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213、処刑台に罪人は至る

「どうしたんだろう……」


 メフティスは、一向に光る気配の無い魔方陣に不安げな視線を向けて呟いた。

 先ほど優斗と別れてから既に30分以上が経過している。そろそろ彼が関門を超えて、転移魔方陣を開通させているはずだ。

 けれど、目の前の転移魔方陣はうんともすんとも言わない。


「何か、あったのかな……」


 そう不安を零す息は真っ白く染まる。

 先ほどから降雪も弱まりつつあるとはいえ、屋外で長時間立ち続けていれば身体は芯から冷えていく。魔族ゆえに過酷な環境に対する耐性はあるものの、指先の震えを抑えることはできそうになかった。失われた右腕のために、両手を擦り合わせて暖をとることもできない。


 ――――もしかして、失敗した?


 そんな考えがなんども過り、頭を振って追い払う。

 トイチさんはすごい人だ。あのアルティちゃんが太鼓判を押して話すような人物。失敗するなんて考えられない。

 けれど、あまりに遅い。その事実が、心臓を嫌に跳ねさせる。


「…………一旦、戻ろう」


 優斗が転移魔方陣からこちら側に来た場合に備えて書置きを小瓶に入れて残すと、メフティスは寒空の下、雪に足をとられながら城下町へと戻った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゴーン、ゴーン、ゴーンという鐘の音を聞く。

 メフティスは、城下町に戻ると違和感に気付いた。大広場の方に多くの人たちが集まっているのだ。


「? そういえば、さっきも何かやってるみたいだったけど……」


 転移魔方陣のところまで急がねばと、先ほどは大して気にも留めていなかったけれど、これだけの人数が集まっているとなるとやっぱり気になる。加えて、物々しい警備。本当に魔王様が演説にでも来るのだろうか。


 そんな風に考えて、ローブで顔を隠すと人ごみに紛れた。

 大広場に急ごしらえで作られたのであろう木製の台。高さにしておよそ3mちょっと。その上にあるものは、どれだけ人の壁に囲まれていても良く見える。


 そう、見えてしまう。


「アルティ、ちゃん…………?」


 自分の口から漏れた呟きで、ようやくその台の上に何があるのか――――否、誰がいるのかを明確に認識してしまう。

 その上に跪いて俯いていたのは、アルティ・フレン。メフティスの唯一無二の友人にして、優斗が救いにいったはずの相手だった。

 その体には数多くの傷が刻まれ、首、両手首、両足首には枷がはめられている。血色も悪く、まともな食事も与えられていなければ、魔力も奪われているのだろうということが明らかだった。


 彼女が城下町にいるという事実に、メフティスは動揺と混乱を隠しきれなかった。

 頭の中を何故、どうして、と疑問符だけが駆け巡る。


 だが、その答えはアルティの両脇に立つ六将軍の一人――――ノルマンド・フォン・オラニエによって明らかにされた。


「正午となった。これよりッ! 大逆の徒、アルティ・フレンの処刑を開始するゥ!!」


 メフティスの視界が、ぐらりと揺れるような錯覚を覚えた。


 処刑。


 アルティ、ちゃんの、処刑。


 そうしてメフティスは初めて眼前の木組みの台の意味を理解する。


 あれは処刑台だ。

 衆目の中で、アルティちゃんを処刑するためだけに拵えられた、特設の。


 だが、メフティスが状況の把握を理解するよりも早く、事態は進んでいく。


「元六将軍、アルティ・フレンはァ、魔族軍の将でありながら、我らが仇敵、人間族の旗頭である勇者と内通していたァ! これはァ、我々魔族に対する重大な叛逆行為でありィ、我々を敵に売り渡す到底許されざるべき行為であるゥ!」


 ノルマンドの高説を聞いた民衆はざわざわとざわめき出す。

 その言葉のほとんどは、アルティ・フレンに対する悪感情の発露。メフティス自身、それらの言葉1つ1つを明確に聞き取ることはできなかったが、それはむしろ幸運であったのかもしれない。


「よってェッ! 魔王様の名の元に、この大罪人をォ――――処刑するゥッ!」


 アルティは、ノルマンドの言葉に欠片も反応せずに俯き続けている。


 アルティの右隣で演説するノルマンドのほかに、左隣には無言の男が立つ。

 彼こそが『剣鬼』ザント・カリギュラ。両目を瞑ったまま、口を一文字に結んでいる。

 身じろぎひとつしないその様は立ったままに死んでいるのかとも錯覚するが、見る者が見れば彼を見て慄くだろう。彼の立ち居姿には一切の隙が無く、それでいて一歩こちらから踏み込めば首をとられると、そう確信する何かがあった。抜身の剣を突き付けられているような錯覚すら覚える。


 メフティスはその姿を見て、かちかちと奥歯が噛み合わずにいるのを抑えられなかった。

 傷が塞がったはずの右腕が痛みを主張する。

 そう、メフティスの右腕を奪い去ったのは他でもない目の前に立つ六将軍、ザントだった。ただそこにいるだけだというのに、その威圧を感じるだけで身体が底から震える。


 恐怖。


 強い恐怖が、水面に墨汁を注ぐようにしてメフティスの胸中を染めていく。


「魔王様、何かお言葉を賜りたく」


 ノルマンドが、処刑台の奥の方に語り掛ける。処刑台のさらに一段高くなった場所に設置された豪奢な椅子、そこに腰かけて不遜に足を組む一人の少年。知らない人が見れば、何故そんなところ年端も行かぬ少年がふんぞり返っているのかと疑問に思うだろう。

 だが、その少年が言葉を発すれば、そんな疑問は一瞬で氷解する。


「ああ、うん、そうだね。極めて残念だよ、今回の件は」


 魔王シリウスは、興味もなさそうにそう呟いた。

 だが、どれだけ気の抜けた言葉でも、まるで質量を持っているかのような重圧として場の聴衆を圧巻させる。魔術に近いほどの言葉の圧。彼が魔王であるということを確かめるには、それだけでも十分だった。

 魔王の膝元で、六将軍二人が処刑を執り行う。その事実は、あまりにメフティスにとって絶望的過ぎた。何の力も持ち合わせていないただの少女が、化け物の前に身を躍り出すことなどできようか。


「ありがとうございます。陛下。それでは、これより処刑を開始しましょうゥ! 処刑は、一般兵士による刺殺刑である。処刑人はここへ!!」


 そう言って、処刑人が槍を手に台へと上がる。その手には大して研がれてもいないのであろう槍が二本、握られている。この処刑が罪人を苦しみなく即死させるようなものではなく、より長く永く苦痛を与えるためのものであることを、否応なしに表していた。


 処刑人が台上に登り切り、とん、と槍の柄を軽く地面に打ち付けた。

 先ほどまでざわついていたはずの衆人もしんと静まり返り、その一挙手一投足を見守っている。

そのときだった。


 だっ、と人ごみから駆けだす影があった。

 想定外の事態に、ノルマンドの顔が驚愕に彩られる。


「ま、待ってくださいッ!!」


 駆け出した影――――メフティスは、力の限り叫んだ。なんの力もない少女が、ただ一人の友人を助けるために、化け物の前に身をさらしたのだ。


「貴方は、逃亡した罪人ッ! 取り押さえなさい衛兵ッ!」


 処刑台の周囲を守っていた衛兵に、何なく取り押さえられ地面に押し付けられる。


「ぅ、あ…………」


 身動きがとれない。

 メフティスは何とか顔を上げると、叫んだ。


「お願いしますっ! アルティちゃんを、処刑、しないでください……!!」


 その声に弾かれるようにして、初めてアルティが顔を上げた。


「なん、で……メフィ…………」


「全部、全部わたしのせいなんですっ! わたしのために、アルティちゃんは……!! けほっ、けほっ!」


 こんなに大きな声など出したことはない。

 喉の奥に空気がつっかえてむせ返る。肺も喉も、抑えつけられた腕も体も痛い。痛いけれど、ここで退くことはできない。友達が目の前で殺されようとしているのだから。


「ははァ……なるほどォ。貴方が、逃亡したアルティ・フレンの共謀者というわけですねェ……探す手間が省けましたよォ。貴方は、アルティ・フレンの処刑の後に聞きたいことが山ほどあります。じっくり尋問したのちに、処刑してさしあげましょうねェ」


 ノルマンドの舐るような視線にメフティスは肌が粟立つ。


「ノルマンドッ! メフィは関係ないッ!! 殺すなら、アタシだけを殺してッ!!」


「黙りなさいッ、この大罪人がァ!! 浮かび、撓れェ! 『シャドウウィップ』ゥ!」


 ノルマンドの足元の影がうねる。そして、影が大地から浮かび上がり、そのまま鞭のような形をとるとアルティの身体を打ち付けた。

 だが、アルティは苦悶の声一つ上げずにノルマンドを睨みつける。


「何ですかァ、その反抗的な目はァ!!!」


 ノルマンドの影が、アルティの左目に突き刺さる。


「アルティちゃんッ!!」


 鮮血を飛ばしながら引き抜かれた影には、潰れて形も分からなくなったアルティの目が付着していた。

 だが、それでもアルティは悲鳴の1つも上げなかった。

 抉れた左の眼窩から大量の血を流しながら、それでも残った右目で決してノルマンドから視線をそらさない。


「お願い。ノルマンド。メフィは、関係ない……!」


「まだ、そんなことをッ!! 貴方は大罪人として処刑されるのですよォ!! そこの女も同罪です!! どうせ諸共に死ぬ!! その事実に変わりはないのですよォ――――」


「――――来るぞ」


 ノルマンドの言葉が止まる。ザントが呟き、初めて目を開いた。ノルマンドもぴたり、とその声を潜め、そして、その方向へ視線を向けた。

 二人の視線が向ける先は、上空。


「――――」


 ザントが無言のまま、手刀を空に向けて振り抜いた。

 ただの手刀は空を裂き、分厚い雲を割り、そして何かを裂いた。


 メフティスの丁度真上から、何かが落下してくる。

 そのままメフティスを取り押さえていた衛兵たちを吹き飛ばすと、いかにも不時着といった様子でどしん、と大地に落下した。


「――――おい! バレたじゃねぇか!! どうすんだよ、これ!」


「――――知るか! 僕のせいじゃないだろう、どう見ても!!」


 落ちてきたのは二人の男。

 場の緊張も知ったことかと、お互いを罵り合っている。


「あ、あ、あ、貴方たちィ!! 一体、何なんですかァ!!」


 ノルマンドが、激昂して叫ぶ。


「――――何だかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情けってか?」


 男はそう呟くと、「どうしたもんかな」と頭を掻いた。


「――――オレは、十一優斗。落第勇者なんだが、訳あってそこのちんちくりんを攫いに来た。以後、お見知りおきを」


 そう言って、十一優斗は、不敵に笑った。


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