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44、関係


 オレの意識を覚醒へと誘ったのは、奇しくもオレの意識を奪ったのと同じ、痛みだった。


「うっ……」


「ゆーくん!?」


 オレがうめくと同時に、キンキンと耳元で甲高い声が聞こえた。


 その正体をつかめないままに、オレはぼんやりと重いまぶたを開く。

 体が、だるい。腕や足が重く、目を動かすのですら大変だ。

 何故だか周囲がやけにまぶしく、オレの目を焼いた。


「大丈夫ですか!?」


 今度は、また別の澄んだ声が聞こえた。明るい白髪をたなびかせている。


 その正体を確かめようと、オレはぼんやりとした意識のまま手を伸ばそうとした。だが、オレの腕は意思に反して、のろのろとベッドの上を這うだけで一切上がろうとはしない。


 そうして、初めてオレはベッドの上に寝ていることに気付いた。

 徐々に本当の意味で意識が覚醒してくる。

 自分の置かれている状況、その原因、そして甲高い声の正体。

 全てのピースがまるで崩れるパズルを逆再生したかのように、どんどんと元のあるべき場所に戻っていく。


 思考が再構築され、ようやくオレは意識を取り戻した。


「あ、あのユウトさん……」


 小さい声が、心配げにオレの顔を覗き込んでくる。


 大丈夫だ。その正体は、もう分かっている。


「おはよう。二人とも、久しぶりだな。元気にしてたか?」


 そんなオレの軽い口調に、目の前の二人の少女、凛、シエルの両名が口を大きく開いたまま固まってしまう。


「……おいおい、どうしたお前ら。おはようの挨拶ぐらいした方が痛い痛いちょっとマジでやめてください怪我してて今触られるとやばいんですって」


 凛が足をグリグリと押すと、ピキピキと筋肉や骨が悲鳴を上げる。


「もう、ゆーくんのバカ……本当に、心配……したんだよ……」


 よく見ると、その目には泣き腫らした跡がある。くまも出来ていてしっかりと睡眠がとれていないことが窺える。


「おいおい、凛。睡眠不足はお肌の天敵だぜ?もっとちゃんと――分かった分かった! オレが悪かったから体に触るな!」


 あえなく降参の意を示す。


「んで、まあ、一応聞いておくけど、二人ともオレの看病に来てくれたって認識でいいのか?」


 そうたずねると、二人とも黙って頷く。


「あ、後、リアさんもさっきまでいたよ。何か、顔合わせるのは癪だからって、帰っちゃったけど」


 結局三人ともお見舞いに来ていたらしい。


「そうか、ありがとう。後は、まあ心配をかけていたとしたら、悪い」


 素直に謝ったオレに、凛がゆるゆると首を振って続けた。


「…………ホントに大丈夫?」


「性格以外は悪いところが無いから安心しろ」


 そうやって茶化すと凛は「もうっ」と頬を膨らませた。


 あざとい。

 まあ、余計な心配をかけたのは純然たる事実だから、そこについてオレが謝意を感じるのに何も不合理は無いんだけどな。


「何はともあれ看病お疲れ様。患者本人は見ての通り元気だから、心配すんな」


「心配するよ……」


 凛が俯きながら肩を震わせる。

 おこなの?


「そう、怒るなって。悪かったってば」


「怒ってるんじゃないよ……嬉しい、んだよ……」


 嬉しい?ほわい?


 ああ、まあ確かに魔法の師匠が倒れてたら心配するし、その回復を喜ぶのは当然か。ある意味、オレはこいつの恩師みたいなもんだしな。さすが凛ちゃん、義理に厚い。


「ほ、本当にお体は大丈夫なんですか?」


 今度はシエルがまた同じような質問をぶつけてくる。


「何度も言うけど、大丈夫だって。治癒魔法は万能だから」


 そう言って軽く笑うと、彼女も小さく笑みを作ったが、すぐにバツの悪そうに目を逸らした。

 その意味がつかめず首をかしげながらも礼を述べる。


「シエルも看病ありがとう」


「あ……いえ、あの…………すみません、でした……」


 そう言うとシエルは頭を深く下げた。


 何故謝るの?あれ、まさかオレ寝てる間にシエルに何かされちゃった?30歳までは保持しようと思っていた男の子のあれを捨てちゃったりしてるのかしら。いや、そんな展開はあるはずがない。


 いくら頭をひねっても心当たりが無いオレにシエルが付け加えた。


「その、先日は……」


 消え入りそうな声で肩を震わせる。

 その震えは感情の昂ぶりではなく、恐怖と極度の不安から来るものだ。


「折角、助言を頂いたのに…………お聞きしないまま、逃げ出して、しまって……」


 と、そこまで言って、彼女は唇を噛んで顔を歪ませる。目が潤み始め、既に泣きそうだ。

 あー、なるほど。オレの説教を聞かないで逃げちゃったことを気にしてたのか。


「何だそんなことか」


「…………え?」


 今にも泣きそうになっているシエルがその口を半開きにして固まる。


「いや、別に気にしてないから謝る必要はないぞ」


「で、ですけど…………」


「あれはオレが勝手に言いたくて喋っただけ。その独り言をシエルが最後まで聞くか聞かないかは君の自由だ。別に最後まで聞き届けることを強要するつもりはない」


 怒っていないことを伝えると、シエルは驚いたような顔で手を口に当てた。


「本当、ですか?」


「何でオレが嘘をつく必要がある」


「それ、は……」


 とそこまで言うとシエルが床にへたり込んでしまう。


「お、おい!シエル、大丈夫か?」


 凛がしゃがみこみ、シエルの様子を見る。


「よか、ったぁ……」


 シエルはそう言って涙を目にためながら、心底安心したような笑顔を浮べた。


 ふむ、もしオレが怒っているかもしれないということを気にして数日を過ごしたのだとしたら、悪いことをしてしまったな。


 バツの悪さに頭をかこうとするも、腕が思うように上がらず断念した。


「本当にすみませんでした……その、急に言われて、あ、えっと、動転しちゃって……」


「いや、だから問題無いって……」


 そう思い、手を振ろうとするも、またも腕は言うことを聞かない。


 うーむ、思った以上に体が動かん。

 指をわきわきさせて自らの動きを確認してみるが何ともまあ意思に背くこと背くこと。

 十の力を込めても、二か三ほどしか出力できていないようだ。


 そんな風にして騒いでいれば、当然声は部屋の外にも漏れる。


「失礼します。トイチさん、目は醒まされましたか?」


 ノックとともに部屋の扉が開けられ、白と黒を基調とした衣服をまとう男性が現れた。恐らくは医者だろう。


 オレが寝ているのは王立の病院だろうか。


「ええ、何とか。まだ体は重いですが……」


 そうぼやきながら腕が上がらないことを視線で示す。


「トイチさんはご自分の体に無理な治癒魔法をかけていましたから……そのせいで体に負荷がかかっていたのでしょう。一週間ほど安静にしつつ、軽い運動ををこなしていけば問題なく復帰できるかと思います。この後、詳しい検査をしますのでそれまでしばらくお待ちください」


 そう言うと、医者は最後に「くれぐれもご自愛を」と言い残して去っていった。

 どうやら、この体の重さは治るらしい。あの言い方では大きな後遺症も残らないのだろう。

 何とも吉報じゃないか。


 オレは彼が出て行くのを見届けると、くぁと小さく欠伸を漏らす。

 あれだけ寝たのにまだ眠いな。


「なぁ、オレって何日ぐらい寝てた?」


「えっと、ゆーくんがこの病院に運び込まれてきたのが、二日前の夕方かな」


「そうか。今って昼か?」


「うん。お昼前かな」


 ってことは、丸二日近く寝込んでいたようだ。

 そりゃ頭がぼーっとしてても仕方ない。


「うーむ……少し寝すぎたなぁ……」


「ほんとだよ……心配したんだから……」


 凛がオレの手を握る。

 振りほどくような元気も力も無いためされるがままだ。


「悪かったよ。本当に。ドラゴンが三体いるなんて知らなかったんだって」


 今回のオレの敗因は金に目がくらみ、勝利を急いたことだろう。もっと入念に情報を集め、対抗策やあらゆる事態に備えておけばそうはならなかった。モンスターとの戦闘において勝利続きであったため油断をしていたが、よく考えてみれば一度の敗北が死につながるこの世界で、連続勝利というのはいわば当たり前なのだ。そこを履き違えてはいけない。


「そういえば」


 ふと思い出す。

 オレの上げた声に凛とシエルが同様に首を傾げる様に少しだけ面白さを感じながらも、オレは現状について疑問の声を上げた。


「凛、お前、オレに近づいていいのか?」


「……え?」


「いや、十六夜の奴がお前にオレを近づかせないし、お前もオレに近づかせない的なこと言ってたぞ」


「え、う、うそ……ほのかちゃんが? ゆーくんに?」


 心当たりがあるのか、顔を青ざめさせる凛。

 その裏にある心情は簡単には読み取れないが、あまり好ましいものではないことだけは窺える。


「だから、オレといるのがアイツにばれると良くないんじゃないか?」


 オレの提案に凛は明らかにうろたえる。


 だが、一瞬の逡巡を経て頭を振った。

 その目から迷いが消える。


「うん……そうかも」


「だったら――――」



「でも、わたしは決めたから」


「……え?」


 凛の言葉に今度はオレが虚をつかれ、曖昧な声を漏らす。


「もう、決めたから。大丈夫」


 覚悟に固められた言葉からは幾ばくかの悲壮が窺える。


 だがその意味を察することは出来ないし、深入りすればきっとオレは戻れなくなる。

 だから、オレは見ないままにする。

 微妙な無言が場を満たし、いたたまれなくなったシエルが声を上げた。


「あ、」


 シエルが思い出したように言う。


「その、ゆ、ユウトさんががロストドラゴンを討伐したって噂が出ているんですけど……」


「ああ、一応、三体ともオレが狩った」


 あっけらかんと言うオレに二人ともがまたも言葉を失う。


「ん、どした?」


「本当、なの?」


 凛が信じられないといった様子で呟く。


「何で嘘つかなきゃいけないんだよ。あ、死骸は一つ完全に燃え尽きちゃったから、オレの近くに転がってたのが一つと、『持ち(インベントリ)』に一つしまってある」


「ドラゴンを、たった一人で討伐するなんて……」


 シエルも凛も唖然としたまま、次の言葉をつむげないでいる。

 だが、オレからしてみれば大したことには思えない。

 恐らく龍ヶ城でも余裕で1人で狩れるだろう。


「まあ、運が良かったのかもな。これで報奨金がでるから、当分の資金も心配なくなる」


 少なくとも、ある程度旅をする分には十分な金額がもらえるはずだ。

 ってか、そうじゃなきゃキレる。割りに合わないからな。

 今回は油断しすぎた。あまりに準備が杜撰だ。二度とこんな真似はしない。


「まあ、ゆーくんはこんなことで嘘つかないもんね……」


「そう?オレ結構適当なことばっかり言うよ?」


 ヘラヘラと笑うオレに対応する相手もいない。


「ま、とりあえずは、怪我を早く治してよ?」


「了解です、仰せのままに」


 オレの軽口を聞いて、大丈夫そうだと思ったのか、凛はシエルをつれて部屋を出て行った。長居していても迷惑になるという気遣いからだろう。


 彼女らの見舞いには感謝している。

 感謝しているが……


「……」


 焦燥と不安を感じるのは何故だろうか。


「……まあ、いいか」


 それから、オレは再び重くなり始めたまぶたの思うままに、眠りへとついたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昨日、寝際に龍ヶ城のことを考えてしまったのが良くなかったのだろう。

 噂をすれば何とやら、とはよく言ったもので。


「十一君、体調は大丈夫かい?」


「お前が来るまでは最高だったんだけどな」


 目の前の美丈夫に毒づく。


 眠りから醒めて医者の検査を受けた後、病室に戻ったオレを待ち受けていたのは、龍ヶ城、十六夜、熊野というオレの会いたくないメンバートップ3だった。

 ただでさえ退屈な病院生活で気が滅入っているというのに、そんな中にこやつらの顔を見なければならないとは……


「ま、生憎病室なんで大したもてなしは出来ないが。お手製のぶぶづけでも振るまってやりたかったのに残念だ」


 ちなみにぶぶづけは京都のお店で出されるお茶漬けのようなものだ。頼んでもいないのに出されたときは「さっさと帰れよ」という暗に隠された意味がある。


 だが、龍ヶ城は京都の作法には疎いらしく、


「いや、構わないでくれ。僕らも邪魔にならないようすぐに帰るよ。仲間が大怪我をしたと聞いて、皆心配していたからね。代表してお見舞いに来ただけだよ」


 オレのことを心配している人間なんぞいるわけねーだろ。

 でも、こいつはお世辞や嘘を言っているつもりはないんだろうな。純粋に、全員が当然のようにオレのことを心配していると思っているのだろう。相も変わらず、歪に真っ直ぐな奴だ。


「そうか。退屈だろうからさっさと帰ってくれていいぞ。見ての通り、オレはピンピンしてるからな。残念ながら十一優斗は健在だとみんなに伝えといてくれ」


「あんたね……」


 十六夜が呆れと苛立ちの混じった声を漏らす。

 どうやら、先日煽りに煽ったのがまだ後を引いているらしい。彼女は決してオレのほうを強く睨みつけているがオレはそれに目も合わせようとしない。


「ああ、そうだ」


 そんな水面下での攻防などはいさ知らず、龍ヶ城は何かを思い出したように手をたたいた。


「ブラント団長から言伝を預かっているんだ」


「言伝?」


 あの人がオレに?何だろう、どうせならドラゴンに殺されていれば良かったのに、みたいな恨みつらみかな。やだ、オレどれだけあの人に嫌われてるのん?


「今回のドラゴン討伐の功績を称えて国から褒賞が与えられるから、快復次第顔を出すように、と仰っていた」


 なるほど。ある意味、ブラント団長はオレら勇者と国をつなげるパイプのような役割を果している。国からの伝達を彼の口から告げられることに特におかしな点もない。


「そうか、わざわざ悪いな」


 そんなオレの殊勝な態度に、三人とも一瞬だけ面食らうが、龍ヶ城だけはすぐに微笑を取り戻した。


「このくらいはお安い御用さ。でも、君は軽率すぎるよ。たった一人でドラゴンに戦いを挑むなんて……一歩間違っていればどうなっていたか……」


 龍ヶ城はつらつらといかにオレが軽率で間違っていたかを懇切丁寧に語る。その言葉は全てが正論でオレには返す言葉も無い。


 ひとしきり説教を終えると、龍ヶ城は「それでも君が無事でよかった」とさわやかな笑みを浮べた。


 多くの女性をとりこにするだろう笑顔。

 だが、生憎オレにそっちの趣味は無い。


「用はそれだけか?」


 オレが淡々と聞くと龍ヶ城は頷いた。


 お互いに言葉を交わすことなく、真っ白い病室を静寂が満たす。無味乾燥な空間に当てられたかのように、オレらの空気も乾ききっている。


「……帰らないのか?」


 不満げなオレの声に龍ヶ城が気まずそうに目を逸らした。

 それを受けた熊野が龍ヶ城を気遣う。


「輝政。おれから言おうか?」


「いや……僕が……ううん、そうだね。僕よりは、剛毅のほうが適任かもしれない」


 オレが何のことか理解しないままに話は進んでいく。龍ヶ城はオレの方を一瞥すると、隣に立っていた巨漢、熊野剛毅に席を譲った。

 その様子を理解できないままに見送っていると、熊野がその分厚い唇を開き言葉を発する。


「こうして面と向かって話すのは初めてだな」


 朴訥な声。龍ヶ城のような清涼さはかけらも無い。だが、不思議と安心感を与える声音だと思った。見た目のいかつさの割には調子は優しい。


「オレとお前らに接点も無いしな」


「そう言うな。お前は嫌いなようだが、おれらも十一も同じ仲間だろ?」


 仲間、ね。


 仲間なんて言葉は、お互いがお互いとの存在を確かに形あるものとして感じるためのものに過ぎない。漠然と、名前の無いつながりでは怖いから、一緒にいるだけだというのに「仲間」などという言葉を当てはめる。仲間だから一緒に頑張って、仲間だから一緒に悲しんで、仲間だから一緒に笑いあわなければならない。

 お互いがお互いを仲間と認め合っているならまだしも、一方通行の押し付けは迷惑でしかない。


 実際に、オレとこいつらが仲間であってよかったことがあるだろうか。

 思い返そうと、何も頭には浮かんでこない。


「オレはそうは思っていない。お前らとは、たまたま同郷人なだけだ。それ以上の関係じゃない」


 そう言うと龍ヶ城が一瞬だけ悲しげな表情を浮べた。ここで怒るのではなく悲しむのが、龍ヶ城の恐ろしさだ。

 対する十六夜は怒気を孕んだ視線を送ってくる。

 熊野もそうなのかと彼の表情を盗み見る。


 しかし、彼はオレの予想とは裏腹に、困ったような表情を浮べているだけで、その中に悲しみも怒りも見受けられない。


 その反応の違いを不思議に思いながらも、オレは彼の口からつむがれる言葉を待つ。


「ドラゴンを倒したそうだな」


「ああ」


 簡単に答えるオレに熊野は少しだけ迷ったような素振りを見せて、オレに訴えかけた。


「……その力を、貸してはくれないか?」


 真っ直ぐで、実直で、誠実な依頼。

 回りくどい戦法などはとらず、真っ直ぐに体当たりしてくるその姿勢。その態度には、やはり龍ヶ城の面影が見え隠れする。

 同時に熊野の生来の実直さが窺えた。


「……何度も言うが、オレはお前らと仲むつまじく勇者ごっこに勤しむつもりはない」


「しかしだな……十一の力は、その……勇者やこの国の人にとって、必要なんだ」


 少しだけ口ごもる彼の様子に一瞬だけ気をとられるが、大して気にすることでもないと忘れ去る。


「でも、それはオレ自身には関係が無いだろ? 残念ながら、名前も知らないどこかの誰かさんが幸せになるために身を粉にしようとは思えないんでね」


 その言葉は本当なようで、嘘かもしれなかった。

 だが、自分自身でもその言葉の違和感には気付かない。


 全てを掬うと誓った。何もこぼしたくないと願った。ならば、全てとはなんなのだろうか。


 全て、には名も知らぬどこかの誰かも含まれるのではないか。


 それとも、オレの考える全てとはそうではないのだろうか。




 その答えは、まだ見つからない。


 どうせ、オレのこんな身勝手な発言に対して熊野は正論で返してくるのだろうと、オレはたかをくくっていた。





「そう、か……それは残念だ。ならいい。すまん。忘れてくれ」


 だからこそ肩を落とす大男の姿に驚く。


 今、なんて?


 熊野の漏らした言葉を反駁する。


 彼は今、諦めたのだ。


 オレの説得を。

 オレの考えを間違っていると糾弾することも無く身を引いた。


 いや……まさか諦めるとは思っていなかった。龍ヶ城のように、いかにオレの考えが間違っていて、どうあるべきかを説いてくるのかと。


 ……一気に分からなくなった。熊野剛毅という男が。


 もちろん、会話の断片だけで人の全てを把握したいなど傲慢にもほどがあるが、龍ヶ城の片腕であればその歪さが垣間見えてもいいはずだ。否、歪さが見えなければならない。


 だというのに、あくまで常識的で冷静に、彼は話を終わらせた。


 何がどうなっている?

 首を傾げるオレを、どう思ったのか、龍ヶ城たちは病室のドアを開けた。


「……僕たちは、もう行くよ。すまないね、邪魔をして」


 熊野に説得されたのか龍ヶ城もあっさりと引く。


「あ、ああ……」


 龍ヶ城にかけられた挨拶にも、オレは熊野のことを考えていておざなりに返答するしかない。


「失礼したね」


 そのまま龍ヶ城と十六夜が出て行く。


 だが、熊野だけは部屋から出ようとしない。


 オレが気になって声をかけようとした瞬間、熊野はおもむろに立ち上がった。

 大柄な彼の体躯は立ち上がるとさらにその存在感を増した。






「……あいつらが、怖いか?」


 かけられた言葉に、オレは頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 もちろん、そんなことはない。熊野はオレの目の前に立っているだけだし、オレ自身も何か頭をぶつけるような要素などありはしない。


 だが、鋭利な刃物を突きつけられたように、オレの額に冷や汗が滲む。


「お前は……何を……」


 オレが辛うじて言葉を搾り出すのも聞かずに、熊野は彼らの後を追って部屋から出て行く。


 その背中が先ほどよりもさらに大きく、得体の知れないものに見えた。


 結局、部屋にはオレ一人が取り残される。


 汗ばむ手のひらでシーツを握りながら窓の外を見やると、街はやけに鮮烈な夕焼けに照らされていた。


現在の強さ関係ですが、十分な距離をとれば十一君は龍ヶ城君を完封できます。

でも、数メートルであれば龍ヶ城君が一瞬で距離を詰めてそのまま切り伏せられるので、十一君は完敗します。

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