45、竜殺しの偶像
病院での生活は退屈の一言だった。
することと言えば、凛に持ってきてもらった本を読むか、医者に隠れて魔法の訓練をする程度。あれ、いつもとやってることそんな変わんないな。
だが、それも今日で終わりだ。
途中に龍ヶ城たちの来訪というアクシデントがあったものの病院生活に特に事件は起こらなかった。
最後に熊野が残していった言葉。
――――あいつらが、怖いか?
そう問うたあいつの姿は、オレの脳裏に焼きついている。
これまでと何ら変わらず、熊野はただ淡々と問うた。
その意味は、分からない。
思考の中に埋もれそうになる声を、明るい声が引きとめた。
「ゆーくん!準備終わった?」
「……準備も何も、退院するだけだぞ?」
鼻息荒くオレの周りをうろちょろする凛にため息を漏らす。
何故オレ以上に張り切っているのか、こいつは。
そんな疑問に頭を悩ませつつ、オレは今一度部屋を見渡した。
今日はようやく退院の日だ。この代わり映えしない白い部屋からもお暇できる。
わぁい、久しぶりのお外だー。
闘病日記でも書けばベストセラーになったりしないかな。多分、オレの闘病生活とか1ページで収まるから本にすらならないのだが。
退院の手続きを自分で済ませて、医師に礼を述べる。医師も、「ご自愛を」という言葉を残して早々に去っていった。
リハビリはしていたとはいえ、やはり体がなまっているようだ。これからは少しばかり、意識して運動をしなければならないだろう。いやはや、面倒なものだ。
そんな風に思いつつ、凛と他愛無い話をする。
病院の出口に近づくにつれて、徐々に街の喧騒がその存在を主張し始める。まるで病院内だけが別世界であるかのように、静と動が分かたれている。ここでは、空気が静まり返っている。
「トイチユウト様ですね」
そんなことを考えていると、病院の出口で声をかけられる。
そちらを見ると、何か執事服のようなものを着た壮年の男性が姿勢を正して立っていた。いや、執事服とは微妙に違うか。色合いも黒よりは灰色に近い。長くは無い髪を後ろにまとめ、清潔感を感じさせる。
「ええ、そうですけど」
警戒をしながらも返事をする。
何だ?まさか病院を出たところで同性のおっさんにナンパされる、なんて珍事ではあるまい。ホモは帰ってくれないかなぁ。
「フリードリヒ国王陛下が此度のドラゴン討伐について褒賞をお授けになりたい、と」
唐突に出てきた国王の名前にもさして驚くことは無い。
ごめん嘘ちょっと驚いて固まってた。
だがすぐに一つの理由に思い当たる。
「ああ、例の話か」
さて、どんな報酬がもらえるのかね。ドラゴン討伐の褒美なのだから、それなりのものがいただけるんじゃないかしら。王様のお手製トロフィーとかだったら泣くな。いや、一周まわって笑うかもしれん。
そんな不敬極まりないことを考えながらもオレは、
「光栄です。是非とも、謁見させて頂きたく存じます」
と、そう笑顔で返したのだった。
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オレは、豪華な馬車の中で揺られていた。
馬車の中にはオレ一人しかおらず、退院に付き添っていた凛はお留守番というなんとも面白い、もとい可愛そうな目にあっていた。すまん、凛……
「それにしても……」
そう呟きながら内装に目を凝らす。
さすがは王国からの使いなだけある。この世の贅を尽くしたかのような、精緻かつ豪華絢爛な装飾。この空間にいるだけで目がちかちかしそうだ。あまつさえ、お金の臭いが漂ってきそうなのだから金持ちというやつは恐ろしい。恐らく、この馬車だけでも家が一軒や二軒は立ってしまうのだろう。
庶民のオレからすれば、乗り物ごときにそこまで金を使う理由はないわけだが、王ともあれば話は別だ。権力を分かりやすい形で示すためにも、こうしたとことに金をケチってはいられない。
「難儀だよなぁ……」
先日吹き飛ばしてしまった国王の顔を思い浮かべて苦笑する。
そういえばオレ、リアの一件であの人のことぶっ飛ばしてたけど大丈夫かしら。ほいほい招かれて行ったら、打ち首でしたー、なんてならないよね?まあ、そうなったら王城ごとぶっ飛ばして帰ってこよう……
そんなテロリズム的な思考に自分自身で苦笑を漏らしつつ、王城到着までの無聊を慰める。
……むぅ、流石に馬車の中で魔法の訓練をするわけにも行かないからな。暇だ。
壁にかかれた装飾の意味を考えて時間をつぶしていると、馬車がその速度を緩めた。そして、そのまま馬車の扉が開かれる。
「到着いたしました。どうぞ、足元に気をつけて」
そう言いながら執事っぽいおっさんがこちらの降車を促す。
なんか、このおっさんすごい手練れっぽい……
「どうも」
というか、今更なんだが……
「オレ、この格好で大丈夫なんですかね?しっかりとした服装してないんですけど……」
オレの今の格好はシャツにジャケットを羽織り、下は普通に緩めのズボンという普段着感丸出しのファッションだ。とりあえず、ユニ○ロとかし○むらで揃えた感がやばい。
「ご安心ください。国王陛下はそういったことはあまりお気になさらない方ですので」
そか、そりゃ安心だ。え、安心していいんだよね?
国王陛下の第一印象が最悪なオレからすると、基本的に何を言われようと疑心暗鬼になってしまうのだが。流石に、国に害為すドラゴン討伐の恩を仇で返すような真似はしない……と信じたい。うん、信じる心大事。
「では、こちらへ」
執事っぽい人は一礼した後、オレを先導する形で歩いていく。この人は国の小間使い的ポジションなのだろうか。こうした来客者の対応をする係なのかもしれない。
そういえば、王城に来るのは初めてな気がする。
騎士団寮のあたりはよくウロウロしていたが、こちらの城のほうには来たことが無かった。単純に、ここに来る用事が無かったのもあるのだが……
正門と思しき場所を通り、城の敷地内に入る。
バカみたいに広い中庭が続き、視界の端では庭師が生垣の手入れをしている。
舗装された道、石造りの噴水、テラスのような屋根のある場所。
さすがのオレも、圧巻されるような豪勢さだ。
その全てがパーツとして、この王城という一つの作品を仕上げている。
見るもの全てに興味を示していると、すぐに庭は終わり、王城内に足を踏み入れる。
石造りの足場は無機質で、人間味が無い。
壁、天井と目を向けていくもやはり灰色の石に絢爛たる装飾品の数々、とあまりに浮世離れしすぎている。庶民の感覚とはかけ離れていた。
やけに広い廊下を歩きながら、オレは思わず息を漏らす。
いやはや、これは何というか、ザお城って感じだな……
石造りで出来た柱や壁、床には紋様が刻まれ、いたるところで意匠をこらしている。窓は大きく、外の光を取り込みやすくなっており、それが通路に明と暗のコントラストを生んでいる。それは荘厳な雰囲気を醸し出し、中にいるものを威圧する。自分が矮小な存在になってしまったかのように感じるのも、この重みのある空間の為せる技だろうか。
「こちらへ」
そうして、長い長い廊下を歩き終え、ようやく一つの扉の前へたどり着く。
でかい。扉というより、門といったほうが正しいと思えるほどの巨大な扉。巨人でも使うのかと思われるその扉は、だがしかし間違いなく人間が作り、人間が使うものだ。
ふぅ、と小さく深呼吸するのを見計らったかのように、目の前の扉がゆっくりと開いていく。
ギギギという何かがこすれるような音に合わせて、中から光が漏れ出してくる。
神々しささえ感じるような光だ。
そうして、たっぷりと時間をかけて巨大な扉が開いた。
「リスチェリカ近郊に出現した二体のロストドラゴンを討伐した功労者、トイチユウト様が参上し申し上げました!!」
中に足を踏み入れると同時に、控えていた騎士が高らかに読み上げる。
その声を受けて、オレはしっかりと歩みをすすめる。
目の前にはレッドカーペットが続き、その奥には一段高いところに豪華な玉座が据えてある。そこに鎮座しているのが、見まごうことはない――――リアヴェルト王国現国王フリードリヒ・アストレアだ。
謁見の間と思しきその場は、廊下とは比較にならないほど煌びやかに装飾が施され、ステンドグラスからは色とりどりの鮮やかな光が差し込んでいる。空間の持つ重みが、尋常ではない。
そんな重圧に押しつぶされそうになりながらも、努めて涼しい顔をし、歩みを進める。
オレは段差の目の前まで辿りつくと恭しく片膝をつき、頭を垂れた。
「国王陛下、この度は謁見叶い、この場にお招き頂けた事を心より嬉しく存じ上げます」
「よい、面を上げよ」
「はっ」
オレの態度が意外だったのだろう、側近の騎士たちが一瞬だけ驚いた顔をするのが横目に見えた。だが、彼らもプロ。そんな表情はすぐに毅然とした無表情の裏に押し込まれる。
へっへーん、舐められないように作法については勉強したもんねー。
「此度は我が国に降って沸いた天災、ロストドラゴンを討伐せしめたこと、褒めて遣わそう」
「この身に余る賛辞、有難き幸せにございます」
演劇のような会話。オレも国王もほとんど棒読みのようなものだ。
オレ自身、歯の浮くようなセリフに思わず笑いたくもなるが、そこはぐっとこらえるしかあるまい。このクソが付くほど形式的で儀式的なやりとりこそが、この場においては求められるのだから。
実のところは、国王陛下がしょっぱなからオレを打ち首にするとか言い出さなくて安堵してるのだが。
「して、此度の貴公の功績を称えて、褒賞を与えようと思う」
「……幸甚の至りに存じます」
それだけ言うと国王は鷹揚に頷き、隣に控える家臣と思しき男性に目配せをする。
家臣は恭しく頭を下げた後に、脇のほうを見やった。すると、すぐに小さなカートに袋が乗せられて運ばれてきた。中に何か入っているようだが、あれが褒美だろうか。袋を開けたら毒蛇が入っていて、そのまま毒殺されたりしないよね?
そんな風に、ひたすらに国王に殺される可能性ばかりを憂うのはオレだけのようだ。
「その中には、大金貨80枚が入っておる」
国王がこともなげにのたまう。
「へー、80枚も……それはそれは大金ですね……」
やはりドラゴンを倒すとなるとかなりの報酬がもらえるようだ。
80枚かぁ…………
…………………………ん?あれ、「大」金貨って言った?金貨じゃなくて?
「あの、国王陛下。申し訳ありませんが、今一度仰っていただいても?」
き、聞き間違いだよね……金貨80枚だよね?
「ふむ、大金貨80枚。それが貴公への褒美だ」
ええっと……大金貨は金貨5枚分だから、大金貨80枚は、金貨400枚。
ん?金貨400枚?
「ええ!? 大金貨80枚!? マジすか!?」
崩壊した敬語にも国王は眉一つ動かさない。
「マジ……とやらが何を指すのかは分からんが、嘘はついておらん。ドラゴン一体の討伐につき、大金貨30枚。そして、こちらで死体の一体を回収させてもらった。もう一体は、骨の欠片が残っていた程度で使い物にならんかったがな。加えて、ドラゴンの体は余すところなく競売にかけられる。そこで得られる利益を考えて、大金貨20枚。なんだ、不満か?」
「いえいえいえいえ!滅相もない!あいにく庶民ゆえ、こんな大金手にしたこと無くてちょっとびっくりしてるんです!」
エリート証券マンの年収でもこんなにもらえなくね?
それをPONとくれちゃうなんて……王様ってやっぱ恐ろしい……
やばいぞ、これなんだ。なんだこれ。あんだけ大量の水晶売って金貨10枚弱だったのに……
「して、話は変わるが」
国王が、少しばかり声音を変えて言う。
「ロストドラゴンは間違いなく二体観測されていた。にも関わらず、もう一体の死骸は骨の欠片程度しか見つからなかった。貴公、何か知らぬか?」
ああ、そうか。一体はオレが燃やし尽くしちゃったし、一体は『持ち物』にしまってあるから、ちゃんと残ってた死体が一つしか無かったのか。
「私の魔法で燃え尽きてしまったのでは、と思いますがそれ以上は何とも」
オレはあえて曖昧な表現に留めておく。
ドラゴンの死体の利用価値は、大金貨20枚で売られることからも相当高い。さすれば、一体ぐらいはオレが保有しておいて損は無いはずだ。
それに嘘も付いてないしな。一体燃え尽きたのは本当。ただし、もう一体いてそいつは『持ち物』に眠っているということを言っていないだけだ。隠すのは罪じゃないだろ。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!
王様はそれに納得したのかは分からないが、「うむ」と頷いた。
「分かった。では、私からは以上だ。その褒美は持っていくといい」
手に持ってその重みを感じる。大金貨80枚……やべぇ。
改めて王族という相手の財力にガクブルしていると、王様が小さく笑って言った。
「今後も、貴公のはたらきに期待する。……よろしく、頼むぞ」
その声音には先ほどの事務的な響きは無く、どこか温かいものだったような気がする。だが、目の前に提示された金額の大きさに、オレはそんなことを考えている余裕など無かった。
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オレは重い足を引きずりながら街中を歩いていた。
謁見の後、オレはさっさと城を追い出されてしまった。
どうやら王様はスケジュールが過密らしい。
「っ……!」
大声が上がったり、人が近づくだけで、思わず背筋がびくっと跳ねてしまう。
通行人の皆様方はそんなオレの挙動不審な様子を見て、オレから距離をとっていらっしゃる。この異世界でも触らぬ神にたたりなし精神は根付いているのね。
うぅ……頭痛い……
目下オレの頭を悩ませているのは『持ち物』にしまわれている、大金貨80枚だ。正直頭がおかしいとしか思えない金額をオレは持ち歩いている。
何なの? バイトで一日あくせく働いてようやく手に入れた8000円で喜んでいたあのときの苦労はどこへ行ったの?
金貨400枚。こと低予算で生活可能なこの世界においてこの額はさらに異常だ。マジで言ってんのか……
正直なところ扱いに困る。
お金の使い方など分からないこの身にしてみれば、この額は確実に身に余る。それこそ、成金の「ほうら、明るくなっただろう?」ぐらいしか使い道が見出せないオレには宝の持ち腐れだ。まあ、硬貨貨幣だから火をつけることもできないんだけどね!
いかんせん貧乏精神が根付いているオレには、先ほどから周囲の全員がオレの金を狙っているようにしか見えない。宝くじに当選した人なんかも、換金までの間周囲の人々が泥棒に見えて精神をすり減らしていた、って話はよく聞いたが、まさかオレ自身がそんなことに怯えなければならないとは。
いや、逆に考えよう。
盗られちゃってもいいや、と。
元々、オレの身には余る金だ。さすれば、それを盗まれようとオレ自身にショックは……
「いやいやいや!流石にこの金額盗まれたらショックだよ!!」
街中で唐突に叫びだしたオレにさらに周囲から刺さる視線が痛くなる。
ごめんよ通行人諸君……
よし、とりあえずは考えないようにしよう。
可能性を考えすぎても仕方がない。とりあえず、報酬に大金を手に入れたという事実だけを認識し、その他の危険性については頭の隅にとどめておくだけでいいだろう。
ひとしきりパニクることで精神の安定と冷静さを取り戻す。
おーけー、オレは冷静だ。
そんな風に自分に言い聞かせ続ける。
徐々にオレの存在も喧騒の中に飲み込まれ始める。
誰もがオレのことなど気に留めないし、その存在を覚えておくことなどない。 ただそこに当たり前のようにあって、無いようなものとして意識の外に追いやる。
だが、それはオレも同じだ。すれ違った赤の他人のことなど一々考えたりはしない。
ただ、こちらの世界に来て驚異の記憶力を得てから、一度見た人の顔を忘れることは無くなった。
自分だけは覚えているのに相手は絶対に覚えていないというのは少しだけ寂しさを感じないこともない。
ま、馬鹿げているんだがな。
改めて、人ごみの中の無個性な一員となったことを自覚して、オレは目的地へと向かった。
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「大金貨20枚あるんでお納めください。あ、そのうち少しぐらいはここの冒険者で飲み会でも何でも開くために使ってください」
オレが袋をジャラジャラさせながら冒険者ギルドの受付嬢に告げると、彼女は怪訝そうな顔を浮べた。
「あの、申し訳ありませんが……お名前は?」
明らかに素性を疑っているのだろう。
そりゃそうだ。そんな大金を急に寄付したいと言い出したわけの分からないフードを被った子供が現れたら誰だって驚くし、不審に思う。
「十一優斗、17歳。このたび、ロストドラゴンを狩った新米冒険者です」
笑顔で自己紹介。うん、第一印象はばっちりみたいだ!
「あなたが噂の?」
そう言うと受付嬢はぽかーんと口を開いた。
「まさか……冗談は止めてください。ロストドラゴンを倒した偉大なる冒険者は、筋骨隆々とした壮年の男性だと窺っております。なんでも額に傷があり、大きな剣を二振りも担いでいるとか」
誰だよそれ……
どうせ噂話で「きっとこんな姿だろう」と囁かれていたイメージが、本物の姿として定着してしまったのだろう。いやホント誰だよ……
にしても、男ってとことしか合ってないのはちょっと面白い。
「まあ、じゃあ、それでもいいです。中身、検めてみてください」
袋を渡すと、彼女は不審がりながらも中身を確認する。最初は、眉をひそめていた彼女も、その中身を見て次第に表情を強張らせる。
「え、これ……本物……?」
敬語すら忘れているが、本人は驚きと混乱で気付いていないようだ。
「しょ、少々お待ちください!」
そう言うと受付嬢は対応もそこそこに奥へと引っ込んでしまう。あら、逃げられたのかしら?
だが、そんな心配は杞憂だったらしく、すぐに長身な男性を連れてくる。
精悍な顔つき。顎のラインはするどく、目つきも険しいが、不思議と怖さは感じない。ただ、眉の太さとあいまって力強さを感じる。まだ若いように見えるが、この世界では年齢の予想は得てして外れるものだ。
「私は、ここのギルド長のエヴァン・ワイゲルトと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って白い手袋のまま手を差し伸べてくる。
「オレは十一優斗といいます。お初にお目にかかり光栄です」
オレの慇懃無礼ともとられかねない対応にも笑顔で応じ、固い握手が交わされる。
「そうか……彼女から話は聞いたよ。君が、『竜殺し』の英雄だって?」
口元は笑っているが、その目はこちらを試すように鋭い。しかも、よく観察していないと気付けないほど巧妙に鋭さが隠されているのだから抜け目ない。
「そんな名前付いてるんですか……ま、自分でその名を名乗ろうとは思いませんが、一応ロストドラゴンを狩ったのはオレですね」
「ふむ……それを示すことはできるかい?」
やや癖のある髪の毛を掻き分け、エヴァンが囁くように告げる。
「そうですね、その国からもらった褒賞金が証拠の一つになるといいんですけど」
そう言いながら頭をかく。
金だけでは証拠としては不十分だろう。
「まあ、そうですね。それなら、これでどうですか?」
そう言いながらオレは『持ち物』に収納しておいてものを取り出す。
「なっ……!?」
エヴァンが始めてその表情を崩した。
顔に浮べられる驚きにオレは不敵に口元をゆがめた。
「ロストドラゴンの首――――これが何よりの証拠なんじゃないですかね?」
オレの足元に転がる巨大な竜の首を撫でつつ、オレは言い放った。
「いや……驚いた。まさか、本当だったとは……」
「まあ、オレ自身胡散臭い雰囲気かもし出してる自信はあるんで、仕方ないですよ」
そうだ。頭からすっぽりと灰色のローブを被り、姿かたちを隠している男がいたらオレだったら近づきたくない。絶対怪しい。
まあ自分で言うなといわれそうだが。
「ああ……それも、そうなんだが……」
いまいち歯切れの悪い返答に首を傾げる。
おっと、竜の首しまわないと。少し周囲が騒ぎ出してきた。
オレの目の前から竜の首が忽然と姿を消し、『持ち物』に収納されたことが感覚的に分かる。
「いや、ここからは奥で話そう。私の執務室までご一緒願えるかな?」
「ええ、是非に」
そのままぼけーっと突っ立ってる受付嬢を置き去りにし、エヴァンの後を追う。
カウンターの奥に進み、そのまま木製の階段を上る。一段ごとに階段が軋むが、老朽化とか大丈夫だろうかこれ。資金が無いのかもしれない。
廊下の突き当たりの部屋に入り、促されるままにソファに座った。
「すまないね、わざわざ来てもらって」
「いえ、こちらとしても、ギルド長と直接話せるとは思ってなかったんで僥倖です」
エヴァンが出してくれた菓子には手をつけず、そのまま返事を返す。
テーブルを挟んで向かい合うソファにはエヴァンが姿勢を正して座っている。
「まず、何から話すべきか……」
彼の中でも色々なことが錯綜し、考えあぐねているのだろう。
少しばかし顎に手を当てて頭をひねらせると、おもむろに口を開いた。
「ふむ…………最初に確認したいのだけど、ロストドラゴンを二体とも討伐したというのは本当かい?」
改めての確認。やはり何度聞いても信じられないのだろう。
「ええ、本当ですよ。まあ、正確には三体ですけど」
「三体?」
「ロストドラゴンはもう一体いたんですよ。まあ、魔法で灰も残さず燃やしちゃったんで、死体は無いでしょうけど」
そう。だから、褒賞は当然二体分しかもらえなかったし、今も二体倒した前提で話を進めているのだ。オレ自身、三体目がいたという事実を証明する手立てが無いため、そのことを表立って主張するつもりもさらさら無いのだが。
「そうか……いや、君自身がそう言うのであれば本当なんだろうな」
納得したように息を漏らすエヴァンを不思議に思う。
冒険者ギルドのトップって言うから、どんな荒くれ者のおっさんかと思えば。それなりにまともで整った人間が出てきたことに少しびっくりしている。まあ、腕っ節が強ければ務まるわけでもないのだろう。
「それで、本当に君一人で?」
「何度も言いますけど、オレ一人で、魔法を使って、ロスとドラゴンを三体倒しました」
「……すまないね、何分、にわかには信じられない話だから」
まあ、無理もあるまい。国に害を為すレベルの害獣、否、害竜をたった一人で狩ったのだ。本来は何十もの戦力と相応の被害が必要だったにも関わらずだ。
「冒険者ギルドを代表して、改めてお礼を言わせて貰おう」
そう言って頭を下げる。
「構いません。オレ自身、自分のためにやっただけですから」
「自分のため?」
「ええ、実戦訓練と金稼ぎのため……そんな俗な魂胆ですよ」
そう言って肩をすくめるオレの所作に、彼は一瞬だけ驚くも、すぐに顔に微笑をたたえた。
「そうか、でも君が人々を救ったことは変わらない」
――――人々を、救ったのか。
改めて他人に肯定されることで、不思議と心が軽くなった気がする。
だが、
「っ――――」
脳裏を何かがちらつく。小さな火花が弾けたようなノイズが走り、目を瞑る。
「大丈夫かい?」
心配そうにこちらをいたわるエヴァンさんに片手で問題の無い旨を示し、無理矢理にでも話題を変える。
「……そういえば、さっきエヴァンさんが何か歯切れが悪かったですけど、あれって何だったんですか?」
先ほどの彼の話し方に、単純にオレのことが信用できなかったから、という理由以外のためらいを感じたのだ。
「ああ、あれか……実は、ロストドラゴンの討伐隊が君を確保したときにね。色々と論争があったんだよ」
「論争?」
きのことたけのこどっちが優れているのかみたいな?
恐らくそんなどうでもいいことではないだろうが。
「……君が本当にドラゴンを倒したのか、ということについてね」
ああ、そういうことか。
討伐隊が意気揚々と出かけていったら、竜は既に死んでいて、その傍らにはボロボロの少年が倒れていた。その光景を見て、何が起こったのか、様々な仮説が生じたわけだ。当事者は片方が死に、片方は意識を失っていたわけだしな。
「そしたら、本当にドラゴンを倒したのは実は自分だ! って、名乗り出る輩が出てきてね」
当時の様子を思い出してエヴァンさんは苦笑する。
手柄を横取りしたい冒険者たちの戯言だろう。
「だが、その翌日、王城から直々に『ドラゴンを二体とも討伐せしめたのは黒髪の少年に違いない』って通達があってね。根拠も何も無いのに、それだけ言われちゃったんだよ」
まあ、王国はオレが勇者だって知ってるからなぁ……恐らく、オレが魔法を使えることもとっくに知れ渡ってるだろうし。だったら、そう考えても無理は無い。
…………ただ、疑問は残る。
そこまでして、どうしてオレに功績を与える必要があったのか。
オレは国王陛下に気に入られてるとは思わないし、勇者たちの中でも別段高い地位にいるとは思えない。先日も、国に精力的に協力はしないと宣言したばかりだし……
そうならば、オレの功績など無視してしまえばいいはずだ。それこそ、名乗りを上げた冒険者風情にでもくれてやればいい。場合によっては、最初からドラゴンは死んでいたことにだって出来るだろう。それにも関わらず、国はオレの功績をかたくなに主張した。本来なら褒賞など与えたくもないはずなのに。
だが、いくら考えても答えは出ない。
脳細胞がめぐるましく働き、シナプスが弾ける。
違うのか……いや……逆?……根本が違う?
……そうか……そういうことか!
ようやく一つの仮説に至る。
国はオレに功績を与えたかったんだ……そして、『竜殺し』なんて大層な名前まで付けて、英雄に仕立て上げたかった!
そうすれば、否が応でも人々は自然とオレの助けを望む。恐らく、あいつらはオレという、いや、17歳のガキの心の弱さを見透かしている。17歳のガキがそんな重圧と、期待と、希望の眼差しに耐えて、それらを全て蔑ろにできるのか。最後には渋々、期待に応えざるを得なくなるのではないか。あいつらは、そう考えている。
そのための布石を打ったのだ。オレをがんじがらめに縛るための「期待」という鎖の種を。
もし仮にオレが協力しなくともダメージはない。つまり、ほとんどノーリスクでハイリターンのギャンブルができるわけだ。
ああ、くっそ! まさか、そんなこと考えてやがったとは! 目の前の金額に目がくらんで、考えることがおざなりになってた! オレから思考力をとったら何も残らないだろうが!
そう考えると、国がかたくなにオレの功績を主張し褒め称えたのも納得できる。
「どうかされましたか?」
急に顔色の悪くなったオレを心配そうにエヴァンが覗き込む。
「……いえ、大丈夫です……ちなみに、オレが『竜殺し』だってことはどれくらいの人が知ってますか?」
「あなたの顔と名前が一致するのは討伐隊の一部の面々だけかと。恐らく、『竜殺し』がトイチユウトであるということはそれなりに広まっていますが、それがあなたであるというところまでは」
まあ、オレの見た目に関して根も葉もない噂が飛び交っているしな。
ってことは、まだ顔バレはしてないと見ていいだろう。
よし、まだ大丈夫だ……
「そうですか……実はお願いがあるんですけど」
「お願い?」
そう問いかけるエヴァンの前に、大金貨20枚の入った袋を置く。
「寄付金です。運営費にでも当ててください」
「これは……大金貨20枚も……」
困惑半分、喜び半分に眉を下げるエヴァン。
「で、お願いとは?」
その金額を提示されて、生半可なお願いが飛んでくるとは思っていないのだろう。エヴァンは頬を引きつらせている。
「簡単ですよ。お願いは二つ。一つ目は、そのお金の一部を使って冒険者たちに宴会を開いてやってください」
「宴会……?またどうして?」
意図が掴めない様子でエヴァンが首を傾げる。
「理由はまたあとで説明します。んで、二つ目は、『竜殺し』の英雄像を作ってください。もちろん、冒険者ギルドの前に設置する形で」
「像、ですか?」
その反応を聞いて、オレは悪巧みをする子供のように楽しげに笑った。
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ユウトとエヴァンが話し合ってから5日が経った。
あの後ユウトからは一度だけ進捗状況の確認があった以外、連絡は無い。
エヴァンは目の前に据えられた2mはあろうかという、白布のお化けに苦笑を漏らした。
「やれやれ、またこんなものを……」
そうひとりごちながらもエヴァンは自分の口元が楽しげに歪むのを抑えられなかった。
―――――宴で、冒険者たちにオレの書いた伝言を読み上げてください」
「君の書いたものを?」
「ええ、内容は直前にお渡しします。『竜殺し』の英雄からの直々のお手紙ってことで」
「ああ、分かった……分かったけれど、それでいいのかい?」
「ええ、英雄像のお披露目とともに読み上げちゃってくださいな」
5日前の会話を思い出して苦笑を漏らす。
あの少年の意図に気付いたのは、ようやく宴の前日になってからだった。
チラリと、入口から冒険者ギルドの中を見ると、まだ時間になっていないというのに、既に荒くれ者たちが酒や料理を食べながら大騒ぎしていた。今日の酒や料理はどれだけ食べても無料。『竜殺し』の英雄の奢りだという触れ込みで、いつもの倍はいようかというほどの大勢の冒険者たちが集っていた。
これだけいると後始末も大変だろうし、いざこざも起きやすいのだが、まあそこは仕方が無い。
諦めとともにもう一度、白布のかけられたソレを一瞥すると、エヴァンは冒険者ギルドの中に入っていった。
「全員、静粛に!!」
エヴァンの一声で、先ほどまで騒いでいた荒くれ者どもがぴたりと静まり返る。
その光景を見たものは、唖然とするだろう。年も行かぬ一人の若い男性が、目つきの悪いゴロツキどもを一瞬で静かにさせるのだから。
「今日の宴を設けた本人、『竜殺し』から伝言を与っている」
そう言うとエヴァンは一息だけ間を置いて、手の中の小さな紙を読み上げる。
小さな紙切れだ。
「『ロストドラゴンを一人で狩った偉大なる英雄、『竜殺し』だ。お前らの貧相な腕っ節じゃ、竜を狩るなんて百年かかっても無理だろうな。悔しかったら俺に負けないぐらいの力を付けて、竜の首の一つや二つもぎ取って見せやがれ。今日は、お前らがいつか竜を殺す日の前祝いだ。俺の奢りだ、好きなだけ食って、好きなだけ飲んで、好きなだけ騒ぎやがれッ!』だそうだ!」
エヴァンが高揚して言い終えると同時に異様な熱気が場を支配する。
怒号、歓声、怨嗟、様々な声が飛び、当たり構わずぶちまけられる。粗放にして粗野にして、何よりも純粋な思いが酒の肴として空気に乗る。
それこそが狙い。それこそが本当の目的。
「外に『竜殺しの』銅像を用意した!あいつよりでかい自身のある奴は表へ出ろッ!」
エヴァンの叫びとともに、ギルドの外の白布が取り払われる。
中からは優に2mはあるほどの男の全身像が出てきた。
腕は巨木のように太く、体は岩石のように屈強だ。背中には人ほどの大きさの巨大な剣を背負い、彫りの深い顔つきや、剣の如く鋭い目つきは見るものを威圧する。額に刻まれた大きな切り傷は、その持ち主の過酷な人生が窺えた。
エヴァンの人心掌握術は恐ろしく、すぐに多くの冒険者たちを焚きつけた。
「うおおお!おれが行くぜぇええ!!」
酔った勢いで外に転がり出た一人の巨漢が、その銅像と自らの巨体を比べる。
「ぎゃはははは!!お前ぇ、全然負けてんじゃねえか!!」
だが、2m半はあるその巨体に敵うべくもなく、ほかの仲間に笑われて悔しげに肩を落とす。
そんな様子を見て、気付けばエヴァンも笑ってしまっていた。
いつぶりだろうか。こんなに騒ぐ馬鹿どもを見るのは。
いやはや、久しぶりに面白い奴と出会ったものだ。
思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ、私もその馬鹿の一員なのかもしれないな」
そんなことを考えながら、エヴァンは注いでもらった酒を一気に飲み干した。
「思った以上に大反響だな」
端の壁に寄っかかり、チビチビと水を飲む。
にしてもこの空間、どこにいても酒くせぇ。成り行きは見届けられたしもう帰ろうか。
今回エヴァンに頼んだお願いの効果は至ってシンプル。
オレ自身を『竜殺し』と同一人物だと悟らせないことだ。
冒険者たちに、『竜殺し』は豪胆で腕っ節の強い、大男だというイメージを刷り込ませる。先ほどのオレからのメッセージや表の銅像でイメージ操作はばっちりなはずだ。
そしてその情報が街中に広がれば、オレのことを『竜殺し』だと思うような輩は消えるはずだ。当然、討伐隊の面々や王国関係者を騙すことは出来ないが、それでも問題はない。オレが対策をしなければならないのは世間の民衆、世論だ。そいつらを欺ければ問題は無い。
ま、無事にイメージ操作が成功しそうで良かったよ。
そう思いながら水を飲み干す。
カラン、と容器の中の氷が快く音を鳴らす。
それは作戦の成功を祝う鐘のようだ。
「お、いい呑みっぷりだな兄ちゃん」
オレがグラスを置いて帰ろうとしたところで、一人の赤ら顔の冒険者が声をかけてくる。
その息は酒臭く、思わず顔をしかめてしまう。
いい呑みっぷりって、これただの水なんだけど。
「あんた、どんだけ呑んだんだよ……」
苦言を呈するも何処吹く風といった様子の冒険者はげらげらと笑った。
「いいじゃねぇか。折角、噂の『竜殺し』さんが大判振る舞いしてくれるってんだ。ご厚意に与ろうぜ」
そのまま肩を組もうとしてきた冒険者をかがんで避ける。
「酒臭いからあんまこっち来んなって!」
「いいじゃねえかよぉ……ひっく……」
「だぁ!?寄るな!吐息だけで酔う!」
オレ自身飲酒をしたことが無いので酒に強いかどうかは分からないが、あまり酒の強い臭いは好きじゃない。鼻につくのだ。
オレが嫌な顔を隠すこともなく露骨に逃げようとすると、
「ちっ……はーあ、抱きつくぐらいいいじゃねーかよー」
明らかに皮肉の篭った言い回しで男が恨み言を漏らす。
「アホか!?男に抱きつかれて嬉しい奴なんぞ……」
ったく、この呑んだくれは………
「ういうい、そうだぜぇ……?おれあ、強いんだぜ……ひっく」
こちらが何も聞いていないにも関わらずそう言うと、男は自らの足に躓いて転びそうになる。
だが、あわや地面にキスをするかという直前で男の体が静止する。
パントマイムでもやってんのか。
見れば、一人の女性が倒れこむ男の剣帯を掴んでいた。
いや、あなたさらっと男一人の全体重を片手で支えてますけど、膂力やばくない?
「全く……悪いね、こいつはどうも酒癖が悪くて」
どうやらこの酔っ払いの知り合いらしい。女の謝罪にオレは気にするなと首を振った。
「それにしても……やっぱりアンタなのかい?」
主語述語の省かれた問いにオレは首を傾げる。
「やっぱり、というのは?」
「……『竜殺し』の英雄ってのは」
女の言葉は質問の形をとってはいるが、声音には確信があった。討伐隊の一員か?ということは、オレの正体に気付いている可能性は高い、か。
「さぁ、オレにはなんとも。ギルドの前の銅像にでも聞いたら、答えてくれるんじゃないか?」
それだけ言うときびすを返して、出口へと向かう。
女も、「そうかい」と肩をすくめるばかりで、追求する様子は無い。
周囲は未だにどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。
その様子に満足して、ゆっくりとした足取りで冒険者ギルドを後にする。
喧騒から距離を置いて歩く夜の街は、いつもより少しだけさびしそうだった。
トイチユウト:2mの大柄な男で、大剣を二つも背中に挿している。丸太のような腕は一振りで大岩を砕き、その屈強な胸板は魔法すら弾く。竜の首をへし折っただとか、粉々に砕いただとか噂されている『竜殺し』の英雄。
誰だこいつ。




