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205/216

205、手詰まりとその先

 翌朝。


 わずかな寒さで目を覚まし、身震いする。


 隣のベッドではメフティスがまだ寝ていた。

 オレはドアを開けて洗面所に向かおうとしてぴたりと手を止める。


 危ない。このままの姿で外に出るわけにはいかないのだった。

 今はローブも脱ぎ、肌色が一目に見て分かるようになっている。この状態で共用のスペースに出れば、バレかねない。


「おちおち顔も洗えやしないな」


 そうぼやいて、オレはローブを羽織ってフードの中に顔を隠す。

 それから30分ほどでメフティスが目を覚ました。


「……おはよう、ございます」


 寝ぼけ眼の彼女は、目の端をこすっている。


「朝は弱いのか?」


「…………少しだけ」


 メフティスは簡単に衣類と髪を整えると、ぼーっとした状態で顔を洗いに出て行った。

 そして数十秒後にどたどたと足音を立てて戻ってくる。


「あ、あの、すみませんっ。わたしだけ、顔洗って、その、トイチさんは外に出られないのに……」


「気にすんなって。オレはさっき水魔法でタオル湿らせて顔拭いたから大丈夫。一通り準備はできてるからごゆっくり……っつっても、オレは部屋から出てた方がいいか? 着替えとかするだろ?」


 いくら潜入中とは言え、メフティスも女性だ。流石に大して親しい間柄でもない男の前で着替えられるほどの胆力はないだろう。アルティであれば気にしないのであろうが。


「あ、ありがとうございます……」


 ぺこり、と一礼で見送るメフティスを部屋に置いてオレは一階へと向かった。

 そそくさと暖炉の前へと向かうと蹲って手を当てる。

 何ともまあ火というものはそれに近づくだけで安心できるものだ。もしかしたら長い人類の歴史の中で、火にあたることで安心できるような遺伝子が獲得されたのかもしれない。


「おはようございます、お客さん」


「…………おはようございます」


 宿の店主に声をかけられる。当然彼も魔族で、人の好さそうな笑みを浮かべているが、油断はできない。

 怪しまれない程度にオレは顔を隠すと、火に向き直った。


「昨日はよく寝れました?」


「……ええ、まあ」


 詮索を避けるようにして会話を続けるが、なかなか離れてくれない。


「妹さんはまだお部屋に?」


 ちら、と宿主が階段の上を見やる。

 そう、今回この街に潜伏するにあたり、オレたちは地方の町から仕事を探しに来た兄妹という設定になっている。そこまで珍しい話でもないことはメフティスと擦り合わせており、事実として宿主に怪しまれた素振りもなかった。


「ええ、女子は準備に時間がかかるらしくて。よく怒られてます」


 気さくな体を装いながら、相手の反応を窺う。


「はは。なるほど、仲が良いようで」


 宿の主人はこちらを疑う様子も無く無警戒に笑った。


「お二人は、うちのお客さんですから。どのような事情があるにせよ、ゆっくりなさっていってください」


 突然の宿の主人の意味ありげな言葉に思わず返答に詰まるも、すぐに向こうへと去って行く宿の主人に声をかける気にはなれなかった。


 ……バレてるのか?


 いや、バレるような素振りは無かったはずだ。特に深い意味はないはず。もしバレているようなら宿を変える必要もあるが……


「ひとまずは、大丈夫か」


 メフティスには伝えなくともいいだろう。下手にあいつに伝えれば、動揺して下手な演技がこぼれ出る可能性がある。


「あ、お待たせしました! トイチさ…………じゃなくて、お、お兄さん」


「……メフティス」


 さっそくオレを名前で呼びそうになるメフティスに呆れた視線を向ける。


 もう少し、演技が要らない設定にした方がいいか?

 そんな風に悩みつつも、オレはメフティスと今日の予定について話し合いを始める。


「ひとまず、何とか城に忍び込む算段を付けたい」


「……でも、どうします?」


 問題はそこだ。

 手詰まりも手詰まり、関門を抜ける術に全く見当がつかない。思った以上に警備が厳重で、少しばかり舐めてかかっていたことを咎められている。


「警備員だって四六時中、監視の目を張り巡らせてるわけじゃないだろ。時間や場所で必ず警備の薄い点があるはずだ」


 それは希望的観測だが、あの警備の目を抜けるのであればそれを見つけ出さなければ始まらない。


「ひとまずは、聞き込みと観察だな」


 ここは足で情報を集めないといけない。魔法で横着をするようなことも罷り通らないだろう。


 こくり、とメフティスも神妙な顔つきで頷く。

 本当を言えばもう少し効率的な方法を思いつきたいのだが、いかんせん情報が少なすぎる。失敗したらゲームオーバーである以上、慎重にならざるを得ないだろう。


 ローブを羽織って宿の外に出る。

 城下町イデアに来て一夜が明け、初めての朝を迎えた。

 昨日の夜に振り始めた雪はやまずに、しんしんと降り続けている。決して活動できないような豪雪というわけではないが、どんよりと灰色の空から降りしきる雪は音と視界を奪う。


「…………今日は一段と冷えそうだな」


 そうぼやいて、寒空の下の調査が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「最近何か変わったことが無いかですって? うーん、そうねぇ……今年は少し雪が多いぐらいだけど……そんなことより果物買っていかないかい?」「あァ? 六将軍サマァ? さァね、すごい方々らしいけど俺たち小市民にゃァ縁がねェわな。ガハハ」「……? 六将軍様の不祥事? ……あまり大きな声では言えないけれど、好き勝手やっている方もいらっしゃるからね……そういった意味で誰も不祥事だらけと言えばそうかもしれないね……」


 などなどなど。


 世間話程度に聞き込みを続けても、それらしい情報はなかなか得られない。

 アルティの逮捕それ自体がそもそも市民には知れ渡っていないらしい。当然、処刑されたという情報も無い。


「……大した情報はねぇな」


 オレの呟きにメフティスも頷く。


「そうですね……王城への謁見も難しそうですし……」


 魔王陛下に謁見する方法は、一般市民ではないようだ。基本的に嘆願は町会や組合単位で行われており、市民個人が入り込む方法はない。


「どうしたもんかな……」


 はぁ、と思わずこぼれ出たため息が白く、自分がため息をついたことを視覚的に付きつけられる。

 まあ、まだ調査を始めて半日ほどだ。諦めるような時間じゃない。

 関門周りの警備の動きや、関門を出入りする市民たちの観察をした方がいいか。

 そんな風に考えてあたりの様子を窺っていると、視界の端を何かが過る。


「……子供か」


 子供が元気そうに走っている。

 魔族にも子供がいるのだなということに改めて気づいて、少しだけ微妙な気持ちになる。その感情に意味を与えかねていると、子供が雪に足を滑らせて転んでしまう。


「おいおい……」


 一瞬だけ迷ってから駆け寄る。

 メフティスが後ろで一瞬だけ驚いているような空気を出したが、そのままとてとてとオレの後に続いた。


「大丈夫か?」


「…………うん」


 見ると掌と膝をすりむいている。

 まだ泣いてはいないものの目は涙目で、ぐすぐすと鼻をすすっている。


「しょうがねぇな……『ヒール』」


 びく、と子供が一瞬だけ驚く。

 ただ、すぐに痛みが引いてきたのか「わぁ」と声を上げた。


「あ、ありがとう……お兄ちゃん」


「足元滑るから気を付けろよ」


「う、うん……! でも、お兄ちゃん……何か、手の色がへん……?」


 顔は隠していたが、『ヒール』をかけたことで手の肌色は見られてしまった。


「お兄ちゃんはちょっとだけ肌の色が人と違うんだよ」


「そうなんだ!」


「みんなには内緒な?」


 子供は「内緒」という言葉が気に入ったのだろう。目をきらきらとさせてこくこくと頷いた。

 そして、そのまま子供は「じゃーねー!」と言って走り去って行く。また転ぶぞ。


「トイチさん……」


「ん?」


「いえ、その、いいと思います。そういうの」


「……随分ざっくりしてるな」


 こちらから掘り返すこともないなと頬をかいて誤魔化す。


「引き続き、調査するしかないだろ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その夜。


「…………めぼしい成果はない、か」


 色々と怪しまれない程度に聞き込みをしたり、警備たちの動きなどを観察したが「これだ」と断言できるような情報はなかった。

 新しく分かったこととしては、数時間で警備の担当者が部分的に入れ替わること。空の警備隊はかなり配置にムラがあること、ぐらいだろうか。入れ替わりのタイミングや空の警備隊の配置次第では空を飛んで入れなくもないが、ややリスクが高い。いずれにせよ針の穴に糸を通すような作戦になるだろう。


「はぁ……どうするかなぁ……」


 大衆食堂でメフティスと食事を囲みながら、オレはため息をついた。一日の調査で冷えた身体には温かい料理が欲しくなり、ややリスクはあるが街の食堂で食べることにしたのだ。

 周囲はそれなりの人でにぎわっており、誰も隅っこで食事をとるオレたちのことなど気にかけていない。


「…………すみません、わたしがもっと隠し通路とか知っていれば……」


「それは言っても仕方ねぇ。そもそもあるのかも分からんしな、隠し通路なんて」


 皿の中の乾燥肉をつついて口に運ぶ。


 くそっ。こんなところでまごついてる余裕はねぇってのに……

 焦燥にいら立ちが募る。焦っても仕方ないと分かっていても、喉の奥の方から湧き上がる焦燥感に胸元を掻きむしりたくなる。

 どうにかなりそうでどうにもならない事象に突き当たると、人はこんなにも焦りを覚えるのか。

 そんな風に、どこか冷静な目で自分を見つめる自分がいる。

 だが、いつも通り斜に構えていればいいわけじゃない。一人の少女の命がかかっている。遮二無二に前へ進む道を探すしかない。


「あの、トイチさん……」


「? ん? どうした、メフティス」


「…………やっぱり、わたし一人で何とかしようと思います」


 メフティスの言葉に食事の手が止まる。


「何を…………」


「警備、すごく厳重ですし……これ以上、トイチさんに危険な橋を渡らせられないというか…………」


「…………はぁー……」


 オレのでかい溜息にメフティスは「ひん」と縮こまる。

 オレはフォークを目の前の干し肉に思いっきり突き刺すと言った。


「今さらだな」


「ご、ごめんなさい……」


「あのな、メフティス。オレは、お前に頼まれたからここにいるんじゃない」


「え…………?」


 メフティスが恐る恐るといった様子でこちらを見る。


「オレは、自分で決めてこの危ない橋を渡ると決めたんだ。だから、最後まで渡り切る」


 それは宣言。

 メフティスに突き付けるとともに、凍えて、焦って、立ち止まりかけていた自分自身へ。


「ここまで来て諦めて帰れるほど、オレは潔い人間じゃないんでね。乗りかかった船ってやつだ。だから、お前も諦めて最後まで付き合ってくれ」


「…………トイチさん……」


 メフティスがずず、と鼻をすする。


「ありがとう、ございます……」


「礼はアルティを助けてからな」


「はいっ……! ……その、アルティちゃんが、トイチさんを選んだ理由……分かる気がします」


 そう言ってメフティスははにかむと、「料理冷めちゃいますから」と言ってぱくぱくと料理を口に運び始める。

 オレもそれを見て少しだけ安心する。

 焦るな。冷静になれ。必ず道はある。今はまだ見えないだけだ。必ず、必ず道を探し出す。

 メフティスのおかげでもう一度決意を新たにできたことを内心で感謝し、干し肉を口に運ぶ。


 その直後。


「――――――――なあ、聞いたか?」


「ん? ああ、明後日の特別配備の話だろ?」


 喧騒の中、何故かその声だけ鮮明に聞こえてぴたりと手を止めた。

 声の方とちらと盗み見ると、そこには昼間の警備兵がいた。オレの完全記憶能力で確かに覚えている。地上の警備兵だ。


「そ。広場とその近辺の警備だったか? 警備隊のほとんど駆り出されるんだとさ」


「何があるってんだか。魔王様が演説にでも来られるのか?」


「ああ。あの広場のでかい木組みの台。演説用の特注ステージらしいぜ」


「はは! 嘘だろ!? まあ、あの御方ならやりかねないけどな!」


 その後彼らの会話は別の話題に逸れていく。


 …………へぇ。いいことを聞いた。


「? ほいひさん?」


 もぐもぐと料理を口に含んで咀嚼しているメフティスを見て、オレは口の端を歪める。


「果報は寝て待てって話かもしれねぇな」


 オレはぬるくなってしまったスープを口に運ぶと、ごくり、とそれを飲み込んだ。


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