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204、潜入調査

 オレは冷え切った体を暖炉の前で温めていた。


「あぁああ…………生き返る…………」


 冷えた指先を擦りながら、オレはぶるっと震えた。


「ふふ。北方大陸は、冷えますからね」


 メフティスが小さく笑う。くしゃり、と表情を崩して笑う彼女の笑顔はどこかほっとさせられる。ある意味では魔性の持ち主かもしれないな。

 などと、くだらないことを考えながらオレは彼女の言葉に頷くと、ずず、と鼻をすすった。


「…………にしても、どうすっかな」


 オレはメフティス以外に聞こえないように、小声で言った。

 今オレたちがいるのは、城下町の西にある宿屋の一階。共有スペースのロビーだ。

 オレはローブのフードをかぶったままだが、メフティスは脱いでソファの端っこにちょこんと座っている。


「……なかなか、難しそうですね」


「ああ。竜車に忍びこみゃ行けそうだと思ったんだが……」


 城内外の荷を運んでいるのだろう竜車。それに上手く忍び込めれば、中に入れるのではないかと思ったが、そうは問屋が卸さない。積み荷はかなり丁寧にチェックされていたし、布をかぶって潜り込む程度では一瞬で露呈するだろう。


「空を飛んで入るのも厳しそうだったな」


「はい……空は、ワイバーン部隊が警戒していますからね」


 あのあと分かったのだが、壁のさらに上、空中ではワイバーンに騎乗した魔族が巡回しており、監視の目を光らせていた。

 もしオレが空を飛んで無理矢理城に向かおうものなら、一瞬で彼らの餌食になっていたわけだ。


「…………正面突破はしたくねぇな」


 ざっくりと見ただけで強さが分かるわけではないが、数名は『魔力感知』でも感じ取れるほど強い魔力を持っていた。恐らくはかなりの魔術の使い手のはずだ。


「…………ごめんなさい。わたしが、足手まといに……」


「そんなことない。メフティスがいなかったら、オレは早々にぼろを出して人間だってバレてる」


 実際、土地勘や魔族の文化に対して理解のある彼女がいるからこそ、オレは未だにバレずにこうしてここにいられるのだ。


「あ、ありがとうございます」


「とはいえ、手詰まりなのは確かだ。何とかして壁を超えたいんだが……」


 その方法を考えようにも、もう外は日が暮れかけている。

 夜は冷えるし、夜目も効かない中で動くのは難しいだろう。


「ひとまず今日は宿で休んで、また明日考えよう」


「でも……いえ、はい。そう、ですね……」


 メフティスとしては一刻も早くアルティを助けに行きたいのだろう。その気持ちは尊重したいがオレとしても、無謀な賭けに出るわけにはいかない。最終手段としての強行突破はあり得るが、今はまだそれを試す段階ではない。

 念のため二人で同じ部屋をとっている。

 自室に入り、『持ち物(インベントリ)』から取り出した簡単な食事で腹を満たす。

 それから寝るまでに少しだけ時間が空いてしまう。


「…………なあ」


「は、はいっ」


 そんなに緊張しなくてもいいんだが……


「アルティとはどうやって出会ったんだ?」


「アルティ、ちゃん……ですか?」


 きょとんとした表情のメフティスに頷く。


「あのちんちくりんと出会って、しかも友達になるなんて中々できることじゃないなと思ってな」


 オレの言葉にメフティスは怒るでもなく「あはは」と仕方なさそうに笑った。

 そうしてとつとつと語り始めた。


「…………アルティちゃんとは、小さい頃に森の中で出会ったんです」


 思い出しながら、確かめるようにしてメフティスは続けた。


「わたし、森の中を探検してたら、迷っちゃって。当時は魔力の容量もなかったから、魔力欠乏でどんどん動けなくなってしまって……寒いし、怖いし、暗いしで……岩の陰で膝を抱えてたのを覚えてます」


 その記憶を思い出して、メフティスは苦笑を漏らす。

 危機感が無いと思わなくも無いが、子供のころの話だ。無理も無いだろう。


「そしたら、たまたま散歩していたアルティちゃんが通りかかったんです」


「へぇ、それで助けてくれたのか?」


「いえ、わたしを一瞥してそのまま通り過ぎようとしたんです」


「はあ!?」


 いや、あいつらしいと言えばあいつらしいが何ともまあ薄情な…………


 オレが呆れているとメフティスが笑う。


「わたしも、必死でした。何とかして引き留めようと思って。そしたら、アルティちゃん、『あんたを助けたら、アタシに何があるの?』って」


「ドライすぎるだろ、あいつ。いや、今も似たようなもんかもしれないが……」


「さ、最近はもう少し優しかったですよ! たぶん……」


 自信なさげなメフティスを見てこいつも大変だなと勝手に憐れむ。


「それで、わたし、どうしていいか分からなくて、お菓子、って答えたんです」


「お菓子?」


「はい……今度、おうちでお菓子をご馳走するって……」


「子供らしいな」


「そ、そうですよね……でも、アルティちゃん、わたしの答えを聞いて、迷ったあとに『じゃあそれで』って言って、わたしのことを軽々持ち上げて家まで送り届けてくれたんです」


 どうやらその頃から異質の片鱗はあったようだ。


「それから数日して本当に家に来て、お菓子をたくさん食べていって……たまに森の中で会ったら遊んだりして……それで、友達になったんです」


「友達、か…………」


 その響きに、少しだけ眩しさと、鬱屈した苦しさを覚えてしまう。

 だがそんなオレの思いなど伝わるべくもなく、メフティスは昔を慈しむように微笑んだ。


「最初は本当に、話も通じなくて大変でした」


「そうなのか?」


「はい……何だか、山で一人で育ったとかで……魔獣とかと話したりもしてて……」


「野生児というか、もはやあいつも魔獣の一種だろ……」


「…………正直、否定できませんね……」


 メフティスの苦笑に、色々とあったのだと悟る。


「でも、悪い子ではなくて。色々なことを教えてあげて、色々なことを教えてもらいました」


「お前のおかげでかろうじて話が通じる立派な魔族に育ったと思うと、あいつはお前に感謝しないといけないな」


 それに、今は捕らえられた自分を助けに来ているのだ。こんなにも友達思いのやつもそういない。


「あはは。でも、わたしの方がアルティちゃんに感謝しないと。何度も助けてもらってますから」


 そう言うとメフティスは目を細める。

 そしてその顔には再び覚悟が宿る。

 今度は、自分が助ける番なのだと言わんばかりに。


 ずきり、と胸の奥の楔が揺らぐ。


 だが、それでもオレは。


「……ああ、そうだな。必ず」


 夜も更けて、黒い空からは白い綿が降り注ぐ。


 きっと今夜は積もるだろう。

 そんなことを考えて、オレは窓に向かって息を吹きかける。

 吐息が窓に張り付いて、ほんの一瞬だけ、黒い世界を真っ白く塗りつぶした。


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