

3.5、友人


 香川春樹は、とても心の優しい少年だった。いや、優しすぎた。

 他人のために自分を犠牲にすることをいとわず、痛みにこらえ、人知れず涙を流すような。

 それが彼の全てだと傲慢に言うつもりはさらさら無いが、彼と話しているとそんな印象を受ける。


「お前って、幸薄そうだよな」


「ひどいっ!?」


 こんな風に冗談を言い合えるほどには、仲がよくなったのも偶然の為せる技か。オレらが二人ともステータスが低くならなければこうはならなかっただろう。


 あの衝撃的なステータス発表からはや何日が経過しただろうか。

 オレたちは勇者の中の最弱組として、仲良く村八分に遭っていた。わぁい、現代日本の闇だよ! いや、現代日本じゃねーなここ。


 春樹との間の心地よい沈黙に身をゆだねていると、当事者たる彼がその口を開いた。


「でも、優斗ってなんであの時僕のことかばってくれたの?」


 何度目になるか分からない同じ質問を飛ばす春樹に、オレはため息混じりに返事をした。


「何度も言ってるけどさ……別に庇ったわけじゃねーよ。オレの快眠のために已む無くやっただけだ。別にお前のためじゃない」


「別にって二回言ってるよ……ツンデレなの?」


 小首をかしげながら言う。

 その可愛らしい仕草に、「お前は女子か」と突っ込みたくなるのをぐっとこらえ、


「それ、誰が得すんの? 春樹ックスや」


「なんか今すごい勢いで前衛的な渾名をつけられた気がするんだけど……」


「気のせいだよ、春樹EX」


「強そうだね!? でも、普通に呼んでくれると嬉しいな!?」


「分かった、春樹」


 そう言ってオレはダンディーなボイスであえて冗談めかす。それは気恥ずかしさの裏返しだ。


「あの、そんな愛をささやくように言われると、照れるんだけど……」


「照れんなよ冗談だよオレにその趣味はねーよ」


 そう言いつつ小さく笑いあう。この心地よい関係は中々築けるものじゃないと思う。ただし、ホモォてめーはダメだ。

 オレが自らの性癖の危機に晒されているのもいさ知らず、春樹は「えへへ」と笑いながら恥ずかしそうに言った。


「優しいんだね、優斗は」


 唐突に投げかけられた賛辞に一瞬だけ思考が停止する。


「はぁ? 何言ってんだお前。世界優しい人選手権があったらどうどう予選落ちする自信があるけど?」


 オレの棘のある言い方にも春樹はくすりと笑いを漏らした。


「そう? シードで準準優勝ぐらいまでは行きそうだけど」


「シードならせめて準優勝ぐらいしろよ!? オレの優しさ低すぎ!?」


「冗談だよぉ」


 あははははーこのこのー。

 おい、なんだこのお花が咲きそうなゆるふわ展開。ふわふわしすぎててやばいよ、どんだけ低反発なのこの会話。やだ快眠グッズみたい。

 オレの照れ隠しを見破ってかどうか、春樹は癖のないその黒髪をいじりつつ言った。


「……これから、どうなるんだろうね。僕たち」


 そう放った言葉は答えを求めていたのだろうか。

 半分はオレに、もう半分は自分自身に問いかけているように思えた。

 だから、オレはその半分の期待に応えるように答える。


「……さぁな、なるようになるだろ。案外、ハーレム作れたりするかもしんねーぞ」


「僕そんなことになったら胃に穴が開いちゃうかも」


「すげぇ、ハーレムによる精神的ストレスで胃に穴が開くとか何か世知辛い」


 まあ、ハーレムなんて作品の中だけのお話。現実はそう甘くない。女の子だって当然のように一番になりたいと思うだろうし、他の子を妬ましく疎ましく思うだろう。そうなれば亀裂が生じ、崩壊するのは自然の理と言えよう。

 まあ、そもそもイケメンじゃないオレには一ミリたりとも可能性はないんですけどね。はは。

 などと内心で、SEKAI NO RIFUJIN に悪態をついていると春樹が顔を覗き込みつつ言った。緊張しているのか少しばかりほほが紅潮している。


「……ね、ねぇ、この後空いてる?」


「そうだな。人間観察と天井の染みの数を数える業務が溜まっているんだが……」


「それ暇だよね……じゃあ、一緒に街に行かない?」


 デートのお誘い……だと……? だが男だ。いくら見た目が中性的……女の子っぽいからといってこいつは女子じゃない。そう、男なんだ。ふざけるな! 男の子がこんなに可愛いわけがない!


「おーけー、行こうか」


 そんなわけの分からない葛藤も春樹の不安そうな顔を見ると吹き飛んでしまった。


 男でもいいじゃない。いや、全然良くないけど。


「ほんと? やった!」


 手を合わせて春樹が喜ぶ。

 春樹もオレと同じく一人で飛ばされてきたので、知り合いがいないらしいのだ。

 はるき は なかま を よんだ!▽

 しかし なにも おこらなかった!▽

 というわけだ。

 うぃーあーざぼっち。なお、複数人でもぼっちーずにはならないです。


「んじゃ、この後すぐってことで」


「うんっ! 楽しみにしてる」


 春樹君のヒロイン力の高さにびっくりだよオレは!


 そんなやりとりを経て、オレたちは騎士団寮を出て城下町リスチェリカへと繰り出した。

 この街の大まかなつくりは放射環状型、とでも言うのだろうか。中心の大広場からほぼ同心円状に町並が広がり、東西南北に大きな本道が貫いている。

 やはり、本道に沿うところには商店やギルド、教会などが立ち並び、住宅街はやや奥ばったところへ位置している。

 北端には王城が位置し、北に行けば行くほどより高い階層の方々がお住まいになられている。例えば神官、例えば王宮仕えの大臣たち、例えば世界に名をはせる大商人などなど。

 逆に南の端はあまり治安もよろしくないようだ。流石に本道周辺はそれなりにととのってはいるものの、少し東西にずれるとスラムに程近い場所が広がっている。

 そして面白いことに、この城下町はそのまま近隣の村と続いており徐々に家や石造りの整備された道がまばらになっていくのだ。城壁などで街を覆ってしまってもいいと思うのだが、そこにはどうやらこの国の成り立ちも関係している。

 最初、この国は兵士村のような役割を果していたらしく、そこから発展して今の国になったそうだ。兵士の指揮をとっていた貴族が当時のどっかの王様に爵位をもらって、この土地を治め始めたところが、この国の興りである。

 さすれば、当然守るのに強固な城壁など作る意味も無かったので、そのまま発展して今の形になったんだとかなんとか。以上、聞きかじりの知識による十一優斗のリアヴェルト王国の成立でした。


「――――優斗ってば!」


「あ、すまん。ちょっと意識がトランスってた」


 オレがくだらない思考を練っている間にどうやら春樹が何度も呼びかけていたらしい。困り顔でこちらを見ながらも、唇は少しとがっている。


「あんまりぼーっとしてると危ないよ?」


「悪い悪い。で、どこ行こうか」


「そうだねー……男のロマン的には武器屋さんとか?」


 お前が男とか言うとそこはかとない違和感を禁じえないんだけど。


「まあ、いいんじゃないか。行くだけ行ってみようぜ」


 そんな軽い気持ちで返事をした。





「冷やかしなら帰りな」


 開口一番それかじじい。

 い、今起こったことをありのままにはなすぜ。オレは武器屋の入ってすぐのところで店主に暴言を浴びせられていた。何を言っているのか分からないと思うがオレも何を言っているのか分からない。

 春樹とワクテカしながら店に入ったら店主らしき爺さんに初手で追い返されそうになるという珍事。どういうことなの。


「一応、客なんですけど……」


 オレが呆れ交じりの声で反抗すると、店主と思しきおっさんはニヤリと口の端を歪めた。


「ふん。剣も握ったことがない小童が。冷やかしなら帰れ」


 おうおう取り付くしまもないとはこのこと。


「今後買うかもしれないんで、下調べっすよ。ほら、立派なお客さんだ。客は大事にしていかないとダメですよ?」


「ちっ……口だけは達者な坊主だな」


「そりゃどうも。お褒めにあずかり光栄です」


 そうおどけるオレに店主はそのごつい唇をぴくりとさせたまま一切こっちを見ることはなくなった。


「す、すごいね……」


 春樹が声を潜めてささやく。


「あ? ああ、確かにいろんな武器があるな」


 剣や槍などはもちろんのこと、棍棒やハンマー、斧に鎖に鞭に杖など多種多様の武器が揃っていた。小さい店ながら中々の品揃えではないだろうか。


「ううん、そっちじゃなくて。さっき言い合いのこと」


「ああ、あれか? 別に、向こうさんがやけに喧嘩口調だったからこっちも舐められない程度に言い返しただけだ。あの手のは、下手に出てもあんまいいこと無いから。こいつと言い合うのは面倒くさいと思わせとけば勝ちだ」


 その言葉を聴きつけたのか、店主が小さく肩を動かしたが、そのまま何事もなかったかのように手元の新聞らしきものに目を戻した。


「ま、店長さんのお許しも出たことだし、色々見ていこうぜ」


 そう言うと店主のおっさんはつまらなさそうに鼻を鳴らした。オレはそれを気にせずに店内を見てまわる。


 あまり大きな店ではない。せいぜい、前世の平均的なコンビニ程度だろうか?実際はところ狭しと武器が並べられているため、それ以上に狭く感じる。大通りから一本入ったところにある地味な店だ。


 陳列されている剣を見てまわる。

 直剣や両刃剣、曲剣にナイフ、ダガーなどなど一口に剣と言っても様々なジャンルがある。残念ながら日本刀は無いようだ。


「……ちょっと怖いね」


 春樹が困り顔で呟く。

 無理も無いだろう。これまで、こうした武器とは縁の無い生活を送ってきたのだから。いくら、ゲームやらで扱っているとはいえ、それは液晶を隔てた向こうの世界。直に見るのとはまた違う。目の前の剣には、確かに生物をあやめることができる存在感があった。


「ふんっ……怖気づいたか? クソガキ」


 おっさんがニヤニヤした表情を浮べながらせせら笑う。


「いつの間にオレの呼び方クソガキになったんだ? おっさんの好感度上げた覚えないんだけど」


 オレの悪態にもおっさんは憎たらしい顔を崩さない。


「おうおう、弱者はよく吼えるな」


「その理屈で行くとオレと同じくらいしゃべってるおっさんも弱者だな。弱者同士仲良くしてくれよ」


 あまりに礼節に欠いた態度のため、こちらも相応の口調で対応する。


「本当に口の減らねぇ野郎だな」


「まあ、一つしか無い大切な口なんでこれ以上減らしたくないな」


 おっさんが、返事に詰まる。

 一歩も引かないオレの態度に、遂におっさんが深いため息を漏らした。


「……あー、もう分かったよ分かった。おれの負けだ。好きなだけ見てけ」


「ありがとうございます、店長さん」


 そう言って笑うオレを見て、「はぁ……しつけはちゃんとされてんのなぁ……」と小さく呟いていたが、オレは華麗に無視を決め込む。


「ね、ねぇ……優斗」


「ん? なんだ? 何か面白い武器でもあったか?」


「いや、そうじゃないけど…………なんでもない」


 春樹が何か言いたげにしているのを無言の笑顔でスルーし再び武器へと目を向ける。これが秘技、笑顔圧殺術だ。小さい女の子とかにやっても一瞬で相手の反応を殺せるよ! ついでにオレの社会的な地位も死んじゃうよ!


「……ん? なんだこれ」


「んー……錆びた、剣?」


 そこには赤茶色に錆びてボロボロになった短剣が置いてあった。

 おいおい、こんな不良品置いてあるのかよ。


「おい、おっさん。この剣だけど――――」


「バカ!! うかつに触るな!!」


 そんなおっさんの怒号が飛んでくるも、既にオレは剣の柄に手をかけていた。


 ――――殺したい。


 ゾクリ、と何か黒い感情が腹の底から沸きあがる。


 切りたい、殴りたい、蹴りたい、嬲りたい、消したい、貫きたい、潰したい、壊したい、崩したい、破りたい、穿ちたい、撃ちたい、喰いたい―――――


 なんだよこ、れ……

 呟くこともできず思考が黒く黒く染ま――――

 

 殺したい殺したい殺したい殺せ殺せ殺せころせころせコロセコロセコロセコロセ―――――


「優斗ッ――――!」


 胸のあたりに衝撃を感じた直後、店の床に仰向けに倒れているオレがいた。

 酷く、息が上がっている。

 春樹が、不安げな顔でこちらを見下ろしている。


「なん……だ、今の……」


 自分の思考が一瞬で真っ黒く塗りつぶされていく感覚。

 理性が、感情が、オレの持ちうる精神的営みが全て否定され、その上から真っ黒なクレヨンであらゆる色を塗りつぶしていくような――――破壊衝動。

 あんな感情を一瞬でも自分が抱いていたのかと思うと怖気が走る。

 手が震え、立つことすらままならない。


 触れた。触れてしまった――――狂気に。


「『曲宴のアゾット』……それがその呪われた剣の名前だ」


「曲宴のアゾット……」


 おっさんが苦々しい顔で告げる。ってか、


「そんなあぶねーもの店内に放置しておくなよっ!?」


 ふざけんじゃねぇ、このクソ店主!!


「仕方ねぇだろ!? 気付いたら置いてあって、誰も触れないから場所移せないんだよっ!!」


「そんな馬鹿な……」


 だが実際、他の普通の剣と同じように無造作に置かれているのを考えると、あながち嘘でもないのかもしれない。


「せめて、注意書きぐらい書いておけよ……!」


「あん? 書いたはずだが……」


 そう言うとおっさんがカウンターの奥から出てきて、剣の置いてある台を指差した。


「ほら、ここに」


 そこにはかろうじて読めるかというレベルの小さな薄い文字で「この剣危険につき触るべからず」と書いてあった。


「字、小っせぇな、おい!」


 こんなの読めるわけねーだろ!? 視力検査か何かか!!


「あぁ? 良いだろ別に。書いておけば何言われても『当店は責任を負いません』って言い逃れできるだろーが!」


「店を持つものとして最低だな、あんだ!?」


 そんな風に店長とギャーギャー話してるうちに、妙な親近感が生まれてしまったのはここだけの秘密にしておこう。

 春樹は脇でただただ困った笑顔を浮べていた。


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