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214、優斗・フォンズ vs ザント・ノルマンド

「トイチさん……!!」


「悪かったな、メフティス。もろもろ入れ違いになった」


 倒れたメフティスを抱き起すと、眼前の処刑台を見上げて睨みつける。

 周囲の野次馬たちは何が起きたか分からないといった様子でざわついている。


「に、人間族!? どうしてここに!?」「まさか、襲撃!?」「いや、でも一人だし……」「隣にいるのはヘルブロウ様じゃないか!?」


 などなどなど。


「フォンズ・ヘルブロウゥ! なァぜ、貴方は人間と並び立っているのですかァ!」


 ノルマンドがこめかみに青筋を浮かべながら震える声で問うた。


「ふむ。わざわざ言葉にしなければ分からないか?」


 にやり、と笑うフォンズにノルマンドが目を見開く。


「ッ!!! 貴様ァ!! 六将軍でありながら、人間ごときに与するのかァ!!」


「ああ、その件だが。悪いな、ノルマンド。私は六将軍を降りる。すまない」


「ッ!?」


 言ってやったりとすっきりしているフォンズとは対照的に、ノルマンドは怒りが募り過ぎて自分の感情がよく分からなくなっている様子だ。


「だーりん……! 何でっ、来たの!?」


 アルティはその表情を困惑に染めて叫ぶ。


「いや、観光観光。魔族の街ってのがどんなもんか一回見てみたくてな」


「メフィを連れて、帰ってッ! アタシ、別に助けて欲しいと思ってないッ!!」


 アルティは顔に狼狽を貼り付けて叫んだ。


「アンタだって分かってるでしょッ! アタシは、アンタの魔力が欲しくて利用してただけッ!! 別に、アンタのことなんてどうでもいいし、大嫌いだからッ!!」


「奇遇だな、オレもだよ」


 オレの返しが意外だったのか、アルティは目を丸くした。


 ……彼女の片目はもう失われてしまっているが。


 その痛ましさにはらわたが煮えくりかえるが、それをぐっと抑え込むとあくまで軽い口調で続けた。


「オレもお前から魔族の情報を引き出したくて利用してた。それに、嫌いなところだってたくさんあるぞ」


 そう言ってオレは指折り数え始める。


「すぐに厄介事を引き起こそうとするところとか、野生児に見えて打算的なところとか、人の気持ちをすぐ蔑ろにするところとか……」


「なら…………!」


「世界は全て弱肉強食とかさばさば気取りながら友達思いなところとか、凛に申し訳ないからってあいつを避けてたところとか――――」


「っ……!」


「――――助けて欲しいのに、素直に助けてって言えないところとか」


 アルティは俯いて黙り込んでしまう。

 ようやく冷静さを取り戻したノルマンドが唾を飛ばして叫ぶ。


「え、衛兵ッ! その男をォ黙らせなさ――――」


「悪いが、衛兵諸君には既にお眠りいただいた」


「ッ……!?」


 フォンズが無音のまま、風魔法で衛兵のほとんどを気絶させていた。


「…………何で、そこまでするの」


 アルティの口から、呪詛のような疑問が滑り落ちた。


「……正直な話、お前にだーりんって言われても、オレにその気はないんだよな」


「……は?」


 ぽかん、と呆けた表情をするアルティを見て笑う。


「…………けどな。お前は、それでもオレの、――――友達だ。助けるだろ、友達なら」


 呆けたまま1秒、2秒、3秒と沈黙が降りる。


「………………もしかして、アタシ、今、フラれた?」


「は。本気でオレに好意なんて持ってなかっただろ、お前」


 今ならはっきりと分かる。

 アルティがオレに向けていたものは、オレのおごりでなければきっと友愛。友に感じる、親しみの情。


「…………いいの?」


「いいに決まってるだろ」


 何が、とは言わない。

 だが、アルティは「そっか」と小さく呟くと、息を吸い込んだ。


「……じゃあ、お願い」


 アルティが震えた声で呟く。

 だが、すぐに、もう一度叫んだ。


「お願い……!! 助けてッ……! 優斗ッ!!」


「ああ、任せとけよ、マイハニー!」


 それは宣戦布告。

 六将軍と魔王を含めた、魔族全員を敵に回すという覚悟。


 いや、全員ではないか。


 オレには、立ち並ぶ友がいる。


「『アースオペレーション』」


 ぼこぉ、と処刑台の下の大地が隆起する。

 オレとてただアルティと話していただけじゃない。大地に魔力を浸透させる時間を稼いでいた。木組みの処刑台はバランスを失っていともたやすく瓦解する。

 ここは敵が動揺している間に速攻を仕掛ける。


「アルティを回収する!! 『瞬――――」


 『瞬雷』でアルティの元に飛ぼうとして、強烈な眩暈にたたらを踏んだ。


 それは濃密な死の感覚。

 鮮明に、自分の首と胴体が生き別れになる映像が脳裏に浮かんだ。虫の報せと呼ぶほど曖昧なものでもない。もっと明確に、死神がオレの首筋に刃を当てていた。


「ザント・カリギュラ……!」


 処刑台が崩壊し、もくもくと砂ぼこりが舞い上がる中でその男が立ちはだかる。剣鬼。皆が口を揃えて最強を語る、魔族の最大戦力。眼前に立ちはだかるだけで、死の恐怖に背筋が凍り付く。


「――――見極めたか。そこより二歩先、(われ)の射程だ」


「ちっ、埋まっててくれッ! 『ベイスシュトルム』ッ!」


 大量のガレキを生き物のようにうねらせ、そのままザントの上に降り注がせる。倒せるとは思っていない生き埋めで行動不能ぐらいにはできるだろう。

 ザントは腰につがえた剣を抜くことすらせずに、悠然と構える。


 ふ、とザントが腕を振った気がした。


 それは手刀。

 直後、瓦礫が真っ二つに裂かれ、そのまま遥か後方の家屋の壁までもを斜めに切り落とした。


「はぁ!? 手刀で斬撃を飛ばすな、アホか!!?」


 叫んでも仕方がない。


 こちらから近づけないなら、大地を動かして、アルティをこちらに手繰り寄せるッ――――


「逃がしませんよォ!! 浮かび、撓れェ! 『シャドウウィップ』!!」


 地面から影を剥がしたように、黒い何かが大量に浮かび上がる。まるで触手のようにうねる影は、そのままオレたち目掛けて放たれた。


「『アトモスクーパー・ペタル』!」


 フォンズの無限の風刃が影を切り裂く。よく見ると風の刃が微かに光っている。


「フォンズ、それは!」


「光属性の魔石を砕いたものを風に乗せたッ! だがそう備蓄はない! あと一発撃てるかどうかといったところだ!」


 ノルマンドの攻撃を止められるのは後一手がせいぜい。


「『ファイアレイ・リフラクション』ッ!」


 火の柱で、アルティに繋がれた鎖を全て焼き切る。そこまではいい。奴らもそれを見送った。

 だが、それはこちらが勝利に近づいたことを意味しない。たとえアルティの束縛が解かれようと、奴らはこちらが逃げられないと、そう踏んでいるのだ。


 加えて先ほどから明らかに敵の戦力が足りない。

 そう。アイリーン・ブラックスノウの姿がない。

 あの女がこの土壇場に顔を出してこないことがあるのか? どこかに紛れているはずだ。だが、奴は任意の姿をとることができる。民衆などに混じっていてもオレに判別は付かない。


 ああ、クソっ。いてもいなくても厄介なやつだな。


 一旦は思考の外だ。いるかも分からない仮想敵を相手にしてる余裕もねぇ。まずはアルティを手元に手繰り寄せる……!


 相手は確実に動揺している。この隙にアルティを――――


「二度は、無し。そこもとの首、(われ)の届く領域なり」


 ザントが、こちらに二歩、間合いを詰めている。


 気づかなかった。


 気づけなかった。


 思考を、とられていた。

 ザントの言葉に、ゾッ、と背筋を寒気が走った。


 ――――――――ああ、死んだ。


 諦めに近い感情が脳内を占めた。オレは瞬きののちに訪れるであろう死から逃れる術を探す暇もなく――――


 ガキィン、と眼前で斬撃が弾かれた。


 オレの目の前に折り重なるのは魔力で編み込まれた盾――――結界。


 その意味を悟るよりも早く、真横を金色の弾丸が走る。弾丸は真っすぐに飛び、ザントへと突き刺さった。


 否、弾丸ではない。


 人間の、牙突。


 ザントは、彼女が恐らく全霊をかけて放ったであろう一閃を、ただの片手で受け止めた。

 それを見届けてようやく、口から言葉がこぼれる。


「…………どうし、て」


 零れたのは素朴な疑問。


「――――それは、こちらのセリフですわ。ユウト」


 金色の弾丸――――赤い装束の女が、直剣を構えながら吐き捨てた。


「――――ほんとに、もう! なんでゆーくんはいつも一人で行っちゃうの!! わたしも連れてってって話したばっかりだったよね!?」


 オレの後ろから駆け寄り、心外と言った調子で怒る少女。


「――――今度は、ワタシが助けられたらいいなって。ユートくんのこと」


 空から降りて来る竜の翼を持った少女。


 ありえないと、頭を振りたくなる。


 けれども、誰が。

 誰が、見間違おうか。


 彼女たちのことを。


「どうして、ここにいるんだ……! 凛! リア!! レイラッ!!」


 場違いな戦場に立つ三人の少女に、オレは、悲痛な叫びを叩きつけたのだった。


来ちゃった。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、そりゃこんな大事な場面で置いてけぼりでじっとしてるようなヒロイン達じゃないよね(自覚してない人大半だが)
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