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47、幽霊屋敷と薄幸少女


「なるほど、それでその三人組に日ごろからイジメを受けていると」


 そう要約するオレの言葉に、シエルは曖昧に頷いた。


「酷い話だな。ハーフエルフだからって」


 シエルの通う学校。そのクラスメートに、ハーバー、ヒリット、フロンという三人組がいるらしい。そう、先日、シエルをいじめていたズッコケ三人組だ。


 小さな商会の次男坊であるハーバーを筆頭に、鍛冶屋の息子で小太りのヒリット、実家が服飾屋でガリチビのフロンという、なんとまあバランスのとれたメンバーだ。その三人が、何かにつけてはシエルに攻撃を加えているのだ。

 イジメの内容は様々。悪口を言うのは序の口で、物を隠したり、石を投げつけたり、わざとシエルのお弁当に泥を入れたりするらしい。思い出すのも嫌だろうが、それでもシエルは半分泣きながら語ってくれた。


 そしてつい先ほどまでもそういたイジメというなの暴力行為が行われていたのだ。


 惨めさに、恥ずかしさに、悲しさに、苦しさに、こんなにも小さい少女は耐え続けてきたのだ。それもハーフエルフであるからという、自分に責任が無いような理由のために。


「……シエルは、その三人のことをどう思ってるんだ?」


「え……その……」


 言いづらそうに口ごもると、彼女は自分を落ち着かせるために紅茶を口に含んだ。

 オレは、どれほど彼らを口汚く罵るのかと覚悟していたが、


「……悪い、人たちじゃないんです」


 彼女の口からこぼれ出た言葉は、オレの予想をいい意味で裏切るものだった。


「皆さん、いいところもたくさんあって。……ただ、その、私がハーフエルフだから……仕方ないんです」


 仕方ない。


 彼女のその言葉は、何よりも今の彼女の心情を吐露していた。

 シエルは恐らく、イジメっ子三人組が悪いとは思っていないのだろう。彼らが自分に辛く当たるのは、自分がハーフエルフであるせいだと、自分のせいなのだと思っている。だから、彼らのことを悪く言うようなことなど無いし、その状況を仕方ないと諦めている。


 諦めるな、戦え、と、そう言うことは簡単だろう。

 けれども、彼女にそう伝えるには全てが遅すぎる。


 シエルはこれまでの人生で何度も何度も同じ目に遭い続け、結局磨り減って諦めてしまった。だから、今さらオレが何を言おうとそこを覆せるようなことはない。それこそ、同じ時間をかけてやらなければ。


 だったら泣き寝入りするか?


 答えは否だ。


「……シエル。――――復讐、したいか?」


 単刀直入に問う。


 だがシエルは驚かなかった。もしかしたら、オレがそう聞くのを予測していたのかもしれない。


「いえ……したくありません」


「どうして?」


「だって……仕方ない、ですから」


 仕方ない。彼女は復讐をそう評した。


 シエルが微笑む。


「お話、聞いてくださってありがとうございました。少しだけ、楽になりました」


 その言葉は嘘ではないのだろう。

 けれども、復讐は彼女の望むところではない。

 だからこそオレの出番は無いと、そう彼女は言いたいのだ。


「復讐しないで、イジメを解決する方法があるかもしれないって言ったら、どうする?」


 彼女の意識が再びこちらへ向いたのを感じる。



 それを見てオレはニヤリと口の端をゆがめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「な、なんだよあれ!!やっぱりシエルのやつ化け物だったんじゃないか!」

「し、知らないよお!僕はあんなのお!ばっか!押すなよフロン!」

「ハ、ハーバー!一人だけ逃げようなんて許さないですよ!」


 ソプラノボイスでわめき散らす三人組の少年が大わらわに逃げ去っていく。

 ようやく玄関までたどり着くと、転びそうになりながらも何とか扉を開け、振り返りもせず駆けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、ヒリット、フロン。最近、郊外に出来た一軒家にシエルが入り浸ってるらしいぞ」


 いつも三人の集まる学校裏手の空き地で、ハーバーは悪友二人に問いかけた。


「そうなのお?ハーフエルフを歓迎するとか、どんな家なんだろお」


 ヒリットはいつものように口の中にお菓子を詰め込んで答える。

 もしゃもしゃという咀嚼音に眉をひそめつつ、フロンはため息をついて答えた。


「……ああ、それなら僕は聞いたことがありますよ」


 フロンは自慢げに指を立てた。


「あそこには最近名を上げて調子に乗っている冒険者が住んでいるそうです。年齢は15歳。アレと同い年ですね」


 平然と、アレ呼ばわりしているのは当然シエルのことだ。


 そして、フロンが自慢げに語る情報は既に誤っている。

 十一優斗は15歳ではないし、名を上げて調子に乗っている、なんて生易しい相手ではない。勇者であると同時に、無詠唱で魔法を駆使し、ドラゴンを単騎で狩る男。と、お題目だけで言えば相当に関わりたくない人種だ。少なくとも敵に回したいとは思わないだろう。

 そんな存在をバカにする自分の傲慢さに、当然彼らは気付くよしも無い。


 シエルに向けられた侮蔑も、そこには純粋な差別しかなく、既に無意識と化している悪意が潜んでいた。

 無論、悪巧みをする三人はそんなことに気付かないのだが。


「よし、今度シエルがその家に行ったときに、嫌がらせしてやろうぜ」


「でも、大丈夫なのお? おこられちゃうよお?」


 太った体型ながら気弱なヒリットは、ハーバーの提案に渋るが、そんなヒリットを馬鹿にするかのようにハーバーは鼻を鳴らした。


「大丈夫だ。俺の親は、ここらじゃ偉い商人だ。ちょっとやそっといたずらしたぐらいで問題になるようなことは無い。それに、シエルはハーフエルフだぜ? 正義は俺たちにある」


 ハーバーは心底楽しそうにニヤニヤと笑っている。

 そこにフロンも追随した。


「そうですね。それに相手は年端も行かない冒険者風情です。僕たちが何をしようと泣き寝入りするしかないでしょう」


「そうなのかあ、そっかあ。ならいいやあ」


 そう言うとヒリットもニヤニヤと悪い笑みを浮べる。


 三人の意思は既に固まった。

 シエル・バーミリオンというハーフエルフの忌み子を成敗する正義の味方。

 それこそが自分たちなのだという歪んだ正義感。


 その本質は、一人の弱者をいじめて楽しむ快楽主義に過ぎないことを知らない。


 ゲラゲラと悪辣に笑う、無邪気な少年たちの足元では、ただただ黒い影が這うようにして燻っていた。




「ここみたいですね」


 城下町からやや離れた郊外にある大きな一軒家。そうそう見間違うことも無い。


 フロンは手元の地図を確認しながら、二人にほくそ笑んだ。

 その笑みは、垢抜けていない少年の浮べるものだが、既に悪漢の片鱗が見え隠れしている。

 この地図もフロンがシエルの持ち物の中にあったものを奪ったものだ。そこにはしっかりとこの家の場所がマークされていた。


 そう、不自然なほどにくっきりと。


「そうか……よし、お前ら裏から入るぞ」


 だが、彼らがそんなことに気付くよしも無い。


 相手は無抵抗のハーフエルフと年端も行かぬ冒険者風情。疑問や不安を抱くほうがおかしいのだ。


 ハーバーが傲慢に指示を出すと、フロンは一瞬だけ眉をひそめるが、すぐにヒリットとともに彼の後に続く。


 裏口の鍵は開いていた。

 難なく侵入に成功し、手元の木の棒やインクの入ったビンを確かめながら進んでいく。



 扉を閉めたその瞬間。



 ガキン……


 と、後ろから何か金属のうち合わさる音が響く。


「な、なんの音ぉ……?」


 気弱なヒリットがビクビクするのをうっとおしく思いながらもハーバーが裏口のドアノブを握る。


 だが、


「あ、開かない!!」


 ドアがまるで壁になってしまったかのようにびくともしない。


 ズズズ……


 それに気付くとほぼ同時に、地鳴りのような音が鼓膜に届き、同時に地面がグラグラと揺れる。


 フロンがバランスをとれずに盛大に転び、ハーバーはその巻き添えを食らう。


「何すんんだよこの鈍間!」


「し、仕方ないでしょう!! これだけ揺れてるんですから!」


 ヒリットは持ち前の巨漢で、バランスをとっている。


「収まったのか……?」


 二人の表情を確認しようとするも、二人の顔が良く見えない。


 否、周囲のものが明らかに見えづらくなっている。

 数メートル先など全く見えない。


「な、なんでこんなに暗くなったのぉ!?」


 ヒリットの怯えるような叫び声で、ようやく見えない理由が、暗くなったことによるものだと悟る。


 今は真昼間だというのに、まるで月の出ない夜のように暗い。

 辛うじてあたりが見えるのは、床に等間隔でまかれている薄緑色の蛍光物のお陰だ。

 その蛍光物は、まるで自分たちを誘うかのように、廊下まで続いていき、突き当りを曲がっている。


 ゾクリ、と初めて得体の知れない恐怖が背筋をなでる。


 ヒリットとフロンも同様に、青ざめたような表情を浮かべ首を振っている。


「ね、ねぇ……もう帰ろうよお……」


 ついにヒリットが泣きごとを漏らす。


「馬鹿かお前! その帰るための出口が開かないんだろうが!!」


 怒鳴り散らすハーバーにフロンが頭を抱える。


「はぁ……どうしてこんなことに……」


「うるさい! とりあえず、進むぞ! こんなわけの分からないことをする家主をとっちめてやる!!」


 自らをいきり立たせるようにしてハーバーがズンズンと進んでいく。



「ひっ!!」


 廊下の突き当りを曲がると同時に、目の前に骸骨が現れる。


 思わず尻餅を付くハーバーに、ガクガクと震えだすヒリット、フロンでさえ冷や汗を浮べている。


「こ、こんなのただの骸骨じゃないですか……全く、なんでこんな廊下のど真ん中に……」


 冷静さを取り戻そうと呟いたフロンを嘲笑うかのように、




 カタカタカタカタ


 と骸骨の口が動いた。


「うわあああああああ!!!」


 フロンが絶叫しながら骸骨を突き飛ばす。


 骸骨はバラバラになったあともなおカタカタカタと震え、そのまま砂になってしまった。


「なんだよこれ……なんだよこれぇ!!」


 ハーバーがついに耐えられなくなり絶叫を漏らす。

 ヒリットに至っては既に、恐怖のあまり足腰が立っていない。


「くっそ!! 何でこんなことに!! これも全部あのハーフエルフのせいだ!」


 そのいわれの無い責任転嫁、八つ当たりを家全体が肩を震わせるかのように笑った。


 最初は状況をさして重大とも考えていなかった三人が徐々に現状を理解し始める。

 何かがおかしい、などというレベルではない。

 明確な危機が、自分たちに迫っているのだと。


「そういえば……」


 フロンが声の震えを抑えながら呟く。


「これは、この前、うちの店に来てくれたお客さんの話なんですが……なんでもこの家は以前、家主が不可解な死を遂げたと聞いています……」


「ひぃっ!」


 ヒリットの上げる情けない声も構わずに続ける。


「その後調査を行おうと立ち入った人々もことごとく帰って来なかったとか……」


「そ、そんな話は今どうでもいいだろ!」


 そして三人は怯えながらも進んでいく。

 今はそうするしか手段が無いからだ。


 その後も火の玉やラップ音が連続して彼らを襲い、そのたびに彼らの小さな心臓は跳ね続けた。


「これ……階段か?」


 息も絶え絶えに目の前の道を見やる。


 下へと続く階段。

 誘導する蛍光物は階段の下まで続いている。石の壁には何個もの手形が付いており、それがより一層彼らの恐怖を煽る。

 まるで地獄に手招きをされているようだ。


「よ、よし……行くぞ……」


「えぇー……行くのぉ?」


「い、行くしかないんですよ!」


 そう言いつつも、誰も歩みを進めようとはしない。


 誰もが自分自身が先頭に立つのを嫌がっているのだ。

 痺れを切らしたハーバーが震えた声で居丈高にがなる。


「ヒリット。お前が先頭に行けよ」


「い、嫌だよぉ!フロンが行ってよお!」


「はぁ!? 何で僕が! いつもリーダー面してるんですから、ハーバーが行ってください!」


「誰がリーダー面してるって!?」


「そうですよ!いっつも威張り散らして! 僕より馬鹿なくせに!」


「ふ、二人とも喧嘩してる場合じゃないよお……」


「「デブは黙ってろ(ください)!!」」


「酷いよお!!」


 こと、恐怖や苦痛などを感じる状況において人が被っている仮面は剥がれやすくなる。建前は無残にも朽ち果て本音がむき出しになる。

 普段、絶妙な均衡を保っていた三人の関係は今こそと言わんばかりに崩れていく。

 三人ともシエルの存在など忘れ、互いに互いを罵りあう汚い言葉だけをぶつけ合っていた。

 その言い争いは何かがとめなければ永遠に続くと思われた。


 だが、


 ッパーン!!


 という大きなラップ音が彼らの背後で炸裂する。


「こ、今度は何だ!」


 立て続けに何かが破裂するような音がそこかしこから聞こえ、徐々に音源が彼らに迫ってくるのが分かる。


 何かが……何かが近づいてきている。


「に、逃げろ!!」


 先ほどまで誰を先頭にするかでいがみ合っていたというのに、今は誰もが我先にと目の前の階段を駆け下りていく。




 長い長い石階段を下りると、そのまま目の前の扉を乱暴に開け放つ。


 暗い。


 今までのどの場所より暗く、空気が重い。


 湿度が高く、じわりと汗が出る。


 ただ、汗が出る原因はそれだけじゃない。




 シュボッ……


 と、点火する音が聞こえるとともに、地下室の中心部分が青白い炎で照らされた。


 そこには場違いにも、銀製のテーブルと椅子、そしてティーセットが置かれており、何者かたちがささやかなお茶会を楽しんでいる。


 全員が白い。


 だが、それは皮膚の白さではない。



 その光景に全員が絶叫することすら忘れ息を呑む。


 恐怖は通り越した。


「……あら、皆さん。こんなところでどうなさったんですか?」


 その幾ばくかの白の中に一人だけ、見知った顔がいる。


 そいつは、微笑みを浮かべ、白色の友人たち――――物言わぬ骸骨たちと茶や菓子の広げられているテーブルを囲んでいた。


「ぁ……ぁあ……」


 ハーバーたちは後ずさる。


 それを慈しむかのようにシエルが微笑み、骸骨たちもカタカタと追随して笑った。

 取り囲む青い火の玉も楽しそうに飛び交っている。


 そしてシエルの一言。


「皆さんも一緒にどうですか? この方たち、とっても優しいんですよ?」


 それが決定打だった。


「「う、うわあぁあああああああああああああ!!!!」」


 叫ぶことを思い出したかのように三人の少年が絶叫して逃げ出す。

 走り、転び、ぶつかり、のけぞり、押しのけあい、無様に滑稽に愚直に逃亡する。

 彼らの頭を占めるものは恐怖。

 自分の見知っていたはずの存在が、見下していたはずの忌み子が、魑魅魍魎と茶会を楽しんでいたなどという事実。


 なんだ、アイツ!! なんだよアレ!!!


 無理解は恐怖を生み、恐怖から生じる混乱は理解を妨げる。

 そうして、再びフロンの言葉がよみがえる。


 ――――立ち入った人々もことごとく帰って来なかったとか……


 やばいやばいやばいやばいやばい!! 殺されるッ!!

 今はただ逃げる、逃げる、逃げないとッ……


「どけよッ! お前ら!!」


 本来なら数秒でたどり着けるものを、その何倍もの時間をかけて転げまわりながらもようやく開け放たれている正面玄関にたどり着く。出口だ。


 何故開け放たれているのかなど考える余裕も残されてはいない。


「あなたこそ邪魔ですよハーバー!」


「二人ともどいてよぉ!!」


 三人がお互いを蹴落としあうようにして、正面玄関から外に出る。

 そのままのた打ち回るようにして家から逃げ去っていく。

 それは喜劇のようで、だがしかし彼らにとっては必死そのものだ。





 滑稽にも踊りまわる三人を見送る影がここに一つ。


「……ま、こんなもんだろ」


 即興お化け屋敷のオーナー、十一優斗はつまならそうに鼻を鳴らした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今回の作戦は、お前から手を引かせることが目的だ」


「は、はい……」


 シエルが礼儀正しく手を膝の上において頷く。

 そんな緊張しなくてもいいのよ?


「というわけで、今回はオレの家を使ってお化け屋敷を作る」


「お化け……屋敷ですか?」


「そうだ」


 今回の作戦は、まず復讐にならないことがポイントだ。

 あいつらに攻撃をして脅すなど論外だし、イジメ返してやるのもダメだ。

 さすれば、その双方を満たさず、かつシエルから手を引かせる方法を用いればいい。


「アイツらをお化け屋敷に改装したオレの家に誘導して、そこでお前を関わるとやばいやつだと思わせる」


「か、関わると……やばい、やつ……ですか」


 その言いように、何をさせられるのかと不安がっているシエルを見て笑う。


「いや、別に大したことじゃないさ。そうだな……さしずめ、死霊の女王、にでもなってもらおうかな、と」


 シエルは理解が追いつかない様子で首を傾げる。


「まあ、これから説明はするから大丈夫。んで、あいつらをこの家に誘導する手はずやらはオレが整えておくし、お化け屋敷にするのもオレがやっとくから安心しろ」


「ありがとうございます……そ、それで、その……私は何を……」


「ああ、お前にはオレが土魔法で作った偽の骸骨たちとお茶会を楽しんでいて欲しい」


「お茶会……ですか?」


 要するに、今回の作戦は、シエルを死霊たちと戯れているような奴だと信じさせることだ。幸いこの家はいわく付きだ。オレが客にでも扮して、イジメっ子三人組に適当な噂を流せば効果はさらに上がる。


 今、あいつらがシエルに抱く感情は侮蔑と害意だ。だが、それを恐怖に転換する。

 あいつに噛み付くとこちらが痛い目に遭うかもしれないとびびらせてやるのだ。

 それだけであの手の輩の手を引っ込めさせるには十分だろう。


 ……まあ、あわよくば仲間割れとかしてくれるといいかなと思ってるけど。


 それはシエルの言う復讐にあたるかもしれないので、彼女には絶対に伝えないが。

 彼女を彼らの標的から外すことを最優先に作戦を構築すればよい。


「というわけだ。まず、やつらを家に誘い込んだら土魔法でこの家を囲う」


「こ、この大きさのおうちをですか……?」


 シエルは信じられないといった様子で目を見開く。

 オレの魔力とMPなら可能だと信じたいが……


「恐らく大丈夫だ。んで、そうすればこの家の中は暗くなり、やつらはオレのまいた水晶の粉末を辿るしかなくなる」


 先日手に入れた光る水晶を、試しにいくつか砕いて粉末にしてみたのだ。暗闇で光るので、マーキングなどに使えると思っていたのだが、まさかこんなことに役立つとは思わなかった。


「そして、オレが各種魔法であいつらをびびらせつつ、地下室に誘導する」


 あの地下室、人を怖がらせるのにはおあつらえ向きというかなんというか……オレでさえ未だに少し怖いからな、あそこ。

 今なんてひたすらに魔方陣が並んでいるから儀式場みたいになってるし。


「そこで、今まで散々自分たちをびびらせて来た霊魂とお前が楽しげにしているところを見て、奴らは心の底から恐怖するわけだ」


 それが、オレの思い描くシナリオであり、今回の作戦の全容だ。


 無論、成功するとは限らない。

 だが、失敗するリスクもほとんど無い。

 ローリスクハイリターン。オレの大好きな言葉だ。


「その、よろしいんですか?」


「何が?」


「いえ……この家の持ち主がユウトさんだということは、調べればすぐに分かります……私のために、その、そういうことをした、ということが人々に知られてしまっては、ユウトさんにも迷惑がかかるのでは……」


 ふむ。つまりこいつは、ハーフエルフであるシエルを庇うことでオレがあらぬそしりを受けるのではないかと案じているわけか。

 馬鹿馬鹿しい。

 自分でさえ辛さで震えているような少女が人の心配か……


 ……シエルが、彼女がもう少し性格の悪い子だったら、オレもここまでしなかったかもしれない。


「オレ気にしない。そもそもオレの評価はこれ以上下がらん。むしろお前と関わった方が上がるまであるほどに低いからな」


 そうやってサムズアップすると、シエルは一瞬だけ呆気にとられたがやがて、少しだけ不安そうに笑みを作って言った。


 ありがとう、ございます――――


 それだけでオレの楔が、少しだけ抜けていくような気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お疲れ様、シエル。名演技だったな」


「い、いえ……ユウトさんのご指導とご協力があったから、です……」


 オレが褒めるとシエルは恥ずかしそうに謙遜を述べた。

 なんか、こいつがまともに褒め言葉を受け取っている場面って想像できないな……


「まあ、どちらにしろお前が頑張ったからあそこまで効果が出たんだ」


 のた打ち回るようにして去っていった三人組の方向を見やりながらほくそ笑む。

 してやったり、というほどの満足感は無いが、目的は果せただろうという達成感はあった。


「……でも、よかったのでしょうか……」


「あ、何が?」


「いえ……その、皆さん、怖がっていらっしゃったので……」


 その言葉にオレは絶句する。


 おい、おい……マジで言ってんのかこの子……


 オレは思わずして口元が引きつってしまう。


 性根が優しいなんて次元じゃない。


 心優しいとか、そういう域をはるかに超えている。

 そのあまりに純粋すぎる心のありように、何も言葉を紡ぐことが出来ない。


 それは、ただ単に彼女の純粋さに驚いたからだけじゃない。

 オレはこの子みたいな人物を知っている。


 それも、とても身近に。




 ――――香川春樹。


 あいつと同様に、この子は歪なまでに優しすぎる。


「……やりたく、なかったか?」


 オレは辛うじて表情を保ち、シエルに問いかける。


「い、いえ……そういうわけでは、その、本当にユウトさんには感謝しています……何度も助けていただいて……」


 だが帰ってくる言葉はオレへの礼。


「―――――シエル……お前は、優しすぎる」


「え……え?」


 唐突にオレが放った言葉にシエルが理解できない様子で首を振る。


「……いや、なんでもない。忘れてくれ」


 何か言いたげなシエルに手を振って話題を打ち切る。


 ……オレが言うことでも無いか。


 優しいのは悪いことじゃない。

 だが、どこか引っかかる。

 この優しさはいずれ、自分の身に禍の火の粉を降らせてしまう。


 ……春樹がそうであったように。


「よし、シエル。片付けるぞ」


「は、はい! あ、私が全部やるので、ユ、ユウトさんは休んでてください……!」


「アホか。二人でやった方が効率がいいだろ」


 そう言うと、シエルが目を丸くする。

 けれども、すぐに、


「はい!」


 と言って、満面の笑みを咲かせたのだった。


旅に出る前にシエルちゃんとの話を少しだけ・・・

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