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33、綱渡りの事後交渉


 ポーン、ポーン、ポーン、と断続的に何かが跳ねるような音が修練場に反響する。

 この世界にはその音しか存在しないのではないかと思うほどに、静寂の中に奇妙な音が響き渡っている。


「ゆ、ゆーくん……?」


 凛が震える声でオレのことを呟く。

 今見ているものを信じられない。ありえない。そんな思考が透けている。


「うそ…………こんなのって……飛んでる……ゆーくん! 空飛んでる!?」


 凛が驚きを隠しきれない様子で叫ぶ。

 そんな凛の声に応えるように、他の面々も次々と驚愕の意を述べていく。

 オレは空中でバランスをとりながら、眼下で呆然と立ちすくむ王女に言い放つ。


「……前後左右が無いなら、上に逃げればいいじゃない!」


 元ネタはパンとおかしだった気がするが、まあ構わん。


「そ、んな……そんなの聞いてませんわよ!」


「言ってないからな!」


 前にも誰かとしたかのようなやりとりを繰り返す。


 風魔法『空踏(ストライド)』は簡単に言うと、空を飛ぶ、いや、空を跳ぶ魔法だ。

 自らの足元で空気を爆発させることで、その反動を用いて空中に浮遊するという、ロケットの原理を応用したようなものになっている。

 この発想自体は至極簡単なものだが、実現するとなるとかなり難しい。


 まず、とてつもないバランス感覚が要る。空中でひっくりえったりせずに浮いていなければいけないため、ある種極限的な平衡感覚が必要なのだ。

 ついで、常に浮いていることはできないということがある。

 爆発を利用するわけだから、ホバーのようには行かず、一回の爆発で上向きの速度を得て上昇しては自由落下し、再び爆発で上昇しては自由落下するということを繰り返すことで、結果的に空中に浮いている状態を維持できるのだ。

 つまり、自由に空を飛ぶなどはもってのほかで、精精空中で跳んでいるという程度でしかないだ。

 だが、いくら空中での機動力に問題があろうとも、魔法使いが、手の届かない空高くにいるということが大事な点だ。


「言ったよな。魔法使い相手に距離を開けられることは、何を意味するのか」


「くっ……げほっげほっ!」


 オレの言葉に悔しそうな表情を浮べると、吐血して足元に血溜まりを作る。


「降参は、しないんだよな?」


「当たり、前ですわ!」


 息をするのも苦しそうに啖呵を切る。

 肺がやられたのかもしれない。


「そうか……残念だ。『風撃(ブロウショット)』」


 空中からの一方的な攻撃。

 王女は右手に握った剣を大きく振るい、辛うじてそれをいなながら後退していく。


 けれども、オレが最後の切り札を切った時点で勝負は既に決している。

 だからこそ切り札なのだ。


「『風撃(ブロウショット)』『風撃(ブロウショット)』『風撃(ブロウショット)』」


 連続して放たれるオレの魔法を何とかいなし、避けながらも王女はある場所に誘導されていく。


「くっ……」


 王女は未だに、自分を取り囲んでいるソレに気付かない。




「……悪いな、『風蕾(ヴィントリー)花盛り(スプリング)』」


 先ほど設置した『風蕾』の残りを、彼女の胸元で爆発させる。


「がっ!?」


 胸部と顎を揺らされ、脳と肺の両方を一挙に攻撃される。

 過度の脳震盪と呼吸困難。これで、気を失わない人間はいない。


 王女の手から、カランという乾いた音を立てて直剣が零れ落ちる。


 続いて、鈍い音を立てて一人の少女が地面に倒れこんだ。


 それが、決闘の終了を告げる音だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……オレは、花があれだけとも、一言も言ってないぜ?」


 こうして、死と隣りあわせだった決闘は、あっけない終幕を引いた。


 リア王女との決闘は、あっけなく、そう本当にあっけなく幕を引いた。


 その場にいる誰もが終わりを飲み込むことができず呆けたまま立ちすくんでいる。

 オレ一人だけが、勝利の実感に歓喜を上げるでもなく、痛みに喘ぐでもなくただ淡々と「これから」のことを考えて王女へ歩み寄っていった。


 ブラント団長が数秒のうちに正気を取り戻し叫ぶ。


「皆! 王女様を救護室へッ!」


 団長の声に弾かれるようにして、騎士たちが鎧兜を音をガチャガチャと鳴らしながらおおわらわで担架を探している。そんなことをしていれば、当然オレの方が先に王女にたどり着くわけで、


「……っ! ……何を、している……」


 ブラント団長の疑問、不審感、そして非難の篭った声が再び騎士たちの動きを止めた。

 その言葉の向かう先は騎士たちではなく、王女の傍らに座るオレだ。


 オレは王女に自らの右手を当てながらにやりと口の端をゆがめた。


「――――――取引をしましょう」


 大して声を張っているはずでもないその声は、修練場にやけに響き渡った。


「取引……だと?」


 ブラント団長が首を傾げるのに追従するようにして、オレは縦に頷いた。


「ええ、少しばかりこちらの要求を呑んでいただこうかと思いまして……」


 周囲の動向に気を張り巡らせながらもオレは言葉を続ける。


「ブラント団長も見てて分かったと思いますけど、この王女様、僕を殺す勢いで戦ってましたよね?」


「あ、ああ……それは、そうだが……」


 聡明なブラント団長のことだ。オレの言わんとしていることも分かっているのだろう。


「でしたら、決闘の勝者たるオレにも、彼女の命の如何を決定付ける権利があってもいいとは思いませんか?」


 そこまで言って他の面々もようやく状況を飲み込む。

 そう、オレはあるものを材料に、交渉をしようとしているのだ。それは単なる思い付きに過ぎない。否、過ぎなかった。だが今オレの目の前にある交渉材料を用いれば、それはただの空想ではなくなる。


「オレとリアヴェルト王国間の取引――――交渉材料は、王女様の御命……ということで如何でしょうか?」


 あくまで事務的に告げるオレに場の一同が息を呑む気配を感じる。皆、何を言っているのか分からない、否、分かるべくもないという表情だ。


 だが、オレの意識はただ一人に注がれる。


 その意識の向かう先、ブラント団長は深く、深くため息をついた。


 直後、オレの背中を寒気が走る。

 ブラント団長のまとう気配が変わる。鋭く、鋭く研ぎ澄まされたそれは、オレに対して明らかな警告の意味を示す。


「……本気、なのだな?」


 そのたかだか一言が、オレの肩に重くのしかかる。言霊とでも呼べるほどの圧倒的な重圧。彼の視線に絡めとられるだけで、背筋は竦み、冷や汗が流れ、手が震える。本能的な恐怖が、全てを無かったことにしてしまいたくなる衝動を生む。


 だが、オレは不敵な笑みを崩さずに言った。


「……両親には嘘はつくな、ってしつけられてきたんで」


 そんな軽口にも、団長は少しも顔を綻ばせることはない。


「……要求を聞こう」


「ブラント団長!?」


 成り行きを見守っていた龍ヶ城が、ついにこの流れに噛み付いてくる。その声には焦りと、得体の知れないものへの困惑が見て取れた。


「どうした、テルマサ」


「どうした、ではありません! 一体、何をやっているんですか!? はやく王女様を救護室に運ばなければ! ほら、十一君も冗談は止めて王女から離れるんだッ!」


 ここにきても龍ヶ城にとって、目の前の出来事は何ら意味を為していない。散々沈黙を守ってきた彼は、何も理解していなかった。


 そんな彼のあり方にオレは何度目になるか分からない失笑を漏らし、龍ヶ城を意識の外へ追いやってブラント団長に向きあう。

 団長も、一切こちらから目を逸らそうとはしない。


「なぁ! みんなも何か言ってくれ! 何の冗談だ……流石に笑えないよ!」


 その龍ヶ城の虚しい誘いに、賛同は返って来ない。あの龍ヶ城グループの側近でさえ、今は流れを見守るべきだと傍観に徹している。

 彼らの態度に業を煮やした龍ヶ城は、オレが決闘中に落とした剣を拾ってこちらへ向かおうとしてくる。だが、他でもないブラント団長が無言でそれを止めた。


「なっ!? どうしてですかブラント団長!?」


「テルマサ、すまないが少し静かにしていてくれないか?」


「ですが――――」


「静かにしていろ」


 今まで聴いたことの無いようなブラント団長のドスの聞いた声に龍ヶ城が言葉を失う。それは、後ろに控えている面々も同じだった。彼らの目の前の男は、恐らく彼らの知るブラント団長では無くなってしまっている。


「話を進めても?」


 見かねたオレが手を振りながら促すと、団長はコクリと頷いた。


「ありがとうございます。……こちらの要求は三つです」


 そう言うとオレは三本指を立てた。


「まず一点目。オレの魔法、知識、技能等について、国からは一切干渉せず、関知しないものとすること。これは龍ヶ城との決闘の前に彼の提示したものと遜色ないはずです」


 ブラント団長が残りの二つを話せと促してくる。


 オレは指を一つ折って言った。


「二点目。オレの身の安全の確保。特に、自分の言うことを聞かない勇者は厄介だから暗殺しよう、とか考えないでくださいね。流石に、オレもこの国と敵対するのは穏やかじゃないと思っているので」


 出来れば国家と敵対などしたくない。それは面倒事が増えるだけだ。しかも、持久戦になればまず間違いなくオレが負ける。ベストなのはお互いに不干渉であることなのだが、まあオレが勇者である以上いささかの干渉は仕方ないだろう。


「三点目。オレの行動の自由をある程度認めてください。今回ダンジョンに行ったみたいな、長期の遠征をこれから何度かする予定なので、その際は快く送り出してくれると幸いです」


 そう言ってオレは三つ目の指を折り終えると、座る位置を少しずらした。そんなオレの何気ない挙動にも、騎士たちが殺気立つのを感じる。先ほどから座る位置をずらすたびにこれだから、少し面白い。


 と、そう思っていないとびびっているのが表情に出てしまいそうだ。


「……それだけ、か?」


「ね、簡単でしょ?」


 ウィンクを飛ばすオレに、ブラント団長は腕を組みながら目を瞑った。

 考え事でもするのかしらと思っていると、意外にもすぐに声が飛んでくる。


「……てっきり、勇者を辞めさせろ、とでも要求すると思ったのだがな」


「いやぁ、それも良かったんですけど。でも、ぶっちゃけ今の三つの要求が通ればオレ別に勇者でもいいんですよね。逆に、今勇者をやめて下手に自由になると、色々不便かなぁと思い直しまして」


 実際、一つ目の要求はオレの能力を「無かったことにする」と言っているに等しい。さすれば、オレは今までと何ら変わりない役立たずという楽な位置にい続けられるし、筆頭勇者に加えられることもない。加えて、身の安全とある程度の自由も要求できるなら願ったりかなったりなわけだ。


 そして交渉をする上で相手のメリットもさらに提示する。


「あ、もちろん、それなりに勇者としての仕事もしますよ? 驕りや慢心と受け取ってもらって結構ですけど、今回みたいに魔族やら何やらでお国や勇者が大ピンチ! って時は流石に助力しますし。ほら、国からしたら強力な札が一枚増えるわけですから、オレを殺したり、手放すのは損ってもんじゃないですか」


 オレの存在はある種のジョーカーのようにもなりえるだろう。普段は使えないが、ここぞという場面で戦力補強が見込めるのは国としてはありがたい話のはずだ。しかも、そのジョーカーは自分に牙をむくことは無いと宣言しているのだ。これほど旨い話もあるまい。


「んで、もう一つ。僕、十一優斗はリアヴェルト王国を除く他国には決して所属しないという条件もつけましょう。無論、リアヴェルト王国がこちらに敵対しない限りにおいて、ですが」


 オレからの話は以上だという旨を、無言を通じて団長に伝える。


 今の文言の意味は、要するに「他国と何かいざこざがあったら必ずアンタの国を味方してやるよ」ということだ。この世界はとかく紛争が多い。無論、それは魔族対人間などという大きな枠以外、人間と人間の領域争いなども含めてだ。さすれば、勇者という戦力は保持していて損は無いだろう。


 特に、オレの魔法は対軍兵器として重宝されるはずだ。

 兵器として運用されるのが気に障らないわけではないが、こちらの要求を呑ませる以上、あちらのメリットも提示しなければまずい。


 これが、オレの切れる手札だ。


 たっぷりと数十秒はたっただろうか。控える騎士たちが痺れを切らし始めたところで、団長はおもむろに目を開いた。


 だが、言葉はすぐには出てこない。

 熟考を経て、結論を得てなお、どうするべきか迷う部分があるのだろう。


 簡単な要求だ。


 だからこそ、その裏に潜む真意、そしてそれらが後々にもたらすものを天秤にかけるのは、決して簡単なことではない。


 そして、しばらくして、ようやブラント団長が重々しく口を開いた。


「……その要求を、呑むとしよう」


「ブラント団長!?」


 今まで固まっていた龍ヶ城が悲痛にも聞こえる叫びを上げる。騎士も勇者の面々もその衝撃的な言葉に驚きや不安を隠しきれない。


「静粛に」


 だが、そんなざわめきも鶴の一声で静まり返る。

 今一度彼の団長としての素質に感嘆しつつ、オレは内心で要求がまかり通ったことにガッツポーズを上げていた。


「……君の要求を呑むのは、決して我々が脅しに屈するからではない」


「やだなぁ、オレがいつ脅したって言うんですか。対等な立場での交渉ですよ」


 未だに笑顔を浮べるオレに相変わらず向けられる視線は厳しい。


「……そうだな、君ははじめから王女の命をどうこうしようという気など無かったのだろう」


 そう言うとブラント団長は、厳しい表情を少しだけ緩めた、ような気がした。

 対するオレの表情は強張る。


 ……まずいな。契約がおじゃんになったりしないか、これ。


「……いつからお気づきで?」


 核心をぼやかした質問にもブラント団長はスラスラと答える。


「何、君との問答を終えた直後からだ。いやはや、私も耄碌になったものだ」


 自らを謙虚に評価する団長にオレは思わず苦笑を漏らす。


「……まだまだご壮健じゃないですか」


 そう言ってため息混じりに笑うオレと、それを厳しい目で見るブラント団長という構図を、渦中の二人を除いては誰一人理解していなかった。


 場を疑問符が駆け巡る。


「ど、どういうことですか団長?」


 ついに声を上げた龍ヶ城に、ブラント団長は厳しい相好を崩して答えた。


「……彼は、何一つ、王女に害となるような行動をとっていなかったのだよ」


 質問の回答になっているようでなっていない答えに、オレとブラント団長だけが満足する。


 ま、何はともあれうまくいったようでよかったかな。


「君の要求は呑ませてもらおう。……あくまで、君と王女の決闘を止められず、君を危険にさらしてしまった慰謝料として、だ。これからも君の勇者としての働きに期待する」


 団長としての言葉をオレへと告げる。

 その言葉にはこちらへのけん制が含まれている。


 勇者として使えないようであれば、どうなるかは分からないと。


「オレ、勇者っての嫌いなんでできれば普通の人として期待してください」


 そう言って笑うオレにブラント団長は続けた。


「……だが」


 そこで一旦言葉を区切り、彼は再びその表情を固くした。殺意すら篭るほどの剣気が肌を刺し、暑くもないというのに嫌な汗が額ににじむ。


「――――二度とこのような真似はするな。いくら狂言とは言え、相手はわが国の王女様だ。その意味は、聡明な君なら分かるだろう」


 それに肩をすくめながら黙って頷く。


 否、そうすることしか出来なかった。

 強者の覇気の前では、オレに選択肢は残されていなかった。


 ここまで寛大なご処置を頂いたんだ。オレとしては頭が上がらないね。

 内心での反省を決して表へ出すこともなく、オレはブラント団長のお説教を受け続ける。


「今回は、厳重注意でとどめて置くが次は無い。いいな?」


 釘を刺すブラント団長にオレは頷くしかない。


 それを見たブラント団長が表情を緩めるのを見届けて、オレはようやく立ち上がり王女から離れた。

 それを見た騎士たちが戸惑いながらも、ブラント団長の顔を窺い、王女に駆け寄る。


 まあ、その必要ももう無いのだが。


 オレが、細かく座る位置を変えていた理由。それは、ひとえにリア王女に治癒魔法をかけるためだ。


 決闘終了直後、オレの要求を呑ませるために立案した計画は至ってシンプル。その名も『王女を人質に見せよう作戦』だ。うわ、オレのネーミングセンス低すぎ……?

 この作戦はその名の通り、言葉のあやでオレがさも王女を人質にとっているように見せかけ、その要求をまかり通そう、というものだ。実際、オレは彼女を人質にとっているなど一言も言っていないし、もしオレがあのまま治癒魔法をかけずにブラント団長と交渉を続けていたら彼女は死ぬ可能性もあったわけだから、その意味で王女の命がかかっていたのは嘘ではない。しかし、あくまでオレは王女の治癒をしなかっただけで、王女の首に剣を突きつけていたわけではない。さすれば、たとえ王女がその結果死のうとも、オレに直接的責任は無いってこった。むしろ、治療をしているんだから、賞賛されてしかるべきまである。


 まあ、こんなものは詭弁かつ屁理屈だから、お咎め無し、ってわけにはいかなかっただろうけど、それだったら適当に勇者辞めれば良かったわけだしな。その方がデメリットは多そうだから、できれば避けたかったのだが。


 だが、オレの作戦は思った以上にうまくゆき、最高の結果を得ることができた。一つ誤算だったのは、ブラント団長がオレの計画に気付いていたことだが。


「そういうわけで、皆さんオレに剣突きつけるのやめてもらえません?」


 オレに剣を突きつける騎士たちに両手を上げながらまくし立てる。


 もう、オレが先端恐怖症だったらどうしてくれんの? 今頃ちびって泣いちゃうよ? やべぇ、怖くて泣きそう。


「全員剣を下ろせ」


 見かねたブラント団長は指示を飛ばす。


「しかし!」


「もう一度だけ言う。剣を、下ろせ」


 ブラント団長の声に騎士たちが渋々と剣を下ろす。だが、その剣は鞘にしまわれることはなく、不測の事態に備えている。オレそんなに信用ないの?ちょっと凹む。


 Orzしているオレにブラント団長が、「そういえば」と続けた。そこには先ほどのような鋭い気配は見られない。再び、こちらを「勇者」のトイチユウトとして認めたのだろう。相も変わらず、オレはこの国の戦略兵器に変わりは無い、ということだ。


「これからも長期の遠征をする、と言っていたが、具体的にはどこに行くつもりだ?」


 ああ、やっぱりそこ気になっちゃいますか。


「いやあ、まあ、色々と世界を見てまわろうかと」


「旅行、というわけでもなさそうだが」


 彼が知りたい理由は決して安易な好奇心だけではないだろう。こちらを勇者として行使する以上、その動向の把握は必要なはずだ。


「言いたくない、じゃダメですかね? 言ってもどうせ、鼻で笑われるか呆気にとられるかの二択だと思うんで」


 そう、オレが世界をめぐる目的など人に言ってどうなるものでもない。頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。


「言ってみろ、笑いはしない」


「いやあ――――」


 ブラント団長からの許しを得たオレは頬をかきながら、軽い調子で続けた。



「――――ちょっと、世界を救いに」


 コンビニ言ってくる、みたいなノリで告げられたオレの言の葉に全員がポカーンとした表情を浮べる。


 ほらやっぱり! オレの予想通りだった! ここまで予想通りだと、あれ、もしかしてオレ予知能力に目覚めたんじゃね? という錯覚が生じるまである。いや無いな。

 火照る頬を誤魔化すべくいつも以上にくだらない思考をこねくり回していると、


「……すまない。聞き間違いかもしれないから、もう一度お願いしたいのだが」


 ブラント団長が頬を引きつらせて笑みを保とうとする。


 やだ、何度も言わせないでくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか!


「だから、世界を救いに行くんです」


 シーン、とこれまでにない種類の沈黙が場を満たす。






「っぷ……」


 誰かが小さく吹き出したのが皮切りだった。


 勇者たちを中心に、若い少年少女たちの笑い声が修練場をこだました。純粋な嘲笑そして失笑。その笑いに含まれるのは興といくばくかの嘲り。幾度と無く聞いたあの笑い声だ。今までの異様な空気を忘れるように、否定するように、追いやるように、その笑い声は不自然なほど大きく響く。

 十一優斗は、何も出来ず、友人の威を借り、少女を泣かせ、ひたすらに卑屈な少年でなくてはならない。そんな勇者たちの思いが表れていた。


 もしかしたら、安堵から漏れる笑いなのかもしれない。


「いや、その、だな……本気、なのか?」


 ブラント団長だけは戸惑いつつも、オレの話に耳を傾けようとする。


「さっきも言いましたけど、オレ、親に嘘ついちゃいけないってしつけられてるんで」


 そう言うと、オレはいつもの役立たずでロクデナシの十一優斗然とした笑みを浮べた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 また――――


 また、届かないのか。


 酷く温かい闇は、いとおしげにオレの心の臓を撫で、そのまま傷口をえぐろうとする。


 カラン、カランと。渇いた音が胸のうちから聞こえ、すぐに耳に染み込んで消えていく。


 いや、胸も、耳も、この世界には存在していない。


 ただ、渇いた音だけはここではないどこかから、ここではないどこかへと、確かに響いている。



 ――――もういちど。もういちどだけ。



 そんな願いは優しい闇に包まれて、《誰か》の絶望は欺瞞まみれの希望に飲み込まれた。


最初、後の展開考えずにこの話書いてたら、どう足掻いても優斗君が死ぬルートに入っちゃったのは別のお話

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