26、ダンジョンの終点
「ひらけー、ゴマ!」
そんなくだらない合言葉を唱えながら大きな扉を開ける。
いや、全く必要ないんだけどさ、ほら、雰囲気って大事じゃん。
そんなオレのくだらない戯言に気分を損なうこともなく、重々しい扉はいともあっさりと開いた。
道だ。扉の先には、整備された白い道が続いている。
覚悟を決めて、その道を進んでいく。
もちろん警戒を怠るようなことはない。
カツカツと、靴の音だけがこだまする。先ほどまでの激戦の色は既に無い。
薄暗い洞窟の中では自分がしっかりと前進できているのか分からなくなる。ただ無機質な道が続き、変わり映えの無い景色がオレの精神を削る。
けれども、不安を煽る道はすぐに終わりを告げた。
突然、オレの目を明るい光が焼く。
薄暗い場所にいたため、目がその光に慣れず思わず手をかざしてしまう。
少ししてその明るさに慣れたオレは、目の前に広がる驚くべき光景を見た。
「なん……だ……これ?」
呟く声は漏れる息のように頼りない。
広いドーム状の空間が視界に広がる。何より特筆すべきはその視界の中心。そこに豪華な邸宅が一軒だけ建っており、その周囲には緑豊かな森が広がっていたのだ。
上を見ると、岩肌の天井に何やら一際強く輝く水晶が埋まっていた。
一瞬、地上に出たのではないかという希望もそれを見て砕かれる。
オレは、まだちゃんと地下深くにいるようだ。
その事実に安心半分、落胆半分という複雑な気持ちを抱きながら改めてその珍妙な景色を見やる。
「それにしても……」
あたりの景色を見ながら思う。
とてもダンジョンの奥深くにあるとは思えない場所。
どちらを見ても、木々や花々がその存在を主張し、春の陽気までも感じさせる。
奥に見える豪邸は、地上で見た貴族街のそれと比べても遜色ないほどで、その白い壁は、あたりの緑とよくマッチしていた。ここが地上であれば、さぞ住むのに心地よい場所であろう。そう思って「空」を見上げるも、無骨な茶色い岩肌が見えるだけで開放感は一抹ほどもない。
そうは言っても、ここには今までのダンジョンの空気とは違う、生命の温かみが存在していた。
ダンジョンの底にこんなものを作るのは一体どこのどいつなんだろうな。
油断は出来ないが、不思議とこの場所では戦闘にならないだろうという直感もあった。
「とりあえずはあの大豪邸だな……」
もしかしたら、中に人がいるかもしれない。いや、いたらそれはそれでおっかないんだが、行ってみるしかないだろう。
そんな方針を固めながら、オレは砂利道を歩いていく。
じゃりじゃりと今までとは違った柔らかい足音が響く。
のどかだ。本当に、のどかで、和やかだ。
これまでの生と死を天秤にかけていた世界が嘘であるかのような、牧歌的な空気に思わず緊張の糸がほぐれていく。
いかんいかん……地上に戻るまでは、油断はしてはいけない。そう、ここはダンジョン。油断を許してはいけない。
そんな風に葛藤していると、何事もなくすぐに邸宅の前まで行き着いてしまう。
あまりの順調さに不審感と疑念が胸中を渦巻き、オレの顔を歪ませる。ある意味、リスクが目に見える形で現れていないという点では、一番恐ろしい展開だろう。
「ごめんくださーい……」
これまた3m近くはありそうな大きな玄関扉をノックしながら声をかける。
金持ちって何でこうも何でも大きくしたがるんだろうね。
そんな成金どもへあざけりを込めたメッセージを送りつつも反応を待つ。だが、家の中から何かしらの声があがることはない。留守かしらん。
意を決する。
「すぅ……ごめんくださーいっ!!」
……返事が無い、ただの留守のようだ。
ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていないらしく簡単に開いてしまう。
ま、まあ……留守なら仕方ないよね! 不可抗力だよ! レッツ、不法侵入!
当然のように玄関扉を開けて中へと入る。無論、探索のためだ。
「うお……」
思わず感嘆に声が漏れる。
内部も豪勢なつくりになっていた。いや、豪勢と一言で言い表していいものだろうか。
玄関ホールには高そうな壷やシャンデリアが飾られ、床にはじゅうたんが敷いてある。両脇にはどこかの部屋へとつながる扉があり、目の前には二階に上がるための大きな階段が備わっている。ありえないほどに華美に装飾されたこの空間は、煌き輝いているようだ。
まさに豪邸といった様相。見てくれだけじゃなく中身も相応のものであった。
だが、少しばかり違和感を感じる。
「ま、いいか。……さあて、色々物色……もとい探索しましょうか」
別に手癖が悪いわけじゃないんだからねっ!
そんな風にして物色、もとい探索を進めていると廊下に人影を見つける。
だがその人影は動かない。
その様子に不審感を抱きながらも一歩一歩距離をつめる。
「あ、あのー……」
使用人か何かと思い声をかけつつ近づいていくも、その人影が動く気配は無い。
変だと思いながらも一気に距離をつめてその正体を見る。
「なっ……マネ、キン……?」
そこに立っていたのは人型のマネキンだった。何で廊下のど真ん中に……?
そう思いつつマネキンの体に手を触れると、鈍い起動音とともにマネキンの額が光を発する。
思わず後ずさって距離をとるオレに、マネキンは関節を軋ませながらお辞儀をした。
「オオオオオ客様……ヨヨヨウコソオイデデデデデ――――」
バキンッと金属の割れるような音とともに、マネキンから発せられる声がぴたりと止む。マネキンは、頭を下げた格好のままついぞ動かなくなった。
「……一体何だってんだ」
目の前で勝手に始まり勝手に終わったイベントに疑問と不可解さしか得られず眉をひそめる。
……オレの予想では、このマネキンは恐らくこの館の使用人……というのもおかしいが、使用ロボットだったのだろうと推察する。最期に吐いたセリフや、この配置、建物のでかさから考えて妥当な推定だろう。まあ、それが当たっているかどうかはこれからの探索の収穫のいかんに関わってくるのだが。
それにしても、さっき感じた違和感はこれか?
あまりの豪華さに隠れていたが、この家は生活感が無さ過ぎる。人の住んでいる跡が無い、とでも言い換えるべきだろうか。まるで、おもちゃの家やモデルルームのように生活には適さない空間に思えたのだ。もしマネキンがこの家の住人だとするならば、その違和感も無理なく説明できよう。
オレはマネキンが完全に動かなくなったことをもう一度確認してから、廊下の奥へと進んでいった。
それから三十分ほどかけて、全ての部屋を探索する。
屋敷の中は先ほどまで人がいたかのようにキレイに掃除されていた一方、やはり生活感は皆無だった。
途中、様々な場所で同じようなマネキンを見かけたがそのどれもが既に動かなくなっていた。彼らの停止していた場所を鑑みるに、使用人ロボットという解釈で間違いは無さそうだ。永らくメンテナンスされていなかったことで、機構寿命が来たのだろう。
そして、オレは今二階の一番奥にある部屋の前に来ている。
これまで調べたところでは、大した収穫は得られなかったから、ここに何かある可能性は大ってことだ。
「お邪魔しまーす……あ、いやもうお邪魔してるのか……」
セルフツッコミを入れながら、そーっと扉を開ける。
足を踏み入れると同時に、幾度と無く嗅いだ木と紙の香りが鼻腔を撫でた。
そこは書斎だった。
6畳ほどの部屋の壁際には大きな本棚が据えられており、ところ狭しと本が詰められている。この部屋だけはなぜか若干埃っぽく、オレは思わず咳き込んでしまう。窓を開けて喚起しつつも、オレは部屋一面に陳列される本の山に目を向ける。
本を読みたい……読みたいが、後回しだ。
オレ史上トップレベルの葛藤に苛まれながらも、真実の究明のために自らの欲を抑える。
部屋の奥の壁際にはデスクが置かれており、その手前には背もたれをこちらに向けるようにして大きなチェアがあった。肘掛から長い裾が垂れているのが見える。
誰かが、座っている。
警戒を強める。
「あのー……お休みのところ失礼します……」
そんな風に椅子に座っている主の様子を窺いながらも、近寄っていく。
――――内心のある予想を確かめるために。
「実は、道に迷ってしまいまして……」
そう言いながら、勢いよく椅子の横へと躍り出る。
その姿を見ると同時に、オレは小さくため息をついた。
「……やっぱり、か」
チェアに座っている主を見やりオレは瞑目した。
そこには、ローブに包まりながら背もたれにもたれかかっている、白骨死体があった。
予想は出来ていた。
この閉鎖空間は、確かに生命の温かみはあふれているが、実際に生命、特に動物は皆無だった。
そんな状況で生きていける人間などいないだろう。いや、実はこの世界には光合成をできる人種がいますとか言われたら話は別だけど。
そして、驚くほど生活感の無い屋敷。長い間人の手が加わっていないことは明らかだった。さすれば、この家の家主がとっくに死に絶えていたことなど簡単に予想がつく。
椅子の背にもたれるようにして眠る白骨死体に手を合わせる。
宗派は違うかもしれないが、冥福を祈るぐらいならいいだろう。
十秒ほど目を瞑り祈りを捧げると、オレは気持ちを切り替えてあたりの探索を始める。その様子を白骨死体は静かに見守っている。いや、余計なことはするなよと釘を刺しているのかもしれない。
そんなことを考えてしまい苦笑する。
直接本人に情報を聞けないのであれば、何か、それに準ずるものを探すしかない。
だが、雑多な書斎という空間において長引くかと思われた捜索に時間はかからなかった。
デスクの引き出しの中に、手紙が入っていたのだ。
ろうで閉じられた封を切り、その中身を読む。
「ええっと……何々?」
そこには几帳面な字でこう綴られていた。
――――これを読んでいるということは、私は既にこの世にいないだろう。
「何このテンプレの始まり方」
――――私は面倒が大嫌いだ。本当は手紙すらも書きたくないがアイツが書け書けうるさいから書くことにする。ありがたく思え。
ここまで上から目線の手紙初めて見た。オレの精神状態によっては破り捨ててるレベルだけど?
――――私たちはとんでもない間違いを犯した。誰もが正しいと疑ってやまなかったことが、私たちの行動が、世界に災厄をもたらした。正しかったはずの、正しくあるべき、正しいと信じていた我々の行動が。神聖歴1000年、世界は更なる災厄に包まれる。私たちはそれを、止められなかった。
「……きなくさくなってきたな……」
――――これを読む者へ。お前が誰だかは知らないし、知りたいとも思わないが、災厄を止めてくれ。鍵の一つは封筒の中に入っている。災厄の内容は面倒なので省略する。後は頑張れ。
――カシュール・ドラン
その手紙の主の名を最後に、後は空白が続くだけだ。
「……これだけ!? いっちばん気になるところ略しやがった!? 最悪だこいつ!?」
やべえ、この白骨死体に思わず祈っちゃったけど、祈らなきゃ良かった!
そんな悪態を、今となっては憎らしく見える白骨死体に吐き捨てる。
え、ってかフリが適当すぎない? なんか色々雑だけどどうすんのこれ?
……現在、考えられる仮説は二つ。
一、神聖歴1000年……今が997年だから約三年後に、本当に災厄が起きて世界が危ない。
二、妄想乙。
仮説二であることを切に願う。仮に本当だとするとマジで最悪だな。こいつ、何も肝心な情報残さずに逝きやがったぞ。
「くそっ」
思わず封筒を机に叩きつけると、甲高い金属音が鳴った。
「そういや、鍵がどうのって言ってたな……」
封筒を振って中身を取り出してみると、そこには美しいネックレスが入っていた。
銀色のチェーンの先には、コハクのような宝石がはめこまれたペンダントがついている。
シンプルなデザインだが、それゆえ洗練された美しさを感じる。オレがつけているステータスチェッカーと似たシンプルさだ。
よく見ると、コハクの中に何かの紋様があるようだ。
光にかざしてその紋様を写し出す。
「……なんだこれ、記号?」
それは、何の意味を為しているか分からない不思議な紋様だった。アルファベットのように見えなくも無いが、残念ながらオレの知りうる文字には当てはまらない。
もしかしたら、何か意味があるのかもしれないな……少なくとも浅学のオレには理解できないが。だが、もし仮に世界の危機とやらが本当なら、これがそれを防ぐ鍵になるのだろう。大事に持っておいて損は無い。
オレはネックレスを首にかけ、他に何か無いかとあたりを物色する。指先につく埃を拭いながら、本棚や引き出しをあさっていく。
そうして、数分ほど探索をしてようやくまたヒントになりそうなものを見つける。
日記だ。恐らく、あの白骨死体、カシュール・ドランとかいう奴の。
ここに何か書いてあるかもしれない。
人の日記など読んでいいものでもないが、状況が状況だ。カシュール・ドランとやらも笑顔で許してくれるだろう。
まあ、半分はあのふざけた手紙を寄越した腹いせなのだが。黒い笑みを浮べながら、日記の1ページ目を開く。
――――日記など面倒くさい。やっぱりやめよう。
「諦めはやっ!? え、まだ初日だぞ、頑張れよ!」
そんなオレのエールに応えたわけではないだろうが、つぎのページにもまだ書き込みがあった。
――――今日は、朝起きて、飯を食って、寝た。
「日記の存在価値っ!! この日記、日記という存在を揺るがしてるんだけど!?」
――――そういえば、このダンジョンは正常に機能しているらしい。さすが、アイツが作っただけはある。
先ほどの手紙にも出てきた「アイツ」と書かれる人物。同一人物だろうか。この口ぶりからすると、その男がこのダンジョンを作ったのか?
そんな疑問にも答えてくれず独りよがりに日記は続く。
――――ここでの生活も悪くないが、やはりいささか不便だ。新しい兵器の開発を全て私一人でやらなくてはならないからな。私以外にも魔法技師がいればいいのだが……
どうやら、カシュールは魔法技師という仕事をしていたらしい。確か、魔法道具とか魔法武器とかを作ったり整備したりしている人だったはずだ。
――――今日は散々だ。家の中を掃除してくれるお掃除ゴーレム『ルンバー』を作ったせいで、部屋が一つ吹き飛んだ。さらに面倒くさいじゃないか。
「何やってんだこいつ……ってか、そんなハイテクゴーレム作れるとかカシュール存外有能だな、おい。後既視感あるネーミングやめろ」
ってか、あのマネキンはゴーレムの一種だったのか。ゴーレムっていうと、もっといかついイメージがあったんだが。
そんな風に日記にいちいちツッコミを入れていると、それ以降の書き込みが途絶える。
おい、マジでこれだけか?
そんなオレの焦りを嘲笑うかのように白紙のページが続く。
白紙ばかりのページに苛立ち始めたときだ。
目を皿にしながらページをめくっていると、あるページに書き込みを見つけた。
――――外になんて出るんじゃなかった。アイツが殺されたらしい。最後のダンジョンに鍵を隠し終えた直後だったみたいだ。だから言ったんだ。お前を裏切った世界を救う必要があるのかと。何が、何が『大罪人』か。私たちを追い詰め、謗り、殺めんとする人間どものほうがよっぽど罪深い。ああ、面倒だ。全てが面倒くさい。もう、何もしたくない。
後半の文は書きなぐられており、いかな心境でこの日記を書いたかを少しだけうかがい知ることができた。
「『大罪人』……? それが、カシュールや『アイツ』ってやつの呼び名だったのか? 随分とゾッとしない名前だな……」
だが、この最後の文章はこれまでの何よりも多くのヒントをオレに与えてくれていた。
まず、こいつはここから外に出ている。
ひたすら「面倒だ」という言葉を口癖の如く繰り返している怠惰なこいつが、あの長い長いダンジョンを往復してくるとは思えない。ならば、何か、ここから地上に直接つながるような経路があってしかるべきだ。例えば、エレベーターみたいな。
加えて、こいつは「最後のダンジョンに鍵を隠し終えた」と言った。
ということは、ここ以外の他のダンジョンにもここのネックレスと同じような『鍵』となるものが眠っていて、それらが世界を災厄から守るための重要アイテムになるんじゃないだろうか。
そんな仮説が頭を過ぎるも、確実な証拠もないため保留するにとどめる。一つ目については、これから詳しく館内を探せば分かるが、後者については他のダンジョンにも行ってみないことには分からん。
最後の最後で、色々とヒントをくれたじゃないかカシュール。
改めて白骨死体を見やる。そこで、ふとオレは立ち止まってしまった。
…………オレは、これを知ってどうするべきなんだろうか。
他の奴に言うべきか?
……いや、まず間違いなく信用されないだろう。頭がおかしくなったのだと一蹴されるだけだ。この手紙を見せようともそれは変わるまい。
なら、オレが解決を図るべきなのか? 世界レベルの危機を、オレが?
馬鹿げてる……そんなことできるわけないだろ……
その至極当然の否定に、楔の刺さった傷口が疼く。
――――それが、お前の贖罪なんじゃないか?
――――それほどに、お前の罪は重いんじゃないか?
頭をまとわりついてくるそんな言葉に唖然とする。
「いや…………」
乾いた喉に唾が張り付き、思わず咳き込む。
何を、言っているんだ?
オレの贖罪って、これが?世界を危機から救うことがか?
苦しい呼吸に喘ぎながら、地面に拳を叩きつける。
無様に迷い戸惑うその様を、オレの楔はカタカタと音を鳴らしながら嘲笑う。
その音に急かされるようにしてオレは呟く。
「……やるしか、ないのか……?」
その問いに答える者は誰もいない。
オレ自身も、誰の答えも求めていなかった。
そして、その言葉を呟いた瞬間から、先ほどまでうるさいほどに鳴っていた楔の声もまるで聞こえなくなった。
「――――いいぜ」
オレはいつものように口の端をゆがめる。
「やって、やろうじゃねえか。……ひとまず、世界を災厄から救えばいいんだろ。全部、掬ってやるよ」
自らを奮い立たせる。
これが、オレの果すべき贖罪だ。全てを掬え。
もし鏡で自らの顔を見ていたら、その昏く輝く目にぞっとしたものを感じていただろう。
だが、その場に自らを客観視できるものは何も無かった。
十一君が世界を救う冒険を描いたドタバタハートフルファンタジーを目指してます。




