209、第三ラウンド
「『雷炎杭』!!」
「『ホロウズ・エアト』!!」
オレの『雷炎杭』を『ホロウズ・エアト』でかき消そうとする。だが、無駄だ。
「ぐぁッ!!」
魔法ごと掻き消したオレの矛が、フォンズの左腕をかすめるとそのまま城の壁を焼いて溶かした。
「は、満身創痍じゃねぇのか、フォンズ」
「貴様こそ。魔力の方がもう切れそうなのではないかね」
「オレはまだまだ1割も使ってねぇよ」
「そうか。奇遇だな、私もだ」
減らず口とブラフを叩きつけ合うと、今度は魔法をぶつけ合う。正面衝突の魔法対決であれば、複数属性を使えて、かつ相手の魔法をほぼ無効にできるオレの方に軍配が上がるのは明らかだ。
「ちっ……」
フォンズは舌打ちを漏らすと急旋回し、城内へと逃げ込んだ。
先ほどからフォンズは回避に徹して、オレをかく乱している。言わばオレが追う側になっているわけだ。
だが、フォンズも逃げ回ってはいるものの、本格的な逃走を試みる様子はない。恐らく、何かを狙っているのだろうが、それが分からない。
オレは優勢であるものの、相手の『持ち物』の中に一発逆転の何かを仕込んでいる可能性もあるため、警戒して勝負を決めきれずにいた。
城内を駆け巡り、奴を追う。
既に半壊している城の中はどこが道だったかすら分からない。
「ここは、最初の…………」
足を止める。
そこは、フォンズと再会した広間。
既に全壊して見るも無残な空間になり果てている。
フォンズはその中央で、こちらに振り返った。
身体のいたるところから血を流し、もうずれた眼鏡を直そうともしていない。顔に疲労も浮かんでいる。だが、その顔には余裕が見て取れた。
何だ。何を狙ってる。
相手の残りの伏せ札が見えないことに焦燥を募らせていると、フォンズは目を閉じた。
そして、気付く。奴の口元が、小さく動いていることに。
刹那、魔力がフォンズに凝集する。
詠唱――――――――
「――――顕現せよ、虚空の宙。『アイン・ソフ・アウル』」
何かの領域が広がる。
慌てて飛びのこうとして、舌が灼けるような感覚を覚えた。
「『不可―――――」
魔法名を唱えようとして声が出ないことに気付く。息が出来ない。皮膚が、眼球が激痛を叫ぶ。
魔法名を唱えずとも何とか『不可触の王城』を張る。だが、それでもなお呼吸ができない。咄嗟の判断で『持ち物』から大量の空の容器を『不可触の王城』の内側に取り出した。
「っはぁ……! はぁ、はぁ!」
それで息苦しいながもようやく呼吸ができるようになる。
自分の呼吸がやけにうるさい。
だが、それだけ大仰に呼吸を繰り返しても、ほとんど体に空気が巡っていかない。
そうして初めて気づく。
外界から、何の音も聞こえないことに。
まさか、と思った。
「『火蛍』」
小さな灯を付けようとするが、付かない。炎が、生まれない。
小さな水球を生み出す。すると、地面に落ちるよりも早く凍り付き、そのまま落下して音も無く砕けた。
ありえない、と思った。
だが、いくつもの証拠が、頭に浮かんだ仮説を真実だと裏付ける。
奴の顕現した魔法。
それがこの世界をどう書き換えたのか。
――――――真空。
あたり一帯を、フォンズという魔族は、真空に変えた。
そんなことが、できるはずがない。密閉空間でもない、この開けた地上で。こんなにも広域に、真空の領域を生み出すなんて。
だが、現に今オレは真空の世界で、頼りない魔力の壁を隔てて取り残されている。
オレがかつてポンプの要領で空気を吸い出すことで、ようやく1メートル半径程度の空間の空気を抜いたことがあった。それの完全上位互換。
指先がぱきぱきと嫌な音を立てて軋んだ。
「っ!!」
慌てて火魔法の応用で熱を生み出して、『不可触の王城』内を加熱する。
真空の世界では空気の粒子が一切存在しない。そんな場所では温度も定義できず、当然気温は絶対零度に近しい低温と化す。
広間の中央で、フォンズは平然と立っている。恐らくあいつの周囲も風魔法で覆われているはずだ。その中だけは非真空状態なのだろう。
――――驚いてもらえただろうか?
フォンズの顔はそんな風に言いたげだった。
ああ、そうだよ。畜生。驚いた、驚愕のあまり足が震えている。
様子を見すぎた。あいつの出方を窺うあまりに、広域の極大魔法の使用を許してしまった。
どこまで真空なのかは分からない。だが、この領域が奴を中央にして広がっているのであれば、逃げてもまた奴との鬼ごっこが始まるだけだ。
だからこの世界――――敵の生み出した悪夢の中で、オレは酸素ボンベが切れる前に戦いを終わらせるしかない。
退路は断たれた。否、最初から退路など無かったのだ。
ならば、前進しろ。目の前の敵を屠り、道を拓け。
フォンズとて真空下では徒に風の魔法を使えないはず。もし下手にオレに風を送れば、それはそのままオレへの延命につながる。
そんな思考を裂くようにして、飛んできた短剣が眼前でぴたりと止まった。
オレの読み通りだ。
フォンズの答えは投擲。『持ち物』から取り出した武器や、周辺のガレキを風魔法で飛ばしている。そう。この場における攻撃方法は、それが最適解。そうやってこちらの体力を削り切れば、自動勝利が待っている。
だが、もし奴が焦れてオレの『不可触の王城』を強引に破りに来れば、それはすなわちオレの死を意味している。真空に放り出されれば、オレは数秒のうちに絶命する。
だから、あいつがその事実に気付く前に終わらせる。
「真空にして嬉しいのは、何もお前だけじゃないぜ、フォンズ」
最大限に虚勢を張って、右腕を天に向けて掲げた。
かつては、魔力の低さによって自分一人では実現できなかった。
自然の力を借りて、ようやく発現させた魔法。
だが、今のオレであれば。
そして、この真空の世界であれば。
勇者でも英雄でもないオレは、その剣を、抜ける。
「――――返すぜ、天に。『天叢雲剣・奉還』」
直後、天の果てまで白い直線が伸びる。それは一本の柱のようにも見える、雷光。右手を強く握りしめ、雷電を剣の形に象る。
かつて天から引き抜いた雷の剣。今度は、オレが天に突き返す番だ。
「さらに重ねる――――『焔纏い』ッ」
その剣は、真空ゆえに決して目に見えないが、強烈な炎熱を纏う。その熱量の余波だけで石造りの床が赤熱していく。
「……砂鉄の盾だ? 風の防壁だ? そんなもん知るかよ」
ばちばちと、頭上で弾ける雷光の大剣に、オレは勝利を確信する。
神鳴り、転じて雷。すなわちは、神のもたらしたる怒り。天から降り注ぎ、瞬きのうちに全てを焼き尽くす閃光。その神威が、今オレの手の中にある。
神たる光は、すべてを焼き尽くすだろうよ。
「さあ、フォンズ。最終局面だ」
真空によって隔てられた彼に、オレの声などは届いていないのだろう。だが、フォンズはこちらを真っすぐと見ている。オレの意思は、伝わっているはずだ。
「オレの魔法と、お前の魔法。どっちが上か、はっきりさせようぜ」
フォンズの前に幾重もの砂鉄の壁と、『ヴァクト・アイアス』が展開される。恐らくは『ホロウズ・エアト』も重ねて来るのだろう。
全身全霊をかけた、純粋な力比べ。
「いざ、勝負」
オレは、そのまま無質量の雷光を振るう。
――――白光が、世界で弾けた。
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