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27、帰還、そして――――


 その後、オレはペンダントを首にぶら下げながら再びあたりの探索に漕ぎ出した。


 実は、先ほど調べたときに開かなかった扉が二つほどあったのだ。

 今度は、それらを魔法で無理矢理こじあけ中をのぞく。


 一つ目の場所は工房のような場所だった。

 奥には、鍛冶をするような専用の竈や金床が置いてあり、手前には作業台も見える。

 脇にもう一つ部屋があるのを見つけ、そこに入ってみる。


「うおお……すげぇ……」


 先ほどから、「うおお」と「すげぇ」しか言ってないオレのボキャ貧具合に呆れてしまうが、実際、驚きの連発なのだから仕方ない。何、こんなとき他に何て言うの? 「驚きっ!」とか言えばいいのかしら。何その濃いキャラクター。


 部屋の中には多種多様な金属のインゴットや、武器防具、魔法道具などが部屋を埋め尽くすほどにひしめき合っていた。

 金属は、金銀銅はもちろんのこと、鉄やミスリル、オリハルコンと思しきものまで本当に多種多様に取り揃えてある。しかも、そのどれもが一目で高純度だと分かる代物だ。脇には、何かの液体の詰まったビンの中に保存された金属も見受けられる。恐らくナトリウムやマグネシウムのように反応性が高く、液中に保存しなければならない金属なのだろう。


 そこで初めて自らのうかつさと浅学を悟る。


 しまったな……流石にこれだけの金属の種類は覚えてないし、判別もできない。

 だが、まあ貰っておいて損は無かろう。

 ダンジョンで散々苦労させられたんだ。これぐらいの報酬はあってしかるべきだ。


 そう考えて、あたりのインゴットや武具を片っ端から『持ち物(インベントリ)』に収納していく。

 水晶や日用雑貨などが大量に入っているにも関わらず、底なしの沼のように全てのアイテムを吸い込んでいく。すげぇな。キャパシティとか無いのか?また今度試してみるか。


 そうして、10分ほどかけて、全体の8割ほどを収納し終える。

 ほとんど盗って、もとい取ってしまったも関わらず、まだまだ多くのインゴットが残っている。


 そんな風にしていると、今までインゴットの影に埋もれていた一つの箱が目に入った。


 長方形の形をしたその箱は留め金で閉じられており、アンティークな雰囲気をかもし出している。永らく倉庫に保管されていただろうにも関わらず、その木の装丁は少しの劣化も見せていない。

 その明らかに異様な雰囲気に気圧されつつ、恐る恐る留め金をはずして箱を開ける。


 中身を見たオレは思わず息を呑んだ。


「……なん、で……こんなものがここに……」


 装丁の施された箱のその中には、二丁の銃が入っていた。


 一方は砲身が短く、恐らくハンドガンに類するものだ。もう片方は、ゲームなどでよく見たマグナムに似ている。確か、デザートイーグルとか言うのがこんな見た目だった気がする。あれは、確かマグナムだったはずだ。


 だが、おかしい。


 この異世界では中世以前ほどの生活水準しかない。特に、戦争において魔法と言う遠距離攻撃の手法が確立されている以上、打つのに手間もかかり、かつ威力も期待できない銃など産廃以外の何物でもないはずだ。

 さすれば、そもそも銃が開発される動機が生まれない。


 それなのに、何故銃がこんなところに……

 疑問を感じながらも箱の中身を取り出す。


「重っ……」


 試しにマグナムを持ち上げてみるがこれがかなり重い。軽く1kg近くはあるのではないだろうか。オレの膂力パラメータが低すぎるだけかもしれんが。


 どうやら弾を一つずつ込めるタイプらしく、銃身の上部に弾の装填口がある。

 マグナムを脇に置き、もう片方のハンドガンも確かめる。


 むぅ……多分普通のハンドガンなのだろうが、生憎オレはそちらの方面には明るくない。

 あれこれといじっていると、マガジンが出てきた。

 数えてみると、マガジンには弾が12発込められるようだ。


「ちょっと、試し撃ってみますかね……」


 ええっと?まずセーフティをはずすんだっけか?あ、セーフティねえや。んで、このハンドガンリロードいるのか?試しにトリガー引いてみるか。

 片手で構え、部屋の反対側の棚に置かれている空き瓶を狙う。


 3,2,1……イグニッション!


「うわっ!」


 予想以上の反動に銃が手元から吹き飛びそうになる。

 振動に筋肉が、骨が震える。

 放たれた弾丸は、空き瓶から大きく横にずれて木の棚に穴を穿っただけだった。

 硝煙の香りがしないのは、発射原理が魔法だからだろうか?


「やっぱ当てるには練習が必要そうだな……」


 反動にも慣れなければならなそうだ。徐々に痺れを主張し始めた腕を軽く動かしながら思う。

 ハンドガンでこれとか、マグナムならどうなるんだろうな。オレが真後ろに吹っ飛んだりして。

 そんな洒落にならない未来予想図を描いて冷や汗を流す。


「き、気を取り直して、他に何かないか漁ろう!」


 気を取り直したところで、やっていることは掠奪行為以外の何物でもないのではあるが。

 鼻歌交じりに棚を見ていると、箱に詰められた赤い石を見つける。

 賢者の石? いや、もしかしたら某ノーマルタイプのあいつをほのおタイプのあれに進化させるための石かもしれない。


 そんなくだらないことを考えながらその石に手を伸ばす。


 バチィッ! という音とともに指先に激痛が走った。


「がぁっ!?」


 触れた瞬間、指先に走った衝撃に思わず手を引っ込める。

 見ると、石に触れた右手が痙攣している。

 君に触れた瞬間電流が僕を走ったとか、一体何のプラトニックラブ小説なんですかね。いらないからそういうの。


 くだらない思考で受けたショックを誤魔化しつつ、一つの考察にたどり着く。


「帯電、しているのか……? この石は……」


 そう思って今度は『持ち物』からコインを取り出して、その箱の中に投げ入れる。


 すると、コインが中に入った瞬間、激しい轟音とともに空気中を電流が走った。

 少ししてコインが熱で溶けてしまったのか、電流は収まる。

 帯電した石か……ほのおのいしじゃなくてかみなりのいしだったんだな……いや、ちげぇと思うけど。


 これは、電池の代用になりそうだな。

 この世界には電化製品というものは全く存在していない。雷が電気であるということは分かっているが、電気の正体やそれの活用法などについては全く解明されていないのだ。なぜならばその必要が無いから。魔法が全ての動力源であるこの世界で、わざわざ危険な電気を使う必要が無い。


 だが、これを使えば自分で色々と開発が出来るかもしれない。

 ちょっと面白そうじゃないか。

 思わず笑みがこぼれる。何かを開発したり工作するのは昔から好きだったからな。近々試すことにしよう。


 そう考えながら箱ごと『雷電石』(命名:オレ)を『持ち物』にしまう。

 ……ちょっとださいから、名前はまた考え直そう。


 自分のネーミングセンスの無さに辟易しながら、オレはもう目ぼしいものが残っていないことを確認し、工房を後にする。

 大方の鉱石も収納し終えた。これだけあれば当分は困るまい。

 そして、オレにはもう一つ、絶対にしておかなければならないことが残っている。


 それは―――――




 白く霞む視界、熱気で焦がれる頬、額を伝う汗で目が滲んでしまっている。


「……………風呂だぁあああああ!!」


 オレは腰にタオルを巻き、湯気の立ち込める大浴場に足を踏み入れていた。


 先ほどの探索で、一階の奥に大きな浴場があることを知り、探索が一通り終わったら入ろうと思っていたのだ。

 湯加減を確かめ適温であることを確認してから、湯船に足を踏み入れようとする。


 いや、まだ慌てるような時間じゃない。先にかけ湯だかけ湯。マナーだよな。

 この場にはオレ以外誰もいないので、そのまま湯船に漬かったところで何の文句も言われわしないだろうが、オレの日本人的気質は風呂での粗相を許せなかったらしい。

 桶でお湯をすくい、簡単に体の汚れや汗を流す。


「いざ、入浴!」


 足先から徐々に体をお湯に慣らしていき、時間をかけて肩までつかる。


「あぁ……染み渡る……」


 腑抜けた声でおっさんのような独り言を漏らす。

 この浴槽、そんじゃそこらの銭湯のそれよりも大きく、ゆうに数十人はいっせいに入れそうな大きさだ。

 ってか、この屋敷ってあのカシュールって奴以外いなかったんじゃないのか? なんでわざわざこんなでかい風呂作ったんだろうか。

 まあ、その真意はあいつのみぞ知るってわけだが。


「はぁ……」


 久々に頭の中を空にして、温かいお湯のなかでたゆたう。

 なんか、ようやく緊張がほぐれた気がする。


 恐らく風呂という日本的な環境に身を置いたからだろう、張り詰めていた糸がゆるみ、オレは久方ぶりの安寧を手に入れていた。

 ダンジョンの暗く冷たい世界から、ようやく解放されたように感じる。

 実際はまだ地下のそこにいるのではあるが、これぐらいの気の緩みは許されるべきだろう。


 思えば、ダンジョンにもぐってから何時間経っているのだろうか。

 その間中、常に気を張り続けていた自分の集中力の高さに少しだけ恐ろしいものを感じながらも、やはり神経疲労が溜まっていたことを湯船の中で実感する。


 徐々に火照る頬を心地さを覚えながら、時折間延びした声を上げる。

 浴槽のふちに背を預けながら、上を見上げた。

 天井には、ステンドグラスと思しき豪華絢爛な装飾が施されている。


 掃除とか大変そうだな、なんて小市民的な思考を全開にさせながら、オレは心地よいぬるま湯に身をゆだねたのだった。


 それから数十分後。


「あー……さっぱりした」


 オレは『持ち物』に入れておいた新しい服に着替え、再び書斎へと足を踏み入れていた。

先ほど見かけた本たちを読み漁るためである。

 にしても、相変わらずすげぇ蔵書量だな。


「なになに……?」


 『魔道回路総論』『ゴーレム起動における魔力伝達と伝達摩擦の関係』『魔道具練成のすすめ』


 すげぇ……専門書ばっかじゃねえか……王立図書館にもこんなのあったか……?


 そんな風に改めてカシュールが只者ではなかったことを確認しつつ、本のタイトルを見ていくと、


『肩こりに効く薬草』


 あ、カシュールのやつ肩こり酷かったんだ……

 妙な人間臭さが感じられ、思わず笑ってしまう。


「さぁて、ここらへんから読み漁りますかね……」


 そうしてオレは全ての意識を本へと向け、何時間もの間知識を貪ったのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 頭に大きな衝撃が走り、黒い世界が一瞬のうちに白く染まる。


「いってぇ……なんだ?」


 背中に直接冷たい床の感触を感じて、自分が床に倒れていることを自覚した。痛む頭をさすりながら体を起こす。

 どうやら途中で寝オチしてしまい、後頭部から地面に不時着してしまったらしい。ゴチン、っていったけど大丈夫かな、頭蓋骨割れてない? ロボトミーする?


 どうやらいつも通りくだらないことをこねくり回せているようなので、脳に問題はないだろう。


「今、何時だ……?」


 この屋敷には時計が無く、オレは時間感覚というものを失ってしまっていた。

 擬似空にかかる水晶の明かりは常にともっているため、昼夜の区別もありゃしない。

 狂った時間感覚に若干の気持ち悪さを覚えながら、あたりにうず高く積まれた本を一冊一冊丁寧に本棚にしまっていく。


 書斎の本はあらかた読み終えた。

 そのどれもが地上では中々お目見えできないような、素晴らしい著作の数々だった。


 感想を一言で言おう。


「ほとんど、何言ってるか分かんねぇっ!!」


 基本的に専門用語ばかりのため、まず言葉の意味が分からないことが多かった。

 推論や文脈で何とか読み進めてはいたが、本の内容を十全に理解できたかというといまいち怪しいどころか、多分全く出来ていないだろう。


 まあ、内容については完全記憶能力で丸暗記したから、単語と基礎知識さえ身につけちまえば理解するのも簡単だろうが。

 本の内容を覚えてから、理解するというあべこべな手段に苦笑を漏らしながらも、読んだ本の内容を思い出していく。

 その中でも何冊かはオレにも分かるものがあったので、それらは非常に役に立った。


 例えば、鉱石や岩石の判別法や特質、その利用法がまとめられていた本などは非常に役にたった。あれのお陰で、今オレがもっているインゴットの大体の名前や性質は把握できた。

 他にも、魔法道具や魔法武具についての書は特に豊富でそれらの作り方や動作原理などが書かれていたのは僥倖だった。

 また多くの古い知識を身につけることができた。我ながら知識に対して貪欲すぎるとは思うが、これぐらいで無ければこの世界ではやっていけない。知識は武器だ。

 同じようなことをカシュールも考えていたのだろうか、そう思いを馳せながら、オレは白骨死体をローブにくるむ。


 もう、ここには用は無い。


 ローブに包まれた白骨を腕の中に抱え、オレは書斎を後にした。

 

「カシュール・ドラン。お前は嫌いだが、色々と感謝しなきゃな」


 彼を豪邸の庭に埋めながら、謝辞を述べる。

 オレはようやくカシュールの死体を外に運び出し、手ごろな地面に墓を作った。


「よし、こんなもんか」


 カシュールが埋められている、少しだけ高く盛られた地面には、オレお手製の墓標が立っている。


 ――――偉大なる魔法技師、カシュール・ドラン ここに眠る。


 我ながら、素晴らしい字で書けたと思う。もちろん、この世界の言葉で書いた。

 あわよくば独り死んでいった彼の弔いにならんことを。


 まあ、あいつが偉大だったかどうかは保障しかねるが。


「……さて、そろそろお暇しますかね」


 知己の友人と別れるような奇妙な寂寥感を感じつつ、カシュールの元を後にする。

 オレは手についた土を水魔法で洗い流しながら、屋敷の奥へと向かう。


 屋敷の左棟の一番奥の部屋。鍵が閉まっていて、開かなかった部屋の一つだ。

 そこに、地上に帰れると思われる転移魔方陣がある。


 転移魔方陣はその名の通り、発動時に魔法陣内の物質を対応する魔方陣へと瞬間的に転移させる魔法だ。カシュールの蔵書の中に、それに関する知識が詰まったものがあり、大まかな仕組みは理解している。

 恐らく、かのモンスターハウスのモンスターが出現する機構や、オレらを異世界から呼び寄せたものも似たような構造の魔法を応用しているのだろう。


 転移魔方陣の置いてある部屋のドアを開き、床に赤い塗料で大きく描かれた魔方陣を見据える。


「なるほどな。この部分が、転移の座標設定に対応していて、これが対応する魔方陣同士のキーになっているのか……あ、これが事故防止のセーフティなのか……」


 などと独り言を呟きながら、知識と実物とをすり合わせていく。

 ひとしきり魔方陣のまわりを歩き回って呟くこと五分。


「これなら……オレにも描けるかもしれないな」


 機構はほぼ完全に理解した。後は向こうの対応する魔方陣を見て、不足している要素を補完すれば恐らく、オレでも転移魔方陣は描けるようになるだろう。


 ただ、一点不思議なのはこの転移魔方陣が地上に普及していないことだ。


 こんなものがあれば、国同士の往来は楽になるし、有事の戦略の幅も大きく広がる。にも関わらず、転移魔方陣はダンジョン内にのみある失われた魔法(ロストマジック)であるとされ、地上で目にすることは全く無かった。


 情報が秘匿されているのか、それとも本当に失われているのか……


 どちらかは分からないが、あまりオレが描ける(かもしれない)ということは吹聴しない方が良いだろう。

 それこそ、「転移魔方陣描き」という一つの商品として扱われ、各国にいいように使われるのがおちだ。

 また隠し事が増えたことに辟易しつつ、魔方陣に魔力を注ぎ込む。

 本来は数人で魔力を注ぐらしいが、オレの魔力量であれば何ら問題なく起動した。


「さて、次元のはざまに取り残されるとか無ければいいんだけどね」


 いしのなかにいる!▽

 とかしゃれにならないんだよなぁ……


 そんな不穏なことを呟きながら、オレはゆっくりとした足取りで、鈍く輝く魔方陣に足を踏み入れたのであった。

 淡い光を放ち、体が飲み込まれ、視界が暗くなるのを感じる。


 そしてその屋敷には、再び誰もいなくなった。




 一瞬の浮遊感。


 無理矢理意識を現実から引き剥がされる感覚。

 視界が白く染まり、あらゆる情報が遮断され思考が無へと帰す。

 そんな一瞬の断絶を経て再起動したオレの意識は、薄暗い部屋を認識した。


「転移……したのか……?」


 足元には未だ鈍く光っている魔方陣があるが、あたりの景色は先ほどまでいた部屋とは違うように思う。埃っぽく、部屋の隅には先ほどまで見かけなかったくもの巣が張っているから恐らく別の場所で間違いないだろう。


 あたりを警戒しながら魔方陣から足を踏み出すと、魔方陣はその輝きを失い再び眠りについた。

 といっても、また魔法を注げば使えるのだが。

 窓は無く、魔方陣が効果を終えると同時に光源となるものは無くなってしまう。


 暗闇の中を進み、目の前にあった老朽化して立て付けの悪くなっている木の扉を無理矢理こじあける。すると、再び部屋の中に明かりが差し込んだ。


「なんだここ……森か……?」


 眼前には緑の木々が生い茂っていた。

 部屋は、どうやらそのまま一軒の小屋だったらしく、扉の先はすぐに外だ。


 ……確か城下町の近くに大きな森があったはずだ。


 そこに出たのかもしれない。

 とりあえずは、周囲の確認だな。現状推論を建てるにしても、情報が不足している。人の集落からそう遠くはないと思うが……

 土魔法で塔を積み上げ、木々より高い位置まで上る。


 すると、そう遠くないところに城下町の端が見えてほっとする。

 歩いて30分ぐらいか? こんな近場に小屋があって何で誰にも見つかってないんだ……?


 そう思って下を見ると、


「なっ!? 消えたっ!?」


 先ほどまであったはずの小屋が消えていたのだ。


「まさか!」


 急いで土の塔を崩しながら地面に降り立つ。


「確か……ここに……」


 先ほどまで小屋があった場所に手を伸ばすと、シャボンの膜が弾けるようにして消えていた小屋が再び現れた。

 そしてすぐにその理由に思い当たった。


「透明化の魔法か……」


 恐らく、使用者がいないと透明化するようになっているのだろう。

 なるほど、こりゃ見つからないわけだ。


 つまり、ここを使いたければ少なくとも最低一回はダンジョンの最下層であるあの場所から転移してこの場所を知らなければならない。そうでなければ、この広大な森の中、ピンポイントでこの透明の小屋を探り当てるのは宝くじに当たるようなものだろう。

 それがこの魔法陣が見つかっていない理由だ。


 だが、オレはこの場所を既に覚えた。これでいつでもあの屋敷に行けるようになったってわけだ。

 まあ、行って何をするのかという疑問は残るが。


「……気を取り直して本当に帰りますかね」


 城下町へと向かう。

 お世辞にも良いとは言えない足元と、森の薄暗さにため息を漏らしながらも一歩一歩、足を進めて行く。

 長い長い、旅路が終わろうとしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 コンコンと扉をノックし、相手の返事も待たずにドアを開ける。


「ただいま戻りましたー」


 森でモンスターに襲われることもなく無事に帰還したオレは、団長室で業務に勤しむブラント団長に、帰還の旨を伝える。

 ブラント団長は珍しく面喰らった顔で唖然としていたが、そこは流石王国騎士団の団長。すぐに気を持ち直し、オレに声をかけてきた。


「ユウト……! 君は今までどこに行っていたんだ! 皆心配していたんだぞ!?」


「すみません……ちょっと野暮用で……メモは残しておいたんですけど……」


「あのメモじゃ伝わるものも伝わらん! ……無事なのは何よりだが、次からはしっかりと何処に何をしに行くのか伝えておくように」


 ブラント団長が嘆息しながら、戒めを込めて告げる。

 だが、オレが無事なのを見て安心したのだろう。あまり追求する気も無さそうだ。まあ、単にオレごときに興味が無いだけかもしれないが。


「はい……すみません」


 恐らく、本気で心配してくれていたのは事実だろう。ブラント団長に申し訳なさを覚えて、頬をかく。


「ところで、テルマサたちはどうした?」


 ブラント団長が思い出したように問うてくる。

 はて、何のことですか?


「龍ヶ城たちが、どうかしたんですか?」


「会っていないのか? ……おかしいな、君を探しにダンジョンに行ったはずなのだが……」


「は? 何故?」


「君のことが心配だと言ってね……私も同行したかったのだが、あいにく国の式典と予定が重なってしまってな……優秀な騎士をつけたし、テルマサたちには細心の注意を払うように言っておいたから大丈夫だと思うが――――」


「大変です!!」


 そんなブラント団長の言葉をさえぎるようにして一人の騎士が、団長室へと駆け込んできた。その顔には焦りがありありと見て取れた。

 オレの直感が、けたたましくサイレンを鳴り響かせている。


「どうした?」


「筆頭勇者たちとダンジョンへ行った騎士からの、緊急信号ですッ!」


 それを聞いてブラント団長の顔色が変わる。


「誤報ではないのだな……?」


 全ての感情を殺し、低く、相手を竦ませるような声音でブラント団長が確認をとる。


「は、はい、確かに信号が発信されました……」


 緊急信号。


 聞きかじりの知識だが、確か魔法道具の一種だったはずだ。発動すると遠距離の感知器に魔力が届けられ、その持ち主の危険を知らせることができる、というものだ。


 それが、筆頭勇者たちと一緒にいる騎士から発せられたということは――――


「ユートッ!?」


 オレは、気がつけば団長室から駆け出していた。



 ――――凛がやばいッ!


ダンジョンはまだ終わらない

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