22、見慣れた場所【前編】
長かったので前半と後半に分けました。
「まさか、またここに来る羽目になるとはな」
独りごちながら黒い岩肌を見やる。あたりは水晶がほのかな光を放つ以外、明かりと思しきものはない。この景色にもなれたものだ。
オレは、またもダンジョンへと足を踏み入れていた。
別に、凛から逃げてきたわけじゃない。
凛との関係いかんに関係なく、オレはこのダンジョンに来る必要があったのだ。
目的は魔法の実戦および、春樹の遺品の捜索。
魔法はいくらイメージトレーニングや練習を積み重ねていようと、実際に使えなければ意味が無い。今であれば一人でダンジョンにもぐりこんでも、油断と深入りさえしなければ問題は無いだろうと判断したのだ。
春樹の遺品については、騎士団の中に探索系の魔法を使える人がいたのでその人に教えてもらった。友人の遺品を捜したい旨を伝えると、感涙にむせびながら喜んで教えてくれた。いつか、何かしらの形でお礼をした方がいいだろう。
食料や水も一週間分以上は蓄えてあるし、オレの完全記憶能力があれば、遭難することもあるまい。
無論、慢心も油断も一切しないが。常に死と隣り合わせであることを自覚して進む。
そうして、最後にステータスを確認する。
十一優斗 男 17歳
HP150/150 MP9320/9420
膂力25 体力35 耐久30 敏捷70 魔力5190 賢性???
スキル
持ち物 賢者の加護 ??? 隠密2.8 魔法構築力3.8
魔力感知2.4 魔法構築効率2.1
我ながら魔法関係は気持ち悪いことになっている。恐らく、これほどの魔力やMPを有するものはこの世界では他にいないだろう。
と、それで終わればいいのだが、残念なことに、相変わらず膂力や体力、特に耐久は思わずため息が漏れるほどしか伸びていない。
これでも結構努力してるつもりなんだけどなぁ……
まあ、そこは適正だと割り切るしかないだろう。魔法の才があるだけでもよしとしよう。
「さて、行きますか――――『風蕾』」
周囲に浮かぶ空気の蕾を操りつつ、ダンジョンの中を進んでいく。
そう、微妙にMPが減っていた原因がこれだ。
オリジナル風魔法『風蕾』は、自分の周囲に空気を圧縮して作った蕾を作り出す魔法だ。
そしてこの蕾は、衝撃を受けるとその花を開き一気に空気を膨張させる。すなわち、ある種の空気による衝撃波が生じるのだ。
威力自体はそこまで高くはなく殺傷能力は無いが、風をめぐらすだけで簡単に操作することができる上に、普通には目に見えない。恐らく熟達した魔法使いか魔法感知のスキルが無いと見つけることは困難だろう。
それゆえ、自分の周囲の危険を探る偵察機としては非常に有用だ。もし、何か敵が近づいていれば風の蕾に体の一部が当たるだけで蕾が開き、大きな衝撃と音が発生する。そうすれば、敵の発見と牽制をすることができる。
これで、普通の魔物の接近はもちろんのこと、この前みたいな不可視の敵にも対応することができるだろう。
ただ、一つ残念なのは、オレが今生成できる『風蕾』は一度に四つまでということだろうか。もちろん、作るだけなら何個でも作れはするのだが、それを全て操作するとなると、これ以上はどうにも、操作がおぼつかなくなってしまう。処理能力のキャパシティを超えてしまうのだ。
それゆえ、現在オレは前方に二機、後方に二機の『雷蕾』を漂わせながら洞窟内を進んでいる。
そんな風に魔法で周囲を警戒をしながらも、しっかりと歩みを進めて行く。
これまで、慢心や油断による悲劇を既に二度見てきた。さすれば、これほど慎重にことを運ぼうとするのも当然だろう。
そうして、潜り始めて気付いたが、低階層の敵程度では魔法のためしうちにもならない。
欲を言えば、モンスターハウスで出てきたクラスの魔物が一体ずつ、開けた場所で、オレの前方から堂々と現れて欲しいのだが……まあ、そこまでうまい状況に陥ったら逆に罠かと疑っちゃうな。
そんな風に現状の認識を繰り返しながら、黙々と進む。
「っ……」
小さな物音に反応して思わず振り返るも、そこには何も見えない。
念のため『風蕾』を索敵代わりに飛ばすも、手ごたえらしい手ごたえは得られない。
気のせいか……
そう気付くと同時に安堵し、汗が額を伝った。
精神が磨り減る。
ダンジョンといっても四六時中魔物に遭遇しているわけでなく、むしろただただ薄暗い洞窟内を一人無心で歩いていることのほうが多い。それがより一層自らの焦燥感と不安を煽り、「本当に大丈夫なのか」という疑心暗鬼に陥る。
ここのあたりはもう既に探索もされつくされており、比較的安全なはずだ。確か、現在は19階層まで探索が進んでいるんだっけか? これ、100層とかあったらどうすんだろうね。いつになったら探索しきれるんだ……
などと一人で他愛ないことを考えることで、精神の磨耗に耐える。
ただ集中だけは切らさない。
延々と続くような黒い岩肌をねめつけて、一歩一歩進んでいく。息が詰まるような感覚に苛まれるのはこの閉鎖的な空間のせいだろう。奥に進めば進むほど、死のにおいが強まっていく気がする。
数十分ほど歩いてからだろうか。一人暇を弄んでいると、前方から二つ頭のはげた犬がやってきた。
……オルトロスか?
オルトロス。双頭の毛の無い犬型の魔物。性格は獰猛で、群れで人を食らう。痛みに無頓着なため、肌は傷だらけなことが多い。と、本に書いてあった。
個々の能力はそこまで高くなかったはずだ。
そう、個々の能力であれば。
「おいおい……何匹いるんだよ……」
いち、にぃ、きゅう……あたい、バカだから3以上数えられんないっ!
などと、内心で幻想郷のおバカさんをリスペクトしたモノローグを流して恐怖心を抑えつつ、冷静に作戦を構築していく。
……13か。随分と規模がでかい。まあ、これぐらいなら範囲魔法でぶっ飛ばしちまえばいいか。
脳内で、最適な魔法を検索する。
そうこうしている間にも、こちらを見つけたオルトロスたちは気配を殺しつつ迫ってくる。
向こうはオレが一人なのを理解して、狩りやすい獲物だと思ったようだ。さしてためらうこともなく、着々と距離を減らしていっている。
ことダンジョンにおいては。油断は死を招く。
それは、魔物であっても例外ではない。
「ちょっとためさせてもらうか……『嵐玉』っ!!」
風魔法『嵐玉』。
高密度に圧縮、高速回転させた風の渦。いや、それを風などと呼ぶのも生易しいほどの害意をもった大気の奔流。
圧倒的な速度と密度の空気はその軌道に白い筋を残し、それがまるで繭のように球を形作っている。実際は、小さな埃などを大量に巻き込んでいるため白く筋が見えるのだが、その白糸の濃さからも、どれだけの空気が込められているかが分かる。
「頼むぜ」
先頭の一体が飛び掛ってくると同時に、『嵐玉』を放つ。
ぶぉん、と大気が低いうなりを上げる。
次の瞬間、殺意の顕現たる暴風が哀れなオルトロスたちを切り裂いた。
いや、切り裂くというのも正確ではないだろう。
より正確に表現するなら、オルトロスたちを分解した。
『嵐玉』に触れた部分から細かな肉片へと変わっていき、オルトロスは犬のような悲鳴を上げる。だが、次の瞬間には自分がどうなったのか理解もできずに、細かい要素に分解されていく。
10体以上はいたオルトロスたちの頭数が数秒でゼロとなり、あたりには血と油――――死の臭いが充満する。
そんな光景を見ながらオレは唖然とする。
「……人には使えねえな。マジで惨殺死体ができるぞ……」
流石に、そんなサイコパスな趣味は持ち合わせていないのでこの魔法は対人戦ではまず間違いなく使われないだろう。そもそも、対人戦をする機会があるのかどうかも謎だが。
自分の魔法の威力の高さに、嬉しさ半分恐ろしさ半分といった複雑な気持ちを抱きつつ、オレは更なる深みへと、足を進めていくのであった。
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「あー! 10層着いたぁあああああ!!」
これで三度目の到来である、10層の広間に到着する。
あたりの安全確認もそこそこに、オレは硬い岩床へと寝転んだ。
「疲れた……一人だとこんなに神経すり減らすとは……」
正直予想外だった。
一人だと、前後左右上下全ての方向を自分で注意しなければならないし、戦闘でも一瞬も気を抜くことが出来ない。道中で休憩らしい休憩もとれないので、流石に疲れた。
ちょっとだけ休憩……
ブラント団長いわく、この広間は魔物が沸かないとのこと。
まあ、信憑性に若干の不安は残るが、少なくとも普通の場所よりは沸きが少ないのは事実だろう。
そう思いながら、周囲には操作を放棄した『風蕾』を漂わせつつ床に寝転ぶ。
ああ、人をダメにするソファとかが欲しい。そして、ダメ人間になりたい……
疲労ゆえ、思考がダメ人間へとシフトしてく。
拙僧、もう働きたくない。将来の夢は専業主夫です。
「ダメだこの思考スパイラル! ダメ人間から脱却できなくなる! いや、もう既にダメ人間のレッテルは貼られてるけどさ!」
ここまで全て独り言なのにはお目をおつぶりいただきたい。こうでもしていないと、この仄暗く単調な空間では気が滅入ってしまうのだ。何もすることが無いってのが良くない。
数分ほど経ってから、身体を起こし『持ち物』から水と軽い食事を取り出す。
それを大して味わうこともせず、淡々と咀嚼し飲み込む。薄暗い空間で一人で食べる食事はなんとも味気なく、大した感想も浮かんでは来なかった。
ダンジョンに潜ってから、既に二時間ほどが経過している。
バカみたいにゆっくりと歩いてきたのと、途中で小まめに休息(ほとんど気は休まらなかったが)を挟むようにしていたため、思ったより時間がかかってしまった。
次からは、もっと急いでも問題ないだろう。道中で特に問題も無かったしな。
「さてと、じゃあ、早速発掘作業に移りますかね」
魔法のためしうちも出来たため、今回の第二の目的である春樹の遺品捜索を始める。
これで三度目となる横穴に入っていき、既に埋まってしまっている瓦礫に手を当てて目をつむる。そうして、騎士に教わったとおりに魔法を展開する。
「『グラナトラス』」
魔力の波紋が土中を伝わっていく。
自らの手のひらから放たれる魔力の波が、岩石の中の様々な物質を浮かび上がらせてくる。
撥ねかえる波により、頭の中に土中の立体図が形成されていく。本来、土中に金属の塊や水脈がある程度にしか分からないといったレベルの魔法を極限まで精密化し、脳内に精緻な図を描くほどに昇華する。恐らく、オレの魔力と脳の処理能力があるからこそできる荒業だろう。
少しして、ソナーの効かない何かしらの壁にぶちあたる。波の伝達性の低い物質なのだろう。気体か液体だろうか。そうした部分を無視して、ソナーを広げていく。
……もう少し鮮明に……波長を短く……
波の波長を微調整し、探し出したいスケールにピントを合わせていく。それは、さながら望遠鏡のピントを合わせる作業のようだ。
「よし……これぐらいで……」
作業に集中する。
様々な鉱石などが埋まっているのが分かるが、それは後回しだ。
あたりに波を飛ばし始めて、一分ほど。
「……!」
土の中に一つだけ、周囲とは明らかに反応の違う物質を見つける。
棒状の形をしており、何かしらの金属で出来ているようだ。
その物体に集中するため、さらにスケールを細かく合わせていく。スケールを小さくするにつれ、多くの情報が頭に流れ込んでくるが、それを一つ一つ取捨選択し、脳の処理を超えないようにする。
「ビンゴ……」
棒状の物体は、オレが捜し求めていた春樹の遺品――――春樹のロッドだった。
見紛うことなどない。
「よしよしよし……ようやく見つけたっ!」
思わず歓声を上げてしまい集中が途切れる。と同時に、脳内に描かれていた土中の映像は霧散してしまった。だが、オレの記憶にはしっかりと刻まれているから問題ない。1ミリも寸分たがわず掘り当てることが可能だろう。
けれども、奇妙な点に気付く。
「位置が低すぎないか……?」
そうだ。ソナーに引っかかった位置が低すぎる。
あのモンスターハウスの場所は、オレが今たっている場所と同じ高度だったはずだ。さすれば、春樹の所持品もその高度にあるべきなのだが、実際はそれよりも30mほど低い位置にあった。
まずいな……地盤沈下でもしたか? それか、床が崩落したか……どちらにしろ厄介だな。
折角目の前に目的のものを見つけたというのに、思わぬ苦難に足元をすくわれ唇を噛む。
「とりあえず、掘り出してみよう」
そう思い立ち、横穴の壁を土魔法で補強していく。
魔力を込めれば込めるほど硬くなるし、この洞窟の地質構造やら構成鉱石は大方調べてあるから、問題ないだろう。
そうして10分ほどかけて念入りに横穴を補強し、魔法で掘削を始める。
掘削方法自体はいたってシンプルだ。
風魔法で岩の壁に穴を空け、その穴を無理矢理土魔法で開くというものだ。
恐らく、こんな強引な方法は無詠唱の使えるオレぐらいでしか出来ないだろう。
そうして20分ほど掘り進めてからだろうか、ようやく作業に慣れ始めたところで異変は訪れた。
音がする。何かの音が。一定のリズムで流れているが……これは……水か?
そんな風に考えていると、バキン! という今までとは違った音がする。
「うお!? 開いた!?」
毎度のように風魔法で穴を開けようとしたところ、風が岩の壁を貫通して向こう側へと抜けたのだ。
その穴を土魔法で丁寧に崩し、人一人がようやく通れるだけの穴をあける。
「うお……なんじゃこりゃ……」
そんな感想が思わず口をついて出る。
それも仕方がないだろう。
黒い岩戸を開いた先に、驚くべき光景が広がっていたのだから。
まず目に付くものは、きらめく滝。
そこは以前同様、開けた空間となっていたが、前回とは違い壁の穴からは何本もの滝が流れ出ていたのだ。部屋の中央には大穴があり、その底見えぬ滝つぼに大量の水が流れ込んでいた。
……すげぇ景色だな。
最初来たときもきれいだった。あの時は、豪勢な水晶が煌びやかに輝きながらオレたちを出迎えたが、この部屋の趣はまたベクトルが違う。どちらかというと、自然のもつ素朴な美しさを写し出すような、そんな景色だ。壁や天井に少しだけ残っている水晶は自己主張をすることなく、滝の引き立て役にとどまり、滝はその輝きを受け淡く光る水を真っ黒な口へと注いでいく。
人の命が簡単に失われるようなおぞましい場所であるからこそ、自然の与える感動もひとしおなのかもしれない。
そんな風に情緒に浸っている自分に気付きはっとする。
いかんいかん。春樹のロッドだ。
「さてと……」
部屋を見回すが、前に来たときよりも狭くなっているほか、床には光を失った巨大な水晶が刺さっており、足の踏み場も少ない。恐らく、あの崩落に伴い、地面の下にあいていた空洞とこの広間がつながってしまったのだろう。そして、地盤の変形とともにどこからか水が流れてきたと。
それにしても、床が水浸しなのは危険だ。こんな場所で戦闘などになったら、たまったもんじゃない。
……やべぇ、今のフラグだろ……いやいやいやいや! げ、現実にフラグとか無いし……
「さ、さあ……春樹のロッドはこの下かな……」
冷や汗をにじませつつ、部屋の中央の穴へと近づく。
ぴちゃぴちゃと、水浸しの床に自分の足音が反響した。




