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4、剣と魔法と無能力


 この世界には剣も魔法も魔物も存在している。


 そんなうたい文句に希望を抱いた馬鹿は誰だろうか。

 強いて名前を挙げるとしたら、十一優斗という一人の少年だろう。

 オレは異世界というものを心底楽しみにしていた。そう、楽しみにしていたのだ。


 というのに。それなのに。


「……剣、重すぎるんですけど!?」


 オレの絶叫が修練場に響き渡り、憐憫の目と嘲笑を誘った。

 隣では先日からステータス弱者同盟になった、香川春樹君が困ったような笑顔を浮べている。


「確かに、僕らの膂力パラメータじゃ重いね……」


 うんしょ、と声を上げながら春樹は剣を持ち上げてみせた。

 だがその腕の運びは危なげで、見ているこっちがハラハラとさせられる。

 まあ、オレも人のことは言えないのであるが。

 そうして今日何度目になるか分からないため息を吐いたのであった。


 ことは数分前に遡る。


「諸君には訓練用の剣を渡した! 各自で握ってみてくれ! 訓練用で刃は潰してあるが、十分に危険だ。決して人に振るわないように!」


 そんなブラント団長の注意とともに始まった初日の訓練。

 二人一組でやらされているのであるが、オレは当然相棒など見つからず。


「あ、あの……十一、優斗君……だよね?」


 おどおどとしながら話しかけてくる幸薄そうな少年。


「ああ、そういうお前は香川春樹君? でいいよな?」


「う、うん」


 そんなぎこちないやりとりを経て、オレと春樹は晴れて二人一組となった。


 危ない危ない……もう少しで一人二役をこなす羽目になるところだったぜ……


 そんな内心でのオレの不安を感じ取ったのかどうかは知らないが、春樹は始終不安げに眉尻を下げている。

 まあ、この虫も殺さないような顔をした少年は、剣なんて見るのも初めてなのだろう。ソレに対していくばくか以上の恐怖を抱くのはいたし方あるまい。


 かくいうオレも怖くないと言えば嘘になる。


 目の前に存在しているそれは、仮にも人を殺すことができる凶器であり、今のオレの行動いかんでは尊い命を奪うことも、またオレの命が奪われることもありうるのだ。


「各自、剣は持ったな。修練場は広い。各グループごと、十分に離れて軽く振るってみるといい。ただし、体に異常を感じた場合すぐにやめるように。また、怪我人が出た場合は控えている騎士たちに知らせてくれ」


 そのブラント団長の言葉を受けて、軽装の兵士たち……もとい王国騎士団員が腰に下げた剣の柄を軽く叩いた。


 勇者諸君がバラバラに散っていく。

 特に男子諸君は楽しそうに剣談義に花を咲かせているが、かくいうオレと春樹のチームのムードはお世辞にも明るいとはいえない。


 はぁ、と人知れず吐いたため息は喧騒の中に溶けていった。




「ま、振れって言ってるから振るけどさ……」


 ぶつぶつと言いながら重い剣を上下に振ってみる。

 だが、描く軌道はひょろひょろと弱弱しく、とても何かを斬れるようには見えない。

 ちらりと遠くの龍ヶ城輝政の様子を盗み見ると、

 シュッ、シュッ……

 と、剣が空を切る音がここまで聞こえてきた。

 その動きは洗練されており、訓練用のなまくら刀ですら名刀に見えるのだから不思議だ。


「……」


 遠くに目を向けてげんなりとするオレを春樹が無言で見つめていたのに気付く。


「オレの顔に何か付いてるか?」


「あ、ううん……そういうわけじゃないんだけど……」


 歯切れが悪く手を目の前でわたわたと振る。


「ま、オレとしちゃ、もっとイケメンなほうが良かったって文句の一つや二つ付けたくなるけどな」


 そんなオレの自嘲交じりのジョークに、春樹はパチクリと目を丸くした。困った表情と狼狽する表情以外では、初めて見せた表情だ。


「ふ、ふふふ……」


 口から息が漏れるようにして笑い出す春樹。

 俯いて笑うその姿に、オレは肩を竦めながら、


「おいおい、他人の顔見て笑うとかお前それでも人の子かよ」


 なんて言葉をにやにやしながら吐く。今まで慌てていた春樹の顔が一気に青ざめる。


「ち、違う! 違うよ! そうじゃなくて!! 十一君の冗談が面白かったからっ!」


 必死に取り繕う春樹に、今度はオレが笑いにこらえきれなくなる。

 ぽかんとする春樹にオレは笑いながら言った。


「オレは、十一優斗だ。優斗で構わない。よろしくな、春樹」


 それが、本当の本当に、オレと香川春樹の邂逅だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「火よ火よ、その紅き心で全ての邪を灼き尽くせ―――『ファイアーボール』」


 そう唱える勇者たちの声に答え、彼らの眼前に火の玉が顕現する。

 魔法。

 この世界に存在する、理に反した無法の法。

 架空の存在だったものが、この世界では実在している。

 初めて触れる魔法の世界に嬉々とした表情を浮べる勇者諸君を傍目に、オレと春樹も同じように呪文を唱える。


「火よ火よ、その紅き心で全ての邪を灼き尽くせ―――『ファイアーボール』」


 だが、一つ違うところは、彼らと同じように火の玉が出てこないことだ。


「……魔法、出ないな」


「うん……」


 今の詠唱が通算五回目の挑戦だ。なお、一回も成功はしていない模様。何故だ。


「オレらは剣も魔法も使えないらしいな」


「…………うん」


 落ち込む春樹に、オレは声もかけられない。

 嘲笑に晒され、今もなお最底辺を這わなければならない。一体、オレや春樹が何をしたと言うのだろうか。


「そういえば、さ」


 春樹が落ち込んだ表情から少しだけ復活して問いかけてくる。


「なんだ?」


「どうして、昨日は助けてくれたの?」


 昨日。それが指すことは、おそらくあのステータスチェッカーの件だろう。

 春樹の弱さが嘲笑われる中、オレも最弱として名乗りを上げ、嘲笑の対象を移らせた。それを春樹は、オレが彼を助けた、と表現するわけだ。


「さあね。助けたわけじゃない。オレはただ、自分のためにやっただけだ」


「自分のため?」


「そ。あの胸糞悪い嘲笑をいつまでも聞き続けたくないというオレの欲求に則り、その欲求を解消するための容易で簡潔な手段を用いたに過ぎない」


 詭弁と評されればそうかもしれない。

 だが、自ら「何かを助けた」などと吹聴するような、驕り昂ぶる偽善者にはなりたくない。


「……そっか」


 納得したように春樹が頷く。


 やけに素直で助かるね。

 オレが話は終わりだと、振り返ろうとしたそのとき。


「でも―――――



―――――ありがとう。優斗」


 と、春樹は、そう言って笑ったのだった。


 それは、驕りや傲慢でなければ、この世界で始めて向けられた、オレへの好意だった。


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