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37、家を買おうよ

今回、無駄に10000文字あります


 誰かが泣いている。


 笑顔の仮面をつけた少女が、笑いながら泣いている。


 すぐ後ろで、泣いている。


 でも、振り返ることができない。


 彼女に手を伸ばすことも、笑いかけることも、そして、彼女の涙を見ることすら許されない。


 振り返ろうと迷うたびに、胸に深く深く突き刺さった楔がうめき声を上げる。


 そんな最中、別の少女が現れる。


 彼女は大きな声で何かを叫んでいる。


 けれども、その言葉は意味をなそうとはしない。


 もう、何も、何も言わないでくれ。


 自分の叫び声すら聞き届けることもできず、耳を塞いでうずくまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

「うぐっ……」


 妙な息苦しさを感じ意識が引き戻される。


 なん、だ? 何故オレはこんなに息苦しくなっている?

 ようやく覚醒してきた頭の中でそんな疑問が浮かび上がってくる。


 まさか、暗殺か――――


 その結論に至ってからのオレの行動は迅速だった。


 急いで顔を覆う何かから体を引き剥がし、一気に距離をとる。霞む視界とままならない足取りのまま、魔法だけはいつでも発動できるように準備をする。姿勢を低く、敵の急襲に備える。


 あたりは仄暗い中、窓から淡い光が差し込んでいる。もう夜明けなのだろう。

 だが、いくら壁を背にして立っていても、何かが動く気配は全く無い。


 ……なんだ? 暗殺者じゃない? オレを殺すために国から送られてきたとかじゃないのか?


 いや、よくよく考えてみればもし仮に本気で暗殺に来たならオレの意識を戻すことなく一瞬で片をつけるだろう。なら、今オレが生きているという事実事態が暗殺ではないことを示す指示薬たりえる。


 そんなことを結論付けてようやく警戒を解き、改めて部屋の中に目を凝らす。


 そうして別に疑問が浮上する。

 ならさっきまでの息苦しさは何だったんだ?


 その答えを得るのにそう時間はかからなかった。

 オレが寝ていたベッドの上。そこには、だらしなくよだれを垂らして眠りこけているリアがいた。


 いや、そこオレのベッドだよねぇ……ってか、なんでここにいるの……


 幽霊の正体見たり枯れ尾花ばりのオチにため息を漏らしながら、オレはリアの意識の有無を確認すべくベッドに近づいていく。よく見れば、規則正しい寝息を立てているし、そのほか異常な点も特に見受けられない。ただ単に眠りこけているだけだろう。


 もしかしたら彼女に寝首をかかれていたかもしれないという事実にゾッとしたものを感じながらもため息をつく。


 だがしかしまだ疑問は拭いきれない。何故彼女がオレのベッドで寝ていたのか。そもそも、何故この場にいるのか。ああ、非常に興味深い命題だ。いや、全然命題になっていないか。


 幾つかの仮説は建てられる。だが、ここではその仮説は瑣末な問題だろう。ここで重要なのは、彼女がオレのベッドに潜り込んでいたというそれなんてエロゲ展開の対処についてだ。


 今、彼女はオレのベッドで寝ている。そして、外はまだ活動をするにはやや早い時間帯だ。暁と言っても差し支えのないころあい。つまり、オレは後数時間ほどは睡眠をむさぼるべきなのであるのだが、そこで問題が発生する。


 オレは、どこで寝ればいい。


 そう、まず第一に彼女が今寝ているベッドに自ら戻っていくのは論外だ。そんな勇気はオレには無い。加えて、じゃあ隣のベッドで寝ればよいかといわれるとそれもノーだ。朝に起きてから、他のやつに見られて「なんで同じ部屋で寝てるの?」という面倒くさい展開になることは分かりきっている。こういうシチュエーションにおいて、女子側の非を認めない展開はテンプレだからな。基本的に何がどうであろうと男が悪になるのだから、世間って世知辛い。


 だからといって、脇においてあるソファーや、木製のチェアで座ったまま寝るのも良くない。悪環境というほどではないが、しっかりと布団やベッドなどで寝ないと逆に疲労が溜まってしまう原因になりかねない。


 さて、ここまでの条件を踏まえてオレがとるべき行動は一つに絞られた。


「もう起きよう……」


 まだ眠い目をこすりつつ、オレは顔を洗いに洗面所へと出向いたのだった。




「早朝の街ってのも中々趣き深いもんだな」


 まだ茜色にも染まっていない空を見やりながら街中の石畳を歩いていく。

 あたりに人気は全く無く、昼間の喧騒が嘘であるかのように静まり返っている。紫色と薄い橙色を水に混ぜたような色合いが自然のグラデーションを作っている。空がきれいなのもこちらの世界の特徴だろう。


 今は暦で言うと春の気候にあたるものの、流石に早朝は肌寒く頭が冴えていく。体を温めるためにもやや足早に歩いていると、ふとデジャヴュを感じる。いや、違うな。見覚えのある場所に来たのだ。


 春樹と街の散策に繰り出したときの武具屋があるあたりだ。


 あれから随分と時間が経った気がするが、実質一月も経っていない。

 オレがこちらにきてから、色々ありすぎた。


 静かな街並みと朝のすんだ空気は、オレの淀んだ気持ちを希釈してくれそうだ。

 オレはそんなありがたい提案をすげなく取り下げ、街の外へと向かう。

 どうせ暇なんだ。誰もいない間に確認しておきたいことがある。


 オレの前に伸びる影法師は、少しずつ短くなっていく。



 「……よし、こんなもんか。」


 オレはリスチェリカの門外に出て、少しばかし歩いた草原に来ていた。

 あたりは朝焼けの橙赤色が照らし、丈の短い草が風にそよいでいる。


 現在オレの足元には数メートルほどの間隔をあけて、二つの魔方陣が書いてある。

 件の転移魔方陣だ。もちろん、ダンジョンの底にあったものとは少し書き換えてある。全く同じものを書いていては、またあそこに飛ばされるかもしれないからな。


 論理を実戦にすり合わせていく作業は思いのほか苦労したが、書き上げてみると存外うまく書けるものだ。

 改めてできた魔法陣を確認し、欠陥が無いか調べていく。


 上手くいくといいのだが……


 内心で祈りながら、片方の魔方陣に魔力を注ぎ込むと、やがて見たことのある無機質な光がともり始める。それに応えるようにもう片方の魔方陣も輝き始めた。


 ふぅ、と小さく息を吐いた。


 第一段階はクリア。

 意を決して魔方陣に足を踏み入れる。


 すると、いつぞやのようにオレの意識は一瞬の断絶を経て、視界が数メートルほど横にずれた。


 そのことの意味することは自明だった。

 もう片方の隣の魔方陣に転移したのだ。


「やった……成功だ……!」


 オレはまだ灯っている魔方陣の上で歓声をあげる。


 これでオレにも転移魔方陣を書けることが証明された。長距離や、サイズを大きくした際にどうなるかも調べないとな。まあ、問題なく機能するとは思うが。


 そうしてオレは日が完全に上りきるまでの間を転移魔方陣の実験に費やしたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ああ、眠い…………


 ふぁあ、と欠伸を隠すこともなく座学を受けていた。


 そんなオレの様子を見て講師がとがめようと口を開きかけるが、その主の正体に気付くとそのまま目をそらして授業を続けた。


 どうやら、講師や騎士たちはオレとあまり関わりたくないらしい。ま、それもそうだよな。先日、あんな一件があったんだ。危険人物と好んで絡みたがる物好きな輩などそうはいないだろう。


 だが、この場には物好きな輩が少なくとも一人。


「ゆーくん!」


 授業の終わりと同時に、オレの逃亡を許さずに凛が走ってきた。


「悪い凛。今日は、ちょっと街に行く用事があるから、いつものは無しで」


「そうなの? どこに行くの?」


「ん、ちょっと家探し」


「家?」


 深く説明する必要もあるまいとただ頷くだけにとどまる。

 凛は何か考えていたようだが、すぐにこちらを真っ直ぐ見て、


「じゃあ、わたしも――――」


「凛、ちょっといいかしら」


 だが、凛の言葉は十六夜によって遮られた。


「あ、う、うん! どうしたの? ほのかちゃん」


 凛が十六夜に止められている間に、オレは『隠密』でさっさと教室を後にした。


 まあ、わざわざ複数人で行くような用事でもあるまい。

 そんな風に勝手に決め付けて、オレはいそいそと街へと向かったのであった。


------------------------------------


 気がつけばオレはリアと一緒に騒がしい街中を歩いていた。




 あれ、一人で街に出向くはずだったんだけど?


 今回は『隠密』で気配を消していたにも関わらず、またも入口でリアに見つかってしまった。もう、『隠密』って名前だけだな。ぜんっぜん気配消せないじゃん。ってか、そもそもなんでこいついつもこの時間にここにいるの? オレを出待ちしてるの? 何それ怖い。


 そうして、改めて今朝のことを聞く。


「お前なんで今朝オレのベッドにいたの?」


「その、少しお話があって窺ったのですけれど……」


「けれど?」


 気になるのはその先。


「ア、アナタが寝ていたものですから」


「ですから?」


「………………つい、寝てしまって……」


「はーい、ストーップ。そこおかしいよな? 今確実に理論の飛躍があったよな?」


 ってかそんな今にも唇を噛み切らんとする恥辱に耐えた表情で言われても困るんだけど。


 彼女に何があったんだ………


 そんな風にオレが問い詰めると若干頬を染めるリア。おいお前オレが寝てる間に変なことしてないだろうな大丈夫だろうな。


「だ、大丈夫ですわ! そ、その……」


 語尾がごにょごにょと消え入ってしまい聞こえない。

 ぱーどぅん?


「で、ですから! ええっと……その、一緒に寝ていただけで、アナタに手は出してませんので!! ……あ」


 往来、人通りのある中で大声で恥ずかしい宣言をするリア。気付けば耳まで真っ赤になっている。


「そうか。まあお前が白昼堂々、そういったことを宣言する痴女だということは理解した。出来れば今後はオレの貞操のためにも夜這いは遠慮してくれれば助か――げふっ」


 オレの言葉は、腹に飛んできた拳によって強制的にキャンセルされた。

 理不尽過ぎるだろ。




 話を落ち着いて聞いてみると、どうやら話をしに来たらしいがオレが寝ていたため断念。その後、寝ているオレを見ていたら、睡魔に襲われてしまったためそのままオレのベッドに横になったらしい。いやいやいや、絶対おかしいだろその流れ。なんてつっこんだところ、リアが鋭い眼光で剣の柄を鳴らしてきたのであえなく降参。とりあえずは信じざるを得ないってことになった。


 オレが漏らしたため息は騒がしい喧騒に飲み込まれる。

 オレの気苦労など意にも介さないような、群衆の活発な吐息。さすがは、王国の首都だ。明け方の静けさが嘘であるかのように、多くの人でごった返している。都会の駅前を彷彿とさせる風景だ。


 相も変わらず多すぎる人に辟易としつつも、オレはリアと目的の場所を目指す。


 今日の目的は一つ。拠点の確保だ。要するにおうち購入だな。


 オレが最も拠点を確保したい理由が、魔方陣の設置場所として利用するためだ。ダンジョン攻略のために世界各国を飛び回る以上、転移魔方陣の利用は不可欠になるだろう。そして、もちろんそんな魔方陣を街中に設置するわけにもいかなければ、森の中に無造作においておくことも出来ない。風雨にさらされて劣化してしまうだろうしな。そうした意味でも、風雨の当たらない、個人所有の拠点が必要になってくる。


 じゃあ、倉庫でも借りればいいかというとそういうわけにもいかない。借用では、いつ権利者が立ち入るかも分からないし、オレのような若輩が倉庫を借りるだけ借りて何も保管していないとなれば怪しさ満天だろう。逆に、家であれば成人しているオレが新しく買うのに何ら違和感も無い。


 まあ、その他もろもろの理由もあるのだが、現状大切な理由はこれだけだ。


 以上が本日の外出の目的となる。


 脳内で改めて今日の目的と理由を明確にしていると、いつの間にやら目的地の不動産屋へとたどり着いていた。我ながら思考を回すと、周りが見えなくなるきらいがある。注意しなければいけないか。


 入口の看板らしきところには、多くの不動産情報の張り紙が張られている。集合住宅の一部屋のようなものから、豪華な邸宅まで。多種多様に取り揃えておりますってところだろう。


 先日商業ギルドに行った際に紹介してもらった不動産屋なのだが、ここで大丈夫だろうか。大丈夫だよな。


「あ、いらっしゃいませ!」


 オレとリアが入口でためらっていると、中から元気な声を上げながら若い男性が出てきた。

 薄い緑の髪を首のあたりまで伸ばしている。目鼻立ちはスッキリと整っているが、やや女顔っぽく、凛々しさは感じられない。

 そんな風に評価を下しながら、ふと不思議な感慨にかられる。


 ……あれ? どっかで見たんだけどこいつ。


「……あっ!」


 オレが記憶を検索し終えるとほぼ同時に、その男性の方が先に驚きの声を上げた。


「トイチさんじゃないですか!」


「あ! あのときのへっぽこ商人!」


「その覚え方悪意しかありませんけど!?」


 本当は名前も全て思い出しているのだが、あえて反応を楽しむ。

 エーミール・フォトンニア。先日、騎士団寮で開催されていた市の関係者の一人だ。商人としてやっていけるのか心配になるほどうかつな青年だったのだが……


「こんなところで何やってるんだ?」


 そう、当然の疑問だ。オレの記憶違いでなければ彼は商人であり、不動産屋ではないはずだ。そこまで考えて、思い当たる節を見つけた。と同時に、オレはエーミールに哀れみの視線を向ける。


 オレよりも高い位置にある彼の肩を叩きつつ、オレは優しい言葉をつむいだ。


「……まあ、いいことあるって」


「なんで急に励まされてるのか伺っても?」


「商人クビになったんだろ?」


「別に転職したわけじゃないですからね!?」


 え、違うの……?

 そんな愕然としたオレの表情にエーミールが露骨に嫌そうな顔を浮べるも、軽く嘆息すると説明を続けた。


「この不動産屋は、バーミリオン商会の系列なんですよ。それで、本部の方からも僕みたいに人が送られて、視察もかねて研修を積まされるんです」


 バーミリオン商会。確か、シエルの親父さんの商会だったか。


「ああ、左遷か」


「人の話聞いてましたか!?」


 身振り手振りを大きく交えつつ、憤慨するエーミールにオレは不敵な笑みを浮べる。


「いいか、あんまり誇れることじゃないけどな。オレは人の話を聞かないことに関して、右に出るものはいないぜ?」


「ホント誇れることじゃないですね!?」


 そんなエーミール弄りを楽しんでいると、リアの視線が険しくなってきたため、大人しく手を引く。エーミールはそんなオレの様子を悟ったのか、納得できない表情を浮べつつも店員としての対応を全うし始めた。


「本日は何をお探しで?」


「んー……ちょっと家をね。別に豪華じゃなくていいんだけど、ある程度大きくて、街の中心部から離れた場所にある物件があれば最高」


「なるほどなるほど、大きさと、郊外所望と……分かりました、何件か見繕ってみますので、中でお待ちください」


 そう言うと恭しく頭を下げて、奥へと入っていくエーミール。オレらもその後を追う。


「お知り合いですの?」


「まあ、前に少し」


 そうとだけ言うと、リアは大して興味も無さそうに目線をオレから外した。不動産屋の店内が珍しいのかあちらこちらを見渡している。


 シンプルな作りだが、応接用のテーブルと椅子が二セットほどあり、部屋の端には絵画や壷などが置かれている。床にも青い絨毯が敷かれており、不動産屋として恥ずかしくない程度の体裁は保っていた。エーミールの仕事場って聞いて不安だったけど大丈夫そうだな。


 心底失礼なことを心の奥底で考えつつ、エーミールの帰還を待つ。


 しばらくして、資料と思しき紙の束を抱えたエーミールが帰って来る。足取りがおぼつかないのはご愛嬌なのだろうか。本当に彼がこの先やっていけるのか心配が絶えない。

 エーミールは何とか資料を一枚も落とすことなくテーブルまでたどり着く。


「では、こちらが条件に合致しそうな物件の資料になります。とりあえず10件ちょっとほど持って来ましたが、仰っていただければお目がねに適いそうな資料を改めてお持ちしますので」


 そう言って資料を渡してくるエーミールに軽く礼を返しつつ、オレは渡された資料に目を通す。

 リアにも読まないかと誘ってみたが、面倒くさそうな顔をして無言の拒絶を示したので、当初の予定通りオレ一人での作業になる。


「そういえば……トイチさんって勇者をなさってましたよね?またどうして家なんか?」


 エーミールが機を見計らうようにして問うてくる。

 オレは資料に目を向けながら、軽く応えた。


「まあ、オレこれから勇者やめる羽目になるかもしれないからな」


「ああ、なるほど。勇者をおやめになって……って、ええ!?」


 一拍遅れてエーミールが驚きのあまり立ち上がる。その際に、腕がテーブルに当たってしまい資料の束が揺れる。


「おいエーミールあまり暴れないでくれ、読みづらい」


「す、すみません……って、そうじゃなくて! やめるって? 勇者をですか!?」


「いや、だからそう言ってるじゃないか」


「そんな……そんなことが許されるんですか?」


「許されるっていうか、オレの行動いかんでクビになる可能性があるというか……」


「いやいやいやいや……」


 そう呟きつつ、何気なくオレの隣のリアに目をやる。

 今まで、オレという存在に気をかけすぎていて気付いていなかったのだろう。数秒ほどの沈黙の後、エーミールは口をあんぐりと開けて固まってしまった。


「どうしたエーミール。エサならやらんぞ」


「別に僕はペットじゃないですからね!?そ、そうじゃなくてですよ!あばばば!もももももしかして、ここここちらのお方は……」


 壊れかけのラジオみたいなしゃべり方でエーミールがリアを指差す。


「ああ、紹介がまだだったな。こちら、リア・アストレア。この国の第四王女様だ」


 オレがそう紹介するとリアが座ったまま背筋を正して一礼をする。その洗練された動きは、そうした動作に慣れていることが感じられる。


「あの『血濡れの王女(ブラッディ・リア)』ですか!? あ、いえ、何でもありません! とんだ失礼を……あ、あうあう……うああ、……あ……」


 白目をむいて口から泡を吹き始めているエーミール。大丈夫かこいつ。

 ってか、リアの奴巷で『血濡れの王女』なんて呼ばれてるのか……どんだけ刃傷沙汰起こしたんだよ……


 何気に、こいつの正体に気付いたのはエーミールが初めてだな。やはり商人という職業柄、人の顔と名前を覚えておくのは大切なのかもしれない。


「ちなみに、リア第四王女はオレが誘拐してきた」


「えんっ!?」


 さらに反応を楽しもうとしてぶち込んだオレの爆弾発言に、エーミールは珍妙な声を上げてついに気を失ってしまった。







「そちらの物件は、ご要望の通り大きさも十分ですし、街の喧騒から離れたところにあります。静かな生活が期待できると思いますよ」


 エーミールの合いの手に適当な相槌を打ちつつ、資料に目を通していく。


 気絶して数秒ほどで意識を取り戻したエーミールは、先ほどの出来事を無かったことにすることに決めたらしく、事務的な対応を繰り返している。リアのほうには一切目すら向けなくなった。いや、チラチラと見ては目が合うたびに肩を跳ねさせるのだからかえって面白い。


 そんな彼の現実逃避を面白がりながらも、オレの心境は中々面白くない状態だった。


 大きな家は高いな。

 数分ほどかけて、全ての資料を読み終えるも、その最低金額は金貨30枚から。金貨10枚ほどしか持っていないオレには買えるべくもない。やはり、資金不足が否めないか。魔方陣を設置する関係上、ある程度の敷地面積は不可欠なのだが……

 ううむ、多少リスクはあるが倉庫などにしておくべきか?だが、倉庫なんてものが一介の人間に購入させてもらえるのだろうか……


「やっぱりちょっとお高いですかね」


 そんなオレの内心を目ざとく見抜いたエーミールが困った顔を浮べる。

 恐らく、オレの要望に合う物件の中でも比較的安いものを見繕ったつもりなのだろう。けれども、大きい家というのはそれだけコストがかかるものだ。いくら安いといってもたかが知れている。


「んー……やっぱもうちょい稼がないと難しいかなぁ……」


「ちなみに、もしよろしければご予算などは……」


「まあ、金貨10枚以内ってのは無理な話だよな」


 そう笑うオレに、エーミールも困ったような笑みを浮べる。


 やっぱりダメか。そう思いかけたそのとき。


 エーミールが何かを思い出したような表情をつくった。だが、すぐにその考えを思考の奥底へと追いやり先ほどまでと同じような笑みをたたえる。

 だが、オレがそれを見逃すはずが無い。


「今、何か思いついたんじゃないか?」


「……やはり、バレてしまいましたか」


「白々しい。ワザとだろ?」


 そう言って笑う。


「……いえ、そんな。でも、あらかじめ言わせて頂きますと、オススメはしません」


「でもあるにはあるんだろ?」


「…………少々お待ちください」


 観念したエーミールがやや早足で奥へと引っ込んでいく。


 鬼が出るか蛇が出るか。はたまた、魑魅魍魎、悪霊百鬼の類が出て気はしないだろうな。

 エーミールの隠す「何か」に好奇心と恐怖を感じながら、やけに長く感じる彼の帰還を待つ。隣のリアも心なしかそわそわとしているようだ。エーミールの言うとっておきがダメならば、諦めてもう少し金を稼いでからにしよう。別に、今日必ずしも買わなければいけないわけではない。


「お待たせしました」


 体感時間ではやけに長く感じたが、時計の針はほとんど進んでいない。

 エーミールは、机に積まれている資料を脇にどけ、一枚の紙を広げた。


「こちらは、都市の外縁部に位置している邸宅です」


 そういって見せられた見取り図には、三つの図面が書いてある。すなわち、三階建てということだ。そんなオレの考えを読むようにしてエーミールが付け加える。


「ちなみに、三階建てではなく、一階と二階、そして地下室になっています」


 よく見ると、三つのうち一つだけ、図面が細かな部屋に分かたれていない。それが地下室の見取りになるのだろう。


 つまり、二階建てに地下室。相当でかいお屋敷だ。それこそダンジョンのそこでオレが生活したあそこに並ぶほどに。ぶっちゃけ、そこまでの大きさは要らないのだが。そう思いながら話を聞く。


「保存状態はよくありませんが、元の建築構造は非常にしっかりとした作りになっているので、業者に頼めばよい状態にしてもらえると思います」


 あくまで事務的な態度を崩さず淡々と告げる。


「背後には林が広がっており、自然も豊かですし、近所に立っている家も少ないので人ごみや圧迫感に悩まされることも無いかと」


「それで、値段は?」


「金貨9枚と銀貨2枚です」


 へぇ……今のオレの持ち金で事足りるな。


「それは借家としてってことか?」


「いえ、土地及び付属家財全てを含めた購入額です」


「なるほどね……で、そんなに安い理由は?」


 先ほどからエーミールが言及を避けている話の核心に迫る。

 エーミールは話したがらなさそうに言った。


「ここ、最初の持ち主が不可解な死を遂げたんですよ……」


 へぇ、いわくつき物件ってわけか。だが、それぐらいでそこまで安くなるか?


「加えて、調査に入った者もことごとく帰ってこなくて……」


 エーミールは怪談でも語るようにしておどろおどろしく喋る。


 オレの疑問は氷解した。

 なるほどね。家主に限らず、訪れる者を殺す家か。


「何やら、得体の知れない何者かが――――」


「それだけ?」


「うぇ?」


 オレの一言にエーミールが鼻白む。

 面食らった表情で固まるエーミールにオレは不敵な笑みを浮べた。


「いや、だからそれだけ?」


「それだけってあなた! バカにしてますけど! これまで実際に何人もの人が死んでいるんですよ!? しかも原因不明で!」


 まあ、確かに話を聞けばそうだが……


 そもそも、オレは幽霊だのなんだのは信じていない。そんな不確かで、明確な殺意すら持っているかも分からないものが怖いはずがない。まあ、幽霊が物理的干渉によってこちらを脅かしてくるのであればそれは恐怖の対象足りえるが。

オレは、本当に怖いものを、既にこの世界で何度も目にしている。

 もし仮にこの世界において幽霊という存在が実在しているとしても、それは魔力のなせるある種モンスターのような存在だろう。そして、相手が魔力であるのならば魔法が利かない理由が無い。さすれば、不必要に恐怖することはない。


「んじゃ、とりあえずこれからそこ行って来るから、原因究明できたら値段まけてくれ」


「はぁ!? 危険ですよ!? ダメですって!」


「じゃあ、何で教えたんだよ……」


 そう言うとエーミールは口を噤んでしまう。商人としては何とかして売りさばいてしまいたい不良在庫だが、良心の呵責がそれを許さないのだろう。


 なんだかんだでそういった甘いところに、思わずして好意を抱いてしまうのではあるが。


「大丈夫だ。何かあってもお前を恨んだりしないし、やばかったら逃げてくるから」


「ですが……!」


「じゃあ、賭けをしよう」


 そう言ってオレは『持ち物』から有り金を全て取り出した。

 それをエーミールの前に音を建てながら置く。

 不可解な表情を浮べるエーミールに言い放つ。


「オレが戻って来なかったら、この有り金全部やるよ。でも戻ってきたら、この金額で購入とリフォームまで全部賄ってくれ。もちろん、リフォーム内容は後で色々要求するけど」


 そんなの…… そう呟いてエーミールが困ったような表情を浮べる。


「ベットはオレの命と全財産。互いの勝利条件はオレのデッドアライブ。シンプルだろ?」


「それでも……」


 そんなオレのめちゃくちゃな主張にもエーミールは折れない。


「それでも僕は反対です! やっぱり危険すぎますよ!」


 商人魂よりも良心の呵責が打ち勝ったらしい。エーミールは泣きそうな顔をしながら、懇願している。


「まあ、決めちまったからな。でも、安心しろ。お前にはびた一文たりともやらねーよ」


 そう言いながら、オレはさっさと席を立つ。

 リアも何も言わないままに立ち上がりオレの後をついてくる。


 お互いにかける言葉を見つけられないまま、オレたちは昼間の喧騒に分かたれた。


リアさんが寝ていた理由は、次の間話でどうぞ

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