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32、証明

一万文字オーバー・・・三つに分けようかとも思ったけど、三つに分けるとなんか短すぎるし、うあああ・・・


「それでは、王女リア・アストレア様と勇者十一優斗の、決闘を始める。……もし、危なければ我々全員で止めにかかるからくれぐれも心に留めておいてくれ」


 ブラント団長が10才は年をとってしまったかのようなやつれた顔で告げる。

 うわぁ、ちょっとこの人可愛そう……


 多分、今もっとも胃がダイレクトアタックを受けているのはブラント団長だと思う。

 ブラント団長、一体どうなっちゃうの!? ――次回、ブラント団長の胃、死す。デュエル・スタンバイ!


 まあ、これからデュエルをするのはオレなんだけどな。


 目の前のリア王女は腰に一本の直剣を下げ、手にはもう一本練習用の剣を持っている。


「……ちなみに聞くけど、いかにも業物っぽそうなその腰の剣は?」


 恐る恐るたずねる。


「あら、アナタの使う魔法に、もしかしたらこの剣では不足かと思いまして」


 そう言いながら、練習用の剣を振ると、今度はいとしげに腰に下げた剣の柄を撫でた。


「さ、さいで……殺しあうのは、無しですよね?」


「……ええ、一応は」


 怖いですわ。何でこんな意味深ですの?


「双方構えて――――」


 オレも一応練習用の剣は持っているが、恐らく開始数秒で不要になるだろう。

 そんな確信めいた予測に苦笑しつつ、剣を構える。


 オレの様子を見た王女が一瞬だけ不可解に眉をひそめるも、すぐに表情を引き締めた。


「――――始め!!」


 ブラント団長の合図とともに、リア王女が一瞬で肉薄してくる。


「っ!?」


 オレは全力でバックステップして距離をとろうとするも、全く間に合っていない。

 一瞬のうちに距離を詰められ、下段からの一閃が入る。


「くっ――――」


 手持ちの剣で何とか受け流そうとするが、剣は一瞬でオレの手の中からすっぽ抜けていった。


 ですよねー!!


 王女は訓練用の剣をそのままオレに振り下ろそうとしてくる。

 だから、オレは次の策を講じた。




「参ったッ!!」


「っ……!?」


 王女の動きが止まる。

 と、同時に観衆のざわめきもぴたりと止んだ。


「いやはやお強いですね王女様は、この十一優斗、足元にも及びません」


 慇懃無礼なほどにへりくだるオレに、王女様は唖然とした表情で固まった。


 決闘は受けたがまじめにやるとは一言も言ってない!

 勝てそうにない試合なら初手降参が最善手だ。

 それが最もオレのリスクが小くなる作戦だ。


「オレなんかじゃ勝てそうにないんで、降参します。はい、ブラント団長、決闘終わりです」


 そう言って手早く決闘を〆ようとすると、再び剣のように鋭い殺気がオレを刺した。


「冗談じゃ、ありませんわ……」


 震える声で王女様が呟く。


 見れば彼女の細い肩も震えていた。

 怒りや驚愕やらがごちゃまぜになった感情の昂ぶりを隠そうともせずに睨みを飛ばしてくる。


「アナタ! 馬鹿にしないでくださいませ!! 決闘をなんだと思ってるんですの!?」


「いや、別にオレ決闘とか興味無いし……ってか、絶対王女様のほうが強いんだし、やる意味ないでしょう?」


 一応決闘を受けるという義理は果したはずだ。

 それ以上を求められる筋合いは無い。


 だが、そんな理屈も彼女には届くべくも無かった。


 ギリッと、歯軋りする音が耳に届く。

 刹那、ゾッと恐怖が背を撫でる。


 全力で飛びのくと、今までオレが立っていた場所に王女が剣を振り下ろしていた。

 床が穿たれ、その威力は明らかに人を殺しうるものだと分かる。


「なっ! 決闘は終わりましたよ!?」


 オレの声にも耳を貸さずに王女は叫んだ。


「まだ、終わっておりませんわ。……本気でおやりになって。次は当てますわよ」


 目が据わっている。


 あかん……降参しても逃げさせてくれないやつだこれ……

 決闘相手のたちの悪さにげんなりとしていると、王女はそのまま一気に距離をつめてきた。


「あっぶな!!」


 バランスを崩しながらも初撃を避ける。


 紙一重だ。

 先ほどまでの攻撃が明らかに手加減されていたものだと悟る。

 だが、王女は斬り上げた後、そのまま踏み込んできた。


 上段から、来る――――

 分かりやすい攻撃。こちらを狩る、猛獣の牙。


 鈍い輝きは、オレの本能的な恐怖を煽る。


 ……もう、使うしかねぇか!





「――――『疾風尖槍(ガストランス)』!!」


 風の槍を振り下ろされた剣へとぶち当てる。


 バキンッ!という破砕音とともに、王女の練習用の剣が真っ二つに砕け折れる。

 初撃によって、お互いが得物を失った。

 それを見た王女が一瞬だけ目を驚きに見開くも、すぐにその剣を捨て腰の剣に手を伸ばす。


 させるかよッ!


「吹き飛べッ!『風撃(ブロウショット)』!」


 剣を抜くとほぼ同時にオレの魔法が炸裂する。

 王女が風の暴威によってそのまま大きく後ろへと吹き飛ばされるが、受身を取り一瞬で体勢を立ち直す。吹き飛ばされたことが不満そうにこちらを睨みつけている。


 ……ダメージは、なさそうだな。


 そんな攻防を見て勇者たちがざわめく。


「おい、あいつが魔法使えるのって本当だったのか」「うっそ……噂だけだと思ってた」「しかも、あいつ詠唱してたか?」「あんな魔法見たこと無いぞ!」「誰か、詠唱見てないの!?」


 オレのオリジナル魔法と無詠唱に全員が戸惑いを表す。

 だが、そんなあいつらの声に耳を傾けている余裕は無さそうだ。


 王女の立ち方が変わる。

 別に、大きく変わったわけじゃない。

 ただ、その挙措が、呼吸が、視線が、より洗練された、本来あるべき姿へと戻った。

 そんな風に感じた。


 ここからが本気ってことかしらね。


 王女が、小さく口元をゆがめた、ような気がした。


「……行きますわよ」


 そんな声が聞こえたのと、彼女が地を蹴ったのがほぼ同時。


 オレは、彼女の足元を掬うべく、土魔法を発現させる。

 まず間違いなく接近戦に持ち込まれたらゲームセットだ。だったら近づかせない。


「蠢け! 『オペレーションアース』!!」


 石造りの地面が、まるで生き物のように蠢き足場を不安定なものへと豹変させる。


「っ―――」


 液体のようにぐにゃぐにゃと形を変える足場に、さすがの王女も足をとられる。


 だがその魔法の効果はそれだけではない。


「飲み込んじまえ!」


 波打っていただけの地面が隆起し、蛇のようにうねって王女を押しつぶそうとせまる。

 右から迫っては避け、左から迫ってはいなす。王女は不安定な足場の中、軽やかな足取りで何匹もの大地の蛇をかわしていく。

 オレはそんな王女の並外れた回避能力をつぶすべく、地面の起伏を操作して徐々に追い詰めていく。


 そんな駆け引きが十数秒ほど続く。

 だが、埒が明かないと煮えきった王女が、大きな跳躍でこちらへの距離をつめてくる。

 その人外じみた跳躍の高さにオレは思わずほくそ笑む。笑みが漏れた理由は単純。戦いによって出たアドレナリン、そして自らの優位性の認識だ。



 あーあ……そんなに高く跳んじまって――――――着地狩りには気をつけろよ!



「『フォールイーター』ッ!!」


 彼女の着地点に泥沼を形成し、足を絡めとる。


 空中で身動きのとれない王女はオレの作った沼にものの見事にはまってしまう。なんとか逃げ出そうともがくが、健闘むなしくすでに膝のあたりまで埋まってしまっている。

 足掻けば足掻くほどずぶずぶと嵌っていく即席の沼に、王女は毅然とした表情を崩さずに抵抗している。


「はっ! あんだけ高く跳んでたら着地点の予測も簡単だったぜ!」


 作戦が思い通りに言ったことに思わず歓喜の声が漏れる。


 王女は未だ戦意を失わず、沼から抜け出そうともがいているがその試みは無為に帰している。

 これでチェックだ。


「さてはて、アストレア第四王女様。今、オレはあなたの動きを完全に封じました。この意味が分かりますか?」


 王女がただでさえ鋭い目をさらに細め、こちらを強い眼光で射殺さんとする。

 魔法使い相手に機動力を失い、相手の自由な間合いを維持させることは、首元に剣を突きつけられているに等しい。

 彼女であろうと、そのことは理解しているだろう。


 チェックメイトを宣言すればオレの勝利で決闘は終わる。

 これであれば彼女も納得するはずだ。


「ふん……まだ分かりませんわよ?」


 オレの目をまっすぐと見て言う。


「おいおい、負け惜しみはよしてくださいよ……もうあなたの勝ちはありません。これでゲームセット、それでいいじゃないですか……」


 そんな完全に、負けフラグなセリフを吐きながらも頭はフル回転している。



 ――――まだ、何か策があるのか? あの状況で?



 分からない。少なくともオレは思いつかないが、嫌な予感がする。





 そんなオレの疑問は、オレ自身が上げた驚きの声と、観客の悲鳴によって答えられた。


「なっ――――あんた、何やってんだよ!?」


 オレが敬語すら忘れ、王女に問いかける。

 それだけ目の前の光景が異常だった。


「見て分かりませんの……っ」


 王女が苦悶の表情を浮べながらも一矢報いたと笑みを浮べる。






「…………自分の足を、切っているだけですわ……ッ!」


 そう叫びながら、王女が再び自らの太ももに剣をつき立て、そのまま切り裂こうとする。


 おいおいおいおいおいおい! 何やってんだこいつ! なんで、こんな自傷行為に及んでる? 待て、これはオレの予想を超えている。何故だ、理解できない!いや、そんなことよりまずはこいつを止めないと!


「何やってんだよ!? やめろよ!?」


 彼女を止めたのは心配からか、はたまた自らの保身のためか。


「っつ……このま、ま! アナタと戦わずして敗北を喫するぐらいであれば! 足の一本や二本! くれてやりましょうッ!」


「リア王女様!」


「近づかないでください!」


 あわてて駆け寄ろうとしたブラント団長が、リアの視線に射止められる。


 待て、何でそうなる。


 何故こいつがこんなにこの決闘にムキになる必要がある。


 自らの両足を犠牲にしてまでの価値が、この戦いにあるって言うのか?


 オレはこの決闘に価値を見出せなかった。だから汚い手だとしても、迅速かつ無傷で終えるための方法をとったのに。


 一、まず初めにこちらが降参する。


 二、相手の動きを完全に封じて相手に降参させる。


 この二つの拙い作戦が今もろくも崩れ去ったことを意味していた。


「待て! 分かった! オレの負けでいい! 降参だ! だからそんな馬鹿げたことはやめろ!」


 三、相手の動きを封じた上で自分が降参する。


「なっ!?」


 だが、そのオレの選択は王女の逆鱗に触れたらしい。

 顕現する表情は驚愕――――そして、言い表せないほどの憤怒。


「馬鹿げているのはどっちですの!? そんなこと許しませんわよ!?」


「はぁ!? 負けでいいからやめろって言ってんだろ!? 命は大事にしろよ!!」


「――――ふざけないでくださいッ! アナタみたいな人に、命の重みを語られたくありませんわ!!」


 叫びとともに、自らの足へと一際強く剣を振り下ろす。

 今まさに自分の足を切ろうとしている人物が命の重みを語る矛盾への疑念を無理矢理脇にやる。


「くっそ! 『蒼斬(アオギリ)・扇』!!」


 水魔法『蒼斬』の派生技を発現させる。


 イメージは扇のように広がる水のレーザー。

 オレの手元から広がっていく水は、まるでぬばたまの髪の如くしなやかにその軌跡を辿るが、質は『蒼斬』のそれと同等。すなわち、触れたものは電動やすりのように擦り切れていく。

 そんな凶器とも呼ぶべき水の扇を、彼女の足を守る壁として剣と彼女の間に滑らせる


 水に刃が当たっただけだというのに、大量の火花を散らしながら剣が弾かれる。


「邪魔を……しないでくださいな!」


 剣が弾かれた際に無防備に浮いた右手を引き戻しながら、悲痛な叫びを上げる。


「『グランド・オペレーション』ッ!」


 だが、そんな彼女の願いなどもちろん聞き届けるまでもなく、オレは土の蛇を繰ってオレと彼女の周りを覆い隠すように土の壁を形作っていく。

 ものの数秒のうちに土のドームができ、オレと王女だけが完全に場から切り離された。

 外からは中が完全に見えない。


「何を……!」


 王女が警戒に身構えるが、対するオレは何をするでもなくただ王女のほうに恨みがましい視線を向ける。


「ほんと、何がしたいんだよ、この王女さんは……!」


 恨みつらみを吐き出しそうになるのをこらえ、オレはこの状況をどうすべきか勘案する。

 だが、その間も彼女の太ももからは赤い血が滝の如く流れ出ている。


 まずオレがやるべきことは……

 現状を認識、何をなすべきかだけを考えて行動を映す。


 未だ怪訝そうな表情を崩さない彼女に、両の手をひらひらさせながら無防備に近寄っていく。それは敵対の意思が無いことの表れだ。


「馬鹿にしてますの!?」


 どうやら、この王女様は馬鹿にされていると解釈しているようだが。

 そうして、そのまま彼女の間合いに入る。

 得物も持たない彼女に、まともな攻撃手段は残されていない。


 無論、首などを絞められたらオレなら即死だが。

 彼女はそんなオレの想定外な行為を、顔をゆがめながらも黙って見届ける。


「……何を企んでますの」


「ちょこっとお前を辱しめてやろうかと」


「はぁ……!?」


 オレの発言に王女が身を抱いて後ずさろうとする。

 もちろん足は埋まっており、下がる手段などありはしない。

 そう、これから王女を辱めるからこそ、周りから見えないよう土の壁で覆ったのだ。


「まあ、悪いようにはしないさ……」


 手をわきわきさせながら近づいていく。


「殴り殺しますわよ!」


「痛いのはいやなんだが……」


 そうぼやいて、オレは彼女に両の手を伸ばす。

 彼女は何を想像しているのか、顔を蒼白にし何とか逃れようともがいている。

 意外と女の子らしいところもあるじゃないか。


 そうして、オレはもがく彼女の目の前まで来る。


「ちょ、ちょっと…………」


 慌てる王女にオレは口元をゆがめて手を伸ばした。


「っ……!」


 とっさに目を瞑る王女に、オレは手を伸ばしたまま言い放つ。


「――――ほら、手、出せ」


「…………へ?」


 王女が素っ頓狂な声を上げる。


 いいぞ、その顔が見たかった。


「だから、沼から引っ張り出してやるから手を伸ばせ、って言ってんの」


 王女は目を丸くしたまま数秒間フリーズし、再起動するかのように動き出して言った。


「な、何を言ってるんですの!? アナタ本当に何を企んでますの!?」


「いや、だから、沼から出してあげるって言ってんだろ? 人の好意は素直に受け取れよ」


 煮え切らない彼女の態度に痺れを切らし、彼女の脇を抱え上げる形で持ち上げようとする。


「ちょ、ちょっと! どこを触ってますの!?」


「脇、及びその付近に隣接する皮膚」


「そんな具体的な説明は求めてませんわよ! んっ!」


 彼女の艶声に耳を塞ぎながら黙々と彼女を引き上げる。


 いやあ、この彼女の驚く顔と焦る様子を見るためだけに、わざわざあんな意味深な言い方をしたが、思った以上に好反応で満足満足。勝手に決闘なんぞを申し込まれたんだ。こんぐらいのささやかな復讐は許せ。



 そんなやりとりをやっている間、ドームの外では声だけを聞いている勇者たちが、「おい、あいつ何やってんだ!?」「もしかして地上波では映せないあんなことやこんなことを!」「マジかよ!変態だな!」「うわー……サイテー」などと、ストップ低だったはずのオレの株がさらにマイナスへと吹っ切れていたのだが、それを知る由はオレには無かった。


「ほら、『ヒール』」


 彼女を引っ張り上げたオレは、痛ましく出血している太ももを治療していく。

 あーあー……こんなに深く……本気で自分の足を切るつもりだったのか……

 それを見た彼女がさらに不可解に眉をひそめる。


「何をしていますの!? どうしてわたくしの……」


「いや、流石にこんな自傷行為に及ばれるとは思わなかったんだって……第一、お前に足を切られると困る。仮にも王女だ。そんな相手を決闘で傷つけたとなったら、この決闘を乗り切れてもオレは殺される」


 彼女はなんだかんだと文句を言いながらも、太ももの激痛ゆえ、まともに反抗することはできていないようだ。そりゃ痛いわ。だって、若干目元に涙浮かんでいる。

 そもそも、もしこの決闘が無事終了しても、王女が足を無くしたなどとなれば、オレに責任をとらせようとする輩が大量に沸くはずだ。そんな面倒は避けたい。

 だが、そちらの面倒を避けようとももう一つの面倒は目の前に依然として屹立しているわけで。どうにも、オレは正攻法でこの決闘を終わらせなければならないらしい。


ああ、クソめんどくさい…


「はい、治療終了」


 十数秒ほどで治療が完了する。


 なんか、最近治癒魔法の効きも良くなってきたな……

 そんな風に自分の魔法の上達をかみ締めていると、リア王女は即座にオレから距離をとり、落ちていた直剣を拾った。


「礼は、言いませんわよ……それに、こんなのっ……」


「別に構わない。オレがやりたくてやっただけだ。それに、決闘相手に救われるなんて、他の奴らに見られたら恥以外のなにものでもないだろ? だから、ちょこーっと恥ずかしいことをする、って言ったんだよ」


 そう言いながら口の端をゆがめると、ようやく得心した彼女がピキッと頬を引きつらせた。

 あ、やべ……


「早くこの土壁を無くしなさい」


 そう言いながら落ちていた剣を拾い上げる。


「え、あ?」


「今この間合いで決闘を続ければ、一瞬でアナタを切り伏せられますわ」


 何それ怖い。


「だから、この土壁を無くして、距離をとったところから再開ですわ」


 ……つまりは、あれか。


 この密室かつ狭い場所だと自分が有利だからフェアな状況になるまで待ってやるってことか?


「随分と優しいんだな」


「こんな状況で勝っても、何の証明にもなりませんから」


 彼女がこの決闘を通じて何を示したがっているのかは分からないが、とにもかくにも今すぐ首を切り落とされることは無さそうだ。


「……ここで決闘中止とかは……」


 ダメ元で聞いてみる。

 王女はためらいも見せず、こちらを真っ直ぐと見据えた。


「―――ええ、当然」


 それに続く言葉は、NOだろう。

 そのまま彼女は手に持った直剣でドームを斬りつける。


 洗練された一振り。

 酷く軽いモーションだが、その結果は絶大だ。

 聞いたことがないような轟音とともに、ものの一太刀で大地の壁が果物のように斬り崩された。上がる砂ぼこりと崩れてくる石ころを魔法で避けながら唖然とする。


 おいおい……あれ切れんのかよ……一応石なんだけど。


 予想以上の剣の威力に口元が引きつる。

 あれ、喰らいたくないなぁ……やっぱ降参しようかなぁ……


 オレ自身も、地面を操作しドームを大地へと戻していく。


「おい! 戻ってきたぞ!」


 勇者の一人が叫ぶ。

 より一層強いどよめきがあたりを満たし、好奇心と疑念、および侮蔑の混じった視線が向けられる。オレはそんな視線を気にしないよう努めながら、改めて王女に向き合う。


「――――さあ、仕切りなおしと行きますか」


 宣言すると同時に、オレはいくつもの水の弾を放つ。

 決闘は、まだ始まったばかりだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ハァッ!」


 鋭い声とともに、残像が残るほどの一閃がオレの胸を貫こうと迫る。


 オレはそんな剣閃を『水盾(セレンズシールド)』で剣の軌道を逸らしつつ、全力で後ずさる。だが、オレの後退を許さないようにして王女は距離を一定に保ち続ける。

 こいつ、戦い慣れてんな!ホントいやらしい!


「ちっ! 『疾風双尖槍(ガストツヴァイン)』!!」


 一対の風のやりが女王に向かって走るも、身をよじるようにして二本とも回避する。


 ホント何だよこの機動力!? 攻撃当たんねえよ!


 内心で毒づきながらも、相手の完全な肉迫を許さないよう魔法を叩き込み続ける。

 先ほどの自傷行為の一件から、さらに相手の動きがよくなっている。訳が分からない。


「『火炎狼(フレイムウルフ)』!」


 魔法名とともに、炎の体を持つ四体の狼が顕現する。


「喰らいつけ!」


 狼たちが、左右にかく乱しながらタイミングをずらして襲い掛かる。

 王女は一体目の首を剣で切り落とし、ついで二体目も姿勢を下げて回避する。


 だが、その状態では残りの二体はよけるべくもない。

 炎の狼が、彼女の喉を喰らい焦がそうと飛び掛る。


 とった!


 オレは内心で確信し、彼女に狼が当たる前に、手に生成した水魔法で炎を消そうとする。

 だが、そんな心配は無用だったらしいと思い知らされる。


「――――ッ!」


 王女の手元が歪んだかと思うと、不可視の剣撃が二体の狼の体を貫いた。

 ……違う、目に見えないほど、速かっただけだ。


「……は……?」


 素っ頓狂な声が口から漏れる。

 理解のできない光景に言葉を失う。


 まさか、あの体勢から素早く二回斬り付けた?


 違う、まさか、そんなことが可能なわけが無い。常識的に考えて――――


 そこまで考えてオレは自分の浅はかさに舌打ちを漏らしそうになる。


 ――――この魔法にモンスターにと何でもありな世界で、オレの持つ常識にいかほどの価値がある。


 自らの過ちに気付いたと同時に、王女は低い姿勢のままこちらに弾丸のごとく飛んできた。


「ちっ! 『風蕾(ヴィントリー)』」


 自分の目の前に、何十個にも及ぶ『風蕾』を顕現させる。

 そんな風機雷の花畑に王女は気付くべくもなく突っ込んできた。


「せッ!」


 王女がオレを切り裂こうと踏み込んだその瞬間、彼女の体が『風蕾』に触れる。


 大きな破裂音とともに、次々と蕾が花開き、その衝撃が新たな爆発を誘爆していく。

 オレは一個目の爆発と同時に、後方に大きく吹き飛んだため、その連鎖に巻き込まれてはいない。だが、王女はその連鎖した衝撃をもろに喰らってしまう。

 いくら単体では威力が低いとはいえ、あれだけの量をぶち当てれば十分戦闘不能に追い込めるはずだ。

 多少可愛そうだが、相手がこちらを殺してこようとしている以上仕方あるまい。後遺症も残らないだろうから問題はないはずだ。


 鼓膜を破るほどの連続したラップ音が止み、煙る硝煙の中、オレは勝利を確信した。



 勝った……ほとんど、無傷の勝利だ。

 相手も打撲程度の怪我で済んだはずだ。よし、最高の結果に落ち着け……



 ――――この世界は、そんなに簡単にはできていない。


 いつものように、オレの楽観的観測は簡単に打ち崩される。

 煙の中に、仄黒い影が揺らぐのに気付いて『水盾』を出した瞬間、オレはその盾ごと大きく後方に吹き飛ばされた。


「がはっ!?」


 肺の中の空気を全て吐き出し、あまつさえ、胃の中身もぶちまけそうになる。

 骨がきしみ、脳が揺らぐ。


 たった一回の攻撃で思考がまとまらない。

 もし盾を出すのが遅れていたらと思うと、得たいの知れない恐怖が背筋を這い回った。


「……っあ、あっ……うっ……っはっ、はあ! はあ、はあ!」


 ようやく呼吸が可能になり、二重にぶれる視界の中で意識がはっきりとしてくる。


 そうして初めて、オレは王女に吹き飛ばされたのだと悟る。


「……い、てぇ……」


 恐らく骨の一本や二本はいっているだろう。腕が動かない。痛みで脳髄が焼かれるようだ。


 自らに治癒魔法をかけながら、次の一手を考える。

 凛がオレの名を叫ぶ声が耳に入り、情けなくもそれに励まされながら、状況を把握する。


 あいつにダメージは入っていないのか? まさか、どんだけタフなんだよ。


 沸いた疑念を否定しようとするも、この世界の人間の埒外さを目の当たりにしているオレにしてみれば、その可能性を拭いきることはできない。

 土煙が消えていき、シルエットだけだった王女の姿が現れる。


 だが、オレの予想はまたも外れた。


「おいおい……あいつも満身創痍じゃねーか……」


 見ると、既に着ていた服はボロボロになり、口からは血を流している。

 出血量を見るに、恐らく、内臓をやられたのだろう。

 剣を持っていない方の腕はだらんと垂らされており、骨や筋肉が悲鳴を上げているのが窺える。

 どちらにせよ、早めに治療しなければ命にも関わる。


 くっそ……この状況でブラント団長は何やってんだ……


 そう思ってブラント団長のほうへ首を向けようとするオレの背を、再び恐怖が撫でた。


 ダメだ。今あいつから目を逸らしてはいけない。


 恐らく、今逸らせば――――






 殺される。


 そんな、馬鹿げた直感を信じざるをえないほど、目の前の女は真っ直ぐとオレを見ていた。


 チリ、っと王女が直剣を引きずる音が合図だった。

 先ほどまでとほとんど変わらない速度で、一気に間合いを詰めてくる。

 次の一太刀で決めるつもりだろう。


 どうやって防げばいい?

 『水盾』か? いや、恐らく盾の無いところから狙われる。オレの機動力が著しく低下しているこの状況で攻撃を避けきれるとは思えない。

 ピンポイントで『疾風尖槍』をぶち当てるのも回避される可能性が高い。

 じゃあ、『水壁』なら? いや……ダメだ、この短時間で構築しても密度が低い。多分、壁ごと切られる。

 今のアイツに対して、防御は下策だ。


 ならば、回避するのか? オレが? アイツのあの一断ちを?

 無理だ! 左右にちょっとやそっと避けたくらいじゃ、簡単に狩られてしまう。

 防御と回避。その二つを組み合わせて、かつ数々のけん制を重ねて、ようやく避けきってきたのだ。

 まともに壁も張る時間がなく、まともに駆け回れない現状で避けきれるわけがない。


 そこまで考えてオレは気付いた。


 ――――いや、違う。違うじゃないか。


 そうだ、何も逃げ場は、左右だけじゃない。


 自らが伏せていた切り札を忘れていたことに、自責の念が強まるがそれは一旦保留する。


「はぁあああああ!!」


 王女が叫びながら剣を構え、その一太刀を決する。

 全てを込めて放ったであろう渾身の一撃。


 振られる剣がスローモーションに見えるほど、思考が過熱する。

 加速し、加速し、加速し、やがて世界は減速していく。


 失敗は、許されない。


 いつだってそうだった。


 今もだ。


 一度きりの博打。


 ベットはオレの命。





「――――風魔法『空踏(ストライド)』ォ!!」



 そうして、逃げ場を失ったオレは――――


――――空へと逃げた。

接近戦だとまず間違いなく即死する主人公。たぶん、接近されたら最後は道連れにするぐらいしかやることないです。

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