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30、もう独りの英雄


「なん……だと……ぐっ……」


 男が切られた腕を庇いながら、不敵に笑う優斗を見て驚愕した表情を浮べている。

 既に失われていた片腕に加え、今の優斗『蒼斬』によって男は両腕を失っていた。


「初めましてだな。随分とオレの弟子が世話になったみたいで」


 ヤンキー漫画の常套句のようなセリフを吐きながら男に歩み寄っていく。


「な、何ですか貴方はッ!? こんな魔法使いがいるなんて聞いてませんよッ!?」


「まあ、そりゃ言ってないからな」


 そう言うと優斗はパンパンと手を叩いた。


「……っつーわけで、本邦初公開。十一優斗主催びっくりどっきりマジックショー、心行くまでお楽しみください――――『ファイアレイ』」


 準備運動、威嚇射撃、デモンストレーションなしの最初からフルパワーでの攻撃。

 これまでとは段違いの太い熱線が男を焼こうと迫る。


 男はバランスを崩しながらもその熱の暴力を辛うじて避ける。

 後ろの壁に当たった炎のレーザーは、そのまま勢いをとどめることなく壁を溶かし、深い穴を穿つ。ドロリと溶けた赤い壁が、どれほどの熱量が込められていたかを雄弁に物語っている。


 近づいただけで身を黒く焦がされるだろう。否、灰すら残らないかもしれない。


「こ、こんなもの……す、全てを鎮めよ、青き――――」


「遅ぇよ。『突風尖双槍(ガストツヴァイン)』」


 二本の風の槍が、男の両ももを貫く。


「ガアッ!!?」


 男は為すすべなく地面に崩れ落ちる。


「つ、強い……」


 わたしはその埒外な強さに思わず口が開いていた。

 彼の弟子として、彼が優秀な魔法使いであることは身にしみて知っていたつもりだった。けれども、彼の実戦はほとんど見たことがなかった。

 訓練では安全に配慮して、危ない魔法などは一切使っていなかったし、本人も


「まあ、魔法は別に得意って言うよりは、他の能力よりマシって程度だから」と言っていたのだけれど。


「でも……」


 こんなの、魔法が得意とかってレベルじゃない。

 輝政君たちが全員で戦っても勝てなかった魔族を、圧倒し、一瞬で片付けた。


 そう、一瞬でだ。


「さて、ここで提案なんだが……」


 優斗はうずくまる男に笑いながら告げる。

 もう勝負は決したと言わんばかりに。


「な、なンですかぁ……」


 男は口から血と涎を垂れ流しながら、充血した目で優斗を睨む。


「あのさ」


 優斗はまるであいさつをするかのように言い放った。


「……ここで休戦にしない?」


「「はぁ!?」」


 奇しくもわたしの驚きと男の驚きが重なってしまう。


「いやね? オレもできれば人は殺したくないわけよ。魔族って言っても、考えて生きてるわけだからさ。だからさ、こっちの条件呑んでくれたら、ここで戦い終わってもいいって思って」


「……じ、条件は……」


 男が息も絶え絶えに聞いてくる。

 それを見て優斗はニヤリと口の端をゆがめた。


「簡単だよ。一つ、お前は戦闘終了時点で速やかにここから立ち去り、その後人族への一切の干渉の禁止。一つ、こちら側にいるだろう魔族のスパイの情報の提供。一つ、今回の作戦が誰の指示によるものなのかを開示。一つ、本国へ帰った後、勇者たちは脅威だから絶対に手を出さないで今は国力を蓄えるべきだと進言すること。以上だ。常識的な範疇を出ないだろ?」


「だ、誰がそんな!!」


「……じゃあ、ここで死ぬか?」


 そう言いながら優斗は手の中に火の玉を形成する。

 男は少しだけ躊躇したが、やがて下を俯きながら言った。


「……そんなもの」


「あら、契約破棄かしら。じゃあ、死んで――――」


「分かった! 分かったぁ! 呑む! じょ、条件を呑もう!」


「ん、じゃあ契約成立ってことで」


 そう言って優斗は魔族の男に近づいていく。

 ここで全てが終わり。いともあっさりと優斗は戦況を覆し、最高の形に落ち着けた。


 ――――そんなやり取りの中、わたしだけが魔族の男の邪悪な笑みに気がつく。


「ゆーくんっ!!」


 自分の叫び声がこだまする。

 それとほぼ同時に男が、醜悪な笑みをその顔に浮べた。


「なんて、そんナわけないデしょうがァァァ!!」


 男の口から火の玉が発射される。

 ゼロ距離からの不意打ちでの火魔法の顕現。

 喰らえばひとたまりも無いだろう。


「――――知ってるよ」


 だが、その炎は優斗の眼前で弾けて消える。


「な……どうして……」


 男の口が驚愕に開いたまま固まる。

 既に朦朧とする意識の中で魔族は驚きと不可解さに目を見開かざるを得なかった。

 わたしですら驚きを隠せない。


「簡単だ。お前は気付かなかったみたいだけど、オレの目の前にはずっと風のシールドを張っておいた。流石に、バカみたいな火力の攻撃は防げないが、この程度なら簡単に弾ける」


 こともなげに言う。

 けれども、男はまだ不可解さを拭えない様子で、顔をゆがめる。


「ば、馬鹿な……ありえない……一体、いつ詠唱を……」


「してないんだよ」


「は……?」


 息が漏れるような魔族の素っ頓狂な声。

 始めてみる魔族の人らしい仕草だ。


「オレは無詠唱で魔法が使える。その情報を仕入れてなかったお前のミスだな。じゃあ、契約不履行ってことで、さいなら」


「ま、待ってください! ま、まだ、私は――――」


 言葉を紡がせることなく男の額に手で作った銃を突きつける。



「ッバーン」


「ひぃっ!!」


 優斗が口で呟いた銃声に、魔族の男が情けない声を上げた。

 だが、彼の体にそれ以上傷が刻まれることは無い。


「『ヒール』」


 その代わりに男の傷に止血だけの治療を施す。


「な、何やってるのゆーくん!?」


 その行為の意味不明さに、わたしは思わず叫び声を上げてしまう。涸れた喉から出る声は、いささか掠れているが意思疎通に問題のあるほどじゃない。


「ん? 傷を治してるんだけど。見れば分かるだろ」


「そ、そうじゃなくて……!」


「よし、止血は済んだな」


 優斗こちらの質問にまじめに答えようともせず優斗は魔族の男の腹を蹴りつけた。


「ぐえッ…………」


 男が口にたまっていた血反吐を吐き出す。


「ま、あの条件を呑めとは言わない。だが、お前の役割は、あくまで勇者たちの偵察だ。違うか?」


 優斗の言葉に魔族の男が真意を掴みきれず口をパクパクとさせる。

 優斗はグリグリと倒れ伏す魔族の腹を足蹴にし続ける。


「……大本営……いや、魔王様って言えばいいのかな。そいつに伝えとけ」


 優斗はニヤリと不敵に微笑む。


「勇者たちはヤバイから手を出すのは下策だ、今は機を待って力を蓄える時だ、ってな」


「そんなコト……!!」


「どっちにしろ今のお前程度じゃ、オレらは倒せねぇ。言っとくが、今倒れてる勇者たちが本気出してると思うなよ?」


 違う……輝政君たちは本気だった。

 それなのに負けたのだ。

 だから、あれは優斗のハッタリだろう。


「ちっ……お、覚えていてくださいよぉッ!! あなたなんて! あの方たちの誰にも叶わない! きっと、我らが六将軍様があなたに誅罰をお与えになりますからねッ!!」


 魔族の男は無い両腕のせいでバランスを崩しながらも、這うように走り去っていく。

 負け犬の遠吠えとはかくありきか。


 魔族が視界から消えると同時に、唖然としているわたしに、優斗はサムズアップしながら笑いかけたのだった。



 真打は、一瞬で勝負を片付けた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「動ける奴は急いで止血! 応急処置は授業で習っただろ! 茅場が行くまで何とか持ちこたえさせろ!」


 オレは大怪我を負ってダウンしている筆頭勇者に応急処置をしているように見せかけて、治癒魔法をかけながら、他の比較的軽症な勇者たちに指示を飛ばす。


「はぁ……なんでオレがこんな……」


 思わずため息がこぼれる。

 凛がやばいと思ったら救助欲が抑えきれなかった。いや、どっかの歌い手の犯行動機みたいだけど、実際そうなのだから仕方が無い。

 あー……もう色々ばれちゃったよなぁ……どうしよう……


「ゆーくん! 一応、術法で傷口止血したけど他に何かすることある!? わたしなんでもするよ!」


 ん、今なんでもするって(以下略


「そうか、なら十分だ。とりあえず、凛は魔法の効果が切れないように注意しといてくれ。後は休んでてくれて構わない」


「う、うん……分かったよ」


 そう言うと凛は治療をしているオレのすぐ横にぺたんと座り込む。


「……なんでこのクソ広い空間でわざわざオレの隣に座る必要があるんだ?」


「ここがいいから……ダメかな?」


 そう言って首を傾げる。

 顔にはいつもの作り笑いではなく、相応の少女が浮べる自然な表情があらわれている。


「いや、別に構わない。作業に支障がきたさない程度ならな」


「うん、ありがとう。……本当に、ありがとう」


 そう言って凛はオレに頭を下げる。

 面と向かってお礼を言われることに、そこはかとない気恥ずかしさを感じる。誤魔化しに頬をかこうとするが、両手が治癒で塞がっていることに気付いて口元をもごもごさせるにとどまる。


「……ゆーくんが来てくれなかったら、わたし死んじゃってたと思う。わたしだけじゃない。他のみんなも……」


「まあ、オレがたまたま通りすがったのもお前らの運がいいからだろ」


「そっか……たまたま、か……ふふっ……」


 凛が心底楽しそうに笑う。

 中々拝見できない本当の彼女の笑みだ。

 だが、オレはそんな彼女の様子に微笑ましさだけでなく、複雑な違和感を抱いた。

 その意味をオレが見出せないでいると、


「あのぉ……イチャついてるところごめんね……向こうのみんなの治療終わったけど、次は誰を治したらいいかな?」


 茅場愛梨がのほほんとした表情で声をかけてくる。


「別にイチャついてはいないんだが……そうか、なら次は十六夜を頼む。とりあえず、こいつらの傷はオレの応急処置でも大丈夫そうだから後回しでな」


「りょーかぁい……」


 ゆるい足取りで去っていく。

 あいつ、あんな雰囲気でよく筆頭勇者の中でやっていけてるな……

 茅場のポテンシャルに底知れないものを感じて戦々恐々としつつも、作業はつつがなく進みオレが治療していた2人の治療が完了する。


「よし、後は龍ヶ城だけか……」


 魔族との決着がついた直後、混乱と恐怖でてんやわんやだった場を一喝してまとめあげ、怪我の酷い順に茅場が治癒魔法をかけ、オレが応急処置(実際は隠れて治癒魔法をかけているが)をする計画を提案、全員に指示を出しながらオレも2人同時に全力で治癒魔法をかけるというかなりのオーバーワークに勤しんで早15分ほど。

 ようやく全員の怪我も治し終え、残りは気絶している龍ヶ城だけとなっていた。


 あんな大怪我で誰一人として死んでいないのは、本当に彼らの運がいい証拠だろう。あとパラメータ。オレだったらあんな怪我してたら死んでるね。

 血液不足がちょっとやばいから、できれば早く帰還して輸血をした方がいいと思うが。まあ、治癒魔法でかなり誤魔化せるので多分大丈夫なはずだ。ほんと、治癒魔法様様。


「おーい……龍ヶ城ー……生きてるかー」


 オレは地面に横たえられている龍ヶ城に声をかけながら近づいていく。


「――――せるかッ!」


 オレが龍ヶ城の様子を見ようとしゃがみこんだ瞬間、龍ヶ城が起き上がりオレを組み伏せた。龍ヶ城はそのまま腰の剣に手を伸ばそうとして、目的の剣が無いことに気付きようやく目を醒ます。


「……よお、勇者様。目は覚めたか」


 オレは馬乗りになっている龍ヶ城に下から声をかける。

 ぐえー……微妙に首しまってるから、早く腕をどけて欲しいんだけど。


「君は……十一君? 何故君が……いや、待て……僕は一体……」


 そう言いながら龍ヶ城はオレの上からどく。

 いや、謝らんのかい!

 オレはやるせない気持ちになりながら、体についてしまった土ぼこりを払い立ち上がる。


 畜生、風呂入ってあんまし経ってないのに、もう汗だくで埃まみれなんだけど。


「……そうか……僕はあの魔族の男に……」


 ようやく状況を把握したらしい龍ヶ城が呟く。


「そうだ! みんなはっ!?」


 珍しく狼狽した表情であたりを見回す。


「大丈夫だ。全員、ちゃんと生きてる」


「そう、か……良かった……」


 龍ヶ城が力なく座り込む。

 体も顔も傷だらけでボロボロだというのに、そんな風にうろたえる様や安堵する様までもが優雅で洗練されたものに見えた。


「ところで、どうして君はこんなところに? ああ、いや。そうか、僕たちは君を探していたんだった……無事だったんだね、何よりだよ」


 いや、それこっちのセリフ。


「まあ、おかげさまでな。わざわざ手間かけさせて悪かったな」


「いや、構わない。仲間として当然のことをしたまでだよ」


 何このイケメン。死に掛けたっていうのに、何でこんな聖人君子みたいな対応できるんですかねぇ……


「それにしても、あの魔族はどうしたんだ?」


「あいつなら帰ったよ。オレが来たのと同時ぐらいにな」


 まあ、無理矢理追い返したのだが。


「そうなのか?」


「それは流石に無理があるんじゃないかな、ゆーくん……」


 凛があきれた目をこちらに向けてくるが、構うまい。

 最後まで誤魔化せそうなら誤魔化すんだよ。


 といっても、本気で誤魔化せるとは思わない。

 今回は凛だけでなく、茅場含め他の意識があった筆頭勇者たちにもバッチリ目撃されている。

 オレの発言とあいつらの発言、どちらが信用に値するものかは考えるまでも無いだろう。


「……僕は……皆を守ることができなかった……まだまだ未熟だった……」


 そう言って唇を噛む龍ヶ城。


 あわや全滅の危機に瀕していた勇者たち。その先頭を切る龍ヶ城のリーダーとしての責任は大きいだろう。少なくとも、オレ以上には多くのものを抱えているはずだ。


「……僕は、無力だ……」


 力なく腕を下げる龍ヶ城に、追随する筆頭勇者たちがいたわしげな視線を向ける。

 いたたまれない空気に、オレまでもが神妙な面持ちになってしまう。

 空気は沈うつに垂れ込み、ただでさえ気の塞がるダンジョン内をさらに息の詰まるものへと変えてしまう。


 どれだけ龍ヶ城輝政という存在がまわりに影響を与え続けているかが分かる。


「……何を弱気なことを言ってるのよ、あなたらしくもない」


 そんな悲痛な空気を切り裂いたのは、十六夜穂香の凛とした声音だった。

 龍ヶ城の弱音をバッサリと一刀両断するその声には、怪我の欠片も見られないが、


「ちょ、ちょっとぉ! 穂香ちゃーん! まだ動いたらダメだってばぁ!」


 茅場の静止を振り切り、十六夜はしっかりとした足取りで龍ヶ城に歩み寄る。

 十六夜も相当の重症のはずだ。生きていることが奇跡と呼べるほどの。

 だが、彼女は確かにその歩みを進め、一歩一歩、挫折した英雄に近寄っていく。


「穂香……無事で、良かった……すまない、僕の力が足りないばかりに――――」


 龍ヶ城が申し訳無さそうな顔を浮べる。その目にはいつも宿っている輝きが見られない。


「馬鹿なこと言ってんじゃないの。今回こうなったのは私たち全員の力不足よ。あなただけのせいじゃないわ。あなたは、常に一生懸命だったじゃない」


「……それは……」


 龍ヶ城が口ごもる。

 恐らく、それは彼自身も自負していた事実なのだろう。

 けれども、いくら努力していたとしても、仲間たちを危険にさらしてしまったことには変わりない。龍ヶ城は、今その呵責の中で苦しんでいる。


 十六夜が無言で龍ヶ城の頭を抱き寄せる。


「大丈夫よ。あなたなら、いえ……私たちなら、きっと、成し遂げられるわ」


「でも……」


「でもじゃない! 今回の失敗は必ず次回に活かせるわ。次は、必ず勝ちましょう。全員で笑いあえるような世界にするんでしょう?」


 二人の間でいつか交わされたのであろうやりとり。それを再確認する。


 そして、二人の間に交わされる言葉もそれだけで十分だった。


「――――ああ」


 はっとした表情を浮べた後、何かを確かめるように龍ヶ城が呟いた。


「……そうだな……僕は、ここでくじけるわけには、いかない」


 龍ヶ城の目にまた揺るがぬ意志が灯る。

 空気が変わる。


「……まだまだ自分を鍛えないと。僕は弱い。独りじゃ何も出来ない。それにみんなのことを危険に晒してしまうかもしれない」


 告白のように辛そうに告げられる英雄の言葉に、誰もが黙って耳を傾けた。


「それでも、」


 一瞬のためらい、だが、続く言葉は強い意志とともに吐き出された。


「……みんな、協力してくれるか?」


 龍ヶ城の問いかけにオレと凛以外の全員がいっせいにうなずく。

 そこには先ほどまでの沈うつな面影はまるで見られない。


 英雄の再起に勇者一同が喜びの息を漏らした。


「……だったら、さっさと怪我を治さんとなぁ!!」


 いつの間にか起き上がっていた熊野が、龍ヶ城の背中をバンッ! と強く叩く。


「剛毅……」


「輝政。お前は気負いすぎだ。まだまだおれらは発展途上だ。これから、強くなっていけばいい」


「ああ……!!」


 龍ヶ城が熊野の手を握る。

 そこに他の筆頭勇者たちも駆け寄っていく。


 そんな感動の光景を見てオレは思った。


 ……え、何この茶番。


 こいつらホント主人公してんなー。

 そんな僻みきってしまった自分の思考に苦笑しつつ、オレは彼らの邪魔をしないようにそっと立ち去ろうとする。


「待ってくれ、十一君!」


「な、なんだよ……」


 えー……今『隠密』まで使って距離とろうとしたのに何で龍ヶ城君当然のように気付くの……

 ってか、こいつら基本スペックはクソ高いから実戦訓練積んで、油断さえしなければあんな魔族ぐらい楽勝だと思うんだけどなぁ……


「いや、君は今までダンジョンで何をしていたんだ?」


「あー……いや、まあ……あいつの遺品捜したりなんだりと……」


「それで三日以上もここに?」


「ははは……」


「君は、もう少し行動に責任を持つべきだ。今回の行動は軽率すぎる。第一――――」


 筆頭勇者、龍ヶ城によるありがたいお説教をオレは完全に聞き流しつつ、全員の再起を待ったのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいま戻りました」


「おお! テルマサ! 無事だった――――どうしたその姿は!?」


 ボロボロの龍ヶ城や勇者たちを見て、ブラント団長が顔色を一変させる。


「魔族との戦闘がありまして……」


「なっ……!? 大丈夫かだったのか!?」


「ええ、なんとか……僕たちは全員無事です」


「そうか……良かった」


 ブラント団長がほっと一息。

 うーん……オレもう用事無いよね? 帰っちゃダメ?


「詳しい話は後で聞くことにしよう。とりあえず、全員すぐに治療をしてもらうように」


 そんなブラント団長の一声で、筆頭勇者たちがゾロゾロと連れたって療治に向かう。

 オレもさっさと帰ろうとしたところで、茅場に引き止められた。

 ウェーブがかった髪を揺らし、下がった目じりはやはり彼女の性格どおりのゆるふわ感をかもし出している。何だゆるふわ感って。


「ねぇねぇ、君が魔法、しかもあーんなすごいの使えるのって、言わない方がいいのかな?」


 茅場が小首をかしげて聞いてくる。その細かい動作も小動物のようで可愛らしいのだが、オレからすればあざといと思ってしまう。これは自分のキャラや可愛さを理解している奴の行動だ。


「……そりゃあな。まあ、言わないでくれるに越したことはないが……あまり期待はしてない。人の口には戸が立てられぬって言うしな」


 苦笑を漏らしながら言うと、茅場は口元に指を当てて考え込むように言った。


「んー……なんで言わないのかは分からないけどー……でも、今回助けてもらったからねぇ、わたし言わないよー」


 そう言うとの茅場はのほほんとした笑みを浮べた。


「……そりゃ、助かる」


 辛うじて搾り出したオレの言葉を聞いて茅場がより一層笑顔になる。


「うんー。他の子たちにも言っておくねー」


 それだけ言うと、トタタタと足音を立てて小走りに去っていく。


 ふむ……のほほんとしているが、別に抜けているわけではないのか。

 まあ、人は見た目に寄らないと言うしな。実は、あのゆるふわも凛と同じようにキャラクターの一種で、内心はキレ者なのかもしれない。凛の中身は、外見より残念そうなので何ともいえないのであるが。


 そして、茅場との会話を終わらせ、再び帰ろうと廊下を歩いていると、今度は凛に呼び止められた。

 なんかやけに呼び止められるなー……オレもう帰って寝たいんだけど。


「ね、ねぇ……ゆーくん」


「ん? なんだよ」


 いつも明朗快活な凛にしては珍しく、もにょもにょとした口調で告げる。

 両手は体の前でギュっと硬く握られており、顔は紅潮していた。


「熱でもあるのか? 顔赤いぞ」


「え!? ううん! 違う! 違うよ……」


 そう言うと、凛は自分を落ち着けるように深呼吸をした。

 何だ、いつもならオレのボケにももっとキレのあるツッコミを返してくれるというのに……はっ! まさか魔族の男に突っ込み力を奪われたのか……? あの男……なんてことをッ!


 そんなくだらない思考で全てを誤魔化しつつも、凛の心がまとまるのを黙って見守る。


「あのね、ごめんなさい! ゆーくん」


 そう言うと、凛がガバッと、状態を90度曲げて頭を垂れる。

 おう、最敬礼ってやつだな。


「何がだよ。なんか、お前から謝られそうなこととか沢山ありすぎて分かんないんだけど」


 薄々感づきつつも、あえて冗談めかして笑う。

 そんなオレを見て、凛は平生見られないようなまじめな顔をして言った。


「えっと、さ。最近、わたし冷たかったでしょ?」


「ああ、キンッキンに冷えてたな。ついに氷河期来ちゃったかとこの星の危機を憂いてたよ」


「もう! ちゃかさないで!」


 凛が腰に手を当てて怒る。死にかけた直後の割には随分と表情が豊かだな。


「……えっと、それでね……わたし、ゆーくんにちゃんと言ってなかったよね……わたしのこと」


 先ほどまでとまとう雰囲気が変わるのを感じる。


 凛が、その仮面を外したのが分かった。

 そうして、彼女は懺悔するかのように、告げた。


「わたしね……――――猫かぶってたんだ!」


 その一世一代の告白に対して、オレは、


「……ああ、知ってる」


 と、だけ呟く。


「うん…………わたしもゆーくんの前だと気抜いちゃってたから、多分気付いてるだろーなー、とは思ってたけど。でも、一応。ちゃんと言っておかないと、って思って」


 そう言うと凛は恥ずかしげに頬をかいた。

 ちょっとー、それオレの癖なんだけどー真似しないでよねー。


 彼女の決意。

 直接言葉にして、自分の仮面の裏の素顔を相手にさらけ出すことにどれだけの勇気が必要だっただろうか。彼女の中の葛藤は推し量るべくも無い。

 だが、彼女はオレにそのことを打ち明けた。

 その事実の持ちうる価値は、いかなる評価をも受け付けず、ただただ彼女のみが与えるべきだろう。


「そうか」


「うん」


「……」


「……」


「……え、それだけ?」


「いや、それこっちのセリフなんだけど」


 お互い目を丸くして驚きあう。

 え、もっとなんかないの? こう、びっくり仰天して世界がまるみえになっちゃうようなネタばらしが。え、これで終わり?


「え、うん……これだけ」


「あー……そう、なの……いや、なんかいまさら感あるなぁ……感想とか要る?」


 微妙な空気にお互いが口の端を歪め、微妙な愛想笑いを浮べていると、


「……うあぁぅ……なんかすごい決意して話したわたしがばかみたい……」


 顔を覆ってうずくまってしまう凛。これは彼女の演技なのか、素なのか。素なような気もする。


「まあ、人間誰しも猫の一つや二つ被ってんだろ」


 凛の肩を叩きながら励ます。


 だが、凛は「うぅ……」とうずくまってうめくだけだ。

 ってか、なんでオレこいつのこと励ましてんの?どうしてこうなった?

 そんな繰り広げられる展開の意味不明さに苦笑しつつ、凛の言葉に耳を傾ける。


「……でもさ、わたしの猫の被り方相当すごいよ? わたしの素って、ホント性格悪いし、ウジウジしてるし、泣き虫だよ?」


「……自分から性格が悪いって申告して保険張るあたり、ずる賢さも窺えるな」


「今のフォローするところだからね!?」


「悪い悪い」


 そう言いながらカラカラと笑うと、凛は「もう」と怒ったポージングのまま笑った。


「みんなといるときも無理矢理テンション上げてるし」


「確かに危険人物なんじゃないかってぐらいテンション高いな」


「…………わたしの素ってゆーくんと訓練してるときの、一番低いときぐらいだもん」


「……それでもオレより高いよな」


「ゆーくんが低すぎるんだよ!? 訓練のときなんて、基本的に本読みながらしか教えてくれないじゃん! ってか、扱い酷くない!? わたしだって女の子なのにぃぃ!!」


 凛がうずくまりながらバンバンと床をたたく。

 あれぇ……え、オレこいつの懺悔聞いてるはずじゃなかったっけ?

 なんか、酔っ払いみたいですげえめんどくせぇ。これがこいつの素なのか? うわ、めんどっ。

 もしかしたら極度の恐怖と絶望でタガが外れているのかもしれない。


「わかった、わかった。凛は女の子だよな、そうだよな」


 若干、幼児退行してしまっている凛に優しく声をかける。

 なんでオレ子供あやしてるみたいになってんのかしらん。


 こいつ、猫被ってないほうが子供なんじゃ……

 そんなわけのわからない疑問に苛まれていると、凛が続けた。


「……じゃあ、ゆーくんは私のこと好き?」


 凛がうずくまったまま聞いてくる。

 唐突に零れ落ちた唐突すぎる言葉にオレが一瞬だけ言葉に詰まる。

凛は顔を見られたくないのだろうが、耳まで真っ赤なのを見れば大体顔がどうなっているかも想像がつく。


 オレは、お得意のように頬を掻きながらポツリと言った。


「……まあ、嫌いじゃない」


「……好きでもないの?」


「……いや、勇者たちの中では群を抜いて良い関係を築けているとは思う」


「またそういう言い方してー!」


 おりゃおりゃといいながら凛がオレの膝を小突いてくる。

 いや、ってかいい加減顔上げろよ。なんか、女の子が丸まってうずくまりながら人の膝をつついてるシーンとかシュールすぎてやばいんだけど。シュールストレミングスかよ。



 けれども、そんな戯れは凛の放った一言で終わりを告げた。





「わたしは、ゆーくんのこと好きだよ」


 凛が何かを小さく呟く。

 だが、うずくまって告げられたその言葉はくぐもってオレには届かない。


「……え、なんつった?」


「んんーなんでもない。……そうだ! ねえ、明日街行こうよ」


 そう言いながら凛が急に起き上がる。


「はぁ!? 嫌だよ!? 疲れてんだけど!?」


「いーじゃん! もう決定ね! 女の子と行けるんだから、もっと喜ばないと! いえー!」


 いつもの、いや、いつもより少し機嫌の良い凛に手を引っ張られる。

 そう言ってはしゃぐ声はいつもみたいに快活そのものだ。


「……これから、ね」


 けれども彼女の顔には、いつもとはちょっとだけ違う、ぎこちなくも素朴な笑みが浮かんでいた。













 一人の少年と一人の少女が出会った。


 少女は仮面を被って少年に笑いかけ、少年はそんな少女に背を向けていた。


 思えば、二人ともまるで互いのことを見ていなかった。


 かたや少女は少年を自己分析のための材料としか見ておらず、かたや少年はまるで少女の存在を意に介していなかった。


 ある日、少女は自分の仮面を捨てて、ぎこちなくも本当の笑顔を少年へと向けた。


 その笑顔は素朴で、仮面の創り出す華美なものとは違ったが、それでも確かに少女の笑顔だった。


 けれども、少年は目をつむり、耳を塞ぎ、呼吸を止めて、自分の胸に突き刺さるドス黒い楔が疼くのに必死に耐えるだけだ。


 彼女の笑顔が、優しい声が、温かい手のひらが自分に触れるたびに楔の刺さった傷口が呪いの声を上げる。


 聞こえていた。


 聞こえないはずがない。


 あの距離で、あの状況で、あの表情で、好きだと言われて。


 コクハクされた。


 その状況を聡明な少年が理解していないはずがない。


 勘違いかもしれない。勘違いならどれだけいいことか。


 けれども、違う。


 オレの理性は、嘲笑いながら酷薄な真実だと告げてくる。


 いやだ、失うのであれば得る必要などない。


 振り返るのが怖い。


 振り返って、気付いてしまえばまた失う。


 それだけは、いやだ。


 ――――掬え。



 ――――見るな。




 ―――――――――掬え。見るな。掬え。見るな。掬え。見るな。掬え。見るな。掬え。見るな。掬え。見るな。掬え。見るな。掬え。見ルナ。掬エ。見ルナ。掬エ。見ルナ。掬エ。見ルナ。掬エ。見ルナ。掬エ。ミルナ。スクエ。ミルナ。スクエ。ミルナ。スクエ。ミル、ナスクエ、ミ、ルナスクエミ、ルナスクエ、ミルナスクエミルナスクエミルナスクエ


 呪いが強く強くオレの胸を締め付ける。重く、苦しい言葉を繰り返し紡ぎながら。


 少女は笑いかけているというのに、オレは苦悶に独り笑い、未だ、背を向けたままだった。


冒頭であれだけ主人公主人公してたのに・・・

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