48、二振りの相棒
更新遅くなってすみません。
「シエル、この家をお前に任せたい」
「ふぇ!?え、あ、はい!頑張ります!……え?」
とりあえず了承してから疑問を抱くその相変わらずなシエルの様子にオレは苦笑を漏らす。
件のお化け屋敷騒動が終わり、片付けも終わったところでオレはシエルに切り出した。
「旅の準備がほとんど終わったからな。恐らく、来週の頭あたりから旅に出る」
唐突に切り出された話にシエルは当惑を隠せない。
当然だろう。こんな大きな家の管理を任されたんだ、惑わないわけがない。
「必要な経費は予め多めに渡しておく。どう使ってくれても構わない、任されてくれないか?」
「え、ええっと……家の管理、をするんですか?」
「ああ、時折来て軽く様子を見るのと、適当に掃除をしてくれるだけでいい。業者に頼んでもいいんだが、それよりはお前に任せたほうが安心できるんでな」
知らない相手よりは見知った相手がいいだろう。
そして、この世界においてオレがそんなことを頼める見知った相手など片手で数えるほどしかいない。
エーミールに仲介を頼むことも考えたが、あいつには家購入のときに散々迷惑をかけているからな。あまり頼りすぎるのもあれだろう。
「やってくれるか?」
「えっと、その……」
シエルは逡巡する素振りを見せる。
やはりこれほど大きな家を任せるのは難しいか。
「わ、私で……いいんですか?」
などと思っていると、見当違いな質問が飛んできてオレは首を傾げてしまう。
「お前で良くなかったらお前に頼んでない」
「そ、そうですよね……すみません」
やたらと自己評価が低いことが起因しているのだろう。
思い返せば、こいつが言うことのほとんどはオレへの感謝か謝罪な気がする。
「別に謝らなくていい。頼めるか?もし厳しいなら渡す金で人を雇っても構わない」
「い、いえ!大丈夫です!私が、一人で、やります!」
何故か、「一人で」のところを強調するシエル。
できれば無理はしないで欲しいのだが……
「まあ、無理はするな。管理が出来なかったからといって責めるようなことは絶対に無いから」
「ぜ、是が非にでもやりきってみせます……!」
そんな武士が命賭けるみたいな勢いで意気込まれても困るんだけどなぁ。
「ま、頑張り過ぎない程度に頑張ってくれるとありがたい」
「は、はい!」
まあ、本人はやる気みたいだし、任せるか。
などと、彼女の親切心に付け込んでしまっているが、十分な金銭は渡すつもりだから、問題も無いだろう。
彼女の親切心、および彼女がオレに感じている恩、引け目。それらを考慮すれば、彼女に託すのは非常に信頼度が高い。
「それで、その……どれぐらい、お出かけになるんですか?」
「ああ……んー……そうだな。正直まだ分からない」
流石に一年も二年もかかる旅ではないはずだ。
ここからフローラ大森林に向かう今回の旅で、真西であるレグザスまで一週間ぐらい。そこから、南下してフローラ大森林に入るのにさらに一週間とちょっと。目的のダンジョン探し、そしてもし探索をするならばさらにプラス一週間ってことろか。
もちろん、概算なので多少は前後するだろうが。
「まあ、一週間ごとぐらいには帰ってこれると思う」
「一週間……ごと、ですか?」
オレには転移魔方陣がある。レグザスや、他の主だった都市には一つずつは設置してくるつもりだ。さすれば、一週間ごとに帰ってくるのも不可能ではない。
「ただ、帰ってきてもすぐに発つから、会えるかは分からない。もしオレに伝言があるなら、地下室においてあるデスクにメモ書きでも残しておいてくれ」
「地下室、ですか?わ、分かりました」
転移魔方陣のことは伏せておいてもいいだろう。
「あ、そうだ。地下室の魔方陣は重要だから決して触れないこと。後、誰にも言わずに秘密にしてくれ」
「秘密、ですか?」
「ああ。あまり人に知られたくないものなんでな」
シエルはオレが説明する気も無いと判ったのだろう、コクリと確かに頷いた。
彼女は信用に足る人材だ。大丈夫だろう。
「よし。じゃあ、今日は家まで送る。もう夕方だしな」
こんな小さな女の子を一人で帰すほど、オレも気が利かないわけじゃない。
「あ、ありがとうございます……」
「それと、お前、闇雲に『すみません』とか『ありがとうございます』って言うの禁止な」
「はい……すみませ……あっ」
おい……
まあ、少しずつ改善していけばいいか。
そんなことを考えながらオレは目の前に二つ伸びる影法師を眺めて、何故だか妙に虚しさを覚える。
夕日の中では人はセンチメンタルになるものだ。
そう結論付けてオレはくだらない雑談に花を咲かせることに腐心して、彼女を家まで送った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日は暮れ、既にほとんどの者が家に戻り、団欒を囲んでいる頃合。
団欒を囲む相手も、酒を酌み交わす友人にも乏しいオレはただ一人、騎士団寮の最奥部に来ていた。
コンコン、と木製のドアをノックする。
「誰だ?」
中から渋い声がくぐもって聞こえる。
「十一優斗です。ブラント団長にお話があってまいりました」
「……入れ」
一瞬の逡巡の後の返事。
あまり歓迎はされていないようだが仕方もあるまい。
「何の用だ?」
片手間の資料を机に置きつつ、ブラント団長が座ったままで問いかけてくる。
いささかつっけんどんな言葉な気もするが、その声音は存外優しい。
騎士団の団長が執務を行う団長室。どんないかめしい場所かと思えば、存外こぎれいに片付いてまとまっている。
「実は、遠征の許可を頂きたくて」
「先日のあれか……」
ブラント団長は思い出したくも無いといった調子で眉根を押さえた。
恐らくはリアとの決闘の事後処理等がクソがつくほど面倒だったのだろう。
公務員って大変だな。いや本当に申し訳ない。
「して、何処に行くつもりだ?」
「フローラ大森林にちょっと。来週の朝早くに、小竜便で出発します。長くとも一月はかからないかと」
小竜の足がどれほどかは知らないが、恐らくそこまで長い旅ではないだろう。
無論、元の世界の飛行機と比較してしまうと長旅に違いは無いが。
「そうか……あそこはダンジョンがあったはずだな……」
さすがはブラント団長。オレの目的を見透かしている。
「そこに行くのか?」
「ええ、まあ。探索するかは別ですが」
「……書類上は、君はこのリスチェリカ近郊のダンジョンで迷子になっていたところを、テルマサたちに救われたことになっている」
独白のように団長がぼやく。
だが、その独白はオレを逃がさないという意図で充ちていた。
「……だが、私は実は君がダンジョンを制覇したと考えている。違ったか?」
恐らくはブラフ。これはハッタリだ。
だが、ブラント団長はたとえ事実がそうだったとしても驚かないだけの材料を得ているのかもしれない。ロストドラゴンの討伐や、家のゴーストの退散。恐らく、魔族の男を撃退したのがオレであることもバレているはずだ。
「……ご想像にお任せします、と言いたいところですが……」
そう言うとオレは大仰に肩をすくめた。
何事かとブラント団長が視線を厳しくするが、オレはそれをいなして続ける。
「そうですね。オレは、ダンジョンの最下層と思しき場所を見てきました」
オレは裏技を使った。だから、制覇をしているとはいえないし、あれが最下層だと言う自信も無い。だが、報酬はあったし、ラスボスもいた。そして、重要な厄ネタもな。
「オレが世界を救うと戯言を吐いたのは覚えてますか?」
「……自ら戯言と評するか」
「でも、ブラント団長含め、オレ以外の全員はそう思っていた」
その言葉を聞いてブラント団長が黙る。
それはオレに話を続けろと促しているに他ならない。
「でも、あれは事実ですよ。オレはダンジョンの底で予言を見てきた」
「予言、だと?」
訝しげなブラント団長を無視して進める。
「そうです。神聖歴1000年、つまり今から二年後。世界は大厄災に見舞われる。そんな馬鹿げた文言が予言の中身でした」
「なっ……!」
ブラント団長が驚愕に目を見開くもすぐに平静を取り戻して首を振った。
「ありえない!誰がそんなことを!」
怒気をはらんだ声でブラント団長がオレの言葉を否定する。
だが、
「『大罪人』、カシュール・ドラン」
「ッ……!」
聞くはずの無い名を聞いたような表情でブラント団長が顔を驚愕に彩る。
ブラント団長は彼が何者かを知っているようだった。
けれど、それはおかしい。
オレは彼の名前を図書館中の書物をあさって調べたが出てこなかったのだ。
それなのに彼だけはそれを知っている。
その状況が指し示すこと。
それはカシュール・ドランという人物が正史に存在してはならない人物だということだ。
「……何者ですか、彼は」
オレの問いかけにもブラント団長は珍しく動揺する。
「カシュール・ドランは……『大罪人』は……」
ブラント団長が明らかに狼狽し、迷いを見せる。
だが、オレの真っ直ぐな視線を受けてやがて諦めたように言葉を搾り出した。
「あれは……」
オレの息を呑む音と、ブラント団長が息を吸う音がほぼ同時。
――――あれは、世界の敵だ。
「世界の敵……」
そのゾッとしない表現にオレは眉をひそめる。
ブラント団長は頭をかきむしると、フゥと強く息を吐いた。
「すまないが、これ以上は答えられない」
「なっ……!ちょっと待ってください!世界の敵ってなんですか!?ドランは――――」
「答えられん」
こちらの言葉を拒絶するような声に、オレはだらしなく口を開けたまま立ちすくんでしまう。
答えない、では無く答えられない。
ということは、国がかりで緘口令が敷かれているということか?それにしてもおかしい。何故あらゆる書物にすら存在しないんだ?そこまでして消さなければならない『大罪人』……ダンジョンの奥底に家や庭を作れるような存在……
そこまで思考して初めてブラント団長が苦々しい顔でこちらを睨みつけているのが目に入った。
「それ以上の詮索はよせ。知りすぎると、消されるぞ」
誰に――――
そう問うのは愚問だろう。
「……はぁ。分かりました。とりあえず、このことは自分で解決します」
そういうオレにブラント団長はピクリと眉を動かしたが、この話は終わりにしたいのだろう仕方無しに頷いた。
「んで、オレはこの真偽を確かめるためにも、他のダンジョンの底に行かなきゃいけないんですよ」
カシュールの遺書にも書いてあった。
他のダンジョンにも同様に鍵を隠したと。
その鍵が何を意味するかは分からない。
だが、この世界を救うために必要なものなのだろう。
そして、恐らくダンジョンの底には情報がある。
何が起こるのか、そして何があったのか。
それを知りたいと願うのは、傲慢だろうか。
世界を救う、そんなものを贖罪とするオレは強欲だろうか。
もしかしたら、欺瞞かもしれない。
「…………君は、聡明過ぎる」
「褒めても何も出ませんよ?」
「その、皮肉や軽口によって会話の流れを握ろうとする行動などもそうだ」
図星を指され、思わずぐっと唾を飲んでしまう。
「で、遠征の許可はくれるんですか?」
ばつの悪さに無理矢理話題を元に戻す。
「……そういう契約だからな」
約束はしっかりと守ってくれるらしい。
さすがは王国騎士団の団長、義理堅い。
「だが、先ほどのような話はもう誰にもするな。……何かあっても君を守りきれん」
こんなオレのことをまだ守ろうとしているブラント団長の聖人っぷりに唖然としつつも、素直に感謝の言葉は出てきた。
「ありがとうございます。ご助言、痛み入ります」
「……俺の仕事は君らを無事に元の世界に送り返すことだ。……まあ、既に数名それも叶わなくなってしまい、情けない限りだが」
俺……?
そう呟くと、ブラント団長は自嘲げに鼻で笑った。
ブラント団長の一人称の変化に首をかしげていると、話は終わりだと言わんばかりに彼は作業に戻ってしまう。
今のが、彼の本音だと受け取っていいのだろうか。
分からない。
もしかしたらオレを油断させる罠かもしれない。
現状、それに答えを見出す術は、オレにはない。
そんな風に疑心暗鬼になる自分に辟易しつつ、オレは一礼して団長室の戸を閉めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さてと……」
気持ちを切り替える意味合いでも短く息を吐く。
食料の買い込みや、その他生活用品の購入も既に済んでいる。
家はシエルに任せたし、ブラント団長への報告も終わった。
念のためもう一度だけ『持ち物』を確認するが、問題は無いように思う。
ここまで入念な準備を重ねてきたが、それも大詰めを迎えている。
後は……そうだな。強いて言うなら武器が欲しいか……?
オレは魔法があれば問題ないとは言え、一体どこで必要になるか分からない。
何かしら身を守る近接武器を取り揃えておいても問題は無いだろう。
オレの知っている武器屋か……
となると一軒しかないわけだが。
「よお、久しぶりだな親父」
「……いつぞやのクソガキか」
「そのしつけのなってない口は相変わらずだな」
開口一番の罵りあいにお互いがニヤリと頬をゆがめる。
奇妙な間柄になったものだ。
この店はかつて春樹とともに訪れた店だ。
そのときは散々オレらをおちょくってくれたわけだが。
「で、天下の勇者様がうちみたいな小さな店に何のご用で?」
「……オレが勇者だって知ってるのか」
相手が自分の正体を知っていることに少しだけ驚く。
「まあ、あれだけ噂になってればな。アンタみたいな奇妙な姿格好をした奴はすぐに勇者だと分かるさ」
そんなに変な格好してるのか、オレ。
自分の服装を見るも、至って普通の服装をしているつもりだ。無論、この世界においての基準に則って、だ。
「後、単純に黒髪が珍しいからな」
「なるほど。そういう理由か」
自分のファッションセンスに自信がなくなっていたところで安心する。
確かに、こちらに来てから勇者以外で純粋な黒髪というものは見ない気がする。皆が黒に近くても、紺色や茶色が混じっていた。
「今日はあの気弱そうなお友達は一緒じゃないのか?」
「……生憎な」
喉元まで思いがこみ上げてきたのをぐっと飲み込んで、何とか言葉を返す。
ここでキレるほど子供じゃないし馬鹿じゃない。
勝手に上がってきた溜飲を飲み込むためにも、陳列された武器を眺めつつ目的を告げる。
「さて、本題だ。親父、オレにお勧めの武器はあるか」
「唐突だな。うちなんかでいいのか?勇者様ならいくらでもかかりつけの店があるだろう?」
「ここのほうが品揃えも良いし安い。国直属の店はゴテゴテしたもんが多すぎてオレの好みじゃない」
王国御用達の店は、装飾の多い剣や付加の多い武器などが多く、オレの趣味に合わないのだ。
剣はもっとシンプルであるべきだ。
機能美を追求し、敵の命を刈り取り、そしてその目的を達成するための洗練されたデザイン。それこそが剣に求められるものだとオレは思う。
無論、儀式用の装飾剣などは必要だろうが、それはまた別だ。
それに、勇者御用達の店じゃ誰に会うか分かったもんじゃないからな。龍ヶ城とか、龍ヶ城とか、龍ヶ城とか。後まあ、十六夜とか。
「そうかい」
「それに、もしいい品が無いなら他の店に行く。それだけだ」
「お前、ホントに口が減らねぇな……」
「お互いにな」
それだけ言うと親父は肩をすくめてオレの体を品定めする。
じっくりと見られることに多少の居心地の悪さを覚えつつも、彼の評定を待つ。
「……お前、筋肉無いだろ」
「アンタに言われるまでもないんだが。で、どうなんだ?」
「そうだなぁ……お前の膂力だと、大きな剣は無理だろう。今は何を使ってるんだ?」
「無手だ。魔法を主にした戦い方をしている」
「後方支援か?」
「いや、むしろ前衛だな。あ、魔法用の杖は要らん。効率は上がるが、肌に合わない」
魔力の効率は上がる分、威力や自由度が減る感覚がある。
どうにも制御がしづらくなるのだ。
いや、逆だな。魔法がコンパクトにまとまりすぎる。
オレの魔法はかなり埒外で突飛なものが多い。それがまとまりすぎるとその魔法のよさが消える。
つまり、オレの魔法の発動の仕方と杖に仕込まれた魔法強化の特性が合わないのだ。
「注文が多いこって。……そうだな……」
文句を言いつつも親父は真剣に店内の武器を物色していく。
いや、自分の店の品物だから物色というにはいささか語弊があるが。
「お前は魔法の補助として武器を使いたいようだが……それなら、普通に直剣あたりがいいだろうな」
「なるほど」
適当な相槌を打っているように聞こえるがしっかりと話は咀嚼できている。
「魔法があるならあまりリーチも要らないだろう。……そうだな、これなんてどうだ?」
そう言いながら親父が一本の剣を渡してくる。
あまり刀身の太くない剣だ。
鞘から引き抜くと銀色の輝きがオレの顔を映し出した。
……よく手入れされている。
長さはオレの腕ほどだろうか?重さもあまり感じず、小回りが効きそうだ。
オレの体にしっくりと合う。
「気に入ったか?」
「……素直にいい武器なんで少しびびってる」
「うるせぇ。こっちだって職人やってんだ。その矜持はたとえお前がどんなやろうだとしても変わらねえよ」
そう言いながら自慢げな笑みを浮べる。
その様子にオレは「そうかい」とすげなく返事をするだけで、目の前の剣に意識を集中する。
こちらの世界に来てからというもの、様々な武器を目にしてきた。
それは主に国の用意した勇者たちの装備だが、そのどれにも勝るとも劣らない品質に見える。
無論、オレには業物を見極める審美眼などありはしない。
だが、この記憶能力。
こちらの世界で見てきた上質な武器の数々の形、輝き、色ムラ、硬度、綻び、全てをミクロン単位で思い出すことができる。
それらの情報と比較し、「上質」というものがどのような要素によって構築されているのかを思考し、概算することで、擬似的な鑑定眼へと応用する。
この剣はオレの知識の中ではまず間違いなく業物だ。
手にもしっくり来るし、何より機能美に終始したシンプルなデザインがオレ好みだ。
「気に入った。貰う」
「毎度あり。一振りでいいのか?」
「いや、他にも少し見て行きたい」
「だと思ったよ。待ってろ、いくつか探してやる」
いつの間にか二人の間に飛び交う罵倒も消え、互いに武器探しに腐心する。
だが、最初の一振り以上にオレのおめがねに適う武器は中々見つからない。
あれもだめ、これもだめ、と徐々に武器選びは行き詰っていく。
……今日はこれだけかな。
ぼんやりとそんなことを考えたところで、ふと気になる剣を見つける。
ほとんどの剣が鞘に入れられて保管されてる中、その群青色の剣だけはただそこに立てかけられているのだ。
先ほどの銀色の直剣が両刃剣であったのに対し、こちらは片刃の剣だ。どちらかというと日本の刀に近い気もするが、そのデザインはどちらかというと近現代的で、刃幅も太い。
鍔も無く、ただ柄と刀身のみで、無骨という一言が似合う一品。
無造作に置かれるその剣は、どこかオレの目にはさびしそうに見えた。
「……親父、これって呪われた剣だったりするのか?」
ふと興味が沸き、親父に問いかける。
「それか……」
苦々しい顔とともに剣をにらみつける。
「またいわくつきか?注意書きがどこかにあるのか?」
皮肉るようにまくし立てると親父はため息をついた。
「呪いの剣じゃ、ねえ……一応は、付与効果付きだ」
武器に付く付加効果と呪い。
これらはコインの表裏のようなものだ。
前者が持ち主にいい効果をもたらし、後者が持ち主に悪い効果をもたらす。などという単純な区分ではない。呪いが持ち主の力を高めることもあれば、付加効果が持ち主を苦しめることもままある。
では、その明確な区分は何か。
それは、人の感情が介在するか否かだ。
呪われた武器には人の感情が込められる。
それは悪意に限らず、喜び、感動、悲しみ、怒り、恐怖、絶望――――
それらがまるで蟲毒のように精錬され、濃縮され、呪いへと変化する。
一方、付与効果にはそんな感情が無い。
ただ誰かが目的のためだけに効果を与えただけだ。
そんな曰くがあり。
「……随分と、歯切れが悪いな」
やや遅れてそう言うと、親父は「まあ、魔法使えるって言ってたし大丈夫か……」などと不穏な呟きを漏らした。
「試しに持ってみろ」
「もしやばい剣ならそのままアンタを切り裂くからな」
「そうはならねえよ」
親父の言葉を信じて剣を持つ。
途端、群青色の剣が淡く輝き始めた。
薄い青色の光を出しながら剣が急に重みを失う。
まるでスカスカの木の棒を握っているかのように手が軽い。
「親父、何だこれ?軽くなったんだけど」
「驚いた……それを握って倒れねえのか……」
「おい、どういうことだ。返答次第でぶった切るぞ」
「わ、悪いって!その剣はな――――」
そう言って親父がトツトツと話し始める。
この剣の名は、『魔剣シュベルト』、その効果は持ち主の魔力を吸って切れ味を高めることだ。
作り手もここにある経緯も一切不明。気が付けばここにおいてあって、今までに何人もの冒険者たちが手にとっては魔力切れでぶったおれて来たらしい。
「アンタ、オレにそんなものを……」
呆れと怒りがないまぜになった微妙な表情で親父を睨みつける。
「ま、待て!勇者のお前なら大丈夫だと思ったんだよ!」
うろたえる親父に迫るも、ふと思い立ってステータスを確認する。
十一優斗 17歳男
HP290 MP30600/34200
膂力40 体力52 耐久35 敏捷81 魔力14350 賢性???
スキル
持ち物 賢者の加護 ??? 隠密3.6 魔法構築力6.9
魔力感知3.9 魔法構築効率4.8 MP回復速度3.9 多重展開4.0 術法1.0
煽動1.0 鍛冶1.2
うわ、久々に見たらまた魔法関係がえぐいことになってる……
しかも何だこの『煽動』ってスキル。身に着けた覚えが無いんだが……効果も分からん。
『術法』は凛から教わったから、『鍛冶』は先日、鍛冶屋を見学に行ったからだろう。
魔法関係のスキルは頭打ちしてそうだな。
「にしても……今の一瞬でMPがこれだけ減ったのか……」
ステータスに表示されるMPはめぐるましく減っていく。
今日は特に魔法は使っていない。
となると、この十秒ほどこれを握っていただけでこの燃費になる。
正直、燃費が悪すぎるが……
「さてと、少し、絞ってみるか」
スキル『魔力感知』を遺憾なく発揮し、自分から『魔剣シュベルト』に流れる魔力を感知する。そして、そのまま量の調整を図る。駄々流しになっているパイプを細く引き絞ればいい……
そうすると、『魔剣シュベルト』の輝きが薄くなっていき、ステータスのMPの変化が緩やかになっていく。
だが、やがて魔力量を絞りすぎたのか、魔剣から光が霧散してしまった。
最も絞って、毎分の減りは100ってところか……
オレの今のMPは34000とちょっと。三十分強はこの剣で戦えるわけだ。
無論、オレは他に魔法も使うので、実際はもっと短いが。
だが……
「なぁ親父。少しだけ切れ味を試させてくれ」
「あ、ああ。それは構わんが、お前大丈夫か?」
「何が?」
「いや、そんなに大量に魔力吸わせて魔力切れは起きないのか?」
「安心しろ。こちとら魔力においてのみはタフなんだ」
そんなオレの返事を聞いて親父は肩を竦めると、奥から古い鉄の防具を引っ張り出してきた。
「これはもう溶かして鋳型に流し込むもんだ。切ろうがつぶそうが問題無い」
「感謝する」
そう言いながら『魔剣シュベルト』に魔力を込める。
オレの魔力に呼応するようにして、剣が先ほどとは比べ物にならない強い光を放つ。
「――――」
フッ、と息を吐きながら剣を斜めに振り下ろす。
素人同然のその振り方を嘲笑うかのように、まるで手ごたえが無くそのままオレの足元まで剣先が戻ってきてしまう。
「……あれ?」
おかしいな。目の前の鎧を切ったはずなのだが……距離感覚がつかめてなくて切り損ねた?
まるで空を切ったかのような感覚。
思いっきり地に打ち付けたというのにその音すら聞こえない。
……自分の膂力の無さが情けない。
やべぇ、この距離で動かない的を外すとかくそ恥ずかしいだけど。
親父の野郎、絶対笑ってるだろうな。
苦々しい気持ちで彼の顔を盗み見ると、そこにはぽかんと口を開けた間抜けな面の親父がいた。
「おい、ア、アンタ……」
震える声の親父が鎧を指差すと同時に、
ズルッ、という奇妙な音が耳朶を叩いた。
そのまま、鎧と、鎧が置いてあった台、そして石造りの床が、
ズレた。
その光景を理解するのに数秒。
そして何故その光景が生じたのかを理解するのにさらに数秒。
加えて、その事実を信じるのにはまだ数秒はかかりそうだった。
「な、なんだコレ……これを、この剣がやったのか……?」
「やったのは剣じゃねえ!お前だよ!!」
親父の叫びも耳に入らない。
まるで手ごたえが無かったのは当たらなかったからじゃない。
豆腐を切るかのように、何の抵抗も無く切れたからだ。
「ありえねぇ……ちょっと魔力込めたらこれかよ……」
切れ味は折り紙つきだ。
鉄や石が簡単に切れたのだ。恐らく大抵のものならば簡単に両断してみせるだろう。
その代わりコスパはサイアクだが。
ステータスを見れば、MPがごっそりと減っている。
多用は出来ないな。
「親父、いくらだ」
「あ、てめぇ、人の店の床切りやがって何を……」
「それも含めてだ。弁償してやるから、さっきの直剣とこの魔剣、オレにくれ」
何かを言おうとしている親父も、オレの顔を見て言う気が失せたのか、仕方無さそうにため息をついた。
恐らくオレの笑みを見て、文句を言う気など消え失せたのだろう。
「……気に入ったか?」
「最高だな」
「そりゃ良かったよ」
先ほどまで怒り心頭だった親父も、心なしか嬉しそうに口を緩めた。
かく言うオレも思わずして手に入った得物に気分が上がっていたのだから人のことは言えないが。
「……床代、それと直剣の御代は頂くが、その魔剣はタダでやる」
「おい、いいのか?アンタ、腐っても商売人だろ?」
「人の好意をお前は……はぁ。元々その剣は並みの魔力しか持たないやつじゃ使えんからな。置いておいても邪魔なだけだった」
在庫処理ってわけか。
「……それに」
そう言うと親父は今度ははっきりと分かるほど嬉しそうに言った。
「その剣はアンタを気に入ったんだ。使ってやってくれ」
それは初めて見る彼の顔だ。
何とも無邪気で、不器用な笑い方だ。
けれどもそれは彼の本当の笑顔に見えた。
「……言われるまでもないな。買うからにはしっかりと働いてもらう」
これがあれば接近戦でも簡単に遅れを取ることはないだろう。
当てれば勝ちの必殺剣。
そんな切り札が増えたのだ。これを喜ばないわけがない。
「そういや」
親父が思い出したように切り出す。
「なんだ?」
「そっちの魔剣のほうはシュベルトって名前があるが、もう一方の直剣の名前はどうする?」
「あ?直剣じゃダメなのか?」
「アホか。剣は、名と銘を持って初めて剣なんだよ」
そういうものなのか……?
「名前ねぇ……」
この剣につけるべき名前、か。
……いや、違うな。
付けたい名前を考えればいいのか。
オレの脳内を色々な単語が渦巻く。
けれども、一つの言葉にいたるのに長い時間は要さなかった。
「なら、……ハクア」
ほぼ無意識で呟いた声は、けれども確かにオレたち二人の耳に届く。
「『直剣ハクア』。それがこの剣の名前だ」
そうオレが改めて親父に宣言すると、手の中の剣が鋭く輝く。
それは魔力的な輝きでもなんでもない、ただの光の反射だ。
けれど、剣がその名前を認めてくれたような気がした。
「……いい名前じゃねえか」
「おう。オレのネーミングセンスにほれぼれしとけ。なんなら親父の名前もオレがつけてやろうか?」
「……ちなみに聞くが、どんな名前になるんだ?」
「性悪ダメ親父」
「人の名前じゃねえなぁ!それ!!」
額に青筋を浮べる親父を笑いながら、『持ち物』から金を取り出し、親父に渡す。
キレていた親父も、目の前に現金を出され、渋々数える作業に入る。
「……銀貨26枚……おい。ちょっと多いぞ」
そこで多いとわざわざ申告してくるあたり、この親父も人がいいんだろうな。
もし本当の悪人なら、オレもこうしていい武器に巡り合えてはいないだろう。
「それは迷惑料だ。後は……そうだな。いい剣を貰った感謝料ってことにしといてくれ」
「……お前は……」
「ま、酒に女に、親父なら使い道はいくらでもあるだろ」
オレの皮肉に親父は浮べかけていた笑みを引きつらせた。
「俺はこれでも妻持ちだッ!!」
「マジで!?リア充爆発しろよ!」
「ふざけるな!誰が爆発なんぞするか!!」
そんな他愛無い子供のような喧嘩をしながら、オレは笑って店を後にした。
次々回ぐらいに旅立ちます。旅が始まると相当展開が速くなると思います。




