25、最下層での邂逅【後編】
前回の続きです。
右手についた自分の血を見て急に寒気が強まる。
同時に、激痛が背中を襲った。
「がぁあああああ!!」
まるで神経が直接空気に触れているかのような耐え難い激痛に吐き気を催す。
カチカチと歯がなり、震える拳は握ることもままならない。
「『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』ッ!!」
自分にむちゃくちゃに治癒魔法をかけ、背中の傷を癒す。
オレの背中が大怪我を負っている理由。
それは恐らく先ほどの不意の熱線を喰らったからだ。
気付かなかった。
気付けな、かった。
その事実にぞっとする。
いくらアドレナリンが出て、極度の緊張状態にあったとはいえ、背中が焦げて気付かない? そんな馬鹿なことがあっていいわけがない!!
もし気付かなければ出血多量で死んでいたかもしれない。
死神が自分の首に手をかけていたことに気付き戦々恐々とする。
馬鹿みたいに魔力を込めた治癒により、背中の痛みは治まっていく。恐らく傷跡は残るだろうが、問題は無い。ここで死ぬよりはマシだ。
だが、オレの治癒を待ってくれるほど相手は優しくはない。
「来るッ……!」
『魔力感知』が魔力の爆発を感じるとほぼ同時に熱線が飛んでくる。
「『水壁・三重織』!!」
ありったけの魔力を込めた三層の『水壁』。
だが敵も渾身の一撃なのだろう。徐々に壁は薄くなり、その存在をなくしていく。
もうMPもほとんどない。
この三枚の壁が尽きれば、同時にオレの命も尽きるだろう。
ジュッ、と嫌な音とともに一枚目が消えた。
このままでは負け確定の詰みに入ったわけだ。
ああ、馬鹿げている。
これがオレの負うべき罰なのか?
罪を背負い続けることすら許されないのか?
あいつの死を、悼みつづけることがそんなにも悪か?
そして、二枚目が消える。
……ふざけるな。
これはオレの罪だ。
オレだけの罪だ。
オレが贖い、オレが弔う。
だからこそこのまま死ぬわけには行かない。
確かにこのままでは負け確定の詰みゲーだ。
……けれども、それはこの状況がこのまま続けばの話。
何故、オレが『蒼斬』でけん制しながらやつの周囲をグルグルと回ったのか。
ただでさえ体力の無いオレが、意味も無くそんなことをすると思うか?
オレが何も考えなしだと思ったか?
そんなことを内心で九尾に問いかける。もちろん、答えなど求めていない。
自らを奮い立たせる意味しかもたない、問いかけとしての意味を為していない問いかけだ。
だからこそ、次の魔法は流れるように口から漏れ出た。
「――――蕾よ、花開け『風蕾《花盛り》』」
パァン!! と、大きな炸裂音が聞こえる。
と同時に、九尾はそちらの方へ意識をとられ、一瞬光線が止む。
直後、何十もの『風蕾』が待っていたかのようにその大量の蕾を咲かせた。それは、空気の爆弾。高圧で閉じ込められた空気が一気に解放され、衝撃と音を生む。
広間一面を埋め尽くす風の花に、透明化していた九尾もダメージを受け、その姿を現す。
見つけた……!!
透明化が切れた九尾は、愚直にこちらを焼き殺そうとしてくる。
正面対決。サシでの戦いだ。
……オレがそれを受ける義理は無いけどな。
「……仕掛けは……一個じゃねえ!!」
再び炸裂音が九尾の後ろから聞こえ、九尾はそちらに意識をとられてしまう。
その一瞬の隙で十分だった。
ダンジョンは油断を狩る。
それは、誰であろうと例外ではない。
たとえ、ボスであろうと。
「消え去れっ! 『嵐玉』ッッ!!」
「キュォオオオオオ!!」
初めて聞く九尾の声らしい声に、耳をやられそうになりながらも、『嵐玉』を九尾にぶち当てる。
わざわざ走り回って『風蕾』を設置してこの隙を狙ったんだ!
「喰らってもらわなきゃ困るんだよッ!」
金属を叩き合わせたような、甲高い悲鳴が耳を劈く。
オレはそれを両の手で耳を塞ぎながら、事態の行く末を見守る。
一瞬だけ暴れた九尾も、すぐに『嵐玉』に巻き込まれてその姿を肉片へと変えていく。
尾に灯った紫の焔が消えていき、代わりに血の雨が降り注ぐ。
上半身がほとんど消え去ってもなお、その効果は衰えることなく、骨の髄までしゃぶりつくす。乱暴に獲物を喰らう獣の如く、その体を解体していく。
血が降り注ぐ世界でオレは地面に仰向けに倒れこんだ。
完全に動かなくなった九尾を見て、ようやく自らの勝利を実感する。
終わった。
終わったんだ……
小さく息をついて口の端を無理矢理にゆがめた。
「……ま、中ボスとしちゃ、中々だったぜ?」
そんな虚栄塗れのセリフを吐き捨てて、オレは滴る血と汗を拭ったのだった。
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「うーん……あの魔法使うと、素材回収できねぇな……」
あの後、遠くから魔法でチクチクと攻撃しても、九尾が絶対に動かなくなったことを確認してからオレは剥ぎ取りタイムに移行した。いや、モンスターをハントしたら剥ぎ取りするじゃん? 大体三回ぐらい。
倒せたのは良かったのだが、『嵐玉』のせいで上半身はほぼ跡形も無く消え去ってしまっており、そこから毛皮などを回収することは出来なかった。
仕方ねぇ……このまま入れるか。
ある程度肉片などを切り離した後に、オレは死骸をそのまま『持ち物』に入れることを決意。
だ、大丈夫……中で他のお弁当と混ざったりはしないはず……多分……『持ち物』の性能を信じよう……
恐る恐る九尾の死骸をインベントリに仕舞おうとすると、血の海の中に煌くものを見つけた。
「……血まみれで何か分かんないなこれ」
水魔法で血を洗い流すと、それは手のひらに乗る程度の紫色の宝石だった。
「なんだこの宝石……すっげぇ高そう。多分ボスキャラが落としたアイテムだからレア度高いはず……さすれば何かしらの武器や防具に使えるのではなかろうか? きっとそうに違いない!」
そんなRPGにどっぷりと漬かってしまった残念な思考回路をさらけ出しつつ、さして調べることもせず宝石と死骸を『持ち物』に仕舞う。
「さてと……じゃあ、気を取り直して行きますかね。…………あの扉の、奥へ」
一歩目を踏み出す。
その先に待つのは希望か絶望か。
などと洒落たことでも考えていないと、足の震えを誤魔化せそうになかった。
これだけ短いなら別に分けなくても良かったんじゃ……




