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50、旅立ち

ようやく旅に出られるね。ここから本編です。


「最終チェーック! 食料おっけー! お金おっけー! 調理器具おっけー! 各種雑貨おっけー! よし、ここからきみの冒険は始まる!!」


 まっさらなタウンから出発しそうな掛け声を上げて自分の気分を持ち上げる。持ち物確認も済み、小さく息を吐くと、オレはまだ朝靄のかかっている草原を見渡した。

 今オレがいるのは首都リスチェリカの街門だ。ここから竜車を使って西にある都市『レグザス』に向かい、そこで乗り換えて南下し、最終的に『フローラ大森林』に向かう。決して短い旅ではないだろうが、一度行ってしまえば転移魔法陣を設置できるので帰りは問題は無い。


 だが、これだけ確認してもまだ何かを忘れているのではないかという不安に駆られる。


「……大丈夫だ。やるべきことは全て済ませた」


 自分にそう言い聞かせる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「シエル、お前に宿題を出そうと思う」


「宿題、ですか?」


 出発の前日、シエルに我が家の合鍵を渡すと同時に、彼女にそう告げた。


「ああ、そうだ。オレが戻ってくる……そうだな、三週間後ぐらいか? それまでに、例の商談を成功させてみろ」


「え、ひ、一人でですか?」


 情けない声を上げるシエルにオレは頷きを返す。


「ああ、そうだ。一人でだ。分からないことを誰かに聞くのは構わない。けれど、本番はお前一人で臨むんだ」


 これはシエルの成長のために必要だ。

 もし仮にオレや他の人と一緒に商談を成立させても、それは彼女のスキルアップに繋がらない。自らが考え、行動することで人間は初めて成長できる。加えて、彼女には自信の獲得が不可欠だ。一人で成し遂げたという事実が、彼女の自立を促す。


 まあ、オレのような若造が人間の成長を語るなど笑止千万なのだが。


 自分を棚上げした一般論を振りかざしていることに、自嘲を覚えながらもそんな言葉を吐く。


「……」


 シエルは不安げに眉を下げてしまっている。

 無理も無いだろう。前回あれだけこっぴどく失敗したのだ。しかも誰かさんにその失敗の原因をくどくどと説教されている。トラウマになってもおかしくはない。


「シエル、きっとお前にならできると思う」


「え……」


「お前は人のことが気遣える」


「え、あ、その……?」


 唐突に始まった話にシエルが首を傾げた。


「それは当たり前のように思えるかもしれないけど、ものすごい才能だ。簡単に誰にでも出来ることじゃない」


 そうだ。オレもできない。

 本当の意味で人を気遣う。親切を押し付けずに相手の求めていることを行動できる人間ってのはそうそういるものじゃない。


「だから、それはお前の才能だ、シエル」


「私の……才能……」


「そうだ。それを商談でも活かしてみろ。相手の立場に立って考える。な、お前なら簡単だろ?」


「相手の……立場に……」


 シエルは悩むように俯いてしまう。けれども、それは正しいのだろう。

 悩んで立ち止まって苦しんで、そうして得られるものにこそ価値がある。


 ……価値がある、はずなんだ。


「分かり、ました」


 気付けばシエルは顔を上げていた。

 そこには覚悟と呼べるような強い思いは見られないし、明るい目の輝きも無い。だが、暗鬱とした表情は無く、まっすぐとこちらを見ていた。


 否、真っ直ぐに自分と向き合っていた。


「楽しみにしてるぞ」


「はいっ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 シエルに合鍵も渡したし、ブラント団長への報告も済んでいる。

 何も憂いは無いはずだ。完全記憶能力があるオレの記憶の隙間を縫って漏れた準備があるなら、それはもう仕方が無い。


 そうして頭の中で逐一問題が無いかを確認していると、ガラガラと街の方から竜車の車輪が転がる音が聞こえてくる。その竜車の先頭には黒いトカゲのような生物、小竜が繋がれている。よく見ると荷台に従者がおり、小竜を手綱で操っているようだ。

 小さな竜がちろちろと舌を出しているのを見て、若干口元が引きつる。

 

 爬虫類、苦手なんだよなぁ……


 若干鳥肌が立ちつつある腕をさすりながら従者と話をする。オレが竜車利用の乗車券を提示すると、すんなりと乗せて貰えた。

 竜車には厚手の布で壁と天上が作ってあり、雨ざらしというわけじゃなさそうだ。無論、快適な居住空間とはいえないが、それなりの広さもあるし旅の移動をする分には十分だろう。

 どうやら、これから少しの間荷物を積むらしく、まだ出発まで時間がかかるらしい。

 そりゃあ一週間の旅路を人だけ運ぶんじゃ割りに合わない。商人の荷物なども一緒に運搬することで採算を得ているのだ。


 無聊の慰めに幌から外を覗き、他の竜車の数を数える。

 どうやら、今回の旅は四台の竜車でまとまって行動するようだ。

 まあ、長旅をするなら複数人で行くのは妥当だな。それだけ盗賊や魔物に襲われるリスクも軽減できるし、有事に他の竜車に助けも求められるからな。

 そんなことを考えていると荷物の積み込みが終わったらしく、出発するとの連絡が入る。


 さてはてついに旅の始まりですかね。


 そんな風に意気込んで竜車を覆う布の隙間から外を見やるも、未だ霧は晴れていない。

 少しばかり気が晴れないのが残念だな。

 苦笑を漏らして再び竜車の中に腰を落ち着けると、急に竜車の後ろの幕が開いた。


 ぎょっとしてそちらを見やると、いかにも怪しげな黒いローブ姿の人物が息を切らしながら駆け込んできた。

 オレが警戒に後ずさろうとすると、その後ろから従者が顔を覗かせて言う。


「ああ、安心してくださいや。この人も竜車の利用者ですんで」


 その言葉にほっとため息を漏らすも、未だに怪訝な視線を向ける。

 いや、だって何この全身黒ローブ。怪しすぎるでしょ。絶対黒魔術とかやってるよ。それか、何か人には言えない罪とか犯して国外逃亡図ったりしてるよこれ……


 うわ、何か面倒事に巻き込まれそうでやだなぁ……


 既に嫌な予感がビンビンしてることにげんなりとした表情を浮べていると、体が横に引かれる。竜車が動き出したのだ。

 竜車は徐々にその速度を上げていき、オレは慣性の法則そのままに体を傾ける。

 やがて速度が一定になったのか、体に感じる負荷は収まった。

 その何気ない体への負荷が、オレに旅の始まりを感じさせる。


「何ともまあ辛気臭い旅の始まりなこって」


 立ち込める霧、ボロイ竜車、そして怪しげな黒ローブと二人きり。

 そんないかにもな状況の中で、オレの旅は始まったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「魔法の力ってすげー!」


 黒ローブの存在も意に介せずオレは一人叫びを上げる。だが、許して欲しい。


「全然揺れを感じないんだけど、どうなってんだこれ!」


 竜車の前の幕の隙間から従者に問うと、従者は軽く笑いながら言った。


「お客さん、竜車は始めてですかい?」


「生まれてこの方乗ったことないな」


「そうですかい。実は、竜車には魔法道具がついているんでしてね……天井を見てくださいや」


 言われるがままに竜車の天井を見上げると、そこにはなにやら小さな丸い球体が吊り下げられていた。薄い水色のようにも見えるが天井が透けて見えることからガラスか何かだろうか? 中にはなにやら方位磁針のようなものが入っている。


「それが魔法道具でしてね。竜車の揺れを小さくしてくれるんでさ」


「ほお……こんなものが……」


 今のオレには全く仕組みなど理解できないほどに面白い。

 ……カシュールの蔵書の中に似たようなものがあったか?

 そう思って脳内に保存してある本を片っ端からあさっていく。完全記憶する際に文字列としてしか記憶していないから、あさっていくのが面倒だ。


 あー、ただの記憶機能だけじゃなくて、どうせなら便利な検索機能も欲しいな。そんな無いものねだりをしながらも脳内の文献をあさって読み進めていく。


 首都リスチェリカを出発してから早くも一時間ほどが経過していた。既に霧は晴れ渡り、空には太陽が上がっている。晴天だ。旅日和と言えば旅日和だろう。

 街道に魔物の気配も無く、旅は順調に進んでいた。出発した当初はどうなるかと思っていたが、同車している黒ローブも大人しい限りで、オレの方を見向きもしない。


 ……いや、正確には先ほどからチラチラとこちらの様子を窺ってはいるのだが、それはオレの行動が原因だろう。公共交通機関では騒ぎすぎないようにしようね!


 自戒も籠めた意味で曖昧な愛想笑いを浮べながら腰を落とす。

 眺める景色はどんどん後方へと過ぎ去っていくが、一面緑の平原が広がるばかりで少々面白みにはかける。

 まあ、旅の移動中なんてそんなもんだろう。携帯ゲーム機もトランプも無いんだ。一人楽しく読書に洒落込むとしようか。


 こと独りで時間を潰すことにおいてオレの横に出るものはいない! 悲しきかな、独りぼっちに慣れすぎた弊害だよ、これ! 絶対、褒められることじゃないよ!


 なんてことをくだらなく考えながら、オレは無聊を慰めることに勤しむ。


 それからややあって。


 そわそわ。


「…………」


 そわそわそわ。


「……………………」


 そわそわそわそわ。


 ……なんか目の前の黒ローブがさっきからそわそわしてるんだけど、何こいつトイレでも行きたいの?

 しかもただ落ち着かないといった様子ではなく、先ほどからこちらの様子を露骨に窺っているのだ。まるで何かに気付いて欲しいかのように。


 オレに何を求めてるんだ、こいつは。


 思考を回転させて答えを得ようともがくも、それらしい解答は得られない。

 ただ、この怪しげな風貌の人物が落ち着かないでいるさまを見ると、オレまで何か不安になってくるのだからやめてほしい。あんまりそわそわしないで。

 そんな自分勝手極まりない望みをぶつけるべく黒ローブに視線を向けると、今度は露骨に顔を背けるのだから訳が分からない。


「はぁ……」


 小さくついたため息にまたも黒ローブが反応する。

 ついにオレは痺れを切らした。


 あまり関わりたくは無いが……


「あの、すみませんが―――――」


 文句を告げようとオレが声を上げたところで、怒号がそれを遮った。


「魔物の襲撃だッ!!」


 その声はオレの乗る竜車よりも前の一台から聞こえてきた。

 やはり、目的地までそうそう簡単に着かせちゃくれないようだ。


「数は!?」


 怒号に対してまた別の怒号が飛ぶ。今度はオレたちの竜車の後方から。その緊迫した声は、事態がただならないことを伝える。


「分からない!! ただ、10や20じゃないぞ! バイソンボアの群れだ!!」


 魔物バイソンボア。牛とイノシシを足して二で割ったようないかにもな風貌だが、その性格は極めて温厚。よっぽどのことが無ければ人を襲うことなど無く、ましてや争いを起こすことなどはない。そう、本来人を襲うような魔物ではない。むしろ、動物に近い。


 では、よっぽどのこととは何か。


 それは、自らの、そして自らの群れを脅かす存在だ。生命の危機を感じて彼らは生きるための暴徒と化す。2m近いその巨体はぶつかるだけで人を軽々と吹き飛ばすだけの運動量を持つ。それが20以上も群れを成してまっすぐにこちらに向かってきているのだ。


 当然、小回りの効かない竜車で避けることなどは出来ない。文字通り蹂躙されるのがオチだろう。


「おいおい! まずいぞ! 傭兵はいるのか!?」


 叫びに答えるようにして後ろからまた一つ新しい声が飛んだ。


「俺が今回の雇われだ!! だが、あの数は無理だ!! 竜車を捨てて逃げるぞ!」


 傭兵某が迅速な逃亡を宣言する。

 だが、当然それに反対する声が上がる。


「冗談じゃないですよ! この竜車にはわたしの商品が大量に積んであるんですよ!!」


 傭兵と同じ竜車に乗っているのだろうか。後ろから、自らの積荷を案じる悲鳴が上がる。恐らく自分の竜車を持たない小規模な商人だろう。


「バイソンボアは一度恐怖に駆られたら止まらねぇよ!! 死にたいのかてめぇ!!」


 言葉は粗雑だが、傭兵某の提案は妥当だ。

 上半身を竜車から乗り出して前方を見やると百メートルと離れない先に、土煙の壁が見える。


 壁だ。


 その土煙によって成る壁こそが、バイソンボアどもの駆けて出来たものだということを理解するのにそう時間は要さなかった。

 壁の横幅はざっと数十メートルほどだろうか。

 もしオレら全員が捨て身で真横に逃走すれば死ぬのは免れるかもしれない。


 だが、竜車は確実に失う。

 街を出てから4時間強。ここまであたりには草原しかなかった。オレら全員が食料や飲み物も失った状態で、元の街か次の村までたどり着けるのか? 加えて、大所帯だ。夜になれば盗賊や魔物のかっこうの餌食となる。


「マズいな……」


 バイソンボアをとめる方法。あるにはあるが、大掛かりな魔法になる。

 さてはて、どうすべきか。

 そんな風に考えあぐねていると黒ローブが立ち上がって従者に言った。


「すみませんっ!」


「あ、どうしたんですかい?今魔物が来てるのであんさんも早く逃げる準備を……」


「その件なんですけど!」


 黒ローブは見かけによらない明朗快活な声で言った。


「わたしに、任せてもらえませんか?」


 オレは、ただ呆けるようにしてその様を見つめていた。


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