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38、【間話】一方的な逢瀬

とても短いです。


 かつかつ、と自分の靴音が廊下に反響する。


 普段あまり訪れることのない騎士団寮。けれども、小さいころはよく入り浸っていたため、まるで自分の家かのように何処に何があるかが分かる。


 二階の奥の部屋。


 そこに仇敵、トイチユウトがいる。


 彼は先日の決闘でわたくしを負かした。全力で戦ったにも関わらず、負けた。

 胸をつく悔しさ、身を焦がすような恥辱を抑えるようにして、瞑目する。そうやって自分の中に渦巻く感情に無理矢理決着をつけて彼に非礼をわびた。

 今回の決闘騒動で自分に非があり、彼に迷惑をかけてしまったという自覚はある。


 いや、その罪悪感は昔から感じ続けてきた。


 自らの強さを証明しなければならないという利己的な理由で幾度となく人に勝負を仕掛けてきた。これまで、わたくしの敗北数はゼロだった。挑んだ相手にことごとく打ち勝ってきた。


 騎士団団長のブラントには何だかんだと決闘を避けられ続けてきたため、未だ戦ったことはないのであるけれど。


 そんな雑念を追い払いながら、息を殺すようにして扉に手をかける。


 あたりはすでに暗く、勇者たちも寝静まっているころだろう。

 それは、トイチユウトであろうとも例外ではない。


 ギィ、と小さな音とともに木の扉が開き、部屋の姿があらわになる。

 二つ並んだベッドのうち奥の方に一人の青年が眠っている。

 トイチユウト。わたくしを打ち負かした魔導士だ。


 その魔法は見たことのないものばかりで、こちらの意表をつき続けた。

 敗北した日のことを思い出して思わず歯軋りを漏らしてしまう。


「寝て、いますの……?」


 分かりきっていることを問う。

 無論、返事は沈黙だ。


「そうですか……」


 滑り込むように室内に侵入し、後ろ手にドアを閉める。


「はぁ……わたくしは、何をやっているんでしょう……」


 自分の行動の不可解さに呟きを漏らしながらも彼の元へと近づいていく。

 だが、彼は眠りこけたまま気付かない。

 もし、このまま彼の首を締めれば彼は抵抗することもできず息絶えるだろう。

 そんな殺意の篭った誘惑が自分の心を無遠慮に舐る。


「馬鹿馬鹿しい……それでは、意味がないではありませんの……」


 それでは自らの強さを証明することにならない。


 強さの証明。


 それこそがわたくしが今ここに生きていて良い理由であり、生きていくための理由でもある。


「はぁ、本当にわたくしは何を……」


 今日は満月だ。


 月の明かりに誘われて良くないことを思いついたのかもしれない。

 衝動的な復讐心に駆られるなど、騎士としてあるまじき醜態だ。

 草木も寝静まった夜中に宿敵の部屋に忍び込み、ましてや彼の首に手をかけようとするなど。


「戻りましょう……」


 こんな馬鹿げたことを思いつく自分が恥ずかしい。

 自戒の思いとともに、チラリと彼の顔を盗み見た。


 それが良くなかったのかもしれない。


「……っ」


 彼が苦しげに顔をゆがめている。


 悲痛。

 その一言に尽きる、まるで心が引き裂かれそうなほどに苦しそうな表情に思考がかき乱された。


「はる…………き……」


 彼が何かを呟く。

 けれども、それがどんな意味を持つのか分からない。


 ただただ彼が苦しんでいるということしか分からない。

 そして苦しむ彼の表情を見て思う。


「こんな……」


 震えた声が口から漏れる。


 自分のものかと思えないほどに情けない声だ。


「こんなか弱い子を、わたくしは……」


 トイチユウトのことを完全な強者だと思っていた。

 戦闘における優秀さもさることながら、権力に臆しない胆力、回転の速い頭脳。


 彼は、自分が打倒すべき強者なのだと。


 けれども、


「こんなの……ただの子供じゃありませんの……」


 まだあどけなさが残る顔つき。

 無防備に寝る様は、平生彼の見せる表情とはまた違った。

 迷子の子供のように不安げに顔を歪め、何かに耐えている。


 そんな彼の様子を見て思わず、頭をなでる。


「……大丈夫、ですわ」


 何が自分をそうさせるのは分からない。


 庇護欲をそそられた、と言えば簡単かもしれないが、それだけでは言い表せない感情が自分の中で渦巻いている。

 同情……に近しい、また違う何かだ。


 ……ああ、そうですの。


 そうして彼の頭をなでていると結論に至る。





「わたくしに、似ているんですわ……」


 そう漏らした呟きはなるほど自分の気持ちをすっきりと言い表しているように見えた。


 認めたくは無い。


 けれども、彼は自分に似ている。

 彼に安心をもたらしたいと願うのに、理由はそれだけで十分だった。

 もしかしたら、自分がそうされたかったのかもしれない。それは自慰的な欲求に他ならない。


「大丈夫、大丈夫……」


 子供をなだめるように言い聞かせている間に、夜は更けていく。


 夜の帳にかかった満月が、その半身を、窓の外から覗かせていた。



リアさんがベッドに眠りこけていた理由ですね。

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