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40、金色の華と純白の花


 酷く心地の悪い静寂が場を満たす。


 テーブルを隔てて、手前側にはオレとリアが。奥には難しい顔をしたエーミールが座っている。

 もうかれこれ一分近くお互いの間に言葉は交わされていない。ただただお互いの視線が意味深に交錯し、口を開きかけては閉じることを繰り返している。


 エーミール自身、自分の感情を持て余しているのだろう。オレに何というべきか、自分は何をするべきなのか考えあぐねているように見えた。


「……とりあえず」


 先に重い口を開いたのはエーミールだった。


「ご無事で何よりです」


「おうよ。心配かけたな」


「ホントですよ……」


 そう言うとエーミールは前髪をかきあげながら本日何度目になるか分からないため息をついた。そんな彼の様子を見てオレは本題を切り出す。


「原因は明らかになったぞ。ゴースト系のモンスターだった」


 ゴースト系のモンスターは実態の持たないものが多く、その大半は人の精神に直接作用する能力をもつ。怒り、悲しみ、快楽、殺意、絶望……様々な人間の感情をありえないほどまでに増幅し、レベルの高いやつになると、人の心を壊しきることも出来るらしい。

 そしてゴースト系のモンスターの生成原因は、皮肉なことに人間の感情だ。高ぶり、極限まで窮められた人間の激情が、魔力の後押しを得て具現化されてしまうのだ。

 今回のあの影もその一つ。あいつは、こちらの負の感情を増大させ、「自殺衝動」を掻きたてるタイプだったみたいだ。さしずめ、自死へと誘う亡霊(スーサイド・フォン)、といったところか。


 そんなオレの説明を一通り聞き終えたエーミールは、たっぷりと時間をかけて言葉の価値を咀嚼している。そしてややあってから、


「本当に、討伐したんですね?」


「ああ、恐らくな。あいつが不死身でも無い限り」


「……いえ、原因がゴースト系のモンスターであるならそれはないでしょう。彼らは極めて不安定な存在ですから……」


 オレの知識と違わないことを口にするエーミールに頷きつつ、オレはさらにその言葉の続きを待った。


「……はぁ。まったく、こっちとしては大赤字ですよ……」


 そう呟く口元は緩んでおり、言葉とは裏腹に安堵していることが窺える。

 相当、心配をかけてしまったらしい。


「そうか? 全く売り物にならなかったはずの家が売りさばけたんだからお得じゃない?」


「もしゴーストなんていなければ、あの家の価値は金貨100枚はくだらないんですよ!?」


「すげーそれが金貨10枚で、リフォーム付きだもんなー……いやはや、ありがたやありがたや」


 頭の上で手のひらをすり合わせるオレの挙動にエーミールが苦笑を浮かべる。全てを諦めたような表情だ。


「…………なあ、もし無理そうだったら別にリフォーム無しでいいぞ。それに、とりあえず金貨10枚は頭金で足りない分これから分割支払、って融通利かせてくれるんなら家の値段上げてくれても構わない」


 エーミールの様子を見かねてそう言うと、彼は一瞬だけぽかんと口を開ける。


 だが、すぐに見たことの無いような怒りを顔に滲ませて声を荒げた。


「ふざけないでください! これでも僕は商人の端くれです! 前もって決めておいた商談を、後になって自分に都合が悪いからって書き換えるような真似、するはずがないでしょう!! そんなの、商人の名折れですよッ!」


 机の上で拳を強く握り締めながら唾を飛ばすエーミールに、オレは目を見開いた。リアですらも、顔を驚愕に彩っている。

 そんなオレたちの様子を見て我に返ったのか、エーミールは恥ずかしそうに握りこぶしを緩めると、コホンと弱弱しく咳払いをした。


「で、ですから。予めお話していた通り、土地、家屋、家財およびリフォームを全て含めて、金貨9枚と銀貨2枚で契約を執り行います。構いませんね?」


「あ、ああ……構わない」


 やっとこさそう返す。

 未だに驚いた心臓が高鳴っている。


 ……これは彼の評価を改めなければならないな。


 エーミール・フォトンニアはオレの思っていた以上に、しっかりと商人をやっているようだ。


 まあ、そんなこと本人に向かっては口が裂けても言わんだろうが。


「では、ただいま契約書をお持ちします。少々お待ちください」


 そう言って恭しく頭を下げるエーミールを、オレはどこか誇らしげに見つめていた。





「では、確かに」


 そう言って契約書のサインを確認するエーミールを見ながら、一仕事終えたことについて小さなため息を漏らしていた。


 オレのため息を聞き取ったのであろうリアが、耳元で小さくささやいてくる。


「大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。ちょっと気ぃ張ってて疲れただけだ」


 リアは未だに心配そうにしているが、オレが口の端をゆがめるとそれ以上は追求しなくなった。


 はぁ、疲れた。家の購入ってこんなにハードなのか……世のお父さんは一軒屋を購入するためにこんな命がけの苦労をしていたのか……お父さんって大変ね!


 などと、明らかに一般性からかけ離れたおうち購入のプロセスを世間一般のお父さん方にも押し付けていると、エーミールが再び話し始めた。


「それで、リフォームの方なんですが……」


「オレ、そっち方面全然分かんないんだよなぁ……」


「ええ、知らないのが普通だと思いますよ。そうですね……バーミリオン商会の系列で、腕の立つ修繕業者がいますので、こちらでその仲介をします。それで、後日にまた話し合いの場を設けてトイチさんのリフォームに関するご意向を、業者さんにお伝えする……という形でよろしいですか?」


 つまり、今日はとりあえずお引取り頂いて、ってことかね。


「了解です。じゃあ、また連絡してくれ。……っと、そうだそうだ。お金っていつ払えばいいんだ?」


「お支払いは、後日ある程度リフォームの方向性が固まってからお願いします。流石に、まだ何も決まっていない状態で頂くわけにもいきませんから」


「分かった。そうするわ」


 それから少しばかり他愛ない世間話を少し交わすと、話題が無くなる。

 潮時かな。


「じゃ、オレは行くわ。連絡は騎士団寮まで来てくれ」


「ああ……あそこですか。分かりました」


 そう言ってお互いの今後のことを確認し終えると、


「では、お気をつけて。またお越しください」


「はっ、残念ながら家何個も持てるほどお金持ちじゃないんでね」


 そんな軽口に笑いあいつつ、オレらはエーミールの元を後にした。


 罪悪感と自問自答に疼く楔に喘ぎつつ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 さあて、思ったより時間はかかってしまったが、当初の目的である家の購入はクリアした。まさか、あんな大豪邸を手に入れる羽目になるとは思ってもみなかったが。


 そんなことを考えながら、オレは街中の喧騒を練り歩いていた。もちろん、後ろには依然としてリアがつきしたがっている。時刻はお昼過ぎ。まだ騎士団寮に戻るには少し早いだろう。加えて、少しばかし腹も減ってきた。


「どこかで食事でもするか」


「ええ、いいですわね」


 あえなくリアの賛同も得られるが、ふと疑問がわく。


「あれ、お前って味にうるさかったりする?」


「そうですわね……確かに美味しいものは美味しいと思いますが、特に高級な料理でなくてはダメ、ということは。元々、王族の出でもありませんから」


 それもそうか。


 だったら、多少大衆的なお店でも問題はないだろう。もちろん、酒場などはオレ自身が酒を飲まないのも含めて、ありえないが。

 ってことは、ある程度美味しくて、かつ俗すぎない飲食店か……うぐぅ、逆にハードル高いな。


 かくいうリアは完全にオレに一任する気らしく、先ほどからこちらの後ろを無言でついてくるばかりだ。デートコースに悩む男子はこのような気持ちなのだろうか。おお、彼女すらいないのに彼女とのデートに悩める男子の気持ちだけ先取りとか何かお得ね! ん? 得なのか?


 そんな自問自答を経つつも街中を歩いていると、リアがくいくい、とオレの袖を引いた。


「ん? どうした」


「その、あれを……食べて、みたいですわ」


 何故か歯切れ悪く言うリア。彼女の指差す方向を見てみると、看板に『グロウ・クレイプ』と丸文字で書かれている一軒の店があった。店構えはどちらかというとファンシーな感じだ。まあ、このファンタジー世界においてファンシーという表現が相応しいのかどうかは疑問が残るが。少なくとも、酒場のような粗雑さや、高級料理店のような上品さは感じられない。よい意味で庶民的な店と言えよう。


 ただ、一点挙げるとすれば、


「なんか女性客多くない? 後、明らかにカップルばっかしなんだけど……」


 そう。スイーツ(笑)がよく行くお店のように、店内にはここからでも感じられるほど今ドキ感が漂っている。異世界人のオレでさえそう感じるのだから、リアなどこちらの世界の人から見ればそれもひとしおだろう。


 え? ここ入るの?


 そんな問いかけの視線を向けるも、リアは看板のほうを凝視するばかりでこちらの視線には一切気付かない。


「あのー、リアさん」


「は、はい。なんでしょう」


「いえ、こちらのお店に入りたいということでいいんですか?」


「だ、ダメでしょうか……その、一度こういったものも食べてみたかったのですけれど……」


 ごにょごにょと呟くリアの姿は普段のそれとは違ってしおらしく可愛らしい。あれかね、先ほど死に掛けたのが効いたのか。え、じゃあ逆にこいつのこんなしおらしい姿って、こいつが九死に一生を得たときしか見られないの? 何それSレアってレベルじゃねーぞ。


「ま、いいんじゃないか。オレも別に希望があるわけじゃないんだ。お前が食べたいって言うならいいさ」


 そんなことを言いながら、オレは未知の世界へと足を踏み入れた。


 内装は外観とさして雰囲気も変わらない。

 ただ、外から見たよりはカップル以外の客も入っているという印象だ。

 適当な席につき、適当に店員の薦める品を注文して15分ほど。


 グロウ・クレイプ、なるものがどんな食べ物なのかオレは知らなかったが。出てきた実物を見て思わず息を漏らしてしまった。



「……これ、ただのクレープやん!」


 関西弁なのはご愛嬌。

 え、これがグロウ・クレイプなの? などとひとしきり頭をかしげていると、


「これがクレイプですのね……ふふっ、一度食べてみたかったんですの」


 などと言いながらリアがだらしなく頬を緩めた。


 ……あ、もしかして『グロウ』の部分って店名なのか?


 ……って、あぁ!! そうか『クレープ』が『クレイプ』表記になっただけか! うわ、そのまんまじゃん! 何で気付かなかったんだ……そもそも、元の世界とこちらの世界の料理が同じ名前ではないという前提で考えてたから見落としてた……


 だが、さらにこれで勇者に与えられている翻訳能力についての疑問が増えたな……もし、翻訳能力が意味内容だけをとらえるのであれば『クレープ』表示でもいいようなのだが……

 まあ、そんなことはあまり考えても仕方がないか。とりあえず、疲れた体と頭には甘いものに限る。オレ自身甘党というわけでもないが、甘いものは嫌いじゃない。脳に効率よく栄養をいきわたらせるのに、直接の糖分ほど効率のいいものも無いしな。


「んじゃ、いただきます」


 昼飯に甘いクレープとは少々ものたりない気もするが、まあ、これがイマドキのボーイアンドガールのランチなのだろう。あいにく、イマドキという言葉が最も似つかわしくないランキング堂々たる一位をキープしているオレからすれば、何がいいのかは理解できないが。やはり、栄養補給の観点からしても、三食はしっかりと摂るべきだ。


 なんて小難しいことを考えていたのはオレだけらしい。

 リアは既にクレープをフォークとナイフで器用に食べていた。どうやら、この世界ではクレープは手ではなくフォークなどで食べるらしい。まあ、前の世界でもあったっちゃあったか?

 彼女の満足げな表情を見てオレもクレープ、もといクレイプを口に運ぶ。


「ん、思った以上に美味いな。甘さも控えめで、悪くない」


「ですわよね!?」


 若干食い気味のリアに、若干引き気味のオレ。死の恐怖はここまで人のタガを外してしまうというのか。

 まあ、ここまで喜んでいるのはこれまでの生活もあるのだろう。王女生活の中では、食事や衣服はもちろん小遣いも管理されてしまい自由に振舞うことなど出来なかったのかもしれない。加えて、リアは第四王女だ。その肩身の狭さたるや、推して測るべきだ。


 さすれば、いささかばかり羽目を外すのも仕方あるまいて。


「まさか、こうしたお店に足を運べる日が来るとは思いませんでしたわ」


「そうだな、オレもそれは同感だ」


 感無量といったリアに対して、オレのそれは純粋な驚きと意外さしかないのだが。オレのような人種がこんなふわふわファンシー空間に身を投じる羽目になるとは思わなんだ。

 リアは、食指を進めながらも、時折食器を置いてオレにあれやこれやと話しかけてくる。

 なんだか、今日はやたらと饒舌だな。これも死の恐怖が以下同。


 そんな死の恐怖にあらゆる原因を押し付けていると、カランカランと、また店のドアが開く音が聞こえた。それだけであれば、先ほどから何度か耳にしているから、本来であればオレも気にとめなかっただろう。だが、その後に届いた声が、オレの意識をそちらへと強引に引っ張った。


「六人です。ええ、お願いします」


 店員に人数確認をとられ、丁寧な言葉で返すその声は、聞き紛うことなどありえないだろう、龍ヶ城輝政その人のものだった。その草原を吹く春風のごとく清涼な声は、聞くものに心地よささえ覚えさせる。本当に、天は彼に二物も三物も与えてしまったようだ。


「うわぁ……めんどくせえ……」


 だが対するオレの感想はひどくすげないものだ。

 小さく呟きながら彼らから顔を背ける。


 龍ヶ城が引き連れているのはいつものメンバー。十六夜、熊野を始め、狩野と茅場もいる。え、五人じゃないかって? 最後の一人が、何を隠そう我が弟子、織村凛なのだ。


 先日、オレが街に出てシエルと会っていたことに文句を漏らしていた彼女だ。この状況を見て、何か言われることは必至。出来る限り顔を合わせないに越したことは無い。ってか、なんでこれだけ広い街中で、入る店がかぶるんだよ。おかしいだろ。何? 惹かれあう運命なの? 運命力なのか? んんwwありえませんぞww


 そんな風に論者テイストで焦燥を塗りつぶしていると、


「十一君、じゃないか? それにリア第四王女様も」


 あろうことか、龍ヶ城輝政はオレが目を背けているというのにも関わらず、こちらを見咎めた。


 だからあいつの察知能力の高さは何なんだよ……

 諦めたオレは誰にも聞こえないようため息をつきつつ、龍ヶ城の方に視線を向けた。そして、そのままリアと店を後にしようと立ち上がる。オレたちは既に食事を終えていたため、この場に残る必要も無かったのだ。


「まさかこんなところで君と会うとはね……」


「そうだな。オレもまさかこんなところでお前らと会う羽目になるとは思わなかったよ」


 若干の棘を含めた言葉に、龍ヶ城は気分を害した素振りも見せず続けた。


「もう食事は終わったのかい?」


「まあな。ま、お前らもオレの顔なんて見て食事したくないだろうし、さっさと退散するわ」


 ヒラヒラと、手を振りながら去ろうとするオレを、それでも龍ヶ城は止めた。


「オレに話があるなら事務所通して欲しいんだけど」


「そうやって茶化すのはやめてくれないか? 君に聞きたいことがある」


 そう言って見つめる視線は真剣そのものだ。まあ、そもそもこいつがおちゃらけているシーンなど遭遇した記憶も無いのだが。悪い意味で常に全身全霊。


「…………君は、一体何を考えているんだ?」


「いや、お前につかまってめんどくさいな、って思ってる」


「君は…………」


 そこで初めて龍ヶ城の顔が歪む。


 彼の顔を歪ませられる輩なんて、世界で数えるほどしかいないんじゃないだろうか。やったね、僕もその中の一人に含まれているんだ!別にその希少性要らないけどな。


「だから! ……君は……!」


 思わず昂ぶってしまった自分を恥じるように龍ヶ城は咳払いをした。


「…………君は、逃げている。力があるにも関わらず。しかも、訳の分からないわがままでブラント団長たちを困らせている。一体何がしたいんだい?」


 どこか諭すような口調で語りかける彼の声は、反吐が出るほど優しい。


「言ったろ? 世界を救うって」


 当然、本気で受け取られるとは微塵も思ってない。

 そんなオレの返答に、龍ヶ城は失望したような、残念そうな表情を浮べた。


 悪かったな。オレはお前の中の性善説的人間像には当てはまりそうにない。


「…………もういいよ。すまなかったね、引き止めて」


「いや。こっちも有意義な時間が過ごせて何よりだよ」


 最大限の皮肉を込めて言うと、後ろに控えている数名が顔をしかめた。


 凛は先ほどから何かを考えあぐねるようにしえ、こちらを見ては目を逸らすことを繰り返している。なんだ、面と向かって文句を言われるとでも思ったんだが、杞憂なようだ。


 そうして去ろうと店のドアを開けた瞬間、


「や、やめてください!」


 外から少女の悲鳴が聞こえる。

 もちろん、龍ヶ城の耳にも入っていたらしく、


「どうしたんだろう? 見に行ってくるよ」


 そう即答し、店を出たオレの後をついてくる。


 うぇ……まだ付いてくるの……?

 面倒な表情を隠すこともしないまま、オレも声の主の方を見やった。と、同時に怒号が飛ぶ。


「ふざけんじゃねぇ!! ハーフエルフなのかよ! このクソガキ!!」


「よくも俺らを騙しやがったな!!」


「ち、ちがっ……そうじゃ……」


 怒りと不快感を隠すこともなく怒鳴る男どもに、一人の少女が涙目になって震えている。

 真昼間から道の往来で騒ぎたてるとは……一体何事だ。

 げんなりとして事件現場を見やると、そこには見知った顔がいた。


 なにやってんだ、あいつ……


 そう、泣きそうになっている少女は、他でもない白髪のハーフエルフ、シエル・バーミリオンだった。

 いつものように美しい白髪を輝かせ、長い睫毛を憂いげに伏せている。


 だが、その姿は捨てられた子犬もかくありきかというほどに縮こまってしまっていた。


「お二人とも、待ってあげ――――」


「よぉ、シエル。お前、こんなところで何やってんの?」


 何かいいかけた龍ヶ城とほぼほぼ同じタイミングで声を発した。その結果、意図せずして龍ヶ城の言葉をつぶしてしまう形になったが、まあ構うまい。


「ユ、ユウトさん……」


 まるで救世主が現れたがごとく、その顔に安堵と希望をあふれさせる。ちょっと、オレへの期待重すぎじゃない? 言っておくけど、オレ箸より重いもんはゲームと本とパソコンぐらいしか持てないよ? それ以上は重量オーバーなんでお断り。


「あ、なんだよお前。何か文句あんのか?」


 凄みを効かす男の顔を一瞥して、心の中でバカにする。だが、そんな内心はおくびも出さずに笑顔で対応した。


「いや、滅相もない。一応、この後この子と会う予定がありましてね。オレの連れなんですよ。何か彼女が粗相でも?」


 毅然とした態度を崩さないオレに二人の男はここぞとばかりに詰め寄った。

 それを見たリアが剣を抜こうとするが、オレはそれを片手で抑える。


「ああ、そうなんだよ! こいつが、ハーフエルフだってことを黙ってて俺らのことたぶらかしてたんだぜ!?こんの、くそアマが」

 

 どんだけハーフエルフって嫌われてるのこの世界……

 理不尽にもほどがあるだろ。


「何、シエルがこの男二人をひっかけて弄んだってことですか?」


 その確認は男二人に向けてではなく、シエルに向けたものだ。

 もちろん、彼女は泣きそうになりながら首を横に振っている。


「どうやら、彼女には心当たりが無い様ですね。……ここは一つ、お互いに、無かったことにしましょうか」


「あぁ!? ふざけんじゃねえぞ!!」


 そう言ってオレの胸倉を掴みかかった際に、口から酒の臭いがこぼれ出てくる。昼から酒飲んでんのか。だから、こんな面倒な絡み方を……


 大方、酔った状態でシエルにちょっかい出したはいいが、途中でシエルが抵抗でもしたのだろう、その際にシエルの耳が露見。ハーフエルフたることを知るに至った、と。で、嫌悪感をあらわにし、その不当な怒りをぶつけているといったところか。


 救い様の無いクズだな。ってか、この世界基本的にガラ悪いよな。


 ……いや、違うか。


 この国がそういう風土なんだ。

 この国は人間が治め、人間が生活を回している。いわば人間至上主義の国だ。

 表立って現れはしないが、亜人種に対する、特に混血に対する差別というものはオレのものさしでは計り知れないほど根深いのかもしれない。


 ……だが、そうは言っても別の恐ろしさが迫っていることを忘れてはならない。


「ばっか! 大丈夫、大丈夫だから落ち着けって。こんな街中で刃傷沙汰はまずいって!」


 そんな風に急に慌てだすオレに、男が余裕を取り戻して笑う。


「はっ、今になってビビりやがったか?」


 男が挑発気味にまくしたて唾を飛ばすが、オレはそんなものを気にしている余裕は無い。


「違う、お前に言ったんじゃない! リア! ダメだ! ステイ!」


 そう言ったオレの声も届かず、次の瞬間、オレを掴みかかっていた感触が消えた。


 直後に風が頬を撫でる。



 大の男が街中を数mも吹き飛ばされたのだと悟ったときには、オレは深く深くため息をついていた。



「リア先輩! まずいですよ!」


「ふん、あのような輩。切り捨てなかっただけ、感謝していただきたいぐらいですわ」


「いや、そうかもしれないんだけどさ!」


 そんなオレらのやりとりを呆然と見つめるもう一人の男と龍ヶ城。そして通行人の皆様方。先ほどまでのしおらしさはどこへやら。完全に剣士のそれになってしまったリアを見てその豹変ぶりに驚く。


 そこまでして初めて周囲がリアのことを気にし始める。


「ねぇ、あれって……」


 誰かが言った一言が皮切りだった。


「『血濡れの王女』じゃない?」「ホントだ……」「おいおい、やっぱ噂通りなのかよ……」


 そんな小さなささやきが、大きなざわめきになってその悪意の無い悪意をリアにぶつける。

 だが、彼女はそれにも慣れた様子でうろたえていない。耐えることに、堪えることに、慣れてしまって、大事な何かが絶えてしまったんじゃないだろうか。


「……ほら、シエル。リア。行くぞ」


 二人の手を無理矢理とって場を離れる。

 こうした空気は当の本人さえいなければ立ち消えいくものだ。だから、オレらのすべきことはさっさと立ち去ること。幸い、もう一人の男もポカンとしたまま動けていない。彼が我を取り戻す前に去るとしよう。


 それからやや強引に二人の手を引いて人ごみを進んでいく。二人ともそんなオレの行動が意外だったのか、特に文句を言うこともなく付いてきた。周囲の視線は依然として集まったままだが、この視線は先ほどのアレとは違う。ただ単に、オレが美少女二人を連れているから向けられる興味本位の視線だろう。そこにさして害は無い。


 ある程度歩いて本道から外れたところで、オレたちはようやく立ち止まった。


「さてと、大丈夫かシエル。怪我は?」


「あ、だ、大丈夫です……えっと、その、ありがとう、ございます……」


 そう言うと、腰を折り深く頭を下げた。

 気にするなという意味を込めて頭を軽くはたくと彼女は小さく顔を上げて、困ったような笑みを浮べた。


「この前と、同じような感じか?」


 つまり、出自が理由であらぬ理不尽に晒されていたと。


「……はい。その、冒険者ギルドの帰りに、あのお二人にその、声をかけられまして……」


 だろうな。つまり、ナンパしようとした男が正体を知って逆上したわけだ。何で混血ってだけでそんなに忌み嫌うかね。まあ、文化が違うからなんとも言えないが、戦時中の日本でも外国人の排斥や差別なんかはあったから、それに近い、いやそれを強めた感覚なのかもしれない。アパルトヘイトなども政策も存在していたしな。

 どこの世界であろうとも異物を排除しようと躍起になるのは変わらない。人は皆自分と同じである人を好み、そうでない人を否定する。そうして異物を相違を排除して初めて安寧を得られる。


「ま、馬鹿馬鹿しい話だけどな」


 くだらないと切り捨てて、今度はリアに向き合う。

 こいつも、オレと同じように奇異の視線を向けられていた。『血濡れの王女』。物騒な名前だが、身から出たサビである部分も否めない。

 いくら国の式典をサボタージュしていようと、街中で喧嘩を吹っかけ続けていればそりゃ有名人にもなるわな。

 だが、いかな彼女とは言え、奇異の視線にさらされると心は徐々に磨り減っていく。そして麻痺して、何も感じなく、いや感じようとしなくなっていく。


「まあ、あれだ。二つ名あるとかなんか中二病だな」


「……チュウニビョウが何を指すのかは分かりませんが、不思議と褒められていないのは分かりますわね」


「すごい直感だな。その通りだ痛いだからリアさん!? あなたの攻撃普通にいたいからね? 日常生活で冗談交じりに叩いたら骨折とか洒落にならないからな!?」


 背中を叩かれたことに文句を垂れ流していると、リアは小さく吹き出した。


「……励まして頂いて、ありがとうございます。アナタにお礼を言うのも何度目になるか分かりませんわね」


「……そう? オレお前にお礼を言われた回数より、お前に攻撃された回数のほうが多いと思うぞ」


 励ましていた意図が見透かされ、オレは気恥ずかしさに頬をかいた。

 オレの軽口にも彼女は笑みを崩さない。やれやれ、と肩をすくめるだけだ。

 そのモーションはオレの専売特許なんだけどなぁ……特許料払ってくれないと使用許可出さないよ?


「あ、あの……」


 と、そこまでしてシエルがおずおずと声をかけてくる。


 どうしたの? やだ、告白はまだ早いわよ。二人の関係をもっと縮めてから……

 そんなくだらないことを考えるオレと対照的にシエルは大真面目だ。


「お、お二人は、その、な、何を…………」


 そのままもにょもにょと言いよどんでしまう。


 ははーん。なるほど。

 まあ、確かにオレみたいな冴えないモブ男が、王女様とあんなファンシーなクレープ屋から出てきたらそりゃ目を疑うわな。こう、学校の先生が女の人連れて居酒屋から出てきたところを目撃しちゃったみたいな。いや違うか。


「いや、昼飯食べてたんだよね。その前に、ちょっとお家掃除のアルバイトやって腹減っちゃったからさ」


「あるばい、と?」


「まあ、要するにお仕事。清掃業務だよ清掃業務」


 隣でリアが、「あれは清掃業務なんですの……?」などと首を傾げていたが、まあ家の中の不要なものを取り除くという意味では掃除といって差し支えないだろう。流石に、モンスター退治で死に掛けてましたとも言えない。


「そ、そうだったんですか……ユウトさんは、勇者なのにそういったお仕事もされるんですね……」


 感無量、といった感じの彼女の態度にオレは冷や汗が額を伝うのを感じる。


 ん? 何で彼女はこんなに感動なさっているの? もしかして、オレがボランティア精神旺盛に、自ら清掃の仕事を買って出た好青年に見えていらっしゃるのかしら? 何そのオレ意識高い。あれだよ、絶対掃除終わった後にみんなで肩組んで写真をとってるわ。で、それをフェイスブックに上げて「僕たち、こんなに充実してますっ!」みたいなアピールをしてイイネ乞食をしていそう。


 だが、侮ってもらっては困る。


 オレがそんな意識高い系大学生みたいな真人間なわけないだろ!!


 などといえるのは心の中だけであり、


「まあ、オレの利益のためでもあるからな」


 と若干、日和見な返事になってしまうのは、彼女から向けられたキラキラとした目が原因だったりするのだが。


 ある意味、こんな風に純粋な子のほうが苦手かもしれない。


 そんな自分の好き嫌いを改めて実感したのだった。


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