35、押し付けられた厄介事
※追記:28話が二個あることに後で気付いたので29に直しました。
「ゆーくぅううん!? どうすんのこれ!? どうするの!? えぇ!? 王様に喧嘩売っちゃったんだよ!? 死刑だよ!? 極刑だよ!? ハリセンボン呑まされちゃうよ!?」
「いや、別にオレ約束は破ってないから、針千本呑まされる心配はいらないだろ。後、お前そのイントネーションだと、魚類のハリセンボンだと思ってそうだが、実際は千本の針の意だからな」
そんなオレのくだらない訂正にも全くリアクションを返さず、一人であばあばと慌てている凛を見るのは、それはそれで面白いのだがとりあえずは置いておこう。
はぁ、とため息をついてベッドに腰掛ける。
そんなオレを見て、ようやくリア王女がその沈黙を解いた。
「どうして……」
「ん?」
「どうしてあんなことしたんですの!? 別にわたくしは頼んでませんわよ!?」
急に大きな声を出すリア王女にオレは手のひらを向けた。
「おう、そうだな、オレも頼まれた覚えは無い」
「じゃあ、どうして……」
悲しいのか不可解なのか怒っているのかよく分からないような、ないまぜな感情をそのまま顔と声に表している。そんな彼女の様子を見て、オレは頬をかきながら言った。
「ぶっちゃけ、反省はしていない。後悔はしている。今更ながら相当やべぇことやっちゃったどうしようっていう焦燥感がやばい」
あくまでふざけた態度を崩さないオレに、ついにリアが怒りを爆発させた。
「あんなの!! 無視していればいいんですの! 耐えていれば、堪えていれば、あんなものどうってことはありませんわ……それなのに、アナタは!!」
その憤慨は誰に向けたものだろうか。少なくとも、オレではないだろう。
「耐えなきゃいけない時点で全然大丈夫じゃないだろ」
そんなオレの指摘にリアが黙って俯いてしまう。よく見ると、目元に光る雫が溜まっていた。
その涙の意味を推し量ることは、今のオレには出来ない。
はぁ……我ながらなんであんな愚行に走ってしまったのか。
何がオレの琴線に触れてしまったのかは分からないが、あの純粋に淡々と意図無く人を害す態度が気に食わなかった。オレも、散々この勇者たちの中で経験してきたし。「悪意が無いから」という免罪符は何よりも強力に、人の心を侵す行為を肯定してしまう。
それは、恐ろしいことだ。
そして、あの王様の父親としての姿は酷くアイツと重なった。かつて、オレが……いや、これはいい。
忌々しい記憶を脳内から追い出すと同時に、リアが掠れた声を上げた。
「…………これから、どうするんですの?」
王女が立ち直り、目元を拭いながら問いを飛ばす。このあたりの立ち直りの速さはさすがといったところだろうか。
「んー……『ごめん、言い過ぎた』って謝ったら許してくれるかな」
「それは無理じゃないかな……」
と答えたのは、少しだけ落ち着きを取り戻した凛だった。
「ま、なるようになるだろ。ってなわけで、オレこれから夜逃げの準備するから」
「逃亡する気満々だ!」
凛の驚きを受けつつも、オレはさっさと部屋に置いてある物品を『持ち物』へと収納していく。隣で凛が「わたしはどうしよう……」なんて不穏なことを呟いていたので、
「ちなみに、オレは一人で行くから。お前が付いてくるのは無しな」
「えぇっ!?」
と釘を刺しておいた。
「……わたくしから、お義父さまに謝ってみます」
「それは、ダメだ」
「何故ですの!?」
リアの提案をすげなく却下するオレに、彼女は抗議の声を上げた。
「なんでお前は悪いことしてないのに、お前が謝らなきゃいけないんだ?」
「それは、そもそもこれはわたくしが…………」
「つまりお前がここに養子として引き取られたのも、第四王女に成り果てたのも、王様に愛想つかされてんのも、全部全部お前が悪いと?」
そんな意地の悪い質問に今度こそリアは黙り込む。
それを傍目に見送ると同時に、ほとんど全ての物品を収納し終える。
元々男の一人生活、大したものは置いていない。全て回収し終えるのに、五分ほどもかからない。後は、オレがいなくなればこの部屋はオレが来る前と同じ状態に戻る。最初から、誰もいなかったかのように。
「じゃ、オレは夜逃げするんで」
「ちょ、ちょっと! 夜逃げしてどうするの!? どこかにあてはあるの!?」
「お前はオレのおかんか。まあ、冒険者登録はしてあるから、冒険者でもして生計立てるさ」
そんな風にヒラヒラと手を振りながら、部屋を去ろうとするオレの腕を凛が両手で掴んだ。
「い、いやだよ……い、行かないで……」
必死にとめようとする凛に、オレは一瞬だけ呆気に取られた。
そこには納得できる理由もなければ、こちらに訴えかける饒舌な説得も無い。
ただそこにあるのは懇願だ。
彼女が、そんな行動に出るとは思わなかった。確かにオレは彼女の師匠ではあるが、そこまで彼女にとって必要性が高い人間だとも思わない。彼女の仮面がオレ以外の誰かの前で剥がれるリスクを犯してまで、オレを引き止めるメリットがあるはずがない。
「……上目遣いでそんな風に懇願されるのは大変心そそられるんだが、生憎少しばかり色気が足りないかな。目じりに涙でも溜めて頬を少し染めると完璧だな」
そんな軽口を言いながら、オレは強引に彼女の手を引き離した。
彼女の膂力パラメータであれば、決してオレの力ごときで振り払うことは出来なかったはずだ。だが、オレの拒絶は彼女の意思を挫くには十分だったらしい。
裏切られたような表情で呆然とする凛に、努めて明るく声をかける。
「ま、生きてりゃどっかで会えるかもしれないだろ。魔法の師匠の件は悪いが、他のやつを頼れ。基礎は教えたつもりだから。それにお前にはいい友達がたくさんいるじゃないか」
若干の棘を含めたのは、後腐れなくオレに悪感情を抱いて別れてもらうため。と言うのは、少々偽善が過ぎるだろうか。だが、凛にはオレを忘れてもらえれば上々だ。そうすれば、アレも無かったことに出来る。
「んじゃ、アディオス諸君」
二本指を振る手振りで、オレは部屋を後にしようとした。
特に、何も思い残すことはないはずだ。
ああ、そうだ。これで、いいはずだ。
――――だが、それを許さない者がもう一人。
「どういうことだ」
先ほどとは明らかに異なる状況で放った、先ほどと全く同じ言葉にデジャヴュを覚える。だが、そんな既視感も目の前に突きつけられた手刀の前には、何の意味も為さなかった。
「お待ち、なさい」
「今自分が何をやってるか分かってる?」
「分かってますわ!! 全部分かった上で、それでもなおっ……!止まりなさい」
やれやれ、とわざとらしく肩をすくめる。
「何がお望みで、王女様?」
恭しく聞くが、そこには敬意もひったくれもありはしない。
「行かせませんわよ」
「何で?」
「…………まだ、アナタに負けたままですから。……アナタに勝つまでは、アナタを行かせるわけには行きませんわ」
精一杯にオレを引き止める言い訳を考えたのだろうが、そんなものオレには意味が無い。
恐らく彼女がオレを引き止める理由は責任。
だが、オレはお前に責任を押し付けるような価値ある存在じゃない。
「じゃ、オレの負けでいいよ」
「またアナタはそうやって…………!! どうしてアナタは強者でありながら、そんな風に弱者のように振舞うんですの!?」
何が彼女の神経を逆なでしたのかは分からないが、激昂する彼女にオレは至って静かに言葉を返した。
「……別に、オレは強くねぇよ」
「そんなことありませんわ。アナタは強い。それは戦いにおいてだけでなく、恐らく心のあり方としても」
彼女の最高とも言える賛辞を聞いて、オレは思わずそれを鼻で笑った。
心の底から、軽蔑を込めて。
それは、誰への軽蔑だろうか。
「はっ……オレが身も心も強い、ね」
その言葉をかみ締めて、改めておかしさがこみ上げてくる。
オレの反応にリアや凛が訝しげにこちらを窺う。
「……そんなに強かったら、オレは何も失わなかったのかね」
今だって失ったことを嘆いて、常に苦しみに喘いでいる。
人の気持ちに目を背け、大切だと思う心に蓋をして、ただただ盲目に、忘れるために、忘れないように、ただ道を進む。
そんなオレが強いだって?笑わせるなよ。
笑わせ、るなよ。
オレの姿に一瞬だけ、リア王女が竦んだ。その隙を見てオレはさっさと彼女に背を向ける。
「と、止まりなさい」
既に、彼女の震える声に力は無い。
背中に突きつけられているであろうなけなしの「剣」を無視して部屋から出ようとする。
その扉を閉じれば、恐らくオレは彼女たちと永遠に分かたれるだろう。
これでいいんだ。
そう、これでいい。
何かに言い聞かせるようにして、オレは独り笑みを浮べた。
そしてオレが扉の前に立つとほぼ同時に、離別の扉は開かれた。
――――向こう側から。
「トイチユウト殿ですね。私は、リアヴェルト王国国王であられるフリードリヒ・アストレア様からの詔書をお届けに参った者です」
「…………詔書だぁ?」
門出を挫かれたオレは不満げな声を漏らし、目の前のローブ姿のおっさんを訝しげに見つめる。その無遠慮な視線に眉をひそめるでもなくローブ姿は深く頭を下げ、そのまま恭しく一巻きの羊皮紙をオレに手渡してきた。
オレは罠の警戒をしながらも、男から伝書とやらをひったくり内容を確認する。羊皮紙とインクの香りが鼻につき、そのまま書かれている文字列に目を落としていく。
――――リアヴェルト王国67代国王フリードリヒ・アストレアの名を以って、リアヴェルト王国第四王女リア・アストレアをトイチユウトの騎士として任命する。
と、それだけ書かれたその伝書。文章の最後には、何やらこの国の紋章らしき判子まで押されている。
短い文章だ。
ああ、文字数にして100字もない。だが、その短い文章を理解するために、オレはやけに長い時間を費やしてしまっている。自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。鼓動の刻むリズムがオレの思考を狂わせる。
「……では、確かにお渡しいたしました。これにて、失礼いたします」
そう言いながら、後ろに一歩ローブ姿が足を引き、そのまま扉は小さく音を立てて閉められた。
「…………は?」
それから10秒後にオレがようやく発せた言葉は、その一文字だった。
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わ、わけがわからないよ!
夜逃げしようとしていたら、喧嘩していた国王様に娘を押し付けられた! 何を言っているのか分からねぇが、オレも何を言っているのか分からねぇ! 夢オチとかそんなちゃちなもんじゃねぇ……もっと恐ろしい何かの片鱗を味わったぜ……
オレが超展開に思わずポルナっていると、リア王女が口を開いた。
「わたくしは……その、まだアナタの騎士になるのは嫌ですわよ」
「なんだろう、まだってことはこれからなりたい可能性はあんの? とか聞きたいところだけど、今はそれは至極どうでもいい。何だこの手紙」
何度読み直しても暗号が隠されていたり、オレが内容を読み違えているわけではないようだ。念のため、リアと凛にも目を通してもらったがオレが読んだ内容と一字一句変わらないという、ある意味分かりきっていた結果が返ってきた。
どこをどうたてよみすればいいんだろうか。
そんな風に現実逃避して、オレが手紙をグルグル回しながら読んでいると、今度は凛が口を開く。
「あのさ、これってどーゆーことなの? つまり、リア王女様はゆーくんの騎士さんになったってこと?」
「わたくしはなりませんわよ」
「いやこの際お前の意思はどうでもいい痛い痛い頬をつねるな」
リア王女が頬をつねるのを身をよじって抜け出し、オレは改めて現状の確認に乗り出す。完全にオレの夜逃げの流れはおじゃんになってしまった。
「……現状分かっていることは、王はオレにリア王女を、言い方は悪いが押し付けたってことだろうな」
「そっか……」
「ああ、でここからがオレの推測で、かつ複雑なんだが……」
そう言いながらオレはいつものくせで指を立てた。
リアも凛も真剣にこちらを見つめている。
「つまりはだ。王はリア王女をどうにかしようと考えていたが、王女はめちゃくちゃ強いから、下手な男とくっつけても男がボコされて国の評判が落ちかねない。だから、扱いに困っていた。そんなところに、王女を倒したオレという存在が現れた。リア王女に勝ったオレならば、彼女を押し付けてもオレが下手にボコされることはない。役職は勇者だから王女とも釣りあう! 外聞的にも問題ない! しかも、そいつが王に楯突くうざいやつだった。おお、この性格の悪さならリア王女と一緒にいても大丈夫そうだ! 早速くっつけてしまおう! ふぅ、一仕事すると気分がいいなぁ! って、感じじゃないか?」
いや、なんつーか最後のくだりはただのオレのあてつけだけど。
だが、概ね的は外していないはずだ。少々彼女には酷だが、上手い言い回しも見つからない以上、変に気を遣わずに茶化して話してしまったほうが楽だろう。
「なるほどー……じゃあさ、ゆーくんはもう夜逃げしなくていいの?」
「あー……それはどうなんだろうな……王様が、オレごとまとめて追い出したいのか、それともリア王女の件さえ解決しちまえば、後はどっちでもいいのか……迷いどころだが。まあ、でもこの伝書に放逐の旨とか特に記されてないから、大丈夫なような……気もする」
オレにリア王女を押し付けたからには、オレを殺しては意味が無いはずだ。少なくとも、死刑は免れたと思って差し支えないだろう。それに加え、オレは一応は天下の勇者様の一員だ。そんなものを処刑するとなると、これまた色々と面倒なことになるだろうからそんな愚行は起こさないはず、多分。
こんなに迅速にオレに押し付けるだけの脳みそがあるんだ。ある程度は賢い王なのだと思う。
だが、随分とまあ厄介なものを押し付けられたもんだ……
「じゃあ、ゆーくんはこれからもここにいられるの!?」
「ま、多分な」
「よかったぁ……」
おくびも隠すことなく純粋に喜ぶ凛に苦笑していると、今度はリア王女がこちらを見て言った。
「その、」
「あ?」
「…………なんというか……こういうのはどうすればいいのか、分からないんですけれど……」
途切れがちな言葉の節々からはためらいと気恥ずかしさが窺える。
「ありがとう、ございます」
ぺこりとお辞儀すると、長い金髪がウェーブを描いた。キラキラと輝いて見える。
彼女の意外な姿に目を丸くしながらも、オレは気まずさを誤魔化すために頬をかいた。
「なあ、そういえばお前って名目上はオレの騎士なわけだけど?一応まだ王女のままなんだよな?どうすんの、リア王女からリア騎士に改名する?」
そんなオレの返答に一瞬だけぽかんとするも、少ししてリア王女はぷっと小さく吹き出した。
「いえ、そうですわね。リア、でお願いします」
「えー、じゃあリア騎士ですいませんなんでもないですリア様と呼ばせていただきます」
急に突きつけられた手刀にオレは再び敬語にシフト。手刀でもこいつなら人の首ぐらい切れそうだから怖いです。
「リア、ですわ」
「……リア」
「はい」
そう言って微笑む少女は、オレの知っている暴力的なリア王女でも、養子として無理矢理連れてこられたリア・アストレアでもなく。
リア、という名の一人の少女だった。
「あ、でも、いつかアナタの首はとらせていただきますわ。負けたままでは終われませんから」
「お前笑顔で怖いこと言うな!?」
「ゆ、ゆーくんはあげないからね!?」
「オレはお前の所有物でもねえよ!?」
そんなくだらないやりとりをしたのもご愛嬌だ。
やったねゆーくん、ヒロインが増えたよ!
後、リアさんとは全くこれっぽっちも微塵も関係ないけど、そろそろ主人公が苦しむ様が見たい。




