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42、一方的な約束

ブックマークが順調に増えてて嬉しい限りです!ありがとうございます!


 オレは久しぶりに驚くほどゆったりとした放課後を過ごせていた。


 シエルやリアは当然のように訓練場に現れることもないし、凛も用があるだのなんだで、訓練を休む旨を伝えてきた。すなわち、今この場にはオレ一人しかいないわけだ。


「さてと、久々に集中して魔法の訓練ができる」


 こんな独り言を呟くのも、一人だからこそできる芸当だろう。おお、独り言は一人じゃなければ呟けない……なんか、名言っぽいぞ。後世に残るかもしれんな。ま、こんなのを名言として残している子孫がいたら、雲の上から大爆笑してやるが。


「ふむ、やはり雷かな……」


 今、各基本属性の魔法修練が一通りピークを迎えてしまった以上、やるべきことは新しいオリジナル魔法の開発か、もしくは新しい属性の開拓しか無くなっている。凛の『術法』を練習していたのもその一環なのだが、今度は平行して雷属性についても開発を進めていく。


 だが、実は理論的な問題は大体クリアしているのだ。


 この世界には、雷を体系的かつ物理学的にとらえた論文がほとんど残されていないため大変苦労したが、前世の知識とも合わせてなんとか最低限の理論が構築できているはずだ。


 要するに、電気というものは電子や陽子といった電荷をもった粒子の流れだ。本来の電流は電子がそのキャリアを担っているが、こと異世界においてはその常識にそう必要があるとも限らない。すなわち、陽子を電流のキャリアとすることも可能なのだ。まあ、どちらがいいかといわれるとぶっちゃけどちらでもいいのであるが、どうも電子と電流の流れる方向が逆になる以上、電流と運動の向きが一致する陽子を考えた方がイメージを構成しやすいというメリットがある。

 つまり、今回は正電荷を持つ陽子を動かすイメージを基本にすえてやっていけばいいはずだ。空中を放電するには、かなりのボルト数が必要だが恐らくそこは『魔素』が補ってくれるはずだ。


 オレは、ここで様々な魔法や書物に触れて魔素を一つのエネルギーのようなものだと考えるようになった。言うなれば、粒子の形をとっているエネルギーだ。元の世界では、エネルギーというものは、そう考えると色々と便利だという理由で考案されたある種の概念に過ぎず、実際に存在を確認することはできない。だが、この世界ではそれが物質性を与えられている。ただそれだけの話なのではないかと踏んでいる。もちろん、証拠には欠けるので絶対性を持った論ではないだろうが、概ねの解釈としては遠くないはずだ。


 その魔素を、電気エネルギーに変換する。すなわち、電荷の流れに、運動エネルギーに、変換していく――――


 自らの右手の先に集中する。

 イメージは青い閃光。火でもなく、風でもない。電流だ。魔素を、直接電荷へと『変換』する――――


 ジジ、と低くうなるような音が聞こえる。


 やがて、手のひらの中に小さく火花が散り始める。恐らく、生じた電圧で気体分子がイオン化しているのだろう。


 もっと、もっとだ……電圧を、高く、高く、高く!絞れ、絞れ、絞れ!!


 そして、ついに、バチチ、という音とともに青い稲妻がオレの手のひらの中に現れる。小さく不安定で、気を抜くとすぐにバラけてしまいそうだ。青い糸が風に揺らぐように、手の平の中で形を変える。

 その形はとどまることを知らず、常に変化している。


「よし……よし……まずは、成功だ……」


 これは第一段階。電流を生じさせたに過ぎない。



 後は、これを……前に、放つッ――――


「っ!」


 だが、オレの意図とは裏腹に、雷撃は四方八方に霧散してしまった。結局足元の地面を少し焦がした以外に、何の傷跡も残さなかった。


「……いや、悪くない。初回でこれなら十分だ」


 魔法で電流を生じさせることが出来るのはわかった。それだけでも十分な収穫だ。


 だが、実戦ではほとんど使えないだろう。

 まず、あんなに小さな雷撃を手の中に溜めるのに10秒以上かかる。これは、普通の魔法の詠唱よりも長い。加えて、制御が出来ない。今のように霧散して自分や仲間に当たってしまっては元も子もない。この二つの欠点は大きいだろう。


「でも、そもそもオレ仲間いないから自分の心配だけしていればいいのか」


 そう言って小さく笑う。


 何がおかしいのかは分からないが、何故か笑いがこみ上げてきた。

 魔法の開発を成功させた喜びだろうか。それとも――――


 それ以上は考えることをやめた。何か、気付いてはいけないことに気付きそうだ。


「よし、まだMP的には余裕があるな?」


 確認の意味もこめてステータスを見る。


十一優斗 17歳男


HP240 MP15500/16660

膂力35 体力49 耐久30 敏捷72 魔力8220 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密3.1 魔法構築力5.1

魔力感知2.9 魔法構築効率4.4 MP回復速度2.5 多重展開3.0


 ぶは、え?MP減りすぎじゃない?ほぼ満タンから始めたのに、あの一発でこの減り方?燃費わっる……効率も上げないとな……


 課題は多そうだ。





 そのまま三日が過ぎた。


 三日間の間、オレは一人で訓練や勉学に励み、凛ともリアともシエルとも会うことは無かった。少し前までは、こちらから頼んでいないのにも関わらずに遭遇していたのに、だ。それはいっそ滑稽にも思えた。

 所詮は、偶然が偶然を呼んだ、ちょっとした歯車の狂いに過ぎなかったのだろう。元の鞘に収まった。ただそれだけだ。


「ふぅ……」


 一度、肺の空気を吐き出し、すぅ、と息を吸う。

 不思議と空気がいつもより澄んでいるような気がした。

 静寂から来る気のせいだろうか。


 そのまま、手の中に意識を集中させる。


 数秒と経たないうちに、手の中に青い電流が具現する。安定感も、初日のときとは段違いになっている。誰がどう見ようと雷と認めるはずだ。


 そして、そのまま手を前に突き出し、放出する――――


「疾く奔れ、雷撃ッ!『雷走』!!」


 バチチ、と一際大きいうなり声を上げながら、青い閃光が目の前の木へと突き刺さる。そのまま木を真っ黒い炭に変えてしまう。木よ……お前は犠牲になったのだ……犠牲の犠牲にな。


 無残な姿に変わった木にお祈りを捧げつつ、オレは無事実用レベルまでこぎつけた自らの雷魔法に頬をほころばせる。まだ規模は小さいが、一対一の戦闘であれば十分の攻撃力を持った魔法だろう。威力を少し弱めれば、スタンガンのように使えるのもミソだ。無論、まだ人には使ったことが無いので相手を殺さないていどの塩梅も見極められないのだが。


 そんな風にしてさらに訓練を続けようとしていると、ふと視界の端に人影をとらえた。

 だが、その人影はすぐに見知った人物であることに気付く。


「……十六夜、か……」


 龍ヶ城の片腕である、キレ目の少女。いや、少女というには垢抜けすぎているか。女性というほうが近いのかもしれない。凛とはスタイルも比べようも無いしな。お姉さん、といった感じだろう。


「十一君。ちょっといいかしら?」


「……って割には、オレが休憩するタイミング見計らってたみたいだけど?」


 カマをかけたつもりが図星だったらしい。十六夜は一瞬だけその鋭い目を驚きに見開いた。


「まさか気付かれていたとはね。隠れていたつもりだったのだけれど」


「安心しろ。ただのブラフだ。気付いたのは今さっきだよ」


 明らかな挑発。だが、当の十六夜はピクリとも眉を動かさない。いやはや、本当に龍ヶ城と十六夜には頭が上がらないね。まあ、だからといって頭を下げたいとも思わない相手だが。


「話があるのよ」


「そうか。前置きはいいから本題を話してくれ」


 手をひらひらさせて何でも聞くという意思を示す。


「……凛から離れて」


 率直過ぎる物言いに鼻白みながらも、オレは間を空けずに言った。


「今見れば分かるとおり、オレは凛と一緒にいないぜ?」


「君なら分かるでしょう?私が、何を言っているのか」


「……ま、要するに、凛との関係を一切断てって言いたいんだろ?」


 簡潔に述べると、十六夜はためらう素振りも見せずに頷いた。もう少しためらいがあってもいいんじゃないかな……流石に剛速球のど真ん中ストレートすぎないか。


「離れて……ってのもそもそもおかしな話だな。凛は元々、オレなんぞよりもお前らの近くにいるだろ。まずオレはあいつと近づいてすらいない。それならば離れるのも無理な話だな」


 淡々と答えるオレに、十六夜はその端正な顔を不満げにゆがめる。


「……凛が、君のような人物と一緒にいると、可愛そうなのよ。どういう理由であの子を引き止めているのかは知らないけれど、あの子を解放してあげて」


「美しきは友情かな。はっ、泣けてくるね」


 心底バカにしたような声音に、さすがの十六夜も皮肉の色を感じ取ったらしい。徐々にその顔を難しいものへ、否、苛立ちの混じったものへ変えていく。


「君ね……あまりこういうことは言いたくないけれど、先日の決闘の件を経てから君の評価は最低よ?ロクデナシ、女たらし、鬼畜、テロリスト、戯言を喚く狂人……君の事を侮蔑する言葉にはこと欠かないほど」


 わーお、そんなに増えてたの?まあ、あれだけやったら倍増しててもおかしくないか。勇者どもは基本暇だ。そうした噂話、こと人の悪口などは格好の題材になりえる。

 オレに付けられたあだ名にひとしきり納得をする。


「名誉なこって。ま、オレは別にどっちでもいいぜ?凛がオレと離れようと一向に構わない。後は、凛の意思次第だな」


「……なら、君からはあの子には近寄らないと?」


「何故それを今ここでお前に誓う必要がある?お前にその権利も無ければ、オレにその義務も無い。だから、オレはあくまで今のオレの意思をお前に伝えているだけだ。そこには強制力も必然性もありはしない。今のはあくまでオレのサービスだ。おーけー?」


 話は終わりか?そういった意図を込めて視線を向ける。


 だが、オレの舐め腐った態度に、ついに彼女は声を荒げた。


「あ、あんた……!凛はあんたのせいで苦しんでいるのよ!?それなのにどうしてあんたはそんなに適当なことばかり言えるの!?今だってこちらが真剣に話しているのに、煙に巻くような言い方ばかり!!凛を脅しているんでしょうけど、そんなことをして何になるの!?」


 オレの呼び方も「君」から「あんた」に変わっている。

 十六夜にも怒りという感情があるのか、そんなことに驚く。


 だが、なるほど。ここまでするとこいつは怒るのか。


 十六夜の底が見えてほっとする自分と、そんな風に人を測っている自分の浅ましさに辟易する自分がいる。


 というか、なんだ? 凛がオレと一緒にいるのはオレが凛を脅していると思っているのか?


「オレは至って大真面目だ。さ、オレの意思は伝えた。他に用が無いなら、オレは部屋に戻るが」


 だが、怒りを滲ませた彼女の声もオレには届かない。

 その事実に十六夜は愕然とし、肩を震わせた。


「あなたの評判は噂が一人歩きしてるだけだと思っていたわ……でも、噂どおりの人ね」


 最高の侮蔑を籠めた視線をオレに向ける。

 それは仮にも同じ境遇にいる人間に向けるようなものではない。


「…………凛は、君には渡さないわ」


 あれ、そういう話だっけ。


 オレは頭をかきながら言った。


「別に貰おうとも思ってないから、どうぞご勝手に」


 ひたすらになおざりな対応をとるオレを、嫌悪感を隠すことなくにらみつけた十六夜は、そのまま大またで去っていってしまった。


 友達ってのも大変だな。自分自身の人間関係だけでなく、自分の友人のそれにまで気を遣わなければならないとは。しかも、そこに自ら介入していくとは。オレなら図々しさのあまり恥ずかしいね。

 化け物だと思っていた龍ヶ城グループのトップツー、十六夜穂香を言い負かしたことに、オレは不思議な爽快さを得ていた。


 気付けばオレは、笑みを浮べている。


 その笑顔は、酷く酷く劣悪に、下賎に、嘲笑っているように見えただろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「凛、ちょっといいかしら」


「え、う、うん!どうしたの?」


 今日の放課後も優斗と魔法の訓練をしようと思っていたら、穂香ちゃんに声をかけられた。

 気付けば優斗は既に教室から去り、その姿は見当たらない。


「ここじゃ、ちょっと……」


 穂香ちゃんにしては珍しく、人目をしのぶようにしてあたりを見渡している。


 その様子に首をかしげながらも、わたしは胸がざわつくのを感じた。

 穂香ちゃんの後を付いていき、廊下を歩く。いつもなら、明るく会話をしているはずなのに今日はお互いに無言だ。その状況に胃の下あたりがキュっと締まる。もしかして、わたし何かやっちゃったのかな……嫌われたのかな……


 そう思い始めると、思考はどんどん悪い方へと転がり落ちていく。これから穂香ちゃんにいじめられるんじゃ……また、独りになってしまうんじゃ……

 ゾクゾク、と背筋を何かが這う。形の無い恐怖が、徐々にわたしの首を絞め、その仮面を剥ごうとしてくる。


 ――――結局、お前はそうなるんだ。

 自分の声で語りかける自分でない誰かに思わず耳をふさぎたくなってしまう。


 大丈夫、大丈夫……大丈夫……


 そう自分に言い聞かせる。


「凛?凛ってば!」


「え……?」


 気付けば、目の前には穂香ちゃんの顔があった。


「どうしたの?大丈夫?」


「あ、う、うん……ちょっとぼーっとしちゃって……」


 たはは、とわざとらしく笑うわたしに心配そうな顔を向ける穂香ちゃん。今度は彼女に満面の笑みを浮べると、安心したように小さく息を漏らした。


 ……大丈夫。仮面は、剥がれてない。


「あのね、凛」


「ほのかちゃん?」


 真剣な顔でこちらを見据える穂香ちゃん。その姿に胸のざわつきはさらに強まる。


 一息おいて、穂香ちゃんは言い放った。


「十一君と、一緒にいるのはやめなさい」


 ――――どういうこと?


 と、そう言おうとした舌が上手く動かなかった。


 薄々と感じてはいた。だから、驚きは少なかった。というのに、驚くほどわたしの口は言葉をつむいではくれなかった。


 そんなわたしの様子をどう思ったのか、穂香ちゃんは真剣な表情で続けた。


「彼は、凛と一緒にいていい人じゃないわ。……人のことは悪く言いたくないけど、彼の性格も行動も酷いものよ?あなたも分かるでしょう?」


 そこについて、わたしは反論することができない。


 確かに彼の行動はいつも問題ばかりだ。褒められるべき行動など、わたしたちを助けてくれた一回ほどしかない。常に、皮肉や冗談交じりに言葉を交わし、何かと姿を掴ませないし、妙に理屈屋なところがある。空気が読めるのに、あえて読もうとしない。特に、輝政君や穂香ちゃんには当たりが強いように思える。




 …………でも、それでも、悪い人じゃない。


 優斗は、お人よしだし、口では嫌がりながらも結局はわたしのことを助けてくれる。あのときだって、自分が死ぬかもしれないのに、魔法のことがばれてしまうのに、わたしのことを助けに来てくれた。だから、優斗は穂香ちゃんが言うほど悪人じゃない……


 でも、そんな言葉は喉元から出ることはない。


 今、彼女の意見を否定して、彼のことを肯定すればどうなる?


 それは、穂香ちゃんより優斗を選んだことになる。


 そうすれば、わたしはきっと穂香ちゃんたちのグループから省かれてしまうだろう。そうして、どんどんと居場所を失ってしまう。疎まれて、無視されて、嫌われてしまう……



 嫌だ……もう、嫌だ……



 歯の奥がガチガチと音を鳴らし始める。



 それが自分のものだと気付くと同時に、寒気が全身を襲った。


「凛!?」


 体を抱きかかえてしゃがみこんだわたしに、穂香ちゃんが顔を寄せる。


「……大丈夫。大丈夫だから。……私に任せなさい」


 穂香ちゃんが何かを言ったような気がした。けれども、震えるわたしにそれを確認する術は無かった。



 そして、わたしは彼と顔を合わせられなくなった。


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