31、英雄と王女様
「十一君、君が高位の魔法を使えるというのは本当かい?」
「まさか、君は何を言っているんだ! HAHAHAHA!」
オレの魔法はものの見事に露見し、龍ヶ城含め他の勇者一同や騎士たちが一同に介し、十一優斗審問会が開催された。
え、何でこんなことになってんの?
ダンジョンでの騒動から四日ほどが経過し、皆も回復し始めたところでの話だ。
元の始まりは茅場女史がふとした拍子にぽろっとオレの秘密を漏らしたことだった。最初はみんな「まっさかー」みたいなノリだったのだが、徐々に「そういやあいつの行動色々おかしくね」となって、色々と茅場女史を問い詰めた結果ゲロったらしい。
それから数日間、オレは様々な方法で追求を回避してきたのだが、今日ついに全力の龍ヶ城たち筆頭勇者に捕まってしまった。『隠密』で逃げ切れないのはずるい!
「……だったら、君のステータスを見せてくれないか?」
「い、いや……オレなんかのステータス見ても面白くないだろ? それより、こんなことで時間を浪費している暇があったら、訓練でもしたほうが建設的じゃないか?」
あー……これはダメなやつですねー。
どうやって言い逃れるか頭をめぐらしていると、ふと龍ヶ城の後ろの面々が目に入る。
龍ヶ城の後ろでは茅場が片目を閉じ、手を合わせている。
口元の動きを追うと……
ゴ・メ・ン・ネ――――
あんのゆるふわ野郎……いや、女だから野郎じゃないんだろうけど……
腹立たしさに顔を歪めていると、龍ヶ城が続けた。
「でも、もし君が本当に魔法を使えるとしたら、それは素晴らしいことだ! 君は今まで自らの無力を嘆いていたじゃないか!」
確かによく、「ま、オレは役立たずだから」とか「オレは何もできねえからな」とか言っててような気がするが……別に憂う故の発言などではなく、ただ単に詮索を避けるのと、面倒事を減らそうというある種の打算に基づくものだったのだが……
この勇者龍ヶ城には、オレが自らの力足らならを嘆いているように見えたらしい。
「いや、別に嘆いちゃいないんだが……」
「そんなはずはない。君は、彼、香川君の死にも胸を酷く痛めていた。彼の遺志を背負い、その使命を全うでき――――」
「軽々しくあいつの名前を出すなよ」
オレの出した底冷えするような声に、あの龍ヶ城が一瞬言葉に詰まる。
思わずして出てしまった自分の声に驚きながらオレは誤魔化すように言葉を続けた。
「……今はそのことは関係無いだろ。本筋からずれてる」
「あ、ああ……そうだね。最初の質問だけど、愛梨の話によると、君はすごい魔法使いだと、そういうことらしいけれど」
「……別に、大したもんじゃない。お前らの足元にも及ばないさ。人並み以下だ」
方針転換。
魔法は使えるが、それも人並み以下だからこんな大事にすることじゃないですよ作戦だ。
「あれのどこが人並み以下よ……」
筆頭勇者の魔法部隊の一人がぼやく。
余計なことを……!
キッとそちらを睨むと、そいつは慌てて口元を隠し目を逸らしてしまった。
そんな一連の流れを経て、オレの言い逃れはほぼ不可能になる。
「……僕には理解できない」
「あ?」
龍ヶ城が悩ましげに嘆息する。
「どうして君はそうして力を隠す必要があるんだ? 何故、人を救いうる力を持ちながら、それを皆のために使おうとしない?」
全く理解ができないものを見るような目を向けてくる龍ヶ城。
その目には幾ばくかの憐憫さえも垣間見える。
「……仮に、オレに力があるとしても、だ。その使い方はオレが決める。……少なくとも、どっかのお偉いさんのために力を振るおうとは思わんね」
「君は一体何を言って……」
龍ヶ城たち含め、勇者や騎士たちは何を言っているのか分からないといった表情だが、ブラント団長だけは唯一苦虫を噛み潰したような表情を浮べていた。
いやよく見ると勇者たちにも数人、何か思い当たる節を見つけている輩がいる。
オレたちはこの国の兵器だ。それを自覚していない人間に、未来は訪れない。
そんな迷う彼らを見ながら、オレはすっかり龍ヶ城から意識を外してしまっていた。
だからこそ、本来であれば聞き届けることすら許さないだろう彼の発言を、最後まで許してしまった。
「――――十一優斗……僕は、君に決闘を申し込む」
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「君に、決闘を申し込む」
一瞬、あまりに予想の外からかけられた言葉にオレは唖然とする。
脳がその文言の意味を理解するまでに、いつもの何倍もの時間を要してしまう。
徐々に周囲の面々も龍ヶ城の発言の意味を理解したのだろう、驚きと好奇心の混じったざわめきが輪を広げていく。
「オレの聞き間違いかもしれない、……もう一度、言ってくれ」
念のため目の前で真剣な表情でたたずむ美丈夫にリプレイを求める。
「僕、龍ヶ城輝政は、十一優斗に決闘を申し込むと言ったんだ」
「……は。何言ってんだ、お前」
そう、これがオレの本心であり、恐らくこれ以上にオレの気持ちを代弁する言葉は無い。
周囲のやつらも、今このときばかりはオレと同じ気持ちを共有しているに違いない。
「もし、僕が決闘で勝ったなら、君には真実を話してもらい、その力を人々のために役立てて欲しい」
「ちょっと待てって! 何でそうなる! 何故オレがお前と決闘なんぞをしなきゃいけないんだ!」
当然の疑問と決闘の却下を提示するも、龍ヶ城は熱をもって続けた。
「君にも考えがあるのはよく分かった。でも、それはきっと間違っている。力あるものが力なきものを救い、その力を正義と公正のために振るうのは当然の責務だ。それを怠ってはいけない」
「いや、待て! お前がそういう英雄的な思考を持っているのは分かった。だが、それと決闘がつながらない!」
「簡単だ。決闘を通して、剣と拳で語り合えば、きっと君も自らの道を正してくれる」
Oh……Really?
え、マジで言ってんの?本気?
ありえない。なんなんだこの絶対的自信は。
他人を信じすぎだ。そして、他人を信じる自分を信じすぎている。
歪んだ正直さ。歪んだ誠実さ。歪んだ愚直さ。歪んだ性善説。
だから苦手なんだよ。
「却下だ。オレは受けない。第一オレにメリットがない」
いくらこいつが提案しようとも、オレが受けなければ決闘だろうがなんだろうが成立しない。
「君がもし僕に勝利したのであれば、君の能力についてこちらから一切干渉はしないと約束しよう。……納得はできないけれど、こちらから条件を提示するからには、そちらの条件も呑まないといけないからね」
と、龍ヶ城が勝手に話を進める。
別に、オレは一言もそんな条件は言ってないんだが。
どうやって断ろうかと考えあぐねる。
「……私が認めよう」
「ちょ、ブラント団長!?」
オレがイヤイヤしながら頭を振り続けていると、ブラント団長が唐突に口を開いた。
「……もし君の実力が噂どおりなのであれば、我々としても君の力を是非とも借りたい」
「いや、だからって……」
一体、どんな噂が流れているのかは知らないが、決闘なんぞやってたまるか!
「納得できないかもしれない。だが、この決闘を通じて少しでも君の考えが変わるかもしれないのであれば、私はそれに賭けたい」
なんで決闘に負けたらオレが心変わりするみたいな展開になってんの?
確かに龍ヶ城の条件はオレが勇者として人々の救済に貢献する、みたいなことだったけどさ。
……いや、ブラント団長はあえてそういう流れに持っていったのか。
オレの力が本当であれば、是非とも国のために活用したいだろう。
国直属の軍隊組織のトップに立つ人間として、利用し得るものは利用しきって国益の向上に努める。それは、騎士団長としてあるべき姿に相違ないはずだ。
オレがそれを好意的に受け取るかは別としてではあるのだが。
無論、人々を救うのに反対というわけじゃない。
だが、お国の元で駒として救済活動に勤しむのがイヤだって言ってんだ。まず大前提として、魔族を絶対悪と決め付けるこいつらの教育からしてタチが悪い。
オレたちに明らかにバイアスを植え付けようとしている意図が透けて見えている。
しかも、こいつらのせいで春樹は死んだ。
……ホント、嫌になるね。オレらは兵器じゃねえ。
龍ヶ城からの申し出、そしてブラント団長の後押し。
この二つを以ってして、一体誰が断ることができるというのか。
恐らく、これを断れば精神的にではなく物理的にオレの居場所がなくなってしまうだろう。
欲を言えば、この衣食住が揃った居心地のよい拠点を維持しておきたかったのだが、仕方あるまい。
「――――じゃあ、オレはここ出て行きます」
「……は?」
龍ヶ城がきょとんとした顔でこちらを見る。
はっ、勇者様の鼻明かしてやったぜ、ざまあみろ。
「オレとお前らじゃ方針が合わないようなんでね、それなら勇者やめさせてもらうよ」
オレは大して声を荒げるでもなく淡々と告げる。
「何を言っているんだ? そんなことが許されるわけ……」
「許す許さないなら、そもそも考えてもみろよ」
オレは腕を大きく広げて大げさに語る。
「まず、何故オレらみたいな年端もいかない少年少女がいきなり異世界に飛ばされて、命がけの戦いに駆り出されなければいけない?」
唐突に投げかけられた当然の疑問に、龍ヶ城が返答に詰まる。
「でも、それは! ……僕たちの……」
「加えて、何故オレたちに選択の余地が無いんだ? オレたちは全員、この戦場に自ら志願して来たのか? 違うだろ? 無自覚なうちに無理矢理つれてこられたんだろ?」
一同がうつむいて、目を背ける。
まあ、図星だろうな。
「だが、僕らが呼ばれたのには重大な意味が……」
「ああ、そうだな! お前が呼ばれたのには重大な意味があるのかもな! ……でもな、オレはこっちの世界に無理矢理呼ばれてさ、何も分からないままに大切なものを、奪われたんだよ。しかも、こっちに来てなきゃ、絶対に失うことの無かったものをな」
そう、モンスターなど、ダンジョンなど、魔法など――――異世界など無ければ、あんな悲劇に胸を苦しめることも無かった。
最初、オレは異世界ライフなど楽しいことばかりだ、魔法は最高だ、モンスターがいるなんてワクワクする、なんて馬鹿げた幻想を抱いていた。
けれども、異世界であろうと、いや、異世界だからこそ今まで軽んじていた「生」の価値が浮き彫りになり、オレを襲った。
この世界は確かに、面白い。
世界観も、魔法も、モンスターも、ダンジョンも、とてもオレの興味をそそる。
だが、それと同じぐらい、この世界は過酷で、非情で、容赦が無い。
オレはそんな世界で大事なものを取りこぼした。掬えなかった。
オレの言葉に、誰も言い返せる者はいない。
静寂だけがあたりを支配する。
あの龍ヶ城でさえ、口を開いては閉じてを繰り返すだけだ。
オレだけは自分の言葉が、自らの責任を棚にあげていることに気付いていた。
「まあ、とりあえず、オレの言いたいことはそれだけだ。何もないならオレは――――」
そう言いかけて振り向こうとしたその瞬間。
背中を怖気が走った。
幾度と無くオレの首に手をかけてきた仄暗き気配が――――死が、また、迫っている。
どうしてこの状況で……!
訳も分からずにあたりを見回すと、先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、一人の女性が立っていた。
―――――金と赤。
一見して得た感想はそんな「色」だった。
よく見れば、長い金髪をたなびかせる美女だ。そして、整った顔つきや、鋭い目つき、一目を引く美貌とスタイル。すれ違う老若男女に感嘆の息を漏らさせるだろう美貌。赤いドレスは白い肌と金色の長髪を引き立たせる。
見紛うはずも無いだろう。
そんな彼女の姿にオレは胸が高鳴る。
この高鳴りは恋心でも、美しいものに引かれる情緒でもない。
ただただ、生物の本能的な恐怖だ。むき出しの敵意――――否、鋭い殺意を向けられることへの恐怖。それだけがオレの鼓動を速く速く刻ませる。
「…………おいおい、おっかねぇな……」
オレは両の手を挙げて降参の意を示しながら、冷や汗を垂らす。
そいつは明らかにこちらを見て言った。
「アナタが、件の魔法使いですわね。――――アナタに、決闘を申し込みますわ」
やれやれ、今日はやけに決闘を申し込まれる……
そんな風に不運を嘆くオレの目の前では、リアヴェルト王国第四王女、リア・アストレアが、その美しい金髪をたなびかせて立っていた。
オレはまるで喉もとに剣を突きつけられたかのような錯覚を感じながらも、その相手に話しかける。
「……まあ、待ってくださいよ王女様。一体全体何だって言うんですか」
ついさっきまで龍ヶ城との決闘を回避すべくあれこれと考えていたというのに、そんなオレの思考を全て無駄へと帰す予想の遥か外をゆく展開。
リア王女といえば、あの龍ヶ城と決闘を行い勝利した傑物。
ほんの一分にも満たない戦いからも、彼女の目を見張るべき剣の才に誰しもが魅了された。
そんな、オレからすると決して関わりたくないような人物が、今、オレに決闘を申し込んでいる。
誰がこんな展開を予想できようか。
「アナタは噂によると高位な魔法使いだそうですわね。その力、わたくしに見せてくださいませ」
だが、お前の意見など聞いていないといわんばかりに王女は話を続けた。
「ちょっと待ってくれ、第一オレには決闘をする理由なんてないし――――」
そう言いかけると、リア王女が一瞬で距離を詰め、オレの首筋に剣の腹を当てる。
「……これでも、戦う理由はないと? ……別に、決闘で無くても構いませんわ。――――実戦でも」
大して気負うでもなく、息を吐くように命をかけるリア王女。
そんな彼女の姿にゾッとしないものを感じながら、オレは思考をフル回転させてこの状況の回避を探る。
オレに決闘を挑むメリットは何だ? その真意は……
思考ばかりが空回りし、明確な結論を出せないまま、袋小路に迷い込む。
「まあ、待ってくださいって……王女が簡単に命なんて賭けたらダメじゃないですか……危険ですし、もう一度考え直して……ほら、ブラント団長からも何とか」
完全に固まっている団長に話を振る。
彼はハッと我に帰り、王女を諌めようと近づく。
だが、それも叶わない。
「――――それ以上近づけば、彼の首をはねますわ」
オレの首に当たる剣の圧力が大きくなる。
金属の冷たさが首に伝わり、この状況の重みをオレに示している。
ブラント団長がその光景に「ぐっ」と喉を詰まらせ、歩みを止めてしまう。
ほお、オレの命にも一応人質としての価値ぐらいはあったのか。そりゃ、吉報だな。
そんなくだらないことを考えながらも、今までに無いほど、心臓がバクンバクンと五月蝿く自己主張をしている。
恐らく、この女はマジでやる。
そんな、確信めいた直感がオレの脳を占めていた。
それは無根拠の推測であり、同時に必然性を持った未来でもある。
「さあ、アナタ。受けますの? それとも受けませんの?」
リア王女は既にブラント団長から興味を失い、オレを真っ直ぐと見据える。
こちらを睨む姿は、獲物を前にした狼のようだった。
「はぁ……モテモテすぎて涙が出――――」
――――気付けば、オレは彼女に頬を切られていた。
浅い傷口から、温かい血が垂れてくる。
小さな悲鳴が周りを囲む勇者たちから上がり、やがて緊張が走る。
オレは顎に滴る熱い体液を裾で拭い、現状で選択肢が失われたことを認識する。
小さく悲鳴を上げる女子たちの声を無視しつつ、オレは王女に目を向けた。
「……受けるか、死ぬか。選びなさって。――――次で、最期ですわよ」
こけおどしでもなんでもない。彼女は今淡々と事実を語っている。
選択肢変わってんじゃねーか。
「――――分かりましたよ。……はぁ」
大げさにため息を漏らす。
「――――やりましょうか、決闘」
この数分の間に、オレは何故だか王女との決闘をする羽目になっていた。
まだまだ優斗君のオレTUEEEEは続く・・・といいなあ(遠い目)




