211、終わりの鐘が鳴る
ブクマ、感想、評価ありがとうございます!
「けほ」
フォンズが小さくむせる。
体中が煤まみれで、生きているのが不思議なぐらいだ。
「……大丈夫か」
オレの心配にフォンズは軽々しく笑った。
「問題ない……と断言はできないが、こうなることも想定していた」
そう自慢げに言うと、フォンズは大量の瓶を虚空から取り出した。その中には液体が詰められている。
「……ポーションの類か?」
「ご明察。魔族軍が保有する高純度な回復薬。その中でも効果の高いものをかき集めておいた。これ一本で家が建つ」
言い終わるや否や、フォンズは浴びるようにそれらを飲み始める。というか、頭から振りかけているため実際に半分ぐらいは浴びている。
「治癒魔法ほど即効性は無いが、ひとまず身体を動かせるぐらいにはなるだろう。君の魔力は温存しておきたいからな」
ポーションでびしょぬれになりながらも自慢げな表情を浮かべるフォンズに、オレは思わず吹き出す。
「……っと。本題だ。フォンズ、アルティの場所を教えてくれ」
「……彼女を、救うつもりなのか」
フォンズの問いに、オレは迷いなく頷いた。
「そうか」
「六将軍の立場もあるお前の力は借りない。場所さえ分かればあとは一人で何とか――――」
「はぁ。君はこの期に及んで……」
フォンズのため息の意味が分からず首を傾げる。
「――――私は六将軍をやめる」
「…………は?」
「聞こえなかったか? 私は魔族軍を裏切り、アルティ・フレンの救出に全面的に協力する、とそう言っているんだ」
六将軍をやめて、アルティを助ける……? フォンズが……
「いや、お前、それは――――」
「勘違いするな。これは君のためではない。私自身の決意の結果だ。そもそも、軍というのが性に合わないのでな。六将軍の立場になっても、面倒が増えたばかりで利益の方が少なかったのだよ」
あれこれと理由を連ねるフォンズに、オレは何も言い返せない。
ただ、
「……いいんだな」
「もちろんだ。たとえ君に反対されようと、僕はこの決定を曲げるつもりはない」
フォンズの真っすぐな視線に、オレはそれ以上何も聞き返さなかった。
「……それに。アルティ・フレンには言ってやりたい文句が山ほどあるんだ。ここで死なれては困る」
「…………分かった。ありがとう」
フォンズは首を振って、続けた。
「アルティ・フレンの居場所だったな。彼女ならこの城にはいない」
「なっ…………!」
「今頃は処刑のために城下町に移送されているはずだ。処刑は今日の正午ぴったりに開始する。他の六将軍や、魔王シリウスもそこにいる」
ああ、クソっ。それで城がもぬけの殻だったのか。アルティの警護に六将軍たちが駆り出されていたのだ。だからこれだけドンパチやっていても誰も出てこようとしない。
「あの竜車か……」
恐らくはオレが城に入る直前にすれ違った竜車。あれでアルティを護送していた。
無駄足を運び、目的を指先に掠めてしまったことに歯噛みする。
だが、まだ遅くない。今から城下町に戻って、早急にアルティを――――
振り返るオレの首根っこを、フォンズの手が掴んだ。
「なっ!? 何すんだよ!」
「策はあるのか」
「…………オレの魔法で隙を付いてアルティを盗み出す」
苦し紛れのオレの回答にフォンズは頭を抱える。
「相手は六将軍だぞ。それも三人。『剣鬼』ザント・カリギュラ、『影法師』ノルマンド・フォン・オラニエ、『災媛の魔女』アイリーン・ブラックスノウ。その全員が今回のアルティ・フレンの処刑を警護するために召集されている」
「っ…………!」
六将軍が三人。
オレがこれまで直接戦った六将軍はフォンズ、アルティ、ガリバルディ。先ほどのフォンズとの戦いを除けばどれも複数人で相手取り、ようやく辛勝をもぎとれたような相手だ。
そんな化け物と同じ水準の敵を、三人。たった一人……いや、二人で相手取らなくてはいけない。
「もし私が三人いる程度と思っているなら甘いぞ、ユウト。それよりも彼らはなお手強い」
……前言撤回。化け物を超える化け物を三人、たった二人で相手取る必要がある。
加えてオレたちは満身創痍にガス欠一歩手前。こんな状態でまともにやりあえば、否、まともにやりあうことすら難しい。
「いいか。戦闘の回避は絶対だ。奴らに気取られれば、作戦は絶対に失敗する。もし、アルティ・フレンが処刑台まで運ばれ、三人の監視の目が付けば救出は不可能だ」
「つっても…………」
「私も理解している。彼らが我々の隠密行動を許すようなへまを見せるとは思えない。だが、どれだけ細い勝ち筋だとしても彼らの虚を突く以外に、我々に勝利はない」
フォンズの未だかつてないほどはっきりとした明言に言葉を失う。
「…………もし、もしもの話だ。もし、万が一戦闘になった場合は、ザント・カリギュラからは全力で逃走しろ」
「そんなにヤバいのか?」
「他の六将軍全員が束になっても敵わない、と言えば少しは伝わるか?」
流石に誇張が過ぎると半笑いを浮かべるも、フォンズは1ミリも笑っていなかった。そのことに気付き、思わず息を呑む。
「奴は六将軍、いや、全魔族の中の最強戦力だ。奴一人を戦場に放り込めば、勝利が確定する法外の駒。決して戦おうとするな」
「…………剣士、なのか?」
「……恐らくは。私も奴が剣を振るっているところは見たことが無い。奴には剣など不要なのだろうからね」
聞けば聞くほど眩暈がするような存在だ。そんな埒外な相手からアルティを奪取しなければならないとなると、気が遠くなる。
「……他二人は」
「ノルマンドは戦力としてはそこまで脅威ではない。気を付けるべきは、奴の影魔法ぐらいか」
「影魔法?」
聞いたことの無い属性だ。
「ああ。名の通り影を操る。影を浮かび上がらせて敵を攻撃できるという何とも不気味な魔法だ。注意すべきことは2つ。1つは、影にはこちらからほとんど物理的な干渉が出来ないということ。光属性の魔法や強い光を放つ魔法でなければ防御すら許されない」
防御不可の攻撃かよ…………
「もう1つは、こちらの影を攻撃できるということ」
「影を?」
「ああ。影は物質の形に必ず追従する。だから、逆に影を抉れば物質の形も変形する。奴はこちらの影に直接攻撃をしてくる。だから、自分の身体だけでなく、影にも気を配れ」
そんなめちゃくちゃな話があってたまるか。
だが、魔法と言うのはそんなめちゃくちゃが罷り通るから魔法なのだということは、もう短くない異世界生活で嫌というほど理解している。
「ただ、奴について警戒すべきなのは影魔法よりもその性格だろうな」
「性格?」
「ああ。慎重に慎重を重ね、石橋ですら警戒して渡らないような性格だ。それゆえに国軍の参謀も務めているが、意表を突くのは難しいかもしれない。アルティ・フレンの処刑に際して他の六将軍を全員招集したのも奴だ」
慎重な相手というのはそれだけで厄介だ。
そもそも戦力差の時点で、こちらは奇策妙案の類を通すしか無いのに、その勝ち筋を潰しに来る。負け筋を作らない相手というのは、戦いにおいて極めて難敵と言える。
「アイリーン・ブラックスノウは…………気にしても無駄だな。戦闘能力は皆無だが、あれの知謀はこちらが頭をこねくり回したところで対処できるようなものではない。出たとこ勝負で対応するしかないな」
フォンズをしてそう言わせしめるほど、頭がキレる相手だ。確かに策を戦わせるのは得策ではない。
今回、オレはアイリーンの策略に乗る形でわざわざ魔族の地に潜入しにきている。だというのに、現状、あの女の影も見えないのが不気味に過ぎる。裏で何かを画策しているのだろうが、その尻尾を掴むことすらできていない。
「ガリバルディはどうしたんだ?」
「ああ。奴なら自分探しの旅から戻っていない。今頃どこで何をしているのやら……」
ガリバルディ…………
まあ、だが敵側に回っていないだけマシと言えるかもしれない。
「…………救出、できるか?」
そもそも六将軍が勢ぞろいしているのも想定外っちゃ想定外だ。アルティの警護のために一人二人はいるだろうと踏んでいたが、よもやここまで厳重とは思わなかった。
「だが、やるのだろう?」
「当たり前だ。そのためにここに来たんだからな」
頷くオレにフォンズはぶつぶつと独り言のように呟いた。
「……もし隙があるとすれば、六将軍は決して一枚岩ではないという点だ」
「まあ、そんな感じはするな」
フォンズに限らず、あまり連携が取れていないように見える。
「ノルマンドは魔王を崇拝しているが、他の二人はそうでもない。アイリーンもザントも、恐らくは自分の目的のために六将軍という座を利用しているだけだろう。詳しい目的までは知らないが」
「……つってもなぁ。そこから切り崩すのは至難の業じゃないか?」
「それがそうでもない。奴らも、本気でアルティ・フレンの処刑に前向きなわけではないからな。ノルマンドは前のめりだが、他二人は職務上付き合っているに過ぎないだろう。全霊を傾けてこちらを阻止してくることもないはずだ」
「気休めだな」
「だが、気休め程度でもこちらが見いだせる隙はそれぐらいしかない。そこを切り開くしかあるまいよ」
少しだけ瞑目する。
脳内で仮想敵をいかに出し抜いてアルティを助け出すかをシミュレートする。何十、何百と繰り返されたシミュレーションはそのほとんどが失敗に潰えてしまう。だが、それでも細い道を見出すしかない。
「処刑場にアルティが引っ張り出されたら勝ちの目はねぇな。勾留されているうちに何とか救い出すぞ。まずは城下町に戻って現状の情報を集めたい」
「ああ。正午まではまだ時間があるからな。ここである程度は作戦を固めておきたい」
そう言うと、フォンズは懐から何かを取り出した。
「…………もしかして、時計か?」
それはオレの記憶が正しければ懐中時計に見えた。
「よく知っているな。流石だ」
だが、オレは内心で驚いていた。
この世界に来て、時計というものを初めて見た。異世界においては、時間の感覚というものは比較的ルーズで、時計や明確な時刻などというものも存在していない。
魔族の国では、時計が既に存在している。その事実は、人間種族の文明よりも明確に彼らの文明が進んでいることを意味していた。
「まだ時間はあるはずだ。そうでなければ、こんな風に悠長にしてはいない」
「……そうか。なら――――」
ゴーン、ゴーン、ゴーンと、鐘が鳴った。
静寂を割くような不躾な鐘の音は、どこか不安をあおる。
「あ? フォンズ、この鐘の音は……」
問う言葉の最中、フォンズの顔が青ざめていることに気付く。
「いや、そんなはずは……あり得ない。違う、いや、まさかあのときにッ……!」
こちらのことなど忘れたかのように茫然としているフォンズの肩を揺さぶる。
「おい、どうしたんだよ! フォンズ!」
未だ鐘は鳴り続けている。
「くそっ!! 急ぐぞ、ユウト!! この鐘は――――正午を告げる鐘だッ!!」
「なっ……!?」
フォンズの叫びにオレは言葉を詰まらせる。
「正午の鐘だと? 何でだよ! 時計があるなら時間は分かってたはずだろ!?」
「ああ、全く、あの女!! ふざけたことをしてくれた!! アイリーン・ブラックスノウに、僕の時計の時間をずらされたッ!!」
「はぁ!?」
「恐らく目を離した隙に少しだけ時計の時間を遅らせられた。くそっ、あの女……僕が裏切ることまで読んでいたのか……!!」
フォンズがアイリーンへの恨みを爆発させる。だが、そんな恨みつらみを大絶叫していても仕方がない。
ようやく見えかけていた光明が、不条理にも目の前で閉じられる。
「フォンズッ! ひとまず城下町だ!」
未だに頭を抱えているフォンズに叱咤を飛ばす。
「……! ああ、急ごう……!」
フォンズと二人、城下町に向かって駆け出した。
昨夜から振り続けていた雪は、もう止んでいた。
前話はずっと書きたかったシーンだったので、書けて良かったです。長らく鬱屈してきた優斗くんが、ようやく本当の意味で踏ん切りをつけて前を向けるシーンで、この作品でずっと最初からやりたかったところです。
本当は前回のあとがきに書きたかったのですが、余韻を大事にしたかったのでここに書きました。まあ、それはそれとしてこの話も依然火急なんですけどね……




