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36、小銭稼ぎ


 あの王女との決闘騒動以来、結局オレは一切お咎め無しだった。

 何とまあ意外と言わざるを得ない。びっくりするほど音沙汰が無かったせいでむしろ生きた心地がしなかったぐらいだ。

 これまでと全く変わらず勇者の中では最底辺の扱いを受け、皆から嘲笑われる毎日。王様と何の接点もなく、ただ日々を消化していくルーティンワーク。異世界に来てからもう一月ほどになると、もうこの世界にも慣れ始めていた。


 ただ、いつもと違う状況は、突然現れるのだ。


「というか、やっぱりなんでリアさんがここにいるの」


「あら、わたくしはユウトと剣の鍛錬をと思っただけですわよ」


「お、お二人とも……け、けんかはやめてください……ひっ……」


 ああ、二人の覇気に当てられて目じりに涙を溜めている。


 オレの目の前では、きれいな三色が互いにその意見をぶつけ合っていた。金色は傲慢そうに、茶色は幼く不満げに、白色はおどおどと怯みながら。


 当然その色の持ち主は、リア、凛、シエルだ。


「どうしてこうなった……」


 オレはズキズキと痛むような気がするこめかみに親指を当てたのだった。





 ことの始まりは、つい昨日。


 オレはいつも通り凛と魔法の訓練をしていた。

 彼女の風魔法も、ようやく細い木の枝をポッキリ折るほどに成長し、オレはその成長ぶりに涙がちょちょ切れそうになった。


「お前、魔法の才能無いよ」


「今更ひどい!?」


 そんなやりとりをしながらも、凛は酷く楽しそうだった。


 加えて、凛との特訓に『術法』の訓練も追加した。本人たっての希望だ。どうやら、自分の結界術で筆頭勇者たちを守りきれなかったことを悔やんでいるらしく、オレの指導を受けながら結界の訓練をしている。


 余談だが、その最中でオレも彼女と同じように『術法』を使えるようになった。といっても、あまり大きくない結界を一枚貼れる程度なので、彼女の能力とは程遠いのだが。それでも、彼女にはショックだったらしく「ゆーくんは何でもできるね……」などとしょぼくれていたので、いつものトンデモ理論で励ました。


 そんな風に他愛ない日々が続くと信じてやまなかったオレを、ある女が嘲笑うようにして現れた。


 そう、散々騒動を起こした戦犯。リア第四王女もとい、リア騎士だ。


 唐突にオレたちの隠れ訓練場に現れた彼女は、これまた唐突に、


「わたくしもユウトと訓練がしたいですわ」


 と、あろうことか訓練に参加してきたのだ。


 どうやら魔法使いとの戦い方を学びたいのだそうだが、それ確実に標的オレだよね? 絶対オレを打ち負かすためにやってるよね? オレやだよ?

 オレとて敵に塩は送りたくないが、どうしてもといつまでも脇で待ち続ける彼女についに折れた。そうして凛の魔法を見ながら、傍らでリアと実戦を模した訓練を行っていた。


 それだけなら、まだいい。いや、十分よくないが、まだ許容できる。


 だが、事態がさらにややこしくなったのは、今日。つい先ほど。


 何と、あの白幸少女、ハーフエルフのシエルがこの訓練場を見つけ出し、差し入れを持ってきてくれたのだ。中身はサンドイッチと、レモンジュース。最初は思わぬ来訪に喜んだオレだが、凛はシエルに何故だかいい感情を抱いていないし、リアに至っては初対面だ。そんなこんなで摩擦が続き、つい先ほど凛が放った「二人だけが良かったのに」という言葉を火種にリアが凛と舌戦を繰り広げ始め、シエルがそれを宥めようとして見事に火に油を注ぐという大火事に発展してしまった。


 ピーチクパーチクと、女子たちの争う声がオレの耳を右から左にドライブスルーする。


「ユウト!」


「ゆーくん!」


「「どっちを選ぶ(んです)の!?」」


「ユウトさぁん……」


 何か、オレが話聞いていない間にさらにめんどくさいことになってんな。


 鬼気迫る顔でこちらを睨む凛とリア。そして涙目、というか既に若干泣いてるシエルの姿にオレは全力でため息をついた。


「今日の訓練はここまでにしよう」


「なんで!?」


「そうですわ、まだわたくしは大丈夫ですわよ!」


「わたしも大丈夫だよ!」


 そうやって張り合う二人。オレは風魔法で『風蕾(ヴィントリー)』を形成し、そのまま二人の頭上で破裂させる。乾いた破裂音が二人の鼓膜を震わせると、ようやくあたりは静かになった。


「冷静さを欠いた状態で訓練をやっても成果はたかが知れてる。今日は無しだ。二人とも頭を冷やせ。対抗意識を燃やすのは構わないが、だからといって感情的に相手に敵意をむき出しにしていいわけじゃない」


 叱りつけると、二人ともばつが悪そうにオレから目を背けた。だが、背けた方向でお互いに目があってしまったため、慌てて逆方向を向く。

 そんな光景にため息を漏らしながら、オレはシエルの頭を撫でた。


「もう大丈夫だ。サンドイッチ、持ってきてくれたんだろ? オレ、おなか空いたからみんなで食べよう」


 そう笑いかけると、コクリとシエルが無言で頷いた。


「ほら、お前らも小腹空いてるんじゃないか? おやつタイムと洒落込もうぜ」


 ポンポンと二人の背中を叩く。


 そのままオレと凛は地面に、シエルは草わらに、リア王女はオレの切った切り株に座った。

 シエルから皿にとりわけられた一口サイズのサンドイッチと、コップに注がれたレモンジュースを受け取る。容器を持参するところにも、彼女の気遣いの素晴らしさが見て取れる。


「……とりあえず皆思うところはあるだろうけどさ。折角この場にこうして集ってるわけだから、仲良くしたらどうだ。もし仲良くしたくないなら会わなきゃいいし、別に無理に敵意をぶつけあうこともない」


 オレの言葉に各々が考えをめぐらせている。


「ま、それはいいか。んじゃ、いただきます」


 そう言うとすぐに、オレはサンドイッチを口に運んだ。


「こ、これは……」


「どう、ですか?」


 不安げにシエルが味の是非を問うてくる。


 ふ、普通にサンドイッチだ……

 異世界でも元の世界と寸分違わない味のサンドイッチを食べられるとは思わなかった……これはハムとマヨネーズか。うむ。ハムの味が少し薄いぐらいか。


「美味い」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、本当に美味しいよ。シエルはいいお嫁さんになれるな」


 そんな男が一度は言ってみたいセリフランキング(オレ調べ)第8位ぐらいにランクインされている言葉を吐くと、シエルはそのまま俯いてしまった。

 あらん、オレが言うと気持ち悪いだけなのかしら。大丈夫? 吐き気をこらえてるの? そこまで嫌がられるとオレもかなりショックなんだけど。

 泣きたい気持ちを誤魔化すようにレモンジュースを呑み、その甘酸っぱさに鼻の奥がツーンとする。これが青春の味か。違うな。


 それからは、彼女の機嫌を損なわないようただただ「美味い、美味い」と言って食べ続けた。

 リアと凛もなんだかんだで「美味しい」といいながらパクパクと食べていたから、シエルの料理の効果は計り知れない。まさかここまで計算していたというのか!? シエル……恐ろしい子!

 人知れず少女マンガテイストになっていると、凛がぼそぼそと何かを呟いた。

 その言葉は、どうやらリアに向けたもののようだ。


「ごめん……」


 ここからは距離があって聞き取りづらいが、恐らくそう言ったように聞こえる。


「こちらこそ、申し訳ありませんでした」


 対するリアの謝罪はオレの耳にもしっかりと届いた。

 どうやら、冷静になったところで二人のわだかまりは解けたらしい。雨降って地固まるというやつかね。仲良きことは素晴らしきことかな。


 なんて、オレがうんうん感心していると、


「でも! わたし、まだリアさんのこと認めてないから!」


「あら、わたくしも認めてもらおうだなんて思っていませんわよ」


 そんな風に煽りあいをし始める次第。オレがまた呆れたため息を漏らそうとするが、二人はそう言いながらも笑っていた。その様子を見て、オレはため息を引っ込める。まあ、完全な和平には届かなくとも、休戦状態なら良しとしようか。


 何気なく見上げた異世界の空は、オレが思っていた以上にしっかりと青かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 みなさんこんにちは。人間カースト底辺代表、十一優斗です。

 今回私たちは、かくかくしかじかでリアヴェルト王国の首都、リスチェリカを散策しております。途中下車とかはしないけど! ゲストは金髪美少女のリアさんをお招きしております!

 おやおや、十一さぁん、さっそく寄り道ですかぁ。(天の声)


 内心でそんなくだらないモノローグを話しながら、オレは商業ギルドの買取カウンターに向けて足を運んでいた。や、それぐらいテンション上げないとやってられないから。何この人込み。もうあれだよね、人ゴミって単語自体、大量の人が不要物ゴミであることを表してるよね。


 話によると、商業ギルドでは登録をしていなくとも様々な物品を買い取ってもらえるそうだ。

 なんだかんだで、先日例のイジメっ子たちと集めた水晶をまだ売り払っていなかったのだ。

 水晶についてはいくら文献で調べても装飾品としての「普通の水晶」以上の価値が無かったため、持っていてもオレには活用法が無い。よって、このたび商業ギルドに売り込もうって魂胆なわけだ。


 オレが無言で歩みを進めるのに何の不満も漏らさず、リアはオレのすぐ後ろを同じペースでついてくる。むしろ不満なんぞ漏らそうものなら、たたき出してやるところだが。既に外なのでどこにたたき出すのかという野暮な突っ込みはしないで頂きたい。


 何故リアが付いてきているのか。その理由は至ってシンプルだ。

 折角、訓練の後に一人で街へ繰り出そうとしたら、何ということでしょう。玄関から出るところをばっちり目撃され、そのまま連れて行くことを強制させられてしまったのです。これが匠の技なのか……


 そんな風に、いつもよりくだらない思考がまわるのには理由がある。


 実は、少し前から全くといっていいほど会話が無い。

 先ほどまでの凛たちのとのやりとりが嘘か夢であったかのような死んだ空気。 ここまで空気が死んでると逆にすがすがしいね。なんか、隣を歩いているただの他人みたいな最高の距離感。


 ……これからの僕たちの関係に不安が残るね! コミュニケーションは大事だよ!!


 まあ、オレとしてもこいつと積極的にコミュニケーションをとりたいわけではないので、別に構わないとことではあるが。本質的にはこいつは「敵」に分類されるわけで、オレとしてはできればもう二度と顔も見たくない類の相手だ。


 にしても商業ギルド遠いなぁ……城からは近いんだが。まあ、別の場所に寄ってからきてしまったのだから仕方あるまい。先ほどの寄り道(天の声)もあながち嘘でもないのだ。


「あー……歩きつかれた」


 ふと漏れた独り言に、


「まだほとんど歩いてないじゃないですの……」


 呆れた目線を向けてくるリアをスルーしつつ、一人ぼやく。

 お前みたいな鍛えてる奴とは違うんだよ! オレは軟弱なの! 貧弱なんだよ!

 とかなんとか、バカみたいなことをやっているうちにあたりがにぎわってくるのに気付く。街の中心に近づいてきたのだ。


 商業ギルドは街の中央付近に位置し、貴族街からも市民街からもアクセスの良いところに立地している。恐らく、モノとカネの流通という観点から見るに、ここは最高の立地だろう。


 そうして、徐々に近づいてくる商業ギルドの看板を無意味に見つめる。

 冒険者ギルドよりもお堅い、どちらかというと公的機関の香りが強い建物だ。白を基調にした石造りの建物ではあるが窓も多く、堅さと柔らかさの両方を兼ね備えていた。建物に商業ギルドという存在のスタンスが現れているのだろう。


 そんなことを考えながら、目の前に口を開ける商業ギルドの入口に足を踏み入れる。


 ロビーと思しき場所は、多種多様な人であふれかえっていた。

 かたやひげを蓄えた太った親父が上機嫌そうに笑い声を上げているかと思いきや、反対側では人生に絶望したような表情の若き青年がうなだれていたりする。普段着のような格好の人もいれば、遠く異国から来たのだろうか、見慣れない服装の人も見られる。

 受付は8ヶ所ほどに別れており、その全てが途絶えることの無い客の対応に追われていた。


「人多いな……」


 思わずオレが辟易しながらひとりごちたところ、リアがそれを拾った。


「商業ギルドは、わが国でも最大の規模を誇るギルドですから。これぐらいはいても不思議ではありませんわ」


 ということは商業ギルドや冒険者ギルド以外にも大小さまざまなギルドがあるわけか。

 オレがあふれかえる人の波に顔色を悪くしているというのにリアは涼しい顔で奥へとオレを誘った。

 こいつ本当に王女なのかと疑わしくなるぐらいに図太いな。

 ところで、一つ奇妙なのは、街中で王女が普通に歩いているというのに誰も振り向きもしなかったということだ。その理由を彼女に聞いたところ、


「わたくし、式典などは全て体調不良で出席しませんでしたから。楽でしたわよ」


 とのお言葉。


 堂々とサボタージュしてたらしいけど、それ国家的にオーケーなの?

 そんなことで首をかしげているとようやく順番がまわってくる。


「……あの、すみません。宝石類の買取をしてもらいたいんですけど」


 列に並び、順番が来たところで受付へと要望を告げる。


 オレのような輩は毎日のように来ているのだろう。受付嬢は決まりきった定型句で、オレに二枚の紙を渡してきた。

 一枚は白い。よく見ると、レジュメになっていてオレの個人情報などの記入用紙のようだ。

 もう一枚目は、びっしりと文字が書いてある。恐らく契約規定やら了解事項が書いてあるのだろう。


 それを見たリアは「うえぇ」と言いたそうな顔を浮べた。


「…………うえぇ」


 ってか実際に言った。


 オレはそんな彼女に苦笑を浮べながらも、かたや契約規定を読みながら、かたやフォームを埋めていく。フォームには氏名や年齢はもちろんのこと、売りたい商品の名目や希望額などを聞かれた。


 そんなオレの当然のような同時作業にリアと受付嬢が目を見開く。


「あ、あのお客様、申し訳ありませんが、規約事項の方はしっかりとお目通しいただけるようお願いいたします」


 恐る恐るといった様子で対応してくる受付嬢。


「ああ、大丈夫です。全部入ってるんで……」


 そう応える間もサラサラとオレの腕は、記入事項を埋めていく。


 途中、職業を問われるところがあったが「冒険者」としておいた。元の世界でこんな職業を書いていたら「妄想乙」で片付けられていただろうな。いや、勇者って書いても良かったんだけど、それは多分こっちの世界でも「妄想乙」って言われるだろうしな。


 そして、規約を全て読み終えるとほぼ同時にオレはペンを置いた。


「はい、これ記入したんでお願いします」


「か、かしこまりました。……ええっと、規約にも同意していただいたということでよろしいですね?」


「ええ、大丈夫です」


 規約の内容はよくあるものだ。

 要約すると、「取引は公平かつ公正にするよ」「教えてくれた個人情報はちゃんと秘匿するよ」「場合によっては出禁するよ」「希望通りになるかは分からないからごめんね」の4点だった。わぁい、小学生にも分かる素晴らしい要約だね。


「では、確かにお預かりしました。後ほど、お名前をお呼びいたします」


 それを聞き届けると、あっけにとられているリアを正気に戻し一緒に人ごみから離れて待つ。


「あなた……本当に何者なんですの?」


「しがない普通の高校生」


「コウコウセイ?」


「そ、高校生」


 リアは首を傾げていたが、オレが説明する気も無いのだろうと気付くと肩をすくめて詮索を諦めた。

 なんとかかんとか雑談をしながら無聊をつぶしていると、オレの名前が呼ばれた。


「右手奥の通路をお進みになって、8号室にお向かいください」


 そうとだけ言うと、受付嬢は一礼し再び他の客の対応に追われる。


 さてはて、いくらで売れますかね。

 そんな期待を胸にオレは取引の場へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これでしたら…………しょ、少々お待ちください」


 そう言うと目の前で座っている、メガネをかけた男性は手元の紙に何かを書き込み始めた。

 この男性がオレの取引相手らしい。同時に、水晶の鑑定もやってくれている。


 オレらは取引室にたどり着き、男にオレの持っている水晶のほぼ全てを差し出していた。

 中には本当に純粋なものもあるが、色が混じっているものもあり、玉石混交といった様子だ。しめて一体どれほどの価値があるだろうか。


 男は、最初に大量の水晶を見たときから、神経質そうなその顔に狼狽の表情を浮かべていた。つとめて冷静であろうとはしているようだが、額には隠しきれない汗が流れている。先ほどから数秒に一回の単位でメガネをスチャスチャかけなおしているから多分相当動揺している。


「こ、こんなものでどうでしょうか?」


 震える声でそう言うと男は先ほどまで何かを書き付けていた紙を差し出してくる。


 そこに書かれた買取額は、金貨6枚と銀貨3枚と銅貨32枚。


 これが高いのかどうなのか。

 確かこの世界の通貨は、同じ種族間では全て共通の通貨が用いられていたはずだ。

 つまり、最低でも人間同士の取引では通貨の違いによる問題は生じない。もちろん、地域によって物価や為替レートは異なるのだが。オレらのいる首都はもちろん物価は高い。

 銅貨50枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨5枚で大金貨1枚。大金貨10枚で白金貨1枚。稀に原料不足で価値が変動することもあるが、大体はこの両替レートになっている。あくまでこれらは公的な貨幣であり、無論各国でしか通用しない通貨も存在はする。

 庶民は銅貨でも十分生活ができるレベルだ。銀貨や金貨は冒険者や商売人でも無いと、あまり見かけない。


 悪い額じゃない。ああ、十分な成果だ。だが、


「……ここからもちろん交渉の余地はありますよね」


 オレが不敵に笑うと、相手はその神経質そうな眉根を寄せてメガネを上げた。


「え、ええ……ですが、こちらとしてはこれが最高買取額――――」


「またまた。まさか、そんなわけ無いでしょう? まず、金貨が6枚しかないということがおかしいですよ」


 そう言うと男は鼻をひくつかせた。


「オレはこれでも色々と調べるのが趣味でしてね。先ほどわざわざ遠回りしてちょこっと水晶の相場を調べてきたんですよ」


 そう、何故オレがわざわざ遠回りをして商業ギルドに寄ったのか。

 その理由がこれだ。

 先ほど、オレは鉱業関係のギルドや装飾店を一通り回り、水晶の相場を調べてきたのだ。

 もちろんメモなど必要なく、オレは一度見ただけで全ての相場を覚えた。


「ってわけで、これとこれ、あとこれとこれなんかはそれ合わせるだけで金貨6枚どころじゃない価値があると思いますが」


 そう言いながら机の上に整然と並べられた水晶の中でも、一際純度が高く大きな塊を見繕っていく。無論、オレに水晶の鑑定眼などあるわけがないので、それっぽいことを言ってふっかけているだけだ。


「他の水晶も銀貨数枚で収まるような額じゃない。そうですね……金貨14枚銀貨1枚銅貨40枚でどうでしょうか?」


「なっ!?」


 オレの提案に男が驚愕に目を見開き、額に青筋を浮かび上がらせる。

 金貨14枚。向こうの提示してきた額の倍以上だ。


「そんな額がまかり通るわけないじゃないですか! ……金貨7枚と銀貨1枚銅貨21枚でどうですか」


 向こうが改めて提案してくるのを見て、オレは誰にも気付かれないほど小さく口元をゆがめた。


「じゃ、金貨13枚銀貨5枚銅貨20枚で」


「き、金貨8枚と銀貨2枚銅貨無し!」


「いや、ダメですね。じゃあ、金貨12枚銀貨4枚銅貨38枚にしましょう」


「…………金貨9枚と銀貨1枚銅貨10枚だ!これ以上は上げられない!」


「……いやあ、おかしいですね」


 そう言うとオレはくっくっくと喉を鳴らした。


 うわあ、なんか最近悪役っぽいことしかしてないなオレ。

 そんなオレの態度に男は垂れる汗をぬぐいながらメガネの位置を直した。


「な、何がですか」


「いえ、何故そこまで値段を上げる必要があるのかな、と思いまして」


 その言葉を聞くと男はバツの悪そうに目をそらした。


 最初は金貨6枚だったというのに、今では9枚。約1.5倍だ。

 何故そこまで吊り上げられる?いや、何故そこまで吊り上げる必要がある?のほうが正しいか。


「……やっぱり、相当な価値があるんですよね。この水晶」


「え、ええ確かにかなりのものですが、そちらの要求する額ほどのものでは……」


「金貨9枚銀貨8枚に銅貨……はサービスです、0枚でいいです。以上がこちらの要求額です。この額であればそちらにもメリットがあると思いますが。それもかなり」


 男はオレの提案にぐっと喉を詰まらせると、何かを考え込むようにして俯いてしまった。


 恐らく損得を勘定しているのだろう。


 こんな大量の、しかも純度の高い水晶は中々手に入るようなものでもない。

 しかも、鉱業ギルドで聞いたところ最近は水晶の採取量が減少傾向にあるらしい。


 となればこの水晶の価値はこれからいくほどまで上がるか。

 そんなことを考えれば、現時点でのメリットが大きくなくとも今後それを挽回することはそう難しくないはずだ。


 オレは、とりあえず大損しない程度の金銭を受け取れればそれで十分だ。だが、同条件で得られる利益は最大限にまで高めたい。


「規約書にも書いてありましたよね、公正な取引をしましょう、って」


 その一言が最後のダメ押しだった。


「…………その条件で、買取いたします」


 男はついに諦めたようにしてため息を漏らし、契約の成立を口にした。


「どうも。お互い、この取引で幸せになれるといいですね」


 嫌味にしか聞こえないかもしれないが、割かし本心なので気に障ったら申し訳ない。

 男はそんなオレの声が聞こえているのかいないのか、心労極まりといった様子で取引のための書類を確認して記入していく。オレのような小童に丸め込まれたのがショックだったのだろう。

 いや、もしかしたら彼は新人なのかもしれない。今日が初取引とか。だとしたら運が良かった。


 そんな悪人的発想を抱きつつも、オレは彼が契約を書き終えるのを待つ。

 別に任せっぱなしで大丈夫だろう。彼はこの商業ギルドの人間だ。そんな者が不正をしたらどうなるかなど火を見るより明らかだ。一生この世界ではやっていけなくなるのだから、そんな馬鹿な真似はすまい。


「こちらの方に、確認してサインを……」


 男が疲れた表情で契約書を手渡してくる。


 なんか、メガネに哀愁が感じられるけど大丈夫かしら。

 そんなことを考えながら、オレは契約書に目を通していく。


 …………うっし、問題ないな。

 さらさら、と慣れた手つきで名前を記入する。


「……では、確かに受け取りました。ただいま、現金をお持ちいたします」


「あー……それでお願いなんですけど」


 そう言うと男は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。


 いやこの短時間でオレどんだけ恐れられてんのさ。

 今日から一番後ろの大魔王でも始めようかしら。


「えーっと、銀貨8枚ありますよね?それのうち4枚を銅貨に直してくれます?銀貨だけだと不便なので。後、金貨9枚のうち2枚を銀貨に」


 そうすると男は露骨にほっとした表情を浮べて部屋を後にした。


 これでオレの受け取る硬貨は金貨7枚、銀貨24枚、銅貨200枚となった。

 わぁい、一気に百万長者だー! うわ、なんか規模がちいせえ。

 だが元の世界では手にしたことも無い大金だ。

 使い方には気をつけて、身を崩したりしないようにするべきだろう。


「アナタ……まだ子供なのに大人相手によくあそこまで言えますわね」


 リアが何度目になるか分からない、驚きとも呆れともとれる息を漏らした。


「これでもオレ17なんだけど」


「え!? そうなんですの!? てっきり14歳ぐらいかと……」


 そんな馬鹿な。オレはそんなに童顔かいガール。

 ってかこの世界の人がおかしいんだよ!だって騎士見習いにもオレとためなのにめっちゃいかつい顔してるやつとかいるし! 絶対あいつらおっさんだよ! 年齢詐称だよ!


「じゃあ、そういうリアはいくつなんだよ」


「…………女性に年齢を聞くものではありませんわよ」


「なんだ聞いちゃいけないほど年とってるのか?」


 そう冗談めかすと、リアはスパーンとオレの頭をはたいた。

 痛いよ!? お前の力で叩かれたらふっつうに痛いからね!?


「…………19ですわ」


「え?」


「19ですわよ! 悪いですか!?」


「いや何も言ってないけどなんでアナタがそんなに怒っているのか僕には全く理解できません」


 19歳に何かあるのか……?

 そんな風にオレが首をかしげているとリアは唇を尖らせた。


「まだ、子供で悪かったですわね……」


「え、子供なの?」


「…………知りませんの? 男子の成人は15、女子の成人は20ですわよ?」


 Oh……その知識は蓄えてなかった。

 なるほどね。男子は早々に冒険者になったりして独り立ちすることも多いから成人が早いのか。


 だが、逆に女子の成人が高いのは何でだ。


「女子は別に成人が早いと困りますのよ。……基本的に、成人までに貰い手が見つからない女性は生き遅れと後ろ指刺されますから……」


「じゃあお前は今、『子供だって思われるのも嫌だけど、逆にこのまま貰い手も見つからずに成人しちゃったらやばいじゃん、どうしよう』っていうすごい複雑な時期なんだな、なるほど」


「改めて言わないでください!?」


 再び手が飛んでこようとするが、オレはそれを魔法で回避。

 リアが悔しそうにしているが、流石に室内で剣を振り回さないほどの常識は持ち合わせているらしい。歯噛みするにとどまっている。


 子供を見る親のような感じで温かい目を向けていたら、リアさんの目がすわり腰の剣に手を当てたのでオレは全力で頭を下げた。いや、謝罪であって別に「首切っていいよ」のサインじゃないからね?


 そんなことをしていると最高の、いや最低のタイミングでメガネの男が布の袋を三つほどトレイに乗せて戻ってきた。

 男はリアに全力で頭を下げているオレを見て一瞬動きが凍ったが、すぐに無我の境地にいたったような顔で椅子に座った。何かを諦めた男の顔だった。


「……では、こちらがご要望の額になります」


「数えても?」


「ええ、もちろん」


 それから数分かけてオレとリアでちょろまかされていないことを確認する。

 大丈夫だとは思うが念のためだ。


「はい、確かに。……ありがとうございました、また何かあったら来ますね」


「……お待ちしております……」


「今度はもっといいものもってきますから」


 そう言いながら笑うと、メガネの男もつられて軽く笑った。


「オレは十一優斗って言います。何かご縁がありましたら次の機会に」


 そう言って軽く会釈すると、リアを促して部屋から退室する。

 後ろで男がため息を漏らすのを聞きながら、オレは部屋の扉を後ろ手にしめた。


 ふぅ……なんとか話がまとまってよかった。


 手元の貨幣袋を『持ち(インベントリ)』にしまいつつ、オレはリアのほうに顔を向けた。


「ん、なんか言いたいことでも?」


「いえ……なんだか、卒が無さ過ぎて少し怖いなと」


「お前にだけは言われたくないんだが」


 そう言いながら二人で並んで歩く。

 おっさんの慌てっぷりが面白かっただとか、どこで昼飯を食べようかとか、そんな他愛ない会話を繰り広げながら。


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